●食糧難にはなりません
酷暑といわれる日中が過ぎると、頬を撫でる風は程良く冷えて心地良い。
一日中天気にも恵まれ、空も茜色に染まっている。
三日月型の窪地のビーチ。
泳ぐにはもう遅いけれど、夕日を映す水面は煌めく。
ここは今夜、久遠ヶ原学園の生徒の貸し切りとなっている。
集まった生徒の大半は丸一日(一ヶ月半くらい経ったような気がしないでもないが)を潰して行われた『格闘球技大会』の参加者及び応援者だ。
馬鹿馬鹿しくも華々しく散った、諸悪の根元二名の追悼(もちろん健在)の意を表す的な感じで集まった。
飲み物各種、お菓子やおつまみ系の並んだ隣のテーブルにも、たくさんの軽食が並べられる。
サンドイッチにおにぎり、卵焼き、ウインナー炒めに唐揚げ。
いくら涼しくなったとはいえ、少し動くと汗ばむ程度。そこはやっぱりビールが美味い♪
そのお供もばっちりが揃っている。
―― ……がさりっ
「一応、ゴミはここに」
と、ビールなどが入っていた空き箱に、持ち寄ったゴミ袋を引っかけて、準備するのは鳳静矢(
ja3856)先に挙げた軽食数種も彼の手によるものだ。
「皿使うなぁ」
と掛かった声にも頷く。
とりあえず、みんなが賑やかに楽しむために必要そうなものは持ち寄ってみた。
役に立てば幸いだ。
(球技大会……いつものことですけど、壮大におバカでしたね)
道明寺詩愛(
ja3388)は、持ってきていた手作り和菓子の重箱を置く。
彼女の家名でもある桜餅と、焼き団子だ。
「あたしもここいらに置いときますよぃ」
氏家鞘継(
ja9094)も、背中に背負っていた風呂敷包みをテーブルに載せると、結び目を解きほぐす。
中から出てきたのは、豚の角煮・自家製の糠漬け・鯖の味噌煮だ。
味噌の香りがふわりと立ち上り、食欲をそそる。
「皆で食べましょうぜぃ」
きょろきょろと挙動不審気味に辺りを見渡すのは虎落九朗(
jb0008)。
サンドイッチとおにぎりを自分も持参していたため先に並んでいたテーブルへと歩み寄る。
準備を整えていた静矢と目が合うとあわあわ☆
「俺も、持って来たんで」
「場所足りるか? この辺りにでも置くと良い」
テーブルの場所を確保して、九朗を促す。
荷物を開いて、並べる。
おにぎりの具材は、天日干し梅干し、昆布、おかか・高菜になっている。
料理は得意ではないが、不得手というわけでもない。人並みに食べられるものになっているはずだが、いささか不安だ。
●それでは打ち上げ始めましょう
「はーい! じゃあ、みんな飲み物は行き渡ったかな?」
ぶんぶんっと両手を大きく降って、集まった全員に注目されるのは雪室チルル(
ja0220)
その声に、元気良く返事をするもの、無言で飲み物を軽く持ち上げるものそれぞれを確認してチルルは頷く。
そして自身も隣のテーブルにおいてあったジュースを手にとって、掲げる。
「球技祭、おつかれさまー!」
「かんぱーいっ!」
大合唱となった。
周りで缶を打ち合い、カンコンと可愛らしい音が鳴り一口呷ったら……はい、拍手ー♪
こうして、格闘球技祭:打ち上げ夜の部が始まった。
「みなさんお腹空いていると思いますし、それをお菓子で満たすのは不健康ですよ」
そういって、水屋優多(
ja7279)は、礼野智美(
ja3600)を誘い共に、バーベキューコンロに鉄板を掛けて大量の焼きそばを作り始めた。
智美が持ち込んだ具材は、人参、玉葱、キャベツにピーマン。
お肉は豚肉。
それらを、優多が丁寧に切り刻み鉄板へと運ぶ。
軽く智美は野菜を炒めながら、その横で卵をかき玉子に調理して、加えていく。
火の通りを良くするために、家で作るものと同じように烏賊の天かすも加えて……ソースが入ると
―― じゅわぁぁ……
ビーチサイドにソースの焼ける香ばしいかほりが漂ってきた。
(バーベキューなんかだと、お肉ばっかり食べる人もいますし、野菜も食べられるように焼きそばに……)
香りに誘われて少し離れたところにいた音羽紫苑(
ja0327)が歩み寄ってきた。
「良ければどうぞ」
と短く口にすると智美に取り分けてもらったものを、紙皿で優多が受け取り、紫苑に手渡す。
