●解除
「この樹何の樹気になる樹ってところか?」
現場に到着し、大樹を眺めながら向坂玲治(
ja6214)は呟いた。そこへ、同じようなことを考えていた秋嵐緑(
jc1162)も同調する。
「何かのCMですよね」
しかし、ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)は呆れた声で言う。
「いや待て、すぐ気付け住人よ。突然生える樹が天魔以外の何だというのだ……神の奇跡という時代ではあるまいに」
確かに、突如現れた大樹を御神木と崇めるとは、呑気な集落である。
片目に眼帯をした少女、狩霧遥(
jb6848)は、明るく笑いながら「それほどここは平和だったんでしょうね」と言った。
「まぁ、集落の人が困ってるんだから、早々に排除しないとね」
結構どうでも良さそうに、出雲楓(
jb4473)は一人ごちた。
「まずは様子を見ながら一つ目を落としてみるか」
龍崎海(
ja0565)はじっと大樹を見つめ、動きがないことを確かめた。確かに向こうからの積極的な攻撃はないらしい。
「じゃ、陣形を組むか」
玲治の声に、撃退士たちはあらかじめ相談しておいた位置についた。
玲治と海の攻撃組の間に、援護の遥、そして上空からは緑が抵抗の薄さを狙う。ルナリティスは地中からの攻撃を試みる手はずで、出雲は実の飛ぶ方向や大樹の変化を見る監視役を買って出た。
「まず、俺から行かせてもらう!」
海が宣言し、アウルで作り出した槍を大樹の根本に向かって投擲した。魔法陣の効果によって、槍は弾かれる。しかし、次の瞬間、ゴゴゴ……と地鳴りがした。
「地鳴り! そろそろ飛ぶよ! 上から二番目の実、秋嵐さんの方!」
言われた緑は、上空から様子を見る。飛んできた実をショットガンで撃ち落とせるか試してみたが、実の威力は衰えない。緑は慌てて横に飛翔して避ける。
その間に玲治が弓を引き、先程海が攻撃したのと同じ辺りに狙いをつけて放つ。矢が刺さる。
「あんまり上ばっか気にしてると、文字通り足元掬われそうで嫌だな」
呟きつつ、周囲も気に掛ける。
「流石に地中まで防御する理由は薄かろう……まぁダメでも他の手をとるまでだが」
次はルナリティスが物質透過の能力を使い、地中に沈み込んで行く。
「様子を見て、一旦知らせる」
そう言い残し、彼女の身体は地中に消えた。さすがはハーフ天魔である。
調べてみたところ、地中は魔法陣の効果が届いておらず、攻撃は効きそうに思える。
ルナリティスは魔法陣のすぐ外で顔を出し、「私がこれから攻撃する!」と宣言した。
「了解!」
出雲は大樹を注視する。他の撃退士も、どの実がどのタイミングでどちらへ飛ぶのか、しっかり見つめている。
地中でルナリティスの攻撃が通用したのだろう、もう一度ゴゴゴ……と地鳴りが始まった。
「飛ぶよ! 狩霧さん、龍崎さんの方に少し避けて!」
言われた遥は、慌てて海の隣に飛ぶ。その間に、抵抗の薄い上空から、緑が大樹の中心を狙ってショットガンを放った。いくつかの枝が破裂する。が、その直後に、他の枝が矢のようになって緑に攻撃を放つ。
緑は上空高くまで飛翔し、それらの枝は追撃できずに落下した。
「向坂さんの方に矢が落ちるよ!」
出雲は矢の落下地点を予測して向坂に叫ぶ。
「おっと、りょーかい!」
玲治は華麗に左側に転がり、六本程の枝の矢を避けた。
「残り二つですね。出雲さん、何か手掛かりは掴めそうですか?」
遥は監視役の出雲に訊ねる。
「そうだね……飛ぶ実は地鳴りと同時に震えてるから、どれが飛ぶのかはすぐにわかるよ。方向はそんなに変化が効かないみたい。だから多分、あと二つは、最初にルナリティスさんがいた場所と、その左六十度くらいじゃないかな」
