●高架下
そこにたどり着いた時、まだ何もいなくて静かだった。
立入禁止の札とともに、簡単にではあるが封鎖がなされている。もちろん例のディアボロの噂があり、誰も近付く者はいなかったのだが。
「常時いるわけではないのでしょうか?」
仁良井叶伊(
ja0618)はやや不審げに呟く。まだ周囲は明るい。
先遣の撃退士によると、昼夜問わず出没するらしかったので、目が利きやすい日の高いうちに来てみたのだが。
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が少し近付く。
「何か……聞こえない?」
言われて他のメンバーも耳をそばだてる。遠くからではあるが、何やら物を振り回すような音が聞こえる気がした。
「ヒュンヒュンって聞こえるよね」
的確に言葉で表現したのは相川北斗(
ja7774)だ。赤い髪に白いうさぎのヘアピンが可愛らしい。
「確かにそんな音だ」
北斗の双子の弟、相川零(
ja7775)が頷く。
「この向こうにいるってことだよね」
姫路メシェ(
jb1636)が手を耳に当てて様子を聞いている。隣で親戚関係の氷室時雨(
jb2807)も様子を見ていた。
「では予定通りの布陣で行くでござるか」
ショットガンを構えながら、立夏乙巳(
jb2955)は気合を入れる。
「じゃあ阻霊符は北斗ちゃんに任せるね」
藤井雪彦(
jb4731)も作戦を確認する。北斗は頷く。
作戦では壁際を背にして扇型に布陣を組むことにしていた。阻霊符で透過能力を奪ってしまえば、全員が囲まれる心配はないだろう。
後衛は時雨、乙巳、叶伊、メシェ。前衛は北斗、零、ジェラルド、雪彦だ。
「ダジャレで動きが止まるなんて、面白いね〜♪ なーんか捕まえて持って帰りたい気もするけど、それじゃあダメだもんねっ」
はにかんでメシェが言う。それを時雨がたしなめた。
「きみはどうしてそう緊張感のない……」
「時雨ってば、ネットで『ハイセンス ダジャレ』とか調べてたの知ってるんだよ〜」
メシェの言葉に時雨は瞬時に赤くなり絶句する。
それを見ながらジェラルドは、実は自分もネットで『ハイセンスなダジャレ募集』スレを立てて情報収集していたことを思い、これは言わないでおこうと思った。
「ダジャレで止まるって、元は芸人好きとかのヒトだったのかなー」
北斗も呑気なことを言っていると思えば、叶伊も言った。
「……あとでダジャレを使ったディアポロでも作るつもりでしょうか……?」
そこへ雪彦も参加する。
「やっぱ感性って大事だよねっ♪」
さてこの依頼、先行き如何に……?
●準備完了
立入禁止の封鎖を越えると、耳をそばだてなくてもヒュンヒュンと何かを振り回すような音が色濃く聞こえてきた。
敵ディアボロ、叶伊が名付けた仮称「DJ-0(ダ・ジャ・レー)」がこちらを察知したのか、音が近くなってきた。高速で飛んでくるのが撃退士の彼らの目にはギリギリ見極められる。
メンバーは瞬時に決められた布陣に着く。北斗が素早く阻霊符を展開。
「このディアボロのダジャレセンスが飲み屋のおじさんレベルである事を祈るでござる」
飲み屋慣れしている乙巳がまず小手調べにダジャレを繰り出す。
「『このお通しは投資家が食べるお通しか?』」
DJ-0は一瞬止まった。しかしその場のメンバーも一瞬止まった。やがてすぐにDJ-0が高速回転を再開する。
「しまった! 僕たちまで巻き込まれてどうするんだ」
時雨が我に返る。もしもダジャレでなく、ギャグで殲滅できるディアボロなら、この時点で数体は撃破できていたかも知れないだけに残念だ。DJ-0はヒュンヒュン音を出しながら距離を縮めてくる。
