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静閑なる博物館。
人払いを完全になされたこの場所はそうあるべきだ――
「剥製館で一台停車。それで最後です」
玄関フロアにて、待ち伏せていた祁答院久慈(
jb1068)は、耳にしたイヤホンから聞こえてくる仲間からの報告をセラフィナ・ヒューリライネン(
jb2576)へと伝える。
こくりと頷いたセラフィナは、近づいてくる音にタイミングを合わせるように息を潜める。
――3、2、1、
「今です」
ぱんっと光の翼を展開。セラフィナは上昇し、乗車しているテディベアを捕獲し更に上昇。
併せて久慈はびっくり箱を開けるが如くゴーストバレットを放ったが、当たった先は同乗していたもう一体のクマだ。
バコンッと壁に叩きつけられたぬいぐるみは、ぴょんっと跳ねる様に飛び上がり、ちゃっと武器の狙いを久慈へと定める。
そして、突然おもちゃを奪われたクマはご立腹気味に声を荒げた。
「く、くまぁぁぁぁっ!」
ああ、クマだから、くまって鳴くんだ?
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遡ること、半時程前。
今回の参加メンバー全員の携帯電話のアドレス交換時に、依頼主より館内見取り図もデータ転送してもらい、各エリアの広さ位置関係を把握する。
トイレや事務所、廊下等の小スペースは除いて、図の上では正面玄関と特別展示場を真ん中。それを挟むように長方形の広間で繋がっていた。
これらは壁で仕切られていて扉はない(防火扉等は別)
黒百合(
ja0422)は、静かにその画面を眺め担当区域である展示室から玄関フロアまでの最短経路を確認する。
非常灯のみで視界が保たれている廊下。気配はある。そして何よりも全体的に騒がしい。映像からはエンジン音にも聞こえたが、これは恐らく……そして、見通せる場所にディアボロの姿はない。各人顔を見合わせて頷くと、ぱちり……ぱっと廊下にオレンジの明かりが落ちる。もともと場所の性質上、白色電球ではないから淡いものに代わりはない。証明パネルのある位置はマーキングして貰っている。これだけの広さがあるため、各区域分かれていて少しずつ確保していくしかない。
――と、いうわけで
テディベアっぽいディアボロ(以降便宜上クマ)とその他殲滅作戦開始!
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「これは移動無理だよね?」
待ち伏せ班として玄関フロアまで一直線に向かった久慈は、投擲の材料となりそうなものをフロアから移動させていて、ふと見上げたものに短く唸る。
芸術作品とはほど遠い
「これは何ですか?」
セラフィナも興味深げに見つめる。前後左右上下まるっと眺めてもとても芸術とは……。
二人の視線の先にあったのは――オーナーの銅像(等身大)
高い場所から威圧的にふんぞり返っている姿は、とりあえず、一番破損しても良いもののように見える。
***
「タダより素晴らしい物は無い。英君、面倒事はさっさと終わらせよー」
ぐっと胸元で拳を握りしめた嵯峨野楓(
ja8257)は、そのままそれを上へと突き上げる。
そんな楓に、ああ、おイタが過ぎるガキ悪魔にゃ、きっちり身体で償ってもらわねぇとな? と前置いて
「サクッとやっちまおうぜ、サクッとな!」
にっと口角を引き上げた英御郁(
ja0510)は、仕切の脇にある照明パネルに触れる。
ぱっと視界が広がった確保された資料館。雑多に物が並び、死角が多い。
「んー?」
すんっと鼻を鳴らすと互いに眉を寄せる。臭い。何の臭いというか。生ゴミっぽい? でも、そこまで強烈というわけでも……きょろりと辺りの様子を注意深く伺いつつ、楓は一歩踏み込んだ。
――ずるりっ
勢いがあったわけでもないのに、片足が華麗に滑って床から離れ、
「わわっ!」
「え、ちょっ、嵯峨野先輩っ?!」
滑る滑る滑る床がっすべ……っ!
