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マスター:扇風気 周
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/04


みんなの思い出



オープニング

 七輝は、何かが自分の体内で放射状に広がっていくのを感じていた。
 きっと根を下ろされているのだ。

 体験したことはなかったが、似たような光景を見ていたことはある。
 嫉妬に狂っていた撃退士にサーバントを植え付けたときが確かこんな感じだった。
 あのときも植え付けられた奴はのたうち悶えていた。

「ぐ、うぅうう……」

 見上げれば、冷酷に自分を見つめる天使の姿。
 笑うことも嘲笑うこともない、彫像のようだった。

 そこに七輝は違和感を覚える。

 自身も他者を騙すときにあんな顔をしていたのだろうか。
 ……いや、自分のときは笑っていたように思う。

 何故なら今この瞬間は、七輝自身も見てきた『堕ちる』瞬間は、どんなものよりも価値あるモノのはずだった。
 強くなりたくても強くなれない。叶えたくても叶わない。
 それが叶うかもしれないとわかったときから、そうではなかったと堕ちたときの絶望――あの感情のきらめきは唯一無二のモノだったはずだ。
 だから助けられたときに、乗り越えられたときに、ひとは幸せになるはずだ。

 なのに、目の前の天使にはそれがわかっていない。

「は……っ、は、はは」

 感情を喰う生物だというのに、一番大事な部分をまったく理解できていない。

「あははは! あははは!!」

 七輝は目の前の天使を腹の底から嘲笑した。
 自分が鬼に戻ったのを感じながら。

「何が可笑しい」
「これが、笑わずに、いられますか、はは、あはは」

 名無鬼は確信する。目の前のこいつは愚か者だ。

(こんな雑魚に、このままいいようにやられて終焉……そんな馬鹿な話はないねぇ!)

 だから見せつけてやる。証明してやる。
 目の前の矮小な存在に、人間こそが最恐だと知らしめるためにとっておきの呪いを与えてやろう!

「アンタは何もわかっちゃいない。このままではアンタも同じだよ」

 笑え。嘲笑え!

「ボクは所詮コマだった――でも、アンタも同じだ。感情の味を覚えたアンタはボクと同じように人間を弄ぼうとするだろう。そしてまた同じことが起こる」

 利用させてもらうぞ、撃退士。
 アンタらはボクを嫌悪するだろう。それでもこいつを倒さずにはいられないはずだ!

「きっとアンタもサイクルを破れない、アンタも取り込まれる。そしていつか彼らに負ける……彼らは強いよ。ふふっ」
「……」

 天使が手をかざしてくる。
 瞬間、胸に激痛が走った。


「……負け犬の遠吠えだ」

 気絶した七輝を、主は見下ろしている。
 こうなってしまえばもう誰にも止められない。
 体内に埋め込んだサーバントの種子は七輝の感情を喰い散らかし、すぐに成長する。
 以前七輝に与えた、他者に悪夢を共有させるサーバントの亜種だ。
 今度は共有させるだけでなく、サーバントの一部が悪夢と同化して切り離され、暴れ回る。
 宿主の記憶や感情が空っぽになるまでサーバントは活動を止めない。

「貴様を救えなかったときの撃退士の感情、如何ほどのものだろうな」
「うぅん……」

 呟く天使の背後で物音がした。
 振り返ると、佐塚沙希が目覚めていた。

「……? ……っ!?」

 天使の姿に驚き、佐塚は怯える。

「そういえば貴様もいたな。……見るがいい、星野七輝の最期だ」

 サーバントが七輝の身体を食い破る。七輝の身体を繭のように包み込んで、繭から樹木が生える。
 佐塚の悲鳴が響いた。

「まもなく奴の悪夢がサーバントになる。数時間も経てば命はないだろう」

 ――さぁ泣き喚け。極上の絶望を、私に捧げろ。

「……」
「どうした」

 様子がおかしい。

「うぁぁぁっ!!」

 佐塚が飛び掛かってくる。
 普通の人間では天使に触れられない。彼女は無様に転倒した。だが、すぐ起き上がった。
 激しく吐息しながら敵意を剥きだしてくる。

(……なんだ、この娘)

 さっきまで怯えるばかりだったのに。
 ただ震えて嘆くだけの小娘だというのに。

「殺すぞ?」

 遠くで鳥が飛び立ち、獣が哭いた。
 それほど殺気を飛ばしてやったのに、佐塚は引き下がらない。

「やれるものならやってみなさいよ!」
「……」

 彼女の行動は天使にとって到底理解できないものだ。
 強い感情が溢れているのはわかる。その源泉がわからない。

「……なんなのだ、お前らは」

 弱く儚い存在なのに、きっかけ一つで反転する。
 理由が知りたかった。

「死ぬのが怖くないのか?」
「怖いに決まっているでしょう!」
「だったらなぜ私に立ち向かおうとする。七輝を見捨てると目覚めが悪いからか?」
「そんなんじゃない!」
「では、なんだと?」
「言葉で説明なんかできない! ……アンタなんかにはわからないっ、絶対に!」
「……」

