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マスター:サラサ
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/04/10


みんなの思い出



オープニング


 彼女は待っていた。
「奥様、気塞ぎの毎日を送っていらしてはお身体を崩してしまいます」
 昼夜問わず、ただぼんやりと憂鬱な気分を抱えて、広い屋敷に一人残されいつ戻るとも知れない夫の帰りを待つだけの毎日。
 良い子で待っていて欲しいといわれたのはどのくらい前だっただろう。昨日のことのような、もう随分昔のことのような……。
 はぁ、と吐いた溜息は切ない愁いを帯びていた。
「そうです! お茶会など催されては如何ですか?」
「茶会?」
「ええ、そうです。それがようございます。旦那様がお戻りになるまでの間、心晴れるように……」


 深閑とした夜の静寂。
 大きな門を越えるとシンメトリーに美しく整えられたイングリッシュガーデン。その奥には、豪邸と呼ぶに相応しい邸宅。その昔、海外からの賓客を迎えるために建てられた迎賓館の一つだ。
 視界を保つ程度に、下界を明るく照らす月が満ちるにはもう少しだけ掛かるだろうそんな夜。
 ―― ……今宵もその宴は催されていた。
 煌びやかなシャンデリアに照らし出されるフロア。
 柔らかなお茶の香りとお菓子を振る舞われ、招かれた客人は酒の席でもないのに、ほんのりと酒気を帯びたように心地よい気持ちになる。
 ゆったりと流れているバイオリン三弦奏。
 社交ダンスの経験など無いはずなのに、自然と身体が動きパートナーの手を取ると軽やかなステップを刻むことが出来る。
 実に不思議な心地であったが不快ではなかった。


「俺は限界だ」
 眩しいくらいの朝日が大きな窓から差し込んでくる。
 広すぎるダイニングテーブルに突っ伏し、シェアメイトが朝食を運んできてくれるが、首を振り、珈琲だけを受け取る。
 豪奢な邸宅は今、八人の久遠ヶ原学園の生徒によって寮として使われていた。
 普通に住むには多少不便――無駄に広い台所が一カ所しかない、地下に怪しげなものが並んでいる。シャワーが固定式など――もあったが共有できるスペースも多く、彼らはそれぞれにここが気に入っていた。
「確かに、僕も限界。こんなに徹夜してたんじゃお肌に悪い」
 テーブルにぐったりと寄りかかった状態のままお行儀悪く、ティーポットを掴みカップへと紅茶を注ぎ淹れた。ふわりと柔らかい香りが鼻腔をくすぐりほんの少し心を穏やかにしてくれる。
「でも、あと一回だよ。あと一回でマダムは思い残すことないっていってくれてるんだし……」
「オレ一昨日から講義受けてない」
「自分も、いくつかレポート落とした」
「でも、講義やレポートは替わりがきかないよ?」
 香ばしく焼きあがったイングリッシュマフィンを割ってバターを塗れば、香ばしい香りが立ち上り、その食欲を呼び起こす香りに誘われて朝食を拒否した生徒も椅子に座り直して、バスケットに入れられた焼きたてパンを各自手に取った。
「じゃあ、お茶会のほう変わって貰うしかないだろ。あと一回なんだからすぐ集まるんじゃね?」
「そうですよねぇ」
 紅茶の融解濃度を越えているのではないか、という量の砂糖をカップに投入し終えお上品に持ったティースプーンでゆっくりとかき混ぜ、優雅にカップへと唇を添えながら思案している風だ。
「うん。誰かに変わって貰いましょう」
 かちゃりと丁寧にカップをソーサーに戻してから、男性らしからぬ繊細な所作でにっこりと優美な笑みを浮かべ頷いた。


