●夕暮れの中
橙色に染まった空の下。
サーバントが目撃された市街地へとやってきた撃退士たちは、艶やかな黒髪を風に遊ばせる少女・黒百合(
ja0422)を中心に、探すネコの情報を共有・作戦の最終確認を行っていた。
周辺区画について記された地図を開きながら、黒百合が口を開く。
「基本方針としては、二人一組の班を三つ作って、当該区域を分散して捜索。サーバントの撃退を優先し、猫たちの保護はあとからゆっくり。で、間違いないわねェ?」
「ああ。それと、無線機を用意した。サーバント、もしくは猫を発見したらすぐに連絡してくれ」
黒百合の言葉に向坂 玲治(
ja6214)が補足すると、神酒坂ねずみ(
jb4993)が「承知です」と頷いた。
「ネコ……ニャンコ……」
――サーバントに対する敵意とは違う感情を見せながら。
ぶつぶつと呟きはじめたねずみを見た点喰 縁(
ja7176)は、静かに決意する。『絶対に穏便に済ませてみせる』と。普段眠そうに見える点喰の瞳には、強い覚悟が宿っていた。
「戦闘中に猫ちゃんたちを見つけたら、それぞれ持参している玩具やおやつで気をひいて、可能な限り迅速に保護をお願いしますねぇ。必要であれば、人を呼んでください。誰かしらは駆けつけられるはずですからぁ」
「はい。では、作戦の確認も済んだことですし、サーバントと猫を探しに行きましょうか」
「そうですね。そろそろ敵が動き出してもおかしくない時間ですし。というか、動き出す時間を狙って来ているわけですし」
雫(
ja1894)と金鞍 馬頭鬼(
ja2735)、二人の提案に反論する者はいない。
「じゃァ、野良猫退治を始めましょうかァ……何処にいるのかなァ、猫ちゃんはァ……♪ 」
笑みを刻む黒百合。その姿には、どこかに潜むサーバントを絶対に追いつめてやるという、そんな想いが宿っているように見える。そして、その想いはこの場にいる全員が抱くものでもあった。
撃退士たちはA班、B班、C班と二人一組を作ると、自分たちが担当する区画へと足を向けるのだった。
●化け猫の影を追って
A班に振り分けられたのは、黒百合と金鞍だ。
二人は陰陽の翼を、黒百合は更にヒリュウ召喚でヒリュウを呼び出し、空へと飛び立った。天魔である彼らは、空から地上を観察し、敵影および保護対象のネコを探すという方法を選んだのである。
黒百合はヒリュウに「敵を見つけたら鳴き声をあげるのよォ」と教えると、きょろきょろと周囲を見渡しはじめる。
「さてさて、どこにいるのかしらァ……?」
「早く見つけたいですね。……あ、お仲間発見」
双眼鏡を手に敵を探していた金鞍は、つい先ほどまで顔をあわせていた二人――B班に振り分けられた点喰と雫の姿を見つける。
金鞍に見られたことなど知らない点喰と雫は、振り分けられた担当区画を歩きながら、周囲に目を光らせていた。
優先するのは、黒百合の確認にあったようにサーバントの撃退だ。だが、狭い隙間等、ネコが好む場所は遠目であっても目視で確認を忘れないようにする。ネコが隠れている場所で戦闘になることは避けたい。
「撃退が終わるまでに姿を見せてくれるか、ちゃんと隠れてくれているかしてくれると助かるんだがなぁ」
点喰が思わずというようにそう漏らすと、スキルを駆使し目標の影を探していた雫もこくりと頷いた。
「そうですね。戦闘中に出てきた時の対策も考えていますが、一つのことに集中できるに越したことはありませんから」
戦闘中にネコが現れた場合、雫が相手の動きを止める気迫を使用し、その間に他の人、もしくは自分が保護すると打ち合わせをしていた。
今日来ている人は皆、実践経験を積んできている。どう転んだとしても、対処はできるだろうが……それ以外にも、心配事があった。だから、ちょっとだけ不安になってしまうのだ。
「……神酒坂さん、大丈夫ですかね」
「……大丈夫だと信じましょう」
ネコに強い敵意を持つ仲間のことを思い出し、点喰は遠い目をした。
ねずみは『ネコ』が天敵のようなのだ。彼女を信用してはいるが……ネコと鉢合わないよう、つい願ってしまう。
そして、彼らの会話は噂の彼女――ねずみの鼻を刺激したようで。
「ぶえっくしょい! ……ふう、ニャンコが近くにいるのかもしれませんね」
C班に振り分けられたねずみは、向坂と二手にわかれ、担当区画をV兵器である銃を手に歩き回っていた。
(市民が避難しているので、サーバントの攻撃目標が減っています。つまり、私たち……、あるいは、取り残された動物か、ですねえ)
狙える得物が限られているのだ。こうして狭い場所を探している自分たちを狙いに来るとも考えられる。
狭い場所で戦うことになるのは望ましくないというのが、メンバーの総意だ。そのため、ねずみは隠れるサーバントを追い払うように、弾丸をあちこちにあてながら移動していた。
見つける、というより、追い込んでいる、という方が近いかもしれない。
「あ」
音に驚いたのか、小さな二つの影がねずみの前を横切った。
見慣れたそのシルエットは、ネコのもの! 間違いない!
