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マスター:サトウB
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/09


みんなの思い出



オープニング

●廃校の夢
 それは、まるで天国にいるような感覚。
 誰も行った事は無いはずのに、そのような表現が一様に口から出てくるのは、きっとそれに与えられた心地よさが日常では感じ得ない物だからだろう。
 今は廃校となったその小学校は、今は地域のコミュニティセンターとして活用されている。しかし地方の、それもそれほど人の賑わいも活発ではない地域。コミュニティセンターとしての活躍率は非常に低かった。
 ある時、数人の中学生が利用を申し込んで来た。若い男の子によくある、友達と結成したバンドの練習だ。最初のうちは荒削りと言うか何と言うか、正直な感想は彼等の未来の可能性の為に胸の内にしまっておきたくなるような音が響いていたが、やがてその音は段々と小さくなっていき、しまいには無音となった。
 勢いで始めた活動に良くある、雑談が脱線して本来の目的を置いてけぼりにする現象かと、管理人は気にも留めずにおいた。利用時間が終了する時には、彼等は普通に片付けて帰っていったからである。
 だがそれは、その日だけではなかった。翌週も、その二日後も、段々と間隔を短くし、更に変化として段々と人が増えていった。バンドが大編成バンドに、パフォーマンス集団に、更には中規模劇団に、そのくらいに人が増えて行ったのだ。
 そして、活動の主であるはずの音楽は、人が増え始めた頃からパッタリと止んでいる。利用時間いっぱいの静寂、時間になると何事もなく帰って行く利用者。流石に気味が悪くなったのか、基本的には面倒臭がって事務室から出ず、利用者にはこれっぽっちの興味も持たなかった管理人は何をしているのか覗きに行って見た。
「……何だ、これ?」
 何の事は無い、音がしないのは誰も音を奏でてなどいないからである。奏でていないどころか、誰も何もしていない。動いていない。
 利用者達は思い思いの場所で、壁にもたれかかり、床に転がって、寝ていたのだ。
 妙な光景に驚き、管理者は床で寝ている中学生に一人に歩み寄った。口元に手をかざすと、小さくだが呼吸はある。その小ささは異常をきたしての物と言うよりは、深く良質な眠りの底についているもののようであった。
 もしかしたら、昼寝同好会になったんだろうか。
 この間まではやかましい未発達なバンドだったのだ、大凡あり得ない事ではあるが、この集団昼寝状態の謎を解明しなければと言う気持ちが管理人にはあった。何故なら予約の名前は今まで通りのバンド名のままだったのである。大きな問題では全くないが、あまりに意味が分からなすぎて理解しなければ落ち着かないのだ。
「なあ、君。起きて」
 少年の肩を叩き揺すると、穏やかな寝顔だった少年は薄目を開け、一転して眉根に皺を寄せて管理人を睨みつけた。
「なんスか」
 いい夢の途中で起こされた、そんな不満げな表情だ。
「君達、バンド活動で申請してるよね? これは……何してるの」
「寝てんスよ。おじさんも寝たらいいんじゃないスか?」
「は?」
 誰も来ない事務室のたった一人の管理人とはいえ、仕事中の身だ。それを昼寝集団に混ざって惰眠を貪るような事は社会的立場と大人としての尊厳が許さない。
「絶対イイ夢見れるんスよ。時間になったらちゃんと起きるんで、起こさないで下さいね」
 そう言って、少年は再び目を閉じるとすぐに眠りに落ちていった。しんと静まり返った部屋の中に、時計の針の音だけがいやに大きく響く。
 こんな時間から昼寝って。
 ばかばかしいと思いつつ、そこで寝ている誰もが気持ち良さそうな寝顔でいる状況に、少しのサボりたい心が疼く。何なら笑って寝ている者までいるのだ。それほどここで寝るのは気持ちがいい事なんだろうか。
 静かな板敷きの教室。適温な室内。規則正しく刻まれる秒針の音。心地良さそうに眠りこける利用者達。なんだか、見ているこっちまで眠くなって来る。
 そんな事を思っているうちに、気付く事も無く実に穏やかにスムーズに、管理人は眠りの世界へと引き込まれていた。
 そうして誰も動かなくなった教室の中、壁にかけられた古いスイープ時計だけがその針を忙しなく動かしている。
 まるで、それでも時が止まらない事を訴え続けるように。