それをぱくりと口にするのを、思わず見守ってしまう。
「美味いな」
「そうですか? 良かったです」
言葉通り美味しそうに口に運んだ紫苑を見て、優多もふわりと微笑む。男の子にしておくのは惜しい柔らかな物腰だ。ちらと、作業を続けている智美へも視線を送るとこくんと頷いた。
「自分もご相伴に預かりたいです」
ちょこんと立ってそう言った逆城鈴音(
ja9725)にももちろんよそう。紅ショウガと青のりと削り節もトッピング。ふわんふわんと泳ぐ削り節は食欲が増すよね。
そして、香りに誘われたのは紫苑や逆城だけではなくて、暫くこの場は人が集まりそうだ。
●花火は派手に☆
ややすれば、太陽が沈み夜の帳が静かに降りる。
ぷしゅりと缶ビールのプルタブを持ち上げて、こくりと美味そうに喉を鳴らすのは雀原麦子(
ja1553)
「んん〜♪ 美味しぃ」
テーブルの上には既に何本かの空き缶が並んでいる。
「勝負については、中立で参加してたんだけど」
昼休憩時の射的大会に参加はしたものの、勝敗に特に興味はなかった。
空いた手を手持ちぶさたにしていた、麦子に
「……サンドイッチ、如何ですか? 唐揚げもありますよ……」
同じ卓で静かにビールを飲んでいた冬樹巽(
ja8798)が、お皿を寄せる。
「ありがと〜ぅ」
機嫌良く、ぱくりと唐揚げを口に運びつつ「美味しい」と満足気に頷いたあと麦子は首を傾げる。
「結局、結果はどうなったの?」
「皆ごめんなぁ。テニスでの札の指示を間違わなければ、逆転されなかったのに……」
新たな缶に手を伸ばしてそうこぼした龍崎海(
ja0565)は百人リレーの汚点を思い出したのか肩を落とす。
あれは、全ての協議を通して、誰か一人の判断ミスが……というほどのことはなかったと思うのだけれど、個々に感じることはあったのだろう。
麦子はそれを見て
(ということは〜、赤が負けちゃったってことかな?)
と得心した。
「あ、その、おにぎり、梅干は滅茶苦茶酸っぱいから気をつけてくれ!」
自分が並べた軽食の行く先をどきどきと緊張して見ていた九朗は、伸びた手に慌てて注意を促す。
「え、そうなの。こっちは?」
「そっちは昆布」
じゃあ、こっちと口に運ばれるまで真剣に見詰めてしまった。
「だ、大丈夫。美味いよ」
その一言に、九朗はふわわっと顔を赤くして、はぁぁぁっと大きく息を吐ききった。
そして、海のぶつぶつは続く。
「アリス先生にチアで応援してもらいたかったのに……」
うん。リレーでは磔にあってたから、残念だったよね。
「まあ、あれですね。あれですよ。いろいろありましたが楽しかったですよねー」
「うん、球技大会も終わってみたらあっというまだったな」
にこにことジュースを片手に改めて、かんぱーい! と打ち合わせるのは二階堂かざね(
ja0536)と六道鈴音(
ja4192)
「疲れたような、全く疲れてないような!」
「楽しかったから、こういう行事はまたやってほしいな」
六道の台詞に頷きつつ
「とりあえず、お疲れさまなのでした」
締めくくったかざねは、新しいスナック菓子の袋を開ける。
「お菓子食べます? お菓子。これの早食いとかあったら私もすごかったんですけどねー」
同じように出場していた総合球技という名のロワイヤル、射的に、大玉転がし、バッティング対決。及びリレー。本当に丸いというだけの繋がりで色々やったものだ。
そして、事の発端はお菓子を巡ってというしょーもないもの。差し出されていた、菓子の袋に手を伸ばして摘むと鈴音もぱくり。
嗚呼、美味しい♪
これでは原因になっても、仕方ないかもしれない。だって、お菓子はこんなに美味しいんだから。
美味しいは正義。
「でも、夜にこんなの食べたら太っちゃうかな……う」
そこは触れてはいけません。
ザク、ザク、ザク……
飲み専、食べ専のみんながひと心地つく前に準備は整えられた。
光源が僅かに届くほどの場所で動く人影が三つ。
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)・神谷・C・ウォーレン(
ja6775)・チルルは顔を見合わせてコクリと頷く。
しゅぼっ!!
