●囮作戦
キス魔が出没されると言われている夕暮れ時、噂の繁華街でハルシオン(
jb2740)が無邪気な声をあげる。
「此れを見るのじゃ二人共、面白そうなものが置いてあるぞい!」
二人、というのは、彼女をこの依頼に誘ったアムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)と、この機会に仲良くなった猫野・宮子(
ja0024)である。
「えへへぇ〜ハルちゃんと一緒ぉ〜♪」
アムルはハルシオンと出掛けるのが嬉しいらしく、ぴったりとくっついている。宮子とも打ち解け、女子三人でデートのような格好だ。
彼女たちは繁華街の西の入り口から中心部へ向かっている。
「僕達は囮役だね。相手が近くに現れるといいけど」
宮子もウィンドウショッピングを装いながらも周囲の観察に余念がない。
イケメン眼鏡と金髪セクシー女性なら、今やもう繁華街の有名人だ。見てわからないはずはないだろう。
「携帯番号も交換したし……あの娘にもしばらく繁華街には行かないように注意したし、と」
美森仁也(
jb2552)は肩から掛けた布バッグに入っている制服を確認する。
学園には在籍しているものの、ほとんど着ていない制服はまだまだきれいだった。こんな時に活躍するとは思わなかったが。
こちらは囮第2班。
「なんでこんなのの相手しなくちゃいけないんだ」
蒼桐遼布(
jb2501)たちは呆れ顔で南側から繁華街に入ったところだ。
こちらは三人とも悪魔組。
「この三人の組み合わせだと、どっちのキス魔が現れても同性Hitが出て来てしまうでござるね〜」
時代劇かぶれの立夏乙巳(
jb2955)は、忍者のような口調でのんびりと言う。しかし周囲への警戒は怠らない。
「しかし、天魔にしろ撃退士にしろ、残念そうなことこの上ないな」
遼布も歩きながら呆れ顔で呟いた。
だいぶ日も暮れ、居酒屋やカラオケ店に向かう若者グループで繁華街は賑わっている。
「キスするの? ……変なの? 誰でもいいなんて……??」
小松菜花(
jb0728)は首を傾げながら、携帯に登録した連絡先を確認していた。
彼女は居酒屋街の一角でひっそりと佇んでいる。
携帯をいじっているので待ち合わせのようにも見える。
近くにゲームセンターもあるし、今どきの小学生でも繁華街には来る。小学部3年生でもそう違和感は濃くなかった。
一方で碓氷千隼(
jb2108)は2階に受付のあるカラオケ店の待合室で、窓際に待機していた。真下には携帯をいじっている菜花が見える。
撃退士だと言えばここにも上がってこれたのだが、囮作戦の兼ね合いもあって、今はまだ身分は伏せておいた方がいいと判断してのことだった。
携帯はハンズフリーにして胸ポケットに入れてある。準備は万全だ。
●ターゲット発見
乙巳がこっそりと近くを行き交う人々に情報収集をしたものの、今日はまだ犯人らしき人物は姿を見せていないようだった。
繁華街は彼女たちが入った南口と、ハルシオンたちが入った西口が大きな入口だ。中心部にはもう菜花と千隼が入ったと連絡があったし、犯人像を思い描けば本通り以外の細道で犯行に及ぶとも思えない。
どちらかが当たりのはずだ。
仁也はフード付きのパーカーを着ている。翼を使用することになった場合、外見が悪魔的に変化するため、周囲の動揺を軽減させるために保険を掛けていた。
心の中では、恋人兼被保護者のことを考えている。
そんな迷惑な奴がいたら安心してあの娘を町に行かせられないし不安だ。あの娘の唇が自分以外の、例え女性にでも奪われるなんて考えたくもない。
そこへ遼布の携帯が鳴る。
三人とも一瞬身構え、相手が宮子であることを確認して戦慄した。
「んー、なかなか現れないね……って、むぅ!?」
最初に声を上げたのは宮子。視線の先には金髪のナイスバディが見える。
「うふふぅ、見ぃつけた?」
「ほほう、いかにも犯人という感じがするのう」
アムルもハルシオンもすぐに気付いて、宮子が瞬時に遼布に電話をかけた。「あお」だから一番上に登録されていたのだ。助かる。
「女性の目標発見。魔法少女、まじかる♪みゃーこ出撃にゃ♪人の唇を奪う悪い人は、正義の魔法少女がお仕置きするのにゃ♪」
その頃、千隼は2階から眼鏡のイケメンを探していた。
今どき眼鏡が流行りなのか、探すから目に付くだけなのか、やたらと眼鏡男子が多い気がする。しかし「イケメン」となればまぁ、そこそこは絞れる感じだ。眼鏡だけで誰でもイケメン化するわけではない。
数人それらしき人物を発見したが、いずれもグループだったので警戒の対象外にした。
が、撃退士の視力をもってすればやや遠いところにいる犯人の発見もできる。
ちょうど南側との合流地点で、男性の断末魔のようなものが聞こえた。悲鳴というより絶叫である。これは男に唇を奪われた声ではあるまいか?