●目覚めの使者、募集
 正体不明、ただし、天魔の可能性は大いにあり。依頼内容の最後の一文に、斡旋所スタッフ大野篁は振り幅の小さい感情でもって顔を顰める。
「ふうん」
 廃校を利用したコミュニティセンターでの若い昼寝集団。寝ているだけならほっとけばいいと思うのだが、本人達はともかく周囲の人間の間ではこの昼寝が大事になりつつある。
 最初の発端となった集団は中学生だった。それが何故拡大したのかは調査してみなければわからないが、現状中学生だけでなく高校生・大学生、それどころか学生だけに止まらず、その親だったり、果ては高齢者までいる幅の広さである。彼等は何をするでもなくただコミュニティセンターに来ては、それぞれ好きなところで眠りこけているだけなのだ。眠っているだけ、字面は穏やかなものだが、実際の光景は異常であるとしか言えないだろう。大野の脳裏に映し出された映像も、それはそれはシュールだった。
「誰も怪我したりとかはしてないんですよね? これ」
 後輩スタッフ山田が訝しむように、これまでの依頼とは明らかに違うのが被害らしい被害が無いという点だ。怪我も何もせず、ただただ幸せそうな顔で帰って来る昼寝集団。状況が異常であるために、その異常の中に入り込んだ身内を引っ張り出したいというその家族等の要請を受けて警察が踏み込んだものの、警察の手に負えるようなものは何一つ出て来なかったのだ。
 ならば何故学園に調査依頼が来たのか。
 警察の手に負えるようなものは何一つ無かった、そして、手に負えないかもしれない事は微かに見つかったのだ。
「眠くなる……ねえ」
 これは突入した警察官の証言である。センター中そこここで眠る人々、その異常な光景と時計の音だけが聞こえる不気味な静寂。一緒に突入した仲間達もその光景に一瞬黙り込んでしまったその静かな時間、何だか瞼が重くなった……と。それは一緒にいた誰もが同じだった。
 一人だけならば突然の睡魔も何かしら自分の中で理由を付けて消化出来るだろう。だが全員一様となれば話は別だ。加えて、この昼寝集団に参加して長くなればなるほど、極々僅かだが、日常生活での各反応が薄くなるなどの変化が見られている。
 それら全てを踏まえた結果として、異常事態の調査を然るべき機関へと投げかけた、と言う訳だ。
「もし天魔だとしたら何の意味があるんでしょう。誰も悲しみもしない、恐れもしないんですよ」
「……それだけが感情じゃない、って事かもな」
 言いながら、大野の眉間の皺は深くなる。もしもそうだとすれば最後に撃退士達を襲うのは、武器でも傷でも、敵でもない。
「さて、何を見せられてるんだろうな」


リプレイ本文

「これは……」
 呆然とした龍崎海(ja0565)が小さく声を上げる。
 異様なその光景は、思っていた以上のものだった。一つの教室に限らず、隣の教室、果ては廊下で寝ている人間までいるのだ。どうやら、この睡眠の効果は教室一つに限定はされないらしい。
 一つの教室、ここは最初に件の中学生バンドが借りた部屋だ。もう既に、ここへ来る目的はこの眠りだけになっているのだろう。 楽器も見当たらない。
「試してみましょう」
 そう言って織宮 歌乃(jb5789)が抗天魔陣を展開すると、龍崎も一緒に現世への定着を展開する。すると、二つの陣の範囲に含まれた人々だけが、緩やかにではあるが目を覚ました。
「確定ですね。ではまず、皆さん起こしましょう」
 エルディン(jb2504)が小さな溜め息をついて起こしにかかると、他の面々もそれに続いた。利用者達からは不満の声が漏れるが、それに気付かない振りをして彼等を校舎の外まで追い立てる。
 外へ出した利用者達の聞き込みへは三人、そして残った四人は顔を見合わせ、それから各々向きたい方向へと顔を向ける。
「何か切欠はあったのかな。何かねーか探してみるぜ」
 そう言って歩き出してしまう笹森 狐太郎(ja0685)の背中を、織宮が慌てて追いかける。
「一人はダメですよ」
 二人分の足音の遠ざかるのを耳だけで見送るようにして、それから静かになった教室を雪代 誠二郎(jb5808)と川澄文歌(jb7507)が見回す。
「之と言って怪しい物は、無いね」
「何で伝染するのか……」
 ぱっと見、何も無かいただの教室だ。しかし、迂闊に触った何かが原因だったりしたら眠りに落ちてしまう。触るだけではなく他にも可能性があると、もしもの時のため川澄が携帯電話のアラームを設定しているうちに、雪代はおもむろに座り込んだかと思うとそのまま床に横になってしまった。
「雪代さん!?」
 驚き声を上げる川澄を気にも留めず、雪代はひらひらと手を振って目を閉じてしまう。
「被害者の気持ちになるのも大事だろう? 十分経ったら起こしてくれ給えよ」
 余裕のある微笑みのまま目を閉じる雪代に、無謀な事を、と思いながらも無意識に静かにしようと川澄の動きはゆっくりとしたものになる。
 静かな空間、時計の音。
 程なく雪代の呼吸は緩やかな寝息に変わり、その隣に座り覗き込んでいた川澄も、つられたように瞼が重くなるのを感じた。
「あ……」
 もしかしてこれが、と思った時には、川澄の体はこてんと横になってしまっていた。


