●物語は童話のように
ゆらゆらとかぼちゃのランタンから漏れ出る蝋燭の明かり。
不規則な光源が有りもしないものの姿を映し出すやも知れぬ夜。
そんな夜は、彼らに扮して仲間になって、歌って踊って、ほんの少しの悪戯を――
さぁ、パーティの始まりだ。
「Are you Alice?」
大広間の片隅で開かれる小さな小さなお茶会。その主催者は、言動も服装もどこか掛け違えている帽子屋に扮したレトラック・ルトゥーチ(
jb0553)
頭上を飾る帽子には『10/6』の値札と王冠バッジがキラリと光る。
繰り返される問い掛けに招かれた女性達。
何の祝いかと問われれば、もちろん答えは「貴方の誕生日」それは違うと返ってくれば
「何でもない日おめでとう!」
三月ウサギが空いたカップに紅茶を注ぐ。
ふわりと湯気を上げる飴色の液体が映すのは…―
「おや、こんな所に白薔薇が」
ハートのAのトランプ兵、胸には目印キラリと煌めく王冠が。
そして、手にしたペンキ缶、ぞぶりと刷毛を突っ込んで、ぶーんっと大きく弧を描く。小さなレディは慌ててきゅっと目を閉じた。
じわじわそぉっと瞼を持ち上げる。鼻の先には可愛らしい赤の包装紙に包まれたキャンディーが。レディの顔が笑顔に変わる。
にこりと手渡し微笑んだのは礽答院久滋(
jb1068)
かつりと踵を鳴らし「おや、こちらにも」と方向転換。さりげなく背の高いボトルにグラスを奪い去る。
対になるのはスペードA。扮しているのは間芝真士(
ja7802)肩で光るは王冠バッジ。片手の斧はシャンデリア、灯火落として鈍く艶めく。
「―― ……このレシピは……」
ふんわりゆらゆら。
九つの尻尾が思案気な表情に合わせて揺れ動く。並んだ料理に舌鼓。それに加えて、瓶類に、手を伸ばして起こる騒ぎの前にほんの少しのお片付け。
狩衣姿の狐のRehni Nam(
ja5283)その胸にも王冠バッジ。
その横すぅっと風が抜ける。視界の隅にピンクが残る。ゆらりと揺れた尻尾の持ち主は艾原小夜(
ja8944)桃と紫の奇抜な配色衣装。襟元で揺れたリボンタイにはやっぱり王冠一つキラリ。
「あ、グラスが空いていますね。何か取ってきましょうか?」
胸に獅子秘め白い騎士。扮した彼は千葉真一(
ja0070)愛用のマフラー、今夜はちょっぴり短めに。
いつもその手に光る剣。今宵は未だ鞘の中。
手にしたグラスには黄金色の液体……小さな気泡が細かく散った。小さな泡に王冠映る。
かつんと響いたヒールの音。
指の先まで洗練された優雅な所作の持ち主は、赤薔薇纏うハートの女王。扮する彼女はユリア・スズノミヤ(
ja9826)ゆるりと掛かったショールの下に、王冠一つ。棚引くドレスのレースの薔薇は、香しの花びら舞踊るよう。
(……わ。人がたくさん……ご飯もたくさんー!)
その凄艶な姿とは裏腹に、えへへと無邪気に微笑んだ心内までは誰にも見透かされまい。
●騒動は歌劇のように
ゴーンゴーンゴーン
大きな鐘が三つ鳴った。何かの予感か辺りが一刹那水を打ったように静まり返る。
ガシャン。
突然の暗転。煌びやかなシャンデリアからの零れ落ちる光は途絶え。風もないのに蝋燭は消えた。
ざわつく会場内に、絹を裂くよう、な……?
