●花カフェへようこそっ!
中庭の一角。
アーチ型の門、その両脇には美しく飾り付けられた花人形それを潜ると花園が広がっていた。
華やかな花時計を中心に、円卓が並ぶ。
中央付近に、たわわに実を付けた柿木が鎮座しているのだけど、中庭にあんなものあっただろうか?
そんな疑問を抱きつつ、ふらりと生徒は足を踏み入れた。
そして、迎えた店員は恭しく腰を折る。そう、ここは花の憩い場。休息所。
さあ、貴方もその羽休めては行きませんか?
園芸部(品種改良専門)主催:花カフェ本日オープンです。
●花カフェ準備:飾り付け
花売りの少女の如く、園芸部平部員:柳原が引いてきた荷車には四季折々の花が詰まっていた。
「基本の花はここに。他に希望があれば育てます。飾り付け先の土台は出来てるので、お願いします」
ぺこりと頭を下げる。
それでは、と立ち去ろうとした柳原を、ちょいちょい。
「部長さんに分けて欲しい薬があるのですが」
そう耳打ちしたのは一条常盤(
ja8160)
「――はい。それに必要な量ですね……分かりました」
頷いた柳原は、ガラケーで連絡を取りつつ部室棟の方へと消えていく。
「マーガレットに、かすみ草。薔薇……色は白も、ありますね」
大量の花の種類を簡単にチェックした雪成藤花(
ja0292)は、自身が予定していた花が揃っていることに小さく頷き、頬を緩めた。
白を中心としたウェディングドレス風の花人形を目指す。
許可された区域の中央には、円形の花壇と中央には針・文字盤、骨組みだけの姿で置かれた時計及び、白地のドレスを纏ったマネキンがある。
「あたしらは、花時計を飾り付けいたしますよぃ」
言った氏家鞘継(
ja9094)に、こくんっと頷いたのは久遠寺渚(
jb0685)。
渚は、このカフェを成功させるために集まった人数の多さに、若干人見知りを発揮させ頬が赤らんで恥ずかし気だ。
「あたしも手伝うよ」
にこりと花時計に向き合った渚に声を掛けたのは、高峰彩香(
ja5000)渚たちがイメージする仕上がりを聞き、
「じゃあ、中央に向けて高低差を付けるともっと良いんじゃないかな?」
鞘継が持ち込んでいた大量のオアシスを一つ持ち上げて、こんな風にと土台を作る。
「見入ってもらえるぐらいのを目標としようか」
にこりと重ねた彩香に渚もこくりと首肯した。
「人形の方、お手伝いします」
伊那璃音(
ja0686)も歩み寄る。手には既に色とりどりの花が抱えられていた。
「氏家さんは、どう飾る予定ですか?」
にこにこと問い掛けられ、鞘継も渚と予定していた案を璃音に説明する。
それを聞いた璃音は、尚笑みを深めて頷いた。
「私も四季のそれぞれのお花を飾った四体を用意してはと思っていました」
順調そうなそれらの作業を見て、常盤は先にテーブルセッティングへと回る。
各テーブルにもアレンジメントを用意。
給仕係が配置を覚えられるように、それぞれメインの花を変えて、テーブル中央に飾ることを考えた。
「覚えやすい花がいいですよね。んー……コスモスとか、バラとか?」
●花カフェ準備:調理編
「申し訳ありませんが、試食会をしている暇はないので、即調理に取りかかって下さい。あと、必要材料を買い出しして下さった方は後ほど、レシート等提出願います。きちんと払い戻しさせていただきます」
調理室のホワイトボードの前でそういったのは園芸部苦労人会計だ。
「あの、カモミールの花とペパーミントの葉をいただけますか?」
穏やかにそう告げた御堂玲獅(
ja0388)に、会計は頷き
「生も乾燥したものもどちらも用意可能です」
その他も、鴉乃宮歌音(
ja0427)希望のハーブ類をメモして足早にその場を後にする。
あの様子なら直ぐに戻るだろう。
各自、下拵えへと移った。
「お待たせしました」
早っ!
