●到着
「宵闇を照らし東雲の光よ……今この場に……っ」
郭津城 紅桜(
ja4402)のスキル『トワイライト』が闇夜を照らすを使用した。
続けて天音 みらい(
ja6376)も『トワイライト』を使用する。数多の光球が闇夜を払う。
到着時刻は午前3時。現場付近の避難誘導はされ、辺りは無人で静まり返っていた。
「この辺りは入り組んだ住宅街になっているね。少し開けた場所に誘導した方が、戦いやすいかもしれない」
鳳 覚羅(
ja0562)の言う通りだった。辺りは入り組んだ住宅街で、戦闘になれば行動の制限を
受けそうな所だ。何より住宅への被害もでる。戦闘時にいちいちそんな事は考えられないのだが、
配慮することに越したことは無い。
「この先に空き地があるようだ。誘導するなら其処になるだろうが・・・さて、どうやって誘導するかが問題か」
鷺谷 明(
ja0776)が笑みを浮かべる。明は依頼に出向く前に予め付近の地形を調べ上げていた。
備えあれば憂いなしである。
「あの、今回のファウスト・・・人間だった頃の自宅に向かっているって話でしたよね。僅かばかりでも自我が残ってると思うんです。
だから・・・その・・・お母さんがそこで待ってるよって言ったら・・・」
みらいが消え入るような声で発言した。基本ディアボロに自我は無い。
それは知っているのだが、今回のディアボロは人型というのもあり、人間の頃の容姿を大きく残している。
もしかしたらと言う思いは捨てきれないでいた。
「自我・・・か」
狼ヶ峰 翼(
ja0077)が呟く。今回の依頼は殺す以外の方法が見つからないのが残念だった。
人間ではない天魔は退けるしかない。撃退士である己は天魔を屠る事。たとえその天魔が、元人間であったとしても。
●戦いの始まり
不意に、皆に緊張が走る。静寂が付近を包む中、羽音が聞こえてきたのだ。
「いらっしゃったようです」
辺りを警戒していた姫宮 うらら(
ja4932)が弓を構え、引き絞った矢を放つ。矢は唸りを上げ対象に命中した。
かくして、その者は闇を纏って現れた。美しい天使のような翼を持つ異形。
生前の三島小夜の容姿を大きく残したサーバント。
名はメフィスト。かつて人間だった者が人類の敵になったエネミー。天魔に贄とされ、従僕となった哀れな獣だ。
手には大鎌を持っており、よく見ればそれは血濡れであることがわかる。
また、体は所々に深い傷を追っており、先の撃退士との戦闘を伺わせた。
自身に刺さった矢を無造作に抜き取り。撃退士を達を睨みつける。
「アアアァァァアアアアア!!」
夜の静寂を引き裂く絶叫をファウストが上げる。それが戦いの合図だと言わんばかりに。
ファウストは自身の翼を最大限に展開した。激しく羽ばたかせることによる真空刃を撃退士達に放つ。
回避を試みる撃退士達。しかし、中には回避が間に合わず、軽微ではあるが傷を負った者もいた。
「誘導している暇は・・・どうやらなさそうですわね。ならば、まずはその羽を無効化させていただきます」
紅桜は踊るように空中に五芒星を描き出した。紅桜のアウルが高まり光纏が始まる。
「急急如律令!呪符退魔!」
速やかに行えと言う彼女の命により、持っていたスクロールが輝き、射出されたエナジーアローがファウストに飛んでいく。
同時にうららによる弓撃もファウストに入った。二人とも羽を狙っての攻撃だ。
紅桜のエナジーアローがファウストの片羽に着弾し爆発する。
大きく体制を崩し、地上へと降り立つファウスト。それを好機と捉えた者が居た。
「I desert the ideal」
アイリス・ルナクルス(
ja1078)が光纏した。赤黒い煙状のオーラがその身を包む。
「私は…セイギノミカタ、じゃ…あり、ません…から…敵、には…容赦…しません…」
自身よりも大きな剣、グレートソードを構え持ち、迫撃を仕掛けた。
『義妹のような無為の死を許さない。・・・だから、情をかけたりはしない』
かつての自分は力が無かった。だが、今は守れる力がありここに立っている。
