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パーンッパーンッ!
青い空に空砲が上がる。運動会か何かですか? いいえ、違います。
「可愛いあの子は俺の嫁っ?! 花嫁争奪っチキチキ大レース!」
です。キーンと耳に痛いハウリング音が響いたあと、高らかに会長が宣言した。見物人は通りすがりの人々。こんなことやってれば、足も止まります。よもやこんな晒し者になるとは。
「絶好の障害物レース日和ですね!」
浮き足立っているというか、今直ぐにでも妹という名の嫁確保に向かいそうな雰囲気を醸し出しているのは春塵観音(
ja2042)
あらかたの解説は事前に行われていた内容とほぼ同じ。直ぐにレースは開始となった。
「レース頑張ってくださいっ」
きらきらと満面の笑みでレース班を見送るのは、相馬遥(
ja0132)是非とも今回のイベントにて、運命の人という名のイケメンゲットを成し遂げたいという思いは、観音に引けを取らない。
そんな応援に応えつつ、
「ま、そういう企画だってことなら楽しまなくちゃな」
スタート地点に向かいながら快活の良い笑顔を見せるのは千葉真一(
ja0070)そして、それに同意する形で櫟諏訪(
ja1215)がにこにこと同意する。特に頭頂部の一房が楽しげだ。
「せっかくなので楽しみますよー!」
そんな三人の後ろについて歩きつつ。
(非リアを救済する……? 何だ私の為の企画か)
などと思いつつこそりと意気込みを表すように、嵯峨野楓(
ja8257)は拳を握った。今回は参加者の関係上レース班に回ったが、出会いなんてもの何処に転がっているか分からない。それが赤い糸の先っぽならなおのことだ。
「料理班は各自の予定している料理を作成してください。材料はあちら」
マイクを握りっぱなしの会長の声で現れたのはキッチンスタジアム。どこか見覚えのある雰囲気だ。料理班が各自用意されたエプロンを身につけ、太陽反射して若干眩しいキッチンに陣取ると
「レース班の準備も整ったようなのでー……」
すっと会長の腕が空へと掲げられる。
「よー……ぃ」
それぞれ、リア充への思いを胸に
「スタートォォォ!」
―― ……パー……ッン……
競技用の鉄砲が音を立てた。
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撃退士の運動能力を考慮して、部室棟は結構離れているところが指定されていた。白煙を上げて掛けだして行った一名。それを追い掛ける形で三名が走り出す。
その姿を見送ると、ぐぃっと腕まくり。
「料理は愛情! そう、愛情があれば技術なんていらない!」
鼻息荒く大きく頷いた遥は、片手に食パンを掲げた。
(こういうところで本当にカップルが成立すれば……それも運命というものでしょうし……)
用意されていた食材を選び取って、シンクに歩み寄りながら神咲夕霞(
ja8581)は、こくんと首肯し、
「……今日の夕飯だったのですが……」
とサワラを片手に呟いた。
「迷ったけど……作り慣れてる漁師飯にします。悩んだら定番、ですよね」
はにかむように、どこか控えめに微笑んだのは沙酉舞尾(
ja8105)ほんわりして見える彼女がどんっとまな板の上に載せたのは、タコ。その動きをまだ止めていない丸一匹だった。寸胴が火に掛けられている。放り込むんですね? 豪快に……。
「赤い糸……私の糸は、誰に繋がっているのでしょう?」
抱えたザルには、ジャガ芋、人参、玉葱にサヤエンドウ。白滝は水に晒され出番を待っている。
「後は豚バラ……」
どさりと置いて、きょろきょろするのはRehni Nam(
ja5283)メインは肉じゃが。日本では肉じゃがが作れないとお嫁さんになれないと、前の学園の友人に吹き込まれ忠実に従うようだ。誰か早めにそれが絶対要素ではないことを教えて上げてください。
そして、レフニーが並んだ材料と、メニューの確認をした後包丁を手にした瞬間。
カッ! 一般スキル発動!