とどこか気の抜けた音がしたかと思うと、一列に並べられたロケット花火が次々に、
シュンッ! ヒュンッ!!
風を切り空を走る。
尾を引く火花が放射線を描き空の上でパンッと弾けた。
おおっ♪
上がる歓声。
続けて、ねずみ花火が地面を這い、シュシュシュシュシューーと勢い良く走る。
その様子をどこか満足気に見つめてウォーレンは頷く。
「……遊び心というのも大事なものだ」
「私もやりたい、やりたいっ!」
ぴょんぴょんっと左右に結い上げたツインテールを揺らして、かざねが駆け寄ってくる。
「自分もやりますよー!」
「私もやろうかな〜」
続いた逆城にビール片手に歩み寄ってくる麦子。
座っていた巽も席を立つ。
「僕も仲間に入れてください……」
「さあ、あたいのかっこいい打ち上げ花火の時間よ!」
チルルは宣言すると、並べた花火の導火線に次々と着火していく。
勢い良く駆け抜ける早さで着けたため、振り返っても、しんっとして花火が上がる気配がない。
「……あれ? 全然発射されないわね?」
おかしいなとその様子を見に数歩戻ると……
「うわっ!」」
―― シュワワワワっ!!
七色の光が突然吹き出した。その勢いに、チルルは派手に尻餅をつきそのままへたりと座り込む。
「は、はは……び、びっくりした……時間差になるとは……」
それから、みんなが次々に手にした花火に火をつけていき、海岸にそってたくさんの光の花が咲いた。
「ねずみ花火もいっきますよー!」
六道の声と共に、火のついたねずみ花火が放り投げられる。もちろん人のいない方をねらったが……。
「うわわわっ」
花火を持ってぶーんぶーんっと振り回していた逆城の足下に滑り込んでいく。
地団太だんだ、だんだだんっ☆
足取り軽いステップに、笑っちゃ駄目だけど笑っちゃう。
大丈夫ー? と掛かる声もどこか笑いを含んでいて、
「更に沢山行くべきだろうか?」
ぽつと呟くのとほぼ同時に、ネズミ花火の数は増えるし、ロケット花火で戦争ごっこを始めたメンバーも出てきた。
●応援もがんばりました。
飲ミュニケーションをかわす交流会と称して、日谷月彦(
ja5877)・鞘継・森田直也(
jb0002)は各種目の話題で盛り上がっていた。
「いやー、最後のリレーの爆発は笑えたぜ、弟のやつ派手に吹っ飛んでやんの!」
持ち込んだ瓶ビール片手に楽しげだ。
ちなみにコップはなかったので、最初からラッパ飲みだから回りも早いだろう。
「日谷さんのご活躍はすごかったですよぃ……」
鞘継はジュース片手に呟いて嘆息。
「妨害に次ぐ妨害……そして妨害」
常に妨害だったようだ。流石ドS……と心の声もだだ漏れなところで絡まれた。
「そう、あの1000メートル走の時……怪我をした状態なのに猛スピードで引きずられたのはいい思い出だ……」
しみじみとそう告げつつ、鞘継に酒を勧める。ずずいと、未成年とは承知の上だが無礼講とはこういうときにある言葉ではないのだろうか。
自分を正当化することにS属性のものは本当に優れている。
「あたし飲めませんよぃ!」
(やばい! この人目がまじですよぃ)
あわあわと鞘継は月彦を交わしつつ、視界の隅に入ったものを勢い良く指さした。
「ああぁ、あれ、日谷さん、たこ焼きまだ残ってますよぃ!」
言われて、これをそのままにしておくことは出来ないと、月彦は怪しく美味そうな(?)たこ焼きの皿を片手にいったんその場を離脱した。
はふーっと息を吐ききって、椅子にずるずると鞘継が腰を下ろしたところで。
「お前も食え」
一つたこ焼き放り込まれた。
「―― ……!!」
がばりと、机に伏せ鞘継が悶絶していることに誰か気が付いて!