誰が突っ込む暇もなく、ほぼ会計と入れ替わるように入室してきたのは草加部長――会計とは出会わなかったようだ。
両手に沢山のハーブやら、怪しげな色をした瓶やらを持ち込んでいる。
そして、平台の上にそれらを置くと室内をぐるりと見回しにこり。
「使いそうなハーブと薬を揃えてみました。左から、眠り薬、即成長薬、惚れ薬、気付け薬、それから……」
うん。
ハーブの説明をしてください。その思いが通じたのか、草加は「ああ」と思い出したように続ける。
「アッシュさんは、所用で少し遅れるそうです。開店後の調理場には入れるような感じでしたよ」
と、アッシュ・クロフォード(
jb0928)の不在を告げた。
―― バサリ
と白衣を着込んだ歌音は、
(折角ハーブが使えるのだから利用しない手はなかろう)
レモンやローズ系数種のハーブ他を選び取り、葉は洋酒に浸す。
ふんわりとアルコール特有の香りに、清涼とした香りが混じり柔らかくなる。
先に秤に掛けておいた粉類を篩にかけて、とんとんとん……
サラサラとボウルの中に舞い落ちる様は粉雪のようで美しい。
同じような作業を隣で行っていたのは、鷹司律(
jb0791)。
共に作業を行う、玲獅が準備するペパーミントティーに合うだろう、チョコケーキをチョイスした。
簡単に量産できるホットケーキミックスを使ったものだ。これなら、少しくらいの大人数にも直ぐに対応できる。
片手鍋の中に小器用にチョコを削り入れバターと一緒にして、火にかける。
焦げ付かないように少しだけ火から距離をあけてゆっくりと……とろりとチョコレートが溶けてバターと絡み、甘い香りがふんわりと上がってきた。
「余分に割りましたからこちらもどうぞ」
「ありがとうございます」
作業の妨げにならないように、そっと隣から玲獅が卵が割り入れられたボウルを差し出す。
玲獅の手元では、着々とスィルニキの準備が整えられていた。
スィルニキはロシアの伝統料理の一つ。
焼きチーズケーキのようなものだ。
玲獅は、カモミールとの相性を考えてこちらもハーブティーとのセットメニューとしてチョイスした。
そんな穏やかな調理室。
その空気を絹を裂くような男の声が……いや、絹は裂かないか。
「うっぎゃあああああ!?」
久遠ヶ原学園七不思議の一つ。
血塗れのエプロン。
もしくは、赤色の水芸。
そんなものあっただろうか? いやない。反語。
「落ち着いてください! 君田さん。貴方は指を切っただけで切り落としたわけではありません」
極論が飛ぶんですけど。あわわっと腕を振る君田夢野(
ja0561)を捕まえた草加はどこか残念そうに続けた。
「治療が簡単な方です」
「ちょ、待ってきみが手当とかしてくれるの」
丸椅子に座らされ夢野はおそるおそる問い掛ける。若干声が裏返っているのはご愛嬌。一時前まで焦りで上気していた頬から赤みが引いた。
「みなさん忙しいですからね」
にこり、返ってきた笑顔が怖い。
にこり、釣られた笑顔が青い。人ってこんなに青くなれるんですね。
「顔色も悪いですね? 陽気にしてあげましょう」
やめて、へんてこな気遣いっ! 夢野の涙目の訴えは通じなかった。
おひとり様は夢の世界へと招かれましたので…… ――
「新メニュー……は、これを……」
夢野の震える拳に握られていたレシピを手にしたのは、風鳥暦(
ja1672)
「久方ぶりの料理ですが……」
(上手くいくのでしょうか?)
後半飲み込んで紙を開く。
・紅葉サマの人参カップケーキ
・トロっとキリっと山芋ステーキ
包丁で指もあっさり切りつけた割には素敵メニューだ。普通の料理ももちろん協力する心づもりのあった暦は、力強く頷いて元気良く!
