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マスター:桜井直樹
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/10


みんなの思い出



オープニング

●彼女の悩み

 大学部一年、二十歳の吾妻ゆかり(あづま・ゆかり)の悩みは、自分の女子力の低さだった。底辺も底辺、ド底辺だと自分でも認めている。
 伸ばしても格好のつかない丸い爪は深爪直前まで切り揃えている。
 長い髪はゆるふわパーマを目指してチャレンジしてみたが、周囲から「老けて見える」と言われたため、今は後ろで無造作に縛っているだけだ。
 ナチュラルメイクに憧れて化粧をすると、手を入れれば入れるほどケバくなってしまうので、もういっそすっぴんである。おかげで肌はキレイめではあるけれども。
 162cmで標準体型のゆかりだが、服のセンスもまったくないので、年中ジーパンにシャツ、スニーカーというスタイルだ。スカートにハイヒールなど、ここ数年ご無沙汰である。
 ゆかりは思う。長い爪に色を付けて石を置いた指で、ゆるいウェーブのかかった髪をどうやってあんなに上品にまとめられるのだろう、と。
 キャラクターのカバーに包まれたスマホを指先で器用にいじったり、小さなバッグしか持っていないのにきちんとメイク直しの道具が揃っていたり、素足にハイヒールで靴ずれの痕もないというキレイ系女子は、自分とは次元の違うお人形さんのようだ。
 自分のチャレンジは失敗続き。雑誌の付録に付いていたコスメブランドの、大きめのトートバッグに必要な物を詰めると、外回りの営業マンほどの重さになってしまう。別にノートパソコンもメイク直しの道具も女性用美容雑誌も入っていないのに。
 もしかしたら必要になるかも知れない、と思っては、使いもしないエコバッグやバレッタ、サプリメントやお菓子、ペットボトル、滅多に読まない暇潰し用の文庫本、使い慣れないタブレット、中身は少ないのに無駄に大きい長財布、などなどが雑多に突っ込まれている。
 片付けられない女なのかも知れない。確かに寮の部屋は、いらないものでごった返しているし、オシャレ感もない。
 せめて男に間違えられることがない程度には女性らしいというところだけが救いだろう。
 しかし二十歳にもなってすっぴんはヤバいと自分でも思っている。TPOに合わせたおしゃれも必要だと感じている。好きな相手はいないが、彼氏だって欲しい気持ちはある。
 けれど現実的には、流行の女性用雑誌を読んでも、情報量が多すぎて何が何やらわからなくなってきてしまうのだ。最低限のスキンケアだけはしているが、これで合っているのかどうかもわからない。
 頭数合わせに合コンに誘われても、全部断ってしまう。お人形さんの中に猿が入っているようなものだと、ゆかりは思ってしまう。引き立て役というより、もはや異物だろう。
 仲の良い友人には「ゆかりはそのままでも十分かわいいよ」と言われるのだが……。
 だいたい女子力って何なんだろう? 自分の目指す方向性もわからないゆかりは、ただ途方に暮れていた。
 お願い、誰かワタシの女子力、上げてください!


リプレイ本文

●女子力高い系男子と低い系女子

 ゆかりが緊張しなくて済むようにと、部室を貸してくれたのは、手芸クラブ部長の葛城巴(jc1251)だった。部室はほのかにラベンダーの香りが漂っている。
「女子力って内面も大事、とか偉そうなことを言ってますけど、私も実は普段着がジャージだったりするんですよ」
 巴ははにかんでゆかりに微笑む。
「できればゆかりさんと一緒に勉強できたらいいな、なんて調子のいいことも考えてるんです」
 苦笑した巴だったが、ゆかりにとってはとても心強い言葉だった。低い女子力に悩んでいるのは、自分だけではないのだ。
「私も他の方たちの意見を一緒に聞かせて欲しくて、ここに呼んだのですが、構いませんか?」
 コクコクコク、と人形のようにゆかりは頷く。たくさんの人の意見を聞けるのなら、皆で高めあいたいと思った。
 そこに集まったのは、自らも目下女子力アップを目指している樒和紗(jb6970)と、オシャレ男子Nicolas huit(ja2921)、そこらの女子より美人で色気のあるドラァグクィーンのマリア(jb9408)に、その親友の柔らかい雰囲気を持つ葵杉喜久子(jb9406)、幼いながらも愛らしい容姿で目を惹くアヴニール(jb8821)だった。
「うわぁ……」
 マリアの美しさに、ニコラのオシャレさに、和紗の上品さに、ゆかりは溜息とも驚きともとれない声を漏らした。
「こんにちは。俺と一緒に女子力アップを目指しましょう」
 ぐっ、とゆかりの手を握る和紗。
「よろしくねン」
「よろしく」
 マリアとニコラも握手する。ゆかりも、手を差し出して「よろしくお願いします」と言った。
 女子力アップを目指す女子と、オシャレで美人な男子。不思議なメンバーがゆかりを指南することになったのだった。



●アドバイス

「そもそもゆかりちゃんは、どんなコが女子力があるって思ってるのかしらン?」
 マリアはゆかりに質問する。ゆかりは答えられない。自分でもそこからしてわからないのだから。
「アタシはねェ、本来オトコじゃなぁい? だからよく考えるの。そして、それは自分のためなのか、それとも他人の目を気にしてるのか。これって実はとても大切なのよぉ」
 巴はふむふむとメモを片手に話を聞いている。
「ゆかりちゃんの今日のスタイル、ジーパンにシャツだけれど、とっても似合ってるから気にすることはないわよ。シャツも清潔ね。ただ、下着はどう? 自然と気持ちが上がる下着をつけてるかしらン? スニーカーも洗ってる? キレイは足元から、よ」
 ウインクしてマリアはゆかりの全身を見回す。
 ゆかりの今日の下着は、見せるわけにはいかないが、決してオシャレとは言えなかったりする。万一今救急搬送でもされるようなことがあれば、後で恥ずかしい思いをしそうだ。
「ユカリに足りない、は……えーっと、女子力じゃなくて、自信……?」
 ニコラはぼそりと言う。
「なるほど、確かにそれもありそうですね」
 和紗も頷く。
「私は以前はYagisとか苦手意識があったんですが……でもある日、友達に言われたんです。この手の雑誌は、中身の四分の三は広告だって。それ以来、苦手意識はなくなりました」
 巴も自分の経験を話す。なるほど、確かに女性用雑誌の大半はコスメやファッションの広告が多い。小さな記事にも価格や販売元が明記してあるものだ。
 巴は数枚のブロマイドを机に並べ、ゆかりに訊く。
「突然ですが、この中で誰が好みですか?」
 そこには数名のイケメンがいた。恐れ多いと思いながらも、ゆかりは眼鏡を掛けた聡明そうな男子を選ぶ。
「では、来週この方を部屋に招きましょう。それまで、これをゆかりさんの部屋の全体が見渡せる場所に飾ってください」
「ええっ?!」
 ゆかりは思わずおののく。男子を部屋に呼ぶなんて、そんなことができる状態ではないのだ。
「ふふ、今、本気にしましたか? それならきっと、部屋を片付けることもできると思いますよ」
 ホッと胸を撫で下ろしたゆかりだったが、和紗が提案した。
「それでは、吾妻の部屋へお邪魔したいです。服や持ち物も見ないとわかりませんし」
「これでも私、片付けは得意なんです。使ってやってください」
 巴もそう言ったので、彼女たちはゆかりの部屋に行くことになった。ニコラはにっこり微笑んで言う。
「ユカリ、掃除が終わったら僕と買い物に行こうよ。部屋は見られたくないだろうから、僕は外で待ってるね。僕もたくさんオシャレしてくるから、ユカリも一番かわいい格好で来てね」