「通じるようでござるね。では、『この牡蠣は夏季限定!』」
DJ-0が一瞬止まった隙に、メシェが召炎霊符で攻撃する。火の玉のようなものが直線移動して、止まっていた1体に当って砕けた。
「やったね! 残り6!」
「じゃあボクもいくよっ。『君の苗字なんだっけ? ああっボク、陰陽師』……さぶっ」
自分でノリツッコミを入れながら雪彦も叫ぶ。DJ-0が停止した瞬間、後衛から時雨がショットガンを放った。
「ありがとねっ。残り5!」
いい調子で来ている。ダジャレさえ上手くいけば反撃はないようだし、このまま順調に潰していけそうだった。
●意外
「なるほど……これはまた……変わった趣向だねぇ♪」
ジェラルドは光纏し、スキル『SD』を発動した。全身から赤黒い陽炎のような影が彼を包み、怪しく闘気を解き放つ。
「君たちはセンスが……あはは♪『これはボクらが無礼かー』」
撃退士(ブレイカー)と掛けたダジャレだったのだが、知能の低いDJ-0には「ブレイカー」が通じなかったらしい。
ダジャレを言い終わるタイミングを計って前衛の零がソウルサイスで1体に切りかかったところ、当たりはしたのだが何と分裂した。
「ええっ? 反則クサイっ!」
ジェラルドの反論も虚しく、DJ-0の残りが6体に増えてしまった。
「ああ……ボクの『面白いお兄さん』のポジションが……」
涙目でげんなりしているジェラルドだが、零が追いかけるようにダジャレを放つ。
「『クマが動かないって? くまったなぁ』」
定番のダジャレではあったが、タイミング良く叶伊が雷帝霊符を使う。雷の刃が1体を貫く。
「残り再び5!」
「なるほど、中途半端に効果がないと、分裂するんですね」
反撃がないと思えばこんな隠し球があったとは、やはり相手はディアボロ、気を抜けない。
「それなら連呼で行くでござる! 『「このイカいかほど」「1000えん」「いやいやそんなにスルメ〜?」「アタリメ〜だ」』」
乙巳が大声で言い放つが、レベルが高すぎるのかDJ-0は止まらない。
「『ヘリコプターがへ? こぷたー!?』」
多分零は「こけたー」と掛けたのだが、やはりDJ-0には通じなかった。ハイセンス過ぎたか。
そこへ時雨がショットガンに手を掛けながら言い放つ。
「『僕さぁ、実はボクサーなんだよね』、『拙者、接射は苦手でござる』、『羞恥心はシカトスルーしかない』!」
時に消え入りそうな声で、駄洒落は柄じゃないが悠長な事は言っていられないと自分を奮い立たせてショットガンを同時に放つ。
4、5体目のDJ-0を撃破。
「いいね! 残り3!」
雪彦が声を掛ける。
続けて叶伊がダジャレを言う。
「『オシャレなシャレに謝礼を払おうとおっしゃれますか、それはよしなシャレ』……駄目ですね、扇子に描く様なセンスが無い」
自分で落ち込みそうになったところ、彼が名付けたDJ-0が停止。
そこへ北斗が石火したデュエルカードで6体目を撃破した。
「やったよ! 残り2! また分裂しないように気をつけて!」
北斗が数えながら注意を促す。意外なアドバイスに零は驚いた。北斗が日常的に言っているおやじギャグを引用して失敗している自分は損な役回りだ。
不意にメシェが時雨に声を掛ける。
「ねぇ時雨っ、毎晩、夫がどこにいるか確実に知っている女性は?」
「は?」
「時雨はきっと答えられないから教えてあげる。答は未亡人だよー」
「……それはブラックジョークだよね?」
DJ-0が何を思ったのかはわからないが、不意に反撃の針のようなものが飛んできた。
ちょうどメシェの斜め前に立っていた雪彦が乾坤網で防ぐ。
「ちょっと、ダメ出しなんて酷いんだよっ」