 ――人間って怖いんですよ。天魔なんかより、よっぽどね。

「む?」

 天使は異変に気付く。
 七輝を包んでいる繭の様子が妙な振動を繰り返している。
 かと思えば、急に糸を吐き出した。

「きゃあっ!?」

 糸は佐塚沙希を絡め取り、繭の中に引き込んだ。
 一回り大きくなった繭は振動を繰り返したが、やがて止まった。

「……強い感情に引き寄せられてサーバントが取り込んだのか?」

 理論上は説明がつく。
 だが――

「それとも七輝、お前なのか? ……娘を、私から守るために?」

 問い掛けた間もサーバントは育っている。
 まもなく悪夢が具現化する。


 ――七輝の夢が飛び立っていく。

 怪獣の姿をしているモノもいた。ヒーローの姿をしているモノもいた。
 七輝の両親の姿をしたモノもいた。
 絵を描く幼い頃の七輝の姿をしたモノもいた。
 青年になっても絵を描く七輝の姿をしたモノもいた。
 嘲笑する、名無鬼としての彼の姿をしたモノもいた。

 だが、たったひとつ。
 七輝が抱く悪しき夢の中に別種の存在があった。

「助けたい」と願う切なる祈りが光の速度で、山中を駆け抜けていく。


「きっと残っていてくれる」と信じていた。
「どうか彼を助けてくれますように」と願っていた。

 その通りに、彼らはいてくれた。
 怪獣すら倒してみせた、光を纏う撃退士。

「おねがい、なーくんをたすけて。あっちで捕まっているの」

 幼い佐塚沙希の形をした祈りは、彼らに語る。

「でもなーくんの記憶と感情はとびだしちゃったの。……あつめる前に助けちゃうと、なーくんは全部わすれちゃう。たすけなきゃいけないけど、あつめないといけないの」

 猶予はあまりない。

「……もしかしたら、わすれた方がしあわせなこともあるかもしれない。でもわすれさせちゃいけないと思ったものは、つれていかなきゃだめなの。怒ってたり、悲しんでたり、苦しんでいたりしているのを、たすけてあげてほしいの」

 何を残すべきか考えなければいけない。

「みんなを集めてくれたら、わたしがいっしょに持っていく。……助けてあげて。おねがい……しなせないで」


 天使が、遥か高みから行く末を見守っている。

「撃退士、星野七輝、佐塚沙希……人間というものは、よくわからん」

 だが、それ故に面白い。
 思えば七輝に出会ったときもそうだった。
 上層部に一定以上の感情を捧げるだけの毎日に飽きていた。退屈だった。
 ふとした思い付きで「人間にやらせてみてはどうか」と考え、怪獣をデザインしていた七輝の絵に目を留めた。
 彼の絵に心を揺り動かされたのだ。
 現在の昂揚感はあのときと同質のモノだ。

「私はお前たちが知りたい。お前たちを理解すれば、私は変わるかもしれない」

 既に変わり始めている自覚はないまま、天使は決着を待つ。


リプレイ本文

「きみは沙希さん、なのか?」

 矢継ぎ早に事情を語った佐塚沙希の夢。彼女を前にした佐藤 としお(ja2489)は尋ねずにいられなかった。

「うん。ほんものの私が夢見た私なの。たぶんだけど、悪い奴から私を守るためになーくんが樹にいれてくれたの。だから来れたの」
「……助けた? 七輝が沙希さんを?」
「うん。だからおねがい……今度こそたすけたいの……」

 涙を流す彼女を、駆け寄った竜見彩華(jb4626)が抱き締めた。頭を撫でられた沙希はぐずぐずと泣いている。

「彼にまだそんな心が残ってるなら、俺たちが必ず助けてみせる!」

 心を燃やす佐藤に反して、牙撃鉄鳴(jb5667)は静かに暗闇を睨む。

「……そうだな。殺さないでと頼まれた以上、何でも屋としては聞いてやらねばな。さらわれたのも俺のせいだし」
『いやいやっ、牙撃さんのせいじゃないですよっ!?』

 通信機から狩谷つむじ(jz0253)のフォローが入るが、牙撃は黙して語らない。

(……意味はあった、ですか)

 マキナ・ベルヴェルク(ja0067)はつむじの夢見がちな発言にも心を揺らさない。
 彼女自身は、鬼としての星野七輝を終わらせることのみに執心している。
 しかし「二人を救いたい」と願う仲間の意志を無碍にするほど野暮ではない。

「目的は救出ですが、そのために何を拾い、何を捨てましょう? 私は皆さんに委ねます」

 マキナは闇に溶け込むように言い結ぶ。
 もしも必要であれば自分が七輝を殺す。その思いを隠しながらの発言だ。

「夢は全て連れていくべきだろう」

 迷いなく即答した牙撃に視線が集まる。

「星野七輝は天使に惑わされた被害者であると共に、名無鬼という加害者だ。それを忘れさせはしない」
「私も同意見です。良い部分悪い部分、全て揃って星野七輝という人間ですから。一つだって消してはなりません」

 御堂・玲獅(ja0388)の同調に「いいと思う」とノスト・クローバー(jb7527)も同意する。

「彼奴と因縁の深い貴様らがそう言うならばそれが最善だろう。異存はない」
「右に同じ、といったところかしら」

 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)、暮居 凪(ja0503)の両名が賛同したところで方向性は決まった。
「あとはどの夢から集めるか……ですね」と御堂。
 撃退士たちが議論する様子を、佐塚の夢が不安そうに眺めている。