 ことの起こりは六日前。
 撃退士の依頼で遅い時間に帰宅した一人が掴まった。
『もし……もし……』
 か細い女の声だ。一応ここは男子寮。女性の声というだけでイレギュラーだ。
 彼は、最初聞こえないふりをしたが、その声はだんだん近づいてきているような気がする。声に纏わりつかれ、仕事後の疲労感も手伝って、さっさと終わらせたいという衝動に駆られ返事をしてしまった。
 声の主は玄関フロアの壁に掛けてあった、名も知らない画家の手による人物画の女性だ。彼が気が付くと、笑みを湛えていた口元を引き上げてにこりとはっきりした笑みを向けた。
「あー、あんた幽霊とか、そういう類?」
 面倒くさそうに頭の後ろに回した手で髪をかきむしりながら絵に歩み寄った彼に、絵の中の彼女は不思議そうに、可愛らしく首を傾げる。
「まぁ、どっちでも良いんだけど。こういう時だからさ、あんたみたいなのは餌になっちまうぜ? さっさと浄化なりなんなりした方が良いぞ?」
「ちょ、何? 独り言? 気持ち悪い、って、絵、あちゃー、全然気が付かなかったー」
 出てくるあくびをかみ殺しながら、二階の一室から出てきた一人は、玄関フロアで立ち止まっている彼を笑ったあと、絵画の存在に気が付く。
 ぐっと廊下の柵に手をかけて、ひょいと飛び降りれば、華麗に着地。
 うん。十点と一人納得してから彼の隣に並び肖像画をまじまじと眺めた。
「叩き切って捨てる?」
「物騒なこというなよ」
 放たれた台詞に怯えるように、絵の中の女性は描かれている両腕で身体をきゅっと抱きしめて瞳を伏せる。
「じゃあ、どうすれば……」
『わたくし、お茶会が大好きですの。愛しい方をお待ちする間、お迎えするために催すのです。美味しいお茶と、お菓子。美しい音楽に、可愛らしいダンスその準備を整えている最中でしたの』
 なるほど。そこで不穏なことが起きたのだろう。
 彼女の心残りがそれで、それが満たされれば直ぐに消えるというのならそれに付き合っても良い。
 簡単な話だろう、そう思ったのがまずかった。

 彼女の条件は七晩。今度の満月の夜まで毎日、八人のお客様を招いて茶会を行うというもの。最初は、来賓を招き持て成すだけのことだし、屋敷に住んでいるのも八人だ。
 丁度良いと思ったのだけれど……甘かった。
 おしゃべり好きのマダムに付き合って、流石に一週間ぶっ続けで完徹は若さだけでは乗り切れない。

「最後の夜は、ガーデニングパーティーにするつもりらしい」
 はぁ、と吐いた溜息が重たい。
「徹夜になるから、眠気覚ましみたいなものが必要なら、キッチンも開放しておく準備してくれてかまわない。俺は寝る。俺は寝てるからな!」
 くっきりとクマの残る目で寝るを強調されると、投げやりだと責める気にもならない。
「マダムは話し好きだから、会話は絶やすな。誰かが話してくれてれば良い、例えば、自分の過去とか、最近あったこととかさ、お前等の交友を深める意味でもそういうのは悪くないと思うしさ」
 そう口にしながらごしごしを目をこすって欠伸をかみ殺す。
「―― ……そんなわけだから、悪いけど俺たちの替わりにお茶会出席してくれ」
 頼むこの通り。と手を合わせた。


リプレイ本文


 月が満ちているお陰で夜道は普段よりもずっと明るい。
 門扉前に集まったのは、お喋りして美味しいお菓子を食べるだけなんて、なんて素晴らしい依頼なんだ! と喜色が身体中から溢れている下妻ユーカリ(ja0593)ふわっと出てきた欠伸を噛み殺して、ごしっと目元を擦った春永夢路(ja0792)。そして、足取り軽げに「やあやあ、皆様お集まりかな?」とジェーン・ドゥ(ja1442)それに続く形で妃宮千早(ja1526)が静かに合流した。
「勝手に入って良いって言ってたしお邪魔しまーす」
 屋敷の正面まで延びる煉瓦路。中央辺りで十字に分かれ中心では噴水が静かに水を吐き出し水盆を満たしていた。
「元、というには手入れも行き届いていますね。現役そのままという風です」
 歩きながら、千早はぽつりと零した。
「庭でやるんだよな、どこだ?」
 困惑気味な夢路に、ジェーンは顎に指を添えて「ふーむ」と唸り
「僕が思うにあっちだ、あっち」
 笑ってスッと庭の奥へと指を差す。
「え、なんで」
「お茶会が僕たちを呼んでいるのだよ。夢路君」
「よーし! あっちだね。私がいっちばーん」
 わーいっとばかりにユーカリが駆け出せば「そうだとも」と頷いてジェーンも歩を早める。それに続く形で、わたわたと続いた。


