「酒は百薬の長、という言葉はご存知?」
ビール片手に出迎えたのは、雀原 麦子(
ja1553)であった。
「酒のつまみといえばやっぱこれだろ、バッファローウィング!」
サッ、と激辛鶏の手羽先のから揚げを差し出す紺屋 雪花(
ja9315)。
高校2年生という設定は横に置いて、現在20歳!二重人格は未だ治らないが、今夜はそれも横に置く!
「マイルドから超激辛迄、各種用意してみたんだ。各種スパイスは身体を暖めて、健康作りにもいいはずだ」
唐突な出迎えに、『風邪にかかりにくくなる薬』の相談を持ちかけた大学院生・木賀 御智瑠は、目をパチクリさせる。
「『医食同源』と言う言葉を知っているかしらん?」
「そうそう。それに」
「『病は気から』って言うしね!ココはひとつ、盛り上げてこう!」
僧帽筋をこよなく愛する愛と美の妖精をドーンと押しのけ、六道 鈴音(
ja4192)は御智瑠の手を引き、研究所の奥へ奥へ。
20歳になり、大人になった鈴音には恐れるものなどなぁい!
無機質な研究室が、今は食べ物の匂いで満たされている。
「飲み会だー!ぶれいこうだよ、ぶれいこう!」
持ち寄ったり、研究室で作ったり。山盛りの料理を、武田 美月(
ja4394)が笑顔で運ぶ。
揚げ物、おつまみ、やきとりにサラダ、サンドイッチ。所狭しと並んでゆく。
「そういうことだ。深いことは考えず、今夜は楽しむが良い。精がつくぞ」
東雲 楓が、戸惑う御智瑠へ声を掛ける。
「…こういうのは、はじめてですねぇ…」
ほわり。月乃宮 恋音(
jb1221)が頬を染め、初めての『飲み会』にうっとりとしていた。
夢の中では中学生だった気がする。けれど今は20歳頃。
身長はいくらか伸び、コンプレックスだった胸は更に豊かに。人の視線を気にするゆえに自ら壁としていた前髪は短くなり、両目が映す世界はとても広いものだった。
人見知りが――見られることに対する緊張が、完全に取り去られたわけじゃない。
けど、『今』なら…
「揚げたて…お持ちしますねぇ。いっぱい作ったんですよぉ」
流れがサッパリ見えず動揺していた御智瑠へ、恋音の話のトーンは丁度良かったらしい。
揚げたて… お酒… 医食同源… 飲み会。
バラバラの単語が、『飲み会』ひとつに収束される。
そうか。飲み会か。
「よーし、言っちゃうぞ… とりなまー!!」
大人になったら言えるはずっ。20歳だから大丈夫! 美月が大きな声でドリンクオーダー。
「みんなでお酒を飲むのは楽しい、たのしーことは元気のあかし…!」
グラスを手に、宮本 明音(
ja5435)が飲み会スタートをここに宣言する!
「「かんぱーいっ!」」
あちこちでグラスを合わせる音が響き、半ば強制的にウーロンハイを渡された御智瑠も、おずおずと。
「ぷっはー!久々に飲むお酒はおいしーですね!」
飲み比べしましょう、飲み比べ!明音は麦子へ、洒落にならない勝負を挑む。
「それにしても明音くん。君は…飲酒しても大丈夫だったか?」
「あれ?言ってませんでしたっけ。私、中学と受験で3年、高等部も2年間ダブってるから20歳過ぎてますよ?」
「むっ?それは知らなかった…」
楓へ、ご機嫌に明音が答える。夢の中なら何でも言える。
「さーさー、センパイ、今日は飲みましょう!」
「お好きなお酒は何ですか?」
楓をマスコットのように抱きしめる明音の反対側で、美月が御智瑠へ酒を薦め、鈴音がリクエストを訊ねた。
(これが……20歳…!)
鈴音は今、猛烈に感動している。
なんだかちょっと色っぽくなったかもしれない!※気のせいかもしれない!