ぐっと御郁に腕を引かれ何とかテラテラした床とお尻が仲良くなることは防げた。
体勢を立て直し、ありがとーと告げると御郁は「あっち」というように顎をしゃくる。その先から感じる視線。
『何かあった?』
まだ近くにいた桜木真里(
ja5827)の心配そうな声がイヤホン越しに聞こえ、楓はそっと耳を押さえると
「テディベア一体+α発見」
「+αが多くねぇ?」
発見したクマは、剥製の行進を行っていた。狸、イタチ、鷹、猪、馬、他野鳥類。随分遊んで回っているようだ。
『大丈夫?』
「うん、楽しそうだよ」
返答が見たままになっている。
「ぐぉぉぉんっぐぉん!」
明るくなったことにきょときょとしつつも、左右にぶんちゃか行進しているクマに気を取られていた刹那、背後から爆音が迫った。
「英君、伏せて!」
今度は楓が御郁に頭を押さえようと思ったら届かないから胸ぐら掴んでぐぃっと下へ引っ張る。伏せた頭上を暴走車両がばーんっと通り過ぎてしまった。
「車そっち行ったよ」
「あれ、口真似だな?」
行った方を見て御郁は得心したように零す。エンジンかかってない。クマが自ら音を発しているようだ。
●
連絡を回した先は、特別展示場。
「熊さん、熊さん、どこかしらァ……一緒に遊びましょうォ♪」
とっ、たったったった
黒百合は現在地から対角線上に位置する照明パネルを目指し壁を駆けあがり遁甲の術も併用して気配を消す。展示会場は無駄に広いが車二台分のスペースも空きかなり広く感じた。ところどころ置かれたパーティションには、展示物の説明パネルが掛かっている。
「……?」
非常灯の届かない暗い場所から、鈍い音がごんごん響いている。
それを確認するためにも、身軽に床へと足を降ろした黒百合は、ちらと行動を共にしていた鍋島鼎(
jb0949)の位置を確認。うっすらと見て取れる陰が小さく首肯したのに併せてパネルに触れる。
「はい、分かりました」
楓からの連絡に鼎が頷くまでもなく、迫ってくる車の音は耳に届いた。
正面から突っ込んでくる形を狙うまでもなく突っ込んできた。
……こういうのも蛇行というのだろうか?
ぐぉぉん、ぐおんっと鈍い音を発しながら、上昇下降を繰り返し、きゃっきゃと愉快そうなクマが二体乗車している。
(しかし随分と楽しそうなディアボロですね)
何故このようなことをするのかという疑問を抱きつつも、鼎は冷静にタイミングを計り、だんっ! と跳躍。ボンネットの上に飛び乗ると、そこでようやくクマはこちらに気がついたようだ。
ひゅぉっ! 飛んできたフォークを交わすことなく、挑発の意味も込め、鼎はそれに向けて炸裂符を打ち込む。
ぼんっ! と炸裂した符の勢いにフォークは無力化。とんっとボンネットから飛び降りた鼎に向かって一体は車に乗ったまま、もう一体はそれより少し上空から、ナイフやらフォーク側の消火器などを投擲してくる。
それらを交わしそして弾きつつ、鼎は玄関口へと背を向けた形で誘導を開始。
残る黒百合へと刹那視線を投げると、私はこちらを……というように、首を振った。
先刻響いていたのは、グールがパーティションにぶつかっていた音。前進しか出来ないというわけでもないだろうに、何度も何度も同じように、ぶつかっている。
床に直接固定された壁はその勢いに揺らぎ、今にも倒れその後ろに停車している車に当たりそうだ。
黒百合はライフルSR-45に持ち変えて、グールへ向けて
――キュゥンッ!