みんなが花火を始めたことで、手すきになった優多と智美、紫苑もジュースを傾ける。
「なかなか評判も良かったですよね。これなら、文化祭での焼きそば屋台出店も出来そうです」
もう一つの目的でもあった、文化祭の下準備的な試しも上々。
優多はやんわりと微笑んだ。
「そういえば、私たちは三人とも球技祭の競技には不参加だったな」
ぽつりと口にした紫苑に、智美と優多は頷く。
「ほら、差し入れ。一人一個食えよ」
話をしていた三人に、にこにことたこ焼きの乗った皿を差し出したのは月彦。既にいくつかはなくなっているようで、三人は礼を告げて用意されていた楊枝で刺して取り上げる。
じゃあ、と月彦は立ち去り、まだ配布していないメンバーへと歩み寄る。
「球技大会、楽しかったな」
「いろいろありましたが、みなさん笑顔で何よりです」
同じ卓でジュースやお茶を傾けていたのは、桜木真里(
ja5827)・一条常盤(
ja8160)・影野恭弥(
ja0018)だ。同じ席には静矢も要る。
浜辺で次から次にあげられる花火を、のんびりと眺めていた。ちょっと隠居メンバーっぽい。いえ、嘘です。
「そこの奴らも、たこ焼きどーぞ」
ひょいと差し出されたたこ焼きと月彦を交互にみた後、みんな顔を見合わせたが……言われたとおり一つずつ取って、
あーん、ぱくん。
「それ、ロシアンたこ焼きだから」
「え」
全員が噛みしめた絶妙なタイミング。
月彦が一言添えて足早に立ち去る。
24個中14個がわさび入りという、おそらくわさびの方が当たりなのだろうという代物だ。
「っ!!」
がくりっ☆
常盤が膝を着いた。
ふるふると震えている。
口の端っこから「心頭滅却すれば……精神統一、精神統一……」呪文のような声が漏れ出ている。
「お、お茶、一条、お茶飲んで」
当たりだったのか外れだったのか、ノーマルを口に出来た真里は、慌ててテーブルの上に乗っていたお茶を、常盤の隣にしゃがみこんで手渡す。
ちらと顔を上げると、静矢も机にふるふると突っ伏していた。
「……ああ、鳳まで」
とりあえず、突っ伏す静矢の前に新しいお茶をことりと置いて恭弥は席を立ち場を離れた。
多分、わさび食べてないと思う。食べてあれなら超クール。実際たこ焼き自体食べていなかったのかもしれない。
(……賑やかだな)
一人で静かに飲み物を傾けていた秋月玄太郎(
ja3789)は、各所で膝を着く姿をちらとみて、小さく息を吐く。
ああ、月彦が追いかけられている。
あ、ロケット花火が投げつけられた……彼の周りが今一番輝いている気がする。
●花火師登場?