「大丈夫だよ。安心してね」

 竜見はその間、佐塚に付き添っていた。

「……あのとき助けられなかった、っていう想いは辛いよね」

 同種の後悔には覚えがあった。
 そんな想いをさせるのは自分で最後にしたい――そういう考えが竜見の中にはある。

「一緒に頑張って大事な人を取り戻そうね!」
「うん……」
「そんな顔しないでっ! ほら、この子もいるから」

 闇が包む森の中で竜見のアウルが輝く。
 淡い光が闇を溶かして、ほどなくティアマットが顕現した。

「わぁっ、すごいすごいっ」

 頬に竜の鼻先を押し付けられた佐塚が飛び跳ねる。
 北斗七星が夜空で輝き、救いを待っている――。


 話し合いの結果、夢を説得する順番と担当者がそれぞれ決まった。
 順番は三人の七輝、父親、母親、ヒーローと怪獣だ。

「なーくんたちは怒って、泣いて、悲しんでるの。……わかる?」
「わかるよ。彼とは長い付き合いになったからね」

 名無鬼を追い続けたノストが佐塚に微笑みかけている。


 森の風は草や木の葉を一斉に揺らし、音を波のようにざわつかせる。
 四方から襲い掛かる音の塊は化け物の存在を想起させた。視界が悪いのでなおさらだ。

 風が唸る中、泣いている子供が大人を追い掛けている。
 幼いころの七輝と青年の七輝だった。

「かえしてよぉっ!」
「だめだ」

 青年七輝が取り上げているのはスケッチブックと鉛筆だ。

「キミは絵を描くべきじゃないんだ」
「そんなことない!」
「……ボクのようになりたいのか? あんなふうになりたいか?」

 青年七輝が指差す先に、嘲笑を浮かべた名無鬼がいる。

「キミが絵をやめれば全て消えるはずなんだ!」
「絶対やだ!」
「……頼む、ボクをそんな目で見るな……頼むから」

 過去の自分に泣きつかれた彼は苦痛に満ちていた。
 ――どうすれば過去を、未来を変えられるのか。

「我ながら醜いねぇ」

 呆れた名無鬼は肩をすくめる。

「諦めたらどうだい。未来も過去も変わらない。キミたちの末路は絶望だ。ボク以外にないんだよ」
「絵を取り上げれば過去が変わると言ったのはお前だろう!」
「変わるかもしれない、と言っただけだよ」

 名無鬼は嘲笑を深める。

「珍しいことじゃないさ。子供の夢は叶わない。大人の言うことを信じて後悔する。自分も絶望するしかない弱い存在だった。それだけのことだよ」

 青年七輝はうなだれるしかなく、子供の七輝は泣くしかなかった。

「やだよ……あきらめたくない……」

 小さな声が涙の雫と共にこぼれた瞬間、森に風が吹いた。
 化け物のような風ではなかった。誰かを臆病に落とす風ではなく、道筋を示す一陣の輝ける疾風だ。
 風は青年七輝から絵の道具をかすめ取り、勢いそのままに子供を拾い上げる。

「……だれ?」「……誰だ?」

 二人の七輝が声を揃える。ノストは安心させるために微笑み、名無鬼は嗤った。

「味方だよ」「敵だよ」

 ノストは小さな子供の頭を撫でて軽く抱き締める。

「泣かなくていい、よく頑張った」

 ノストは諦念に抗った少年を背後に庇った。
 追いついたフィオナもノストのそばに立つ。
 二人が向き直った先には戸惑う七輝と微笑む名無鬼がいる。

「さすがだね。ここを最初に選んだのは正解だ。キミたちの背後にいる小さな七輝……それがボクらの土台だよ」
「貴様が鬼か」と初対面のフィオナ。
「あぁ。星野七輝の心に住む、人の闇に寄り添う鬼……別人格に近いのかもしれないね」
「違う」とノストが即答する。
「キミは七輝くんの一部だよ。だから俺達はキミも連れていく」
「……まっ、待ってくれ。あなたたちは何を言っているんだ?」

 ノストは口を挟んだ青年七輝に目を向ける。

「俺達はこれから君の夢を説得に行く」
「夢……?」
「辛いこともあるだろうし、直視したくないこともあるだろう。でも、君が向き合うならば俺達は手伝える。一緒に来ないかい? 一人で駄目なら誰かに頼ればいいんだ」

 青年七輝は答えを求めて視線を泳がせる。
 見つめられた名無鬼は、ほんの一瞬だけ顔を歪ませた。

「自分で決めろ。彼らはボクの敵――他に語ることはないよ」

 突き放された七輝はしばし逡巡する。

「……何が起こっているのかはわからないけど、隣にいるおぞましい彼がボクなのは間違いない……感覚でわかる……でも他人よりマシだ! 彼が敵だという人にボクはついていけない。信じられるのは自分だけだ。この世界にボクの味方はいない!」

 隣で聞いていた名無鬼は嘆息する。

「聞いたかい、幼いボク。これがボクらの現在だ。変えようのない現実だ」
「そこに憤る君もやはり七輝なんだよ」

 名無鬼に言葉を返したノストは背後の七輝を振り返る。

「巨人と戦った時、同じように子供を守りながら君と相対したね。けど、その時と違うのは守るのも救うのも君だよ」

 彼の手を握り、もう一度名無鬼に向き直る。

「俺が会いに来たのはこの子じゃなくて、鬼の君だ」

 ノストが名無鬼に手を伸ばす。

「積み木みたいに組み上がった過去があってこその全部が人で、そして――君だ。どれが必要か、他人がその積み木を勝手に選ぶのは難しいよ。君自身が見直し、君が選んでいくんだ」

 名無鬼は黙したまま微動だにしない。青年の七輝も眉をひそめていた。

「俺は父親ではないけれど、少しは頼れる大人であると思うよ。伊達に年はくってないよ?」
「……ふふっ、残念だけど、その程度の話でほだされるボクでは――」

 豪 ッ !!!