「君田さんの遺志は引き継ぎます!」
――注:死んでません。
●会場の準備は上々
花時計は着々と飾り付けられていた。
平坦だった土台は円錐系へと盛り上げられ、盤は大まかに四つに区分される。
「悲鳴が……聞こえましたね」
鮮やかな藍色をしたロベリアをドレスのフレア部分に飾り付けつつ、璃音は調理室のある棟へとちらと視線を送る。
「やっぱり、メルヘンな出し物ですのに部員さんたちがメルヘンじゃないですよぃ!?」
「えと、その。ぶ、部員さんがメルヘンじゃないのは、仕様だって誰かがいってました」
続いた、鞘継と渚の台詞に「私ははずして下さい」と会計からの泣きが聞こえそうだが類友だろう。
「冬といえば、やっぱりポインセチアもあって良いんじゃないかな?」
赤い色が鮮やかであるし、冬の代表格といっても間違いではない――まあ、赤いのは葉だけど。助言した彩香に頷き十二時の傍に差し入れられる。それだけで、ぱっと華やかさが増し、メリハリも出る気がする。
文字盤の順を追って説明すると……
十二時から二時の間が冬を代表する花。シクラメン、アリッサム、デイジー等で彩られる。
三時から五時は春の花。パンジー・ビオラ。プリムラにガザニア他、可愛らしい花が添えられた。
六時から八時は夏色だ。キンギョソウ、ゼラニウム、ロベリアなど多数。
九時から十一時は秋を感じさせる花。トレニア、インパチエンス、ウインターコスモス等が添えられた。
その側には同じように季節に彩られたドレスを身に纏う、花人形が飾られた。この中央一角で、四季を感じることが出来る。
「やっぱりドレスは女の子の憧れですからね」
ふわりと頬を緩めた藤花の前に仕上がったのは、純白の人形。
ボリュームを出したい部分には丁寧に白薔薇があしらわれ、レース使いのように見せたい部分には、かすみ草。
その華奢な茎も手伝って、オーガンジーのように見え、透明感が生まれる。
そして何より全体的にドレスを形成する部分に使われた白のマーガレットの僅かな黄色が、まるで光を落としているように清廉だ。
ドレスヘッドの部分に、藤色を差し入れてみて僅かに悩む。
「藤の花が入るとやはり和風になってしまいますかね?」
折角だけれど、今回は我慢と藤花は付け加えた藤を抜き去った。
ラストの席には綺麗に花のついた杏の枝が差入れられた。テーブルのセッティングも問題なさそうだ。
あとは……、と周りを見渡した常盤に柳原が駆け寄った。
「これをどうぞ。樋もこのくらいの長さでいけますかね?」
小さな小瓶と共に、細い樋を差し出した。
「はい、十分です」
それらを手にした常盤は、開店準備に入ったみんなをちらと見つつ、花時計に歩み寄った。
手製なのか分からないが、このくらい細ければ時計の美観を損ねることはないだろう。
●万事宜し
調理室から甘い香りが、ほんの少しだけ冷たい風に運ばれてくる。
開店時間は着々と近づいていた。雑用をしてくれていた給仕班もそれぞれ、着替えなどを済ましはじめる。
「えと、これで、大丈夫でしょうか……?」
普段和装。洋装と言えば、制服しか着たことのない渚は、今回園芸部から提供されたメイド服を着用し、その完成度が全く分からない。当然のように不安げな様子だ。
「服に合わせて髪も編んであげますよぃ」
どこからともなく、するりと櫛を取り出したのは鞘継。もちろん彼も執事服。同じく普段は和服を愛用しているがちっこい(寧ろそれはプラスに働きそうだ)ことを除けば見目はばっちり。似合わない訳がない。
さぁさぁと側の丸椅子を引っ張りだして、お願いしますとぺこりとした渚を座らせる。
目の細かい櫛を通すとさらさらと艶やかな黒髪こぼれ落ち光を泳がせた。
鞘継の手によって、渚の髪は器用に丁寧に編み込まれて行く。
大人しくされるままになる渚の注意がこちらにないことを確認して、鞘継は側に置いておいた花も一緒に編み込んだ。生花の髪飾りはふわりと甘い香りを立ち上らせる。
「良い香り、しますね?」
「この区域全体花だらけですからねぃ」
さらりと応えられて、渚は直ぐになるほどと頷いた。
「出来ましたよぃ」
(我ながら綺麗に出来ましたよぃ)
ふふりと口角を引き上げた鞘継に、渚は小首を傾げたが直ぐに笑顔に戻って礼を告げた。
「わ……ホントだ全然違う」
歌音に聞き酒ならぬ。聞きハーブティーを求められ、給仕担当である自分はアイデアのみを提供して手の空いたカタリナ(ja51119)は、手にしたティーカップの中身に驚いた。
一つは、調理室で使用される調整水。もう一つは、歌音が持ち込んだ天然水だ。
たかが水。されど水。
特にハーブティーは香りとコクが命。水一つとっても疎かにしないことが、要だ。
「ちょ、部長。何やってるんですかここの担当じゃないでしょう」
「いえ、カタリナさんに『アレンジなどはお任せしますね』と頼まれたので」
会計は鋭い視線で調理台を睨みつけた。ステンレスの台にのっかっているのはピンクの薔薇の名を持つイスパハン風ジュレだ。
鮮やかな赤と桃。層の間にあしらわれた白が美しい。
見た目は芸術的だ。
「ひとつだけ特別可愛く仕上げただけですよ」
―― がんっがつんっ
まな板まで割ってしまいそうな勢いだが、全勢力を傾けて暦は食材と向かい合っている。
「……包丁より今持ってる武器で切っちゃだめかな?」
ぽつと零した一言を誰も拾わなくて良かった。
普段それで何を切っているか是非思い出してください。どう上手く洗浄しても、気分的に、ねぇ?
