●仕込み
時にバレンタインデー近く。
点喰縁(
ja7176)は猫の型にとろりとしたものを流し込んでいた。
「なんだか抽象的なお題だぁね?」
大学部の女子生徒からスイーツご所望の依頼が入り、こうして仕込んでいるわけである。
かなり適当な依頼にも係わらず、ものを作る時は手を抜かない主義なので、見たところ結構豪華なものが並んでいる。猫型ばかりだが。
「なんだかすっかり手馴れたなぁ…」
学園に来る前は従妹か幼馴染にせがまれないと洋菓子は作らなかったものの、久遠ヶ原に来て以来は友人や機会に恵まれて、「もの」だけでなく「食べ物」も作るようになった。
自分には不相応と思えるまでの良い評判を頂戴してるなと思う。
手慣れた手つきで泡立て器を操り、なめらかに型に流し入れ、無駄のない動きで冷蔵庫やオーブンを行き来する。
焼きあがりを待ち、冷蔵庫に入れたものも固まってくる頃。
「おー、いい感じにできたかね」
自分でも満足の出来栄えに満足しながら、まとめて手際良く横長の箱に詰めていく。
猫の足跡柄の箱は厳選したものだ。女子ならきっと喜ぶだろう。もちろん、自分の趣味でもあるのだが。
「そんじゃあ、持っていきますか」
寮を出て、他のメンバーが集まる学園の調理室へと向かう。
白鳳院珠琴(
jb4033)は、学園の外に出て待っていた。
この季節になると聞こえてくる、ラッパの音──チャラリ〜ラリ〜…いや、これはラーメンか…。
とにかく彼女が待っていたおじさんは、「三本千円!」という掛け声とともに現れた。焼き芋屋である。
珠琴はこの依頼でスイートポテトを作ろうとしているのだ。
普通は蒸し器を使って自分でさつまいもを蒸すのだが、甘く仕上げるのは結構難しい。そこで考えつく。
「焼き芋を使えば甘いし蒸す手間も省けるよね」
フリフリのかわいいワンピースを着て、焼き芋屋のおじさんに近づいていく。
「おじさ〜ん、美味しい所ちょうだいな」
「おー、かわいらしいお嬢ちゃんだね。いいともさ。一本多めに入れとくよ!」
おじさんは愛くるしい14歳の少女に満面の笑みで焼き芋の「美味しい所」を売ってくれたが、さすがに四本は多い。
それでも珠琴はにっこり笑って礼を言い、皆が集まる学園の調理室に駆けて行った。
調理室にはあとの六人がすでに用意を始めていた。
ロベル・ラシュルー(
ja4646)はうなじあたりから長く伸ばした髪を束ね、調理台の端に煙草を用意していた。
しかし、他にも調理するメンバーが多いため、今は吸わない。愛煙家の鑑だ。
「バレンタイン前に大の男が女の為に菓子作りとはね」
小さく呟きながら周囲を見ると、料理という依頼にも係わらず、自分の他にも二名の男子生徒がいた。
縁はすでに手に箱を持っており、どこかで買ってきたのかとも思ったが、猫の足跡柄のスイーツブランドなど覚えがないので、寮ででも作って来たのかと思う。
確かに出来立てを食してもらうのもいいが、相手は女子。ラッピングも大事だ。
もう一人、鴻池柊(
ja1082)も参加している。バリスタエプロンをして、なんだか本格的だ。
「ま、バレンタインなんざ、どうでも良いさ。菓子屋は儲かるだろうがね」
実はロベルはバレンタインデーが誕生日のせいか、誕生日にチョコを貰うことにはいささか飽きていた。
まだ誰かに料理でも振る舞っている方がよっぽどいい。しかし作るなら敢えてチョコ以外のものにしようと、季節柄もあり、苺をたっぷり買い込んできた。
ムースなら手早く作れるし、これだけの人数の作ったものを全部食べると言うのだから、一口サイズでいいだろうと考える。
柊はバリスタエプロンをスマートに纏い、「そう言えばこの依頼主…味オンチなんだっけな…」と思い出してやや不安になった。