 突然の風に言葉を遮られた名無鬼は目をしばたかせる。青年七輝も同様だった。
 フィオナが二人の胸ぐらを掴んでいる。

「黙って聞いてやってみれば……嫉妬は見苦しいだけだぞ? まず貴様だ」

 じろり、と青年の七輝を睨み付ける。

「女々しいのも大概にしろ。貴様がそれだから、手を差し伸べていたかもしれぬ存在が見えんのだ。過去は変えられん。前を向け! それが後に鬼を生み出す貴様の義務だ!」
「絵の夢さえなければこんな思いしなくて済んだんだ!」
「貴様……過去を変えたいのは貴様自身が消えたいからか?」

 青年七輝は唇を噛んで目を逸らす。言葉よりも明白な答えだった。

「強いキミの言葉じゃ無理だよ。そいつの弱さと絶望は筋金入りさ」
「こいつは貴様だろうが!」

 口を出した名無鬼を一喝、フィオナは止まらない。

「絶望しか囁けぬ愚か者め。希望を知るのが怖いだけの意気地無しが図に乗るな!」

 名無鬼は目を細めてフィオナと睨み合う。
 深淵を探ろうとする視線をぶつけ合った後、フィオナが口調を抑えて話し始めた。

「希望というものはな……向こうから手を振り払うことはせぬ。だが、手も差し伸べぬ」
「知っているよ。だから希望の先には絶望がある」
「掴み損ねて諦めるからその程度なのだ。貴様らに希望というものを教えてやる……ついて来い」

 二人はまるで正反対だったが、名無鬼は対比を楽しむように嗤った。

「そこまで言うなら従うよ。キミたちが諦める様子を見に、ね」

 名無鬼は青年七輝に視線を流した。
 ――お前はどうする? と冷ややかな目で問い掛ける。

「……ノストさん、だったかな」
「おや、俺の名前がわかるのかい?」
「少し思い出したんだ。絵の道具を貸してくれないか」
「この子のかい?」
「積み木のように組み上げるのが自分なら、ひとつ試してみたい」
「――なるほどね」

