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月見里叶(jz0078)から受け取った紙切れを眺めつつ、現場に集まった一行は某棟の階下へと降りていく。
『この度ーお集まりいただいた皆様にはー多大なる感謝をいたしますですぅ』
本当に本が喋っている。細い手足で叶の頭部を引っ掴んで肩車状態のまま。
表情はないものの、オーバーリアクションであるために何となく察することは出来そうだ。
「その本、スキルで開錠してみてもかまわないですかー?」
「いーけど」
にこりと口にした櫟諏訪(
ja1215)にあっさり了承。それではとにこにこ近寄ってきた、諏訪に叶はちょこっと腰を折る。
『呪いの本あたーっく!』
ばきっ!
叶の髪の毛をぐいっと引き絞って、そのまま諏訪に向かって繰り出された激しいキック。
「ちょ、引っ張るな! 痛っ。悪い、大丈夫か?」
勢いづいて、ぶらーっと髪の毛にぶら下がった本を元に戻しつつ諏訪の無事を確認する。
「痛恨の一撃は間逃れました。けど、拒否ってことですかねー?」
『止めてくださーいっ! ワタシは鍵以外のものを突っ込まれるのは嫌でーす!』
―― ……突っ込むわけでは。
と多分全員が思ったが、本のウザさは良く分かった。
ふっと仕方ないなというような笑みを浮かべた八辻鴉坤(
ja7362)の、行こうか? という台詞に全員頷き止まった足を進める。
「同行して大丈夫なのか?」
かつかつと続く階段を降りながら問い掛けた鴉坤に叶が答えるより早く
『ワタシは皆様の勇姿を見届けねばならないのです』
「……だそうだ」
本の意気込みには、なるほどと苦笑するしかない。
「ところで、ノロさん。鍵が手に入ったら、お話出来なくなっちゃうわけ?」
『ノロ? ワタシのことですか?』
「呪いの本だからノロさん、キミのことだよ」
と快活の良い笑顔を見せる並木坂マオ(
ja0317)に本はうーむと唸る。
『分かりませーん。ワタシは本です。別に話したくて話しているわけではないのでーす。本来なら、百万部を越えるベストセラーに』
なるわけないだろうと、若干名が突っ込みたかったが飲み込まれたところで扉に行き当たった。ここだよな? と全員目配せして頷く。
くぃっと、ヘルメットまで装備したRehniNam(
ja5283)メットのツバをぎゅっと持って空いた手でドアノブを捻る。外開きだからレフニーはまず安全。すっとさり気なく、最初に中を見ることの出来る位置に鴉坤は移動して扉が開ききるのを待った。
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「村だね」
「村ですねぇ」
しんみりと口にした雪平暦(
ja7064)に、その後ろからひょっこり顔を出した清良奈緒(
ja7916)がにこにこと楽しそうに重ねた。
目の前に広がったのは、どこかのテーマパークかRPGの中の村だ。しかも小規模のしょぼい感じ。手作り学園祭レベルだ。天井は青いペンキで塗られ、地下だということを忘れそうだ。レースというよりはクエストか?
