●雨に弱い鳥
「おやおや、随分と小さくなってしまったようだね。こんなに小さくなってしまうと、世界がまるで違って見えるね」
落ち着き払った声で現状を理解したのは狩野峰雪(
ja0345)だ。
「あー良かった。僕一人じゃないんだね」
あまり困った様子を見せない出雲楓(
jb4473)の隣には、同じ白銀の髪色をしたロジー・ビィ(
jb6232)と、美しい黒髪の黒百合(
ja0422)が佇んでいる。慌てた様子はない。
蓮城真緋呂(
jb6120)が周囲に目を走らせ、ふと気付く。大きな花弁を開いた花の上に、美しい少女が困り果てた顔で座り込んでいた。手にはたんぽぽの綿毛。しかしほとんど残りはない。
話を聞いてみると、彼女は丘の上のお城のお姫様らしく、冒険心でたんぽぽの綿毛にぶら下がって風任せに出掛けたのは良いものの、帰る方法が見つからずに落ち込んでいたらしい。
「もう少し考えてから行動しましょうよ……」
雫(
ja1894)は小さく呟く。そうは言いつつも気に掛けているようだ。
「あはは。お姫様って意外とお転婆だったのね」
そう言って笑う真緋呂は、さっとお姫様に手を出した。綿毛に掴まって云々という意外な行動力に親近感を覚えたらしい。
「任せて。お城まで連れて行ってあげる!」
真緋呂の提案に反対する者はおらず、全員でお姫様を丘の上のお城まで送り届けようということになった。
「おやおや、何かお困りかい?」
六人で慎重にお姫様を花の上から降ろしていると、頭上から声が聞こえた。上を向くと、大きくてカラフルな、若干コワモテの鳥のようなものがいる。
「きゃっ」
思わず真緋呂は驚いて声を上げるが、力強そうな翼を見て、協力を得たいと思う。それは峰雪も同様だったようで、かいつまんで事情を話した。
「ほほう、それならアタシの背中にお乗りよ。ちょうど海を渡るのにここを通っているところさ。回り道はしないがね。それから雨が降ったら飛ぶのをやめるよ、アタシは」
一見そっけないように見える鳥だったが、協力は惜しまないようだった。
「じゃ、お姫様が汚れたりしないように、ちょっと葉っぱでも巻いておいた方が良いんじゃないかな?」
出雲は周囲を見渡して、使えそうな葉っぱを探す。
「この葉っぱ、もらっても良いかな?」
一応葉っぱの持ち主に話しかけると、「構わんさ」と返ってきた。若干驚いたが、ありがたく頂戴することにする。お姫様がすっぽり入りそうな程大きい。
「ありがとうね」
その間、雫は空気の湿り具合や空の状況を確認していた。おおよその雨が降り出す時間を割り出しているようだ。峰雪も植物にお城の方角を尋ねたりしている。
お姫様を鳥の背中の真ん中に乗せ、真緋呂がしっかり手を握り、出雲が葉っぱを押さえている。
「なんだかそろそろ雨が来そうですね」
森の中の高いところを飛びながら、雫は正確な判断を下す。
「多分あと五分くらいで」
見上げると、確かに空の色が変わってきている。
「もう少し低く飛んで、木を雨よけにするとかどうかな? きっと飛べるはずだよ」
出雲の言葉に鳥も低空飛行を試みるが、身体が大きいのでなかなかスムーズに飛ぶことができない。
「あなたがさっきもらった葉っぱを傘のように使えないかな」
峰雪は出雲に話しかける。出雲は「そっか」と言って、数枚もらってきた葉っぱを皆に渡した。先頭の雫は葉っぱの傘を鳥に傾けて雨をしのごうとしている。しかし。
「あああ、もうダメだよアタシは。こんなに羽根が湿っちまったら、身体が重くて飛べやしない。悪いね、ここまでにしておくれ」
鳥は親切に地面にお姫様一行を降ろしてくれた。
「ありがとう、素敵な鳥さん」
真緋呂がお礼を言う。
「すまないね、無理をさせてしまって」
峰雪も鳥を労った。皆で鳥が木の洞に退避するのを見送ってから、さてどうしたものかと考える。
「このままじゃ、お姫様が濡れちゃうね」
出雲の言葉に、峰雪は近くの植物に話しかけ、雨を避けられそうなルートを尋ねてみた。
「この通り雨はあと少しでやむだろうから、あの大木の洞で過ごすと良いんじゃないかい?」
なるほど、鳥が退避したような洞が、近くの大木の根あたりにもあるのがわかる。
一行はそこまで葉っぱの傘で移動し、雨がやむのを待った。
●ウサギが苦手なハムスター
お姫様の雨対策をきちんとしてから、出雲は外を眺める。雫も雲の行方を追っている。陽射しが明るくなってきたので、雨はもうやんでいるが、なにぶんサイズが小さいので、ちょっとした水溜まりにも要注意なのだ。お姫様をぽっちゃんさせるわけにはいかない。
「大丈夫かなー?」
真緋呂が洞から一歩出る。多少土はぬかるんでいるが、歩けない程ではない。
「少し周囲を見てこようか」
峰雪は再び飛べるようになった鳥にでも出会えれば良いなと思いながら、木の周囲を見て回った。
「おや、あんなところにハムスターのような姿が」
見つけたのは体長20cm程度のハムスターだった。あちらもこちら側の存在に気付いたようである。
「なんでぃなんでぃ。俺様に何かようかぃ」
大変偉そうな態度ではあるものの、ハムスターの方からこちらに近付いてきた。
「あ、大きなハムスターだねぇ」
出雲が感心したように言うと、ハムスターはふんぞり返って答えた。
「おぅおぅ、俺様は力自慢のハムスター様でぃ。俺様に持てないものはないぜ」
「へえぇ、それじゃあ僕たち七人を運ぶことも全然平気ってことかなぁ?」
「あったぼぅよ。来いよお前たち。俺様が運んでやらぁ。ま、ウサギの奴に会わなかったらな」
どうやらこのハムスター、ウサギが苦手らしい。
雫がハムスターに頼み、峰雪が少し気を持たせ、とにかく七人はハムスターに運んでもらうことになった。
お姫様はハムスターが文字通りお姫様抱っこ。真緋呂が右腕に捕まり、出雲が左腕にしがみつき、雫が背中に乗って、先程傘にしていた葉っぱをソリ代わりに使って、峰雪とロジーと黒百合を引っ張ってもらうことにする。
ぐい、とハムスターが一歩踏み出すと、てけてけ、と効果音がしそうな足取りで走り始めた。しかし約三分後。
「はぁ〜、疲れたぜぃ」
「ええっ?! もう疲れちゃったの? まだ100mくらいしか進んでなくない?」
思わず突っ込んでしまう出雲。しかしハムスターは偉そうに言う。
「ばっかやろう。俺様は力自慢のハムスター様でぃ。しかし燃費は悪いんでぃ」
思わずひまわりの種でも落ちていないかと探してしまう真緋呂だった。雫は背中から少しハムスターを煽ってみる。
「背後にウサギの気配を感じます。ここはまっすぐに進んだほうが良いのではないですか?」
「うへぇ! さっさと行くぜぃ!」
驚いたハムスターは、先程よりは若干スピードアップしたが、やはり200m程走って疲れてしまった。ここは一旦全員ハムスターから降りることにする。
「一緒に歌いながら進もう? それにウサギさんは怖くないよ?」
真緋呂の提案に、ふんぞり返ったハムスターは「ウサギが怖いわけじゃねぇさ」と自信満々に言った。短い尻尾は震えているが。
そこへ、ザザザ、と少し大きな生き物が移動するような音が聞こえた。
「?!」
思わず皆で耳をそばだてる。ここは見知らぬ森。親切な動植物に助けられてここまで来たが、敵対心を持つ何かがいないとは限らない。
「ウ、ウサギだあぁぁぁ〜〜〜!!!」
背の高い葉っぱの上から、確かにフサフサの長い耳が見えた。瞬間、ハムスターの方が脱兎のごとく逃げ出す。
まだお姫様を抱えたままのハムスターを見て、出雲は全力でしがみついた。
「ちょっと、ちょっと待とうよ。お姫様だけは汚さずに返してー!」
ぽーいと投げ出されたお姫様を、スレスレでキャッチした出雲は、それを峰雪に託した。自分は泥まみれになってしまったからだ。
「大丈夫かな? お姫様に被害はなかったようだけれど」
峰雪は出雲に手を差し出して立ち上がらせた。
「ありがとう」
雨の後の泥なので、なかなか落ちないのは仕方がない。お姫様は巻いていた葉っぱのお陰で無傷、無汚れだったのが幸いである。
「行ってしまいましたね」
「あーん、行っちゃった」
雫と真緋呂は肩を落とすが、見上げると丘の上のお城が随分近付いて来ていた。
「あと少しだね。がんばろっか」
出雲が言って、お姫様を抱いて六人は歩き出した。
●気難しい亀
「あれ? 亀さんが歩いているよ?」
最初に気付いたのは真緋呂だった。
「そうだね、亀だね」
峰雪も答える。
亀は足が遅いもの、という認識のため、特に助けを求める相手ではないな、というのが一行の考えの中にあったことは否めない。しかし亀がこちらに気付くと、まるで瞬間移動さながらの素早さで走って(?)来た。
「うわっ、早いっ!」
思わず出雲の口をついてそんな言葉が漏れる。
「お前ら、何しとんねん。ここはお城の麓の森やで。勝手な振る舞いはしたらあかん」
「それは失礼しました。それにしても立派な甲羅だなぁ」
峰雪の言葉に、亀は苦い顔をして反論した。
「なんや、わての甲羅で盾でも作ろうっちゅーんかい」
「違うよー」
出雲がお姫様と一行の旅の事情を説明すると、亀は少し興味を惹かれたようだった。
「それにしてもすごく早く走れるんだね。こんなに早く走れる亀さん初めて!」
真緋呂が純粋にキラキラした目で亀を見る。褒められたとなると、亀も悪い気はしない。真緋呂は畳み掛けるように言う。
「きっと王様もお姫様から聞いたら凄いって思って、国中に噂が広まっちゃうんじゃないかな」
亀はじっと真緋呂を睨みつけている。
「ステキな亀さん、モテモテになるね!」
じわじわと褒められると、亀は手足を甲羅の中に引っ込めた。器用に顔だけを出している。
「貴方はゼノンのパラドックスに出て来るアキレスと競争をした亀の様な亀ですね」
博学の雫は亀に言う。亀も案外物知りだったようで、「それくらい知っとるわ」と呟いた。
「そうですか。この話に出て来る亀は俊足で名高いアキレスに決して追い付かれる事はないんだそうですよ」
「……それで、お前らわてにどうないせぇっちゅーねん」
「お姫様をお城まで送り届けてあげたいんだよ。きみならその俊足であっという間じゃないのかな」
亀は気難しい顔のままだ。出雲はわざとらしく両手を広げて言い足す。
「ええっ? 無理なの? お城までパパって行くだけなのに? あー、なんだ、すごいっていうのはただの噂かぁ。残念」
「むっ、無理なわけあらへんやろ! お城までなんか、パパっと、チョチョイのチョイやで」
思わず手足を甲羅から出し、わずかながら首も長く見せる。
「そうか、やっぱり頼りになる亀さんだね」
峰雪の褒め言葉にも力を得て、亀は甲羅にお姫様を乗せろと言う。
「私たちも失礼するね」
なんとか全員で甲羅にしがみつき、お姫様を中央に、守るように甲羅の縁を掴む。
「ほな行くでー!」
●お城
「ほれ、見てみぃ、わてにかかればざっとこんなもんや」
亀の誇らしげな言葉通り、わずか数分でお城の門の手前まで来ることができた。
「見事な泳ぎだなあ、こんな優雅な泳ぎを見たことがない。憧れるなあ……」
峰雪は最後までおだてるのをやめず、丁寧にお礼を言った。
「ありがとう、素敵な亀さん」
真緋呂もたっぷりの笑顔で亀に手を振った。
「まぁ、わては足の早い亀やさかいにな」
ドヤ顔を残して俊足の亀は、瞬く間に森の中へと消えていった。
「さて、着いたはいいけど……」
出雲はお姫様に巻いた葉っぱをそっと剥ぎ取る。おかげで多少の乱れはあっても、衣装そのものには汚れ一つ付いていない。
「概ね大丈夫そうですね」
雫もその様子を見て安心した声を出した。
「でもちょっと髪が乱れてしまったようだね」
さすがにあの速さの亀にしがみついていると、峰雪が言うように髪型などお構いなしになってしまうだろう。亀はそれ程早かった。
「ちょっと身なりを整えてあげるね。何も持ってないからその場しのぎだけれど」
真緋呂は葉っぱでお姫様の頬にはねた少量の泥を拭き取り、指で巻き髪を軽く梳いて、衣装をきちんと整える。さすがはお姫様、それだけでも十分に様になっている。
「ところで、門を開ける方法はあるんですか?」
門番のいない門を見て、雫が少し首を傾げる。
「なんかボタンがあったりとか?」
出雲は突拍子もないことを言う。
「さっきの鳥さんに出会えれば良いんだけどね」
とっくに海に出たであろう渡り鳥を思い出し、峰雪が呟く。
そこでようやくお姫様が呟いた。
「……大声で、呼びかけてください」
「ええっ?!」
思わぬ方法に皆で驚いた。
「大丈夫です。門の向こうに門番がいますから、聞こえれば開けてくれるはずです」
内側に門番を置くとはどういったことかと思いつつ、平和らしい国を垣間見た気になる。ここに来るまでの動植物も親切だったことだし。
「それじゃあ、みんなで声を合わせよっか」
せーの、と真緋呂が掛け声を掛けた。そして皆で叫ぶ。
「「「「「「開けてくださあぁぁぁ〜〜〜い!!!」」」」」」
三回程叫んで息を整えていると、ギギギ、と音がして門が開いた。
「姫さま! 一体どうして」
まだお姫様が抜け出したことに気付いていなかったようで、門番は驚いて一行を見る。
「あの方たちに迷惑を掛けてしまったの。とても親切にしていただいたので、お父様に報告を」
お父様、と言うのはきっと王様なのだろう。門番は慌てて駆け出し、一行はお城に招き入れられる。門が閉じ、お姫様を先頭に歩き出すと、そこは本当に絵に描いたようなお城だった。
●夢の終わり
「というわけで、あとは飲めや食えやの大騒ぎになっちゃうんだけど、ちゃんと鳥さんとハムスターと亀さんの活躍ぶりも話してあげたから、多分彼らにも何かが与えられたんだと思うよ」
少女Yは満足そうに冒険譚を語り終えた。
「でもあのごちそうが夢の中だなんてなぁ。醒めたくない夢ってこういうのだよね」
「それはあまりにもがめつい話では?」
少年Tは暮れていく夕日を窓の向こうに見ながら、彼らの冒険を振り返る。個性的な動物と小人が出会い、お城を目指して突き進む、か。童話っぽいような、ロープレっぽいような。
「まぁ、豪華な食事にありつけなかったのは残念でしたね」
嫌味たっぷりに言ったつもりだったのだが、少女Yにはあまり通じていないようだった。嬉しそうにニコニコしている。
「今年は良い年になりそうだなぁ」
「だと良いですね」
冬の日暮れは早かった。