●部屋掃除

「……これは……」
 ゆかりの部屋に入って、和紗は絶句した。もしこの部屋を漫画の一コマにしたなら、上から何本も縦線が入り、手描きで「ぐしゃあ……」と書かれているだろう。
「断捨離しましょう」
 和紗は真顔で言った。
「心の隙間をゴミで埋めないようにしましょう。明日には明日のゴミが出ます。全部捨てれば残るのは未来です。物が溢れていると心の余裕もなくなると言いますから、まずはストレスを減らしませんか?」
 片付けが得意と言っていた巴は、早速散らかった部屋を掘り起こしている。不潔ではないが、片付いていない部屋だ。ゴミはちゃんとゴミ箱に入っているし、服も洗濯カゴに入っている。しかし冷蔵庫は空で、キッチンはほとんど使った形跡がなかった。
「不要なモノは持たない。女子力アップの秘訣よぉ。仮に、何かの……いつかのために持つなら、絆創膏と清潔なハンカチ、可愛らしいティッシュケース入りのティッシュ、それに一番大切なモノは手鏡、かしらン?」
 片付けの手を止めて、巴は再びマリアの言葉をメモに取る。
「鏡を見る、これが一番大切なのよぉ。お部屋に姿見はあるかしらン?」
 マリアはきょろきょろと見渡す。和紗は部屋の隅に上着を掛けて置かれていた姿見を見つけた。
「ここにあるようですよ。機能してはいませんが」
「お部屋には姿見、お出掛けには手鏡。常に自分を意識するのが大切なの。これだけでかなり女子力がアップするはずよぉ」
 マリアは奥にあった姿見を軽々と持って、玄関に置いた。
「姿見は玄関に置くといいわぁ。これなら毎日続けられるしね。手鏡は……そぉねェ、これを使って?」
 マリアは自分のバッグの中から、オシャレかつ高級そうな手鏡を出してゆかりに渡した。ゆかりでも知っている高級ブランドのものだ。
「ええっ?! そんな、こんないいもの……」
「いいモノだから大切に扱うでしょう? 構わないのよ、むしろもらって? 次にゆかりちゃんに会う時が楽しみ、ねン♪」
 ぎゅっとマリアに手鏡を手に持たされる。それでゆかりはそっと自分を見た。すっぴんで髪は無造作に結んでいる、平均以下の女子がそこに映っている。
 がっくりと落ち込んで手鏡を閉じると、巴が話し出した。
「私の従兄にイケメンが一人いるんですけど、なかなか彼女を作らないんです」
 何事かと、和紗もマリアも巴を見やる。
「理由を聞いたら、『魚の食い方が汚ねー』とか『男が奢るのが当然だと思っててムカつく』、『座敷に上がる時に靴も揃えられないってどうよ』とまぁ言いたい放題で。初めは私も、アンタ何様よ? って思ったけど、よく聞いたら外見のことは一切言ってないんですよね」
「あら、何ソレ、いいオトコじゃないの」
 マリアは少しテンションが上がる。
「そうなんです。私もそれで気付いたんです。大切なのは、気遣いと振る舞いだって」
「なるほど……」
 和紗はむーんと腕組みをする。自分は手作りが女子力アップの最短距離だと思い、粉から挽いたり、調味料から作ったりする料理をしたり、生地の手染めから始める手芸をしたり、もう農業の域に達している園芸をしたりしていて、周囲からは「いったいどこへ向かっているんだ……?」と言われていたが、どうやら女子力の意味をはきちがえていたらしい。
「すごいな葛城。それは大変ためになった」
「そうねェ、オトコの意見は取り入れるべきねェ。たまにおバカなオトコもいるから、気を付けなきゃだけど」
 マリアもうんうんと頷いている。
 そして断捨離の結果、ゆかりの部屋はかなりさっぱりした。出たゴミ袋は六袋。ゴミの日に出すのが恥ずかしい量なので、二回に分けて出すことにする。
「俺、メイクも少し勉強してきたんです」
 和紗はゆかりにメイク道具を出させてテーブルに座らせる。巴はメモを手に、マリアは鏡越しにゆかりを見る。
「吾妻くらいだと、肌はキレイだしファンデーションは不要で、日焼け止めとパウダーで十分でしょう。あとは眉を整えて……唇には薄い色のグロスでいいそうなので、最低限でいかがでしょう。ナチュラルメイクって実際は難易度が高いそうですし」
「そうそう、雑誌にも載ってました」
 巴も同意する。
「それじゃ、ニコラちゃんとお出掛けするお洋服を選びましょうか」
「……とは言え、ほとんど捨てる方に行ってしまいましたね」
 マリアと巴は顔を見合わせる。
「数少ないワンピースがありますね。これなどいかがでしょう? 俺は普段和服ばかりなので、洋服のセンスには自信はないですが……」
 少し俯きがちに、和紗は一着のワンピースを差し出す。涼し気なミントグリーンで、腰回りにリボンが巻かれている。
「あ、それは去年友達に無理やり押し付けられて……」
 ゆかりも恥ずかしそうに言う。
「お友達も、そのままで十分かわいいと言ってくれているんですから、それを信じて一歩でもいいから踏み出してみませんか?」
 言って、巴がシューズボックスからそのワンピースに合いそうなサンダルを選び出す。急にハイヒールなどを履いて靴ずれを起こしてはいけないので、かかとの低いストラップサンダルを出した。
「オッケ! これで準備は整ったわねン。あとは姿勢よ。姿勢を良くすれば自信が付くわぁ。外見と併せて、ゆかりちゃんがここにいるっていう存在感を見せるの。もちろん、歩く時も下を向いてちゃダメよ」
「はい……。皆さん、ありがとうございます」
 ゆかりはペコリと頭を下げた。マリアはニッコリ笑ってその頭を撫でる。
「そうそう、ありがとうって素敵な言葉よ。感謝を素直に言える……それだけで女子力はアップするのよン。謝罪じゃなくて感謝。これが秘訣よぉ」
「では、姿勢を正して出掛けましょうか」
 和紗は玄関のドアを勢いよく開けた。



●お買い物

 外には、黒のデニムジャケットにホワイトデニムのパンツを合わせた、モノトーンファッションのニコラが待っていた。先程までと大きく変わった印象のゆかりを見て、破顔する。
「じゃあ行こうか。僕の隣に立って、堂々としててね? 大丈夫だよ、きっとみんなは僕しか見てないから」
 確かに童顔ながらもキレイな顔立ちのニコラの横に立っていれば、自分の存在などないに等しいのかも知れない。少しゆかりは俯き加減になる。そこへ後ろから、「ゆかりちゃん! 姿勢よ!」とマリアの声が飛んでくる。思わずしゃっきりと背中を伸ばすゆかり。
「うん、いいね。お洋服もメイクも、一番似合わないのは、自分で自分には似合ってないと思ってる時だよ。僕と一緒にお買い物するために選んだ服なんだから、ちゃんとみんなに見せてあげないと」
 ニコラは堂々と歩いている。足は自然とショッピングモールへ向かっていた。
「背筋伸ばして、ちゃんと歩いて、前向いて。僕と一緒に歩くの、楽しくない?」
 ウィンドウに映る自分を自分と思えずに、キョロキョロしていたら、ニコラに言われた。
「いえ、とんでもない!」
 思わずゆかりはニコラを見た。自信たっぷりで、堂々としているせいか、最初に会った時より男らしく、頼もしく見える。
「ユカリは僕ほどかわいくはないけど、ほら、周り見てみなよ。僕よりかわいい子なんて一人もいないけど、みんなちゃんと自分はかわいいって顔してるでしょ?」
 確かにニコラほどかわいい女子はなかなかいないかも知れない。でも道行く人はみんな、オシャレをした自分を楽しんでいるように見えた。
「みんなかわいいになるためにオシャレするんじゃなくて、自分のかわいいを保つためにオシャレするんだもん。たくさんあるかわいいお洋服とか、素敵なお化粧道具は、自分のかわいいを伝えるためにあるんだよ」
 少し離れて後ろを歩いている巴のメモ帳は、もう四ページ目に突入している。和紗も頭の中に入れているが、なかなかに奥の深い女子力というものに驚いていた。
「好きな服着て、自分はかわいいよ! って堂々としてれば、みんなかわいくなるんだから。ほらユカリ。ここにはたくさんお洋服があるよ。流行りものも、そうじゃないのもある。ユカリが一番着てみたいお洋服はどれかな。みんなに見せてあげたいのはどれ?」
 一つの店で、ゆかりは足を止めた。知らないアパレルメーカーだったが、値段も手頃で、自分にも似合いそうな服がたくさんある。
「ここ、気に入ったの? じゃあ入ってみよう」
 ニコラに手を引かれて店内に入る。普段着ることのないシフォンのブラウスや、サーモンピンクのキュロットスカート、少し上げ底のエスパドリーユなども、何故か今なら着てみたいと思えた。
「そうだよ、かわいいがユカリを呼んでるよ」
 かわいいが、呼んでる──?
 ゆかりはその場で気に入ったものを試着し、みんなに似合うと絶賛された洋服をたくさん買った。荷物はニコラが持ってくれた。
「女の子に重いものは持たせられないよ」
「あら、ニコラちゃん、オトコねェ」
「この服なら私も着れそうな気がします」
「私も、これ買っちゃおうかな」
 みんなでワイワイ服を選んでいることが楽しかった。女子力とかもうどうでもいい。今はただ、オシャレをするのが楽しい。店員さんに「お似合いですよ」と言われるのが嬉しい。多分、この感覚が「女子力」なんだとゆかりは思った。自分を諦めないこと。自分を楽しむこと。
「ゆかりちゃん、もう大丈夫そうね」
 マリアは夢中で服を選ぶ女子たちを眺めながら、ふっと息を吐いて苦笑した。
「アタシにも合うサイズがあればよかったのにねェ」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: スプリング・インパクト・マリア(jb9408)
重体: −
面白かった!:4人

お洒落Boy・
Nicolas huit(ja2921)

大学部5年136組 男 アストラルヴァンガード
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
家族と共に在る命・
アヴニール(jb8821)

中等部3年9組 女 インフィルトレイター
撃退士・
葵杉喜久子(jb9406)

大学部7年9組 女 ディバインナイト
スプリング・インパクト・
マリア(jb9408)

大学部7年46組 男 陰陽師
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード