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マスター:サトウB
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/02/19


みんなの思い出



オープニング

●亡霊ホテル
 某県、山間部。
 静かな誰も通らない道路をずっと進んで行くと、それは突然現れる。
『ホテル・シャーウッド』
 それは三階建ての、小さなホテルだ。道沿いに設けられたゲートを入ってすぐに駐車場があり、何の趣もなくそこにどんとホテルが建っている。温泉が湧いていれば人が来た時代ならばともかくとしても、他に何もない田舎の山奥に温泉があるだけの小さなホテルが営業していられるはずは無く、このホテルも廃業してからかなりの年数が経っていた。
 買い手も無く、取り壊されもせずにそこに不気味に立ち続けるホテル・シャーウッドは古びれば古びる程面白おかしく人々の口に上り、大概の廃墟がそうであるように『自殺者の霊が出る』という根も葉もない噂を立てられて、忙しなく不心得者に侵入されている。
「やだーマジこえーんだけどー」
 今日も今日とて、家に帰らない二人組がホテルに肝試しに来ていた。車高が低く後輪はハの字になって排気音はやたらデカい、効率・安全面でも見た目の面でもメリットがなさそうなよくある車から降りた男女二人組は、持って来た懐中電灯でホテルの入り口を照らしてわあわあと騒いでいる。
「うわ、めっちゃ怖え! これ出んだろ!」
 ただ、そう言ってはいるがその顔は嬉々として笑顔だし、二人ともそう言った霊などど言うものを信じている風では全くない。『信じていないがいるかもしれないスリルが楽しい』というその程度のもので、本物の恐怖とはほど遠かった。
 先客達に尽く破られたガラスはもう原型を止めておらず、ドアノブにかけられた鎖と南京錠も全くの意味をなさないフリーパス状態だ。二人は足下の散乱するガラスを踏みしめながら、枠しか無くなったドアを潜り中へと入って行く。
「あれフロント? あ、階段じゃん」
 酷く荒らされた室内は、その荒らされ方のせいで不気味さは半減していた。ゴミが散乱し、壁にはスプレーで落書きがされ、何故か火をつけた後まである。フロントの脇には通路を挟んで階段が一本。噂では自殺者が出たのは二階客室……と言う事になっているため、二人はゆっくりと階段を上り始めた。
 散乱したゴミが足の下で音を立てる。
「自殺したのって女の人なんでしょ? サダコみたいなのかな」
 二階に上がり、全く月明かりのささない通路に流石に少し恐怖を感じたのか、女の方は少し腰が引けて来て男の腕に一層強くしがみつく。
「もっと怖エかもよ。俺聞いた噂だと、首吊ったとかじゃねえんだって」
「えっ、違うの!?」
 女の手に更に力が籠ると、男はそれで少し脅かしてやろうと言う気持ちになった。元々自分は幽霊など信じていないし、ただ暇つぶしに面白そうだから来てみただけだ。連れて来た女の子を怖がらせて楽しむのも一興である。
「自分で首切ってたらしいよ。部屋ん中血塗れで、着てた服も元の色分かんないくらい真っ赤になってて。痛いし苦しい死に方だから目見開いてすげえ顔してたんだって……よォ!!」
「きゃあああああ!!」
 強めた語尾に合わせ、自分の後ろを腕にしがみつきながら着いてくる女に向かって見開いた顔をぐるんと向けてやると、女はこれでもかと言う程甲高い悲鳴を張り上げた。耳に響いたが、その悲鳴に満足し、男は元の顔に戻ってにこにこと女に笑いかける。
「わりーわりー、怖かった?」
 言いながら先へ進もうとするが、その腕はぐんと引っ張られた。
「ん?」
 謝ったはずなのに、女の顔は見開かれたまま足は動かない。それどころか掴まれている腕からはガタガタと震えが伝わって来て、そんなに怖がらせてしまったのかと少し申し訳ないような気になったが、もう一度謝る前に彼女の目が自分を見ていない事に男は気付く。
「何かいる……」
 震える声がそう呟くと同時に、男の背中には冷たいものがつつっと流れ落ちた。先程までは『幽霊などいない』『ただ暇つぶしに来ただけ』そう思って余裕があったはずの心は、腕にしがみつく女の緊張に飲み込まれてばくばく音を立てている。
「赤いの……動いた」
「やめろよ、そういうの……」
 女が指差す客室通路の奥。どっぷりと闇に飲まれたその先は一抹の光も射さず何ものも果ても見えない。恐る恐る、男は震え始めた手で握りしめた懐中電灯をそちらへとゆっくり向けた。
「ひっ……!」
 そこに見えたのは、確かに女、だった。
 真っ赤なワンピースを身にまとった、髪の長い女。ただし、その姿勢はあまりに尋常ではなく。
 まるで天井から吊られているような、ガタガタ音を立てて動きそうなその歪な姿勢。広げられた両足は膝が曲がり、腰の所で上半身は前に向かって折れ、しかし両手は床にはつかずに。
 がくりと折り曲げられた首が、ゴキゴキと音を立てて二人を向く。
「わああああああああ!!?」
 見開いた目が二人の姿を捉えると同時に、歪な女は二人に向かって突進して来た。その関節の位置すらチグハグに見える姿からは想像もつかないスピードで。
 悲鳴を上げた二人は、脇目も振らずにもと来た道を全力で駆け戻り、運良く巡回で駐車場に入って来ていたパトカーに飛び込んだのだった。

