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マスター:サトウB
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/12/26


みんなの思い出



オープニング

 寝ても覚めても彼女の笑顔、授業受けても彼女の笑顔、道歩いていても彼女の笑顔、果てはそれで電柱にぶつかっても電柱が彼女に見える。
 そんな生活がしたいんじゃない。ただ、赤面して小さくそこに座っている彼は、まさにそんな生活を送っていた。ただし、その『彼女』は『ガールフレンド』ではなく『あの女性』、つまり何でもないただの他人である。
「それを世の中ではノイローゼっていうんだろうな」
「そんな病的な……」
「病気だぞ、どう見ても」
 病気と言われて傷ついた顔を向けるが、斡旋所に属しているこの先輩はそんなもの慣れっこなのだろう、意にも介さない。
「で、どうしたいんだ」
「僕もう……告白しちゃいたいんです」
 そう。彼は幻覚に魘されているのではなく、何の事はない、青春の職業病に掛かっているだけだった。ところが性格があまり社交的ではない為に、距離を近づけるような事は全く出来ず、周りが恋の病だと笑えなくなって来たあたりで、この先輩の元に連れて来られたのだ。
 斡旋所のあの人が、その手の相談とか慣れてるらしいよ。
 部署が部署だから人の話や悩みを訊く事も多いのだろうが、それが持ち込まれるのも人柄のなせる技だろう。予想していたのとは違いかなりドライそうな方向ではあったけれど。
「ならまあ、お前が告れるようお膳立て出来る連中集めてやるよ」
「ぇえ!? アドバイスくれるんじゃないんですか!? 他の人にまで知られるとか……」
「恥ずかしい? 馬鹿言うなよ。告ってOKされてみろ、付き合うってのは周りに『俺ら互いに大好きです』っつって歩くのと一緒なんだぞ。そこ目指してんならそんなん屁でもないだろ」
 想像すればする程恥ずかしくなり、彼はボッと顔を赤くする。確かに言われてみればそれはそうなのだが、そんな……誰も意識していないような事実を……。
「まあ任せとけ、そう言うの手慣れて大好物な連中集めてやるから。お前が知ってる彼女の情報洗いざらい置いて行け。作戦が整ったら後で伝えてやるからよ」
 ニヤニヤしながら携帯のリストを洗って行くその表情には手慣れた頼もしさを感じながら、しかし何となく癖のある笑顔にごくりと生唾を飲む。
「告白なんぞ朝飯前だ」
 ヒヒ、と小さな笑いが漏れる。その笑いの裏に『成功するかどうかは別だがな』という言葉が隠れていたことに、赤面したまま狼狽する彼は気付かなかった。


「大好物な依頼だぞ、キューピッド諸君。あ、お見合いおばさん軍団の方が合ってるか?」


リプレイ本文

 中等部の制服に身を包んだ雪室 チルル(ja0220)と、それに比べるととても大人びた大学部の龍仙 樹(jb0212)。一見すると不思議な組み合わせにしか見えない二人が、一人の生徒を捕まえて話を聞いている。
「西野さんってどういう人なんですか?」
 ここは学園校舎の高等部棟。彼らの目的は今捕まえている生徒本人ではなく、この生徒と同じクラスの女子、依頼人・山田浩平の淡い悩みの種である西野一美である。
「どういう人って……何で?」
 同じ高等部ですら無い人間が突如探りを入れに来るのだ、 怪訝な顔をされるのも当然だとは思う。 さあどう返そうかと龍仙が考え込む前に、
「彼女の事を知りたい人がいるからよ!」
 自信満々元気いっぱいに、雪室は言い放った。『次の任務で一緒に行動するから知りたい』とかなんとか、いろいろ理由はつけられたが一瞬で全て吹き飛んでしまう。
 乗っかったほうが得策かもしれない、と、龍仙はこそりと辺りを憚るようなフリをして声を潜めた。
「彼は出来るだけ自力で彼女に近づきたいようなので、この事は内密に」
 それを聞き、男子生徒も心得たと辺りを憚る。下手にごまかさなかった為に怪しまれず、ついでに最も効果のある口止めにもなったようだ。
「しっかり者だと思うよ。細かい所に気も付くし。周りを良く見て行動してたな」
「うんうん」
 一生懸命に頷きながらメモを取っているが、横から覗き込んだその紙面には『がんばる人』と書かれていた。何故そう集約出来るのだろうと龍仙が見ていると、そのメモ帳は勢いよく閉じられ、持ち主の姿も一瞬にして視界から消えてしまう。
「次行くわよ! 早く!」
 小さな体は、跳ねるように龍仙を残し人ごみの向こうへと素早く消えていった。