後を追ったねずみは、二匹のネコが探すよう依頼されていたハナと野良ネコであることを確信すると、力強く言い切る。
「どーも、ハナさん。ニャンコスレイヤーです。ニャンコは、殺す」
あ、間違った。いや、間違ってはいないけど。
ねずみがまとう気迫に押されたのか、ハナと野良ネコは慌ててその場から駆け出した。
「ちっ、逃げたか」
ねずみは舌打ちをすると、無線機で仲間にネコを発見した旨を伝えた。
「こちらチャーリー、第二目標がそちらに向かった。ヤれ」
チャーリー? 第二目標? ていうかヤれ!? ……と、混乱したような声が聞こえた気がしたが、まあ気がしただけだろう。
そう思った、直後のことだった。
『サーバントを発見した!』
向坂からの報告があがってきたのは。
ねずみと同様、向坂は裏通りなど見通しが悪いところを中心に探索していた。だが、ふと目を向けた大通りに、自然には存在しない影を発見したのだ。
向坂はタウントで注意をひきつつ、ダークハンドで足止めを試みる。
発見したサーバントは、報告にあった通りネコのような姿だった。だが、かわいらしさは欠片もない。
大きな体躯。
異様に長い手足。
バランスがとれていない、禍々しい、その姿。
闇を凝縮したような瞳が、向坂へと向かい。
戦いが、はじまった。
●化け猫退治、開幕
「迷子の迷子の……子猫どころか猫より遥かに大きいですね……」
「まぁ、こんだけデカいともう虎だな」
「確かにこのサイズだとネコではなくトラですね」
合流を果たした金鞍の呆然とした呟きに、向坂、雫が続く。だが、目の前の虎にあるのは思わずひれ伏したくなるような威厳ではなく、おどろおどろしい気配だけだ。
向坂は、発見した時のサーバントの様子を思い出す。
どこか、慌てたように大通りを走っていた。もしかしたら、ねずみが出していた銃声に驚き、逃げているところだったのかもしれない。
と、目の前にぎらりと鋭利な光を放つ爪が迫った。後ろに飛ぶことでかわした直後、銀色の焔に包まれた黒百合の弾丸がサーバントに襲い掛かった。
「さーてとォ、野良猫退治、開始よォ♪」
聖火をまとった彼女の攻撃は、仲間を支援しているだけでなく、隙あらば狭い路地裏へ逃げようとするサーバントの動きを見事に妨害していた。
「お、らよっと!!」
向坂は掛け声とともに再び距離を詰め、神輝掌を放った。光の力を帯びた、強烈な一撃がサーバントに直撃する。
向赤はサーバントの意識が自分にむいたのを確信して、にっと口端をあげた。全て、計算通りだ。
向坂と入れ替わるように、白銀の髪をたなびかせた雫が躍り出る。サーバントは邪魔だとでも言うように腕を振るったが
「躾のなっていないドラネコには、少々きつい御仕置きが必要ですね」
雫は十分に相手をひきつけると、一閃。
破壊力、速度ともに一級の技・乱れ雪月花を放つ。燃焼されたアウルが粉雪のように舞い、剣は月のような煌めきを放つ。幻想的でさえある攻撃だが、見とれている暇はない。
「素早くても後ろからの攻撃には対処しずらいでしょう……ッ!」
サーバントの背後から、金鞍が斬りかかった。狙うのは、後ろ足の裏側――足の腱だ。金鞍のアウルを元に顕現した眩い剣は、敵の動きを阻止すべく振るわれる。
と、サーバントが鬱陶しいと言うように、長い手足をがむしゃらに振るいはじめた。
後退する三人にかわり、ひらり、ひらり――と場違いにも思えるほど美しい蝶が距離を詰めていく。
ねずみの忍法「胡蝶」で顕現した蝶……妖蝶は、暴れるサーバントをものともせず、じわじわとダメージを与えていた。ねずみ自身は路地裏へと通じる一本の道に位置し、決して逃がすまいと黒い眼を光らせている。
点喰が妖怪絵筆で空中に描いた妖怪たちも、サーバントへと向かっていく。途中、周囲にネコの姿がないかの確認も忘れない。
