●戦闘、準備
「我思う故に我有り……って、ちょっと難しいね」
通報があった地域へとやって来た撃退士の一人・佐藤 としお(
ja2489)は、苦い顔でそう呟いた。その言葉に、蓮城 真緋呂(
jb6120)もこくりと頷く。
「居場所が無いと思ってる様だけど、ちゃんと心配してくれる人もいる。それを知らないままなのは哀しい……」
きゅ、と唇をかむ彼女の近くで、言葉にしないながらも、御門 彰(
jb7305)もまた、似たようなことを考えていた。
(人質ってパターンはたまにあるけど、見捨てても構わないなんて言われたの初めてだよ……)
その申し出は、もしかしたら撃退士にとってありがたいもの、なのかもしれない。
けれど、……すごく、もやもやする。とはいえ、自分が何か言ったところで発言者の考えが変わるわけはないのだろう。
向坂 玲治(
ja6214)は特に何も言わないけれど、彰と似たようなことを考えているのだろう。眉間に刻まれた深いしわは、サーバントに対する戦意のほかに――少年への心配が見え隠れしている。
と。
(こういう甘えた子供って本当は嫌い)
依頼へのやる気を見せる同行者と違い、出雲 楓(
jb4473)は件の少年に対して厳しい意見を持っていた。
(必要とされないからって、周囲の気を引きたがるのはね……。まぁ、依頼だし仕方ないけど、万一傷つけちゃったらごめん、って感じ)
「っと、ここだね」
伊藤司(
jb7383)の言う通り、一行は通報があった場所近くに着いていた。
トランシーバーの調子を確認し終えた彼らが立てた方針は、以下のようなものだ。
まず、待ち伏せしている空き地に敵を追い込み、晴樹を救出したのち敵を撃破する。
そのため、来るまでに目星をつけていた、比較的開けた空き地に待機班が潜伏。誘導班が竜に身をさらして注意を引き、おびき寄せる――唯一、としおだけは少々別行動をとるが、問題ないと判断できるほどの戦力がこの場には揃っている。
「じゃ、やるか」
玲治の合図に、皆が頷いた。
●愛を探して
としおは、晴樹の件を通報した人物――晴樹の兄が避難しているという場所へと向かっていた。
職員の話だと、通報者は「弟が……」と零したと言っていた。そこから察するに、彼は晴樹の兄なのだろう。また、晴樹の行動を把握していたことを考えると、弟に関心があるのだと推測できる。
家族仲が悪いのは事実なのだろう。けれど、一人でも……兄が弟に関心を持っているならば、まだ救いはある。
(兄弟の話を聞きたいな。うまくいけば、晴樹の『自分は不必要だ』って思い込みを止めて、かつ決して一人じゃない……ちゃんと晴樹の事を見ていてくれる人がいるということを、不必要な人間なんかじゃないってことをわかってもらえるかもしれない)
限りなく低い可能性ではあろうが、『兄は晴樹に関心がある』という仮説が外れていたとしても、いや外れていなくても、としおには言おうと決めていることがある。
「友達がいないなら、今日から僕達が友達だ!」
と。
●ドラゴンの影を追い
待機班と別れた誘導班、玲治と真緋呂は、ドラゴンを探し市街地を歩いていた。
目撃された場所から誘導先へのルート確認はもちろん、サーバントの攻撃等で思う通りに移動できない場合でも決めていた空き地に辿り着けるよう、周辺の地理は頭に叩き込んできている。
途中、真っ黒に焼け焦げた……『人だったもの』を見つけ、たまらず眉を寄せた。
サーバントを倒さなければという想いと、そんなサーバントを心の拠り所としている少年への想いが複雑に絡み合う。
その時だ。
頭上からばさり、ばさり――と。
どこか重い、羽音が聞こえてきたのは。
白い、鳥のような――けれど決して人とは相容れないモノが人の香りに惹かれ、飛来してくる。背には報告にあったように、小さな影が乗っていた。
「お出ましだな」
こちらに釣られてくれて助かった。言外にそう告げた玲治がいつでも走り出せるよう身構えたのと同時に、真緋呂は淡桃色をした金属製の糸でサーバントに攻撃をしかけた。とはいえ、こちらに気付かせることが目的なため、さほど威力をこめていない。
神々しいほどの白を纏い現れたサーバントは、じ、と二人を睨む。
「これ以上暴れるのは止めなさい」
漆黒の刀身を持つ直刀・火輪を振りかざした真緋呂に、サーバントは低く――まるで悦んでいるかのような声をあげる。
「行くぞ」
「ええ」
真緋呂同様、得物を手にした玲治に真緋呂はこくりと頷いた。
グォォオォオオン!!