●さあ! 開店です。
中庭に持ち出されたティーワゴンに、簡単な作業テーブル。これらも美しく咲き乱れる花で飾られている。
もともと中庭に植樹されている紅葉木からすると、色とりどりの花が咲き乱れるこの一角は、浮いていると見えるが、それもまた客寄せ効果があるだろう。
「ふふ、すごく華やかなカフェだね」
約束の時間帯に集まってきた給仕担当者も揃い、それぞれ控え室(調理室隣の倉庫)にて順番に着替えをすませて庭へと出てくる。
「よく似合っているよ、みらい」
先に外で天音みらい(
ja6376)を待っていた桜木真里(
ja5827)は、みらいの姿を見つけると招き寄せ、自身からも歩み寄りその立ち姿を誉めた。
みらいはここへ到着するまで
(久々にお兄さまと一緒だから、少しわくわくします)
と心躍らせていたものの、着替える間だけとはいえ見知った顔がないことに不安を感じていたため、ひどく安堵したような表情を見せる。
そんな妹の姿に真里は柔らかく微笑み、花かごに残っていた花を一輪みらいの髪へと咲かせた。
その笑顔に勇気を貰ったように、みらいの表情も柔和なものへと変わり、ふんわりと微笑み返す。
藤花、璃音の提案により給仕係は胸元に生花で作られた小さなコサージュをつけた。
どれも、メインになる花が違っているので、それで指名してもらうというのもありだろう。
「マキナさんにもこちらをどうぞ」
どこを着崩すこともなく、きっちりと指定のメイド服を着こなしたマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)にも璃音はコサージュを渡す。
短く礼を告げて受け取ったマキナは、緩く編んでいた銀糸をそっと後ろに流して、花を胸元に留めた。
アーチの門に掛けた看板も『close』から『open』へと裏返す。
開店早々はゆっくりとした時間が過ぎていく。
幸いにもここは外だ。
花の香りに混じった菓子等の甘い香りが風に乗って流れる。
ちらほらりと覗きにくる生徒を後押しするように、浪風威鈴(
ja8371)をエスコートしてきた浪風悠人(
ja3452)が庭園へと足を踏み入れた。
「ようこそお嬢様、旦那さま。芳しい花に囲まれた憩いの一時をどうぞ」
胸にプリムラを添えた璃音が招き入れた。まるでガーデンパーティーにでも来たかのような優雅さに、微妙に動きを止めてしまった生徒が居たが、中から聞こえてきた
「うまい!」
を連呼する虎落九朗(
jb0008)の声に、ちょっと気を許したようで、おずおずと数名入ってきた。
いらっしゃいませ! もちろん全力でお相手します。
思ったよりこの単純明快な感想は功を奏したのか、一見敷居が高そうに見えていたカフェを入りやすいものにしてくれた。
「やっぱりこの飯、ハーブたっぷり料理なんだろうか?」
皿を置く音も最小限に止め、左手で静かにテーブルに料理を載せたマキナに九朗は問い掛ける。
「こちらは山芋のステーキになります」
言葉少なに、しかし与えられた情報を確実に九朗へと伝える。
「え、てことは。創作料理?!」
大仰に驚いて見せた九朗に、マキナは折り目正しく「はい」と腰を折り「レベルたけー……」と溜息混じりに口にした、九朗にほんの少しだけ表情を緩めて、もう一度会釈を重ねてその場を離れた。
「ふふふ、どんな美味しい物が出るんでしょう?」
カフェのサクラ。そして新メニューまで揃っていると聞けば、参加しない手はないだろう。
或瀬院由真(
ja1687)は、上機嫌で席に着いた。
「あ、カタリナさんじゃないですか! こんにちはっ」
由真に招き寄せられたカタリナは、笑顔でこんにちはと返す。
「新メニュー、頂けますか?」
「はい、いくつかありますけど、私も考えてますよ」
そう答えられ由真は二つ返事でではそれも。”も”?
