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マスター:サラサ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/10/29


みんなの思い出



オープニング


 人は罪を犯すものだから。
 人は悩み苦しみ続けるものだから。
 人は弱いものだから。

 だから、決して怨んではいけない。憎んではいけない。全てを許し受け入れて上げなさい。
 貴女はそれが出来る子だから、貴女はそうあるように生まれたのだから……
 貴女は全てを覆い尽し白に帰す雪のようにありなさい――

 物心ついた頃から、母は私にそう語りかけてきた。きっとそれは彼女がそして父が信じる道だったから――
 母は分け隔てなく全ての命に優しい人だった。不平不満を零すたびに、湖面のように穏やかで綺麗な瞳が私の姿を捕らえゆっくりと諭し私の嫌な感情を許した。

「どうして、お父さんは死んだの?」
 父は撃退士だった。
 逃げ遅れた民間人を庇って殉職した。遺体が戻っただけでも奇跡だと母は礼を言った。けれど、私にはそれは肉塊にしか見えず、生前の父の面影など微塵もなかった。
 逃げ遅れた人が父に死を与えたのではないかとそう思った。
 母は静かに首を振った。誰かを救うことの出来た父を誇りに思い、助かった人の幸福を願いなさいと瞳は穏やかだった。
 憎しみを映さない瞳は何処までも壮麗で何処までも澄んでいた。

「どうして、お母さんは死ぬの?」
 母との二人暮らしも長くは続かなかった。
 天魔の脅威が近づきその余波を受け、避難命令が出た。一度は逃げたのに、それに従わなかった人を説得に戻り、更に他に残っている人はと気遣った母は倒壊した家財の下敷きになった。
 現場は混乱し、誰も母を助けに戻ってくれなかった。
 制止する母の声も届かない程、両手の爪がみしりと音を立てる程頑張ったけれど母を押し潰すそれは動かない。
 胸から上だけが地上に出ていた母は、赤く染まった私の手を包み込み「ありがとう」と微笑んだ。
「どうして、誰も来てくれないの?」
「……みんな怖いからよ」
「お母さんは怖くないの?」
「怖いけど、でも、お母さんは弱いから、きっと誰かを見捨てた罪の重さを背負ってはいけないから」
 息は既に細く、零れる吐息は白く上がる。
 常に穏やかに輝いていた母の灯火が消えてしまうのだと直ぐに分かった。
 それなのに、母は自分ではない誰かの、それも自分を置き去りにした人間の心配をした。
「彼女は私のこの姿が忘れられないでしょう。きっと、苦しみながら生きるわ……」
 可哀想にと僅かな間、美眉を寄せた。

 細かく震える指先が私の頬に触れる。
 その手を取って、頬を寄せた――

 じわりと、スカートに赤が染み込む。
 膝に暖かく感じるのは母の体温なのか、それとも流れ出た血潮に残った熱なのか。
 全身にずっしりと重く感じた。
 母の想いと慈愛が私の中に共に染み込んで来るようだった。
「お母さん」
「―― ……」
 母の瞳は澄んでいた。その中に映る私の姿も飲み込んでしまうみたいに…… ――

「……だから、貴女は許しなさい。生あるものを助け、慈しみなさい、貴女にはそれが出来るのだから…――人は苦しみから逃れられないかわいそうな生き物なのよ…」

 その言葉は、まるで呪いの様に私の心に深く刻まれた。



 空が、暗い。
 昼間だというのに、暖かな陽光が降り注ぐこともない曇天。
 まだ降らない。まだ空は泣き始めていない。雨は降らない…… ――

「なぁ、おかしくないか」
「ああ、今度はうちの子が寝込んだよ。虚ろに憑かれたように空を見てるんだ」
「おれ聞いたんだけどさ、これ――」
 天魔の仕業じゃないか。そんな話がようやく村の中で囁かれるようになる頃には、動けなくなったものが数名出て、何の反応もなく生命活動しか行わなくなったものが三名ほどでたころだ。
 そのくらい、この場所は僻地だった。
 今、日本はもちろん、世界も、全ての生のあるものが、その恐怖に怯えているはずなのに。

