●エントリー
「どうしてこうなった……」
額に汗をかきながら、烏田仁(
ja4104)は身を潜めていた。
さらしを巻き、紺地にうっすら桜の花びらが描かれた着流し、首にはチョーカーを巻いている。
妹の一にエントリーを頼まれたので済ませたものの、当の本人が来ないままでスタッフに間違われ、参加と相成った不幸な男子生徒だった。
「きみ、着流しって粋だねー」
そう言って近付いてきたのは鈴原りりな(
ja4696)だ。フリフリの洋服を着て、青いロングヘアーが可愛らしい。
急に声をかけられて仁は焦る。
「「お前は着物が似合うな」って兄さんが……」
「へえぇ、素敵なお兄さんだね」
素直なりりなの台詞に恥ずかしくなり、仁は顔を真赤にして俯く。
「ふぁあ?!……忘れて下……さい」
とにかく、このまま妹のフリをして女として乗り切ろうと誓う仁だった。
「出場するからにはがんばらんとなー♪」
既にエントリーを済ませ、ふんふんと鼻歌を歌いながら会場の裏を歩いていた雅楽彪白(
jb1956)は、不意に白い仔猫を見つける。
極度の猫好きで、相手にも好かれる彼に、仔猫はすぐさま擦り寄ってくる。
「一人は寂しいしなー、お、にゃーんこさん、一緒に行きよる?」
そのまま仔猫を抱きかかえてステージの方へと向かった。
●アピールタイム
「さぁーて! レッツ! ショータイム!」
一人で盛り上がっているのは主催者の少女Yである。それなりに観客も集まったようで、会場は賑わっている。
まずは一人目、青い髪の小さな少女、蒼井御子(
jb0655)が全身を黒いローブで覆って登場した。いきなりの意表をついた衣装に会場がどよめく。
「ボクは蒼井御子だよっ! よろしく──なんて、言うと思ったの? この※□△#ども」
「あわわ? 今何て言った?」
慌てる少女Yを、少年Tは冷たくあしらう。
「ネタですから、聞き損ねたらスルーですよ」
その間に御子はするりとローブを脱ぎ、黒猫系のアクセサリーをたくさんつけたドレス姿になる。
その愛らしさにまたもざわつく会場。少女Yもざわついている。御子は観客たちに冷たい視線を送り、あまりない胸を反らせて凛と立った。
「いい? 貴方達は幸せを感じなくてはいけないの、私がここにいるのだから」
女王様の風体でステージをつかつかと歩きまわる。シークレットブーツがいい感じの音を立てている。
「跪き、私をたたえることを許すわ」
おおーっ、と会場が波打ったところで、途端に御子は表情を満面の笑顔に切り替える。
「な・ん・て、ねっ! 驚いた? え、ドキっとした? このへんたいさんめっ! というワケで、蒼井御子だよっ! よろしくねーっ!」
くるん、とステップを踏むように一周りし、御子は笑顔を振りまいて袖に消えた。
そこで髪を下ろした仁を見つける。せっかくの着流しが、長い髪で隠れてもったいないなぁと思ったので、黒猫の髪留めを取り出して仁に近付いた。
「あ、烏田さんだったかな? 髪、留めておいてあげるねー」
すい、と適度な分量を取り、高い位置で留める。仁がより女性らしく見えるようになった。
「あの、ありがとう……ごさいます」
御子を直視できず、真っ赤になって仁は礼を言った。髪留めが黒猫モチーフなのには気付いていないのだったが。
音もなくステージに駆け上がってきたのは、ロングスカートのクラシックなメイド服に身を包んだ静馬源一(
jb2368)だ。
「主殿! おかえりなさいで御座る!」
主に女性の声で歓声が上がる。本人曰くの「冥土忍者」は好評なようだ。
どこからともなく手裏剣やワイヤーなど、普段使っているであろう武器を取り出し、にっこりと笑顔で言った。
「今日も一日無事で御座った? 悪い奴がいたら、この冥土忍者が主殿に代わって敵を退治するで御座るよ!」
再び歓声。その中には少女Yも混じっている。
少女Yは自分で開催したステージというのも忘れて、冥土忍者の可愛さをカメラに収めようと携帯電話を取り出した。
そこへ、容赦なくカメラにピンポイントで手裏剣が突き刺さる。
「主殿。本人に許可なく撮影するのはマナー違反で御座るよ? 次はもれなく体に直撃で御座る♪」