力なき正義ではないのだ。力ある正義を執行する。そのためにここに来た。
「人の姿を残したまま、ファウストに…ね」
サーバントの容姿は撃退士達への精神的な動揺を誘うために、わざと人間だった頃の姿を大きく残したのだろうか。
しかし、どんなに人間に近くあろうとも敵は敵。屠ることに躊躇いは無い。
躊躇えば、こちらがやられるのだ。
高瀬 颯真(
ja6220)は自身のショートソード2本をそれぞれ手に持ち、ルナクルスに続きファウストへと向かった。
紅桜・うらら・颯真・ルナクルスの4名が先に攻撃を仕掛ける。残り4名は隙をうかがっている。
予め2班に別れ挟撃を仕掛ける予定だったのだ。
4対1の攻防が始まった。数の上では優勢だが相手はファウスト。並みの敵ではない。
剣戟が夜を切り裂き、魔法が闇を裂く。
ファウストが前衛二人の剣戟を潜り抜け、紅桜に接敵しようとするが
「此処より先には往かせません!」
うららの弓から放たれた矢がファウストの動きを制限する。
「我身既鋼…我心既刃…我は人に仇なす天魔屠る剣也」
自身に自己暗示をかける。敵を屠るための一振りの剣となるために。
鳳 覚羅(
ja0562)は冷静に切りかかるタイミングを見計らっていた。
連携の取れていない攻撃など、有巧打を与えるのには程遠い。タイミングを測り、力を温存する。
そしてついに、先行した4名によりファウストに大きな隙が出来た。その隙を見て覚羅が飛び出しす。
「今が好機!」
体制を崩しているファウストに自身の大太刀で、腕・脚・翼へ攻撃を加えていく。
「さて、愉快にいこうか」
愉悦を浮かべ、右手にアウルの力を集める。
右手に禍々しいオーラが発生し、やがてそれは右腕全体を覆った。
覚羅の動きに同調し、タイミングを合わせその右手をファウストに叩き込む。
「毒婦セミラミス」
スキル『毒手』を更に改良した彼のスキルが、ファウストに猛毒を与える。
その毒は確実にファウストに侵食し苦痛をもたらしはじめた。
ファウストが反撃とばかりに大鎌を奮い撃退士達へなぎ払いを放つが、
前衛は予め鎌を警戒しており全員回避に成功した。
「こいつはもう人間じゃない・・・そして俺は・・・撃退士だ!」
翼はナックルダスターで大鎌の攻撃を捌きつつ、
スキル『石化』で加速された高速の拳をファウストに叩き込む。
ゴウ!っと唸りを上げる券がファウストの翼に当たる。
今までのダメージが蓄積されていたのも相まってか、見事にファウストの片翼を折ることに成功した。
それを見て、ロングボウからショートスピアに武器を持ち替えるうらら。
前衛に混じり攻め立てる。
「はぁああ!!」
渾身の力を持って放った“石火”の如き激しい一撃がついに、残された片翼を折ることに成功した。
「グアアアア!!!」
鬼のごとき形相で撃退士達を睨みつけるファウストに、天音は一瞬たじろいだ。
しかし、ここで怯んではいられない。自分は撃退士で敵はファウストだ。
「ごめんなさい…でも、うちらは、小夜さんを倒さなければいけないのです…許して…」
気を強く持ち、スクロールを手に彼女のよく知る詩を詠った。
「As stars fall,Thy hear upon Hades' call,Thus see upon his fearful claw,Clutching into tender flesh」
彼女の詩に呼応し、スクロールから無数の光の矢がファウストへと殺到し、着弾する。
「痛い!やめて!もう攻撃しないで!!小夜はお母さんに会いたいだけなのに!!」
全身から血を流し、悲痛な叫びでファウストが訴える。目からは涙さえも流していた。
「く…落ち着くのですのよわたくし。今、しなければいけないことを忘れてはいけませんわ」
紅桜はファウストの叫びを聞いて自分の過去と重ねてしまい攻撃の手が緩む。だが、過去は過去。
乗り越えなければならないのだ。
「こいつはもう人間じゃない!俺たちの敵だ!騙されんな!」
そう、人間ではないのだ。どうあがいても助からないのならば、一刻も早くその苦しみから
開放させることこそがファウストの『小夜』のためだと解っている。
仲間への言葉は、颯真自身にも言い聞かせているのだ。
果敢に攻撃を仕掛ける颯真だったが、ファウストはお返しだと言わんばかりに
大鎌を大振りし颯真のショートソードを弾き飛ばし、颯真を斬りつけた。
更に追撃に行こうとするファウストの刃を――
「やらせはしない!」
――咄嗟に覚羅がカバーし受け止める。
それは刹那。覚羅の大太刀がファウストの大鎌を受け止めた僅かな硬直の瞬間を明は見逃さなかった。
「セミラミス!」
毒手がファウストの腕部に突き刺さり、悲鳴を上げファウストは大鎌を手放した。
これで決める。
決意を胸にグレートソードを水平に構え、持て得る力を開放する。
「早々に、私の前から…消えろ!」
ルナクルスは黒い影を周囲に放ちながら相手の懐にもぐりこみ、グレートソードによる一閃を放った。
剣戟の後には黒い軌跡が残る。軌跡と剣の輝きにより、その様は朧月のように見えた。
ルナクルスのスキル『Dim Luna』がファウストに致命的な一撃を与えた。
たたらを踏み、よろけるファウスト。
満身創痍とはこのことだ。終わりの刻は近い。
「止めだ!」
翼のナックルダスターがスキル『石火』により、拳速が最高に引き上げられファウストを打ち抜く。
ファウストはキリモミ状態で飛ばされ地面に転がった。
震える手を挙げ、中空に手を伸ばす。
「お・・・あ・・・さ・・・」
ファウストはかすかな声をあげ、天へと挙げた手は何をも掴む事は無く、地へと落ちていった。
●悲しみを超えて
かくして、ファウストの討伐は成った。
だが、天魔が居る限りこのような悲しみは容易に生み出されるのだろう。
そう思うとやるせない気持ちになる翼が居た。
「すまない。俺はまだ弱い・・・お前を殺す以外救う手立てを見出せなかった。・・・約束する。こんな戦い、必ず終わらせる」
そう己に誓い翼は静かに祈った。
その傍らで、颯真がファウストだったもの、小夜に手を合わせた。天音と覚羅も颯真と一緒に手を合わせる。
「ごめんな・・・」
助けられなくて。酷いことを言って。お母さんに合わせてあげられなくて。様々な思いが渦巻く。
もっと強くなる。少しでも彼女のような人を減らす為に。悲しみの連鎖を断ち切るために。
「強くならなくちゃな」
「・・・そうですね」
その光景を見ながら、ぽつりとルナクルスが呟く。
「…愛しい人に会いたいって気持ちは、私にもいますから分かります。
ですが、貴女は無関係な人を巻き込んだ。それが間違いだったのです…」
自身が経験した過去。今回の事件と少なからず被る所があった。
殺人を許せない。殺人を平気で行う天魔を許せない。弱い自分も許せない。
だから剣を手にした。ファウストを小夜を剣にかけた。心に軋みをあげながら。
「怪我をしているものがいるようだな。備えあればと言うやつだ。どれ、治療してやろう」
救急箱を開け、明は怪我人の治療を始める。そしてふと気づいた。ファウストの持っていた鎌である。
鎌はファウストの傍らに落ちていた。この鎌から何か天魔に対する足がかりが掴めるかもしれない。
そう思い拾い上げようとした瞬間、鎌が淡い光を放ち消滅した。
「成る程。足がかりすら掴ませないとは徹底している」
「…ひとまずは絶ち切れたというところですわね。しかしその前の事件にいた悪魔…今は無理でもいずれ倒せる様にしますわ」
「そうですね。この惨劇を生み出した悪魔はまだ健在しているんですよね・・・」
ファウストを討伐することに成功したが、紅桜の言う通り悪魔は健在しているのだ。
悪魔や天使。人間を贄とする侵略者達を退けない限り、今回のような悲劇はいとも簡単に繰り返されてしまう。
次も守ってみせる。うららは決意を新たにした。
徐々に天空が赤みを帯び始め、光が差し込んできた。ここに小さな悲しい夜は明けたのである。
撃退士達の戦いは終わらない。天魔を狩りつくすその日まで。
了