「お酒が飲めるようになったら、やきとりをおつまみにしたかったんですよ!」
予算3000久遠、全部やきとり(塩)に突っ込んだ鈴音が、にこにこと御智瑠に語る。
「木賀さんは、大人になったらやりたいことってありました?」
「わ、わたし… 体が弱いし…撃退士になっても活躍できなくて…。風邪さえ引かなきゃ、少しは…って」
酒が入ってもネガティブは止まらない。
「くぁーっ!つくね最高!!木賀さんも食べて食べて!」
自分で話を振り、相手が語り始めたところで再び己のペースへ巻き込む。
六道 鈴音、明るく元気に酔ってます!
「冬は温野菜をたくさん取るのが良いかもね〜」
ひたすらビール、既に瓶3本目に突入している麦子は、終始変わらぬ調子である。
「んー。ニラレバとかニンニクとか精力付きそうなのもお勧めかな…。ビールが進むのよねぇ」
お手製の南瓜やじゃが芋、薩摩芋やニンニクなどをカラッとカリカリに揚げた天ぷらを御智瑠に薦めながら、楽しくお酒を飲めて食べれるメニューを紹介。
「よく風邪を引くんですか?外から帰ったらうがいをするようにすれば、けっこう予防できますよ?」
「うん、それは…ちゃんと、やってるんですけど…」
あ、おいしい。
ニンニクの天ぷらに素直な感想をこぼしながら、御智瑠は鈴音を見上げた。
「…風邪を引きやすかったりするのは、慢性的に疲れているから、と言うのはあると思いますよぉ…?
…栄養のあるお食事で、少しずつでも疲れを癒すようにして下さい…」
恋音は、ゆっくりゆっくり、自分の言葉で考えを伝える。
参鶏湯に牡蠣フライ。栄養たっぷりの手料理を取り分けて。
「栄養があって、美味しいのが…一番ですよね」
「ローストビーフ!肉!!これも、月乃宮さんの手作りなんですか!?」
「は、はい… よければ、どうぞ。たくさん…あるので」
鈴音の勢いに気圧されながら、恋音はそちらも切り分ける。
「食欲がない時は、何より暖かくして寝るとかかしら。添い寝してほしかったら、呼んでくれてもOKよ〜♪」
「きゃっ」
通常運行の麦子が、いたずら交じりに御智瑠に腕を絡める。慣れないスキンシップに、御智瑠は思わず声をあげた。
…あったかい。
「麦子ちゃん、ずるーい!私もまぜてくださーーい!恋音ちゃん、やわらかぁいっ」
「ひゃん!」
テーブル向こうから明音突撃!
セクハラ、ちがう。これスキンシップねー。
「み、みやもとさん… も、もっと……」
恋音、何かに目覚めてしまった模様。
(…何故でしょう。既視感を覚えますね)
今回の主役たる御智瑠に気を配りながらも、イリン・フーダット(
jb2959)は先ほどから視界の片隅でポーズをキメまくる愛と美の戦士×2が気になって仕方がない。
※気にならない方がいるならむしろお目に掛りたい
「あらぁん?これは素敵な殿方っ」
目が合った。ちなみに上腕二頭筋をこよなく愛する方だったろうか。
「どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」
止めておけばいいのに、問うてしまうイリン。
「んまっ。どうしましょう、サムノン!!私達の美が、罪なき殿方を虜にしてしまったみたいよぉん!」
「やだぁ、アラン!僧帽筋の高鳴りが止まらないわぁん!!」
(多分勘違い……と思いたい)
天界は広い。
天使の空似という奴だろう、きっと。
(しかしこれは…。木賀さんに近づけるわけにはいかないな、心肺停止するだろう)
気が弱いならば電気療法的な効果が―― 得られるはずもないことは一目瞭然であった。
勝負ビキニでマッシブアピールという名の精神攻撃を仕掛けてくるウサ耳戦士たち。
ここで負けてはディバインナイトの名が廃る。あらゆる攻撃を受け止め、喰いとめ、壁となることこそが本懐である、と意気込む程度にはイリンも軽く酔いが回っているようだ。
「…ギメさん」
ビールを口にしながら、イリンはこちらの切り札を呼ぶ。
「ふははは!森の妖精とやらは貴様らか!よかろう!この我。ギメ=ルサーがお相手しよう……!」
すっ。
研究室の奥、カーテンで仕切られた向こうから現れるは小麦色の肌、鍛えられたマッスル。
フロントリラックスをキープしながら…
「あっ、あれは…!」
美月が口元に手をあてる。
「で、伝説の…!?」
やきとりを堪能していた鈴音も動きを止める。
「待ってました、ギメ=ルサー=ダイ!!」
「フルネームで呼ぶでない、天使違いをされるであろう!」
麦子の呼び掛けへマントを脱ぎ棄てながら、ギメ=ルサー=ダイ(
jb2663)は妖精たちと正面から向き合ってのダブルバイセップス・フロントへ!
