●豊胸薬との戦い
「臭いがね、もう相当酷いんですよ。でも、皆さんのその様子だと臭い対策は万全のようですね」
男子生徒に案内された科学教室の前に、今回の依頼を受けた面々がいた。
あらかじめ臭いに関する事は聞いていたので準備はできていた。
ある者は、マスクを用意し、ある者は鼻栓を用意、鼻をつまむクリップを持参するなど様々だ。
「薬を飲むだけと聞いて来たんですが…え?豊胸?」
字見 与一(
ja6541)が焦りの表情を浮かべた。齢10歳でしかも男。知らなかったとはいえ、
豊胸薬に手をつけようとした自分の行動に唖然とする。
10歳の男の子の胸がバイーンになる可能性が出てきた。喜劇を通り越して悲劇になりかねない。
「ま、まぁ死ぬわけでもないから。報酬もでるし、軽い気持ちで試飲してみてよ」
男子生徒が、慰めにならない慰めを与一にかけた。
「ふふ、男にでもおっぱいがつくお薬なんて、面白いじゃない…是非試させてもらいたいね♪」
持ってきたマスクを装着し、帝神 緋色(
ja0640)は呟いた。今日の服装はゆったり目のワンピースである。
そう、女物だ。……表情の柔らかさや姿形も相まって女にしか見えない。だが男だ。
黒く艶のある髪の毛が背中に届いる。キューティクルも完璧だ。だが男だ。
そんな帝神 緋色を横目に、一人の女生徒が扉を開けるのを躊躇していた。
「‥‥部室から、何かドス黒い霧と言うか、オーラ的な物が漂ってるっすけど、知夏の目の錯覚っすか?」
大谷 知夏(
ja0041)の言う通り、教室の中からは、臭いが漏れ出している。
その臭いが鋭敏な撃退士には可視化されて見えるのだ。
彼女は将来的に、ボッキュボンの『ダイナマイトボディ?』を目指す予行演習としてこの依頼を受けた。
今は貧乳だが、未来にかけられる強みがある。
「それでは、扉を開けますよ」
扉を開けるのを躊躇っている大谷 知夏に苦笑し、男子生徒が科学教室の扉に手をかけ、一気にスライドさせる!
中から猛烈な刺激臭が参加者を襲った。鼻が曲がるなんて生易しいものではない。
衣服に臭いが染みつくのが当たり前のような酷さだ。
それでも、誰一人脱落するものを出さず、参加者は教室に足を踏み入れた。
その中で待っていたのは、今回の依頼者である部長だ。
部長はガスマスクを着用していた。一人だけずるいとかそんなレベルではなかった。
そこまでしないと、この臭いに耐え切れないということなのだ。
「よく来た。ナイチチ達よ。今、君達の目の前には輝かしい未来がある!……かもしれない。被験者に男子が居るのは驚きだが、
まぁそれもいいだろう。いざ!己が全てをかけて立ち向かえ!君達が望んだ未来と言う名の勝利はあの聖杯(フラスコ)にある!」
部長が仰々しく演説をかまし、教卓にある豊胸薬を指差した。
ゴクリ…
誰かの唾を飲む音がする。聖杯(フラスコ)にあるおどろおどろしい液体。呪いにでもかかりそうな色だ。
一人の女生徒が一歩踏み出した。白銀の髪をなびかせ教卓へと向かうギィネシアヌ(
ja5565)
「夢を一瞬でも見たいと魂から望んできたモノへ告げる。これは…聖戦だ。心して挑もうぜ!」
聖戦。そう、持たざる者にとっては夢の薬なのだ。この依頼は夢への架け橋。夢が夢で無くなるのだ。
ギィネシアヌに続いて、女生徒が続く。雨宮アカリ(
ja4010)だ。
『こ、この薬で防弾できそうとまで言われたこのPADから卒業できるのねぇ……』
PAD長!この単語が全て。詰め物をする日々にさようなら。新しい自分が今から始まる。
一週間だけでも大きくして優越感を味わってみたい。彼女の真なる願いであった。
「貧乳同盟が夢ッ…人類が夢ッ……! ここで果たさぬ訳にはいきませんのッッ……!!」