「――ひゃうっ!?」
悲鳴に紛れて、低い笑い声が木霊した。
「なっ、なに……?」
ぽ……その声に応えるように、燭台に明かりが戻る。朧ろげな灯火の中で招待客の不安気な表情が、ゆらりと現れては消える。
ごくりと誰かが喉を鳴らした瞬間。
再びガシャンッ! と音が響いた。
突然戻った会場の明かり。全員が目をしばたたせ視界の確保を急ぐ。
棚引く赤と三角帽子被った海賊船長。悪漢らしい笑い声が尚響き、鈎針の腕が喉元を、装飾豊かな短銃を握った腕は彼女の腰に。
その間から助けてとばかりに伸びる腕。その爪の先まで美しい。
囚われの君は、ハートの女王。
つい先刻まで、生演奏が行われていた低い小さなステージ上で、ぐぃっと喉元を締められる。
「貴様たち、何者だ!」
勇猛果敢に前に出たのは、白の騎士。真っ直ぐ賊長へと向けられた片手剣。
それに合わせて、周りに集まっていた下っ端どもが獲物を構える。
「ふははははっ、問われて名乗る名などない! 今宵の我らに菓子など要らぬ。さぁ、我が手には麗しき女王陛下。成す術もなく今宵の宴を見ておれば良い」
高らかに響き渡る声。
騎士が剣を握り締め、カランカランとペンキ缶を揺らして鳴らすはトランプ兵。
「女王様、捕られちゃった」
赤と黒の二人揃って顔を見合わせ、おどけたように肩を竦める。さぁ、掛かれ! の号令に被さるように大声が上がる。
「逃げろ、盗賊だ!」
叫んだのは帽子屋だ。
「俺の大切な茶会を奪いにきたな!」
ばん☆とテーブルを弾いてみたら、ティーセットはカシャンと音立てる。フォークにスプーン、バターナイフが飛び出した。
掴み取ったナイフを突きつけ、その切っ先が大きく揺れているのはご愛嬌。
躍り出てくる賊たちに、わーきゃー叫ぶ招待客の悲鳴は喜色を帯びる。突然起こったサプライズ。思う存分声を上げ、さぁ派手に賑やかそう!
ガンッ!
振り上げられた短剣を、休憩用に設けられた窓際の椅子に片足引っ掛けて弾き上げ、騎士はそれを盾代わり。受け流し、再び掛かった剣戟をばんっと弾いてやり過ごす。
人質が居たのでは本気が出せない。押し負ける。
九つの尻尾が左右に弧を描く。
遠慮なしに踏み込んでくる賊たちの、攻撃を孔雀扇にて受けて弾くが防戦一途。
「くっ、人質がいたら、手が出せないのです……」
苦々しく零したレフニーに、圧倒的に数の多い賊の一人がにやりと笑って何かを投げた。
ごんっころころころと、足元に転がってきたのは分かりやすい髑髏マークの描かれたバクダン。導火線の火はついている。
「っ?!」
じりじりどかん☆
白煙が上がるタイミングに合わせてレフニーは後ろに吹き飛ばされる。頬を撫でる風にちょっと後ろへ跳躍しすぎたかもと思ったが、
―― ……ぼすっ!
襲い来る衝撃は柔らかなもの。受け止めたのは、ドレープのきいていたビロードのカーテン。滑り台のように、するするすとんと床に着地。
ちらりと見れば、カーテンの裾を引いて支えていたのは三月ウサギ。
「ありがとうですよ」
にこりと微笑んだレフニーに「いいえ、どうぞ頑張って下さい」同じく笑顔で返してくる。
そして、シャリーンッと頭上の一番大きなシャンデリアが揺れた。
「これはこれは……大変だ。パーティに遅れてしまいました」
頭上より高くあるシャンデリアを見上げた招待客と賊たちに降って来た声。ぴょこんっと天井を指した白く長い耳はウサギのもの。扮しているのは一条常盤(
ja8160)もちろん胸には王冠バッジ。
手にした懐中時計をぱちんと閉じて、慌てた様子でぴょんぴょん跳ねる。
揺れるシャンデリアに、きゃーきゃー上がる。
三度目の大揺れで飛び降りた白兎。こつっと静かに地面に着地。乱れた服を整えて
「私の主を……返していただきますよ」
手近なテーブルから燭台を持ち上げ、我に返って襲い来る賊の一撃を軽く交わす。
「良いぞ! そこだ、やれ!」
ファイティングポーズで、囃し立てるのは帽子屋だ。
癪に障った賊が襲い掛かって来ようものなら大仰に大事な帽子を押さえて、悲鳴をあげてしゃがみ込む。