「わかった。じゃあ、俺たちは攻撃に徹して問題ないってことかな」
海が瞬時にアウルディバイドを使用して回復する。
「そうだな、もう少し近付いても良さそうだ。出雲は引き続き監視を頼む」
玲治はそう言って、大樹に近付いた。確かに魔法陣より先には進めそうにない。
「いいよ」
「私はもう一度、地下からの攻撃を仕掛けてみるが、それで良いか?」
ぽこっと地中から顔を出したルナリティスが、玲治に向かって訊いた。
「頼んだぜ。その間に俺と龍崎さんで攻撃を仕掛けてみる」
「上は任せてください」
上空から緑が出雲にサインを出す。
「私は龍崎さんと向坂さんの援護をしますから!」
遥も二双の直剣を装備し、二人とともに大樹に近付く。
もう一度ゴゴゴ……と地鳴り。ルナリティスの予想通り、地下は手薄らしく、大きめの攻撃が通じるようだった。
出雲が言っていたように、三つ目が誰もいない地上に落ちる。その実が飛ぶ瞬間を狙って、海と玲治は二人でアタックを仕掛ける。最初の狙いと同じ箇所を執拗に集中狙いする。
そこへ幹の触手が二人を絡め取ろうとするかのように伸びてきた。遥が双剣モラルタ・ベガルタで切り落としていく。
「私も行きますよ」
上空から緑が最後の実を落とすべく、ストライクショットを放つ。抵抗の薄い大樹の上部は、容易くショットガンを貫通させた。実は出雲の言っていた場所に落ちる。
緑の攻撃宣言を聞いていた海と玲治は、タイミングを合わせて一点集中攻撃を放つ。それを邪魔する触手の幹や、枝の矢は、遥が見事に切り落としていく。
「魔法陣が……消えていく……」
海の言葉と同時に、地中から慌ててルナリティスが出てきた。
「魔法陣は解けたか?!」
地中でも何かを感じ取ったのであろうルナリティスは、肩で息をしている。
「根が、異常な動きをしていた。注意した方が良いぞ」
●攻撃
「秋嵐さん、魔法陣が解けたよ!」
出雲は緑の声を掛けると、彼女は翼を仕舞い、地上に降りてきた。二人は慌てて大樹のふもとに向かう。
「うわぁ……」
「トランスフォーム、トランスフォーム」
出雲も緑も棒読みになっている。
そこには、根が地上に這い出してきて、うねっている光景があった。
「やっぱり言わんこっちゃないな」
足元を警戒していた玲治は、口唇の端で皮肉げに笑った。
一旦全員で距離を取る。さすがに大樹そのものが移動してくることはないようだったが、幹の触手と枝の矢に加えて、太い根が数本、うねうねと不気味な動きをしていた。
「どれ、きついの一発ぶちかますか」
玲治はオーラを纏い、弓をきつく引き絞る。そして渾身の一撃を繰り出して、先程から海と集中攻撃して弱らせておいた根本の部分を貫いた。
痛みがあるのか、怒りの気持ちがあるのか知らないが、うねる根は大地を叩き、枝の矢が降り注ぎ、幹の触手が乱舞する。
遥がシールドを張り、枝の矢から仲間を守る。もう一度上空に舞った緑は、裏手に回って攻撃を放った。大樹の攻撃が緑の方へ向くが、その時は既に緑は上空だ。
「今だ!」
玲治と海、ルナリティスはアウルを集中させ、強い一撃を放ち、それぞれの根に当てた。根は炸裂し、弾け飛ぶ。
「もう一本!」
残りの一本に出雲が双銃で威嚇し、根の攻撃方向が定まったところで、遥が書を手にし、捻れた血色の槍を生み出して放った。最後の根も破裂する。
それでもまだ、大樹は幹の触手と枝の矢で攻撃してくる。
「根が本体ではないのでしょうか?」
遥は意外そうに言う。
「ちょっと、何なのこの樹!? 喧嘩売ってるみたいだね。あ、売ってるのはこっちか」
