●弱者の強がり
撃退士たちが現場に着いた時、木に縛り付けられていた吉田が泣き喚いていた。大林陣は、それを嬉しそうに眺めている。
いつも自分をバカにしていた吉田が、陣に命乞いをしている。これ程の快感があろうか。
「中二病を死に至るまでこじらせる奴って、いるんだなぁ」
そうサングラス越しに遠い目をして呟いたのは、西條弥彦(
jb9624)だ。いやまだ生きてるけど。しかしシュトラッサーになった以上、倒すしかないので、この台詞もあながち間違いではない。
「粗大ごみテロって奴か、これ? こいつも運がなかったな」
その傍らで小さく頷いたのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)である。先の任務でこっぴどくやられ、青息吐息であるが、今回は人質救出を買って出た。
「気まぐれにシュトラッサーになどしないで欲しいですよね……などと言っても、天使にしてみればこちらの都合なぞ関係ありませんか」
樒和紗(
jb6970)は呆れ顔である。天使から感情の供給を受けられない以上、いずれその命は絶える。だからと言って、今倒すのが最善だとは思わないが、人質がいる以上放ってはおけなかった。
「キッチリ倒して救出じゃん!」
元気に猫耳髪型で言い切るのは、ガート・シュトラウス(
jb2508)。計画はしっかりと仲間たちで話し合っている。役割分担も明確だ。
「成すべき事を成し、生きて帰る。それが新人たる我輩の仕事である」
依頼初参加の懲罰する者(
jc0864)は、白いシーツのようなものをかぶってヒラヒラさせている。
御門彰(
jb7305)は、リアル中二病発症中だ。
「力を持つからこそ、選ばれた存在であるからこその責任というものがある。その責任を放棄した時点で、超越者は忌わしき餓鬼へと堕ちる。故に、私は私の責任を全うしよう」
さすがに言うことが現実離れしている。内心は、
(他者に迷惑を掛ける厨二病はただの変質者。急いで対処しなければ僕の評価まで……あかん)
あ か ん。
そう思っていた。いずれにしても、戦闘意欲はある。だがしかし。
撃退士たちは、一斉に陣から距離を取った。
弥彦は一目散に一番遠い木陰まで走る。それを見た陣は、大喜びで罵る。
「なんだ、俺様が怖いんだろう? 撃退士って言ったって、所詮は人間だな」
純血の悪魔とハーフ悪魔が四名も混じっている編成だったが、見た目ではわからないため、陣は大見得を切る。
ラファルは思う。天魔の血なんかひいてたってろくなことねーってのによ、と。自分の半分に流れる悪魔の血も、陣からすれば羨望の対象になりうるのだろうか。
「ははは、逃げろ逃げろ、無様に逃げ惑え! そして俺様の前に最後に跪け!」
撃退士たちの要素を見て、自分の姿に怯えていると思った陣は、鷹揚に言った。
「……ああ、うん。俺、お前怖いから」
弥彦は素直に認めて言葉に出す。いや、敵や天魔としてはおっかなくないけど、人としては怖い。こじらせた中二病患者程手に負えないものはないと思う。本音を言えば、陣はブチ切れするだろうから、言葉には出さないけれど。
「キミがシュトラッサーじゃん? うっわぁ、メッチャ強そうさー」
ガートはわざとブルブル膝を震わせて言う。猫耳ヘアーも少し伏せ気味だ。
「この世には本物と偽物がある。実際に力を持っているか、持っていないか、だ。偽物であれば淘汰されるのみ。本物であれば……さて、貴公はどちらかな?」
おお、なんかこの台詞カッコイイ! と思いながら彰は鎌を構える。そして大きく振りかぶった。
「喰らえ、『漆黒の闇』!」
陣が叫ぶと同時に、左手から巨大な蛇が三体出てきた。彰の鎌はどれをも捉えない。
「ふはは、この蛇を倒せないと、俺様には辿りつけないぜ!」
陣は余裕の構えである。