「可愛い子だね……可愛い子だ」
 小さな集落から、また少し離れた古い一軒家。
 年老いた老婆は、膝に抱いた猫を撫でる。静かに瞳を閉じていた猫は、薄っすらと瞼を持ち上げて「にぃ……」と細く鳴いた。
 その声に集まるように、庭先に猫が寄ってくる。島には猫が多い。その殆どが野良だ。漁村だから、おこぼれに預かるものが多かったのだろう。
 一見、平和としか見て取れない。

 とっ、と屋根に足をおろす音。
 瓦の手入れは何時からしていないのだろう。隙間からは草が生え荒れている。
 ふわりと頬を撫でる海風に瞳を細めた。抜けるように白い肌に、極めて色素の薄い光をそのまま紡いだような金の髪。
 風になびく髪をそっとかきあげてぽつりと零す。
「―― ……可哀想な土地、可哀想な人々、人は弱い生き物だから……」
 その声に、側にいた大きな豹のような動物は、彼女に猫のように額をすり寄せた。
「大丈夫、これでみんな楽になるわ……これが一番良いのよ……」
 彼女は呟き湖面のように穏やかな、空色をした瞳を細める。
 そして、しなやかな指先で、腰辺りに来ていた動物の額をくしゃりと撫でると、それはぐるると喉を鳴らした。
 静かに緩やかにその支配は進められていく。


「何か、騒がしいな?」
 ここに顔を出すのが日課である月見里叶(jz0078)は、斡旋所のカウンターに手を突いて受付に問い掛ける。
「ああ、叶さん。少し急ぎの仕事が入ったんです」
「ふーん、どんな?」
「知ってますかね。このところ、時折起こっていた小さな事件ですよ」
 対応した受付係が、言っているのはこちらの手が間に合わなかった事件だ。
 余りにも規模が小さく、そして静かに始まり静かに終わってしまったものたち――
「孤立した集落や、過疎の進んだ村が襲われたやつか」
 受付係は小さく頷くが、実際は襲われたなんて言葉を使うのが適切か分からない。自分で口にしておきながら、叶は顎に指先を添えたまま首を傾げる。
 後続の天魔が溢れてはいけないと、ゲートの後始末と調査に派遣された撃退士たちは一様にその奇妙さを口にした。
 その場所は、何一つ荒れることなく、驚くほど穏やかであったと――

「また、同じことが起きてると?」
「ハッキリとは分からないんですけど」
 言って、カウンターに地図を広げる。
 そして指さしたところは、確認するのに身を寄せる必要があるほど小さな島。
 本土からも距離があり、何らかの中継点とも考え辛い。
「場所的にも、ここに籍のある住民の数から言っても、まず狙われるような土地とは思えない。けれど、ゲートは既に開き島民は結界の中なんです」
「いつから?」
 被せるように口にした叶に、受付係はわずかに身を引いて首を振る。
「確認が取れてないです。だから急いでいるんですけど……」
 叶は何か思案するように、こつこつと机上の地図を指先で弾く。
 刹那、瞑目しゆっくりと瞼を持ち上げた。そして、そのまま受付係を見詰めると

「―― それ、俺も行って良い?」


「現在得られている情報は極めて少ない。だから、最優先事項は結界内の島民の保護。条件が悪くヘリでの救出は断念。船までの誘導になります」
 用意された資料は、
 島内地図(ゲート位置、結界の範囲が大よそで描かれている)
 確認の取れている住民名簿
「天魔を一人確認。恐らく傍に見られた動物はサーバントか、ディアボロ。遠隔調査した限りで分かったのはその程度です。ことの良し悪しは別として、島内の印象は驚くほど静かで住民の動揺は見て取れなかったらしい……」
 それは余計に恐ろしく感じる気がして説明した叶は微かに眉を寄せた。


リプレイ本文


 今日も太陽は覗かない。
 もう、後少しで静かに幕は閉じられるはずだった――

 ば、バカンスじゃなかったのか?! と狼狽したのは久我常久(ja7273
「えー、天使とか悪魔とか……ワシもうそれ聞いただけで……いたた! 腰が痛いから今日h」
「あーそれは運動不足じゃないですかね?」
 皆まで言わせず軽口で答えたのは誰だろう。
「それに、バカンスならもっと天気の良い日が良いと思いますよ」
 本土より離れている島へ船で往復したのでは往路の時間が無駄になる。その為、ディメンションサークルにて先行したメンバーは若干目的地からのズレを海沿いに徒歩で補い、その途中段取りの確認を行った。