運ばれてきた三段トレイには、新商品の数々が並ぶ。
紅茶は、玲獅がブレンドし入れてくれたミルクティー――一杯分ずつ丁寧に小鍋で水を沸かし、火を止めて紅茶とドライハーブを加えて3分間蓋をして蒸らす。そして、ゆっくりと牛乳を加えて沸騰直前まで煮たら紙フィルターで漉して暖めたカップに注ぐ。という行程を経たものだ。
もちろん、セットとして提供するスィルニキも一緒だ。
「これが新メニュー……とても美味しそうです。頂きますっ」
カタリナ案の宝石のような赤いジュレ。暦の作ったカスタードパイなどもトレイを彩るスイーツになっている。由真は、ごゆっくりどうぞと立ち去るカタリナを良い笑顔で見送って、いざ!
●花、いえ、獣耳カフェです
この一角オカシイデス。
夜の香りがしますよ。空は、高く青く晴れ渡っていますのに……。
音もなく流れるような所作で、お日様に煌めくカトラリーを並べているのはバンビ。もとい、貸し出された制服に、鹿耳カチューシャと鹿尾を装備した梅ヶ枝寿(
ja2303)だ。
円卓に着いているのは女性が三名。彼女らは寿が視界に入らないように一点を見ている。
犬だ。
正確には犬耳尻尾に、赤い首輪を着けた冗談のような格好をしたアラン・カートライト(
ja8773)だ。首輪とかどうだろう? 引いて良い、つっこんで良いと思うのに、洗練された所作は紳士的でいて光の粒子を纏い。輝いている。
視覚的に割とリアルに――兎がこっそりスキル:癒しの風まで使って頑張っています。
「レディ」
アランはそう切り出して注意を引くと、テーブルの上に置かれた透明なティーカップに、涼しげなブルーのマウロティーを注ぎ入れた。
「レモンの花言葉を知ってるか?」
問いに生徒は小さく小首を傾げる。それは望んだ姿だったのだろう、アランは、どこか満足気に瞳を細めると
「心からの思慕を、貴方に」
そっと答えを添えて輪切りのレモンをカップに浮かべる。マローブルーにじんわりと桜色が広がる。
わぁっとあがる歓声……。
続けて顔に宛がっていたモノクルを支え、懐中時計をのぞき込んでいた紫ノ宮莉音(
ja6473)を振り返る。
「此奴は魔法使いでな、少し習ったんだ」
話を降られた莉音の頭頂部には兎耳、動きに合わせて揺れた。
「はい、ジェラートはいかがですか?」
前に出た莉音は、ひんやりジェラートをイタリア語の歌を口ずさみながらぐーるぐると練っていく。
ゆっくりじわっとそこから最初に仕込んでいたソースとアラザンが混ざり色が変わってくる。
「本物の魔法は何も加えずに、ほら」
と得意気にアランはウインクを添え、待ってましたと前に出たのは、寿。どこからともなく取り出したのはウエハース。色の変わったジェラートの器に
「こうやってつけて……?」
言うと同時に、中身を掬いぱくり☆
「うまぁい☆」
テーレッテレー♪
え、今、効果音と星が煌めいた気がしましたが……スキル発動かな? 兎さんはとても働き者です。というか、懐かしいCMですね。
けぽっ☆
「お前レディのモノ取るとか大罪だぞ」
「や、だってこれ明らかにテーレッテレーの流れだろ」
「そうかそうか、じゃあ伝統芸に対抗して紳士ルール発動。レディは誰しもお姫様」
「いやアラン、これジャパニーズトラディショナルなんだってマジで。なぁリオン」
あわわっと寿は莉音にヘルプ!