 外へ出された利用者達の不満は凄まじい。暴力的な手段で抵抗したり、声を荒げたりはしないながらも、晴れていると言うのにその場の空気はどんよりと重い。
「誰も傷つかない……、それはきっと素晴らしくてとても良い世界だと思っているのでしょうね」
 嘲笑に近い笑みを浮かべ、マルドナ ナイド(jb7854)が彼等を見て呟く。それは、痛みや苦しが無ければ成長も発展も無い、と言うように聞こえるが、その表情からするにそうではないようだ。
「天魔は紛れていませんね」
 彼等をじっと見渡していたエルディンがそう言うと、龍崎はふうと息を吐いた。
「なら、とにかく話を聞いてみよう。何か手がかりが見つかれば良いけど」
 校舎内にいた人間達を全て移動させると言う動きがあったにもかかわらず、原因であるはずの天魔は姿を見せて来ない。教室内で現世への定着を展開した時もだ。普通であれば搾取が中断されれば様子を見るなり排除しようと現れても良いはずなのに。
「最初にここへ来ようと言い出したのは誰ですか? バンドメンバーの利用が最初だと聞いていますが」
 龍崎が群衆へ問いかけると、一人の男子中学生が手を挙げた。
「俺だよ。ここで練習しようって言ったの」
「何故ここだったんです?」
「他に無いから」
 エルディンを睨みつけて言うその言葉に、嘘も他意もなかった。実際にこの街にはこのように多目的で使える施設がここぐらいしか無いのである。
「あなたは何故ここに? 誰から誘われたのですか?」
 その隣にいた大学生風の女子に問いかけると、おどおどしながら遠くにいる一人を見る。
「友達……あの人に教えてもらったの。いい夢が見られるって」
「どうして来ようと?」
「最初は興味半分……でも本当にいい夢見れて」
「そうですか」
 いい夢、と目を輝かせた女子大生の言葉をブツリと切り、マルドナは彼女に背を向ける。再びその目はバンドメンバーの中学生に向けられた。
「この方達、みんなあなた達が声をかけたのですか?」
「誘ったのはクラスの友達くらい。そこから口コミで広まってったり、あとは俺等連れ戻しに来た家族がそのまま〜とか」
 出て来る情報は事前に警察から提供された物と何ら変わりない。彼等が団結して隠蔽しようとしているのではなく、本当にそれ以上のものは無いようだった。
 強制的に連れて来られた者はいない、そして誰もが校舎内へ戻る事を望んでいる。
「何なんだ、これは」
 苦々しく龍崎が言うと、もう一度エルディンが彼等を振り返る。見渡す限りある表情は、全て自分達への嫌悪の眼差しだ。天魔が関わっていると説明しても、それは変わらない。
「本当にこれ以上の事は何もないのでしょうか」
「幸せな気分でお昼寝させて? ああ、何てつまらなくて苦しいんでしょう」
「いい気分にさせるのは間違いないけど、その先の目的がわからないね」
 溜め息をつき、それから気を取り直したように息を吸って、三人は足を再び校舎へと向けた。
「とにかく天魔がいる事だけは間違いない。それは取り除かなければね」