それに吊られるように、一気にキッチンスタジアムの熱気は高まった。
「しっと団とかだけじゃないんだね」
来た道を振り返りつつ、楓がぽつり。
最初の障害は、増殖し続ける蔦だった。足を取られ身体を取られ散々だった。叩き切ろうとしたら、管理しているらしい園芸部(品種改良専門)部長に、射殺されそうな勢いで睨まれて、取ってもらうのを待つしかなかった。
勢い余った観音に喪女扱いされた部長は気分を害したのか、彼が解放されたのが一番最後だ。
「レースのこと知らないっぽい感じでしたけどねー」
とっとこ駆け足で口にした諏訪に、そうだなと、真一も頷く――常に面倒事を起こす部なので、その前を通るだけで何かしらの被害を受けると言うことは運営側は想定済み――
廊下をひたすら進んでいると、何か聞こえる。
音楽。軽快なポップスだ。アニソン? アイドルソング? そのどちらかだろう? 走っていた足並みが自然と緩くなる。角を曲がった先。音はそこから聞こえる。
「ちばしー、いっちー、かえでちゃん、何やってるんです? 音が行きますよ」
最後尾だった観音が、言うのと角を曲がるのがほぼ同時だ。慌てて三人がその後ろを追いかけると……――
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「冷静沈着で信念をもって行動する人。見た目や年齢は気にしません」
手元の作業を真摯に行いつつ、夕霞は質問に答えた。
「でも、そういうお方には見向きもされませんし、大抵彼女とかをお持ちのようですから……」
続けた台詞に裏付けでもあるのか添えた笑みは苦いものだった。
「も、求める事とかそんな……。好きになってくれて、お互いを大事に想い合って過ごせるなら、それだけで幸せです……」
ふわわっと顔を真っ赤にして首を振るのは舞尾。そもそも年相応に扱われたことが少ない……というのは舞尾にとって禁句だ。
「信頼し合える人、というのは当然として、一緒にいて落ち着ける人って良いですよね」
とは、レフニーの弁。両手鍋の中にトクトクと注がれているのは、黒くてしゅわしゅわで甘い見慣れた液体コーラだ。こうするとすぐ肉が柔らかくなるらしい。
「盛り上がるときはわいわいがやがや、でも、縁側で特に会話もなくぼんやりと座って、時々ちょっと微笑み合う。そんな事を自然と出来るような人と一緒になれると良いなと思うのです」
はい。目に浮かぶようです。
そして隣りでは、シンプルな白い皿には、三角に切り分けられたサンドウィッチが可愛らしい四色のピックで固定されている。
「ふっふっふっ、出来る女はバランスも考える!」
テンションは右肩上がり。遥が前にしているのはジューサーだ。だが、何故だろう。魔女がぐつぐつと怪しげな薬を煮込んでいる図に見える。
運営で確認できたのは、蜂蜜、黒酢、梅干し、サンドウィッチの余り、それらをリンゴジュースで、ギュィィィィン! もう一度開けて、栄養剤っぽいものを遠慮なく放り込む。あの、誰が被害者になるんですか?
「え、あ。失礼、夢中になってました」
そうじゃないかと思いました。
「理想ですか? そうですね……うへへへ」
(高身長、イケメン。これ大事。細マッチョOK、声が格好良くて、他にも……)
もしもーし、戻ってきてください……無理か、無理だな。トリップされてしまったようです。
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部室棟廊下は凄い熱気を帯びていた。
「こ、これは…… ――」
四人は思わず足を止めた。止めるしかない。廊下には一分の隙間も存在しない。
リア充殲滅を掲げる団体の一つ。喪男会(モダン会)彼らの数々の騒ぎは久遠ヶ原学園の黒歴史に刻まれていることだろう。そして今回は大迷惑にも廊下を占領して、ヲタ芸を打っていた。
「そこで最後にササゲーー……ないっ!!」
ぴたっと音楽が止まり、激しい動きが停止した。ちょっと、怖い。そして、一歩前に出た一人が、びしりっ! と四人の方を指さし
「聞いているでござるよ、くだらない赤い糸などを利用して、リア充に到達しようなどと不埒千万!」
その体型で良くあれだけの動きが出来るなと、素直に感心したものの
「……何故、女子が居るでござる……」
ぽつとこぼした後、へーほーふーんっと訳知り顔。確実に誤解されたくない方向へと妄想は高まっていそうだ。思わず楓は一歩踏み出して物申そうとしたら、皆まで言うなと制された。一挙手一投足、人を苛立たせることに長けている。
「兎に角! 我々と共に極め捧げるでござる」
言い切った。それと同時に再び、音楽が流れ一糸乱れぬヲタ芸が打たれる。その勢いは廊下を揺らしているような気がする。その上、直接向かってこない分、相手にし辛い。
だからといって、連れ立つつもりもない。
顔を見合わせて頷くと、それぞれに行動開始。回り込むのも無理だとすれば、もちろん、突っ込む!
諏訪は、ちゃっ! と持参した水鉄砲を、楓は忍術書の角を……真一は、
「あっと、踏んじまってすまーん」
身軽に正面の男の肩に手を掛け、飛び越えると人、窓、壁を蹴り上げてほいほいと抜けていく。その先行で崩れた陣形に三人は割り入る。
諏訪がぴゅこぴゅこと水鉄砲を発射すると、次々に、目が目が〜! と悶絶。流石、ネタは逃さないヲタ根性に乾杯っ!
「体に害はないので安心してくださいなー?」
それを援護する形で、いろんな意味で群がる喪男連中を薙ぎ倒し楓が続く。そして、観音は
「音が結ばれれば女の子紹介してやることも出来るんだぞぉぉっ!」
など、説得を試みた!
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そして、料理は並べられた。
A:たこ飯・とろろ昆布の吸い物・海鮮三色揚げ(一口大の魚介類を三色素麺の衣で揚げたもの)・干し貝柱と野菜の炊き合わせ
B:ご飯(つや姫)・お味噌汁(絹ごし豆腐、なめこ)・肉じゃが・玉子焼き・糠漬け。
C:ご飯・お味噌汁(わかめ、豆腐)・サワラの幽庵焼き
D:ハム、レタス、トマト等クラブハウスサンド、野菜とバジルチキンのさっぱりサンド・特製ミックスジュース
良い香りと独特の香りが絡み合って素晴らしい。
駆けつけたレース班が若干くたびれた感じになっているが、事情はあとから聞くとして、一番になった真一から料理を選ぶ。
日本食が普通に作れるなら問題ないと思っていた手前、目の前の料理はほぼ全品日本食だ。そのため
「決めるしかねぇんだよなぁ」
決めかねていたが
「俺はAを選ぶぜ!」
悩んだ割には即決。潔いのが真一らしく爽やかだ。
「じゃあ、自分はBで」
と、諏訪。続けて、料理を眺めつつ、女子力の差に微妙に肩を落としたものの
「私は、D」
と楓も選択。
「一目見たときから妹にしたいと思っていました!」
ずいっと身を乗り出した観音に、控えていた舞尾は、あわあわと真っ赤になる。観音さん。料理を選んでください。というわけで、観音は最後のCを選択。
せーの! でぱっくん。
A「美味いぜ! 豪快さの中に繊細さもあって……これは、神咲先輩!」
B「この玉子焼き甘くて凄く美味しいですー。肉じゃがの甘みも凄く美味しくて……うーん、舞尾ちゃんですかねー?」
C「うう、あれだ先ずは一口……うむ、美味。独り占めは勿体ないね。あとでみんなで食べる分として残させて貰うよ! そして、これはまおまおに違いないっ!」
D「うんまー! これが愛妻なんとかか……! 遥ちゃん、かなぁ〜?」
サンドイッチもぐもぐ、あ、ジュースだ。ごっくん。楓の顔色が上気した朱から、さっと物凄い速さで青に変わった。堪える? だいじょう、ぶ?
「う、うん。で、でも私が普通に作るよ、り、ぜ……」
―― ……バタンきゅー。
楓が落ちた。
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赤い糸の先、繋がっていましたか?
用意された模擬挙式場は人前式の形を取っていた。
つまり、ガーデンウェディング。神仏に誓うのではなく、列席者に証人になってもらい婚姻を交わすと言うものだ。
意外と本格的に、そして可愛らしく飾られたアーチの下には、幸せそうな(?)カップルが一組。
「ほらほら、大丈夫。ブーケは一番豪華なの取れたんだよー」
当たった! という現実に一気にテンションマックス! いやっはー! となったはずだったのに、遥は、はたっと我に返る。そして、素敵な笑顔でブーケを渡してくれたのは可愛い女の子だ。
ドレープの利いた流れの美しい純白のドレスと、タキシード――セミロングの髪は後ろに結い上げて流し、身長補正にシークレットシューズ――に身を包んだ二人。
遥は割と早い段階でふっきれ、これは予行練習。必ずイケメンをゲットした暁には再び! と胸に誓い楓と共に声を合わせて宣言文を読み上げる。
「本日 私たち二人は 皆様の前で結婚の誓いをいたします……」
誓いのキスは流れるような美しいブーケに隠し、したフリをして。
お互い目が合うと、女の子同士で何やってるんだろう、となんだか笑いが込み上げてしまった。交わした指輪は購買で売っているものだったが、場所と雰囲気のせいかとても特別なものに見えた。
皆で撒いたフラワーシャワーがさぁっと風に舞い上がる美しさに自然と笑みも浮かぶ。
式が終わるとそのまま会食に入る。
庭に並べられた円卓には、先ほど料理班が作成した料理の他にオードブルが並んだ。
「ケーキ切り分けるよー」
夫婦の初共同作業。
長方形の大きなウェディングケーキにナイフが沈み、参加のご褒美に全員に振る舞われた。
「まあ、楽しかったから良し、だぜ」
笑顔で告げた真一は、あ、と思いついたように、レース後獲得したチューリップをメインにアレンジされたブーケを夕霞に差し出した。
「当たらなくて、えーっと、こっちだったんだな。美味いし、これ、俺いらないから」
いつもの勢いが僅かに減っている。もしかすると少し赤いかも知れない。そんな真一に、夕霞はくすりと綺麗に微笑んで
「ありがとうございます」
と丁寧に受け取った。
「音もどうぞです」
舞尾にふさりとラウンド型のブーケが渡される。よくブーケトスで見かけるタイプのコンパクトで可愛らしいものだ。
「わわ、どうも、です」
そんな二組を見て、諏訪は自分の手に残ったブーケ、とは呼べない代物(シロツメクサの花と葉が一本ずつ、白いリボンで留められているだけ)を見つめる。
本来なら、諏訪は二番手だったのだけど、突撃してきた観音にブーケを奪われてしまった。最後に残っていたのがそれだったのだ。
「あー、っと、こんなんですけど……間違えてしまってごめんなさいですよー」
目が合ってしまったレフニーに、恐る恐る差し出す。あほ毛まで、心なしかビクついている気がした。そんな諏訪に、レフニーはにこりと微笑み、戸惑いなく両手でそれを受け取った。
「ありがとうござぃ……あ……!」
礼を告げようとして、レフニーは声を裏返した。
何々? と皆その様子を伺いにのぞき込んでくる。
「凄いのです! 皆さん、イチイさん! これ、四つ葉のクローバーなのです!」
見てとばかりに腕を伸ばした先に握られていた花は、太陽の光を浴びてきらきらとその四枚の葉を輝かせていた。
さて、貴方は「赤い糸」どこかに見えましたか? …… ――