気炎を吐く女生徒が一人。十八 九十七(
ja4233)である。数々のナイチチ称号を総なめにしている彼女だ。
その黒歴史に今日終止符を打つ!並ならぬ決意を足りない胸に秘め、今、教卓の前に立つ。
ちなみに十八 九十七が言った貧乳同盟とは、十八 九十七・ギィネシアヌ・雨宮アカリの3名で結成された同盟だ。
楽しそうな表情で、軽快に教卓へ歩み寄る男が居る。高野 晃司(
ja2733)だ。
「俺この依頼が終わったら…女装するんだ」
準備は万端だ。胸元が開いた服を一つと化粧道具も持参した。
何が彼をそこまでさせたのかは不明だが、フラグを立てることも忘れない。
後は結果を出すのみ。
高野 晃司に続いて、甘いマスクのイケメンが教卓の前に姿を見せる。彼の名はラグナ・グラウシード(
ja3538)
彼には大きな悩みがあった。彼はモテない。顔立ちは決して悪くはないのだが、不思議とモテない。
誰が呼んだか非モテ騎士。モテないあまり女性の「おっぱい」を見る機会もなく、彼は飢えていた。
そこで逆転の発想だ。
『じゃぁ、いい。私が女だ!女になれば非モテじゃなくなる!』
その考えはどうなの?とは思うが、そこは非モテ騎士。色々と切羽詰ったものが彼の背中を押したのだろう。
依頼参加者全員が教卓の前に立ち、それぞれに用意された豊胸薬を手に取った。
「さぁ、一人ずつとは言わない。皆!一気に飲み干したまえ!」
部長の天の声が皆を後押しする。覚悟を決めた参加者達。それぞれに鼻をつまんだり、思い思いの対策で飲み始めた。
酷い液体だった。味は最悪で胃液が逆流しそうだ。それでも我慢して何とか飲み干す。
皆が飲み干して、数秒後―――
―――かくして、奇跡は成った。
九十七と晃司の体が大きく揺れ、突如、二人に黒色の焔に似たオーラが吹き荒れる。
光纏だ。薬を飲んだ途端、強制的に光纏状態になったのだ。
やがて光纏が収まると二人には大きな変化が訪れていた。
…胸だ!
…おっぱいだ!
…乳だ!
特に九十七にとっては悲願とも言える見事な双子山。軽くジャンプしてみる。
たゆん♪
そんな音が聞こえてきそうな見事なパイオツーが自分に付いている!
「……お、おぉぉぉおおおお!きたっぁああああああああああ!!!!!やってやりましたの!!!!」
滂沱の涙を流しつつ、絶叫した。
ナイチチ。貧乳と呼ばれ虐げられてきた日々。胸の格差社会に絶望した日々。
貧乳はステータスだ!なんて自分を慰めて、それでも諦められなかった胸。
それが今日報われたのだ。こんなに嬉しい事はない。
『諦めたら、そこで試合終了ですよ』
誰の言葉だったか。本当に諦めないでよかった。
温かい涙が止まらなかった。
「あぁーすっかり下が見えないな…不便かも」
世の中の多数の女性を敵に回しそうな発言だった。
その発言をしたのは、数秒前まで完全な男だったと誰が信じるだろう。
だが今はどうだ。見事なおっぱいが彼に付いている。
こころなしか、腰にはくびれが。寝癖があった髪はさらさらに。
目には愁いを帯びた光まで宿っている。
女を超えた男。
完全無欠の男の娘。
それが今の高野 晃司だった。
「‥‥知夏は気が付いたっす。巨乳は意外と重く、そして乳のせいで足下が見えず、非常に歩き辛い事に!」
健康系ロリ巨乳の誕生だ。飛んだり跳ねたり走り回ったりして、胸の重さを感じている。
大きなお友達に絶賛されそうな勢いだった。体操着とか着ると、とてもいけない方向に捉えられそうだ。
ゆったりめのワンピースだったが、内側から押し上げる圧力がある。
緋色は興味津々で自分の胸を見た。男には本来付かない膨らみが今は付いている。
「ふふっ。これで色々楽しめそうだね♪」
