●向かう、撃退士は市街地へ
市街地に現れた鳥型のサーバント退治に名乗りをあげた撃退士たちは、改めて依頼の詳細を確認していた。
一ノ瀬・白夜(
jb9446)は、「ふーん」と、その人形を思わせる美貌にほんのわずかな呆れを浮かべた。
「弱そうな相手ばっかり狙うなんて、ツマんない敵……だね。ま、どうでもイイけど……被害が出てるなら……倒すのが良い、んだろうね」
「臆病な兵士ほど戦場では生き残る、とも言います。侮って良いサーバントではなさそうです」
眠(
jc1597)は、眉間にしわを寄せそう呟いた。たしかに、臆病であることは優れた危機管理能力を持っているともいえる。彼女のいう通り、油断すべきではないだろう。
「そうだね。これ以上被害を出さないためにも、きっちり討伐しておきたい」
龍崎海(
ja0565)は「被害を出さずに早期解決」を目標に掲げ、目撃情報を元にサーバントがどの方角からやって来たのかあたりをつけ、作戦を立てるのに一役買っている。
「一番現実的かつ効果的なのは、囮役を二人……いや、一人決めて、罠にかかったところを他のメンバーで倒す、だろうね。もし住処が分かるなら、そこに奇襲をかけるのもいいかもしれない」
海の言葉に、異論はあがらない。
「ん……囮役は私がやる、ね……」
「一度の作戦で仕損じた場合は、次の囮役を引き受けたいと思います」
囮役に名乗りをあげたのはヒビキ・ユーヤ(
jb9420)、そして眠だ。
「私の外見なら、敵も弱そうな子供と判断してくれそうですから」
たしかに、彼女たちくらいの年であればサーバントも油断するかもしれない。
「じゃあ、僕は……囮のコの周辺……影になる、ような場所を選んで……遁甲の術、かな」
「上空に居る敵の様じゃ。我も闇の翼で飛行し、月明かりか街灯が在る筈じゃ。それを光源としてスキルの夜目で索敵じゃな」
続いて白夜、そしてアヴニール(
jb8821)がフォロー役としての案をあげる。
もう一人――エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も任務に来るという話だったが、どうやら急用が入ってしまったらしい。そのため、この五人で戦うことになる。
戦いに向けて昂揚、緊張――さまざまな感情、彼らの瞳に浮かび上がる。
「ん……夜を荒らすモノには、鉄槌を」
ヒビキの小さな、けれど確かな存在感を持った呟きに、皆自然と背筋を伸ばすのだった。
●影舞う街
薄暗い、奇妙な静けさに包まれた市街地の一角。そこに足を踏み入れた一行は、地図を広げていた。
「ん、この中からなら、この辺り?」
かくりと首を傾げるヒビキが指差したのは、周囲に隠れる場所があり、かつ囮が見えやすいと思われるところだ。
ここなら、サーバントを誘い込むこむのに適しているだろう。目撃情報でもこのあたりに現れたという話は聞かなかったし、警戒した敵が現れない、ということもないはずだ。
向かう場所が決まったところで、ヒビキは近くの店に潜り込み、着替えはじめた。用意したのは、「明るく、子供っぽい」という条件を満たす、白と水色のワンピースだ。
着替え終えた彼女は早速、仲間が隠れている場所辺りをうろうろと歩きはじめた。だが、それだけだと敵の目を欺けないかもと考えたヒビキは、「ん……ん、待ってる」 と電話に出るフリをしたり、適当な場所に腰かけ携帯端末でゲームをするフリをしたりし始めた。
携帯端末の光や恰好で、敵の目につかないことはないはずだ。
警戒はせず、完全に力を抜いておくが、羽音等を聞き衝撃や痛みに耐えすぐに反撃に移れる覚悟を決めておく。
(もちろん、直前に察知して先に襲撃を掛けれるなら……それに越したことはないけれど)
アヴニールは翼を羽ばたかせ、空を監視していた。だが、敵に見つかり警戒されるわけにはいかない。かなり動きは制限されている。
と、アヴニールは地上へ目をやった。地上でも、緊迫した空気が張りつめている。
眠や白夜は商店の軒先等、上空の敵から見えにくいところに身を隠し、ヒビキに襲い掛かる敵を待っている。
海も彼らと同じく隙を伺っているのだが、祖霊符を使用していた。念には念を。敵の透過能力を奪うのだ。光纏時に吹き出るオーラは、敵に悟られないよう消している。
ばさり。――羽ばたく音。
来た、とヒビキを除く撃退士たちはそれぞれ戦闘態勢をとった。
巨大な鳥の影。不気味な空気を纏うそれは、伺うように宙を旋回していたが、気配がないと悟ったのか、ヒビキに向けて降下をはじめた。
「……かかった、ね」
話に聞いてた通り、動きはそれほど早くないようだ。