『ゆう……凡人A御一行さま。第一問です』
いきなり問題っ! 目の前に立ったのは、それこそ村人Aともいえる人形だ。けれども声は……
『頭の体操から始めまーすっ!』
叶の頭上からだ。
一斉に視線が集まったことに本は、わたわたと手を振り、ワタシではなく目の前の村人ですーっ! と力説。
付き合うと決めたのだから最後まで、だろう。
若干その仕草に暦が可愛いものを見る目を投げていたのは秘密だ。
『16889=6、77777=0、67890=5、では89890は?』
「いちがろくで、なながぜろでぇ」
うひゃあっと頭を抱えてぐるぐるしている奈緒に大丈夫とでもいうように三人が同時に答えた。
『はぁ?』
どうやら聞こえなかったようだ。説明を求めておきながら、端折れというのか。仕方なくマオと暦、鴉坤は「7」と回答を揃えた。
『せーかーぃ! 次の問題は、向かって左にある民家の老人に聞いてくださーぃ』
ぎぎっと人形が指さす方向に確かに民家が、次いってみよー! という勢いで楽しげに駆け出したのは奈緒。それにマオが続く。
「これさ、端折って鍵まで走るとか駄目なのか?」
ちらと本に目を向けて、そっと零した鴉坤に叶は首を振った。頭上で本がぼこぼこ両手を振り回し『行きますよー!』と声を張り上げる。
叶、体力減少中。
『ワシは最近ものまねに凝っておって、そうじゃなー今日はアリス・ペンデルトンに会ってみたいものじゃのぉ』
芸達者な本だ。
筵の上に座った老人の言葉に、諏訪が出番だと「自分がやりますー」と挙手して前に出る。注目を浴びると非常にやり辛い。ごほんっと一つ咳払いして
「花見がつまらない? それなら自分でも面白いことすればいいぢゃな〜い☆ってことで花見で一発芸大会を開くことにしたゾ? 皆の者、ふるって参加するのぢゃゾー☆……って感じでどうでしょうかー?」
頭頂部のあほ毛がアリス先生の帽子の形でゆらり、僅かな沈黙に全員がごくりと唾を飲む。
『ぶー! 21点』
同時に、ふっと足下がなくなる。
―― ……落下きたっ!
慌ててレフニーは持ち込んでいたロープを投げるが、ぐんっと急に力が加わってよろける。あわあわしている間に、穴の縁に引っかかった鉤部分は、こそりと本が蹴り落とした。危ないと、鴉坤がレフニーを支えて落下は防げたが諏訪は間に合わなかった。
「あわわっ」
「死なないっていってたし、大丈夫だよ」
焦ったレフニーの肩を暦がそっと撫でる。
「そうそう、後でちゃんと探してあげよー?」
にこにことそう言ったマオにレフニーも、そうですねと頷いた。老人は役目は終わったとばかりに、固まっていたのでそのまま家をあとにする。
不正解扱いを受けてしまったので、次のヒントがない。どうするかと思案していると、ぶぅんっと何か頭上から音が……そう思って見上げると、
―― ……ぼすっ
何か落ちてきた! 戦闘開始かと、瞬時に全員身構えたというのに落ちてきたのは
「では次の問題ですー」
諏訪だ。
「櫟のお兄ちゃんだー!」
奈緒の元気な声に、諏訪はひょこひょことあほ毛で答えた。消えたと思った諏訪がまさか出題者として戻ってくるとは……そしてその様子から今は、余計な会話はNGなのかもしれない。
「パソコンには必須のマウスの感度を表す単位は何?」
そして、顎に何かひっかけていると思ったらマスクだ。つっと顔に宛がうと中央に赤い×印がついている。諏訪に発言権はないようだ。
なんというか、昭和な感じだ。
「専門用語とかムリムリ!」
と手を振ったマオに、なんとなく分かるかも……と暦が挙手。回答を見守る諏訪の頭頂部の一房がキュートな耳を象っている。
「確か、どっかの国のキャラクター名と同じだったような……。マウス、鼠……はっ! 分かった、答えは”ジェリー”だね!」
がんっ!