「菜花! 南口の方、ヒリュウ飛ばせる?」
胸ポケットの携帯で菜花にコールし、ヒリュウの召喚を頼む。菜花は早速応じた。
「高速召喚術式展開。ヒリュウ召喚成功……敵戦力に向けて出撃せよ」
小さなヒリュウは滑空し、南口付近へ向かう。
千隼はカラオケ店の非常口から外に出て、壁走りでヒリュウを追う形になった。
「撃退士だよ、どいたどいたっ!」
驚いて壁を見上げる周囲の一般人をよそに、事前にハルシオンから渡されていた学園のマークと「撃退士」の文字入りの腕章を腕に巻いた。
キス魔騒ぎは既に周知だったので、一般人はどよめきながらも混乱することはなかった。
しかし中には犯人に会えずに悔しがる声も聞こえた。
「被害者も嫌な気持ちってわけじゃないならムキになることも無いのかもしれないけど……」
それでも千隼は南に走る。南から来るであろう仁也に電話を繋ぎながら。
●ロック・オン!
宮子からの電話中に、遼布の隣で仁也に着信があった。
中央から南に向かって、ヒリュウが犯人らしき者を追っているというものだ。
そこで遼布と仁也の男性陣は中央へ向かい、乙巳は脇道から西の女性側に合流することにする。
悪魔陣営は制服を羽織り、渡された腕章を巻いて、闇の翼を使って散った。周囲の驚きはやはり大きくはない。残念がる声はここでも聞かれた。
「おろ、もしかしたらこれはこれで嬉しい人の方が多いんじゃないでござるか?」
乙巳は飛び立ちながら人間の不可思議さを思う。
女性側ではアムルが発達した身体を武器に、いかにもいらっしゃいという感じで三人の中央でアピールしていた。
こちらは年齢層は低いのだが、見た目の発達年齢はアムルとハルシオンがダントツだった。
果たしてこれをスルーできるスキルが相手にあるだろうか。
三人でキャッキャウフフしながら楽しげにウィンドウショッピングを続ける。
一見無防備な幼い少たちとすれ違いざま、見事に金髪グラマー女性は何故か宮子を襲った。
「にゃにゃ?! 何故僕なのにゃ?」
慌てる宮子の隣にいたアムルは、すかさず相手に抱きつく。
「宮子ちゃんの唇を奪うとは何事ぉ〜?!」
ハルシオンも腕章を着けてアムルの反対側から女性に抱きつく。バインバインが3つ重なって大変なことになっている。
そこへ空中から乙巳が降りてきた。
「何を楽しそうなことをしているのでござるか……って、捕獲でござるね!」
慌てて翼をしまい、「拙者たちは撃退士でござるよー」と言いながら女性を背後から羽交い絞めにする。
唇を奪われた宮子は忍刀を振るいながら捕縛する。
「捉えたにゃよ。これ以上抵抗せず、大人しく捕まるのにゃ! 抵抗するようなら容赦はしないにゃよ!」
結構怒っているせいか、犯人は観念しておとなしくなった。
「ふうぅ……って、あっ!」
少し力を抜いた瞬間、ハルシオンも唇を奪われた。アムルは自分に来ない犯人にムッとして、自ら犯人の唇を奪いに行く。
「ボクにキスしないとか、失礼だよっ」
メタルブックを取り出して力任せにばこーんとやったら、相手は気絶してしまった。
「おろろ。まぁ、一般人ではなさそうなので、すぐに目が覚めるでござろう」
乙巳もあまり気にしないことにする。
中心部では男性犯人が出たらしいので、そちらの応援を兼ねて女性犯人も連れて行くことにしよう。
絶叫の主は、10代後半の童顔の男子学生だった。もしかしたらファーストキスだったのかも知れない。
千隼は「ご愁傷様」と思いながらも犯人を追う。この速さはもはや一般人ではなさそうだ。その旨を菜花に連絡すると、早速ヒリュウは超音波攻撃を繰り出した。
「敵の場所を見つけたの……敵戦力に爆撃を行うの……超音波砲撃、目標補足……発射なの」
ヒリュウの超音波をくらって、周囲の一般人は動けなくなる。
「超音波は……天魔と撃退士以外は無力化できる……出来ないのは敵。というわけで。やってよしなの」
しかし犯人はまだ逃げている。天魔かと思ったが、それなら翼を出せばいい。となると撃退士だろうか。
