●レッツ!登山!
「やっぱり写真を撮るなら高いところよね!」
意気込みと元気一杯に、少々重装備過ぎるような荷物をリュックに詰めながら、雪室チルル(
ja0220)は登山の準備をしていた。
やはり紅葉の写真を撮るなら紅葉が景色目いっぱいに広がるところを一望できる場所で撮影したい。そしてそんな広いところを撮影するならやはり高いところが一番。
そういうわけで、チルルは久遠ヶ原で一番の高い山に挑むのだった。
まずは日の出、日の入りの時刻をネットでチェックする。まだ日も昇らないうちから、ざっくざっくと山道を歩き続け、とにかく一番てっぺんを目指した。
幸い、この山は安全な方である。しかし写真を撮るだけにしては、長期戦を意識したチルルの装備は重く、中には食料や防寒具、テントや寝袋まで用意していた。
「眠い! でも良い写真のためなら頑張るんだから!」
チルルは山頂に着くと、デジタルカメラと三脚をセットした。
見渡す限り、紅葉が360度視界に入ってくる。いっそのことパノラマ撮影でもしてしまいたい気分だった。
何枚か撮影し、カメラの調子を見る。天気は雲一つない晴れ。間もなく日の出の時刻だ。
「そろそろ時間ね! 方角・カメラ位置・角度・全部オッケーよ!」
あとはタイミングだ。日の出日の入りというのは、意外に変化が早い。一瞬でも目を逸らすと、シャッターチャンスを逃す可能性もあった。
「来たわね!」
日の出の前触れを感知し、チルルはファインダーを覗き込む。目一杯の紅葉に太陽を入れて。敢えて連射モードにはせず、一枚一枚シャッターを切る。
「ふう、取り敢えず今朝はこれくらいね」
あとは日の入りに向けてカメラの角度を調整し、テントの中でゲームやネットサーフィンで時間を潰した。
次は夕刻。日の入りの瞬間に、沈みゆく太陽と紅葉をパシャリ。実質これを三日かけて、チルルは山を降りた。後は厳選してプリントアウトしよう。
●散策を兼ねて
「ま、風景写真は撮るのは得意だ」
そんな心情で、朝方の北八ヶ岳山麓の双子池湖畔までやって来たのは、由野宮雅(
ja4909)だ。本格的なデジタル一眼レフカメラを用意し、湖畔を歩きながら気軽にシャッターを切っていく。
デジタルカメラの良いところは、撮った写真をその場で見られること、メモリの許容範囲なら数百枚は軽く撮影できること、不要な写真はすぐに削除できることだ。
雅は湖畔の紅葉を、緑のものから赤々としたもの、グラデーションの美しいものや、道端に生えている苔なども撮影して歩く。
「涼しくて気持ちが良いな」
ぐん、と大きな身長を更に伸ばして背伸びする。長身ならではの、高い目線の写真が撮れるのも強みだ。背の高い木の枝も、望遠レンズを酷使せずともマクロ気味で撮れる。
「やっぱり、写真はいいものだ」
撮った写真をちょくちょく確認しながら、また新しく視界に入ったものを写していく。
朝早くからここに足を運び、霧の見える双子池を撮影した。だらだらと惰性で撮るより、一番気になったものを直感で撮影したのが良かったのかも知れない。
今のところ、これが一番のお気に入りだ。
首からカメラをぶら下げながら、雅は風景をファインダーを通さずに楽しんでもいた。
小さな穴から覗いて残す景色も良いが、せっかくだから自分の目の奥にもこの美しい自然を焼き付けておきたい。
そんなふうに、雅は肌寒くなるまで撮影と散策を楽しんでいた。
●公園にて
「紅葉、とってもキレイですの!」
山は迷うかも知れないのが怖くて登れなかったので、学園近くの木のたくさんある美しい公園に、クリスティン・ノール(
jb5470)は足を運んでいた。人界知らずのハーフ天使のクリスは、何故木の葉が赤くなったり黄色くなったりするのかを知らない。
「秋の不思議ですの?」
難しいことはわからなくとも、始めての写真撮影ともあり、デジカメとは昨晩格闘した。取り扱い説明書を読んで、取り敢えず「オート」モードでお任せにする。天候は晴天を待つことにした。
天気予報で「今日は暖かく晴れるでしょう」という日を選び、目的地の公園に行く。通りがかりに、落ち葉で遊んでいる子供を見かけたので、思わずパシャリとシャターを切る。そして自分も公園の中に入っていく。