狩りの興奮を爆発させるかのような咆哮が轟く。
少年……宮沢晴樹が怯えるように固く目を瞑り、だが決して離すまいと鱗で守られた首に回した腕に力を込めたのを見て、玲治は顔を顰めた。
だが、まずは空き地に誘導だ。
斬る、逃げる。
単調な動きを動きを繰り返し、確実に仲間の元へと近づいていく。
藍から緋へ。瞳の色が変じた真緋呂は感情が抜け落ちたように、しかし確かな判断力を持って空き地への道を進んでく。
二対の翼が風を切る。牙を、爪をかわしながら、彼らは任務を遂行するべく走り続ける。
あと――
『……あと少しで到着するわ』
真緋呂からの連絡をうけ、空き地でサーバントを待ち構えていた一行は、表情を引き締めた。
手入れが行き届いていないそこは、雑草がぼうぼうと伸びていた。けれどそのほとんどが腰ほどまでで、中には視界を遮る成長したものもあるけれど、十分に気を付ければ大きな障害とはならないだろう。
司が祖霊符を使用し、透明化による不意打ちは防ぎ、彰もまた、戦闘に向けて準備を済ませる。
足音を消す特殊な走法『無音歩行』。自身の気配を極限まで薄くする『遁甲の術』。
忍ならではの術を用いた彼は、同じ依頼を解決する仲間にも認識できないほどであった。
――グォオォオオン!!
聞こえてくる――狩るものの叫びが。咆哮が。血を求める、獰猛な生物の声が。
「いよいよだね」
司が呟く。長い時間一般人として過ごしていた彼は、戦闘にはまだ不慣れだった。けれど、この場にいるのは自分一人でないと思い直し、近づいてくるサーバントに意識を向けた。
各々が得物を手にとる。
玲治と、真緋呂が空き地へと足を踏み入れる。
戦いの始まりだ。
●愛求めた少年と
「居場所なんざ自分で決めるもんだが……そこは流石に座りが悪いんじゃねぇか?」
仲間が待つ空き地へと辿り着いた玲治は身体を反転させ、サーバントと対面する形をとった。味方に注意が向かないよう動くためだ。
彰もサーバントの背に目をやった。何があってもその背から離れる気がない少年は、……とても痛々しい。
(まずは背中の少年をどうにかしないとね)
だが、火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか、晴樹の腕は飛び回るサーバントにしっかりと絡みついており、引きずり下ろすにも苦労しそうだ。
そう考えた時である。
「お待たせ!」
兄から話を聞けたらしいとしおが、空き地へと駆けこんできた。相当急いできたらしく、息が切れている。だが、サーバントの背に晴樹がくっついていることに気付くと、「晴樹!」と呼びかけた。
サーバントがとしおの姿を捉え、急降下を始めた。しかし、彼への攻撃は許さないというように、玲治は斬撃で、楓は正確無比な射撃を持って援護する。
「お兄さんは君が笑うようになって嬉しかったってさ! でも、笑顔の理由がサーバントなら許すわけにはいかないって!」
今まで必死にしがみついていた晴樹が――わずかに顔をあげた。