「ここかな?」
 植木で仕切られた向こうへと顔を覗かせる。
 ここまで視界には全く困らなかったのに真っ暗だ。月明かりすら届かない闇。誰ともなしに息を呑んだ。丁度そんなとき背後からがさりと音がして、全員、はっ! と振り返る。
 その勢いに、逸宮焔寿(ja2900)と或瀬院由真(ja1687)は肩を強ばらせその後ろにいた星杜焔(ja5378)は「参加者だよ」と軽く手を挙げた。
 こんばんはです。と挨拶した焔寿と由真の視線が、夢路たちの後ろへと釘づけになる。
 何? と振り返れば……ふわりと浮かぶ光の玉が一つ。何かを探すように彷徨うように、所在なさげに飛び回る。

 ふんわり、ふわり、ふわふわり

 ぽ……とようやくそれが参加者の傍の植木に止まる。するとそれは突然始まった。
 ぽぽぽぽぽぽ……光の玉が庭園を飾り中央の広いテーブルを映し出す。電飾ではない。生き物のように時折ふわりとその場を離れ、庭園を飾る庭木に止まりまた飛び回る。
 蛍のようなそんな動きだ。
 そして、流れてきた軽快な音楽。しかしどこから聞こえるのか分からない。遠くて近い。不思議な距離感だ。
 ハトマメ状態になっていた参加者の目を覚ますようにジェーンがパンっと手を打った。
「これはこれは、愉快だな。マッドハッターのティーパーティーとでも言うべきか。どうやら、我々は不思議の国にでも迷い込んだようだ」
 芝居掛かったジェーンの台詞に「アリスですね」と焔寿が瞳を輝かせ腰辺りにきていたポシェットにそっと触れた。
「ようこそいらっしゃいました」
 彼女は突然現れた。昔の古いテレビ画像のような、ホログラムのような時折チラつく不安定な像。
 穏やかな笑みを浮かべ、柔らかな色合いのドレスを纏いスカートを軽く摘んで上品にひざを折る。そして、皆が挨拶を返すより早く、ぱっと消えると次は中央の大きなテーブルの側に立っていた。
「こちらへどうぞ」
 流れるような動きに誘われて参加者はそれぞれに席に着いた。

 テーブルにはリネンのクロスが掛かり淡い桜色をしたナプキンが人数分。編みの美しいティータオル。三段トレイにはキュウリとローストビーフのサンドイッチ、アーモンドスコーン。苺ジュレがのったカットケーキ。
 ティーポットは踊るように揺れて、ふっふーっと湯気を吹き上げ甘く柔らかな香りを燻らせる。
 ユーカリは、んーっとその香りを吸い込んで「美味しそう!」と歓喜の声を上げた。
「あら、一つ席が空いてますのね?」
 上座に着いた女性は、頬に手を当ててちょっぴり困ったように首を傾けた。
「来ていないのは……リューグさん、でしょうか?」
 千早の台詞に被さるように、ばたばたと大きな足音が響いた。
「遅れたか?」
 ぜぃぜぃと肩で息をしながら「仮眠のつもりが危うく……」と説明し、両手で乱れた髪を整える。大きな身体に似合わず愛らしい仕草に愛着が湧くのはリューグ(ja0849)だ。
予想以上に注目されてしまって「ああ、ええと」と口籠もると、いつの間にか目の前に居た女性にあわわっと一歩下がる。
「お、お誘いありがとうございます。遅刻、ですか?」
「遅刻などととんでもありませんわ」
 優雅に微笑まれ、リューグは恐縮気味に続けた。
「ええと、お土産ってか、あの、コースター編んできたんで良かったら」
 大きな手の平には、細かく愛らしい桜のレース編みのコースター。にっこりと微笑んだ彼女が触れた瞬間それらはテーブルにセットされた。続けてどうぞと促せば、その姿は上座に戻る。