態勢を崩したサーバントに、向坂、雫、金鞍が再び接近する。
とまらない猛攻を、点喰は冷静に眺めていた。サーバントの動きを見極め、仲間に攻撃があたりそうなタイミングで妖怪を援護に向かわせる。
絶妙な撃退士たちの連携。サーバントはみるみるうちに追い詰められていく。
と、まるで最後のあがきというように、がむしゃらに牙を、腕を、身体を振り回しはじめた。
追いつめられた獣は、時に恐ろしい攻撃を放つ。
点喰は念のため、前線に立つ三人にアウルの鎧を行使した。アウルの力で作られた鎧に身を包んだ金鞍が、雫が、向坂が。妖蝶とともにとどめをさすべく得物を振るう。
そして――
タァン、と。
サーバントを、黒百合の弾丸が撃ち抜いた。
ぴたりと、まるで操っていた糸が切れたように、サーバントの動きがとまる。そして――ゆっくりと、地面へ倒れこんだ。
「ふむ。終わりましたね」
「ああ。……ったく、迷惑な奴だったぜ」
ねずみの言葉に向坂はそう続けたが、声には倒せてよかったという安堵の色が滲んでいる。
「さて、じゃあ猫たちを探さないとですね。神酒坂さんが近くで見たって言ってたし」
点喰はヒールで仲間を回復させながら、そう提案する。
異論はない。
「さて、もう一息ですね」
金鞍の言葉にうなずきながら、一向はネコを探して再び歩き出すのだった。
●終幕、ネコは無事に帰り
ネコ探しに本腰を入れるにあたり、「ハナに関しては各所におもちゃを置き、出てくるのを待つ」「野良ネコに関しては、狭い場所をはじめ、ネコが好みそうな場所を探す」という方法をとることになった。
更に、雫は忍法「響鳴鼠」で鼠を使役し、黒百合は細い場所の捜索はヒリュウに任せ、ハナの行方を探ることになった。
撃退士たちがあちこちを歩き回りはじめて、どれくらいが経っただろうか。
雫の元に、鼠が戻ってきた。ハナが見つかったらしい。
案内してもらった先は、点喰が防水段ボール箱を設置した場所だった。
野良ネコは段ボールの中で丸まって、気持ちよさそうに瞳を閉じている。
ハナはというと、段ボールには入らず、近くで撃退士たちを見つめていた。くりくりとした瞳に見つめられ、点喰は思わず頬を緩めた――が、「すみません、猫殺衝動の発作が」と武器に手をつけようとするねずみを見て身体をこわばらせた。金鞍が必死に止めてくれているのを見て、一応胸をなでおろしたのだが、油断はできない。
向坂はハナを刺激しないよう目線を低くし、飼い主から借りていたお気にいりの人形を目の前でふりはじめた。
ハナの瞳がわかりやすくぱっと輝く。
人に慣れていることもあり、ハナはこちらが拍子抜けするほどあっさりと近づいてきた。
点喰は向坂に、持っていたもう一つの段ボールにハナを誘導するよう頼んだ。
雫はハナが全身すっぽり段ボールに入ったことを確認すると、万が一の逃走を防ぐため、マタタビを与えた。すると、野良ネコが「自分も」というように、ハナのいる箱へと移ってくる。
二匹のネコは、あっという間に骨抜き状態になっていた。
「さて、良い子ですから大人しくしていてくださいね。飼い主である三宅さんも心配しているんですよ」
雫の言葉にも、ネコたちはごろごろとご機嫌に喉を慣らすだけだ。
その微笑ましい光景に、一向の頬が自然と緩む。
「ウッ、猫……ニャンコは……殺……!」
「神酒坂さん、ダメですよ。なんかすごい顔をしていますがダメですよ!」
――いまだ、約一名を除いて。
ネコに対し異様な殺気を放つ神酒坂を、金鞍が必死に止める。
点喰はネコたちを隠すように段ボールを抱えると、帰路を急ぐのだった。
サーバントの撃退。ネコたちの保護。両方の依頼をこなした後にしては、落ち着きのない光景。
だが――夕陽に照らされた皆の横顔は、どこか満たされているように見えた。