 それぞれ近い者と顔を見合わせる。
 一歩踏み込めば、その違いは歴然だ。
 けれどそれが可能なのは自分たちが撃退士という存在だからなのだろう。僅かばかりの大気の差。何よりここに踏み込むまでは、空は晴れていた。海も凪いていたのだ。
 幸か不幸か、波止場は辛うじて結界の外。救助船が運行に支障を来すようなことはなさそうだ。
 見上げた先の集落は、海に近い方から住宅の密集が見られ高所になるほど疎らだ。

 位置情報の助けになればと、まず八辻鴉坤(ja7362)は生命探知を行いやや黙した。
「ちょ、あこちゃん先輩?」
 同じ部活の仲間でもある荻乃杏(ja8936)に軽く小突かれて鴉坤は短く唸る。
「……ごめん。ちょっと数え切れない」
 生命反応があるモノがそんなに…島民の数は優に超えている。
「あんれ、兄ちゃんたち何してんだ」
 暗中模索するしかないのかと思った矢先、声が掛かる。
「こんな荒れた日に、よぅくここまでこれたな?」
 網の手入れを行っていた老人が二人、こちらを物珍しそうに見ている。
 天気が悪く、漁が出来ない。
 その時にすることと言えば道具の手入れくらいなのだろう。
 日常を続けている島民に出会えればある程度の情報入手、車確保くらいは行える。全員で聞く必要はない。
 先に行き渡っている光信機で、連絡を取り合うことを確認し、その場には鴉坤が残る。

「いい? ヤバくなる前にとっととズラかりなさいよ?」
 びしり! と注意を受けた叶は
「深追いするの禁止!」
 と、杏の口癖を真似て笑った。茶化された杏が怒りだす前に「分かってる」と重ねて手を振るとその場を後にする。
 そして隣に並んでいた雨宮歩(ja3810)をちらと見ると、口角を引き上げた歩が告げた。
「この状況下で単独行動は厳禁ってねぇ。それにボクは救助よりもこっちの方が向いてるんでねぇ」
「了解です。助かります」


(哀しくも優しい無慈悲が行われている気がします)
 コンクリートで打ち固められただけの車道に沿った石段を駆けあがりながら、クルクス・コルネリウス(ja1997)は、ここに来るまでに調べた一連の事件を思い返す。
 間隔は短くて一ヶ月、もっと間が空くこともあるが、放棄したゲートが撃退士によりコアを破壊されて閉じてから……再び力を蓄え新たに開いていると考えれば、生成者は同じとも取れる。

「ホントになんでこんな辺鄙な離島にゲートなんかが開いたんだ?」
 零したのはアリシア・タガート(jb1027
 偵察に向くように目立たない服を身につけ、大弓を携えて出来る限り、車が入り込めないような裏道や、舗装が行われていない場所を選び、辺りに細心の注意を払いながら高所を目指す。
 それに途中まで併走していたのはヘリヤ・ブレムクリスト(jb0579
 住民に不安を与えることを危惧して避難誘導などの任は他のメンバーに託しその間辺りの状況把握に勤めた。
 島民とすれ違うことはない。ただ、やはり猫が散見される。敵なのか、もしくは本当の猫なのか。こちらが行動を起こすまでは相手も黙認しているようだ。
 それらに向けられる無音の視線が、居心地悪く不気味に取れる。

(…正直新米の私に何が出来るか分かりません。それでも最初から出来ないと決めつけていたら、本当に何も出来なくなってしまう)
「だから私は自分の道を信じます」
 御影茉莉(jb1066)は、ぎゅっと精霊の輪を空いた手で握りしめ決意を新たにする。見上げた先には召喚したヒリュウ。ちらりとこちらを見下ろしたヒリュウにもう少し低空飛行をするように指示を出す。
 召喚獣など、島民の目に触れれば不安を招くだけだと茉莉は判断し極力目立たぬよう、注意を払う。
 携帯していた光信機が着信を示す。
 連絡を密にするよう打ち合わせておいた杏からだ。
『茉莉? 分かった情報を伝えるよ』
「はい、お願いします」