さて、どんな悪戯をしてやろう。彼の頭の中で、いけない計画が練り始められた。
「うあッ?!」
シャツのボタンをはじけ飛ばす内側からの圧力に声を上げるラグナ。服をひっぱり、出現したおっぱいを覗いて…。
「…感動したッ!」
感極まった声を上げるている。非モテ騎士から何か(男の娘)にクラスチェンジした瞬間だった。
「…これが大きな胸と言うやつなのねぇ」
PADの日々よさようなら。新しい自分よこんにちわ。脳内には祝福の鐘が鳴り響いている。
雨宮 アカリはそっと胸を持ち上げてみる。そう、持ち上げられるのだ。
心地よい重みが手のひらを押し返してくる。
「おぉぉ…やってやったのだぜ!」
ギィネシアヌは聖戦を勝ち抜き理想郷へと到達した。夢にまで見た二つの頂を手に入れたのだ。
今着ているゆったり目の服の内部から『ここにいるぞー!』と胸が激しく自己主張をしてくるのだ。
「…思ったより、重さが応えますね」
他の成功した人と見比べてみたり、恐る恐る触ってみたりした。男の自分に胸がある不自然。
だが他の面々を見ると、その不自然さが今は自然なのだ。
一言で言うと、身長136センチ(16歳)の巨乳な男の娘。それが今の与一だった。
「皆成功してますね。いやぁ、部長の発明がまともだったとは。臭いや色や味はともかくとして」
「ふふん!どうだ!これが科学の勝利だ!よし、それでは私もいざ!ヴァルハラヘ!!」
部長が豊胸薬を片手に一気飲みをする。
涙目になりながら、胃液が逆流しそうになりながら何とか全部飲み干した。
さて、結果はと言うと……。
「「「「「「「「「部長ェ…」」」」」」」」」
これが全てだ。
●その後
薬の効果は一週間。皆無事にバストサイズアップに成功している。
それではその後の一週間は各自どのように過ごしたのか?
それを追って今回の依頼は終わることとしよう。
「ふっふっふー♪異性からの熱い視線、そして同性からの羨望と嫉妬の視線!堪らないっすね♪」
「はぁ。そんなものなの」
「当ったり前っす!与一先輩も普段とは違う視線を感じるでしょ!?」
「まぁ、お互いにこの胸だから、否が応でも目立つよね」
大谷 知夏と字見 与一は並んで歩いていた。二人とも巨乳仕様の制服だ。
ロリ巨乳同士が並んで歩くなどあまり見かけない光景なので、どうしても視線を集めてしまう。
お互いに依頼を受けたもの同士、意気投合したのかよく二人で出歩いていた。
歩いていると、二人の顔見知りが胸のことについて聞いて来たり、
触らせてくれ!と懇願されたりするが、それをやんわりと断っているのである。
「さて、これからどうしよっか。って、あれは?」
与一が気づいたその視線の先には、帝神 緋色が居た。
制服(女子用)を胸を強調する感じに着崩して着用しており、もう、どこからどう見ても女の子だ。
その彼?が気弱そうな生徒を色仕掛けで逆ナンパしていた。
「これは本物、だよ?ほら、触って確かめて御覧よ…♪」
男子生徒の腕を絡めとり、胸を押し当てる。わざと当ててんのよ状態だ。
腕を取られた男子生徒は顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「ってぇ、ちょっと待ったーっす!」
知夏が猛ダッシュで走り寄り、緋色と男子生徒を引き離した。遅れて与一もやってくる。
「あれ?知夏じゃないか。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いっす!何ナンパしてるんっすか!?」
「あぁ、だってね。ほら、有効利用しないとね?」
「どう言う有効利用ですか、まったく。豊胸薬は一週間しか持たないんですから、
少し自重したほうがいいですよ」