美味しいものを不味い、不味いものを美味しいという悪食でなければいいのだが。
「ちょうど三人に頼まれてたし、ついでで大丈夫だよな」
幼馴染2人と親友の分も含めた分量で、手際良く準備を整えていく。
そこへ一 晴(
jb3195)がメモを手にやってきた。
「せっかくなんで、見学させてもらっていいですか?」
バリスタエプロンを見て料理上手と察したのか、晴は屈託なく聞く。
基本的に女性を尊ぶ柊は、もちろん快く迎えた。
「メレンゲは角が立つくらいだ」
お菓子作りの基本だが、晴は律儀にメモしている。
「…で、牛乳とふるった薄力粉を入れて」
「ふるった?」
さらさらの薄力粉を見ながら、晴は質問する。
「先に粉を網なんかでふるっておくと、サックリ仕上がるんだ」
「へぇー。勉強になりますっ」
全ては愛する彼氏の為。晴は全力全開で頑張るのだ。
そこへ珠琴が調理室に入ってくる。同時に焼き芋のいいにおいも。
「わ、いいにおいだねー」
恵夢・S・インファネス(
ja8446)は扉を振り返り、珠琴に笑いかける。
「おまけしてもらえたので、とってもたくさんです」
調理をしている五人から少し離れ、どこかで買ってきたかのような箱を持っている最上憐(
jb1522)と縁を見つけ、珠琴はおまけの一本の焼き芋を取り出して二つに割ってそれぞれに渡す。
「お暇でしょうから、食べてくださいなの」
「おっ、ありがてぇ」
縁は膝に箱を置き、両手で受け取る。
「…ん。ありがとう。これから。何か。作るのかな?」
憐も受け取り、珠琴に尋ねる。彼女も残った焼き芋をつまみ食いしながら返事をする。
「うん、スイートポテトだよ。お芋の皮を剥いて潰すんだよ、網で裏ごしするとなめらかになるよね」
そこへ柊の見学を終えた晴がやってきた。
「どうやって作るのか教えてくれるかな?」
メモ帳の新しいページをめくりながら聞く。
「砂糖とバター、練乳と生クリームを入れてっと。そだそだ、卵黄も必要だよ」
その隣で、礼野真夢紀(
jb1438)はチョコプリンを作っていた。
晴はちらちらとそちらの様子も気にかける。
「思いっきり簡単に言えば、お鍋で温めた牛乳にチョコを溶かして卵と砂糖を溶き、良く泡立て器で混ぜて、濾して、器に入れて蒸すだけです」
とても端的でわかりやすい。
「チョコプリンに関して言えば、ちょっと焼きすぎると苦いので、蒸す方が気楽なのです」
真夢紀の言葉通りに、晴はふむふむ、とメモを取る。
「材料は大抵のスーパーで手に入りますけど…美味しく食べる為には新鮮な牛乳と卵が重要です」
刻んだチョコを湯煎にかけながら、真夢紀は盛り付けをイメージする。
いつも新作は仲の良い姉達や、部活で会った人を捕まえて感想聞くのだが、たまには違う人のも聞きたいと思う。いい機会だ。
ロベルの後ろで、恵夢は鍋を煮込んでいた。
チョコとココアと牛乳が入っている。側に何故か麦チョコと餅があった。
真夢紀が出来上がったプリンを冷蔵庫に入れたので、晴はこちらにやってきた。
「温めた牛乳にココアとチョコを調整しながら溶かすだけの簡単なお仕事だよ」
恵夢はそう教えてくれるが、なんだか素敵なにおいがしたので晴はメモる。
「この…麦チョコとお餅はどう使うのかな?」
「焼いて入れるんだよ。お餅って実家から貰うのはいいけど、なかなか使えなかったりするんだよねぇ」
「そうだねー」
そこへロベルが振り返る。
「ま、こんなモンだろ。誰か試食でもするか?」
たちまち晴はロベルの元へ駆け寄る。
「勉強になりますっ」
「美味しそうだよね…ボクもおすそ分けしてもらおうっと」
珠琴も喜んで貰い、代わりに余った焼き芋を差し出す。
その後、次々に皆の料理が出来上がり、柊も美しいフォンダン・ショコラを他のメンバーに配った。人気上々である。でも実は自分は甘いものは苦手だったりする。
憐も皆が落ち着いたのを見計らい、簡易包装したスイーツらしきものを皆に配った。
「おー、ありがたいねぇ」
縁も喜んで受け取り、他のメンバーにならって開封する、と。
「…これは?」
さすがにそんな声が上がるのも無理はない。見たところ、カレールゥだったからだ。
「…ん。迷ったら。自分の。好きな。モノを。渡すのが。吉と。聞いた」
言っていることは間違ってはいないが。
「これはカレーなのでしょうか?」
あっまーくて、ふわっふわ、とろっとろ…を前提にしていた真夢紀は驚いて聞く。
「…ん。実は。カレー。そのモノを。持ち込んで。スイーツだと。誤魔化す手も。考えた」
取り敢えずこれはカレーそのものではないらしい。
聞くと、普段贔屓にしているカレー専門店がバレンタイン限定で出している、カレーチョコらしい。
「…ん。とりあえず。プレゼントなので。包装と。リボンを。掛けて貰った。後。メッセージカードを。貰ったので。カレーの絵を。書いておいた」
本命(?)はそういう仕様になっているようだ。
そこへ晴が困ったように言う。
「実は私もカレー持ってきたんだけど…デコレーションしたけど」
「…ん。それは本物のカレー。私の。味はチョコの。これを食べた。後に渡す。びっくりする」
珠琴がぽんと手を打つ。
「おもしろいかもです。渡す順番を決めませんか?」
●試食会
「みなさーん! 本日はお集まりいただき、大変ありがとうございまーす」
ガラリと調理室の扉が開き、何故か偉そうに少女Yが入ってきた。世話役なのか、失言のフォローのためか、少年Tも一緒だ。
「すみません、この人、こんなくだらない依頼に人が集まってくれたんで、テンションおかしいんです」
早速フォローを入れる少年T。
「じゃ、早速私のから食べていただきやしょうかね」
まずは縁が、猫の足跡柄の横長の箱を渡す。たちまち少女Yはきゃぴーん! となる。やはり女子はラッピングからか。
「かか、かわいい! 猫の足跡!」
そして箱を開いて再度悶える。
「かかかかかわいい! 猫の顔! トラ猫!」
もんどり打つ少女Yを少年Tが介抱している間に、メンバーは箱を覗き込む。
そこにはいろいろなポーズをとったブチ猫柄マドレーヌと、トラ猫の顔のプリンがあった。
「かわいいねー」
恵夢もにっこりする。ロベルや柊の男性陣は、女心を学んだ気がした。
それにしても、野郎が作った割には妙にかわいらしい。パッと見は市販品かと思われる程、レベルが高い。
「どうしよう〜。猫を食べるなんてできないよ〜」
まだ悶えている少女Yに、少年Tは容赦ない。
「食べるのは猫じゃありません。マドレーヌとプリンですから」
「現実主義者め」
憎々しく言いながらも、少女Yはモードを切り替えて食す。
「美味しっ!」
今度はあまりの美味しさに悶えている。忙しい人だ。
ひとまず他があるので完食はせず、大事そうにフタをして脇に置く。
次に出されたのは恵夢のチョコ鍋…ホットチョコのお汁粉だ。焼きあがった餅を入れて差し出す。
「これはチョコフォ」
「お汁粉です」
最後まで言わせない。
「あ、思ったより美味しい。チョコとお餅って合うんだねー」
少女Yは機嫌がいい。
全く手が込んでいるわけでもないのに受けてしまい、貧乏料理も悪くないなと思う。
ただし恵夢が貧乏している主な原因は、本人の刀剣コレクション趣味のせいなのだが。
続いてロベルの苺ムース登場。