「わっ、歩くと落ち葉が鳴るですの! とっても楽しいですの♪」
すべてが始めての体験に、クリスは大はしゃぎする。
陽光の翼を使い、上空から、しかし空の一部も収まるように紅葉の写真を一枚、二枚。
そう言えば、小さなクリスは下から見上げることはあっても、上から紅葉を見たことはなかった。上から見るのはいつも戦闘風景だ。たまにはこんな穏やかな上空も良い。
「きっと春も、夏も、冬もキレイですの。またこうして来たいですの」
そう呟きながら、今度は低身長を活かしてしゃがみ込む。子供目線で、落ち葉をパシャリ。
晴天の明るい光が、クリスと紅葉、遊ぶ子供たちを平和に照らす。
●学園内にも良い場所が
「紅葉のお写真ですか。今の時期にピッタリですわね!」
デジカメを持って、学園内を散策しているのは、ロジー・ビィ(
jb6232)だ。
晴れた日の日中、逆光に注意しながら、群生する紅葉から学園の建物の屋上付近を背景に、煽り気味で一枚パシャリ。ピピッとピントを合わせる音がして、それは見事に紅葉の一枚に乗る。空の濃い青と、紅葉のビビッドな赤のコントラストが美しい。
それから後、夕刻の頃に小等部の幼い顔立ちの生徒を厳選して、モデルになってもらうように頼んだ。ロジーの天使の微笑みによって、生徒は喜んで引き受けてくれる。
これという一本の紅葉を選び取り、ロジーは光の翼を使って生徒を木の枝に座らせる。紅葉で真っ赤に染まった背景が鮮やかだ。
ロジーは事前に翼を駆使し、撮影場所探しに文字通り飛び回っていた。翼を持つ天使ならではの構図を考え、生徒の撮影も空中でシャッターを切った。
「ありがとうございますですわ」
生徒の所属と名前を訪ねておき、ロジーは後日写真を届ける約束を交わす。
それから足元を不意に見て、その美しさに再びカメラを構えた。
写真だけでは飽きたらず、その中の比較的キレイな一枚の葉を拾い、手帳に挟んでバッグにしまう。今回の依頼の記念の押し葉の栞にしようと考えたのだった。
そしてふと思い立ち、あと数枚、様々な色合いの落ち葉を拾って手帳に挟む。
考えは一つだった。
●雨上がりに
「絵はよく描きますが、写真を撮る事はそう言えば少ないですね」
絵を描くことが趣味で、色彩に対する感覚が豊かな樒和紗(
jb6970)は、そう言えば写真はあまり撮らないのだった。
どんな写真が撮れるかわからないが、たまには良い機会だ。一つ頑張ってみるとしよう。
そんな和紗が待っていたのは、他のメンバーと違って「雨の日」だった。できれば朝方、雨上がりのしっとりした晴れ間の頃合いに撮影したいと、その日を狙っていた。
前日はあいにくの雨だったが、未明にはあがるという予報だ。取り敢えず雨の中、カメラが濡れないように注意しながら何枚か試し撮りしてみる。
「直接撮ると、普通にしか撮れないと言いますか……」
イマイチ納得がいかない仕上がりだ。そこで和紗は、水たまりに映った紅葉を写そうと判断する。
翌朝、日の出と共に起き出した和紗はカメラをぶら下げて、事前に探しておいた紅葉ポイントに出かけた。コンクリートのくぼみに、うまく水たまりができている。
そして狙った。紅葉の枝から、一滴の雫が落ちる瞬間を。
ホワイトバランスの設定は、色々と試した結果、好みに近い「曇天」にした。コントラストを調節し、赤みを強調するエフェクトをかける。光の方向はサイド光。水たまりと紅葉の映り具合、光の位置が微妙で、何ヶ所か目星を付けておいた場所を転々とした。日は昇る。
「ふむ……こんな感じ、でしょうか?」
デジカメって難しい、と思いながら帰宅し、パソコンにデータを落として大きな画面で見てみた。あとはプリントアウトだ。
●提出
蓬莱蓮夜(
jc0975)は緑に一枚のハガキサイズの光沢紙を手渡す。
「すみません、時間がなくて」
そこには緑がサンプルとして添付したものとそっくりな構図の、赤い紅葉の写真があった。
「すごいねぇ! 似たような場所って他にもあるんだ?!」