「一週間しか持たないから、楽しみたいんじゃないか♪」
「楽しんだ後の始末に追われそうなのが、目に見えるようです」
「あは、そうなったらその時だよ♪」
「「はぁ…」」
その後、三人は談笑?しながら街へ向かった。逆ナンパ?された哀れな男子生徒を残して。
ラグナ・グラウシードと高野 晃司は喫茶店に居た。
先ほどまで街に繰り出しブティックに寄っていたのだ。
今はその帰りである。二人とも完全に女装だ。あれやこれやとキャイキャイ言いながらの服選びは楽しかった。
男の時分では出来ない貴重な体験だ。
ラグナは身長があるので、モデル並の大人な雰囲気を出しているのに対し、晃司は美少女といった感じだ。
「いや、それにしてもお前のその化けっぷりには参る。お前が少し前まで男だったとか嘘だろ?って言うレベルだもんな」
「ラグナさんこそ綺麗ですよ。この前、街に出たときにモデル事務所からスカウトにあったんでしょ?」
「それを言うならお前の方こそ、芸能事務所から数社スカウトがきたそうじゃないか」
元々顔立ちの良い二人である。そして巨乳だ。特に晃司に至っては何故か女性らしさが
尋常ではないほどになっており、クラスメイトをその胸と微笑で虜にしまくっている。
晃司が原因で、とあるカップルが破局に成りかけたとかも聞く。
「そうですけど。…今回の依頼は麻薬でした。男に戻った時の反動が怖くって」
「あぁ、それはわかるぞ。今、無茶苦茶楽しいもんな」
「ですね。プリクラも撮ったし、手ブラなんかもやってみたし。男も引っ掛けたし」
「ナンパか?その手があったか!非モテともおさらばだな!」
「じゃぁ、最後の締めはナンパにしますか?」
「応!負けないぞ!?」
席を立つ二人の瞳に闘志の炎が宿る。戦場と言う名の街に再び戻って行った。
「あーむねがおおきいとかたがこっちゃうなー(棒)」
「あーなんでこんなにもむねがおおきいんだろうなー(棒)」
なんてことをのたまう女生徒が居る。十八 九十七だった。
その他には雨宮アカリとギィネシアヌも居る。
貧乳同盟改め、豊乳同盟(偽)を結成している彼女らは、ドヤ顔で街を練り歩いていた。
通称:ジェットストリームドヤァアタックをかましている彼女達である。
「それにしても、フフフ……いい気分だわぁ♪胸のある人は毎日こんな気分を味わっているのねぇ」
アカリは服装に気合が入っていた。普段は絶対に着ないような、胸元が大きく開いた黒いイブニングドレスを着て
ハイヒール仕様だ。わが世の春を大きく満喫している。
「アカリ姉さん、その服気合入ってるのな。とっても綺麗なんだぜ」
「ありがとう。あなたも十分綺麗よぉ」
「ちょ、照れるんだぜ」
「はいはい!九十七ちゃんは?」
「もちろん九十七さんも綺麗よぉ」
そう、アカリだけではなく、九十七やギィネシアヌも胸が大きく開いた
イブニングドレスにハイヒールと言った出で立ちだった。
同盟同志で服装を合わせたのだ。
特筆すべきはイブニングドレスを着た九十七である。普段の5割り増しは魅力アップしてるんじゃ無いか?という美女っぷりだった。
知り合いが卒倒したレベルである。『嘘だ!』とか言いながら。
「なぁ、もう一回ブティックに行かないか?今のうちにしか着れない服を買っておきたいんだぜ。
ライダースーツとかタートルネックのセーターとか夢は広がるぜ!」
「了解しましたの。残り僅かな時間、大いに楽しみますの!」
「そうよねぇ。楽しまなくっちゃねぇ」
三人はステキな微笑を浮かべながら再び、街へと繰り出していく。
その後、依頼を受けた全員が街でばったりと合流し、最後に集合写真を撮ることになった。
この思いでは、ずっと彼らの心の中に残るだろう。
了