●みかん捜索隊結成
吹き抜ける風はまだ冷たいものの、空から降り注いでくる陽光は暖かく穏やかだ。
本日も晴天。探し物日和。
「―― ……というわけで、集まってくれてありがとな」
高等部特別教棟横に広がる中庭の一角に六人は一度集まった。その面々を一巡して頷き礼を告げる。
「猫探しなら、昨日探偵ドラマを見てきた知夏にお任せっすよ♪」
いって胸を張り快活の良い笑顔を見せてくれたのは大谷知夏(
ja0041)だ。
そんな彼女に、頼もしいなと微笑み今回の猫探し、他一件を依頼として持ち込んだ男子生徒は、手にしていたファイルをぱらぱらとめくりつつ説明を続ける。
「資料として頼まれていたペンダントの形状なんだけど、フツーのヤツという説明だったから入手経路辿って、ネット通販の商品ページを印刷してきたんだ」
これこれ。と目的のものを見つけて、ファイルから取り出すと全員に一枚ずつ配る。
『写真』
「ん? ああ、猫の写真も一応貰ったよ」
その中の一人、更科雪(
ja0636)がおずおずと差し出したホワイトボードの文字に頷く。
「ありがと、それで、こっち何かな?」
配られた紙にさらりと目を通して頷き、ふわりと地面に届くほどの長い髪を揺らし、男子生徒の足下にあったクーラーボックスの前にしゃがみ込んだのはミーミル・クロノア(
ja6338)だ。
「それは冷凍蜜柑。シャーベット状くらいになっているのが好ましいらしくて……その状態で準備した。一応それ愛媛のブランド蜜柑真穴だ。お約束でそれ以上は溶けないから、いや、理由は聞くな。ただの蜜柑に成り下がることはない。あと、外に出すことを全く想定していなかったらしく、マイクロチップなどによる迷子札ももちろん付いてない」
最後そう付け加えられた台詞に、ぴっこ(
ja0236)は「ざん、ねんなーの」と腕の中にいる山羊蔵さんを抱く力を強めた。
そしてまずは、各人の携帯電話に猫の写真を送って校舎内・校舎外二手に分かれて捜索することになった。依頼斡旋をした生徒はその場にとどまるから、何かあったときの集合場所と連絡を宜しくとにこにこと手を振って彼らを見送る。
●校舎内捜索組
「先ずは、目撃情報のあった地点を探すのが基本っすよね!」
「うん、そうだよね。知夏ちゃんはその目撃情報を当たるんだよね? 私は、そうだな校舎内と校舎沿いの茂みを探してみるよ」
「分かったっす! 何か発見したら即連絡するっすね!」
「うん。ありがとう。私もそうするね」
元気よく両手を振って廊下を走っていった知夏を見送った天谷悠里(
ja0115)も、まずは校舎内捜索に取りかかった。
「でさ、」
「ああ、もう、参るよな」
駆け上がった二階の一室から人の声が漏れているのを聞きつけた知夏は「事件の匂いがするっす!」と喜色を浮かべ、ばんっと教室のドアを開け放つ。
「失礼するっす! 迷い猫に関しての情報提供とかをお願いするっすよ!」
特に何かの目的で使われている風ではない、空き教室で話をしていた生徒二人が、知夏の乱入に驚きつつも、猫という単語に反応した。
「猫? 猫ってさ、白くて耳と尻尾が灰色っぽいやつ?」
「そうっす!」
これっすよ、と携帯電話のディスプレイに表示させた猫の写真を見せると生徒二人は顔を見合わせ渋い顔をした。
「これ見ろよ、その猫がやってくれたんだよ」
「俺の嫁だったのに!」
フィギュアが破壊されてしまったというのはこの教室で起きたことだったんだろう。気の毒に美少女フィギュアは、前髪が落ち背にあったのだろう装飾品が破壊されていた。
「ここで俺嫁同好会を作るつもりだったんだ」
一部受けはしそうだなと思いつつも、今はそこが問題じゃない。食いつきたい気持ちを抑えて話題を戻した。
「ところで、その猫どっちに逃げたっすか?」
「追いかけたら、廊下の花瓶を破壊して、少し空いていた扉から逃げ込んだ音楽室に追いつめたんだ」
そこまで口にして、もう一人にお前が言えよと小脇をつく。小首を傾げた知夏に、言い辛そうに続けられた。
「ちょっと俺も興奮してて、その……上履き投げたら窓が割れて、さ、そこから飛び出しちゃったんだよ、な?」
ごにょごにょと答えれば、もう一人が頷く。
「逃げたみたいだったし、猫だから怪我とかしないだろ?」
もう随分教師にでも絞られたのだろう、どことなく落ち込んでいる姿に、知夏はにこりと笑って
「分かったっす! 情報提供ありがとうっすよ!」
と、その場を後にした。
●校舎外周捜索組
「にゃんにゃー?」
細い声でそう呼ばわりつつ手には棒に刺した冷凍蜜柑が握られている。本当は、腰から磁石をぶら下げるつもりだったのに、ペンダントはプラチナ製だった、磁石の効果が望めそうになくて断念した。