 意図を察したノストは少年七輝に微笑みかける。

「少しだけ待っていてごらん。きっと良いモノが見れるよ」

 道具を受け取った青年七輝はスケッチブックに何かを描き始めた。
 ……描き終えた後、彼は幼い自分に絵を見せた。

「っ! すごいっ! 上手だよ!」

 ……嗚呼、と。
 過去の己から称賛された青年七輝は吐息した。

「ちゃんと積み上がっていたね」

 ノストの呟きに青年七輝は万感の想いを抱いて首肯する。
 瞬間、彼は光の粒になり、輝く風になって少年の方へ吸い込まれた。
「?」と、少年七輝は首を傾げている。

「……ところで君の苗字を知らなかったからこう呼んでいたけれど、俺が名前呼びとは……深い縁になったものだね」

 苦笑するノストと手を繋いだ少年七輝は、もう一度小首を傾げていた。


 ノストとフィオナは三人の七輝を無事に連れ戻ってきた。
 少し離れた場所で彼らを待っていた撃退士たちが全員、ホッとした様子で出迎えている。

 佐塚の夢だけがひどく戸惑っていた。

「あ、さきちゃん」

 少年七輝が気付く。
 固まる佐塚の背後から、竜見が優しく両肩に手を添えた。

「抱き締めていいんだよ?」
「でも……」
「助けられなくて寂しい思いをしたんだよね? ……だから、いいんだよ」

 すっ、と軽く背中を押して共に近づいていく。

「……なーくん、ごめんね」
「うん? ……うぅん?」

 抱き締められた少年七輝が首を傾げる。

「今は夢だけど、きっと現実になるよ。きっと癒してあげられるようにするからね」

 最良の結末を目指す。
 それこそが竜見の決意だった。
 そのために竜見は父親の夢に挑む。


「……あれですね」

 森の中に一人佇み、空を見上げる壮年の男が見えた。

「おとうさん……」

 竜見の隣には少年の七輝がいる。七輝の護衛のため、ノストも同行している。
 父親の夢に会わせるチャンスがあるなら必ず連れてこよう――竜見はそう決めていた。

 竜見は、御堂の助言を思い返す。

「自分を愛してほしい、というのが星野七輝の本音かと思いますが……判断はお任せします」

 言わせてあげたいことと竜見自身が言ってやりたいことを胸に、彼女は父親に歩み寄る。

「何を見ているんですか?」
「……北斗七星を、探している」

 父親はそれだけ言って、星を見上げ続ける。枯れ木のような佇まいだった。

「おねえさん、邪魔しちゃだめだよ。おとうさんはとても偉くて忙しい人なんだ。だからボクは静かに良い子にしてるんだよ」

 ――なるほど、と竜見と察する。

 父親について情報は少ないが、なんとなく想像がついた。
 きっと、この子はずっと待っていたのだ。

「でも本当にそれでいいの? ……言ってもいいんだよ?」

 この父親が七輝の心の中にある幻影だとしても言わせてやるべきだ。

「置いて行かないで、って。僕を……僕とお母さんを助けて、って言ってもいいんだよ。お父さんだもの」
「でも……」

 言われた七輝は困惑する。
 言いたい、でも言えない――そんな様子で踏み止まっていた。

「良い発想だと思うけど、その子には言えないよ」

 いつの間に現れたのか、竜見の背後から名無鬼が口を挟む。

「良い子であること。それがその子の呪いだ。期待は裏切られると知らない哀れな子さ」
「でもあれは、あなたの心の中のお父さんなのよね?」

 ならば、理想の反応を返す可能性があるはずだ。

「おいで!」
「わっ」

 竜見は小さな七輝を抱き上げ、ティアマットの背中に乗った。竜が飛び上がる。
 彼女は腕の中の希望を抱きしめ、相棒を父親と星空に割り込ませる。

 星空を背負った彼女の髪が風に流れた。祈りを胸に叫ぶ。

「お父さんなんだから息子さんをちゃんと見てあげてくださいっ! 子供はすぐ大きくなっちゃうんです――見逃したら勿体ないですよっ!」

 両者の間に強い風が流れる。おそらく数年分の風だった。

「……息子」

 ぼんやりしていた父親はわずかに目を見開く。

「そうだ、俺は父親だったか。……ようやく、星を見つけた」

 枯れ果てていた男はついっと別の方に顔を向けた。

「お前の母親も近くにいるんだな?」

 七輝が理想とする父親――それを無表情の名無鬼が思い詰めた様子で見つめている。


 そのころ、母親の形をした悪夢は猛スピードで夜の森を移動していた。

「……どこなのよ」

 毒々しい色の瘴気を吐き出しながら悪夢は叫ぶ。

「七輝はどこ!!」

 夢の場所特定に貢献したのは御堂の生命探知だ。
 彼女より先に三人の七輝たちを見つけられた功績は大きい。

「親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ち……相容れないものなのかな?」

 悪夢を追い掛けながら佐藤が思わず呟いた。
 彼の後を牙撃、御堂の二人が追走している。

「だれっ!!」

 悪夢が撃退士たちの気配を察知して減速、反転した。

「僕たちは撃退士です、話を、っ!」

 説得を試みた佐藤に悪夢は迷わず突進してきた。
 間に入った御堂が盾で防ぎ、踏ん張り、押し返す。

 距離を広げられた悪夢は、すぅうううっ――と大きく息を吸い込み、叫ぶ

「七輝を返してよォォ――ッッ!!」

 絶叫が音の衝撃波を生み、周囲を飛び回っていた鳥が空から降ってきた。
 幻覚、束縛といった効果を持つ全体範囲攻撃だ。
 ダメージはあるが状態異常は届かない。佐塚から情報を得ていた御堂が聖なる刻印で仲間を守っている。

 その隙を活かし、牙撃が悪夢の両足を狙撃する。
 悪夢は態勢を崩すが、凄惨な形相は変わらない。

「待って下さい、攻撃をやめて下さい」

 佐藤の声に「わかっている」と牙撃がライフルの弾倉を手早く交換しながら頷いた。

「任せたぞ」
「……ありがとうございます」

 佐藤は武器を持たない状態で悪夢に歩み寄る。
 丸腰だが、アウルを両目に集中させて回避には備えていた。

「息子を返してよォ……あの子は私がいないとだめなのに……どうして出て行ったのよぉぉ……」

 佐藤は思う。
 この夢も現実の彼女も「自分が正しい」と信じている。
 悪気なく「子供に良い人生を歩んでほしい」と願いを押し付け、七輝を絶望させた。

(……この人は子供を思う愛ゆえに、諦められたんだ)

 だが七輝は母親に無関心ではなかった。
 絶望したのは希望があったからだ。

「七輝さんは貴方が好きでした、だから本当に好きなことを隠してまで一緒に暮らしてたんですよ」
「好きなこと……?」
「彼は絵が好きだったんですよ。でも貴方は本当の彼を見てあげなかった。……だから出て行った、もう思いは伝わらないと思って……」
「……私は、ただあの子を守ろうとして……あの子がもしも間違った存在になったら、私はなんのために……」
「確かに彼は過ちを犯した……でも今、彼は最後に残った力を、心を振り絞って友達を助けたんです。まだ間に合います。今度は本当の彼を信じて受け入れて下さい。貴方の愛しい子供を叱って、抱きしめてやってください……必ず思いは伝わります!」
「でも私は救われない! この満たされない思いはどうすればいいのよぉ!!」

 悲痛な叫びが夜空に木霊する。
 それを遮るように遠くから竜の咆哮がした。
 希望を乗せたティアマットだ。子供たちを抱えた竜見とノストが飛び立ち、着地する。
 一拍遅れて名無鬼と父親の夢も降り立った。