「ビスケットもありますよー♪」
「って、ちょ、ガン無視で接客とか! さっきリオンもネタにのっかってたじゃねーかチクショー!」
「テーレッテレー♪」
乗った風に見せかけて莉音さんこっち向いてくれません。
「因みに、男のモノは積極的に奪え」
にこりとあわあわしている寿の手の中から残りのウエハースを奪い取ったアランはぱくり。
「ああっ!」
「はい、御馳走様」
テーブルは優雅さからかけ離れ明るい笑いが沸いていた。
その声に寿は、テヘペロ☆
「こちらをどーぞ」
ひょいひょいと取り出したのはハートの形のウエハース。
●シュガーポットプリーズ
「メイド……さん……多いし……賑やか……だね」
案内された席に腰掛けつつ威鈴は落ち着かな気だ。
「えっと……オススメと……りんごジュース……」
受け取ったメニューには、色々、本当に色々並んでいるのでそれらに軽く目を通したあと、威鈴は指さしつつ注文を取りに来たマキナに伝える。
同席した悠人はオリジナルとなっていたハーブ入りのパウンドケーキを注文した。
マキナはきびきびとメニューを取り、回れ右。
でも、この二人、二人なのに向かい合わせには座らないんですね? 円卓なのに隣同士。カップル座りですか。そうですか。
「結構賑やかになってきたわね」
メニューを開いていたのは荻乃杏(
ja8936)
「色々あってどれにしようか迷うわね。ん、私はコレで」
「新メニュー、か……中でもオススメって、どれ?」
相席しているのはラル(
jb1743)
その声に丁寧に答えてくれたのは真里だ。サクラ相手なのは承知の上、ほんの少しだけ声を大きく周りにもさりげなく届くように説明する。
「こちらのカップケーキが、今の季節に準えた仕様となっていて見目にも美しくオススメです」
その後は
「店内には四季とりどりの花が飾ってありますので、そちらも見て楽しんでくださいね」
にっこりと王子様スマイルで付け加える。
それを聞きつけた臨席の生徒たちが「こちらもお願いします」と声をかけてきた。
これはサクラ・宣伝成功、かな?
「はい、威鈴」
あーん。と続けられて一口大に掬われたパウンドケーキにたっぷりと生クリームを添えて悠人はフォークを差し出す。
「ぇ……あ、うん」
ふわりと微かに頬を染めつつも威鈴は無防備に口を開き、ぱくん。
口の中で溶けて広がる甘さに、素直に顔が綻ぶ。
「皆には悪いけど、楽しもう」
久々のまったりした時間だからと、微笑む悠人に威鈴もこくんと首肯した。
「たべ……る……?」
そして、代わりに差し出されたスプーンを悠人は遠慮することもなく頬張る。当たり前のことなのに、どこか恥ずかしげな威鈴の様子が愛しい。
「威鈴も」
もう一口と言い掛けた悠人は、ちょっと待ってと手を止めて顔を寄せる。
ぺろり☆
頬に暖かく柔らかな感触があって、同じ場所からちゅっと可愛らしいリップ音が耳に響いた。反射的に肩を跳ね上げた威鈴は、ふわわっと尚頬を染める。そんな威鈴に悠人はどこか嬉し気に頬を緩めて
「クリーム、着いてたから」
にこり。
砂糖漠がっ、砂糖漠がぁぁぁ……
「うん、こっちもなかなか……って!?」
「ん、美味しい……」
別テーブルの杏の前にも試練が。
「杏も食べてみる?」
差し出されたスプーンと、ラルの間を視線は彷徨う。
彼女の皿の上に飾りとして添えられている紅葉と同じく気持ち的には真っ赤だ。
(そーゆー恥ずかしいのは禁止! って言いたいけど、サクラだし、ね。今回はしょーがなくってことで)
物凄く覚悟を決めたようだ。いざっ! と言わんばかりに、ぱくり。
「ん、おいしい。……んっとさ、先輩も食べてみる?」
もう砂糖漠化現象くい止めるのは不可能です(注:こちらは女の子同士ですけどね)
●園芸部だもん
「んー……幸せです」
ふわふわと頬を緩める由真はどこか酔ったようにとろんとしている。人は幸福を感じるとこうなるのだろうか?
「――すみません、追加注文を」
そしてふとケーキ皿から顔を上げた由真は、店内を回っていたカタリナと目があってしまった。それと同時に告げられる追加。
「追加ですか?」
歩み寄ってきたカタリナを見つめる瞳はきらきらうっとり。
「御姉様を、お持ち帰りで」
「はい、私のお持ち帰りですね」
――あれ?