「おねちゃ、にゃんにゃ、みなかたなーの?」
そして、すれ違う高等部の生徒に聞き込みも行ったが、どれも白猫とペンダントの特定には至らなかった。
―― ……ぴっ
丁度そのとき数名からメール連絡が入ったけれど、目新しい収穫はないようだ。ぴっこも同じような結果をメンバーに送信して一息。
「みつ、からない、なの……」
『猫さん猫さんどこにいる〜?』
がさがさと、茂みから頭を出した雪の担いだプラカードには、『この猫探しています』の文字と携帯電話に転送してもらった猫の写真を拡大印刷したものが貼ってあった。
「この猫、校舎内走り回ってた仔だよね」
「居た居た。いきなり窓からダイブしたから驚いちゃった」
校舎外周の植え込みに頭を突っ込んで探していると、上からそんな会話が聞こえてきて雪は曲げた腰を伸ばした。
「猫、みた……?」
はらりと葉っぱが頭の天辺に載っかってしまって居るのも気にせずに、問いかける雪に高等部の生徒はうんうん。と頷いたけれど、結局その後は窓が割れたから騒ぎになって猫の行方は分からないということだった。
ふぅ。
鈴木紗矢子(
ja6949)は、各所でしゃがみ込んだり覗き込んだりして、少しだけ固まった身体を伸ばす。
寮生活といっても一人暮らしみたいなものだし、きっとそこで生活をともにしているみかんちゃんは家族みたいなもの。凄く心配していますよね……。早く見つけて上げたいのですけど……。
つい先ほどまでのぞき込んでいた壁と壁の隙間を見つめて、短く息を吐く。ポケットから携帯電話を取り出して、メールを確認。芳しい内容のものは見あたらなかった。
ペンダントも見あたりません。
嘆息しかけてそれを飲み込むと、頑張らなくてはいけませんね。と
「みかんちゃーん。どこですかー?」
の台詞に変え紗矢子は猫の捜索を再開した。
●迷い猫か野良猫か、多くないか?
―― ……ぴっ
「収穫なし、か」
冷凍蜜柑を一つ手にして皮を剥きパクり。
きんっとくる冷たさにきゅっと目を閉じて、報告待ちをしていた男子生徒は、ふわぁと大きなあくびを一つ。携帯電話に届く報告も発見にいたっている様子はない。
この広い学園内で猫の仔一匹見つけるのはやっぱり難しいか、せめてペンダントくらいは見つかると良いのになぁ。
蜜柑の入っていたクーラーボックスにもたれ掛かって一眠り、と思った矢先。みかんちゃーんと呼ばわる声が聞こえ、三方向から三人が集まってきている。
ぴっこに紗矢子に雪だ。
そして、その三人が三人して、下しか見てない。あのままではぶつかるなーとのんびり見守っていたら……。
「わ! なの」
「ひゃ」
「きゃっ」
どんっ! と予想通りぶつかった三人は芝生の上に尻餅を付いてしまった。
「大丈夫かー?」
少し離れたところからひらひらと手を振って問いかければ『大丈夫』のプラカードが振られた。
互いに顔を見合わせた、三人が苦笑して再開しようかと立ち上がりかけたところで、がさりと側の木が音を立てた。
ぐんっとたわんだ枝から、ぱんっと葉っぱが弾かれて数枚ひらりと落ちてくる。
三人が慌てて見上げるとミーミルが伸びた枝々から他の木に飛び移ったところだった。
「あたし、もう少し木の上探してみるね? それから、その仔たちをお願い」
眼下の三人にそれだけ告げて、手を振るとミーミルは身軽にまた他の木に飛び移る。
その仔たちの部分に三人が首を傾げたところで、にゃー、にゃん、にゃう。と猫の鳴き声が複数……ハーメルンかと突っ込みが居ればそういったことだろう。
メンバーが困惑している様子をちらと見たあと、
ごめんね。ネコさんたちと三人とも。でもあれだけネコさんが出てきたのに、みかんちゃんが居ないってことは、独りぼっちだろうな。早く見つけてあげないと……。
そう気持ちを切り替えてミーミルは木の上を渡った。
●みかんちゃん発見。
高等部:特別教棟屋上。
悠里は、身の丈より高いフェンスにしがみついて、んーっと額の高さに片手を掲げて目を凝らす。他の建物より特別高いというわけではないから、十分に中庭全体が見渡せるし、個を識別することも可能だ。
「あ、電話」
『もしもーし、悠里ちゃん先輩今どこにいるっすか?』
とんっと柵を固定しているコンクリートから降り、尚眼下を見下ろしつつ電話に出ると知夏だった。
「屋上だよ。ここから何か見えないかと、思って……」
『そうっすか? 知夏は外周班に加わろうかと思ってるっすよ』
「うん。私もあとで降りるか、ら……あ、」
頷きつつ、吹いてきた風にきゅっと目を閉じて次に開いた瞬間それは光った。
『どうしたっすか?』