 一杯目ダージリン紅茶が注がれた。
 馥郁として強く甘いこの香りは、マスカテルフレーバー特有のものだ。
「うっわー! スッゴい良い香りっいっただきまーす」
 のユーカリの言葉に皆それぞれにテーブルの上のものに手を伸ばした。もちろん時々寄ってくるティーポットを避けながら。
「渦巻きパイもありますわ。クロテッド・クリームはこちら、ジャムは苺とブルーベリー、フルーツのコンポートもありますからお好みでどうぞ」

「ところで、あちらにいらっしゃるお方は」
 皆気が付いてはいたが、聴くタイミングがなかった。由真の勇気に手を止めて全員が頷く。
「彼が、皆様にいらしていただけるように手配してくださいましたのよ」
 つまり、この迎賓館に住んでいる生徒だろう。大きな木の根本で、高さが八十センチ程、縁の装飾の美しい額縁を支えてうとうとしている。絵の中には誰も居ない、美しい背景が描かれているだけだ。やはり目の前の彼女が件のマダムだろう。
「なるほど、なるほど。貴女がマダム。今宵はなんとお呼びしましょう。僕、僕のことは、さてさて、何と名乗ろうか。誰でもない、誰にもなれないジェーン・ドゥと名乗るべきか、それとも魔女かな?」
 お茶会だから、と続けてジェーンはコートの中から手品の如くぽんぽんっと帽子を出して
「気狂い帽子屋というのも、ああ、マダム。主催者の貴女がそうあるべきか、それともアリスと呼ぶべきか」
 赤い薔薇に白い薔薇、懐中時計まで出てきては、次は、白兎でも出してきそうな勢いに、マダムは愉快そうに微笑んだ。
「わたくしのことは、どうぞただのマダムで結構ですわ」
「ではでは、マダム。この香り深い紅茶とともに」
 ふんわりとマダムの正面のティーカップが紅い茶に満たされる。
「お話を聞かせて?」
 にこりウインク添えておねだり。
「わたくしの話など」
 恥ずかしげに答えたマダムの声に被さるように
「すっごいでっかいお屋敷だよねー」
 いくつ目かの、スコーンにたっぷりクリームとジャムを添えながらいったユーカリに、マダムはそうですか? と首を傾ける。
「わたくしの屋敷ではありませんから。家は主人が、増築が好きで常に行っていましたから、部屋数はわたくしにも分かりません」
 一般の感覚と大いにずれていることが分かった。
「ふふ、子どもたちが、隠れ鬼をしますとね、大抵一人は見つからなくなるんです。使用人たちが血眼になって真夜中まで探して」
 おかしいでしょう? とお上品に口元に手を添えてくすくす。
「それはまた壮大なお話ですね」
 ぐっと息を詰めたユーカリの背中を大丈夫ですか? と摩りつつ千早が微笑む。お茶をどうぞ、と由真もユーカリに新しいお茶を注ぎ
「お子様たちということは、沢山いらしたんですか?」
「沢山ではないけれど女の子が三人。長女がとても面倒見の良い子で、乳母もわたくしも必要ないくらい」
「げ、そんな出来た姉なんて存在するのか」
 傍にあったクイーンオブプディング(あったかメレンゲパイ)を頬張っていた夢路が上げた驚きの声。
 そのあと夢路が話してくれる姉との話。駄目出ししたかと思えば、フォローも忘れない。仲の良さが端々に伺えて微笑ましい。
「仲がお宜しいんですね?」
「いや、仲良くはない。普通、普通」
 と重ねたのが尚可笑しかった。