 更地となった地面にぽっかりと空いた穴。
 しかしそれは法陣で囲まれ、ぐるぐると渦を巻くよう。
 側に静かに律しているのは女性と言うにはまだどこか幼さの残る少女。
 彼女はすり寄る巨大な猫。剣歯虎(サーベルタイガー)を柔らかく撫でる。その毛並みは艶やかで薄暗い中でも光を集め輝くようだ。
「あれ、だよねぇ?」
 採石場のすぐ側にある木立に身を潜め呟いた歩に叶は頷く。


「はじめまして、クルクス・コルネリウスです」
 自己紹介から入り、穏和に島民へと語り掛けつつ、時折辺りへの警戒も忘れない。
 相手も事を荒立てたくはないのだろうと言う予想は当たりのようだ。

「必ず、この村と島を取り戻すからさ。今は、ごめん」
 住み慣れた場所から無理にでも引き離さないといけない、と言う現実を伝えるのは酷だ。
 それでも各所で説得は続けられる。

「ですから、ここは危険で」
 住宅密集地から僅かに離れ高いところに位置していた民家。空き家かと思ったら最後の一件らしく、連絡を受けたアリシアが説得に入っていた。
 老女は我を通すというわけでもなく、のらりくらり。理解されているのか不安になる受け答えだ。
「私が動くと、猫が怒るよ……」
 小さく首を振る。
 どうすべきか刹那迷うと、携帯していた光信機が着信を伝える。
 連絡は叶から。援護の要請と、合図の打ち合わせだ。了承して頷き老女へと視線を送る。
 ここは採石場に一番近い。冷静に考えてここが動けば、まず剣歯虎が動く。食い止めるのが二人では心許ない。アリシアはその場をクルクスへと引き継いだ。
「では此方で待機願います」
 彼なら魂縛を使ってでも、彼女を避難させてくれるだろう。
 アリシアの言葉にずっと横に振っていた首が、その時だけ縦に振られた。そして添えられた笑みがどこか幸福そうだったのが胸に残る。


 ぴくり。
 それまで巨大な飼い猫と変わらぬ様子の剣歯虎が耳を振るわせ頭を持ち上げた。
 ぐぐっと前足に力を込め、体を低くした瞬間――
 戦闘開始だ。火をつけ損ねた煙草をしまったアリシアは視界の隅で後にしてきた家から人陰が出ていくのを認めた。
 一分一秒でも長くここに足止めをしなくては。

 ズシャッザッザッ!!
 剣歯虎の踏み込み先に棒手裏剣が突き刺さる。もう隠れる意味はない。それに
「どうして出てくるの?」
 疾うにバレている。ただ、そこに居れば良かったのに……と瞳を細めた彼女は蔑んでいる訳ではく、まるで嘆いているようだ。
「初めまして、ボクは探偵もやってる雨宮歩。こっちは自己紹介したんだ、礼儀を知ってるのならお前も名乗りなぁ」
 体勢を低くしたまま、剣歯虎は牙を剥くが主が軽く乗せている手のひらに効果があるのか、敵意剥き出しに唸るだけだ。
「私は、白雪。我が主をルインシル様とし、天界に属するもの」
「使徒ってわけかぁ……じゃあ、率直に聞くけど、お前の目的はなんだぁ? なんでこんな場所にゲートを」
 歩に投げ掛けられた問いに、白雪は不意に眼下に広がる住宅見下ろす。
「……救うため」
「はぁ?」
「彼らは貴方たちの世界からもかけ離れ、打ち捨てられた存在。貴方たちは彼らをどこに連れ去り、何故更なる苦しみを与えるの?」
 ――意味が分からない。
 ちらと少し引いたところに構えていた叶を見たが、その瞳もやはり困惑していた。
「人は永劫思い悩む可哀想な存在。その苦しみなど捨ててしまえば良い。解放されれば良い」
 冗談めいているが対峙した相手は至って真面目だ。
「愚考を止めて……」
 白雪は呟き留め金となっていた手を離す。同時に弾丸のように弾き出された剣歯虎は、力強く地を蹴る。