「は、はひぃ」
少女Yはだらだらと汗を流しながら壊れた携帯をしまった。
「ちょうど良かったじゃないですか。スマホ欲しいって言ってましたよね」
少年Tはフォローなのかダメ押しなのかわからない言葉を送る。
源一は満面の笑みでステージに戻り、キュートなポーズで子犬のように観客に奉仕していた。
「ところで主殿? ご飯にするで御座る? ライスにするで御座る? それとも……お・こ・め?」
ハートが目に見えそうな子犬に胸を掴まれた観客たちは、口々に「おこめー」とか「げんいちくーん」とか言っている。
源一子犬がステージを一周し、袖に消えても「ライス!」とかいう声が聞こえた。
女王様とメイドさんの登場の後には、りりなが元気よく飛び出してきた。
ドレスのようなフリヒラの衣装のスカートの裾をつまんで、レディのお辞儀をする。歓声があがる。
そして不意に不敵な笑みを浮かべてから、満面の笑みでくるりと一回転してからのウィンク付きのポーズ。若干中二っぽいけど気にしない。
「あはっ♪こういう舞台、一度立って見たかったんだよね♪」
ステージを一周しながら笑顔を振りまいたりニヤリと不敵に笑って見せたり、りりなは結構楽しんでいる。
「今こそボクのカリスマ……もとい可愛さを全国にアピールするチャンス♪」
少女Yは完全にその中二的カリスマにやられていた。
「やれやれですね」
少年Tは少女Yの肩を揺すってみる。
「ヨダレが出てますよ」
白い仔猫を抱いてステージに現れたのは彪白だ。
「高等部二年、雅楽彪白っていーます。よろしゅーに♪」
ぺこん、と小動物のように頭を下げる。その可愛らしさに会場がどよめく。男女入り混じった声援が聞こえる。
「参加理由は、妹ちゃんが出場届けだしてもーて……やろかなぁ?」
関西弁でてへぺろな感じで言う彪白の仕草に、少女Yもでろーんとなっている。
「好きな事はお菓子作ったり、食べたり、にゃんこさんと寛ぐことや!」
そう言って仔猫を自分の周りをくるーりと一周させた。仔猫の可愛らしさも相まって、歓声はやまない。
それからサンドイッチを取り出してぱくんと食べ、仔猫にもツナの切れ端を与える。
一人と一匹ではむはむしている姿はうっとりと愛らしい。
「いじょー、おーきにー♪」
ぺこ、とお辞儀をして、彪白は仔猫と一緒にステージを降りた。
とうとう順番が来てしまったと思いながら、仁はステージに出る。
「とにかく知り合いにバレないように……」
それだけが気がかりだった。
「ボク……高等部の烏田一です……」
妹の名を名乗り、俯いてあまり顔が見えないようにする。
その恥ずかしがりっぷりが受け、会場からは「こっち向いてー」という声が出た。
「高等部の烏田一ちゃんねー。今度はっきりお顔拝見にっ!」
少女Yは壊れた携帯にメモを取ろうと頑張っている。
「舞い……ます」
ちんとんしゃん的な音楽が流れ、和で雅な舞いが披露された。シャイな立ち居振る舞いながらも洗練された舞いで、ド素人の多い観客も食い入るように見て、大拍手を送った。
仁がステージを去ると、とてとてと狐耳と尻尾をつけた小さな白い天使がステージを横切る。影山狐雀(
jb2742)だった。
ステージの向こう側に好物でもあるのか、とてとてと走り去っていく。
それだけの可愛らしさに観客からは拍手が上がり、少女Yも目で追って萌えていた。
チアリーダーの衣装を纏い、美少女アニメのオープニングテーマのような音楽と共に飛び出してきたのは、十三月風架(
jb4108)だ。
「さてと、自分はノリと勢いだけで参加しちゃったわけだけど……」
呟きながらも、特技のバトンを披露する。
バトンを高く放り投げ、背面でキャッチ。足の下をくぐらせて、頭上でキャッチ。くるくる回しながら笑顔でステージを一周する。
その見事な技に、会場からは溜め息と拍手がわく。
「バトンする男の娘かわいい〜!」
少女Yも拍手をしながら見入っている。
最後はステージの袖の向こうにバトンを投げ、それを追いかけるように走り去っていった。
そして出てきたピンクの髪の眠そうな少女……ではなく少年、睡乃皇女(