「いよっ、富士山みたいな上腕二頭筋!」
流れに乗って、声援を送るのは美月。
対するアラン、ダブルバイセップス・バックで対抗。
「きゃー!背中に羽が生えてるっ!」
得意ポーズで先手を取られたサムノンは、サイド・トライセップスでキュートにキメる。
10秒経過。ギメ=ルサーはラットスプレッド・フロントへと切り替える。
「んまっ」
見事な逆三角形体型のアピールへ、負けじとアランはラットスプレッド・バック。
「いやぁん!」
サムノン、とっておきのアブドミナル・アンド・サイで、自分は上腕二頭筋だけではないことを魅せつける。
「ほう?その程度であるか―― ならば――!」
ラスト。
「「むんッ!!」」
――三人そろってのサイドチェスト……!!!
「うふン。なかなかヤるわね、あなた…。お名前を聞いてもいいかしらん?」
「何度でも答えよう。我が名はギメ=ルサー=ダイである!」
「正直、ここまでのキレを魅せてくれるとは思わなかったわん。たっぷりサービスし・ちゃ・う☆」
マッシブ達にしか解らない会話であった。
「ふっ。我からもこれを贈ろう。我の故郷の地域の食べ物である!心して食べるがよい!」
ギメ=ルサーはテーブルの片隅に用意しておいたバスケットから、ニシンの塩漬けとチーズのサンドイッチを取りだした。
ロシアのニシンの塩漬け。缶の 否、勘の鋭い方はお気づきであろうか。アレである。
とりあえずイリンは気づいた。しかし止める術がない。
「んまっ。うれしいわぁん。ね、そこの殿方も一緒にどーう?」
「美男も食べちゃうだなんて、サムノンたらよ・く・ば・りさんっ」
「アランったら!」
ご丁寧に一食分ずつ包装し、決して香りが逃げないように閉じ込めた魔界の封印が解き放たれるまでのカウントダウンスタート。
両手に持って、イリンへとにじりよる。
『……こちらイリン。森の妖精アランとサムノンへの食い止めはこれ以上不可能です。後は……頼みます』
残されたわずかな時間、能力を振り絞り、イリンは意思疎通で仲間たちへ伝える。
イリン・フーダット(元天使):
森の妖精達の『漢の海』(?)に飲み込まれ再起不能(リタイア)。
(激臭による、阿鼻叫喚。しばらくお待ちください)
「さて……レディ達のために、元気の出るマジックを」
頃合いを見て、雪花が立ち上がる。
「あらぁん!!」
「かわいいボウヤに、レディですって!」
「…うん。ええと、見ててください」
過剰反応する妖精たちへぬるい頬笑みを浮かべ、なんとか紳士をキープ。
(いつだか遭遇した乙女二人組を思い出すな)
口にはできない、思い出すのもできれば避けたい、そんな経験もありました。
素敵なお兄様でイケテル先輩もあんな目に遭うのかなぁ。それはさておき。
紺屋 雪花のショウ・タイム、ご覧あれ!