 ガウンッガウンッ!
 高所からの狙撃。大弓からライフルへと獲物を変えたアリシアの弾は巨体を支える足の一本を掠めたが体勢を崩れない。
 続けて、叶の仕掛ける魔法攻撃を敵が避けるタイミングで歩は影縛りの術を仕掛けたが、攻撃ともに交わされてしまった。
 白雪はこちらの争いには無関心。どこか遠くを見ている。


 離合できない一本道を軽トラック二台、それに挟まれる形でバンが走り抜ける。直線距離にすれば一キロ強程度のはずがやけに遠い。
 先頭を走るのは鴉坤の運転する車。隣には要求所者の子供を抱き抱えた母親。荷台には、絶え間なく仕掛けてくる
「ここに居るのは天魔どころか、にゃんこだらけじゃない」
 猫(クルクスがアレルギー反応を示さないのでおそらくサーバント)部隊を蹴散らす杏と突然始まった猫vs撃退士に青ざめている島民三名(緊急時なので道交法には目を瞑って貰おう)
「悪天候で船が出せなくて、病院にも…そのせいでこの子に何か」
「大丈夫。港に出れば、とりあえずこの島から離れれば少しずつ回復すると思います」
 宥めるようにそう告げた鴉坤の言葉に母親は腕に力を込める。
 ヒールは残念ながら感情吸収が進んだ状態を改善することは出来ない。この支配地域を出るしかない。

 最後尾の荷台ではクルクスが付き屋根などから飛びかかってくる猫を魔法攻撃で払い続ける。
 追随する形で、ヘリヤ、常久、茉莉が散らしていくが、何匹出てくるのか。


「……ぐっ」
 相手の隙を付きつつ上手く間合いを取り攻撃を重ねていた歩に、剣歯虎がのし掛かる。両肩に掛かった足に強く押しつけられると、歩は声を殺し苦悶の表情を浮かべた。
 銃撃が、光の刃が襲うが致命傷を与えることが出来ない。
「こ、こまで……近づいたこと、後悔しなぁ……」
 血の滲む口の端を上げ、何とか動く腕の先にある蛍光をその巨体へと突き上げる。
 ぼとぼとっと生暖かい液体が歩を、地面を赤に染める。剣歯虎は歩から飛び退き数歩よろめくが
(――無理だ)
 歩は致命傷となるだろう次の一撃を避けきれない。咄嗟に判断した叶は攻撃の矛先を主へと向けた。
 魔法書を通じて説き放たれた雷は真っ直ぐに白雪へと……地面を裂くような唸り声と共に剣歯虎が踏み込む音。
 反射的にマジックシールドの展開を試みるが間に合わない。
 鈍く肉を断つ音がやけに大きく頭に響いた。


 結末を見届けることなく、アリシアはその場を離れた。あれは合図だ。ここまでだという。仲間を助けに飛び出したいのを堪え、冷静な判断を失うことなく最優先事項完遂を目指す。走りながら、光信機で誰でも良いすぐに繋がる相手に連絡を取る
「敵が向かった!!」
 ふぅっと影が落ちた。見上げると赤をまき散らす剣歯虎が真っ直ぐに、港の方へと移動中の仲間へと掛け降りる。
 ――早いっ

「敵……」
 光信機を耳に当てたまま、受けた茉莉は
「ひあっ!」
 ずんっと鈍い衝撃を受ける。頭上で獣の悲鳴が聞こえた。低空飛行にて攻防を続けていたヒリュウが受けた攻撃がそのまま茉莉に反映される。
「おおっと茉莉ちゃん大丈夫か?」
 常久に支えられ、茉莉は頷き
「……ここは通しません」
 きっ! と強い視線で敵を睨みつける。
 新たなる戦闘はすぐに開始された。
「きみらは真っ直ぐ向かうんだ。振り返る必要はない」
 ぐんっと手にした斧を大きく降り構えたヘリヤは力強い笑みを浮かべた。車は露払いをしながら狭い道を下る。
「あれ……!」
 バックミラーで、敵の姿を確認した鴉坤は息を詰める。
「余所見するの禁止!」
 天井からごんっと音がして杏の声が降る。全員の脳裏によぎった不安は一つ。皆それを振り払う。