みんなの様子を見つつ、頃合いを見計らった詩愛と佐藤としお(
ja2489)は顔を見合わせて小さく頷いた。
「佐藤&道明寺、桜花火やります!」
声を揃えた宣言にみんなが見守る。
砂浜で、適度な助走距離を取った詩愛は、たんっ!! と地面を蹴って駆け出した。
さすが撃退士の全力疾走。砂地に足を取られることなく走り込んでくる。
それを先で、構え待つのはとしお。
「よし、来いッ!」
腰を落とし両手を組み合わせて腕を伸ばす。
バレーのレシーブを受けるときのような姿勢だ。踏み込んでくる衝撃に耐えるために、ぐぐぐっと足を踏ん張る。
―― ……ダンッ!!
詩愛はスピードを緩めることなく、としおの組んだ手に足を掛ける。
ずっと僅かに軸足が下がった瞬間、光纏し堪え、としおを包み込む顕現した光の龍の目が赤く光ったと同時に
「ふんっ!」
そのまま、ぐっと詩愛を空高く弾き上げた。
「―― ……飛んだ!」
その高さに、みんな声を上げる。
みんなが上を向いている間に光纏をとき、としおは詩愛の成功を見守った。
最高点に達したところで、詩愛はスキル桜舞を使用。
手のひらから綿毛をとばすように優しく放たれるアウルの光は無数の桜の花びらを形取り舞踊る。
散り行く桜吹雪に連続して星の輝きがプラスされ、柔らかくライトアップされた。。
星が煌めき、月が姿を隠している夜。穏やかな海面には月が映っているように見える。
「おーっ! すごいすごい!!」
幻想的で圧倒的な美しさに、わぁっと歓声が上がった。
……わさび被害にあった方は、是非下にお集まりください。
舞落ちる花びらによって回復されますよ。と、こっそりアナウンス。
落下してくる詩愛の下に入り込んで、としおは受け止め体勢。
「す、すごく綺麗でしたよ、詩愛さん」
恍惚とした表情でうっとりとしたとしおは、両手を広げて詩愛を受け止めた。
「へぶっ」
顔面で。
これ以上なく真っ直ぐに顔面に両足が入る。
ぐらぁっと、としおが後ろへと弧を描くように倒れると砂地に落ちる前に、詩愛は、とっと降り立って優雅に一礼。
「夏も終わりですけれど、夜桜気分っていうのもいかがですか?」
沢山の拍手で、アンコールに応える形になり、それから何度か詩愛と、としおの光の競演は続いた。
毎回、どういうわけか、着地地点がとしおの顔面になってしまう理由は誰にもわからない。
●正義の鉄槌
「夜に映えて綺麗だねぇ……」
静矢復活。
さすがにいつまでも、わさびのあとを引いている訳もなく、繰り返しあがる花火をのんびりと楽しむ。
そして、離れた喧噪から離れたところで、一人静かに飲み物を傾けていたのは牧野穂鳥(
ja2029)
みんなが楽しげに笑い、きゃーきゃーと騒いでいる姿を見ると、微かに頬が緩む。
元々、人が苦手な気質であるのに参加したのは百人リレー。参加選手に応援陣。どうしてもその熱気に飲み込まれると、後から襲ってくる披露感が半端なかった。
(疲れました……)
両手で持った缶を傾け、小さくこくんっと喉へ流す。ひんやりとした飲み心地が、ゆっくりと疲労を取り払っていってくれるような気がする。
(でも、心地良い疲れです)
「―― ……?」
もう一口と、缶に口を付けると、笑い声の中に悲鳴が混じっているのが耳についた。
え?
穂鳥が顔を上げ瞳を瞬かせると、それはすぐ近くに来てた。
「可愛いね! 音の妹になってよ!」
「っ」
驚きに息をのみ僅かに体を引いた。
突然目と鼻の先まで距離を詰めてきた生徒は春塵観音(
ja2042)呼気からは酒気があがっている。
酔っぱらいだ。
拒食症でおつまみ系に何一つ手を着けることなく、ただひたすら飲んだ結果。自分の欲望に素直になった。
あまりの驚きに声を失っていると、観音のテンション上昇。
「音の助べえ心も花火のようにバーニングしておりますぞ!」
「せんでえーわっ!」
―― ドガァァァッ!