 さてその頃、問題のターゲットはというと。
 依頼主・山田の情報通り、友人達と中庭でお弁当を広げていた。ただその高等部の女子達の中に一人だけ、中等部の制服が混じっている。
「藤花ちゃんは何でコーヒー飲めるようになりたいの?」
「大人な感じがするから……と言うのがもう子供っぽいでしょうか?」
「あはは。でもそれわかるよー」
 ターゲットである西野の言葉にはにかむ中等部の女子、雪成 藤花(ja0292)。彼女もまた招集された恋愛ハンターの一人である。彼女の単独作戦は『西野本人からの情報収集』だ。コーヒーがおいしく飲めるようになりたいと言ったら西野を紹介された、という設定で今この場にいる。
「西野先輩はどうしてコーヒーショップでバイトしてるんですか?」
 彼女の収集すべき情報は、西野の嗜好などである。その会話の端から、ほんの少しでも役に立つ情報が仕入れられればいい。
「映画に出て来たコーヒーショップの店員さんがカッコよかったから」
「ミーハーだよね〜」
 とはいえ、映画の好みを知った所で、山田がいきなり映画に誘うような事は失敗が目に見えているのでさせる事は出来ない。
「どんな映画だったんですか?」
「恋愛映画だけど、女の人がすっごくサバサバしてて。あんまり相手のこと好きすぎるヒロインて感情移入出来ないから好きじゃないんだけど、あれはカッコよかった〜」
 こう言った情報がほんの少し手に入ればそれでいいのだ。彼女は恋愛に関して、大多数の女子が憧れるようなシチュエーションは好まないようだ。これだけでも十分な収穫である。
 そして雪成の本当の目的は、今まさに果たされようとしていた。
「あの……一人では寂しゅう御座います故、ご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」
 そうしとやかに話しかけて来たのは、香月 沙紅良(jb3092)だ。高等部の制服を着ているが見た事の無い香月に、西野達は一瞬驚いた顔をするが、それは直ぐさま笑顔に変わる。
「いいよ〜。編入して来たばっか?」
 にこにこと話しかけてくれる西野達に微笑みを返しながらその隣に座ると、その一瞬、香月の視線は雪成と交差した。
 そう、彼女も恋愛ハンターなのだ。
 ぱっと開いた香月の弁当は、可愛い手の込んだ造りをしている。覗き込んだ女子達は明るい笑顔で嬌声を上げた。
「すごーい! 自分で作ったの?」
「ええ。……あなた様も手作りでいらっしゃるのですか?」
「うん。大した事無いけどね」
「いいえ、とってもおいしそうですわ」
 お弁当の覗き合いが盛り上がって来る中、雪成はそれに混ざっていながらも持っていたサンドイッチを食べ続けている。それはこの後の運びの為の準備であり、その様子を時折香月は確認していた。そして香月が小さく頷くと……
「いけない! 昼休みに補習があるのを忘れてました。ありがとうございました!」
 雪成は焦ったような顔をし、手に一口大残っていたサンドイッチを急いでぱくりと食べる。それは『早くこの場を離れなければいけない』為の演出で、それが功を奏して、彼女が小走りに駆けて行くのを誰も不審に思わなかった。
 初対面の人間が立て続けに二人も輪に加わりにくる、そんな不自然極まりない事は無い。しかし素早く雪成が消え、それを西野達と一緒に見送るという行動を取った香月は、そのまま怪しまれる事無く雪成が今までいたポジションに収まった。
「そう言えば、先程少しお話を聞いてしまいました。西野様はアルバイトをなされているのですか?」
「うん」
 雪成を見送り向き直ると、香月は極自然にその話題を場に出した。こう事を運ぶ事こそ、雪成と香月の連携作戦だ。初めに他愛も無い情報を引き出す会話をしたのは、西野や他の友人達を質問される事に慣れさせる為である。『面識の無い人間が人なつこく質問をしてくる』という状況を作ってそれに馴染ませて行ったのだ。
「他の皆様も?」
「ううん、この中では西野だけだね」
 事は面白い程作戦通りに運んでいる。初対面のはずなのにどんどん質問をする香月の姿勢に疑問を抱かず、彼女達は何でも答えてくれた。
「私アルバイトをしたいのですが、今までに経験が無いので何もわからないのです。色々教えては頂けませんでしょうか?」
「うちの店の場合ってしか教えられないけど……まずね……」
 そう言って親切に、西野は事細かに説明を始めた。