メシェの言葉に、雪彦の顔から笑みが消える。
「女の子のハートを傷つけるとか許せないんだよねっ!」
●畳み掛け
ここで北斗と零が打ち合わせておいたダジャレを展開した。
「『姉さん、ティラミスとパフェがあるんだけど、どっちぇのドルチェを取るちぇ?』」
双子の弟の問いに、姉は嬉々として答える。DJ-0は回転を続けている。
「『えーとね、パフェがいいな』」
「『ごめん、パフェは僕のなんだ』」
「『えー!? どるちてー』」
「ドルチェ」と「どるちて」がややこしかったかと思ったが、それでも考えるように一瞬DJ-0は止まった。そこを乙巳がショットガンで撃ち抜く。
「残り1でござるよ!」
「『やっぱり最後はナイトが決めないとっ♪』」
笑顔を取り戻した雪彦はダジャレを連呼する。
「『中学生はチューがくせぇっ!』、『高校生は親孝行せぇ』、『大学生は大が……』自粛!」
思春期のガラスのハートが粉々になるようなダジャレや、「親孝行したい時に親はなし」的な諭し系ダジャレの後は、下ネタになってしまう寸前で自粛した。
完全に停止したDJ-0にきっちり狙いを定めたジェラルドは、ショットガンで見事に打ち抜き、最後の敵を沈黙させた。奥から新手が出てくる気配はなく、ヒュンヒュンという音も聞こえて来なかった。
「……終わりでしょうか……?」
叶伊が耳を澄ませる。
他のメンバーも、実質的な戦闘よりもダジャレを言ったことで息が上がりそうになりながら、周囲を伺った。
「数えながら倒したし、間違いないだろうね」
時雨が確認する。
途中で分裂したが、その後2体撃破しているので数は合っている。周囲は静まり返り、動体もなく、不審な音もしなかったのは全員が確認した。
●口直し
「……手強い敵だった……」
ジェラルドはげっそりしていた。
「まだまだダジャレはあるでござるよ〜。『「おでん」はありましたと、お電話ありました』、『詫び入る荷品はビールにしな!』、『ですます口調で済ます区長』などなど」
乙巳の口からは、軽快なダジャレと共に、蛇の舌がチョロチョロと出入りする。さすがは居酒屋常連の親父と付き合いを重ねているだけある。
「乙巳ちゃん、すごいねっ。ダジャレクイーンだね」
「おぬしもダジャレキングでござるよ、雪彦殿」
「私もまだ持ってるよ〜」
ここで北斗も披露する。
「『このキャベツ虫がついてるわ、キャー、ベツのにしてー』とか、『カッター買ったけど紙がカタくて切れなカッター』、『花茶が熱いぜ、ホワチャー!』とか、どうかな?」
メシェがさっきから面白そうに三人のダジャレを聞いて、腹を抱えて笑っている。笑いの沸点が低いので、戦闘中から頬がヒクヒクしてしょうがなかったのだ。やっと思い切り笑える。
零も他にも考えていたダジャレがあったが、メシェさえ笑ってくれなかったらショックなので黙っておいた。元はと言えば日頃の北斗の言うダジャレが悪いのだと八つ当たりしつつ。
時雨は内心考えていた、眼前の敵は陽動で、本命が奇襲なんていう事がなくてホッとする。
あまりに酷いダジャレは、言うのも聞くのももうお腹いっぱいだ。
「口直しにお笑いライブでも行かないかい? 今ならまだ間に合う時間だし」
ジェラルドが提案する。
「それは名案でござる。今度居酒屋で使うために……いや、またこのような敵が現れた時のために役立つのでござるよ」
乙巳の言葉に、「もうこんな依頼は嫌だ」と冷静に考える零だった。
「じゃあみんなで行こう!」
「わーい!」
八人は揃って駅の方へ向かっていく。
その後すぐに高架下の封鎖は撤去されたが、おかしなディアボロが出現することはもうなかったという。