激しい音と共に観音の姿が海の方へと消えていった。
「……ぉとの、いもぅとにぃぃ」
まだ言ってる。
―― キラン☆
観音は星になった。流星群を待たずに、流れてしまうとはとんだあわてん坊さんだ。
ぱくぱくと可愛い金魚さん状態になってしまっている穂鳥は、常盤が無事後ろへと引き下がらせていた。
禁止事項を破る人がいれば、止めるために全体を見るように努めていたのが効を奏したらしい。
「あんな酔っぱらいらしい、酔っぱらい。絡み酒らしい絡み酒に出会えるとは……」
少しだけ感心したように告げたのは、月彦だ。
星鑑賞会のときにでも、騒ぐ奴がいたら海に放り投げてやろうとは思っていたが早まった。
その顔を見て常盤は、ああっと声を上げる。
「たこ焼きの人!」
(間違ってないけど間違っている)月彦はびくりと肩を跳ね上げ「楽しかっただろ!」と叫びながら一目散で逃げ去っていった。
その後ろ姿を見送って、仕方ありませんね。と常盤は呆れたように笑って嘆息。
「球技祭お疲れさまでした。どうぞ」
と手にしていた、飲み物を穂鳥に渡した。
「花火も少し貰ってきましたよ。一緒にやりましょうか?」
いって、ススキ花火を穂鳥に手渡し、自分たちの間にろうそくを灯した。
その明かりに、ほっとしたのか、ようやくひと心地着いたように穂鳥は表情を緩める。
小さなナイアガラを起こす花火に、常盤が手にしていたのはスパーク花火。火花を球体に散らすもので、雪の結晶のような火花になる。
パチパチと白い光を散らす花火はとても綺麗だ。
その僅かな光源に照らし出される二人ももちろん――
●それぞれのお願い。
―― ぽちゃん……。
もう海の水も随分と冷たくなってきた。脱いだ靴を片手にぷらぷら。真里は波打ち際をぽつんと歩く。
賑やかだった。賑やか過ぎた球技大会も終止符を打てば、少しだけ物悲しいというものだ。
吹いてくる風には、海の香りに混じって火薬の匂いも入っている。
どこか夏らしい香りだ。
「かざねこぷたーいっくよーーっ!」
聞こえてくる愉快そうな声。笑い声。それらにこうして包まれることはとても幸せだと思う。
見上げた先は満天の星が煌めく。何もかもいっぺんに持って行かれそうなほど、深い闇と輝きを放っている。
この星が、直流れ……る――
「かざ、ね、こぷたぁぁ目がまわるぅぅっ」
かざねがぽすりと砂浜に尻餅を着いたとき、きらりと一筋。星が尾を引いた。
「――あ」
その視線に釣られるようにその場にいた、麦子・チルル・六道・逆城・ウォーレンも空を仰いだ。
一筋こぼれると。あとは降るように流れてくる。
その様子に、ウォーレンは静かに瞼を落とし、黙祷するように祈りを捧げた。
ぽす、ぽすっとかざねの傍に麦子が腰を下ろし反対隣に、逆城・六道・チルルが座り込む。
そして、いっせーのでぱたんっと砂浜に大の字になって寝転がる。
「綺麗だね……」
「……うん」
小さな声でポツポツと。
誰かが何かいったわけでもないのに声のトーンは自然と下がる。
六道は、左右に転がった仲間を見てもう一度顔を上げる。
(こんな幸せな時間がいつまでも続くように、私は撃退士になったんだ……)
改まる気持ちを胸に秘め、忘れないように内側に留めておく。
そして、隣の逆城が眠たげに目を擦る姿に気が付いて声を掛ける。
「だ、大丈夫! ちゃんと見るですよ」
うん。もう少しだけ、おねむの時間は遅くできそうだ。
それぞれに思いを馳せるみんなに、麦子は抱えた膝の上に缶ビールを乗っけて顔を綻ばせる。
このひとときがとても大切。でも願うことは
(異界の美味しいビールと出会えますように♪)
実に麦子らしいものだった。
―― ジュッ
バケツの中に差し込まれた花火が短い音を上げる。
周りの様子が変わったことに、巽もふと顔を上げた。
「……あ」
星が弧を描く空が目に映る。その壮大さに巽は大きく瞳を見開き瞬いた。そして、ふと微かに頬を緩め
(これからも楽しい学園生活を過ごせますように……)
今日も、表情には見て取りにくいかもしれないが、巽なりにとても楽しんでいた。
こんな時間が少しでも長く、一回でも多く重ねることが出来るなら素敵だ。
みんなが魅入っている気配を感じながら、真里は流れる星を見つめる。
ゆっくりと瞑目すると
(どうかみんなが笑っていられますように)
静かに祈った。
●騒がしいのは最早デフォ
「いやいやいや、あたしは飲みませんよぃ!」
ここはエンドレスでこの会話が行われるのだろうか?