●ゴーストバスターズ招集
「つーかシャーウッドって。あれ悪霊の森だろ」
 斡旋所スタッフ大野 篁(jz0175)は、一通りの説明を終えるとすとんと手近な椅子に座った。淡々と“幽霊”の特徴などを語ったのがいけなかったのか、若干脅えている様子が見える撃退士もいるが、彼には全く関係ない。よって、それを気遣う言葉などは一切無かった。
「恐怖の血塗れ女を退治。以上だ、シンプル」
 他に言い方ないんかい。声なきツッコミは慣れているらしく、それも全く意に介さない。
「あの……大野さん。それ天魔なんですか? 本当に幽霊とかじゃ……」
「だったらどうだってんだ」
 口は悪いが悪気は無い。
「ちなみに、天魔だ。翌日昼間に警察が調査に入った時も血塗れ女は確認してる、銃も何も効かなかったそうだ」
 初めからそう言ってくれれば良いのに。
「付近のゲート探索は別働隊が動く、お前らは血塗れ女の排除だけを考えてりゃいい。実は直近に自治体での取り壊しが決まっているが、中に天魔がいるんじゃ作業に取りかかれない。早急に排除してくれとの依頼だ」
 スライドには、昼間のホテル・シャーウッドを正面から映した写真が映し出されている。昼間の写真で見ても、駐車場は草だらけ、ガラスは無事に残っておらず、微かに見えるカーテンはズタズタで十分お化け屋敷だ。
 その写真に全員の目が行っていることを確認し、大野はすかさずスライドを切り替えた。同じアングルで撮った写真だが、こちらは夜だ。月明かりにぼんやり浮かんだホテルは最早お化け屋敷所の騒ぎではない。おまけに、映し出される写真が暗いものだから、室内の明るさも一挙にがくんと落ちる。
「うっ……」
 どうも怖いものに弱いらしい撃退士が小さな呻きを漏らすのを聞いて、大野は小さく笑った。
「ちなみに、夜でも昼でも好きな時にどうぞ。先方の指定は特にないからな、満喫したい時は夜をお勧めする、俺は。怖い奴は無理して参加しなくていいぞ。体に悪いからな」
 優しいのか冷徹Sなのか、どちらとも着かない大野のニヤリ顔に、横のスライドが似合いすぎると撃退士達は思っていた。