 二台の携帯電話が同時に鳴る。それぞれの持ち主は同時に画面を確認し、そして同時に閉めた。
「着々と進んでいるようですね」
 そう言ったのは鑑夜 翠月(jb0681)だ。そして隣にいるのは今回の依頼主・山田浩平である。結構な身長差と華奢な体つきの為に女子にしか見えないが、鑑夜はれっきとした男である。ただ、今回の作戦ではその容姿を生かすよりもそのおっとりとした草食性を生かすべく、山田を落ち着かせて進捗状況を確認する為に行動を共にしている。
 ハンター達からの報告メールは、事前に全員でアドレス交換をしているために一斉送信だ。同じ内容を同じ瞬間に見ているのに、こうしてわざわざ『良かったね』と言ってくれる鑑夜の気遣いは嬉しい。
「僕の為に、こんなにしてくれてありがとう」
 微笑みに微笑みを返すと、何故だか鑑屋の表情は少し不思議そうなものに変わる。
「僕、何か変な事言った?」
「いいえ。ただ山田さん、何だか顔が前と違う気がして」
 言いながら、そうなった原因に鑑夜は思い至っていた。それは香月から山田に指示された、『挨拶をする』という極簡単なことだ。
 告白の際に初めて声をかけるようではまず間違いなく失敗、どころか上手く言葉も出せない可能性すらある。その予行演習も兼ね、毎朝の挨拶を続けて今日で三日目。初日こそ西野はびっくりしていたが、今日は極自然に返してくれた。縮まった距離感に慣れた為か、遠くから見るだけで緊張するというのはもう無い。
 同じ草食系だから一緒にいて落ち着くだろうとこのポジションを任されたが、この三日で自分と山田の『草食』度合いは随分変わったなと鑑夜は思っていた。

「西野先輩!」
 元気に西野を呼び止めたのは雪成だ。今日は傍らに、小柄な女子を伴っている。高等部の制服に身を包んだ彼女は黒崎 ルイ(ja6737)、言わずもがな、恋愛ハンターである。
「藤花ちゃん、どうしたの?」
 高等部の黒崎と共にいるのを不思議には思っているらしいが別段聞いては来ず、西野は二人へと歩み寄ってくる。警戒、まではされていないようだと安心し、雪成は黒崎へと手を向けた。
「私の先輩、ルイさん。おかし作るのが好きなんです。先輩のお店、お菓子もありましたよね?」
「……しさくの、おかし……。いけんが、ほしくて……」
 辿々しく話す彼女が持っていたバスケットを開けると、一個ずつ透明な袋に包装されたフィナンシェが入っていた。よく見るといくつか種類があるようで、西野の目は女の子らしく輝く。
「へー、すごい! もらっていいの?」
「チョコと、これがコーヒー……こっちは、こうちゃと、オレンジピール……。にがくないように、よくにてあるの……」
「じゃあこれがいい!」
 そう言って西野が手にしたのは、紅茶とオレンジピールのフィナンシェだ。コーヒーショップでアルバイトする彼女が紅茶を選んだのは意外で、雪成と黒崎は顔を見合わせる。
「先輩、コーヒーじゃないんですか?」
 西野は袋を開けながら、その質問に照れくさそうに笑って返した。
「本当はね、紅茶の方が好きなの」
 危なく好みを間違う所だった。と、雪成と黒崎は揃って心の中で胸を撫で下ろしていた。すぐに何か言わなければと、雪成の話題が尽きたらしい事を察知し黒崎が口を開く。
「……ピールは……にがいほうが、いいっていうひと……おおいから……しんぱい……」
「好みだと思うけど、あたしは苦みってあまり得意じゃないからこのほうがいいな。実はブラックだと飲めないし」
 コーヒーショップ勤務だからコーヒーが好き、とは限らないようだ。これで少なくともプレゼントによる大失敗は回避出来ると、二人は笑みを交わした。
 