jb4263)は、スキル「天使の微笑み」で印象をアップさせる。
それだけで会場も少女Yも盛り上がった。
「れっつ……ショー……タイ……ム……だよ……」
無造作に差し出した手から様々な種類の本物の花が溢れかえる。会場がどよめく前に、それを全てバルーンに変えた。そして息もつかせずバルーンを動物の形に変える。
キリン、犬、クマなど、バルーンアートというやつだ。
それを一瞬でぬいぐるみに変える。流れるような一連の動きが一段落し、ようやく歓声があがる。
「すごいすごいー! どうやってるのあれー?!」
少女Yも興味津々である。
「手品ですからね、タネも仕掛けもあるんでしょうよ」
少年Tが水を差す。
「タネ……も……仕掛け……も……ない……ん……だよ……」
後ろのポケットから大きな袋を取り出すと、そこへぬいぐるみを迎え入れる。ぬいぐるみはまるで歩いてくるかのように袋に入る。
乃皇女は自分の髪を結っていたリボンを解いた。はらり、と髪が落ちるのを見て、会場は一層盛り上がる。
そのリボンで袋の口を閉じ、パチン、と指を鳴らした。シュッとリボンを解いて袋を開けると、中身が鳩に変わっていてそのまま飛び立つ。
「……え……? どう……なって……る……のって……? ……ふふ……秘密……だよ……」
タネと仕掛けを背負った鳩が飛び立ってしまったので、本当に乃皇女の手元には袋とリボンしか残らなかった。
「僕……男の子……だから……ね……?」
言いながらリボンを再度髪に結い、ステージを去っていく。最後に大喝采が起こった。
●サプライズ
「さぁーて、楽しませてもらったねー。投票方法の説明に行こうか……って、あれ?」
鳴り止まない喝采を落ち着かせようと、少女Yが立ち上がった時、ステージにはエントリーしたメンバーが全員揃っていた。
「挨拶かなぁ?」
そんな段取りしてなかったけど、きちんとやってくれる人たちでよかった──と思ったのも束の間、ジャーン! とボリュームの大きい派手な音楽が鳴る。
さっきの衣装のままのメンバーもいるが、全体的にケモミミと尻尾がついている。
御子は黒猫の猫耳と尻尾、源一は先ほどのメイド服プラス犬耳、肉球グローブに肉球スリッパと、この上ないワンコだ。
りりなは狼耳をつけてフサフサさせていて、彪白は紫系のうさ耳パーカーにショートパンツにニーハイという無敵のコスチュームである。
少女Yは鼻血をハンカチで押さえているが、もう一枚必要そうだ。少年Tは仕方なく自分のハンカチを渡す。
仁は狐耳の袖の長い全身パーカーで、やや顔を隠し気味にしている。余った袖が可愛らしい。
狐雀も狐耳と尻尾だ。
風架はクマの丸い耳をつけ、丸い茶色の尻尾もつけている。
乃皇女は人生初めてと思われるスボンを履き、うさ耳がだらんと垂れている。ロップイヤーのようだ。
「きゃんわいいーーー!!!」
絶叫したのは言うまでもなく少女Yだ。鼻血は止まっても、まだハンカチで押さえている。今度はヨダレか。
派手な音楽が流れる中、各々が好きに踊ったり走り回ったりしている。
やがて音楽も穏やかになり、終了かと思われた時、全員がステージの真ん中に集まってきた。
そして音楽終了と共に決め台詞。
「平れ☆」
「伏せ☆」
「「「「「「「「愚◯ども!!!」」」」」」」」
ジャーン!と、最後の銅羅が鳴った。
会場も大盛り上がりで拍手喝采、スタンディングオベーションの大盛況になった。
●あの人の妄想
「……とかさぁ、こういうのっていいと思うんだよぉ〜」
少女Yはパソコンでチラシの案を考えながら、少年Tに話している。
「何故か男の娘のエントリーが多いんだけどさ、女の子も可愛くてさ、もう全員抱きしめたいって感じになっちゃうわけ」
ゴテゴテした酷いデザインがパソコンの画面に浮かんでいる。
「そのチラシじゃまず無理かと思うんですけどね」
少年Tは隣で本を読んでいる。アドバイスで修正できる域を超えているので、もう何も言うまい。
「それより開催自体無理でしょう。文化祭の時期でもないですし。長い妄想お疲れ様でした」
「はひぃ。いずれ! 実現させてみせるわっ!」
何故かガッツポーツで少女Yはチラシのデザインを保存した。