「一カ所。木が光ったよ! 何か反射したみたい」
悠里による屋上からの案内で捜索隊メンバーは集まり、中庭の一角にあった一本の巨木を見上げていた。
「にゃ、いた、なの」
ぴっこの腕には山羊蔵さんと既に猫一匹。
『本当』
雪の腕にもプラカードと猫一匹。
「みかんちゃんに間違いなさそうですね」
携帯電話の画像と頭上高くで伸びている枝の先の方で震えている白猫を見比べて、頷く紗矢子の腕にも猫一匹。
「みかんちゃんより、上の枝で光ってるの、きっとペンダントだよね?」
「謎は全て解けたっす! 一度勢いでペンダントが引っかかっている天辺まで登って、そのあとあそこまで降りたところで、我に返ったっす! ……ところでその猫はどうしたっすか?」
ぴしりと、白猫に指をつけたところで、ふと、知夏は側の三人を順番に見た。足下にももう一匹居る。
「ごめんね。それあたしだよ。みかんちゃんを探してたら、他のネコさんが集まって来ちゃって」
「のら、なの……迷子、のて、なかたなーの」
託されてここにくるまでの間にぴっこたちはネットの迷子猫情報系の掲示板を当たって見て、この仔たちの捜索願いが出ていないことを確認していた。
「どうしましょう。震えてますね。ペンダント回収は後で出来るにしても……」
紗矢子の台詞にメンバーは、うーんと唸る。
白猫が居る場所は五メートルから七メートルの間くらいの高さの枝だ。体重の掛け方を誤っただけで落下してしまいそうだ。
二階から降りたときは勢いもあっただろうが、今の状態で自力で降りると言うことは不可能だろう。
「あたし、いってみるよ。怯えてるから声が届くか分からないけど」
もしものときはよろしくね? と微笑んでミーミルは一番手近な木の枝にぶら下がり、ひょいと飛び上がった。
「これもどうぞ」
猫大好き悠里は既に足下にいた猫を抱き上げ、空けた手で何かをぽんっとミーミルに投げた。ぱしりと受け取ったミーミルの手にあるのはもちろん、冷凍蜜柑だ。
「みかんちゃん……良い仔ね。大丈夫だよ……」
「みゃぅ……ぅ……」
ミーミルの声に白猫が首を僅かに動かしただけで、枝がたわむ。
ごくりと全員が息を呑んで見守った。
「ほら、大丈夫。蜜柑あるよ? 好き、だよね。ゆっくり、こっちにおいで……大丈夫。もし、があっても下でみんなが受け止めてくれるから……怖くないよ。おいで」
優しく誘われ、差し出された蜜柑の香りに、鼻先をひくひくと動かしぴんっと伸びた髭が揺れる。じわりと前足に体重がかかり、そぉっと一歩前へ。けれど、またそこで枝の揺れに怯えて止まってしまう。
「そう、上手だよ。大丈夫だから、ほら、もう少し」
ミーミルは腕を目一杯のばし説得を続ける。ちらと下を見ればみんなが心配そうな顔で見上げている。
ゆらりとバランスを取るように上向いた尻尾が揺れる。ゆっくりともう一歩、
―― ……ガリッ!
爪が枝に引っかかりバランスを崩してしまった。
小さな身体がどんっと枝に落ち、ずるりとそのまま…… ――
慌てて手にした蜜柑を放り投げて、猫を掴もうとした腕は空を掻いた。
場の空気が一気に凍り、どんっと激しい音が響く。
「みかんちゃんっ!」
悲鳴のような声が響く。誰の声か分からない。
「……無事、っすよ……」
全員が白猫救出に身を乗り出した。
誰が上で誰が下か分からない。器用な野良たちはその被害から逃げ出して、うろうろとその周りで様子を見ていた。折り重なった彼らの上で、白猫は「みゃう」とはっきり鳴いた。
そして、自分の足で、とっと地面に付き連絡を受けて駆けつけた飼い主の元へと駆け寄りその腕に抱かれる。
「ありがとうございますっ!」
膝に頭がつくのではないかというほど、腰を折って礼を告げる飼い主に、五人はそれぞれ離れて芝生の上に座り込むと、安堵の空気に包まれ誰ともなく笑いが溢れてきた。
見上げれば、ミーミルも「良かったね」とひらひら枝の上からほっとした笑顔で手を振る。それに続く形で、
「良かったっすね!」
「よかたなーの」
「怪我はないかな?」
「見つかってほっとしました」
『良かった』
にこやかに、そう協力してくれた面々に告げられて、女生徒は何度も何度も頭を下げ、お礼を繰り返したあと、数日行方不明になっていた猫の健康状態が心配だと恐縮しつつも足早に帰路についた。
残されたのは、お礼にと残された冷凍蜜柑とこの辺を根城にしていた猫数匹。
これはこのままここで休憩をとれといわんばかりの状況だ。
「ペンダントも回収完了だよ」
とっと木から降りてきたミーミルの手に握られていたペンダントがキラリと光る。
開いたままになっていたペンダントトップには、レミエルが無表情な顔で収まっていた。