飲ミュメンバーは、賑やかなことこの上ない。
すちゃっと月彦が霧吹き(酒入り)を構えたところで、周りが、息を飲んだのに気が付いた。
とっさに鞘継は願う。
(この人どうにかして下さいよぃ!)
涙目だ。
「俺も流星群になってやるぜ」
何への対抗心か、スイッチが入ったのか……直也は、手にしていた、ビール瓶を一息に呷って空にすると、こんっとテーブルに載せる。
続けて手にしたものは、ロケット花火☆
次々と、点火してとき放ち走りだそうとしたら……。
「うるさい」
―― バキッ☆ドーーン
望み通り、直也は星になった。
ふんっと息を吐き出して、月彦は椅子を引き腰を下ろした。ようやく、自身の酒に口を付ける。
早速願いが叶ったとばかりに、鞘継が胸を撫で下ろしているのを、ちらと見てソフィアは空いていた椅子に座った。
「せっかくだし、流星群は見ていきたいなって思ってさ」
言った言葉に
(手が届く範囲の全てを護れます様に……)
と見上げて願っていた静矢も頷く。
「夏の終わりにすばらしい天体ショーだな」
(今度は妻と一緒に来れると良いな)
そっと、そうなったときのことを想い描くと気分が良くなる。小さく頷いて、今度は……と胸の内で繰り返した。
時間にすればそれほど長いものではない。
けれど、永遠を感じさせるほどその時間はゆっくりと流れているような気がした。
「綺麗ですね……」
先に簡単に片づけを始めていた優多が零すと、それに釣られるように知美も紫苑も空を仰ぐ。
また、星が流れた。
「そう、だな……」
「あ……」
シュゥゥと花火が消えるのと同時に、顔を上げた穂鳥は目を輝かせた。
そして、慌てて手を組み願いが叶うようにと穂鳥はきゅっと瞼を落とす。
(こんな日常ができる限りいつまでも続いていきますように……)
それほどに強い願いなのか、ぎゅうぎゅうっ組んだ手に力を込める穂鳥に微笑み、場を共にしていた常盤も釣られて見上げると続けて星が流れる。
「綺麗ですね」
掛けられた声に穂鳥は瞑目していた瞼を持ち上げて、こくんっと頷いた。
花火は少し中断。
中腰になっていたのを、座り直して並んで眺める。常盤は、ちらと視界に入った花火の残骸を見、顔を上げる。
今夜は数え切れない星が流れる。
(先生も流星群見れていますように)
そんなことが脳裏によぎった。
―― ピッ
(着信入って邪魔されるのも面倒だし……)
恭弥は携帯電話の電源を落とすとポケットにしまい込んだ。
みんなが集まっている場所を離れて、湾を囲むようにせり出した岩場の上に寝転がる。
「流れ星……か」
音もなく流れ落ちていく星に人差し指と親指を伸ばし銃の形を作って狙いを定める。
「どうせならここに降ってくればいいのに……」
くんっと手首をスナップさせて、ばんっ☆
「撃ち落とすけど、さ」
そこから遠く離れた場所で、
「アリス先生のチア姿、チア姿、チア姿」
と叫び上げ達成感に満ちた海の姿もあった。
●締めはやっぱり
「―― というわけで!」
何が、というわけなのかは置いておいて、始まりました。恒例(?)の線香花火対決!