 続いた談笑は途切れることはない。
 次々に語られる彼らの思い出話や、撃退士についての思い。その全てが新鮮でマダムは柔和な表情を崩すことなく終始笑顔で座っていた。
「あれ、焔さんと焔寿さんはどこに行ったんだ?」
 のんびりとキッシュを口に運びながらそういったリューグに由真がにこりと答える。
「お料理を取りに行ったんです」
「料理? まだこんなにあるのにか?」
 もともと皆が持ち寄ってくれたものもあったし、減ったのかどうか分からないくらい次から次に並べられるテーブルを見渡してそう重ねるリューグに、由真はふふっと笑うと頷いた。


 ふんふふーん。
 気分良さげな鼻歌交じり。マダムの相手を残りメンバーがやっているのを眺めつつ、ユーカリはテーブルの傍にあったワゴンの上で桜ティーを準備する。
「あとはー、軽く塩気を取った桜花の塩漬けを浮かべてー」
 人数分のカップの上に綺麗に桜花を咲かせて頷く。
「マダム」
 丁度良いタイミングで、屋敷の方から焔寿と焔が戻ってきた。トレイには手の平サイズのパイが載っているようだ。
「これ……」
「はい。コーニッシュパスティです」
 目の前に置かれた二つ折りのパイ包み。
「イギリス風をお好みのようだから、馴染みがあるはずと焔寿の提案で」
「いえ、私はレシピを持ち寄っただけで、由真様と焔様にお手伝いしていただきました」
 にこやかに重ねられる説明にマダムは指先を胸元で絡めて、微かに頬を染め頷いた。
「はい、わたくしの唯一のレシピです」
 ナイフに伸ばした手を止めて、マダムはちらとみんなを見ると代わりに紙ナプキンを一枚。パイをひょいと掴む。
「わたくしあの家に嫁ぐまでは、世界の最果てに住んでいて……田舎だったんですよ」
 そこでは皆こうします。その言葉に顔を見合わせて相づちを打ったメンバーは、あっさり手掴み。同時にぱくり。
「なんというか」
 上品に口元を指先で押さえて咀嚼しつつ口にした千早に
「肉じゃがが入ってるみたいだな」
「うん。美味い」
 夢路とリューグが重ねた。
「村の鉱山所有の件でやってきていた主人に見初められて、わたくしはあの家に入ったんです。わたくしが作るパスティもとても気に入ってくれて、殆ど家に居ない人でしたけど、たまに戻ったときは必ず作りました」
 そっと皿に載ったパスティの縁を撫でる。節目がちな瞳に憂いが落ちる。
「桜ティーをどうぞ」
 憂いを払うように前に出されてふわりと笑みが戻った。
「ご主人は先に?」
 ぽつと焔に訪ねられたマダムは、ゆっくりと首を振った。
「分かりません。主人は戻らなかった。吉報も訃報もなく時は流れ子どもたちも居なくなった屋敷でわたくしはずっと待っていました」
 ふ……と夜空を仰いだマダムの視線の先には月が青白く優しい光を、咲き始めた大きな桜の木に降り注ぐ。月明かりに照らされた小さな花弁は薄く輝き光を重ねた。


「大丈夫か?」
「あーうん起きてる起きてる。ギリッギリ」
 続く宴にぼーっとし始めていた夢路の肩をリューグが叩いた。
「マウロティーは如何ですか? ホットが宜しければ、レモンを。アイスがお好みなら、炭酸水を足すと色の変化を楽しめますよ?」
 千早が二人の前にカップをおいた。鮮やかな青が夜を移しているようだ。同じことを思ったのか、輪切りのレモンを落としたリューグが
「月が浮かんでるみたいだな」
 小さなスプーンがカップの中で円を描くと桜色へと変化した。
「これハーブティーだろ。いらん、マジで」
 夢路はずずいとカップを一度は押し退けたものの、リューグのカップの変化を見て、ちょぴっと口づけた。
「寒っ、辛っ!」
 やはり受け付けなかったようだ。ひーっと立ち上がる。
 ふと背後の桜が目に留った。さくさくと木に歩み寄る。木の幹に背を預けて、マダムたちの方を振り返った。
「これはいいな。うん、良い構図だ」