緑は逆に驚いて答える。蓮夜は他の依頼に行っていて、時間を掛けて写真を撮る余裕がなかったらしい。それでも緑は「ありがとう」と握手を求めた。
「あたいはねぇ、やっぱり大きいの!」
チルルは小柄な両手でやっと持てるような、大きな額縁を持って来ていた。大きいことは良いことだという信念の元、せっかく広いところを撮影したのだからと、重い思いをしながら持って来たのだ。
早朝の日の出と、夕刻の日の入りとともに撮影された、二枚の大きな写真。写真館で出力したのか解像度も高く、苦労の程が伺える。三日間山にこもっていた疲労も吹き飛ばす程元気良く、大きな額縁を緑に差し出した。
「素敵〜。日の出の明るさと、日の入りの夕焼け感が対比的で、並べて飾りたいな」
「それ、あげるわよ」
「ええっ?! いいの?」
大きく頷くチルル。元データなら自分が持っているのだし、こんなに喜んでくれるならプレゼントしようと思って額縁まで用意したのだ。
「ありがとう〜」
緑はチルルの手を握り、ブンブンと振り回して喜んだ。
次は雅がA4サイズの写真紙を渡した。
全体的にまだ木の葉の色は緑色だが、左側とところどころに赤い色も見受けられる。左上部には霧も見られ、下半分は湖面が映し出されている。湖畔の紅葉がおぼろげに映り込み、山との境界には岩が多々あった。ワイルドかつ、優しく、儚いイメージの混在した写真だ。
「よかったら俺のもどうぞ」
「うわぁ、嬉しい! ありがとう」
緑は雅にも握手を求める。大きな手が緑の手を包んだ。
「場所は……んと、良くわからないですの」
クリスがおずおずと初めて撮った写真を緑に手渡す。こちらもA4サイズで、空から撮った写真と、落ち葉の写真をプリントアウトした。
「お写真撮るのは初めてですの。よかったらもらってくださいですの」
緑にはもちろん、他のメンバーの分もプリントしてきたクリスは、皆に写真を配る。
「落ち葉いいね。少し木の幹がぼやけて入ってて、一面の落ち葉を印象的にしてるね」
「お写真は、とっても楽しかったですの。またいっぱい撮りたいですの♪」
そう言ってクリスははにかんだ。子供を撮った写真は、その後本人に手渡してきた。
「ありがとうね」
緑はクリスの手を取る。
「あたしはサイズ違いですわ」
ロジーが差し出したのは、A4横サイズに撮った学園内の写真と、通常の写真サイズの小等部の生徒を写した写真の二枚だ。
「うわぁ、キレイ。小さい子の掌にピントを合わせるの、難しいんだよぉ。この子、可愛いね。ぼんやり映った屋上の背景の方も素敵」
「良かったらどうぞ。それと、こちらも」
ロジーは押し葉にした紅葉を一枚、緑に差し出す。メンバーの分も作ってきたので、それぞれに違う色合いの紅葉の押し葉を渡す。
「きゃー、ありがとう! 大事にするね」
ロジーは緑に手を握られ、握手されるままになっている。可憐な微笑み。
「最後は俺ですね」
和紗が大きすぎず、でもそれなりの大きさをと求めたのが、六切りサイズだった。
「すっごい! これ、時間掛かったでしょう?」
「ええまぁ、それなりにでしょうか」
水たまりとわかる水面に、雫が落ちて波紋が広がる瞬間を撮影したものだった。緑でもこんな写真は撮れたことがない。かなり根気がいるだろう。
水たまりに映る雨上がりの青空と、紅葉の赤のコントラストが美しい。その場にいた全員が、和紗の作品に魅せられた。
「差し上げます」
「ありがとう! 大事にするね、みんなの作品!」
緑はカメラマンとしての感性の大切さとともに、これと決めた美しいものを撮るこだわりや根気、楽しみ方を教わったような気がした。
「本当にありがとう……私、ここに来て良かったよ」
今にも泣き出しそうな緑の肩を、雅はぽんと叩いて言った。
「緑さんのサンプルが良かったんですよ」
「ええ、本当に」
「そうですね」
「そうよね!」
「そうですの♪」
「そうです」
相手は素人の学生たちだったが、どこのプロカメラマンに褒められるよりも、緑は嬉しく感じた。
「みんなの作品、大事に部屋に飾っておくね」
それから数年後に、「緋川緑」の名がカメラ雑誌を賑わすことになることを、この時はまだ誰も知らない。