そこへ遼布と仁也が追いついてきた。相手は混雑した道路だが、こちらは空中と壁からだ。
捕獲はあっさりと叶った。ちょうど菜花が待機していた交差点あたりに戻ってきていて、西から来たメンバーともすぐに落ち合うことができた。
●『動機』→息切れ→めまい
一般人は撃退士たちを遠巻きにしながらも、眺めつつ通り過ぎていく。
ほうほう、これが犯人かと面白がる者もいれば、「好みじゃない。助かった」と胸を撫で下ろす者もいた。
取り敢えず通行の妨げにならない場所まで犯人を連れて移動し、事の次第を問い質すことにする。
そこでふと、仁也が何かを感知した。
「このにおい……」
乙巳も気づく。
「何かクスリでもやってはござらんか?」
甘いような、鼻に抜けるような、化学薬品のようなにおいがする。
そう言えば被害者も、何か「ふわっと」すると言っていた。香水にしてはあまり快適な臭いではないが、ガソリンのような揮発性有機化合物のにおいではなく、トルエンのような甘ったるいにおいでもない。
「塩化メチレンっすよ」
ブスッと男子犯人が呟いた。正式名称は「ジクロロメタン」だ。
「理科室にあるし、なんかすげーいい気持ちになるんっすよ」
「それと何故キス魔が関係するのじゃ?」
人界知識でその有機溶媒を知ってはいるものの、関係性がわからずにハルシオンが訊く。
「あたしたちのキスで気持ちよくなったって思わせられるか、実験してたのよ」
代わりに女性犯人が無愛想に言う。
つまり、薬品臭をあまりさせずに唇を奪い、自分たちのテクニックを話題に広めたいという、実にくだらない狙いだったらしい。
「まぁね〜、気持ちイイことはいいと思うけどぉ」
天使のアムルはやや納得しかけるが、人間である千隼は倫理的に問題があると思う。
「うーん、普通ならセクハラで警察行き? だけど理科室の薬品盗んで、そんな中毒みたいなことするのは許せないよね」
「盗難なの……迷惑なの……やっちゃだめなの」
菜花も同意する。
「もし天魔だったら、君らの主は何を考えてるんだろうかと思ったが……」
呆れながら遼布は悪魔の笑みを浮かべる。
「撃退士とはな。俺は、君らが、二度とやらないと誓うまで、恐怖を植えつける!!」
がっしと双龍矛を構え、どちらの首が飛んでもおかしくないほどに詰め寄る。
「まぁまぁ……命は取らない範囲で」
仁也は自分の大事な人が被害に遭う前に犯人を捉えられてホッとしたのか、やや甘くなる。いや、十分甘くないが。
「誰が思いついたのでござるか?」
乙巳の問いに、男性犯人が手を挙げる。
「きみたちはカップルじゃないのかな?」
「当たり前でしょ」
宮子の問いに女性犯人は「まさか」という顔をする。
完全な愉快犯だった。話題にのぼったことが嬉しく、やめられなくなってしまったのだろう。
「はぁー。バカみたいな依頼だったわね」
千隼は完全に脱力する。まぁ、理科室を管理している教師には喜ばれるだろう。薬品が減っていることにも気付いていなかっただろうが。
ちなみにジクロロメタンは安価だし。
「この人たちは撃退士……学園の恥なの。おしおきが必要なの……」
菜花はさらっと怖いことを言う。
双龍矛を構えた遼布は悪魔の笑みのままだ。
「じゃ、ボクたちはウィンドウショッピングの続きでもしよっか〜」
アムルはハルシオンと宮子を誘って不意打ちをする。
「ふぅ、何とも変な相手だったよ。とりあえず無事終わったし帰ろうか……て、え? むー!?」
「ア、アムルぅ!? 此処は人前、あ、ちょ」
アムルは二人に濃厚なキスを食らわせていた。
「ウィンドウショッピングの続きで、さっきの口直しだよぉ♪」
「やれやれ、とにかくお疲れ様でしょうか」
制服を布バッグになおし、パーカーのフードもはずした仁也は苦笑する。
「変態……撃破なの。……お仕事疲れたの……。ヒリュウもお疲れ様なの」
菜花はヒリュウを労い、召喚を解消した。
「拙者のキスではダメでござろうか……?」
ちらりと乙巳は呟いたが、取り敢えず誰も聞こえなかったことにした。