その一瞬の隙を逃すまいと、としおのイカロスバレット――神経を研ぎ澄まし放たれた一撃が、サーバントに炸裂する。対象が飛行していると威力があがるその技に、サーバントはたまらずバランスを崩し、落下をはじめた。
体勢を立て直される前にと、彰は目を細めた。
忍法「髪芝居」。
幻影に圧されたサーバントが動きを止める。
今だ、と。蜃気楼――光の屈折を利用し姿を消し、機を伺っていた真緋呂が晴樹を引きずり下ろすべく飛び上がった。
蜃気楼とて万能ではない。気配を完全に殺せるわけではないこともあり、接近に気付いたサーバントはすぐさまそちらを向こうとしたけれど、玲治たちが許すわけもなく。
「い、いやだっ!」
真緋呂は無事、晴樹と引きはがすことに成功した。晴樹も自分を抱きしめているのが女性であることにためらいを覚えているのだろうか、足をじたばたさせるけれど、怪我をさせるような勢いはない。
「貴方を加害者にしたくないし、怪我もさせられない……待っている人の為に」
「兄さんが心配してるわけないよ、だから、あの子の傍にいさせてよ……!」
晴樹は信じられるわけがないと首を振る。けれど、ぽす、と頭を優しい手のひらに撫でられ、身を固くした。
「君は決して一人じゃないよ!」
帰ればそうわかってくれる。としおは、兄の思いつめていた顔を思い出す。たしかに、母親なんかはどうでもいいと言いたげだったけれど――彼だけは違った。
自信に満ちたとしおの言葉に、晴樹はぐ、と唇をかんだ。と、司が晴樹の肩にぽんと手をかける。
「後は任せて」
司の申し出にとしおと真緋呂は短くお礼を言うと、本格的に始まったサーバントの交戦に戻る。
念のため、としおはサーバントにマーキングが施す。これで逃げられたとしても、すぐに居場所がわかるだろう。
司は晴樹を交戦地帯から少し離れたところまで連れてくると、急に走り出されたりしないよう注意しつつ、目線を合わせるように屈みこんだ。そして、飛行中にできたのであろう小さな傷たちを治すため、ライトヒールをかけながら口を開く。
「晴樹君は、あのサーバントを大切に思ってるようだけど……彼らは人間と相容れない。危険なモノなんだよ」
サーバントが人を襲うところを、晴樹君も見たんじゃない?
そう続けると、晴樹の肩がぴくりと震えた。おそるおそる、サーバントと戦う撃退士へと目を向ける。
「う、おらぁっ!」
サーバントの一撃を喰らうものかと、細工が施された美しい白銀の槍を振るう玲治が雄叫びをあげた。堅固な力を乗せたその攻撃は確かなダメージを与えたようだけれど、倒すには至らない。
玲治はふ、と。笑みを浮かべた。
相手が何であれ、負ける気などないというように。
と、サーバントの動きが鈍る。右後ろの翼に負った怪我が原因だろうけれど、玲治の一撃も少なからず響いているようだ。
楓も射撃で援護していたが――相手の動きが鈍った隙を狙い、怪我をしている翼目がけ、撃つ!