「何か、ありましたか?」
「いや、何もねーな」
 おっとりと問いかける織宮 歌乃(jb5789)の声に、ぶっきらぼうに答える笹森。対象的な二人組は、調査を始めて三階から部屋を一つ一つ調べていた。しかし何もめぼしい物は出て来ず、無音の教室に二人の足音と引き出しを開ける音などばかりが響き渡る。
「夢を見せるだけとは、どーいうつもりなんだ」
「笹森さんなら、どんな夢をいい夢だと思いますか?」
 もの静かに問いかけられ、振り返ると織宮は微笑んでいる。すると笹森は考える素振りも見せずにすぐに答えた。
「モテる夢! 警官になってモテてる自分が見れたら幸せだな」
 ストレートで正直な笹森の言葉に、一瞬キョトンとした織宮も再び笑みを浮かべる。
「見られるといいですね」
「つーか、自分で叶えるけど」
「頑張って下さいね」
「でも予習的に一回くらい見てみたいかもなー」
 そう言って笹森はふざけてごろんと床に寝転がる。小さく笑う織宮が見ている中で目を閉じるが、眠気が襲ってくる気配もなくすぐに起き上がった。
「ダメだ、眠くならねーや」
「……何ででしょう?」
 そう首を傾げる織宮に、笹森も真顔に戻る。眠りの原因はまだ突き止められてはいないが、しかしそう言えば先程から自分達二人は全く眠くなる気配もない。
「接触感染ではきっとないですよね。私先程あの方達に触りましたから」
「俺も。じゃあ、場所?」
 一階と三階で何か違いがあるのか、例えば感覚に訴える何か、色・音・匂いなど。それらに違いは無かっただろうか。
「特に変な匂いはなかったな」
「音も……何の音もありませんね」
 壁にかかっている時計は無音で針を流しており、二人の他に誰もいない三階は静寂そのものだ。
「聞き取れない何かを特定の教室だけに流したり? 考えにくいですが……」
 アウル覚醒者の五感にも感知出来ない音と言うものはまるで考えにくかったが、行ってみる価値はあると、二人はそこで引き返し放送室を探し始めた。


 ♪♪♪〜♪♪♪
 無機質な明るいメロディーが、足を止めた三人の目の前で鳴り響いた。
 龍崎、エルディン、マルドナが教室に戻って来ると、室内ではやたら優雅に手を組み横になった雪代と、その隣で小さく丸まった川澄が眠っていたのだ。ビックリして止まったその足が前に進む前に、川澄の手元に落ちていた携帯電話がメロディーを流し始める。
「ううん……」
 その音で目を覚ました二人はもぞもぞ起き上がり、心地よい昼寝後のようにゆっくりと伸びをした。
「大丈夫ですか!?」
 慌てたように駆け寄るエルディンを見、それから壁の時計を見て雪代の眉毛が困ったように下がる。
「十分で起こしてくれと云ったじゃないか」
 申し訳なさそうに携帯を閉じる川澄だったが、その表情は全く気に病んではいない。いい気分をたっぷり味わった後に少し苦い思いをしても紛れてすぐに消えてしまう、そんな感じが窺える。
「全く何の問題も無いね。いやぁ、善い夢を観たよ」
 その晴れ晴れとした表情に、ふと、マルドナが何かに気付いたように目を丸くした。
「それこそが、目的なのではないですか? 良い夢を見せる、という」
 眠っていた二人の表情は任務中だと言うのに穏やかで柔らかく、余程いい夢を見たのだろうと空気でわかる程だ。
「そのあとどうするのかではなく、それが目的?」
「合点が行きますね。シンプルすぎて拍子抜け……しますが」
 途切れた言葉の合間に、エルディンがあくびをしていた。それを見ていたマルドナの瞼も重くなって来る。
「いけない、眠くなってきました。誰か、誰か叩いて下さい!」
 しかし、本人の希望とあっても女性に手を挙げる事は出来ない紳士風と聖職者。困った顔で川澄がビンタをしようと構えた瞬間、彼等の足下に結界が広がり眠気を吹き飛ばす。
「とりあえずは大丈夫かな」
 そう言う龍崎を、マルドナは恨めしげな目で黙って見ている。変な静寂の間に、時計の音だけがコチコチと響いた。
「そういえば、時計……」
 呟いて川澄が見上げる、唯一この場で音を出すもの。
「見てみましょうか。事前調査でも音が出ていたのはこれだけのようですし」
 エルディンが時計の下へ行くと、少しだけぴりっとした緊張感が生まれる。天魔が潜んでいれば、大小関わらず戦闘にはなるだろう。それを想定しての緊張ではあったが……
「……あれ?」
 その声にぴくりと肩が震えるが、その反応はどうも敵を見つけた物とは異なる。不思議に思っている四人に、エルディンは外した時計を手渡した。
「何だい之は」
 受け取った雪代が不思議そうな顔をするように、その時計は滑らかに秒針が動き音のでないスイープ時計だったのだ。
「静かに」
 口元に指を立て、川澄が皆を制する。しんと静まり返った教室には、……秒針の音が刻まれる。しかし、雪代の手元にある時計は、無音だ。
「……時計じゃないんだ」
 顔を見合わせ、そして五人の目は一斉に一カ所に集中した。