タライが上から落ちてきた。咄嗟に避けたが、足下でぐわんぐわんと五月蠅い。
「ミッキー!」
はいっ! と続いて答えた奈緒はそのまま楽しげに歌を口ずさむ。
「1ミッキーは1/100インチマウスを動かすことを意味する。1インチは25.4mmだから0.254mmが1ミッキー」
と、奈緒の歌をBGMに鴉坤がそっと補足説明をする。
「正解ですー」
ふぅーっとマスクを外した諏訪は戦線復帰らしい。
「次の問題は……えーっとあっちの方に露天があるから、そっちで、学園購買の目玉商品! 手作り焼きたてパン三種類、コロッケパン、焼きそばパン、あと一つを手に入れろってことですよー」
手にしていた紙切れを見ながら指差す。確かに、何か売ってそうだ。
そして、ゴザの上で平売りされているパンを前にレフニーは
「えくすとりぃぃぃむ、アンパン!!」
と拳を突き上げ、これだーっ! と手を伸ばしたのに、肝心な物がない! がくっと膝を着いて、打ちひしがれると、諏訪・暦・奈緒・鴉坤の手には揚げパンが……そしてマオの手には何故か焼きそばパンが握られていた。
「焼きそばパン美味しいよねー。アタシ好物なんだ」
あははーっとマオが笑ったとことで「ほら、これ」と居たのかどうか大人しかった叶が、そっと全員に木の棒を渡す。思わず反射的に受けとったが、木の棒が渡ったということは……
『はっはっはっは、よく来たな! 勇者諸君っ! お、おや、失敬。凡人Aと愉快な仲間たちっ!』
微妙にネーミングが変わってきている。
どこからともなく躍り出てきたのは学園長先生っぽい人形だ。流石に学園長先生をボコるのは抵抗あると思ったら、
『私の誕生日を正解した生徒から、戦線離脱だ! そして、村長宅に向かうと良い!』
言い捨てると(アフレコをしているのはやはり本だ)学園長先生人形は走り去った。あっちの方角に、村長宅があるのだろう。
その代わりに現れたのは、木偶人形が三体だ。動く度にカタカタと心許ない音がする。
「これは、同時にいって駆け抜ける、ですかねー?」
言ったあと一番小さな奈緒に確認するように視線を向けると、奈緒は小さな手でぎゅっと木の棒を握り直して、こくんっと頷いた。
「じゃあ、いっくよー!」
マオの号令で、全員が声を揃える。
「12月26日!!」
うりゃぁっ! とばかりに猛ダッシュ。
もちろん木偶人形を叩き潰すことも忘れない、忘れないのに、あ、れ? がつんっと人形の足を薙払い。倒れたところへ木の棒を叩きつける諏訪に、えいえいっ! と奈緒が参戦。転がった人形の上で地団駄を踏んでいる。
他二体をあっさりぼこったマオと鴉坤がふと顔を上げると……
「言いそびれましたー!! ひゃぁぁっ?!」
レフニーが飛んだ。
「……村長宅の方かな? 大丈夫だよね。多分」
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飛び去ったレフニーを追う様に、村長宅と言われた敷地内の再奥の家に入ると、予想通りレフニーが村長(と思われる人形を前に)古典落語の『薬缶』を講釈している。
ふと見上げた天井には穴が、あそこから落ちてきたのだろう。
「……そして、矢が水わかしにカーンとあたって、薬缶と……」
『7点。次』
「いえいえ、もう一つあります! もう一つ! え、っと、ギリシャの食堂でご飯をタベルナ!」
必死なレフニーには悪いが、シーンという効果音が聞こえてきそうだ。
「で、ですから、その、これはですね。ぎ、ギリシャ語で、食堂のことをタベルナといってですねっ」
わたわたと補足説明するレフニー。レフニー頑張れ。
しかし、採点は覆らなかった。うううっと落ちてきた(おそらく不正解者への鉄槌)薬缶を抱き抱る。
「え、この状態で俺」
戦闘やら、クエストやらで疲れてうとうとした奈緒を負ぶっていた鴉坤は、極寒地でのバトンタッチに曖昧に微笑んだ。
「A horse walks into a bar the bartender says,"So what't the long face?"」
流暢な英語が流れ、笑い話をするところで緊張が走る。