 夜の町中、恋愛ハンター達と山田は、連れ立って待ちの中心街へと足を進めていた。
「沢山練習もしました。後は山田さんの気持ちをそのまま伝えるだけです。好きな気持ちを、素直に、熱く、伝えてあげてください。最後に決め手になるのは心ですよ」
 そう龍仙が優しく声をかけると、香月も同じようにゆったりと彼に話しかける。
「山田様。好きな理由など分からなくても、正直にそうお伝えして構わないと思います。されどご自身を卑下はなさいませんよう。欠陥品を買いたいと思う客がおりますか?  ……人を想う気持ちは、それだけで誇りで御座いますわ」
 今までの彼にずっと付いて回った自信の無さ、それは前よりは無くなってはいるものの、いざこれから本番と言う緊張感で顔を出しつつある。それが見えたからこそ、少々強い言葉で香月は念を押したのだ。
 ごくりと唾を飲んだ山田の肩を、小さく黒崎が叩く。
「……だいじょうぶ。くちべたな……ルイだって……じょうじゅ、できた……。やまだなら……ぜったい、うまく、いく……」
 その逆の肩に、鑑夜がそっと手を添えて微笑んだ。
「ええ。山田さんはとても素敵ですよ。大丈夫です」
 そうこうしているうちに、一行はコーヒーショップの近くまでやって来ていた。時間は九時、八時半に閉店するこのショップの店員達が出てくるのは、全ての片付け作業を終えるといつもほぼピッタリこの時間になるという。これは西野本人の口から香月が聞き出し済だ。
「大切な人がいるって、素敵な事です。話して思いました、お二人も、お互いを大切に思えるくらいになってもらいたいと」
 そう言って、雪成が山田に小さなプレゼントの箱を手渡す。透明な箱から見える中身は、小さな袋に入った紅茶と、黒崎が作ったあのフィナンシェだ。ぎゅっと箱を握って黙り込んでしまった山田の緊張を解こうとしたのだろう、つかつかと彼に歩み寄った雪室はその肩を掴んでくるりと回し、ドンと派手に音が出る程どついて、きらきら輝く元気な笑顔を彼に向けた。
「応援しているわ!しっかりして! 大丈夫、あたいも告白したことないけどなんとかなるわよ!」
 根拠も説得力も無い元気な言葉に、一同は苦笑した。何故かその言葉は、根拠も説得力も無いはずなのに、大丈夫だと思わせてくれる。
「本当に、ありがとうございました」
 ぺこりと山田が頭を下げると、恋愛ハンター達は手を振って、それから各々散り散りに闇の中に身を隠した。それとほぼ同時にコーヒーショップの裏口が開く音がして、重たい扉のきしむ音が響いてくる。
「では、上手く行きますように」
 そうにこやかに呟き、山田の側に残っていた鑑屋が山田の方を向く。そして西野が建物の影から出てくるその絶妙なタイミングで、
「僕まだ用事があるので、ここで失礼します」
 そう告げ、街の中心街へと小走りに消えた。山田は打ち合わせ通りそれを手を振って見送り、そして出て来た西野に気付いたフリをする。
「西野さん……今帰り?」
「うん。山田君、何してたの?」
「あの子と買い物に来てたんだ。一緒に帰ろうよ、女の子一人じゃ夜道は危ないから」
 そう言われ、西野は少し変な顔をする。
「あたし撃退士だよ」
 おまけに、彼女は自立心が強い。どうするのかとハンター達がドキドキしながら見ていると、山田は困ったような笑みを浮かべ、
「そうだった。じゃあ、僕ちょっと心細いから一緒に帰ろう」
 と、ちょっと自虐じみた誘いにすんなりとシフトした。少し前なら絶対できなかったであろうそれは好意的に取られたようで、笑った西野は頷いて、二人は揃って歩き出した。
 ハンター達は歩く二人と距離を取って後を追って行く。その距離のせいでそこで交わされる会話は全くわからなかったが、笑い合えているのが遠目にもわかる。
「並んでると、お似合いですね……」
 そう龍仙が呟いた時、一本の街灯の下で二人の足は止まった。山田があのプレゼントを渡すと、西野の驚いた顔が見える。
 まっすぐ見つめる山田の目線は西野から外れない。その姿は離れていても堂々とした姿に見えた。おどおどした様子は一切無く、西野はそんな山田から目を反らしたりもせず。
 明るい中で、山田が何事かを西野に告げている。少し長く、一言ではないその言葉が終わると、しばしお互いに動かなくなる。遠くから見ている恋愛ハンター達も身動きせず、空気さえ揺らすまいとじっと静かにその様子を窺って。
 ややあって、西野が笑顔を浮かべた。
 困ったような、でも嬉しそうな。
 可愛らしく綻んだその顔に、山田もまた笑顔を向けている。
「……あとは、ふたり……」
 そう小さな笑みを浮かべて言う黒崎の言葉に、皆小さく屈めていた背を伸ばした。
「これ以上は野暮というものでしょう」
「じゃあ、少し時間潰さないとね!」
 学園へ歩いて行く二人の後ろ姿を笑顔で見送り、仕事を終えた恋愛ハンター達は軽い足取りで輝く街の中へと戻って行った。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
黒崎 ルイ(ja6737)

大学部5年172組 女 ダアト
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
シューティング・スター・
香月 沙紅良(jb3092)

大学部3年185組 女 インフィルトレイター