 悪夢が打ち震える。

「……ああっ……うそ……」

 信じられないモノを見た、という顔だった。

「そりゃそうだろうね」

 名無鬼が憫笑と共に語る。

「彼女にとってボクはその男の幻影だ。ボクでは心の空白を埋められなかった。ボクを立派にして復讐したかっただけなんだよ」

 父親の夢が歩み寄る。母親の夢はすがり、むせび泣いた。

「現実ではありえない夢物語だ。星野七輝にとって原初の絶望だよ。……それでもキミたちは忘れるなと言うのか?」
「……これもキミの一部だからね」

 応答したノストを名無鬼は鼻で笑う。

「……でも母親がきみを思う気持ちは本当だって、どこかでわかってるんだろう?」

 寂しそうに発せられた佐藤の問いに名無鬼は言葉を返さない。
 抱き合っている父親と母親の夢が光り輝く粒子となり、無言で佇む名無鬼に吸い込まれていく。


 直後、別行動をしていたフィオナと暮居から「ヒーローと怪獣を見つけた」と連絡が入った。
「佐塚の言う通り、妙な戦いだ」とフィオナは語る。

 戦隊モノらしきヒーローたちが怪獣と戦っているが、後者が手を抜いている。
 勝つのが当然、負けるのが当然。そういう争いだった。

 その戦いに「待った」をかける銃弾が戦場の中心点に穿たれる。
 狙撃した牙撃と、光纏を通常展開させた暮居が戦場に躍り出た。

「援軍か!」

 暮居の姿を見たヒーロー陣営が沸き立つ。
 淡く白い光纏で全身を包んだ彼女の神々しい装いは確かに美麗だが――

「私はヒーローでは無いわ、ただの――」

 暮居はフッと笑う。

「呼ばれもしないのにやってきた、魔法使いよ」

 輝きを放つ暮居とは対照的に牙撃の黒コートは闇になじむ。
 彼は怪獣の方へ言を放つ。

「何を手を抜いている怪獣。悪役が勝ってはいけないなどと誰が決めた」

 暮居が放つ光を背負うせいで、牙撃の輪郭がくっきりと闇に浮かぶ。

「お前たちを応援する奴はどうするのだ? 悪役だろうと報われる権利が有ってもいいだろう」

 戦闘の最中、わかりやすく悲鳴を上げていた怪獣たちは一様に沈黙した。

「……甘えないで」

 無言を貫く怪獣たちに痺れを切らし、暮居が声を掛ける。

「ヒーローに倒されるのが怪獣。それで新しい英雄が生まれる……良いでしょう、その役目、私が肯定するわ。それなら堂々となさい。弱い怪獣を倒しても英雄は生まれないわ。助けが欲しいなら、英雄が生まれるところを見たいなら、こちらに来なさい。倒してほしいなら、かかってきなさい」

 暮居は槍を構える。

「英雄を生産する願いも華々しく散る夢も、私が叶えましょう。どんな結果でも、誰にも何も言わせないわ」

 武器を手に微笑する暮居。
 敵に刃を向けるその姿にヒーローたちも拳闘の構えを取る。

「よくわからないが、助太刀するぞ!」
「下がりなさい、三下」

 にべもなく、暮居は援軍を言葉で切って捨てた。

「ヒーロー、お前たちもお前たちだ」

 牙撃が怪獣からヒーローへ向き直る。

「悪を叩きのめすだけがヒーローか? 救う相手を選ぶのがヒーローか? 悪を倒すだけでヒーローを名乗れるのか? ヒーローなら正義の名の下に、悪役すら救ってみせろ」
「――っ!!」

 最後の一言で場の空気が一変する。
 ヒーローも怪獣も凍り付いたように固まった。
 驚いているとか考えているとか、そういう次元の話ではない。完全なる停止だ。

「すごいよお兄ちゃん!」

 茂みの奥から他の撃退士たちに護衛されている七輝が感激と共に飛び出す。

「悪役も助けたいよね! ボクは悪役の方が好きだから、ずっとそう言ってくれるひとを探してたんだ!」
「そうか。実は俺も悪役の方が好きだ」

 ――大切な人を守りたいとか、誰かを助けたいとか、そんな正義感は持つことができないし虫唾が走る。
 牙撃は撃退士の背後に立つ名無鬼に、ちらりと目を向けた。

(こういう捻くれた所があいつに共感した理由かもな……)

 パァァ――と周囲が突然明るくなった。
 固まっていたヒーローと怪獣たちが光の粒子になって輝いている。

「……ついて来い。悪役を応援する悪役を助けに行くぞ」

 ヒーローは名無鬼へ。怪獣は七輝へ。それぞれ吸い込まれていく。

「夢が全部そろったの」

 佐塚が強く竜見の手を握る。竜見も握り返した。


 風よりも速く、撃退士たちが森を疾走している。

「近いな」

 サーバントの波動を感じたフィオナが言って暮居が短く頷く。
 ――見えた。
 大きな樹が枝を鞭のようにしならせ、髪を振り乱すように木の葉を撒き散らし、撃退士たちを威嚇してくる。
 根元の繭に助けを待つ者がいるが、近付くのは容易ではなさそうだ。

「さぁ。何も出来なければご破算よ」

 暮居の全身が白く発光する。轟っ! とフィオナの光纏も連動した。
 マキナは拳布をきゅっと引き絞り、佐藤と牙撃はリロードと弾倉を確認する。
 ノストは七輝を背負い、竜見は佐塚の手を握る。
 御堂は白蛇の盾を掲げ、名無鬼に振り返った。

「貴方もついてきなさい」
「……何をするつもりか知らないけど、断っても無駄みたいだね」

 ティアマットが吠える。

 ――行くぞッ!!

 駆ける。一斉に。

 飛刃と化した木の葉が飛んでくる。撃ち落とす。佐藤だ。

「待ってろ、絶対助けてやるっ!」

 牙撃も続く。撃つ、撃つ撃つ撃つ。連射に次ぐ連射で弾幕を押し返す。
 撃ち落とされた木の刃は土を吸い、怨嗟の声を上げる土人形となった。七輝たちを守る一団の前に立ち塞がる。先陣を切っていたフィオナが直剣で一体斬り伏せた。

「凪っ!」

 フィオナの呼び声に暮居が微笑み、二人は背中を合わせる。

「進んで」

 本隊は乱戦の中を突っ切る。抜けた先で再び木の刃の雨に見舞われたが、マキナがショットガンで撃ち落とした。
 銃撃後も彼女は足は止まらない。一足飛びに樹との間合いを詰め、義腕に巻き付けた包帯を瞬時に解く。腕から黒焔が迸る。炎が樹を攻撃した瞬間、空間より発せられた鎖が樹を縛った。

 根元には七輝たちと撃退士が到達している。

「繭の中で二人とも生きてます!」
「よかった……間に合ったのね……」

 御堂の探索結果に竜見が胸を撫で下ろす。
 彼女は二人の七輝と佐塚を繭のそばへ来るよう促した。

「あたし、今からきみたちにおまじないをかけるね」
「おまじない?」と佐塚が首を傾げる。
「そう……大切なひとの無事を祈るおまじないだよ」

 竜見が沙希の手を握り、絆を発動させる。
 結んだ手が小さく、しかし徐々に強く光り出す。

「よかった、うまく伝わった!」

 竜見自身、それは賭けだった。アウルを持たない一般人には効かないはずだが、今の彼らはサーバントの産物だ。
 意図を察した名無鬼が目を見張る。

「この化け物をこの子たちにやらせるつもりか?」
「そうです。一人じゃないって思える事。『人間』の強さってそこにあると思いません?」
「天使よりも悪魔よりも恐ろしいのなら、強くもなれると?」
「一番自信のある技です。やり方は今、示しました。私は見たいです。七輝さんと沙希さんの『絆』を」

 ティアマットが天に向かって吠える。夢の欠片たちを鼓舞するためだ。

「……私に、できるのかな?」
「私は信じるよ」

 不安がる佐塚の肩を竜見はぎゅっと抱いた。

「貴女まで七輝さんを一人にしちゃダメですからね」

 励まされている佐塚の手がより強く光る。七輝がその手を取った。

「やろう!」

 光が格段に強くなった。ばちばちっと雷のように弾ける。
 幼い二人が繭に手を添えた瞬間、樹にアウルが流れ込んだ。


 樹が咆哮を上げる。だが倒れはしない。

「――成らず、か」

 土人形に包囲されているフィオナが平坦な口調で呟いた。

「だが暮居、わかるな?」
「えぇ。……判断はまだ先、よね」

 失敗したときは自分たちが樹を屠る――そう決めている二人が、まだ見守っている。

 ということは、つまり。


 樹の行動を阻害していたマキナの鎖が断ち切られた。
 根元に蔓の鞭撃が集中する。

「まだだよ、人の力はこんなもんじゃないっ!」

 合流した佐藤の回避射撃が敵の狙いを妨害する。

「……無茶を言うなよ。そんな時代遅れのハッピーエンドはもう、絵にすら描かれない」
「誰もが望むハッピーエンドでいいじゃねぇか! 俺はそういう、誰もが当たり前のように望む世界を創るためにこの力を使うんだ!」

 厭世思想を常とする名無鬼に叫び、佐藤が銃弾をばら撒く。

「二人とももう一度だ。俺は悪魔だけど、代わりにこれを送るよ」

 ノストが幼い夢たちの背中に手を置いて風を送る。
 キラキラと輝く風が螺旋を描き、二人を包み込んだ。

「……ランプを壊し続けたあなたは現実主義者だと思っていたんだけどね」
「これでも人間の描く書物が好きでね。一緒に向き合うと約束したからには、支えてみせるさ」

 名無鬼が皮肉を言っている間に援護射撃がもう一つ加わる。牙撃だ。遠方からの精密射撃で侵蝕弾頭を繭の壁に見事着弾させる。

「前回は全力を出せなかったが、これが俺の全力だ」

 一向の頭上で跳躍回避を続けるマキナも動向を見守っている。
 いつでも必殺の一撃を繰り出せるよう、拳に力を込めながら。

「名無鬼、貴方も手を貸しなさい」

 盾で鞭撃を押しのけてみせた御堂が告げる。

「沙希さんも救いたければ貴方も願い、叶えなさい。私達も助けます」
「……キミたちはいつもそうやって夢を語るね。ボクには理解できない」
「うぅん、それはうそだよ」

 名無鬼の呟きに七輝が反応した。

「みんなが壁を壊してくれたときに憧れたはずだよ。嬉しかったはずだよ。やっと助けてくれた、って」
「……」
「もうその価値がわかってるはずだよ。だからここまでついてきたんだろう?」