出雲はとぼけたことを言いながら、十文字槍で矢を落としていく。
「なら、上から行くしかないですよね」
緑はもう一度高く舞い上がり、ショットガンを放つ。かなり上部の枝葉はなくなってきていて、大樹の背も低くなってきた。
「とにかく総攻撃だ!」
海はヴァルキリージャベリンで槍を作り出し、玲治は再びオーラを纏い、遥は双剣を携え、ルナリティスは飛翔してライフルを構える。同じく上空にいる緑もショットガンを持ち、出雲は双銃をしっかりと握った。
皆で同じ方向からの総攻撃。上空にいる者は上を狙い、地上にいる者は遠距離で中部を狙い、近距離で下部を狙った。味方に攻撃が当たらないようにしながら、少しずつ全員で立ち位置を変えて回転していく。
徐々に大樹の攻撃が遅くなり、威力も減ってきたようだ。
こうやって大樹を包囲しながら全体にダメージを与え、陣形を崩さないように撃退士たちは攻撃を続けた。
やがて、ゴゴゴ……と地鳴りがする。
「まだ実があるのか?!」
周囲を見渡すルナリティスだったが、それは大樹の断末魔だった。触手になっていた幹も遥に切り落とされ、矢を放ち過ぎたのか枝葉は落ち、太い幹も根もやられてしまい、息絶えたという感じだった。
●処理
「よもや次が生えてきたりはしないと思うが……念の為に処理しておくべきだな」
ルナリティスは落ちた実を見ながら呟く。
「何これ、見るだけで気分悪……」
出雲も口元を押さえている。
「最後はキャンプファイヤーですかね」
緑は無表情だが、纏うオーラが楽しそうに感じられる。
「あんだけデカけりゃ、浴槽も何も作り放題だったな」
玲治も不思議なことを言って、海に「お風呂が好きなのかな?」と言われている。
「私もお風呂好きですよー」
遥は汗を拭いながら会話に入っていく。
「取り敢えず、これぶっ潰しておこうか」
出雲が言って、全員で実を残さず破壊した。
「これだけあればキャンプファイヤーできますね」
何故か異様にキャンプファイヤー推しの緑だったので、処理がてら、大樹の残骸を燃やすことにした。
「おまんら許さんぜよー」
緑が棒読みで何かの台詞を口にしながら、集めてきた大樹の残骸に火をつける。
「この季節にはもってこいの火だよね」
海も暖を取りながら遥と話している。
「あったかいですよねー」
一人離れてキャンプファイヤーを眺めていた出雲に気付き、玲治がそっと声を掛ける。
「お前はもう監視役しなくていいんだぜ? あっち行けよ」
素っ気ない言い方ではあったが、玲治なりの思いやりを感じた出雲は「そうだね」と言って、火の方へ近付いて行った。
「さすがにここまで灰にすれば、次が生えてくることもあるまい」
ルナリティスは残骸の端々まで拾って持って来る。
「お前も火に当たれよ」
などと言いながら、何気なく手伝ってやる玲治だった。
「玲治こそ私に付き合う必要はないぞ。すぐに行く。人間は火に当たっているといい」
お互い粗暴な言葉の中に、思いやりの気持ちを感じた。
「ま、早々に来ないと火が消えちまうぞ」
そう言って玲治は火の方に歩いて行った。
ルナリティスも火に当たり、少し皆で話をした。火が消えると、灰を大樹のあった場所に空いた大きな穴に埋めた。根が暴れたため、周囲の樹木や岩が粉々にはなっていたが、穴をふさぐことはできた。
「さて、避難している住人の方々を呼びに行きましょうか」
遥の声に、撃退士たちは山を降りる。
海は一度振り返り、少し荒れてしまった土地を見やった。この程度の被害で済んだのは、幸いにして大樹が自走しなかったからだ。少し目を伏せて、また前を向いた。
集落の住人が避難している場所まで、仲間たちと歩いて行く──これからも、まだ。