リプレイ本文

 生温い風が、静かな山の中に僅かな音を生み出している。その音は心地のいい物ではなく、なんとなく落ち着かない数人の撃退士の心を少しだけ揺り動かしていた。
「生憎の天気ですね」
 久遠 冴弥(jb0754)が呟いた通り、今にも雨が降り出しそうな暗い空模様だ。視界の確保に困ると言う程ではないが、雰囲気にピッタリすぎて 氷雨 静(ja4221)は強張った顔をしている。
「氷雨さん、明かりをお願いしますの」
「は、はい」
 紅 鬼姫(ja0444)に促され、氷雨のトワイライトがぱあっと辺りを照らし出した。明るくなった事で少し落ち着きはした物の、まだ氷雨の脅えた表情は晴れない。
「ゆ、幽霊とか……ディ、ディアボロですよね? ね?」
「幽霊じゃないですよ。大丈夫です」
 にっこりと笑いながら久遠が言う。その言葉と物腰の柔らかさに氷雨はほっと安堵の表情を一瞬浮かべたが、
「幽霊ならカワイイと思いますの。死にきれない死体の方が醜くて鬼姫は嫌ですの」
 別に脅すつもりなど毛頭ない紅の正直な言葉が、再び氷雨の顔に青さを取り戻させていた。
 そんな女子達のやり取りを背後に聞きながら、佐竹 調理(ja0655)は黙々と先へ進む。とりあえず入り口の余分なガラスを落とし、ずかずかと中へ入って行く様子は頼もしくもあるが、一応この中では黒一点と言う事で先頭を進みはするものの、後ろに控える女子達は誰も頼もしい撃退士だ。別に自分が先頭じゃなくてもよかったなぁ……と思いながら、後ろをちらりと確認し、階段を上り始める。
 情報通りならばディアボロは二階にいるはずだ。鋭敏聴覚を発動した佐竹は踊り場で足を止め、すっと目を閉じて音を集める。
 何かが軋む音。動く物の気配。
「……居る」
「ひっ」
 氷雨が引きつった短い悲鳴を上げるが、久遠と紅は『それはそうだろう』という顔をして首を傾げていた。
「じゃ、予定通り接触したら一階へ」
 最後の段取り確認に、全員が頷く。
「鬼姫、怖くありませんので目を引く演技は出来そうにありませんの。皆様方にお任せしますの」
「か、かしこまりました!」
 おどおおどと追いつめられたような返事をする氷雨を見ながら、適任とはこの事だ、と佐竹と久遠は同じ事を考えていた。

 一方裏口組は、外の非常階段を使い三階の裏口から侵入を開始していた。情報では二階に居ると言う事だったが、先程取り壊しの責任者達に見せてもらった見取り図で誘導場所を一階の食堂と決めたのだ。もしも何かの手違いで三階にいたりしたら作戦が総崩れとなってしまう為、三階からにしようとなり、こうしてこっそりドアを開けている。
「お花が無い場所に入るなんて、嫌ですわ……」
 そう呟き、階段の手すりから遥か下の地面を見ているのは明日香 佳輪(jb1494)だ。彼女の目は地面に咲く小さな野花を見つめている。
「ほら、出番だぞ。早く済ませて帰れば花触れるだろ」
「ああ……お花……」
 天険 突破(jb0947)にぐいと引っ張られ、名残惜しそうに明日香はドアの中へ引き込まれる。その後に月乃宮 恋音(jb1221)と天宮 佳槻(jb1989)も続き、全員が侵入するとドアは静かに閉められた。
 月乃宮のフラッシュライトがあたりを照らすと。通路は正面と左側に伸びている。客室は建物の両側と中央に島形に配置され、通路は中央の島部分をぐるりと囲むように巡らされている。
「思ったよりは光入りますね。昼間にしてはやっぱり暗いけど……」
 四人が居る裏口側には、光を通す窓がない。入り口側は全面ガラス張りの休憩スペースがあるので明るいが、その光はあまり奥までは届いて来なかった。
「……明日香さん、お願いします」
 月乃宮が阻霊符を壁に張りながら言う。その言葉を受け、花から切り離されて表情が落ち込んでいる明日香はそわそわと落ち着きない表情のまま、ぼそぼそと詠唱を終えてサキノハカを召還する。
「サキノハカ、一周回って来なさい」
 現れた黒い花の固まりのようなヒリュウが首を傾げて小さく鳴くと、明日香はすっと正面を指差し、フロアを回って来るよう指示する。
 サキノハカがひゅっと飛び出すと同時に明日香は目をつむり、その視覚を共有して状況の把握に努める。僅かな時間でサキノハカが彼らの元に戻って来るまでに明日香に変化が無かった事から、このフロアには特に何もないのだろうと他の三人は肩の力を抜いた。
「じゃあ下に降りよう。月乃宮さん、下の人達に連絡して」
「……はぃ」
 取り出したスマホから正面班の氷雨へと発信すると、その電波はすぐに受信された。
「はい……氷雨でございます」
 スピーカーから漏れてくる僅かな声でも、電話の向こうの氷雨が脅えているらしい事が分かる。
「……ぁ、あの……三階は異常ありませんでしたぁ……」
「そうでございますか……」
 以前依頼を共にした事があり連絡先も交換していると言う事でこの二人を連絡係に選んだ物の、恐がりと内気の会話はスピーディーには進まない。
「……これから、二階に下りますぅ……」
 何だか緊張感に欠けるな、と思っていた天険達だったが、緊張感の崩壊は次の瞬間に止んだ。
「はい、かしこまり……いやー! 出たー!」
 返事は途中から甲高い悲鳴へと変わり、スピーカーからだだ漏れした後にぶつりと通信が切れる。そのあまりの落差に顔を青くした月乃宮は気にも止めず、天宮はまだ明るい画面を覗き込んで言った。
「接触したみたいですね」
「接触っていうか遭遇って感じだったな」
 天険は天宮の冷静な言葉に返し、ジャケットを翻らせて走り出す。まっすぐ走り抜けて階段に着くと、丁度正面班の面々が飛び降りるように階段を駆け下りて行くのが階下に見えた。そして、その後を追いかけて行く壊れた人形のような姿勢のディアボロの姿も。
「なかなかエキセントリックな……」
「お花……無い……」
 こっちもなかなか、そう思いながらちらりと後ろを見て、一行は階段を下り始めた。

「鬼ごっこよりも隠れ鬼の方が得意なんですけれども……でも、もうゴールですの」
 走りながら紅がそう呟くと、その傍らで同じように走りながら詠唱を終えた久遠の前に布都御魂が現れる。青い体躯の馬竜は現れると同時にぐんと前へ乗り出し、四人が目指していた一枚のドアを蹴破り、ドアの無くなった部屋の中へと四人は傾れ込む。
 そこは元食堂だった広い部屋だが、侵入した不心得者達が遊んだ後なのだろう、机や椅子は窓の外に投げ捨てられており、元々規則的に所狭しと並んでいたであろう両者はまばらにしか残ってはいない。
「汝、茜なる者。 其は燃え上がる力」
 くるりと踵を返し、そう唱えた氷雨の目は冷たく据わっている。ここまで来るまでに人格が交代したらしく、先程までのパニック状態で涙目立った彼女はそこにはいない。
 破壊されたドアから、音を立てながらディアボロが飛び込んでくる。関節を全て逆にねじ曲げたような異様な格好で、赤いワンピースを翻らせ、その目は真っ正面に立つ氷雨に向けられる。
「彼の者をして灰と化さしめ給え。マダーファイヤーキャスト!」
 ディアボロが音を立てて開けた口を向けるが、現れた茜色の炎がその体を包む方が遥かに早かった。対象に触れた途端に爆発するように大きく燃え上がる炎は、味方ですら一瞬顔を背ける程の熱を発する。焼かれたディアボロの服は一瞬にして焼け、枯れ木の幹の様だった肌は爛れおちて元々異様な姿を更におぞましい物へと変えてしまう。
「……滅殺」
 ギ、と不自由そうに首が回ると、丁度裏口組が部屋へ飛び込んで来た所だった。
 真っ先に月乃宮がライトニングを放つが、直前に吠えられ、それに動揺して僅かに手がぶれたせいで、その攻撃は当たらずに弾けて消える。
「……えぅ……こ、怖いですよぉ……!」
「あのようなもの、怖いものには入りませんの」
 震える声で呟く月乃宮にさらっと言うと、紅は手の中に現れた棒手裏剣をやんわり握って飛び出した。
「その様な死人の真似事をして何をなさりたいんですの?」
 飛ぶと同時に放たれた手裏剣はその喉や顔面へと当たり、鉄を擦り合わせるような悲鳴が上がる。その醜態の上を軽々と飛び越えた紅だったが、ディアボロの振り抜いた手に握られていた花瓶がまっすぐ彼女に向かい、そして着地と同時にその肩にぶつかって割れる。
「んっ……痛いですの」
 紅を向いたそのディアボロの背に向かって天宮が符を放つと、そこから現れた白く輝く玉はその肩を弾き飛ばした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大した事ありませんの」
 その最中、俯いて詠唱を続けていた明日香の前に、巨体を揺らしながらサキノハカ同様にその体躯を花で覆ったストレイシオンが現れる。
「ウドゥンバラ! 早く! 早く終わらせて……ッ!」
 髪を振り乱し明日香が半狂乱にその指をディアボロへと向けると、ウドゥンバラはその長く裂けた口をかっと開き、ディアボロに向かって強烈な一撃を浴びせた。ディアボロの足が片方吹き飛び、がくりとその動きは鈍くなる。
 あっちも怖い……と思いながら佐竹が銃撃を行うのに合わせ、その隙間を縫うように久遠の布都御魂が素早くディアボロへと襲いかかり、その牙を向く。それを皮切りに後ろからは天険の薙ぎ払いがその背中を削ぎ、次いだ紅と佐竹の攻撃は避けられたものの、そのおかげで出来た隙に氷雨の透渦風が容赦なくその身を削った。
 悲鳴とも雄叫びともつかない咆哮を上げ、ディアボロが落ちていた椅子の足を無造作に掴んで投げた。その様子は別に特定の誰かを狙ったと言う訳ではなく、状況を回避しようとしてのことに見える。投げられた椅子は氷雨に向かって飛び、寸での所で咄嗟に近くにあった椅子を持ち上げたが、上手く防ぐにはいたらなかった。
 闇雲に攻撃をする程弱っているのに、逃げる様子が見えない。何人かはそのおかしな状態に気付きはしたが、とにかく今は畳み掛けてしまうべきだと各々飛び出して行く。
 月乃宮のライトニングは今度はぶれる事無く標的を捉え、間髪置かずに繰り出された明日香のウドゥンバラの攻撃を避けたディアボロに、天宮の六花護符からはじき出された玉が真っすぐにその体を捉えてぶち当たる。
「もう一息です。布都御魂!」
 再度のトリックスターが成功し、よろめくその体を支えていた手は、直後の紅の攻撃によってぱっと粉砕されて飛び散った。最早体を支える為にもとのスピードを維持する事など出来ないディアボロはそのおぞましい形相で吠えるが、その顔を削ぎ落とすように天険のシュガールが音を立ててそこを通り過ぎる。
「どんなに脅されてもな、ディアボロだったら怖くないんだよ!」
 顔を失ったディアボロはめちゃくちゃにのたうち回り、それでもまだ息絶えはしない。先程よりも太く響く雄叫びを上げ暴れるその体を串刺しにするように、月乃宮の放ったライトニングがその雄叫びを掻き消す。
「……ぅぅ……終わりにして下さいよぅ……」
 震えながらその呟いた言葉をかなえるように、どしゃりと床にへばりついたディアボロはもう起き上がっては来なかった。

「やっと、やっと帰れますわね……うふふ、私の綺麗なお花達、もうすぐ、貴方達の所へ行きますわ……」
 そう呟きながら半笑いでふらふら出て行く明日香の後ろに続きながら、つまらなそうな顔をして紅もすたすたと部屋を出て行く。
「醜いだけですの。もっと派手な散り方してくれても良かったんですの」
 十分派手にやったと思うのだが、あれでも足りないのか。やっぱりあっちも怖いな、とそちらを見ている天険は小さく身震いをした。
「ディアボロで良かったですね……月乃宮様」
「はい……怖かったですよぅ……」
 いつの間にやらいつもどおりの顔に戻っている氷雨と、安心しきって落ち着いた表情になっている月乃宮。二人ともやはり幽霊の類いは苦手なようで、倒したディアボロの死骸が消えたりしない事に安堵しているようだった。それでも多分、急にあれが動いたりしたら悲鳴くらい上げるだろうと言う浅い安心感を感じたのか、佐竹が二人に歩み寄り、いつもの平坦な調子で言う。
「いや……俺実はきいちゃったんだよね……ツイテイッテアゲルって……後ろから」
 さあ、と三人の顔から血の気が引いた。三人目は、何となくまだ部屋に残っていた天険である。
「いやいや、あのディアボロ言葉なんか……!」
「うん、だから違う何かがいるのかも……」
 努めて平静を装うとした天険だったが、『違う何か』と言う言葉に何も言えずに口をつぐんでしまう。月乃宮と氷雨は何を言うまでもなく真っ青な顔でしばらく固まっていたが、どちらからとも無く弾かれたように出口へとは知って行ってしまった。それにつられたのか、天険も同じように走って行ってしまう。
「あいつも恐がりだったんだ……」
 ちょっと楽しそうな表情を浮かべた佐竹は、物静かな天宮は怖がらなかったのかな、と振り返ると天宮はまだディアボロの死骸を見ており、佐竹と同じくまだ残っていた久遠もその天宮の様子に不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
 久遠に問いかけられ、振り返った天宮はすっと立ち上がった。もう一度死骸へ目を向けるが、そのままゆっくりと歩き出す。あとの二人もそれと一緒に歩き出し、食堂を後にした。
「何か気になったの?」
 訪ねる久遠と、同じように興味を持っているらしい佐竹の視線に、天宮は小さく首を傾げてみせる。
「いや、何であんないかにもなディアボロが出来たのかなって思って」
「え?」
「だって、ここで死んだ人っていないんですよね? 逃げようともしなかったけど、ここで死んだんでもなければ留まる理由なんてないじゃないですか」
 そう言われてみれば、確かにそうだ。ここで自殺者が出たと言うのはあくまで噂、事実ではない。それに危ない目に遭っている最中にも逃げる素振りは見せず、というよりもここを離れるという考えはまるでないかのように見えた。
「逃げない理由は……ないな」
「それか、逃げないように作られた?」
 そう久遠が呟くが、他の二人は勿論、言った本人でさえその理由には思い当たらない。
「そうだとしたら、かなりの気まぐれですね。噂の立った廃墟に、噂通りの姿のディアボロを置いておくなんて。何かいいことがある訳でもないでしょう」
「気まぐれ……なのかな」
 もしも気まぐれではなく、愉快犯だったら? 久遠の呟きに、本人も他の二人も少し考える。もしそうだとしたら、敵として相手取るのにかなり厄介だろう。
 ガラスを踏みしめて外へ出ると、ぽつぽつと雨が降り出していた。ふうと息をつき、誰からとも無くその話題を自分の中で完結させる。
 とにかく、今日の依頼は終わった。考えすぎないで休もう。
 そう一息ついて帰路につく撃退士達の姿を見ている笑顔があった事には、誰も気付きはしなかった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
 陰のレイゾンデイト・天宮 佳槻(jb1989)
重体: −
面白かった!:9人

暗殺の姫・
紅 鬼姫(ja0444)

大学部4年3組 女 鬼道忍軍
撃退士・
佐竹 調理(ja0655)

大学部7年126組 男 インフィルトレイター
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
凍魔竜公の寵を受けし者・
久遠 冴弥(jb0754)

大学部3年15組 女 バハムートテイマー
久遠ヶ原から愛をこめて・
天険 突破(jb0947)

卒業 男 阿修羅
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
撃退士・
明日香 佳輪(jb1494)

高等部3年32組 女 バハムートテイマー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師