牽制射撃を行う。
グールは左耳をかすめた音に顔を上げ、黒百合を見据えると、濁って闇が落ちたような瞳を眇めた。
そして、すぅっと大きく呼吸するように顎を上げ、そのまま
(……あらぁ? 攻撃的ねぇ)
ふ……と瞳を細めた黒百合に向かって、ゴォォォッと一直線にブレスが吐き出される。
ここは展示場、車以外に貴重なものは見あたらない。黒百合はそれを横へ跳び退き交わすと、側にあったパーティションが音を立てて凍てついた。
「展示場、氷結系グール発見ですよぉ。玄関へ誘導開始しますねぇ」
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「あるひ♪ やかたにて くまさんを おいまわす♪」
剥製館では物騒な歌が響く。
「はくぶつかーんーのーなーかー くまとぐーるをたおすー♪」
ひょっこりにっこり、巨大なクマの剥製の間から顔を覗かせた飯島カイリ(
ja3746)に真里はくすりと笑みを零す。
ここは大小個体差のある物も無造作に並び、ガラスケースには虫ピンで押さえつけられた標本の類もある。小さな物を探すには骨を折りそうだが、お互い隠れている訳ではない。
「それにしても、ディアボロにもいろいろな種類がいるんだね」
(あとは、テディベア一体とグールが一匹見つかってない、か。ということは最後のクマは車に乗ってる可能性が高いな)
仲間から受けた報告を脳内で整理していた真里は、ふと臭気が強くなったことに足を止める。
「酷い臭いだな……」
「桜にぃ、あっちから車くるよー」
思わず真里が顔をしかめたところで、廊下へ顔を出したカイリがぶんぶんっと笑顔で手を振った。
真里は一時臭気の原因を探ることを中断。カイリの側に歩み寄り向かってくるクマに備える。
すぅぅっと辺りを柔らかな霧が包む。
眠りを誘うゆったりとした霧は、走り込んできた車ごと包み込んでしまう。
直前まで、ぶるるんぐぉぉんと聞こえていた音が、ふ……と消えた。
ズンッ!
重たい振動が響き足下が揺らぐ。
「大人しくしててね」
落ちた車には、動きを止めたぬいぐるみが転がっている。目測を若干誤って、クマが熊の剥製を轢いているが……壊れてはない、はず。
そっと真里はクマに近づき抱き上げる。時間的猶予はあまりないだろうが重ねれば少しは……。
「桜にぃ」
慎重に事を運んでいた真里に、明るいカイリの声が掛かる。
「ぐーるさんとーじょー♪」
ずっず……っと引きずる音と、時折ぼとんっと鈍く弾けるような音がする。真里が警戒しなければと気に留めていたものだ。
「……」
とりあえず、息を呑む光景だろう。
グール色々ギリギリだ。引きずっている片足は膝から下の骨が露出し、自らの肉が尾を引いている。
時折、頬から滴るのは文字通り血肉。
ぷすぷすと焼け焦げた嫌な臭いがするのと、頬に穴でもあいているのか呼吸するごとに、フシューフシューと炎が漏れている。
――剥製館は一瞬にしてホラーハウスとなった。
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「うおっ、ちょ、テメェ……分かって投げてきてんじゃねーだろうなっ?」
ぱしんっ、ぱしんっ!
御郁の右手には白鼻心の剥製が、左手には鹿の頭が……そして、
――がふっ!