注文を繰り返したカタリナが疑問を感じる前に、ぽすりっ。彼女の腰には由真の両腕が回りすりすりと頬を擦り寄せる。
(え、オカシイこの子そういう趣味でしたっけ? ええと、何かそんなことをやらかした覚えはって、事はやっぱりそういう趣味で)
カタリナはぐるぐる回る思考の中で、はたと行き着く。
『可愛く仕上げただけですよ』
部長がそんなことを会計と……ちらと、由真を見下ろす。可愛く、かわい、く……
「御姉様……」
悦に入ったように潤んだ瞳が見上げて、頬は朱色に染まる。
う、可愛い。
間違ってないが、間違っている。
「ひゃ……っ」
テーブルに出そうとしたケーキ皿を取り落としそうになった、みらいの手を支えたのは真里だ。
「大丈夫?」
とやんわり添えられ、皿は無事に円卓へと上る。
お詫びとばかりに注文した女性客に似合いそうな花と花言葉を添えると、相席していた女性も「私も」とのっかってくる。
そうですね……と真里がやや思案している間に、みらいは今度は失敗しないように他のセッティングも整えた。
「デンファレが似合うと思います。花言葉は可憐」
にっこりと添えられた言葉に、女性二人は互いに顔を見合わせて、きゃあとばかりに微笑む。
そう全て、全て? うん、全てが順調。
目が回るほどではないが、閑古鳥が鳴くほどではない。
カチコチ……と、針は刻まれる。
――カチコチ、カチコチ……カチ、コ、チ……
店の喧噪に誰も気がつかない。
今、中央を飾る花時計は三時を指した。秘密の小瓶は音もなく割れ、ゆるゆると樋を伝い降りる。
ぽちゃん……っ
「なんか、メリメリいってないか?」
最初に気がついたのは誰だろう。
ホントだ、と、客も店員も音の源を探してきょろきょろ。
それはすぐに目に付いた。
花時計の直ぐ脇。一テーブル分位、わざとらしく開いていると思った。
めきめきと地面は割れ、ひょこんっと現れた可愛らしい芽は、直ぐに可愛らしさなんて失い、ぐいぐいごいごい成長した。
大きく枝葉を広げ、あっさり葉が落ち。
ぽこぽこ、ぽこぽこ実が生った。
そこで初めて
「……柿だ」
桃栗三年柿八年は嘘だ。三分かかってない気がする。
「丁度時間は三時です。おやつに柿をどうぞ」
言ったのは、常盤。
最初に幾つか重さで下がった枝から柿を収穫。
ぽん。
あれ?
もう一つ。もぎ取る。
ぽん。
なくなったところから直ぐに新たな実を付ける。何だろうこの無駄加減。
「食べ放題です」
常盤は付け加えつつちらと、視界の隅に部長を捉える。
『面白いでしょう?』
口パク超良い笑顔だ――。
そして、アッシュも合流した調理場で作業していた面々には、直ぐに指令が下った。
柿処理用の新メニューを考案、作成せよ。
●ごちそうさまでした
「―― ……」
(すりすり、ふかふか……ふか、ふ)
「あ、あれ? カタリナさんのふかふか!?」
存分に堪能した由真は、はたと正気を取り戻し、目を白黒させている。
ふかふか……と繰り返し、あわわっと頬を染めその手を放したが、ふかふかだった。
「落ち着きました? ……一緒に”紳士的対応”しに行きましょう」
にっこりと微笑んだカタリナ。
微笑んだ、微笑んでますけど、なんか悪寒が走る。
「ありがとうございました」
まだ僅かに緊張気味な渚に見送られ、杏とラルはアーチを潜る。
四季をまとめた一体の花人形のヘッドドレス部分にあしらわれていたのは桔梗の花。
ラルはちらり見やる。好きな花を見つめる瞳はどこか優しい。そして、少し誇らしげな笑みを浮かべた。
(うん、イイじゃないか。やっぱり悪くないよ)
「あの店、花飾りもイイ感じだったし、ご飯も美味しかった……余裕があれば、もう一度行きたいかも」
「うん、雰囲気もよかったし……また行ってもいいかも」
宣伝作業に余念なく、杏とラルはこの会話を、何度か繰り返しつつ歩いた。
その成果と、目にも鮮やか新しい四季の混在した花々が共演した飾り付け。
本格的なものから、軽いものまで、ある意味何でも口にできるメニューの豊富さ。味の確かさ――たまに何か入りがあったのはご愛嬌。
人で溢れかえるとまではいかないまでも、閑古鳥は飼わなくて済んだといえるだろう。
そんな、花カフェまだまだ開店営業中です。
……さあ、どうぞ、ようこそいらっしゃいました。お嬢様。旦那様……――