「うわぁー、キミみたいなカッコいい技を作ってくればよかったじゃん……!」
ガートは蛇が現れた爆風に煽られたフリをして退く。その間に、ラファルは徐々に吉田に近付いていた。陣は撃退士たちよりも優位に立っている優越感で、その存在には気付かなかった。
「くっ、強い! 私たちの手には負えん!」
彰は大袈裟に言って体勢を崩す。そして中二病臭い台詞を吐く。
「ふむ……私を、久遠ヶ原機関のエージェントをここまで追い詰めるか。その力……あるいはナンバーズに匹敵するやも知れんな……」
「そっちの奴はもう退散か?」
陣は木陰に隠れた弥彦を挑発する。一歩、また一歩と弥彦に近付こうとする。
(良いぞ、臆病者と嘲笑ってくれても。痛くも痒くもないし。むしろ、臆病者と思って、前に出てきてくれ。人質から離れるまでは、ぎりぎりで外して撃つから)
いい感じで陣の自尊心を震えさせている。
三体の蛇は、まだ陣の左手から出たままである。懲罰する者をその舌で巻こうとするが、ヒラヒラと逃げまわるため、なかなか捕まえられない。彼はまだ決して無理はせず、陣を人質から離すことに尽力していた。
●フレイムドラゴンと人質救助
片やフレイムドラゴンは、思ったより小さかった。しかし、確かにすばしっこい。
ドラゴン担当を買って出た和紗は、陣の誘導がうまくいっていることを確認すると、アウルで作り出した無数の彗星をドラゴンにぶつけた。コメットはドラゴンの身体を突き抜けたり、脇をすり抜けたりする。
「なかなかにすばしっこい。ですが捕えられない程ではありません」
和紗は陣に気付かれないようにラファルの位置を確認する。既に人質に辿り着き、唇に人差し指を当てて吉田を黙らせているところだった。
「今日の俺は空気だ。どこにでもあるが、誰もそれを意識したりはしねー。インセンサブル」
ラファルは痛みを遮断してはいるが、この状態での任務遂行は久々だ。自分自身に暗示を掛けて、イメージトレーニングは欠かさない。
吉田は恐怖のあまり敵味方の区別が付かないのか、喚き散らしている。仕方なくラファルは軽いゲンコツをお見舞いし、吉田を黙らせる。吉田を縛っていたロープをナイフで切り、吉田に潜行を付与して現場を離れた。戦闘のとばっちりを喰らわないところまで吉田を連れ出し、「お前はここを動くんじゃねーぞ」と言って、自身も身体の力を抜いた。
ラファルは今にも気を失いそうだったが、気力で耐えて仲間の戦いを見守っている。自分がこの程度しか力になれなかったのが悔しい。
それでも和紗と視線を合わせた時に、大きな丸印を作って人質の無事救出を明るく示した。
「皆さん、もういいです!」
和紗は破魔弓からイチイバルに武器を持ち替える。ドラゴンは背後に気配を感じたのか、斜め後ろに向かって炎を吐いた。そこには懲罰する者がいた。
「ドラゴン、怖いのである。服を燃やされたくないのである」
懲罰する者は不可視の翼で舞い上がり、炸裂符を発動させる。その隙を突いて、和紗は弓矢にアウルを集中し、黒い霧を纏わせて攻撃を放った。そして懲罰する者の炸裂符再び。和紗のコメット再び。
これで、すばしっこいフレイムドラゴンを殲滅できた。
●哀れなシュトラッサー
「よーっし、そんじゃ、本気出すさー!」
ガートは俄然元気になり、蛇たちを爪で引き裂いていく。魔法で作られた蛇たちは、尾を切られ、舌を切られた。
彰は髪芝居を使い、蛇たちを足止めする。そこへ弥彦のライフルが火を吹き、陣の左手を貫いた。距離を詰め過ぎた陣の迂闊さからの失態だった。
「くそっ、喰らえ『白銀の霧』!」
陣の右手から、白い霧のようなものが発せられる。撃退士たちは、一時その射程から退くが、霧が薄れてきた頃合いを見計らって、ガートが陣の真上に飛び込んだ。兜割り。