必中した弾に、サーバントは悲鳴をあげた。だがすぐに立て直し、殺意の焔を揺らめかせた瞳を楓へと向ける。口を開け――灼熱のブレスが喉の奥で揺らめいた、その瞬間。
弾丸が、風を切る。
楓が、多くの生物の共通の弱点……口腔を狙ったのだ。先ほどとは比べ物にならない、悲痛な声を上げたサーバントは撃退士によって追いつめられ、ぼろぼろになっていく。
それでもなお、殺意は消えない。むしろ強まっている。
晴樹は息を呑んだ。
改めて、いや初めて、サーバントがどんな存在か……人を襲うものだと理解したのだろう。
「それに、晴樹君のお兄さんだって心配してた。聞いたでしょ?」
「……うそ」
零された言葉は、消えてしまいそうなほど弱弱しかった。
司と同じように護衛に回っていた彰は、もう晴樹がサーバントの元に行くことはないだろうと思った。とはいえ、まだ油断はできない。サーバントへと視線を戻す。
終わりが近づいていると直感的に悟った真緋呂は、ぽつりと呟いた。
「貴方もこれ以上苦しまなくていいの……」
彼女にとって、サーバントも無理矢理作り変えられた被害者だ。破壊活動は、素体の本意ではないはず――そう思っている。
(だから『還えす』事が私に出来る唯一の事)
斬撃から、変則的に太陽の柱を至近発動する。
更に、一度距離を置くと、アウルで作りだした無数の彗星をぶつける技――コメットを発動させる。
重圧で動きを鈍らせて――
「読み切れなかったようね。……眠りなさい」
真緋呂は祈りを込めた刀を振り下ろし――その一撃は、最後の一撃となるのだった。
●疾駆したドラゴン、そしてこれからの居場所
「あの子を還えさせてくれてありがとう」
呆然とする晴樹のことを抱きしめながら、真緋呂はそっと、囁くように声をかける。
「お兄さん、晴樹さんをとても心配しているわ。知らせてくれたのも彼。晴樹さんの様子もずっと見てた……良いお兄さんね」
晴樹のことを知らせたのが兄だった。新たな事実に、晴樹は目を見開き――うつむいた。
そんな彼に、楓は「はあ」とため息をつく。
「甘えるのもいいけどね……周囲の人に迷惑掛けるのは、『甘え』じゃなくて『逃げ』なんだよ」
晴樹の瞳に、涙の膜が張る。だが、楓とて傷つけるためだけに言ったわけではない。
「きみにはまだ心配してくれる人がいるじゃない。僕みたいになる前に、こっちに戻っておいでよ。きみの居場所はまだあるじゃないか」
「ま、その居場所をものにできるかは自分次第だがな。誰かに頼るんじゃなく、自分の居場所は自分で作るしかないんだぜ」
柄じゃないが、と頭をかきながらも忠告する玲治に、としおも続く。
「それに目立った才能なんかなくても、優しいとか気が利くとか生活する上でもっと大事な事って沢山あると思う」
人は存在を否定される事が一番堪える――だからこそ、晴樹自身を見ている人が少なからずいるということをきちんと認識してほしい。そんな想いでしめたとしおに、晴樹は「うぇ」と声をあげ、そのままぽろぽろと涙をこぼしはじめる。
「親は酷かったけど、お兄ちゃんは心配してくれてたね。 少なくとも一人ぼっちじゃあ無かった。……でも、あの環境で周りを見ろっていうのは小学生には酷だよ」
これを機に晴樹君が気づいて歩み寄ってくれると良い。
そう続けた彰に、司も「そうだね」と頷く。
「何故距離を置く様になったか分からないけど、大切に思われてるの気づいて甘えて欲しいな」
晴樹からそっと距離を置いた真緋呂も同意する。
(それにしても、ドラゴンの翼の怪我……あれって僕たちよりも先にサーバントに手傷を負わせる事が出来る何かと戦ったって事だよね?)
彰はあの猛々しいサーバントの姿を思い出して、眉をひそめた。まだまだ油断はできなさそうだとため息をつく。
司はそんな彼の背中をぽんとたたくと、「とりあえず、今日勝ったことを喜ぼう」と笑ってみせた。その笑顔に彰は肩から力を抜く。
それから。
家族と再会した晴樹が、兄と少しずつ打ち解けて――そのきっかけをくれた撃退士に憧れ、いつか彼らの役に立つような仕事に就きたいと目標を持ったという話を聞き、依頼に参加した彼らが頬を緩めるのはそう遠くない未来のことなのだった。