顔面で華麗に弾いてしまったのは、今まさに飛び立たんとする瑠璃鳥だ。
「英君。ナイスアシスト!」
弾き上げられた剥製を受け止めた楓はにこり。が、次の瞬間には
ぽとり。
片翼の天使もとい鳥になってしまった。
「あわわっ?! せ、接着剤!」
「お、おぅ、せ、接着剤で、くっつけりゃ直る、よな」
直るよ。何の確証もないがお互い力強く頷く。
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そして、冒頭に戻るわけで――
ガシャンッ
操縦主を失った車はそのまま垂直に落下。玄関まで車を誘導してきた鼎は、それを避けるように跳び退いた。壊れていないことを祈ろう。
「グールがすぐに追いつきます」
鼎が発したとほぼ同時に、黒百合に誘導されてきたグールが玄関フロアに姿を現す。
「――……っ!!」
刹那、それに気をとられた隙に上空から赤い雫が落ちる。はっと見上げるとグリーンチェックのクマが赤く染まり手にしていたフォークとナイフから朱色が滴る。
「大丈夫、掠り傷です」
暴れたクマボロからフォークとナイフを頂戴したセラフィナはそういって微笑む。
降りて傷の確認という暇までは与えられない、次々と仲間が駆け込み同時に敵も追い込まれてくる。
グール二体はここに辿り着くまでに弱体しているように見える。
「ブレス吐く度に、ぼろぼろ色々落としてしまわれたんですよぉ」
黒百合が説明を付け加えた。
流石野良ディアボロ。というか、捨てられた感が否め無い。ちょっと同情しそうだ。けれど、彼らはフルボッコ決定なのだ。
真里の援護を受け、それぞれ流れるような攻撃が展開される。
「……く、まぁ……」
天井からの黒百合からの重なる狙撃に丸い耳が、綿がたっぷり詰まっていそうな腕が飛ぶ。
昔のホラー映画を彷彿とさせるようなシュールさが漂う。
観葉植物に至るまで久慈たちが片づけてしまっていた為、跳んでくる物はフォークとナイフがメイン。しかし、フォーク等底知らずなのか大量に跳んでくる。
「くまさん、ボクに攻撃したのは、間違ってなぁい?」
足下に刺さって揺れるフォークをちらと見、クマを見据えてカイリはにっこり。
微塵も動じることなく銃口をクマへと向ける。
ガウンッガウンッ
衝撃に後ろに弾き飛ばされながらも反撃とばかりに、ナイフが投擲される。
軌道の読みやすい攻撃だ。避けるに問題はなく、カイリの髪を僅かに揺らすに留まった。
「とりあえず火葬だよ!」
口にしていることは物騒だが、スタンエッジで足止めされた一体に御郁の迅雷が直撃。
ぷすぷすと煙が出たところで、幻狐焔攻めの一手。
楓から放たれた炎の塊は狐の形へと成り代わり、クマを食らう勢いで襲いかかった。
リア充相手にバイトとかあり得ない! 是が非でも勝利を勝ち取らなくては! 楓の執ね……いえ、敵殲滅への思いは強い。
久慈から放たれた純白糸の直撃を受けたあと、止めとばかりに鼎が炸裂符を放つ。
鼎の手の内から放たれた札は小爆発を起こし……掃除が大変になった(物損ではないので無問題)
残すはクマ一体。
バシュッ! 黒百合から狙撃と、セラフィナからの攻撃を受けたクマはふわふわっと宙を舞い
「くまーーっ!」
怒り爆発! 多分。見た目からは愛らしさしか伝わらない。
放置された状態になっていた車が、勢い良く飛び上がり、ごぅっと風を切る勢いで投擲される。
その動きを押さえるべく、久慈は純白糸を放ち、楓は不動金縛を発動。しかし、間に合わない。残りの仲間の攻撃が、クマボロに止めを指すと同時に……。
ゴ……ッ
速度は落ちたが車は急には止まれない。そのまま障害物へと突っ込んでしまった。
ごろりと、てっぺんのものが転がり落ちる。
きっと、これは……この建物の中で一番壊れても良い物のはずだ――
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「お疲れ様でした」
惨事があった様子は伺えるが、みながほぼ無傷でそこに立っていることに安堵する。
室内と現地までは同行していた常盤の顔を交互に見て、不安そうにする生徒に微笑む。
「パーティー楽しみましょうね?」
わっとメンバーに鋭気が戻った。
そして、勢い良く駆け寄ってきたのは
「先生ー私だー!」
「はい、嵯峨野さんです」
「サイン下さーい!」
差し出されたのは常盤自身のブロマイド。学園支給品籤にあるものだ。
え、と常盤は息を呑んだものの見上げてくる楓は本気だ。だとすれば、この程度のお願い叶えないわけにはいかないだろう。
「何語で書けば良い、ですか――?」
僅かに頬を染めマジックを握る常盤と、その奥では
「わ、私の首がぁぁぁっ!」
オーナーの悲痛な叫びが響いていた。