――ひとつ、ふたつと手の中から花が溢れ、ブーケとなる。
指を鳴らせば白ウサギ、それから転じて真白の花弁が室内へ。
テンポよく繰り広げられるイリュージョンに、次第に手拍子がついてくる。
「さぁ、これでラストです」
深紅のバラを、手のうちに握り――開いて渡す、その花は。
「木賀 御智瑠嬢、貴女にはこれを。黄色のマリーゴールド、花言葉は『健康』です」
「わ、ぁ……。飴細工、ですか?」
「健康的でしょう?」
雪花が片目をつぶると、緊張もほぐれた御智瑠が柔らかく笑った。
「レディは皆、等しく美しい。皆さんにも」
くるり、腕を大げさに回し、雪花は飴細工の花を次々とプレゼント。
鈴音には、鈴蘭。『意識しない美』を。
明音には百合、『無垢な君は愛らしい』。他意はない。
麦子へ大麦。その花言葉は『裕福』――好きなビールを好きなだけという祈りは言わずとも通じるだろう。
美月に月桂樹、『戦乙女な君に勝利を』。
恋音へは月下美人、秘められた花言葉は『繊細』『艶やかな美人』。20歳の姿の彼女にぴったりと言える。
「楓嬢には紅葉を。花言葉は『非凡な才能』、そして『大切な思い出』。今夜という日を有難う」
「む?そう言われるとむずがゆいが…、ありがたく頂戴しよう」
雪花が一礼すると、周囲から拍手。
これでイリュージョンも終わり――そう思えた、が。
「妖精のお二人には、こちらを」
愛と美の戦士に対して、紳士的レディ扱いを貫く雪花。さすが紳士。
すっ、と取り出したるは桃薔薇――その花言葉は、『美少女』。
「いやぁん!!」
「すてきぃ!」
――たまらず抱きつく妖精を回避することは、ダイスの神が許してくれませんでした。
「きゃあ!うさみみメイトねん!!」
心が乙女であればレディである、それが信条の雪花だが『男性に手を握られると人格が変わる』特異体質が発動したことで、結末はお察しいただきたい。
「あつい!」
てーい、遂に楓が白衣を脱ぎだした。
そんなつるぺた、誰得であるか!
「ちょっと、ダメじゃない…。脱いだ服はたたまないと〜」
ソコジャナイ部分で麦子が世話を焼く。
「あーっ、お肌がスベスベで羨ましい〜」
「む?」
「あぁ〜、しろろめぶちょー、みっけー」
※最初から居ました
すっかり呂律の回らなくなった鈴音が熱燗を手に楓のもとへ。
「部長が風邪引いてどうするんですかっ」
決して部長の素肌を他の人に見せたくないってわけじゃないんですからね!
丁寧に説明をしながら、明音は楓に上着を掛ける。
「んー、部長もなんか最近疲れてません?また引きこもってるようならお仕置きに私ととデートの刑?」
「おしおき…?」
「そうですっ たーっぷり、外の光をあびせますよう」
寝ぼけている楓へ、言いたい放題である。
「センパイ」
宴もたけなわ。
酔ったり潰れたり筋肉大会再開だったり、そんな中。
御智瑠の隣へ、美月が腰を下ろす。
「私も、昔は病気がちだったんです。
でも、いつも気にかけてくれる人がいて、励ましてもらってたから、その時は辛くても『今さえ乗り越えられれば』って思えたんだ」
その人が、今はどうしているか。それは、美月の胸の奥にしまってある。
「だからもし次、センパイが風邪引いた時は連絡して下さい!飛んでって、いっぱい励ましますからっ!
で、元気になったら、また皆で一緒にぱーっと飲みましょーっ!」
美月が陰りを見せたのは、ほんの一瞬。
「元気一番! ですよ!!」
元気――言葉に込められたのは、『体の健康』それだけじゃなくて。
伝わってきて、御智瑠が控えめに頷いた。
「見せ付ける筋肉はつつしみが無いわよねぇ」
シリアスに終わるかと思った流れで、麦子の筋肉論が耳に入り、二人は顔を見合せて笑った。
それは、ほんの一夜の夢の事。
こっぴどい頭痛で目が覚めたのも、夢のせいだろうか。
――妖精たちの声が、今も耳に残っている。
了
(代筆:佐嶋 ちよみ)