先ほど皆が食べた時は好評だったし、チョコの後ならムースはあっさりしていていいだろうと相談したのだ。
「うっわ! 豪華!」
小さなココットに入ったムースの上には、生クリームがちょこんと置かれ、薄切りにした苺がぐるりと円を描いている。まるで有名ブランドのもののようだ。
「それに美味しい〜」
自分がとろけんばかりの表情になり、少女Yは本物の苺をふんだんに使ったムースを味わう。
苺の酸味が効いていて、先ほどのチョコ鍋の甘さを忘れさせ、またチョコを食べたい気持ちにさせるには十分だった。
続いて柊のフォンダン・ショコラ登場。すでに着込んでいるバリスタエプロンを見て感動している少女Yは、はふはふ、うまうまと食べ進む。
出来立てで温かいので、美味しさも最高級状態だ。ガナッシュが効いていて、甘すぎず歯ごたえも楽しい。
そこで少女Yが目をつけたのが、メレンゲだった。
「あ、メレンゲ立ってる! これが角が立った状態ね」
晴はメレンゲの角の大切さを実感したが、他のメンバーは「褒めるのそこじゃないだろ」と思っていた。
少年Tが無言で少女Yの後頭部をはたいてくれたのでスッキリしたのだが。
甘過ぎはしなかったが、一応甘いものが続かないようにという配慮で、真夢紀のチョコプリンが出された。
縁のプリンはトラ猫柄で、プレーンの部分も混じっていたが、こちらは全体的にチョコでできているものと、プレーンのものの二つだ。
真夢紀は器ごと持って来て、目の前でチョコプリンの方は泡立てた生クリームを傍らにお皿に盛り付ける。
ホワイトチョコプリンは、タッパーに入れてきたコーヒーシロップ打ちのスポンジケーキの上に盛りつけて、苺をスライスしたものをてっぺんに飾り付けた。
「かっわいー!」
再び少女Yはもんどり打って食べる。
「美味しいよぅ」
もはや泣きそうになっている。
やがて珠琴のスイートポテトが出てくる。
黄色いひよこのような形で、くちばし部分には色がついていた。目はチョコの粒だ。
「凝ってるねぇ」
相変わらずかわいいを連発しながら食べ、次に美味しいを連発する。他に語彙はないようだ。
やがて晴が出してきた箱には、砂糖を入れ忘れたカカオバターの塊に、ホワイトチョコで「GOD〜」と、達筆な筆記体で描かれたものが現れる。
ブランドチョコと信じて疑わない少女Yは、正体を知っているメンバーの前で薀蓄を垂れながら美味しそうに食べた。
「これは! ゴッド・オブ・チョコレートの! はぁ〜、この苦味は本格的な高級品にしか出せないんだよねぇ〜」
少し心配して柊が晴に耳打ちする。
「あれ、詐欺っぽくないか?」
「綴り間違えてるので、勘違いですよ〜」
やがて憐の本命が出る。
「…ん。味オンチなら。インパクトのある。コレが。きっと。オススメ」
「味オンチじゃないわよぅ」
「…ん。スイカに。塩を。掛けると。甘さ。倍増なので。コレも。きっと。美味」
開くとカレーの絵が描かれたメッセージカード。見たところカレールゥにしか見えない、カレー臭プンプンの限定チョコを、少女Yは勇気を振り絞って凍る笑顔で噛み付いた。
「あ、甘い…けど辛いっ?!」
後にカレー味がやってきて、なんだか口の中が不可思議だ。美味しいとか不味いとかの範疇ではない。
「あ、これも似たようなものなので」
晴があざとくカレーそのものを差し出す。
憐のものは一応チョコではあったので、安心して齧ると、それは正真正銘のカレールゥだった。
「あひーーー!!!」
カレールゥをがっつり齧ったことのある人間は多くはないだろう。
しかしカレー愛好家の憐は全く動じず、言うのだった。
「…ん。カレーは。飲み物。前菜。主食。おかず。ご飯。そして。スイーツも。兼ねる」