●女子力高い系男子と低い系女子
ゆかりが緊張しなくて済むようにと、部室を貸してくれたのは、手芸クラブ部長の葛城巴(
jc1251)だった。部室はほのかにラベンダーの香りが漂っている。
「女子力って内面も大事、とか偉そうなことを言ってますけど、私も実は普段着がジャージだったりするんですよ」
巴ははにかんでゆかりに微笑む。
「できればゆかりさんと一緒に勉強できたらいいな、なんて調子のいいことも考えてるんです」
苦笑した巴だったが、ゆかりにとってはとても心強い言葉だった。低い女子力に悩んでいるのは、自分だけではないのだ。
「私も他の方たちの意見を一緒に聞かせて欲しくて、ここに呼んだのですが、構いませんか?」
コクコクコク、と人形のようにゆかりは頷く。たくさんの人の意見を聞けるのなら、皆で高めあいたいと思った。
そこに集まったのは、自らも目下女子力アップを目指している樒和紗(
jb6970)と、オシャレ男子Nicolas huit(
ja2921)、そこらの女子より美人で色気のあるドラァグクィーンのマリア(
jb9408)に、その親友の柔らかい雰囲気を持つ葵杉喜久子(
jb9406)、幼いながらも愛らしい容姿で目を惹くアヴニール(
jb8821)だった。
「うわぁ……」
マリアの美しさに、ニコラのオシャレさに、和紗の上品さに、ゆかりは溜息とも驚きともとれない声を漏らした。
「こんにちは。俺と一緒に女子力アップを目指しましょう」
ぐっ、とゆかりの手を握る和紗。
「よろしくねン」
「よろしく」
マリアとニコラも握手する。ゆかりも、手を差し出して「よろしくお願いします」と言った。
女子力アップを目指す女子と、オシャレで美人な男子。不思議なメンバーがゆかりを指南することになったのだった。
●アドバイス
「そもそもゆかりちゃんは、どんなコが女子力があるって思ってるのかしらン?」
マリアはゆかりに質問する。ゆかりは答えられない。自分でもそこからしてわからないのだから。
「アタシはねェ、本来オトコじゃなぁい? だからよく考えるの。そして、それは自分のためなのか、それとも他人の目を気にしてるのか。これって実はとても大切なのよぉ」
巴はふむふむとメモを片手に話を聞いている。
「ゆかりちゃんの今日のスタイル、ジーパンにシャツだけれど、とっても似合ってるから気にすることはないわよ。シャツも清潔ね。ただ、下着はどう? 自然と気持ちが上がる下着をつけてるかしらン? スニーカーも洗ってる? キレイは足元から、よ」
ウインクしてマリアはゆかりの全身を見回す。
ゆかりの今日の下着は、見せるわけにはいかないが、決してオシャレとは言えなかったりする。万一今救急搬送でもされるようなことがあれば、後で恥ずかしい思いをしそうだ。
「ユカリに足りない、は……えーっと、女子力じゃなくて、自信……?」
ニコラはぼそりと言う。
「なるほど、確かにそれもありそうですね」
和紗も頷く。
「私は以前はYagisとか苦手意識があったんですが……でもある日、友達に言われたんです。この手の雑誌は、中身の四分の三は広告だって。それ以来、苦手意識はなくなりました」
巴も自分の経験を話す。なるほど、確かに女性用雑誌の大半はコスメやファッションの広告が多い。小さな記事にも価格や販売元が明記してあるものだ。
巴は数枚のブロマイドを机に並べ、ゆかりに訊く。
「突然ですが、この中で誰が好みですか?」
そこには数名のイケメンがいた。恐れ多いと思いながらも、ゆかりは眼鏡を掛けた聡明そうな男子を選ぶ。
「では、来週この方を部屋に招きましょう。それまで、これをゆかりさんの部屋の全体が見渡せる場所に飾ってください」
「ええっ?!」
ゆかりは思わずおののく。男子を部屋に呼ぶなんて、そんなことができる状態ではないのだ。
「ふふ、今、本気にしましたか? それならきっと、部屋を片付けることもできると思いますよ」
ホッと胸を撫で下ろしたゆかりだったが、和紗が提案した。
「それでは、吾妻の部屋へお邪魔したいです。服や持ち物も見ないとわかりませんし」
「これでも私、片付けは得意なんです。使ってやってください」
巴もそう言ったので、彼女たちはゆかりの部屋に行くことになった。ニコラはにっこり微笑んで言う。
「ユカリ、掃除が終わったら僕と買い物に行こうよ。部屋は見られたくないだろうから、僕は外で待ってるね。僕もたくさんオシャレしてくるから、ユカリも一番かわいい格好で来てね」
●部屋掃除
「……これは……」
ゆかりの部屋に入って、和紗は絶句した。もしこの部屋を漫画の一コマにしたなら、上から何本も縦線が入り、手描きで「ぐしゃあ……」と書かれているだろう。
「断捨離しましょう」
和紗は真顔で言った。
「心の隙間をゴミで埋めないようにしましょう。明日には明日のゴミが出ます。全部捨てれば残るのは未来です。物が溢れていると心の余裕もなくなると言いますから、まずはストレスを減らしませんか?」
片付けが得意と言っていた巴は、早速散らかった部屋を掘り起こしている。不潔ではないが、片付いていない部屋だ。ゴミはちゃんとゴミ箱に入っているし、服も洗濯カゴに入っている。しかし冷蔵庫は空で、キッチンはほとんど使った形跡がなかった。
「不要なモノは持たない。女子力アップの秘訣よぉ。仮に、何かの……いつかのために持つなら、絆創膏と清潔なハンカチ、可愛らしいティッシュケース入りのティッシュ、それに一番大切なモノは手鏡、かしらン?」
片付けの手を止めて、巴は再びマリアの言葉をメモに取る。
「鏡を見る、これが一番大切なのよぉ。お部屋に姿見はあるかしらン?」
マリアはきょろきょろと見渡す。和紗は部屋の隅に上着を掛けて置かれていた姿見を見つけた。
「ここにあるようですよ。機能してはいませんが」
「お部屋には姿見、お出掛けには手鏡。常に自分を意識するのが大切なの。これだけでかなり女子力がアップするはずよぉ」
マリアは奥にあった姿見を軽々と持って、玄関に置いた。
「姿見は玄関に置くといいわぁ。これなら毎日続けられるしね。手鏡は……そぉねェ、これを使って?」
マリアは自分のバッグの中から、オシャレかつ高級そうな手鏡を出してゆかりに渡した。ゆかりでも知っている高級ブランドのものだ。
「ええっ?! そんな、こんないいもの……」
「いいモノだから大切に扱うでしょう? 構わないのよ、むしろもらって? 次にゆかりちゃんに会う時が楽しみ、ねン♪」
ぎゅっとマリアに手鏡を手に持たされる。それでゆかりはそっと自分を見た。すっぴんで髪は無造作に結んでいる、平均以下の女子がそこに映っている。
がっくりと落ち込んで手鏡を閉じると、巴が話し出した。
「私の従兄にイケメンが一人いるんですけど、なかなか彼女を作らないんです」
何事かと、和紗もマリアも巴を見やる。
「理由を聞いたら、『魚の食い方が汚ねー』とか『男が奢るのが当然だと思っててムカつく』、『座敷に上がる時に靴も揃えられないってどうよ』とまぁ言いたい放題で。初めは私も、アンタ何様よ? って思ったけど、よく聞いたら外見のことは一切言ってないんですよね」
「あら、何ソレ、いいオトコじゃないの」
マリアは少しテンションが上がる。
「そうなんです。私もそれで気付いたんです。大切なのは、気遣いと振る舞いだって」
「なるほど……」
和紗はむーんと腕組みをする。自分は手作りが女子力アップの最短距離だと思い、粉から挽いたり、調味料から作ったりする料理をしたり、生地の手染めから始める手芸をしたり、もう農業の域に達している園芸をしたりしていて、周囲からは「いったいどこへ向かっているんだ……?」と言われていたが、どうやら女子力の意味をはきちがえていたらしい。
「すごいな葛城。それは大変ためになった」
「そうねェ、オトコの意見は取り入れるべきねェ。たまにおバカなオトコもいるから、気を付けなきゃだけど」
マリアもうんうんと頷いている。
そして断捨離の結果、ゆかりの部屋はかなりさっぱりした。出たゴミ袋は六袋。ゴミの日に出すのが恥ずかしい量なので、二回に分けて出すことにする。
「俺、メイクも少し勉強してきたんです」
和紗はゆかりにメイク道具を出させてテーブルに座らせる。巴はメモを手に、マリアは鏡越しにゆかりを見る。
「吾妻くらいだと、肌はキレイだしファンデーションは不要で、日焼け止めとパウダーで十分でしょう。あとは眉を整えて……唇には薄い色のグロスでいいそうなので、最低限でいかがでしょう。ナチュラルメイクって実際は難易度が高いそうですし」
「そうそう、雑誌にも載ってました」
巴も同意する。
「それじゃ、ニコラちゃんとお出掛けするお洋服を選びましょうか」
「……とは言え、ほとんど捨てる方に行ってしまいましたね」
マリアと巴は顔を見合わせる。
「数少ないワンピースがありますね。これなどいかがでしょう? 俺は普段和服ばかりなので、洋服のセンスには自信はないですが……」
少し俯きがちに、和紗は一着のワンピースを差し出す。涼し気なミントグリーンで、腰回りにリボンが巻かれている。
「あ、それは去年友達に無理やり押し付けられて……」
ゆかりも恥ずかしそうに言う。