誰が最後まで玉を死守できるか!
なんだ、最後の最後まで球技じゃん。
集まった選手は、片手、もしくは両手に線香花火を手にし、ほぼ同時に火を付ける。
―― パチパチパチ
「精神統一です」
「うぬぬー落としちゃダメです、落としちゃ……」
「もうちょっ、とです」
逆城は両手に構えていた線香花火の火花を見つめてうとうと。かくん! と船を漕いだ瞬間、どちらもぽとりと落ちてしまった。
「ああっ!!」
―― ちりちり……ちり……
「このなんともしんみり物悲しいのが良いよね」
「……綺麗ですよね」
「儚いし」
ぽつぽつと誰ともなしに口にする台詞はどれも名残惜し気。
それなりに、みんな各種競技・応援を楽しみ充実していたようだ。それだけに終わりを告げられるのはちょっぴり寂しい。
「あ」
ふるふると、手にしている紙縒の先についた赤い玉が震える。
ああ、もう落ちる ……――
ぽとんっ
最後の一つが落ちると、刹那、静寂が落ちた。ろうそくの火がゆらりと揺れてみんなの顔をオレンジに照らす。
誰のものが最後まで繋がっていたのか、見極めているものが居なかった。
「楽しかったねぇ……」
「うん」
「……また、こういうおバカなことしたいですね」
「ですよね」
さて! とそれぞれがばらばらと立ち上がり”次”のためにも片づけまでちゃんとしなくては……と、後片づけが始まった。
線香花火対決を「まったりさせてもおうかな」と椅子に腰掛けて見守っていたソフィアも椅子から立ち上がる。
―― キラリ
最後に一つ。
星が流れた…… ――
●
ザザーっと、砂地のぎりぎりでトラックが止まる。
「片づけを手伝いに寄りましたが、殆ど終わってしまいましたね」
降りてきたのは常盤楓だ。場所を提供したのみで任せたままだったため、気になって駆けつけたものの少し遅かった。
ゴミは全て引き受けるからと、静矢が中心になって集めてくれたゴミ袋は荷台へと……。
手が空いたものから各自解散。
みんなわいわいと楽しげにその場を後にしていく。
若干名、引きずられているのだけど…………ご愛嬌、かな?
「これが最後です」
真里が最後のゴミ袋を二台に積むと、がらんがらんっと派手な音が響いた。
「みなさん、随分空けたようですね」
缶の多さに、楓は苦笑しつつ荷台にネットを引っ掛ける。
残り一つのフックに引っ掛けて荷積み完了。
「今日はありがとうございました」
「いいえ、私は何もしていませんよ。桜木さんも、お疲れ様でした」
やんわりと微笑んだ楓に、真里も同じ様にいいえと返した。
そして、真里は少しだけその場に留まることを迷った風だったが、先に行ったみんなが気がついて手を振ってくれている。
それに答えて手を振り、楓に軽く会釈すると「じゃあ」と踏み出した。
数歩離れると呼び止められたような気がして、真里は首だけで軽く振り返る。
「みなさん……楽しめましたか?」
一粒の不安を含んだような問いに、真里はふわりと柔らかく微笑んで
「はい、とても」
と首肯した。
そして、今度こそ振り返らずに走って行く。
辺りには、つい先ほどまでの騒ぎが夢幻であったように、静かに波を打つ音だけが響き渡る ――
丸々一日。
学園全てを飲み込む勢いで騒ぎ倒した、球技大会がここで終わった。
まあ、あの二人のことなので、次はない。なんてことはまず考えられないだろう。
さあ
次は、何で宿命の戦いに決着をつけようか……?