和紗もダークショットを放ち、懲罰する者は空中から炸裂符を投げつける。陣は初めて悲鳴をあげた。
「ぎゃああぁぁーーー!!!」
その瞬間、陣の背中から『触手の翼』が現れた。その腕は長く、遠い木陰に隠れていた弥彦の横の木が薙ぎ倒される程だった。
「危ないでしょう!」
弥彦は慌ててライフルを持って転がり出てくる。勢いでサングラスが外れてしまった。
「何だその目は! お前も俺をバカにするつもりかあぁーーー!!!」
鋭い眼光を気にしてサングラスをかけていた弥彦だったが、その目つきで陣を高ぶらせてしまったようだ。
見ていることしかできないラファルはハラハラする。援護射撃など行えば人質を救出したことがバレてしまうし、今は仲間を信じて待つしかなかった。
和紗が『触手の翼』を至近距離から撃つ。しかしそれはやがて翼に姿を変えた。飛び上がろうとする陣に、ガートが再び兜割りで地面に叩きつける。
懲罰する者はすうっと陣の耳元に近寄り、悪魔の囁きを使用した。陣は一瞬動揺する。それをガートは見逃さなかった。闇の翼を使うため、髪は黒色になり、蝙蝠の翼が生える。
「オレは人間じゃねえ。悪魔だ。どうだ、羨ましいか?」
空中戦を戦えるのは、ガートと懲罰する者だけだ。地上から和紗が弓で、弥彦がライフルで、彰が鎌で応戦する。
「なあ、シュトラッサー。オレは人間は助けるが天魔は助けねえ。キッチリ始末する。じゃあな。後悔しても遅いケド」
「違う、俺は人間だぁ!」
「シュトラッサーは貴様の憧れていた天魔なのである」
同じ悪魔である懲罰する者も、陣に最後の言葉を掛けた。
ガートは全長120cm程の両刃の直剣で、陣を真っ二つに叩き斬った。
「完全に原型とどめないようになる前にいっちまえ」
ガートなりの優しさでもあったかも知れない。天使からの供給を絶やされて飢えて死ぬか、人間の姿を留めずに辛い思いをするかしか、陣に道は残されていないだろう。
ドサリ、と案外軽い音で陣は地上に落ちた。ガートと懲罰する者も地上に降り、他の仲間も駆け寄ってくる。
「この世には良い厨二病と悪い厨二病がある。他者に迷惑を掛けるか、掛けないか、だ。そして貴公は悪い厨二病だった」
あれ、これってあんまりかっこよくない、と思いながら彰は少し後悔する。
「あ、ユーティライネンさんを!」
弥彦が人質とラファルの元へ駆け寄る。陣の目がこちらに行かなかったのは幸いだ。ラファルは既にぶっ倒れる寸前のようである。
「取り敢えず救急車だな」
吉田に万一のことがあった時のために用意していた救急車で、ラファルが搬送されていった。
残された吉田は、撃退士に囲まれることになり、萎縮してしまっている。
ふぅ、と懲罰する者は息を吐き、言った。
「良かったのである。無事で何よりである」
白いシーツをかぶった撃退士を不思議そうに眺めて、吉田は軽く頭を下げる。しかし謝礼の言葉はない。
「貴方が狙われた理由も考えると良いかと」
和紗はどうも吉田が一方的に哀れとは思わず、そう言葉を吐いた。吉田は唇を噛む。やはりお礼の一言もない。自分は被害者だと感じているのだろう。
「キミの素行を正すのは、オレっちの仕事じゃないさー」
ガートはへらっと笑って背を向けた。
「礼儀に欠く所作も許可しよう。いずれ貴公も大人になり気付くだろう」
彰は戦闘の延長で相変わらず尊大に言う。自分もまだ彼と同い年ではあるのだが。
「お前は少なくともユーティライネンさんには感謝することだな」
弥彦は見送った仲間の名前を口にする。最終的に陣を倒したのは撃退士たちだが、傷を負ってなお吉田を守り続けたのはラファルなのだから。
頑なに撃退士に礼を言わない吉田に呆れ、任務をこなしたメンバーたちは黙って去って行った。
吉田はその後、泣きながら陣だったものの成れの果てに謝り続けていたことは誰も知らない。