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マスター:扇風気 周
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/12


みんなの思い出



オープニング

●考察
 狩谷つむじ(jz0253)は一見軽いようでいて、仕事熱心だ。

 その実態は勤務時間の記録を見ればすぐにわかる。
 予定がない日は一時間程度残業して、依頼を受け付けたあとは撃退士が戻ってくるまで待っていることもある。
 昼休みや、ちょっとした時間に頼まれていた用事をこなしている場面も多々ある。

 今日も昼間に、頼まれていた資料を友人のために手渡した。

 そして夕刻。貸し出した資料を持って、ミルザム(jz0274)がつむじを訪ねてきた。

「すまない、手間をかけた」
「いえいえー! わざわざ返しに来ていただいて助かりました」

 杖に体重を預けながら立っているミルザムが、軽く会釈する。

「どうでした?」
「実に興味深い内容だった」

 ミルザムが、カウンターの上に置かれた資料に視線を落とす。
 資料のラベルには『名無鬼事件』と書かれていた。

 つむじから「変な天使が事件を起こしている」と聞いたミルザムが、報告書に興味を示したのだ。

「人心を弄ぶ天使……これって、変わった事例なんですよね?」
「そうだな。天使は上層部から一定のノルマが課せられていて、感情を集める必要がある。基本的にはノルマの達成のため、効率よく動くことが多い。ノルマを達成しているなら、名無鬼のような非効率的な趣味に走る奴がいてもおかしくない……が、相当の変わり種だ。私の知識欲に近いものを感じる」
「むむむ……犯人というか、そういうことをしそうな天使に心当たりってありますか?」
「私の知る限りでは記憶にない。だが――人間社会を熟知しているのは確かだ」
「どうしてです?」
「被害者は皆、言葉巧みに弄ばれたのだろう? 人心につけこむのがうまい。そういうのは、人間がわかっていないとできないはずだ。少なくとも、私に同じことをできる自信はない」
「なるほど。もし捕まえるとしたら、その辺りからの調査になるんでしょうかね……」
「表舞台に出てこないようだからな。まぁ、事例が増えてきたらボロも出てくるだろう。思わぬところで繋がってくるかもしれない。あまり焦らないことだ。そこが、きみという人間の素晴らしいところのようにも思うが」

 さらりと称賛されたつむじが、一瞬だけ目を丸くしたあと、少し頬を染めた。

「……あはは、ありがとうございます。そうですね、私が焦ってもしょうがないですから、ゆっくり……ですね」

 そこまで話して、「あっ」とつむじが声を上げた。

「すみませんっ、ご相談ですか?」

 ミルザムが振り向く。

 そこには、若い女性が立っていた。


「天魔絡みじゃなくて申し訳ないんですけど……友人のことでちょっと……」

 カウンターを挟んで、つむじが依頼の内容を聞いている。

「近所の男友達なんですけど、いわゆる幼馴染っていう奴で……小学校から高校まで一緒だったんです。それもクラスまでずーっと一緒。珍しいですよね。あ、言っときますけど、漫画とかでありがちな甘い関係なんて全然ないですよ。私は短大、あいつは私立の有名大学に入って、ようやく離れたわけです」

 それが、二年前のことらしい。

「私は春に就職して……昨日、休みで実家に帰ったとき、そいつのお母さんにばったり会ったんです」

 あまり、元気がなかったらしい。

「事情を尋ねたら、息子が大学に行かなくなった、部屋でずっとパソコンを触っていて、かと思えば黙ってふらりと出掛けたりする。家にいても会話がない、ずっといい子で問題なかったのに、どうしたらいいのかわからない、って泣き出しちゃって……私も会いにいってみたんですけど、追い出されちゃったんです」

 相談に訪れた女性――佐塚沙希は、少し思い詰めた様子で話す。

「……別に、よく話す仲でもなかったですよ。あいつはいつも無口で、私が遊んでいる間に塾に行って勉強して……好きとかじゃないけど、やっぱり気になるんですよね……」

 視線を下向けていた彼女は、つむじの顔を見てから、もう一度話す。

「あいつ、昔から特撮映画やヒーロー番組が好きで、天魔事件のニュースも熱心に眺めてました。撃退士さんにだったら、心を開いて話してくれるかもしれません。……一度、訪ねてみていただけませんか?」





 ここが分岐点だった。



 そういう場面はいつもさりげなくやってきて、何かの悪戯のように一瞬で去っていく。



 だから気が付くのは、いつも――……?