「え? 時計は何でも無かった? 何でも無くはない?」
「どういうこった」
 掛かって来た電話で受け答えする織宮の口調で、進展のあった事はわかるが、詳細までは隣で聞いている笹森にはわからない。
「……音がしない時計?」
 秒針の音は時計ではなく、校内放送用のスピーカーから聞こえていたのだ。これで三階にいた笹森と織宮に何の変化も無かった事に説明がつく。
 二階に下りて来ていた二人は歩きながらその電話を受けた。そしてそうこうしているうちに、その表札は現れた。
 小さな白いその札が表す『放送室』はずっと使われていなかったのだろう。ドアを開けて中に入ると埃っぽい匂いが鼻につく。電気をつけてみるとミキシング卓など一揃いの設備はあったが、どれも薄らと埃をかぶっていた。放送範囲を決めるボタンもずっと前に使われたときの設定のままなのだろう、一階の一般教室の範囲、集団睡眠の現場の辺りだけが有効になっている。
 そして、それはいた。いたというよりも、あった。
 ガラスで区切られたブースの向こう、真っ暗なその部屋を明かりが照らすと浮び上がるその姿は、古ぼけた単なる柱時計にしか見えない。動きもせず、攻撃してくる訳でもなく、ただただ時を刻んでいる。
「これか?」
 スタジオに踏み込んでその音を聞くと、急激に眠気が襲って来る。瞼の重さが尋常ではなく、それがこの時計が天魔であるのは間違いないと教えてくれた。マズイ、と思ったその時、織宮の抗天魔陣が足下に広がる。
「この野郎、味気ねー子守唄聞かせてんじゃねーよ!」
 ガン、という轟音と共に時計の文字盤は砕ける。それは、多くの人の哀れで幸せな時間が終わった事も意味していた。


 分解された柱時計型サーバントは、内部を念入りに破壊されてガラクタ同然の姿で運び出された。それを見送り、撃退士達は人々を向き直る。
「天魔の排除は完了しました」
「今のが天魔だったのか?」
 誰かが声を上げる。川澄がこくんと頷くと、命を救われた人間からは出ようはずも無い言葉が上がる。
「何て事してくれたんだ、俺達はあのままがよかったのに!」
 幸せな夢への依存、それは想像を遥かに超えて人々の心を蝕んでいたのだ。
「しかし、それではいずれ感情を搾取されて……」
「じゃああの時計と同じ夢を、あんたらがくれるっていうのかよ!」
 あの幸せの果てが自身の喪失であると、わかっていないはずは無い。それでも、一人二人の怒号はやがて伝染していき、彼等の叫び、悲鳴はその場を瞬く間に覆い尽くしてしまう。
「もう会えなくなっちゃう……嫌だ!」
「もう一度見させてくれ。この先何を楽しみにすればいいんだ」
「余計な事しやがって!」
 その様子に、くすりとマルドナが笑う。
「ブーブーと……本当に豚さんみたいですね」
 川澄が慌てて止めるが、マルドナは柔らかい笑いを止められずくすくすと笑っている。
 その言葉を聞いていた雪代は、何とも言えない笑みを口の端に浮かべたまま、帽子を深くかぶり直して彼等に背を向けた。
「夢の世界に逃げても、何も現実は変わりません」
「じゃあどうしろって言うんだ! 夢でもなきゃ見られないんだ!」
 織宮の訴えるような声にも、それをかき消すような叫び声が畳み掛ける。
「現実では絶対会えないんだ……夢でもいいから会いたいのが悪い事なのか?」
 そう言う老人の顔は悲しそうで。
「あのままがよかったんだ。お前等の正義を押し付けるなよ!」
 若者の怒りには寂しさが含まれている。
「天魔の餌食でも何でも、それでも! よかったんだ、夢が見られるなら!」
 自分達の存在・行動の全てを否定されるその言葉。しかしそれでも、何もする事は出来ない。幸せな夢を見せてくれる天魔は、もういない。
 泣き出す女性、怒りの治まらない男性、そんな彼等に対し、エルディンは精一杯柔らかな笑顔を浮かべた。
「皆さんのお話は私が聞きましょう。どんな事でも……」
 その笑顔が隠しきれない悲しみは、彼等には理解しては貰えない。止まない怒号を聞きながら、一行の後ろで川澄が小さく子守唄を口ずさんでいる。
 鎮まり、優しい眠りが誰にも訪れる事を願い。怒号と悲鳴にかき消されながらも、その歌は途切れる事は無かった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 撃退士・笹森 狐太郎(ja0685)
 撃退士・雪代 誠二郎(jb5808)
重体: −
面白かった!:3人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
笹森 狐太郎(ja0685)

大学部4年201組 男 阿修羅
『進級試験2016』主席・
エルディン(jb2504)

卒業 男 アストラルヴァンガード
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
撃退士・
雪代 誠二郎(jb5808)

卒業 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
撃退士・
マルドナ ナイド(jb7854)

大学部6年288組 女 ナイトウォーカー