 静かに切り出したのは焔だ。
「生死不明なのと、目の前で逝かれてしまうのはどちらがより苦しいのでしょう?」
 続く話に時折頷き、最後まで聞き終わると、マダムは瞳を細め、そっと手を延ばし焔の前髪に触れる。
「かもしれないには無限の可能性がありますね……それはとても魅力的ですけれど、絶対に知ることの出来ないことです。生きているかも、死んでしまったのかも、わたくしは両方の”かも”を持っている。だから、きっと、そう、終われない」
 うっすらとマダムの目元が揺らぐ。
「残されたものの方がやはりずっと辛いと思いますの。けれど、生かされたことにきっと意味があるのですわ……わたくしは、それに気がつけなかった。憂いでばかりでは何も生まない。どうしてそれに早く気がつけなかったのでしょう。こうして、皆さん立っているのに」
 ふと、全員を確認するように見回して頷いた。
「マダム……」
 続けられたお願いにマダムは静かに首肯した。叶うことなら必ず、と。


 東の空が朝焼けに染まる頃。
「出来た」
 立ち上がった夢路は「もう夜明けか」とスケッチブックを額に翳し眩しげに瞳を細める。
「あれ、マダムは?」
「そこ、です」
 指さされた先を追えば、絵画だ。
「消えなかったのか?」
 恐る恐る問えば皆分からないと首を振る。
「それで、夢路さんは何を描いてたんだ?」
「ん、ああ、これ」
 手元を覗き込んだリューグと皆に見えるようにスケッチブックを開いた。それぞれに零れる感嘆の声に夢路は頬を緩めた。
「ほら、マダム、記念だよ」
 最後に絵の中に鎮座するマダムに向ける。
 ゆるりと細められる瞳。
『ありがとう、ございます』
 音として響いたのか、感情だけが皆に届いたのか定かではない。けれど、満足感と安堵感に満ちた気持ちは染みてきた。
「片づけましょうか?」
 切り出した由真の言葉に皆同意するように振り返る。
 けれどそこには何もなかった。椅子もテーブルも何も。新芽が延びてきたばかりの芝が朝日にきらきら輝いているだけだ。
「これはこれは」
 ジェーンがにやりと笑みを深めると「こっちこっち!」とユーカリが声を上げた。
 マダムしか描かれていなかった絵の中に、いつの間にかもう一人。マダムは絵の中で立ち上がり彼の腕をとり、背景として描かれていた屋敷に向かう。

「遅くなって悪かったね、寂しくなかったかい?」
「大丈夫、皆が楽しませてくれましたの。とても良い子で待っていましたのよ。ああ、貴方にお話ししたいことが沢山ありますの……本当に沢山……」

 嬉しげなマダムの声が聞こえてくるようだ。
 途中で、紳士は足を止めるとふと振り返り被っていた帽子を軽く持ち上げて一礼すると再び歩き始めた。
 二人が居なくなるまで誰一人微動だに出来なかった。
 次にその額を飾るのはきっと最後のお茶会メンバーの思い出だろう。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
Full Moon Tea-Party・
春永夢路(ja0792)

卒業 男 ダアト
歩く目印・
リューグ(ja0849)

大学部9年309組 男 インフィルトレイター
語り騙りて狂想幻話・
ジェーン・ドゥ(ja1442)

大学部7年133組 女 鬼道忍軍
絆繋ぐ慈愛・
テレジア・ホルシュタイン(ja1526)

大学部4年144組 女 ルインズブレイド
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
W☆らびっと・
逸宮 焔寿(ja2900)

高等部2年24組 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト