●侵入
地元のローカルテレビ局に駆けつけた撃退士たちは、各々侵入口を確保した。
亀山淳紅(
ja2261)とジョン・ドゥ(
jb9083)、莱(
jc1067)は裏手の関係者用出入口から、月詠神削(
ja5265)と川澄文歌(
jb7507)は、観客用入り口で待機している。
江戸川騎士(
jb5439)は「お先」と言って、裏手から音響室へ急いでいた。目立つ容姿ではあるが、文歌の用意した警備員用ジャケットのお陰で、途中足止めを喰らうことはない。
騎士が侵入した後、淳紅、ジョン、莱もステージへのルートを確認する。既にこの建物の見取り図や設備道具の位置は把握済みだ。ただし、この喧騒の中だ。多少の配置の移動はないとは言えない。その点も見越して、対アイドル組の三名は気を引き締めた。
観客席側出入口から神削が少し中を覗くと、まるで阿鼻叫喚の客席を楽しむように『Mata☆Doll』たちが歌い踊っていた。まるで煽るように。
(ファンの人が傷ついていてもライヴを続行するなんて、そんなこと同じアイドルとして絶対に認めません!)
文歌は心の中で静かに怒りを燃やす。
音響室では、担当者が慌ただしく設備調整に動き回っている。騎士は潜行を発動し、隠密行動で音源の場所を確認した。そのまま『ONAIR』の点灯を消さないように、配線を繋ぎ替える。
そして念のため携帯音楽プレーヤーに音源をコピーしておき、諸悪の根源を抜き取った。下の会場で、ふとゐのりの声のサンプリングされた音楽が消える。
「おい、音響止まったぞ! どうなってる?」
バタバタと係員が集まってくる。見慣れない騎士の姿を見るなり、「部外者発見!」と無線機で通報されそうになる。が、一瞬早く騎士はその無線機を取り上げ、ソリッドナックルバンドを着用した掌で関節技を決めた。
「こいつは一般人か」
文歌の用意したロープで係員を動けないようにしてそこらに転がし、発煙手榴弾を床に叩き付けた。煙を感知して、スプリンクラーが作動する。機械制御の音響室の機器類は、たちまちバチバチと火花を上げて壊れた。
ゐのりの声の音源が途絶えたのを合図に、他の撃退士たちは各々の仕事場へ向かう。淳紅はステージ裏へ、ジョンはステージの袖へ、莱は関係者席へ。文歌は観客用出入口を開けて警備員用ジャケットを羽織って中に入り、神削もあちこちの乱闘に紛れながらホール中央付近へと移動した。
神削は観客に気付かれないように足元を抜ける形で発煙手榴弾を投げる。小さなホールの三箇所からスプリンクラーが作動し、大量の水が降ってきた。そして挑発のスキルを発動し、観客の注目を自分に向けさせる。神削は観客をホールの外へ誘導しようと試みるが──。
「なんだこの水っ!」
「おい、ファンじゃない奴がいるぞ!」
一般人の観客の一部は我に返ったようで、殴り合いをやめる者も若干いたが、やはり水をかぶっただけで頭が冷えるような人間はほとんどいない。そこへ文歌がすかさずスピーカーを手に取る。
「火災が発生したようです! 落ち着いて速やかな避難をお願いしますね」
それを聞いた他の正式な警備員も、避難誘導に精を出し始める。が、それでもトランス状態になっているファンはなかなか言うことを聞かない。ステージではまだ、アイドルたちが歌とダンスを続けているのだ。
しかし音響室の制圧が成功したお陰で、中継そのものは中断された。この騒ぎが外部に漏れることはなさそうだ。
文歌は仕方なく、そこらにいる喧嘩中の一般人に平手打ちを喰らわす。
「火事だって言っているでしょう! 逃げてください!」
「なんだとコラァ! 俺はアヤたんたちを守るんだ!」
文歌は構わず、辺りの一般人に平手打ちを食らわせて奥へ急いだ。すると、一人の一般人が、文歌を攻撃してきたのだ。
「月詠先輩! ディアボロです!」
●戦闘
ステージ裏のカーテンを引き破って、淳紅はツインテールの少女、アヤと対峙した。上空に大きな魔法陣を展開し、対象をアヤにロックオンする。オーケストラの幻影が見え、その直後、美しい音の雨を降らせた。
アヤは避け切れず、何ヶ所か負傷する。
「何するのよっ! ゐのり様の衣装が汚れるじゃない!」
ゐのりの声が止んでも、彼女たちの頭の中にはまだ『声』は響いているらしかった。アヤの前にファンの一人が乗り込んできて、彼女の前に守るように立ちふさがる。親衛隊長だ。
「アヤたん!」
しかしアヤは「邪魔だぴょん!」と言い捨て、極めて貫通力の高い弾丸を発射して、親衛隊長を盾にして淳紅に銃を放つ。
「──っ!!」
親衛隊長をも貫いた弾丸は、軌道が読めず、淳紅の左腕をかすめる。親衛隊長はその場で負傷したが、まだ「アヤたん……」と呟いていた。