「お友達も、そのままで十分かわいいと言ってくれているんですから、それを信じて一歩でもいいから踏み出してみませんか?」
言って、巴がシューズボックスからそのワンピースに合いそうなサンダルを選び出す。急にハイヒールなどを履いて靴ずれを起こしてはいけないので、かかとの低いストラップサンダルを出した。
「オッケ! これで準備は整ったわねン。あとは姿勢よ。姿勢を良くすれば自信が付くわぁ。外見と併せて、ゆかりちゃんがここにいるっていう存在感を見せるの。もちろん、歩く時も下を向いてちゃダメよ」
「はい……。皆さん、ありがとうございます」
ゆかりはペコリと頭を下げた。マリアはニッコリ笑ってその頭を撫でる。
「そうそう、ありがとうって素敵な言葉よ。感謝を素直に言える……それだけで女子力はアップするのよン。謝罪じゃなくて感謝。これが秘訣よぉ」
「では、姿勢を正して出掛けましょうか」
和紗は玄関のドアを勢いよく開けた。
●お買い物
外には、黒のデニムジャケットにホワイトデニムのパンツを合わせた、モノトーンファッションのニコラが待っていた。先程までと大きく変わった印象のゆかりを見て、破顔する。
「じゃあ行こうか。僕の隣に立って、堂々としててね? 大丈夫だよ、きっとみんなは僕しか見てないから」
確かに童顔ながらもキレイな顔立ちのニコラの横に立っていれば、自分の存在などないに等しいのかも知れない。少しゆかりは俯き加減になる。そこへ後ろから、「ゆかりちゃん! 姿勢よ!」とマリアの声が飛んでくる。思わずしゃっきりと背中を伸ばすゆかり。
「うん、いいね。お洋服もメイクも、一番似合わないのは、自分で自分には似合ってないと思ってる時だよ。僕と一緒にお買い物するために選んだ服なんだから、ちゃんとみんなに見せてあげないと」
ニコラは堂々と歩いている。足は自然とショッピングモールへ向かっていた。
「背筋伸ばして、ちゃんと歩いて、前向いて。僕と一緒に歩くの、楽しくない?」
ウィンドウに映る自分を自分と思えずに、キョロキョロしていたら、ニコラに言われた。
「いえ、とんでもない!」
思わずゆかりはニコラを見た。自信たっぷりで、堂々としているせいか、最初に会った時より男らしく、頼もしく見える。
「ユカリは僕ほどかわいくはないけど、ほら、周り見てみなよ。僕よりかわいい子なんて一人もいないけど、みんなちゃんと自分はかわいいって顔してるでしょ?」
確かにニコラほどかわいい女子はなかなかいないかも知れない。でも道行く人はみんな、オシャレをした自分を楽しんでいるように見えた。
「みんなかわいいになるためにオシャレするんじゃなくて、自分のかわいいを保つためにオシャレするんだもん。たくさんあるかわいいお洋服とか、素敵なお化粧道具は、自分のかわいいを伝えるためにあるんだよ」
少し離れて後ろを歩いている巴のメモ帳は、もう四ページ目に突入している。和紗も頭の中に入れているが、なかなかに奥の深い女子力というものに驚いていた。
「好きな服着て、自分はかわいいよ! って堂々としてれば、みんなかわいくなるんだから。ほらユカリ。ここにはたくさんお洋服があるよ。流行りものも、そうじゃないのもある。ユカリが一番着てみたいお洋服はどれかな。みんなに見せてあげたいのはどれ?」
一つの店で、ゆかりは足を止めた。知らないアパレルメーカーだったが、値段も手頃で、自分にも似合いそうな服がたくさんある。
「ここ、気に入ったの? じゃあ入ってみよう」
ニコラに手を引かれて店内に入る。普段着ることのないシフォンのブラウスや、サーモンピンクのキュロットスカート、少し上げ底のエスパドリーユなども、何故か今なら着てみたいと思えた。
「そうだよ、かわいいがユカリを呼んでるよ」
かわいいが、呼んでる──?
ゆかりはその場で気に入ったものを試着し、みんなに似合うと絶賛された洋服をたくさん買った。荷物はニコラが持ってくれた。
「女の子に重いものは持たせられないよ」
「あら、ニコラちゃん、オトコねェ」
「この服なら私も着れそうな気がします」
「私も、これ買っちゃおうかな」
みんなでワイワイ服を選んでいることが楽しかった。女子力とかもうどうでもいい。今はただ、オシャレをするのが楽しい。店員さんに「お似合いですよ」と言われるのが嬉しい。多分、この感覚が「女子力」なんだとゆかりは思った。自分を諦めないこと。自分を楽しむこと。
「ゆかりちゃん、もう大丈夫そうね」
マリアは夢中で服を選ぶ女子たちを眺めながら、ふっと息を吐いて苦笑した。
「アタシにも合うサイズがあればよかったのにねェ」