ヒビキは囮から撃退士へと気持ちを切り替え、見えないよう仕込んでいたゼルクを顕現させた。異変に気付いたらしいサーバントは撤退しようとするが、
「――やぁっ!」
アウルを燃焼させ、一気に距離を詰めた眠が直刀を振るい、敵の逃亡を阻む。
アヴニールに続き、海も上空に位置取った。敵の逃走防止と仲間の援護を行うためだ。それだけでなく、海は空に飛びあがると同時に、アウルで紡いだ鎖を投擲していた。星の鎖の名が付いたそれは、サーバントを地面へと引きずり落とす。
「深夜会が3番、ヒビキ……押して参る」
口元に笑みを刻み、小さく呟くヒビキの横を、ツイストスライサーが通る。投擲した本人である白夜はといえば、皆の一歩後ろで無表情にサーバントを眺めていた。
――ギッ、
大地に叩き付けられ、羽を傷つけられたサーバントが不快な声をあげる。
淡い月光に包まれて、一つの闘いが始まった。
●月下の攻防
ヒビキの薙ぎ払い、更にゼルクを利用しての縛り上げに片翼の自由を奪われたサーバントは、ばさばさと必死にもがいている。だが、少しでも気を抜けば逃げられてしまうかもしれなかった。
そんな状況に、ヒビキは棘付き鉄球の付いたハンマー、ギガントチェーンを手にクスクスと笑う。
「ふふっ、うふふ……さぁ、遊ぼう?」
戦場に似つかわしくない、心底楽しい、というような笑い声をあげながら、ヒビキは己の中の何かが……リミット、とでもいうべきものが外れる音を聞いた。荒死……嵐をなぞらえたその名の通り、軽々と巨大なハンマーを振り回し、何度も何度も叩き込む。
「逃げる? 逃げちゃうの? ダメね、ダメよ? もっと、もっともっともっと……ね?」
クスクスクスと笑うヒビキに続いて、眠が直刀を胴体に突き刺した。
サーバントはクチバシを突き出し、邪魔者を排除しようとする。慌ててかわしながら、眠はもがく敵を逃がしてなるものかといまだに自由なもう片方の翼の根元にも斬撃を放った。
更に、白夜のツイストスライサーが風切羽を狙い再び襲い掛かる。
眠の、そして白夜の攻撃は、着実にサーバントの飛行能力を奪っていた。
遁甲の術の効果が切れないよう気を配っている白夜は、自分がどこにいるのか、攻撃がどこから来ているのか悟らせない。続けて、黒月珠が放つ黒色の月牙を叩きこむ!
「グギッ! ギャッ」
高い威力を誇るその攻撃が炸裂し、サーバントは悲鳴のように鳴き声を上げる。
活躍しているのは、地上で戦う者だけではない。
海は石のような質感の本を手に、対象との距離を測っていた。石についての伝承、魔法がまとめられたその本は、大きな石の塊のようなものを生み出すことができる。生み出された塊は真っ直ぐに対象へ向かい、多大なダメージを与えることができるが、だからこそ仲間にあてるわけにはいかない。
「ここなら」
大丈夫だろう。と、海の一撃が放たれる。
逃げようと、あるいは戦おうと必死に抵抗していたサーバントだが、この強力な包囲網と猛攻の前に、次第に力を失っていく。
羽ばたく音も頼りないものへと変わっており、撃退士たちは決着の時が近いと察していた。
ぶわり。白夜の纏う空気が変わる。――悪魔顕現だ。
白夜は身の丈を優に超える黒色の八角棍……黒龍八角棍を手に、サーバントの前に立つ。気配を消しているせいだろう、サーバントはすぐ近くに敵がいるのに気付けていないだようだった。あらぬ方に、必死に爪を振るっている。
「じゃあ……ね」
振り下ろされた一撃は、確かな手ごたえを白夜に伝え。
街の片隅で決行された闘いは幕を閉じたのだった。
●油断大敵、そして一つの依頼が終わり
サーバントを倒し終えた白夜は体の力を抜くとほっと息をついた。
「ん。それにしても……意外、とメンドい敵……だった、ね」
「そうだね。でも、倒しきれてよかったよ」
目標にしていた「被害を出さずに早期解決」を実行できて、海は満足げなほほ笑みを浮かべた。
冷静に状況を判断し討伐に貢献していた眠も、落ち着きを取り戻したヒビキも、言葉少なながらも安堵しているように見える。
だが、これで終わりではない。
「知恵が回るから単独でも生きてこられたのか、単独で行動させる為に知恵をつけさせたのか……どちらにしても、知られていない被害者とかがいるかもしれない。調べないわけにはいかないよね」
という海の提案もあり、付近を調べることにしたのだ。
それぞれの能力を駆使し実行された調査も「問題なし」という結果に終わり、皆は今度こそ、安堵の息をつく。
「僕……お腹空いちゃった。……プリン、食べたい、な……」
そんな白夜の呟きに、アヴニールは「よい提案じゃな! 帰りにどこか寄っていくか?」と楽しそうに笑みを浮かべる。
濃紺に染まる空の下。星々の煌めきをうけながら、撃退士達は帰路に着くのだった。