「……あー、訳すと、馬がバーに入ってきてバーテンダーが言った『なんで”浮かない顔”してんだ?』って、long faceには浮かない顔、悲しそうな顔という意味があって、面長の馬は……うん、なんかごめん」
じっと鴉坤を見つめていた愉快な仲間は、そのあと一斉に村長を見る。
『41点』
失敗か……全員の頭にそう過ぎった時
「ふ、フトンがふっとんだー! とか猫が寝転んだー! とか」
苦し紛れにマオが叫ぶ。
その瞬間、どこからともなく高らかなラッパの音が響き人形……もとい、本が笑い転げた。え、と振り返れば、叶の頭から、ぼとっと落ちた本が笑い死にしかけている。
『87点。ごーかくですー』
マジでっ! 他のメンバーはもちろんだがマオ本人もそう思っただろう。
ごろんっとその場に転がった村長人形の奥に、宝箱がありぱこんっと開いた。大きさの割に入っているのは小さな鍵だ。
「おお、鍵ゲットですねー」
と箱の中を覗き込んで中身を摘み上げた諏訪の手には金の鍵。
『おおぅ! それでーす! 早く早く、ワタシを解放してくださーい』
ぴょんっと立ち上がった本を、暦が拾い上げて諏訪に向ける。
「んじゃあ、行きますかー?」
よっと鍵を差し込むと、短く「いやんっ」と声を上げる。黙っていろ。
諏訪が鍵を回す様子を皆が固唾を呑んで見守っていると、かちりと開錠音がした。
そして、ぺきっと鍵の部分を持ち上げる表紙に手を掛けると、ぼふっ! と煙が上がる。
「けほっ、げほっ」
辺りは一瞬にして真っ白だ。周りが殆ど見えない。
「ちょ、げほっごほっ! と、とりあえず誰かのどこかを掴んでここを出よう」
煙に巻かれつつ、そう切り出したのは誰だろう。
手探り状態で、一番最初に入ってきた扉までなんとか全員戻ってくると、がんっと勢いよく、外へと続く階段への扉を開いた。
すぅぅっと煙はそれに押し出されて消えていく。
「取り敢えず、全員居るか? 減ったり、増えたりしてないか?」
よっと眠る奈緒を負ぶい直して確認した鴉坤に、全員が揃ってまーすと返事をする。幾分か煙が晴れて視界がハッキリし、駆け抜けてきた中を確認すると……
「なーんにもないね?」
マオが口にすれば、確かに何もない。普通の地下室。大ホールといったところだ。
その様子に皆、狐に摘まれたような感覚に落ちながらも、階段を上がり外界に戻る。
外はまだ明るい。そして改めて、本はー? 叶は? と全員の注目が集まった。
「俺は、うん……何となく頭も軽くなったし大丈夫、と思う」
それは本が頭から降りたからではないか? 思っても突っ込んではいけない空気だ。確かに顔はカビてない。
「月見里さんが無事なら、こっち開いてみようか……」
本を抱えたままだった暦は、そう言って堅い装丁を開いた。文字を追うのは諏訪だ。
「えーっと何々、○月△日晴れ……日記みたいですねー……今日はKくんに告白をしたら……で、」
読み進めつつ、徐々に諏訪の顔が赤くなっていく。何? と覗き込んだ鴉坤と叶。
「あー……」
「とりあえず、燃やそう。うん」
「え、え、どうしてですか、私も読みたいです」
読みたい読みたいと声を上げた女性陣には悪いが、
「人の日記はやっぱり見たら悪いんじゃないかなーと、ねー? 八辻さん、月見里さん」
がつっと本を取り上げて、えいやっと空へ放った。放物線を描き落ちてくる前に魔法攻撃。ぼんっ! と派手な音と光りを発して爆発した。
「あにゃ、花火ですかぁ?」
ごしごしと眠い目をこすりつつ覚醒した奈緒を地面に下ろす。
本は、ベストセラーどころかどこかのリア充による発禁本、内容はR指定だった。あんなもの誰も読まなくて当然だ。
それにしても、余程読んで欲しい気持ちが強かったのだろう、あれだけのことをやってのけたのだから……
「残念だね。Namちゃん」
「そうですね、でも、まあ」
「無事成功したみたいで良かったねー!」
暦とレフニーが交わした言葉に続けて、マオが言ってにこりと笑う。
「んー! 今日は楽しかった! またみんなで遊ぼうよっ!」
無邪気な、奈緒の宣言にその場は穏やかな空気に包まれた。