 手負いの獣は、立ちふさがる彼らをねじ伏せることよりも今は抜き去り先をゆく島民の行く手を阻むことが優先事項なのだろう。
 ヘリヤの盾に阻まれ、一歩引くも直ぐに遮二無二突進してくる。
 元の毛色が何だったのか、もう全身赤黒く染まっているのになお踏み込んでくる姿は、痛みを伴うがそんな感傷には誰も流されない。
 続けざまに振り降ろされる斧を避け、足下に打ち込まれる弾丸を避ける。
 早さは健在だ。


「……無意味に足掻く。痛いでしょう? なまじ抵抗する力があるばかりに可哀想に」
 直ぐに撤退にも移れない歩たちの前に、白雪は歩み寄る。
「優しいと、言うべきか……哀しいと言うべきか……いずれにせよ、その施しは不要だよ」
 痛みを噛み殺し、歩は気丈に答えた。
 ―― ……ぽつ
 雫が落ちた気がした。
 驚きに目を見開き白雪を捉える。泣いては、居なかった。ただ湖面のような穏やかな瞳が微かに揺れた。
「貴方たちにも、救いを……」
 止めがくると思った。それと同時に、ボーーーッと大気を振るわせる低音が響きわたる。
 島民は助かるそれならば――


 カシャン……
 ガラスを割ったような音が響いた気がした。ライフルから弾き出された弾丸が結界に穴をあける。
 飛び出した先の空の青さに、島民は刹那息を殺した。自分たちが如何に異常下に置かれていたのか、この時やっと現実味を帯びた。

 波止場に大きな救助船が到着。攻撃が当たらず、致命傷と結びつけられないジレンマからの解放、最後とばかりに仕掛けたヒリュウの攻撃を避けた剣歯虎は大きく後ろへと跳躍した。
 それを受け止めたのは少女だ。
 憂いを浮かべた少女は剣歯虎を抱き撃退士たちを見ることもなく、停泊した船を遠く見つめていた。
「……痛みを重ねるのね」
 零した声は直ぐに海風に攫われる。新たなる敵の登場に皆武器を構え直すがそれすら目には留まっていない。
 そのまま少女は後方へ跳躍。身を翻して撤退し辺りは水を打ったように静かになった。


「ただの嬢ちゃんだったな」
 名簿にあがっていた島民のすべての確認は取れた。緩やかな感情吸収にあい、その症状の出方は様々だが現状命に別状はないと船医が判断した。
「僕も会って見たかったですね」
「画像撮ったから、あとで見せ……い、いたっ! 鴉坤さん、ちょ、痛いです!」
「本当、羨ましいくらい血だらけだよね」
 歩と叶は白雪が気を逸らしその場を放棄したと同時に、採石場から身を引きずるように距離をとった。
 そこを駆けつけた常久たちに回収され今に至る。担がれて戻った時は騒然となったが深かった外傷もヒールを施され船医からの適切な治療により危惧するものではなくなった。
「さぁて! 飯でも食うか」
 極度の緊張から解放されたメンバーは常久の剛胆な態度に笑みを零す。


 ――甲板では老女が一人、遠くなる島を見つめていた。

「天使のような子が来たんじゃよ。救われるのかと思うたんじゃ……」

 船の軌跡は白く長く残った。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

主に捧げし祈りは・
クルクス・コルネリウス(ja1997)

大学部3年167組 男 ダアト
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
気配り上手・
八辻 鴉坤(ja7362)

大学部8年1組 男 アストラルヴァンガード
場を翻弄するもの・
荻乃 杏(ja8936)

大学部4年121組 女 鬼道忍軍
撃退士・
ヘリヤ・ブレムクリスト(jb0579)

大学部7年103組 女 ディバインナイト
大虎撃破・
アリシア・タガート(jb1027)

大学部6年37組 女 インフィルトレイター
シーカーが興味を抱いた・
御影 茉莉(jb1066)

大学部3年68組 女 バハムートテイマー