ステージの袖から飛び出したジョンは、マヤに向かって走った。【七耀城塞】を展開し、結界を張る。
「ここはもう俺の世界だ。今からお前達の世界を引き裂く。とっととご退場願おうか」
「威勢だけは良さそうですわね」
「弱肉強食は否定しないが、今はこれが俺のお仕事だ。来いよ、折角だしロックでハードにいこうぜ」
ジョンの挑発に、マヤは静かな水のように応える。
「あいにく、私たちはポップスアイドルですので」
言うなり、影を凝縮した棒手裏剣を無数に生み出し、乱打攻撃を仕掛けてきた。
「ポップにいかせていただきますわ」
ジョンは舌打ちし、「オーバードライブ!」と掛け声を上げて、自分の魔法能力を活性化させる。蒼い光の粒子が美しく舞う。
蒼い人型の光がジョンの傍らに現れ、手刀でマヤを攻撃した。マヤは寸でのところで回避する。もう一度蒼い光を放つ。マヤの長い髪が一房千切れ飛ぶ。
「乙女の命と言われる髪を……許せませんわ」
関係者席から、一般人に紛れながら淳紅とジョンの戦いを見ていた莱は、サヤの背後に接近していた。
「まだ誰かいたの?!」
サヤは振り返り、莱と向き合う形になる。莱は邪魔な警備員用ジャケットを脱ぎ、無表情にサヤを見た。手には全長二十センチの短剣を携えている。
「ははん、そんな武器じゃ、私にはかなわないよぉっ!」
言いながら、サヤは全長六十センチ程の刀を振り回し、莱の行く手を阻む。
「ウェポンバッシュ!」
サヤが叫んで刀を振ると、痛烈な勢いで莱は吹き飛ばされた。猛烈にステージ袖に腰をぶつける。
「私だって似たようなことはできます」
莱は短剣でサヤの足元を薙ぎ払い、バランスを崩させる。
「戦ってみたかったんですよ、私も緑を纏う者ですから。……白詰草と莱草では、全く違いますが」
莱はサヤの懐に飛び込むように地を蹴った。
●客席
ホールでは、一般人に紛れていたディアボロが次々に正体を現した。さすがに一般人も、ディアボロを見るなり逃げ惑う。観客用出口は、我先にと逃げ出そうとする、トランス状態の解けた薄いファンの山ができていた。それでもコアなファンは、アイドルたちを守ろうと、ステージに押しかけようとしたり、自分こそが助けると隣のファンと言い争っていたりした。
文歌の声を聞いた神削は、慌ててそちらに合流する。観客用出口に殺到する薄いファンと、アイドルに群がるコアなファンの間に、四体のデイアボロがいた。神削の挑発に注目し、攻撃を仕掛けてくる。神削は拳を構えた。両手首には月輪神布が巻かれている。
神削の全身を淡く白い光が包み、全身が戦うための武器と化す。アウルの放出で、直線上にいた二体が攻撃を受けた。
文歌も髪芝居でデイアボロを束縛し、神削の攻撃が当たりやすいように、かつ攻撃を受けにくいように援護する。
四体のデイアボロはあっけなく倒れたが、ファンの一人が叫んだ。
「ひぃ、人殺しぃー!」
人型のデイアボロを倒した姿は、パニック状態の一般人から見れば確かに殺人行為に見えるだろう。これが中継されていなかったのが不幸中の幸いだが、人の口に戸は立てられまい。
「違います、これはディアボロです!」
文歌が弁明するも、ファンは動揺し、次は自分が殺されるのではないかと怯えている目をしている。
「じゃあ、私の歌を聴いてください!」
文歌は自分の曲を歌い始めた。そしてマインドケアを発動し、心を癒やす暖かなアウルによって、一般人たちの抱く不安を取り除いていく。
「アイドルさんのことが大事かもしれませんが、それ以上にあなた自身を大事にしてくださいっ! だから逃げて!」
トランス状態の解けたファンには、文歌の声と気持ちが届いたようで、おとなしく警備員の誘導に従う者が多く出てきた。
三分の二程度のファンは無事に退避できたようである。
●集結
音響室の制圧を終えて、ホールまで降りてきた騎士が見た風景は、逃げ惑うファンとアイドルに群がるファン、倒れたディアボロと、血と怪我にまみれたアイドルと撃退士の姿だった。
騎士は本能的にヤバい状態であると悟る。
文歌も神削も、激しい戦いの中にはなかなか入り込んでいく余裕が見つけられなかった。
騎士は全長九十センチの剣を構え、一番不利そうな莱のもとに駆け付けた。彼女は何度も吹き飛ばされ、にわかに身体を痛めている様子だった。
「莱、大丈夫か?!」
「大丈夫、です。ありがとうございます」
騎士はサヤよりリーチが長く、剣も長いため、やや有利に流れが変わった。
「ちっ、そのお人形さんみたいな顔に、大きな傷でも付けてあげるわ!」
サヤは怒り心頭で、頭上から剣を叩きつけようとしてきた。動作が大きいので騎士は難なくそれをかわし、長い刀を振り払った。切っ先がサヤの頬を傷付ける。
「てめぇこそ、頭のてっぺん削ぎ落として、河童にしてやろうか?」
騎士の毒舌も負けてはいない。
淳紅は腕の傷をかばうこともなく、アウルで作り出した雷をアヤに放つ。
「キャアーーーッ!!!」
その声に、熱狂的なファンは「アヤたーん!」と叫びながらステージに登ってこようとする。淳紅は床に攻撃を向け、溝を作ってファンがステージに立ち入れないようにしていたが、コアなファンの悪意はしっかりと感じられた。
「アヤたんを殺したら、俺もこの場で死んでやる!」
「そうだそうだ!」
暴走しているファンに少しずつ近寄った文歌は、マインドケアで一時的に彼らの心を緩和するが、それもそう長くは続かない。しかし、だんだんとトランス状態は解けてきているようだった。今彼らにあるのは、純粋なファンの心だけだ。
「こんなチンケな歌も音楽も、全部かき消して歌いましょう」
歌謡いの淳紅は、軽くテノールで歌う。そこに文歌も歌を乗せる。
「あなたたちが本物か傀儡のアイドルかわかりませんが、もったいないですね。歌もダンスも努力したんでしょうに、こんな音に頼っていると、三流にしかなれませんよ」
「ゐのり様を悪く言うなぁっ!」
アヤは怒りを露わにする。相当心酔しているようだ。
「親衛隊長さんを盾にしてまで、自分の命を守りたいのですか?! そんなの本当のアイドルじゃありません!」
文歌はファンを大事にしないアヤに怒りをぶつける。そしてスプリンクラーで漏電していた電気を使い、アヤに攻撃した。ゐのりを侮辱された怒りのせいか、アヤの反応が遅れ、もろに電気ダメージを喰らってしまう。彼女はそのまま倒れた。
ジョンはマヤを相手に、ワイヤーで対抗していた。時折左腕に負の感情を纏い、巨大化させて彼女に掴みかかる。マヤは機動力が高く、うまくその攻撃をすり抜ける。
しかし、終焉や威圧といったスキルを使用してマヤの動きを止めた時、そこへジョンがワイヤーを使い、マヤを絡め取って引き裂いた。返り血が赤い髪にも跳ね返る。
ひとまず文歌はジョンにヒールを使い、生命力を回復させた。ジョンもかなりの痛手を喰らっているようだ。
「あと一人かな?」
文歌は莱と騎士、サヤのいる方向へ目をやり、それももうすぐ終わりそうだなと感じた。
サヤは肩で息をしている。右腕を莱にすれ違いざまに切られ、その囮に気を取られている間に、騎士の刀でさらに追い打ちをかけられた。もう利き手が使えそうにない。
「どうしたよ、もう口も利けないってか?」
「うるさい……っ! 二対一のくせに、大きな口叩かないでよ」
「こっちは別に、六対一でも構わないんだぞ?」
騎士は言い返す。
「さっさとトドメ刺しなさいよ」
「命令されるのは嫌いだな。まぁ、お嬢ちゃんのお望みとあらば、聞いてやらなくもないが」
サヤは目を伏せる。騎士は躊躇なくそんな彼女を斬り裂いた。
「人から受けた恩の返済期間中なんで、ね」
●処理
『Mata☆Doll』がゐのりの手先であり、このままテレビ放送を続けていると世の中が大パニックになっていたかも知れないことや、倒したのは人間ではなく、人型のディアボロだったこと、一般人には最低限の被害しか負わせていないことや、破壊した機材は学園を通して何とかしてもらうように申請してもらうことなど、撃退士たちの戦いが終わった後の人間の処理の方が面倒だった。
一応理解は得られたようだったが、『Mata☆Doll』のファンらしい関係者は不満そうだし、マネージャーはショックで倒れて救急搬送されたほどだった。
「やること全部誰かの二番煎じ悪魔が……!」
外奪のことを忌々しく思いながら、神削が呟く。
「外奪の思うように動いてる光景が気に入らないな」
ジョンも同じ意見のようだった。
『Mata☆Doll』は消滅した。しかしゐのりや外奪がどうこうされたわけでもない。今回はまだ、『恒久の聖女』の一端を潰したに過ぎないのだ。
騎士が音響室から取ってきた音源は、久遠ヶ原のしかるべき研究機関へと渡された。少しでも何かが解明されれば……と思う。
「歌でアウル覚醒者を誘導しようなんて、発想が許せません」
「そうです。アイドルを道具に使うなんて……」
歌を愛する淳紅と、アイドルの文歌はこちらも同意見だ。
「緑を纏う者同士……敵にもなりうるのですね」
莱は無表情だが、声に無念さを滲ませていた。
まだ、どこかで『恒久の聖女』の残党と戦っている者がいる。早くこの戦いに終止符が打たれることを、撃退士たちは心から願った──。