視界から突然標的が消えた賊はたたらを踏んで、怯えたフリして騒ぎ立てた帽子屋の足に弾かれ大きく尻餅。
わっと周りから笑いが上がれば、帽子を取って優雅に一礼。
そして、その頃囚われの身の女王陛下。
みんなのどたばた劇を眺めつつ、首元に冷やりと当たっていた鈎針の手は既に温度を分け合ってしまっている。腰にある手もむず痒い。
「……んむぅ。レオン以外に触られるのなんかイヤー!」
傍にあった小さなテーブルの銀盆をこっそり取り上げて、ぼこんっと、小さく反撃を、
「ていっ!」
「うぐ」
え、えぇっ。当たり所が悪かったのか、ぐらりと後ろへ弧を描く。慌てて揺すって肘でぼこっ☆
今度はようやく前のめり、これ以上何かしようものなら女王様の一人勝ち。急いで背筋を伸ばしたユリアは、良く通るその声で玲瓏と告げる。
「首をお切り」
●その命のままに
「はーい、女王様ー」
とチェシャ猫の明るい返事。陛下の合図は防戦一途に終わりを告げる。王冠煌くヒーロー達の空気がさっと変わったことに、観客までも息を呑む。
「うわっ」
小さく上がった悲鳴の先には、女王様に敬礼後、ぶーんっと大きく斧振った黒のトランプ兵。その動きに直ぐそこまで距離を縮めてきていた賊たちは、両手を振って大げさにたたらを踏んで後退する。
僕も少しは仕事をしないと、首を刎ねられてしまう。小声で零し、くすくす。笑いを浮かべ、
「はい、女王様」
答えて、すっとその場に膝を折ったのは赤のトランプ兵。
ぼふりっと会場の一角で胡椒爆弾が炸裂し
「っくしゅん! ユリアせんぱ……女王様、避けて!」
狸がパイを投げつけ……狸? 燕尾服から狩衣、長い耳は丸くなり涙目の常盤は早変わりをやってのけた後。
「ユリアさんを、離すのですよっ!」
別方向からは、レフニーの構えた扇が確実に賊長狙って投擲される。
「っ!」
飛んでくる二つの獲物に、慌てふためく賊長は逡巡し左右に揺れる。
「悪漢ども、好き勝手はここまでだ!」
力強い宣言と共に白の騎士。真一は床を弾いて真っ直ぐに、久慈の構えた手に足を掛ける。
ぐぐっと受け止め、そのまま久慈は真一を賊長の方へと一息に弾き上げる。
常人では考えられない跳躍の高さに、招待客からは感嘆の声が洩れその視線を釘付けた。赤い軌跡がくるくると、大きな螺旋を描き女王陛下の前に膝を折り、とっと華麗に着地。ふわりとマフラーが重力に従い落ちると同時に、不敵な笑みを浮かべ見上げた瞳は賊長を捕らえる。
がつんっ! べしゃっ☆
ぐいと真一がユリアの手を強く引くとそれはほぼ同時。
扇が掠り(※直撃は生命の危機が)パイが顔面に命中した。
ずるりとパイ皿が落下して、からんからんと軽い音を立てる。クリームまみれの賊長は、豊かに蓄えた髭を震わせ……
「野郎共! やってしまえ!」
腕を振り上げた。それに呼応するように鬨の声が上がり、会場が再び熱を帯びる。
さあ! 女王は解放された。
防戦一方だった彼らも今度は遠慮なく攻撃に転じる。
烏合の衆と化した賊が、対峙した面々に襲い掛かってくる。
赤のトランプ兵が、ばんっ! と勢い良くテーブルクロスを抜き取って大きく広げ肩に担ぐ。足音荒く束で襲い掛かってきた賊たちは、軽い足取りで、ターンした久慈に着いて優雅に広がるクロスが往なす。
宙を泳いだクロスが凪ぎいる前に、さっと半分折り畳み、バランス崩した賊たちが慌てて切り返したところを縦に切る。
ばんっ! と大きな音を立てたクロスは凶器の様に彼らの手元を弾き落とす。
足先で落とした剣を弾きあげ、取り上げたのは帽子屋だけど、
「あわわ! いらない、こんなもの」
ぽいっと放って久慈がキャッチ。
拍手と笑いが綯交ぜに。
「にゃぁお! いっくよー」
とんとんっと足踏みをしたチェシャ猫は、身軽にジャンプ。その動きを見上げた賊は無惨にも頭頂部にその踵を納めることになる。
がくんっと膝を折った賊の両肩に手を置くと、今度はそのまま倒立を
「こいつ!」
さらに掛かってきた賊に両足どーんっ!