 その日、彼はマンションの一室でいつものように絵を描いていた。

 人間から請け負っている仕事は、既に納品してチェック待ちだ。
 返事がくるまでは、自由に時間を使うことができる。

 故に彼は今、人間以外の――『主』から請け負っている仕事を手掛けている。

 ……スケッチブックに描かれているのは、怪獣の絵だった。

 部屋に飾られている玩具――母親からプレゼントされたヒーローたちの人形が倒してきた数多の怪獣を思い浮かべながら、白紙の上に線を書き込んでいく。

 とても楽しそうな、この上なく愉しそうな微笑みを浮かべながら、描いていく。

 だがそのとき、チャイムが鳴った。

(……画材か)

 母親がいない時間に届くよう、指定していた荷物だろう。
 そう思って席を立った彼は、インターホンの受話器を上げて「はい」と無機質な声を出した。

 訪問客が「撃退士」だと名乗った瞬間、彼は言葉を失った。

(……バレた?)

 戦慄は、受話器越しに話を聞いて収まった。
 ……なんということはない、幼馴染と母親がダメ元で久遠ヶ原に泣きついただけ、ということらしい。

(人騒がせだなぁ……)

 適当に理由をつけて追い返してしまえ、と思った。
 だが「いや待てよ」と、すぐに思いとどまった。

(……話してみるのも面白いか)

 もしも正体がバレているなら、今更逃げられるはずがない。
 バレていないのなら――愉しめるかもしれない。

「……少し準備をするので、待っていただけます? いま、人前に出られる格好じゃないんですよ。自室も軽く片付けますので」

 彼の名は、星野七輝。
『名無鬼』と撃退士――偶然がもたらした接触が始まる。


リプレイ本文

 撃退士たちは七輝の部屋へ通された。
 パソコンデスクと人形が飾られている本棚しか目立たない、質素な部屋だった。

「大勢ですまないね。初めまして。義覚というよ。よろしくね?」

 義覚(jb9924)が挨拶をすると、七輝は微笑みながら応じた。
 百目鬼 揺籠(jb8361)は自己紹介に握手を加えている。

「いやー、ありがとね。入れてくれなかったら任務失敗になるところだったさ」

 風見鶏 千鳥(jb0775)が言うと、七輝はさらに笑った。

「なかなかお話ができる人たちじゃないですからね。門前払いなんてしませんよ」
「あはは、そっか。あたし、風見鶏千鳥ね。撃退士やってるよ。戦ったりもするけど、学園で授業受けたり友達作ったり、遊んだりもしてる」
「へぇ。仕事ばかりでもないんですね」
「毎日ドタバタやってるさー」
「うらやましいなぁ。ボクは小さいころから、賑やかなのを眺めてばかりです」
「そう? お兄さん人当りいいし、話しやすいから人気者になれそうだけど」
「そんなことないですよ。でも、ありがとう」
「ううん。いいなぁ。その話しやすさの秘訣、教えてほしいくらい」
「そんなのいりませんよ。風見鶏さんも話しやすいですから」
「そっか!」

 七輝と風見鶏は、学園での日常について和やかに雑談を交わす。
 その間、他の撃退士は口を挟まずに眺めていた。
 まずは自分が話をしてみる、という風見鶏の意思を尊重しているためだ。

「あたしにはこんなに話してくれるのに、どうしてお母さんとは話さないんさ?」

 話がずいぶん弾んだところで、風見鶏が不思議そうに尋ねた。
 七輝は、困ったように苦笑している。

「色々、思うところがあってね」
「ふーん……よくわからないから単刀直入に聞くけど、あたしらはあんたをどう説得すればいいと思う?」

 裏表のない質問をぶつけられた七輝は目を丸くした後、「あはは!」と声を上げて笑った。

「これは一本取られた。そうだねぇ……もしもボクが自分を説得するなら、説得の前に色々訊いてみるかな」
「うんうん」

 風見鶏は相槌を打ったあと、背後の御堂・玲獅(ja0388)に振り返る。

「お茶と飲み物を持ってきています」

 すかさず、義覚も続く。

「君が興味がある事を知りたいね」

●撃退士と天魔
 七輝が持ってきた座卓の上に、菓子折りとティーセットが並んでいる。
 カップの中にはスポーツドリンクが注がれていた。

「色々なフィギュアがあるね」

 本棚を見ていたノスト・クローバー(jb7527)の呟きに、グラサージュ・ブリゼ(jb9587)も反応した。

「ヒーロー人形はセンパイが集めたんですか?」

 グラサージュは年長者の七輝を立てるため、「センパイ」と呼んでいた。

「いや、それは母親がボクに買い与えたものだよ」
「へぇ〜! たくさんありますねぇ〜ヒーローかっこいいですよね! 諦めずに立ち向かう姿とか♪」
「そうだねぇ」
「そんなヒーローを倒そうと思考錯誤されて出てくる怪獣たちもすごいなって思うんです!」
「……うん、そうだねぇ」

 会話の様子を観察していた百目鬼が、すかさず質問する。

「特撮ものが好きって聞きましたが、どんなとこが好きなんで?」

 七輝は顎に指を添えて、静かに考え込む。
 笑みのない、真剣な表情だった。

「……母親の意向でアニメは見させてもらえなかったんですが、特撮だけは見せてもらえたんですよ。子供心にヒーローをかっこいいなと思った。それが今も続いています」
「ヒーローをかっこいいと思ったんで? ヒーローと怪獣ではなく?」

 七輝の顔が、にわかに強張る。

「隠すほど変なことではないでしょう。物語においては悪役も大事な役割。現実の世界にも、『必要悪』は存在すると俺は思いますがねぇ」
「……驚きましたね。見抜かれたこともですが、撃退士の皆さんは正義しか認めていないと思っていました」
「残念ながら、綺麗事だけでやれる生業じゃあないんでさぁ」
「あーわかるわかる。敵に限らず、味方にもいろんな事情のひといるしね」

 百目鬼に、風見鶏も同調していた。

「なるほど。……ふふ」

 七輝は再び笑みを浮かべて、カップに手を伸ばす。
 舌を湿らせるように、ゆっくり口に含んでいく。

「怪物か……今までに色々と戦ったが、様々な形のがいたよ」

 カップを下ろした七輝は「たとえば?」と、発言者のノストに目を向ける。

「絵に描いたような怪物もあれば、ミミコという可愛らしい人形を模したものもあったね」

 人間から愛を吸い上げ、暴れたサーバントだ。
 最後は愛してくれた人間を守って死んだ、変わり種だった。

「彼女を愛したのは一人の青年だったが……彼も切ない人だった。彼の寂しさに付け込んだミミコも怪物だったかもしれないが……怪物と一言で表すには難しいところかもね」
「寂しさに付け込んだ怪物、ですか」
「何か引っかかるかい?」
「いや、そんな大げさなものじゃないですよ。ただ……」

 七輝は苦笑した後、笑みを消した。

「寂しさに付け込まれた彼は、幸せだったんじゃないかな、と。押し殺していた思いを、その怪物のおかげで表に出せたんですから。……少し、そう思っただけです」

 ノストは、何も言わずに黙り込む。

「すみません。変なことを言ってしまいましたね。深刻に捉えないでください。御堂さん、ジュースのおかわりをいただいていいですか?」
「えぇ、もちろんです。……七輝さんの方こそ、気になさらないでください。感じ方は人それぞれです」

 くすりと笑う義覚も、フォローに加わる。

「長く生きていると、君みたいな人も少なからずいるものだ。……まあ、少数派には間違いないけれどね」

 空気が和らいでいく部屋の中で、ノストだけが視線を落としている。

「……怪物、か」

 彼は、小声で呟いていた。

「怪物って一体……なんだろうね。姿かな……心かな……一概には言えないね」

 カップに口をつけながら、七輝がその様子を流し見ている。

●幼馴染と交友関係
「そういえば昔、佐塚沙希さんと特撮ごっこで遊んでいたらしいね?」

 義覚の発言で、七輝が軽くむせた。

「すみません……驚いただけです。覚えていましたか、あいつ」

 百目鬼が頷く。

「良いご友人ですよね。あんな風に気にかけてくださる方、あまりいねぇと思います」
「いや、ただの腐れ縁ですよ。好きとか恋愛とかもないし、友人かどうかすら危うい」
「でも、気になる?」

 義覚の質問で、七輝は言葉を沈黙した。

「佐塚さんもきみと同じことを言っていた。腐れ縁だ。でも、気になる、ってね」
「……。そんなところまで一緒なんですねぇ」

 七輝は苦笑しながら、頬を掻いた。

「確かに、気になる存在かもしれません。でも、それだけです」

 七輝は軽く目を伏せて、懐かしむような口振りで言う。

「昔は男の子みたいな奴だったんですけどね。この前来たとき、女性らしくなっていて驚きました。中身は昔のままでしたが」
「年を経ると母親や幼馴染というものは少し鬱陶しい気持ちもあるかもしれないが、心配する人がいるのは事実だよ」
「……そうですねぇ」

 ノストの発言に対して、七輝はぼんやりと相槌を打っていた。

●絵の仕事
「ところで星野サン。画材はご家族に見つからないよう、隠してあるんですかい?」

 百目鬼の声が空白を埋めた。
「画材?」と皆が口にする中、七輝は目を見開いていた。

「……どうして、ボクが絵を描いていると?」
「商売人は手を見ると大体相手の職業がわかるんでさ」
「手……そうか、ペンだこが……」

 自己紹介のとき、百目鬼は七輝に握手を求めていた。

「無理に暴くこともない、と思ったんですがね。星野サンはこういう種明かし、好きそうだと思いまして」
「ふふ。よくわかりましたね。えぇ、大好きですよ。『ゲーム』じみた駆け引き、最高です」

 にやりと笑う七輝に、ノストが思わず呟く。

「画材……君も絵を描くのかい?」
「えぇ。ノストさんの知り合いも描くんですか?」

 七輝はクローゼットを開けた。
 綺麗に畳まれた服を移動させると、鍵を掛けた箱が現れる。
 数種類のペンやスケッチブック……デジタル作業のための道具も入っていた。
 最初に絵を見せられた御堂が、目を見張る。

「これは……」

 オリジナルと思しきゲームキャラやモンスターのイラストが描かれていた。
 ヒーローや怪獣の絵もあった。
 その出来栄えに、グラサージュも思わず吐息する。

「私絵心なくて、こんなふうに絵が描けるなんてすごいなって思います♪」

 スケッチブックが、撃退士たちの間で回る。
 最後の一人……百目鬼は絵を見つめたあと、七輝に問う。

「で、『やりたいこと』ってぇのは絵の仕事ですかぃ?」

●「やりたいこと」
「当たらずとも遠からず、ってところですね」

 七輝は動揺することなく、言ってのける。

「実は、絵の仕事はずいぶん前からやっているんです。大きな仕事がくるようになったのは最近ですが、内緒でやっていたんです。でも、それはゴールじゃない。絵を描いて達成したいことがあるんです。……この場では言えませんけどね」
「センパイはずっと昔からやりたいことがあったんです?」

 グラサージュの質問を、七輝は「いや」と否定した。

「それに出会ったのは最近だよ。見つかってからは、毎日がとても愉しい」
「ステキですね♪ 私も大学生になるまでにそういうの見つかるかな……?」
「きっと見つかると思うよ。……ボクが出会ったみたいに、ね」

 しみじみと語る様子からは、何かが溢れていた。
 その何かを察した御堂は、知らず呟いていた。

「あなたにとって、それは本当に大切なんですね……」

 それがわかったからこそ、百目鬼も告げる。

「もう一度、母君ときちんと話してみることをお勧めします。理解してくれない、と切り棄ててしまうことは容易ですが、話してみねぇとわからないこともありますしね。血の繋がった母親でも、でさ」
「無理ですよ」

 七輝は、即答していた。

「あの人には、無理です。……あの人は父親へのあてつけのため、自分の功績を示すため、ボクを良い子にしたいだけなんですよ」

●両親
 七輝の両親が離婚しているのは、既に聞いていた。

「喋ったのは佐塚ですね? 母は、その話を誰にもしたがらないはずだ」

 七輝の言う通りだったので、撃退士は何も言わなかった。

「お父さんいないの、私も一緒です♪」

 唯一、グラサージュだけが健気に発言した。

「でも、その分お母さんがずっと守ってくれてたような気がします。……だからお母さんもきっと、いまのセンパイを応援してくれますよ! だって、このヒーロー人形が今のセンパイの原点かもしれないですしね♪」
「原点……そうだね、違いない」

 七輝は、虚空を望むように目を天井へ向けた。

「母さんが特撮をアニメやゲームと同じように扱えば、ヒーローの人形を買い与えなければ……ボクは今、やりたいことに出会えていない」
「そうです! きっとそうです!!」

 断言したグラサージュが、一転して、声音を沈ませる。

「お母さんが心配しているのは、学校へ行かないとかそういうことじゃなくて、会話をしてくれなくなっちゃったことだと思うんです……今みたいに話ができれば、きっと応援してくれます」

●母親と幼馴染からの伝言
「君は、母親の事が嫌いなのかな?」

 義覚の質問に、七輝は「そうですね」と呟いた。

「嫌いというより、哀れなのかもしれません。自力で自分を証明できない。苦手な人種ですね」
「親の心子知らずとは、よく言ったものだね。……まあ、親も子の心を慮れない時もあるけれど……それでも、心配してしまうのは仕方ないだろうね。ふふ、俺も子供がいるからね。……分かる気がするよ」
「あの人には、ボクを理解できない」
「……それも仕方ない事だ。人も天魔も……必ずしも、他者と完全に理解し合えるわけではないのだから……けれど、彼女は君を見ているよ? ……理解が出来なくとも、君という存在の安寧を願っている」
「あの人が心配なのはボクじゃなくて、ボクが良い子をやめて揺らいでしまう、自分の立場なんですよ」

 柔和に対応していた七輝が頑なに拒絶していた。
 そこで、御堂が口を挟んだ。

「……それでも、あなた自身は人の機微に敏感で気配りのできる方です。ご自分のご両親を悪く考えていないのでは?」

 ずっと聞き手に回っていた御堂が初めて、本格的に話し始めた。

「あなたにどうあってほしいのか……お母さんや佐塚さんから事前に話を聞いてきました」
「何を言ったか、予想はつきますね。良い子にしろ、母親を泣かせるな。そのあたりでしょう?」
「仰る通りです。息子さんが予想できる答えしか言えない――それが『あなたには何を言っても無駄と思わせる理由』だと、お母さんには伝えました」
「……」
「お母さんと佐塚さんから、メモを預かってます」

 七輝は、手渡されたメモを手元で開く。
 なおも、御堂は続ける。

「あなたが良い子であり続ける必要は無い事、お母さんに伝えました。七輝さんの人生は七輝さんのものです、と。約束もしていただきました。頭ごなしに否定して話を遮らず、あなたの話をきちんと聞いて向き合う……と」
「母が、そう言ったんですか?」
「はい」

 ……。
 ……ふふっ。

「わかりました。もう少し母さんと話してみますよ。伝えてください。今夜20時、居間にいる、と」



 ノスト・クローバーは考える。

(……七輝、ナナキ、名無鬼)

 人当たりがよく、ゲームを好み、絵が得意。

(……)

●鬼が放つ、最終試験
 七輝の母親は普段、夜遅くまで働いている。
 20時の帰宅に間に合わせるため、急いで帰ってきた。

「おかえり」

 居間には息子がいた。
 座りなよ、と勧められた机にティーカップが二つ、置いてあった。

「久しぶりに淹れてみた、飲んでみて」

 飲んで感想を言おうとした。
 涙で味はわからなかったが、おいしい、と呟いた。

「母さん、ボクは間違っていた」

 七輝は、静かに語る。

「ボクはね、良い子でいるべきだ」

 彼女は、驚愕と共に顔を上げた。

「母さんが望むように大学に通い、立派になって、みんなに言うんだ。ボクが今あるのは、母のおかげですって」

 ……嗚呼。ああぁぁ……っ!

「だから安心して。ね?」

 母は喜び、むせび泣いた。
 だが泣いている間に、意識が朦朧となり、彼女は――……。


「……母さん。あなたは、いつもそうだった」

 七輝は、机に突っ伏す母を憫笑する。

「父さんが言ったときも、学校のカウンセラーが注意したときも、いつも口約束で、ずっと変わらなかった」

 七輝は薬入りのお茶を流しに捨てて、食器を洗う。

「……あなたは撃退士に感謝すべきだ」

 カップを拭きながら、名無鬼は思う。

「家を出るときは、あなたに毒入りのお茶を振る舞うつもりだったんだよ」


 朝。
 目覚めると息子はいなくなっていた。
 数日後、彼女は絵の道具が消えていたことには気付けないまま、捜索願と久遠ヶ原への抗議文を提出した。


「また会えるかなぁ、撃退士……ふふっ」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
風見鶏 千鳥(jb0775)

大学部5年220組 女 陰陽師
【名無輝】輝風の送り手・
ノスト・クローバー(jb7527)

大学部7年299組 男 アカシックレコーダー:タイプB
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
『楽園』華茶会・
グラサージュ・ブリゼ(jb9587)

大学部2年6組 女 アカシックレコーダー:タイプB
血族の脈動・
義覚(jb9924)

大学部7年303組 男 アカシックレコーダー:タイプB