 幼少の七輝の顔に青年の面影が重なる。

「力を貸してくれ。ボクらを信じてくれたこの人たちのためにも諦めたくない!」

 竜見が再び手を輝かせた。御堂がその光を受け取り、名無鬼に手を差し出す。

「……悪役は散ってこそ悪役、か」

 名無鬼は御堂の手を取った。
 光り輝く鬼の腕が七輝の背中に触れる。

「自分に見抜かれちゃしょうがないね。七輝、沙希、キミたちは次の舞台へ行け」
「いや、キミも――ボクも一緒だ」
「……わかってるさ」




 光の柱が樹を燃やし、夜を駆逐する。

 七輝と佐塚の絆が紡いだ結果と断言はできない。
「こうしたい、こうなるべき」と願った撃退士たちのアウルが敵を攻撃した可能性が最も高い。

 だが否定もできない。
 闇と光。非力な者と力持つ者。
 両者が結び合ったときに発生した名状し難い祈りや輝きや希望こそ、悪夢を祓う原動力になったのではないか?




「そう、その威、その一撃こそ我等が絆! 豪華絢爛たる人の覇道だ!」

 剣を掲げ、フィオナが声高らかに勝利を謳う。
 その後、彼女は天を一瞥、嘲笑うような笑みを浮かべた。
 いったい誰に向かってそうしているのか。
 暮居にはわかっていた。
 だから言う。天使に。

「人を知りたいなら、また来なさい。刃にて歓迎するわ。私達のつながりを誇る一撃で――ね」


 繭の中から二人は助け出された。
「意地でも死なせません」と御堂が回復を施している。

 七輝と佐塚の夢は既に消えて、名無鬼だけがまだ外にいる。

「戻る前に忠告しておこう。キミたちは星野七輝を助けたが、これで終わりじゃない。ボクは心の中に変わらず在り続ける。キミたちの中にもいるはずだ」

 名無鬼はニィィッと嗤い、一番近くにいた牙撃を指差す。

「他者への不信ある限り名無鬼は消えない。その心を背負って、闇を見続けて、それでもキミたちは守り続けられるのかな?」
「……。影のない人間はいない。時折需要もある。それだけの話だ」

 牙撃は動じなかった。少なくとも表面上は冷静に答えてみせた。
 名無鬼は続いて、御堂を指差す。

「私は信じています。きっと守ってみせます」

 次はノスト。

「約束は守る。また会ったときは支えてみせるよ」

 マキナ。

「……私はただ、壊すだけです」

 佐藤。

「倒れても立ち上がるよ。何度でもね」

 竜見。

「辛いときはあれを思い出して元気出します!」

 あれとは七輝と佐塚が握り合っている手のことだ。繭の中でも七輝が佐塚を守るように抱き合っていたのだ。

「名無鬼よ。絶望なき希望はない。表裏一体だ。故に絶望の在り処も意味も否定はせん。我らは希望で在り続ける」

 フィオナは指差される前に貴族然として胸を張る。
 くすり、と暮居が微笑んだ。

「やっぱり右に同じ、といったところかしら。想いも苦しみも、全ては貴方『達』の中に」

 名無鬼は納得したように嘲笑した。

「またいつか、どこかで」

 星野七輝の胸中に、沈んでいく――。




































 事件から一週間。
 星野七輝は久遠ヶ原の病院で治療を受けていた。
 病室には甲斐甲斐しく世話をする佐塚と、見舞いに訪れたマキナがいる。

「……近況で変わったことはありますか?」

 問われた佐塚はうーんと唸る。

「撃退士さんがけっこうお見舞いに来てくれてるかなぁ……あっ、そうだ。牙撃さんから請求書付きで手紙が届いてます」

 ――要望通り殺さずに済ませた。何やかんやで危険な目に遭わせたのは俺のせいだし、今回は温情価格だ。
 また名無鬼になってもらっては困るし、あとは佐塚、お前が支えてやれ。

「そうですか」

 マキナは話に興味を失って、ベッドに座ってぼんやりしている七輝を観察する。命に別状はないが、一時的に感情を失っているのだ。

「繭の中にいた時間はほとんど一緒だったんですけどね」

 きっと守ってくれたんです、と佐塚の表情が言外に告げる。

「……マキナさんは、なーくんを殺しに来たんですか?」

 マキナが七輝を観察する眼差し。
 それは佐塚が天使に脅されたときの視線と少し似ている。

「……鬼であった彼はもういない。ならば残るのは人である彼だけです。過去は覆らない。ならばこそ、その総てを背負って生きるのが人と言うものでしょう」

 独白のように言い残して、マキナは病室を後にした。

「……背負え、か」

 重い言葉だが、冷たい言葉ではない。支えることについては何も言われなかったせいだろう。

「一緒に背負わせてくれるよね?」

 返答はない。
 ……が、七輝に所縁のある撃退士がまた訪ねてきてくれた。

 あの日繋がった手はまだ、光を運んでいる。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 想いを背負いて・竜見彩華(jb4626)
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
【名無輝】輝風の送り手・
ノスト・クローバー(jb7527)

大学部7年299組 男 アカシックレコーダー:タイプB