派手に床を掃除していった賊を見送り、脇から短剣で上に下にと薙ぎ払ってくるのを軽く交わす姿はしなやかな猫そのもの。
続けて小夜は、中二階に続く螺旋階段の手すりに、ひょいと飛び乗って両手でバランスを取りながら上がっていく。
ばたばた派手な音立てて、追い掛けてきた賊三名。ぴたりと動きを止めたチェシャ猫に、肩をこわばらせる息を呑む。向き直った猫はにこり。
刹那の躊躇もすることなく、小夜はぴょんと手すりから足を落として、一気に滑り降りる。ぎゃっと蛙を潰したような声が上がり、どどどどっとドミノ倒しが起これば拍手も起こる。
先程までの劣勢が嘘のように、あっという間に賊たちは中央の一箇所に追い詰められる。
賊長の喉下で、きらりと光るは銀盆だけど
「本当に首、切ってあげようか?」
すぅっと瞳を細めて残忍さを身に纏った女王が声を掛けようものなら、刃以上の効果があった。付け加えられた「冗談だよ」なんて優しい台詞、その耳に届くはずもない。
頬をひくりと引き攣らせた賊長が、鈎針の腕を振り回し思わず上げたは撤退命令。
お帰りあちらと道を空け、にやりと頬を緩めたのは黒のトランプ兵。真士は素知らぬ顔で近寄って、
「せーの!」
勢い良く、ペンキ缶を引っくり返した。中から溢れたのはキャンディーに見立てた大量の赤いビー玉。
明かりにキラキラ煌いて、あわあわ逃げ出す賊たちの足元すくってタコ踊り。
大きく開いた扉から、正に絵に描いた様に転がり出て行く。
最後の1人が三下らしく
「お前ら、覚えてろよ!!」
吐き捨てると共に扉は派手な音を立てて閉じられた。
笑い声と誰が吹いたのか大きな口笛の音が広間の中で木霊する。拍手喝采が湧き上がる中、久慈に腕を引かれた三月ウサギも加えた8人が中央に整列し、女王は優雅に軽く膝を折る。
「お楽しみいただけたなら光栄です」
「引き続きパーティーをお楽しみください」
掛けた声に合わせて、丁寧に全員で一礼し、終止符を――最後の最後で、みんなの前をひょいひょいと飛ぶように横切って一番端っこに立ち揃ったのはチェシャ猫。
「一夜限りのハロウィーンドリーム、これにて終幕でございます」
おどけた調子でお辞儀を加えると、再び拍手は高鳴った。
●ハッピーハロウィーン
「トリック・オア・トリート!」
声をあげ両手を差し出したのは、隈取までした笑顔の狸。
「Happy Halloween!」
はい、どうぞ。と左右のポケットからキャンディーとクッキーを出したのは三月ウサギ。受け取った常盤は僅かに残念顔。
「先生は、かぼちゃを被ると思ってました」
「帽子屋が居るのですから、三月ウサギは不可欠かと……」
にこりと返され、常盤はなるほどにこりと頷いた。
そして、楓はゆっくりと会場の中を見渡す。
広間には音楽が戻り、気高い雰囲気を纏っていた女王陛下が
「この出逢いの全てを祝福して、一曲踊るね」
美妙であり華々しいフラメンコを披露する。
帽子屋は再びお茶会を、赤黒2人のトランプ兵は歓談を。九尾の狐と白騎士はダンスの誘いに応え楽しげに。
チェシャ猫はその様子を中二階の桟に腰掛にこにこ見守る。
先程の一幕が夢であったように、パーティーは再開。
けれど、夢ではない証に今宵のヒーローたちに残る高揚感とイベント成功の達成感。その満ち足りた感情は、とても心地の良いものだろう。
―― ハッピーハロウィン。さあ、今宵は最後まで楽しもう ――