●自己紹介
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)の提案で、少女Yと少年Tも同席することになった。
少女Yなくして会話が成り立たないかも知れないという杞憂と、彼女個人が少年Tの依頼書に愛を感じたからというのも一つの理由だ。
卯左見栢(
jb2408)命名するところの、「お友達になろうぜ作戦」である。
場所は、ヴィンセントが好きな学園の屋上で、やや風の強い中、お茶会と洒落込むことになった。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。ほらヴィンス、挨拶!」
少女Yに促されて、俯きがちなままはぐれ悪魔ヴィンセントはそのまま深々と頭を下げる。いまだ、誰とも目を合わせないどころか、顔もわからない程に俯いている。
「じゃあまずは自己しょう……」
「初めましてヴィンスさん! 早速だけど僕、鈴原賢司。君の事が好きになったみたいだ! 死ぬのやめてもらっていい?」
少女Yの言葉を遮ってヴィンセントの前に滑りこんできたのは、鈴原賢司(
jb9180)だった。
「君のアンニュイな雰囲気も最高だと思うんだよ。シャイなところも可愛い気あるじゃあないか!」
賢司の押しの強さに、ヴィンセントは少女Yの後ろに隠れてしまう。
「まっ、まぁまぁ、まずは自己紹介から始めようか」
少女Yの言葉に、ロジー・ビィ(
jb6232)が美しい微笑を浮かべてゆっくりと前へ進む。
「ごきげんよう、ロジーと申しますわ。よろしくお願い致しますわね」
しかしヴィンセントはすっかり少女Yの背後に隠れている。
「俺は美森仁也といいます。悪魔同士、よろしく」
美森仁也(
jb2552)はまず、自分が悪魔であることを明かし、ヴィンセントとの距離を縮めようとした。
「私は城前陸です。よろしくお願いします」
そう言って現れた城前陸(
jb8739)は、お気に入りのヒーローの赤いお面をかぶっていた。
(視線が怖いみたいですから、まずはこれでお近づきに……)
それが陸の考えだった。
「自分は雪之丞だ。ヴィンセントの気持ちも、わからんでもない」
そう言う雪之丞(
jb9178)は、ハーフ悪魔である。
横からそっとメモ帳を差し出したのはダンテ(
jb9753)。彼も極度のコミュ障のヴィンセントに共感するほど、人と話すのが苦手なのだ。会話は常に筆談で、故にメモ帳とペンが必須アイテムなのである。
<わたくしは……ダンテ。あぁ……死にたい>
何故か彼も死にたがりなようである。
菓子折りを持参し、お茶会の会場を作ってくれたレティシアも、カテーシーで片足を引き、膝を曲げて華麗に挨拶をする。
「レティシア・シャンテヒルトです。さぁ皆さん、まずはお茶でもどうぞ」
197cmの長身の栢は、頭の中で考える。
(大きいモノは怖い、小さいモノは怖くない!)
そういうわけで、175cmのヴィンセントに膝立ちで近寄り、声を掛ける。
「やっほー、はじめましてアタシは……」
少女Yの後ろから隠れて出てこないヴィンセント。
(顔を見てくれないか……)
栢はうさみみヘアーをアウルでパタパタ揺らして、「ほら、うさぎさんだよー?」と話しかける。ヴィンセントはちらっと栢に視線をやる。
栢は持って来た着ぐるみうさぎの頭部をかぶる。
「ほら、大丈夫だよ! 恥ずかしくないでしょ? 怖くないでしょ?」
「……可愛い……」
ヴィンセントが初めて口を開いた。栢はキュピーンと耳を立てる。
「はじめまして、アタシはうさみかや。かやって呼んでくれると嬉しいな。きみはヴィンセントちゃんだね。アタシ、きみのお友達になりたいんだ」
「友達……」
ヴィンセントは真っ赤になって直立不動になる。見えた顔は聡明そうで、とても醜いとは言えなかった。前髪が長くて顔を隠しているのがもったいない。
「Yさんとお友達になった経緯は?」
仁也がすかさずに聞く。「向こうから寄って来た」というのなら、少なくともここにいるメンバーは依頼以外でも仲良くなれそうな気がするのだ。こうやってヴィンセントのために集まってくれたのだから。
「それはあったしがー、変な子に目を付けるのが趣味だからでっす!」
思った通りの答えが、少女Yから返って来た。脇で少年Tが溜め息を吐いている。
●提案
<なんでヴィンス……様は死にた……いと……?>
相変わらず「あぁ……死にたい」と最後に書かれたダンテのメモ帳をヴィンセントは見る。
たどたどしく、少女Yの斜め後ろまで出てきて、俯きがちに経緯を説明した。依頼書通りである。
人間界で好きになった女性が、寿命で死んでしまった。友達もいないし、依頼もこなせていない自分に生きる価値なんてあるのか、と。
「……その気持ちはよく解るよ、何しろ僕は今先立たれてしまいそうだ」
賢司の先程の告白の延長のようで、ヴィンセントに切なげな視線を送っている。
「ほら、こうやって前髪を上げて……うん、見た目だってカッコいい」
急に前髪をどけられて、バッチリ賢司と目が合った瞬間、ヴィンセントは「ひゃあ!」と言って、また少女Yの後ろに隠れてしまった。顔を見られることは相当恥ずかしいらしい。
「しかし、人間寄りの外見が取れない天魔も多いのですし、姿勢さえ正せば一般的な青年に見える外見はメリットだと思いますよ」
仁也も普段は人間の格好をしているが、なかなか人間寄りの外見が取れない天魔もいるのは確かだ。一見普通の人間に見えるヴィンセントなら、普通に依頼もこなせるだろう。
「とりあえず戦闘依頼よりも警備依頼とか、ほとんど力を無くしたゲート跡の討伐依頼とかの、軽い依頼や参加人数の少ない依頼から受けてみるのはどうでしょうか? 同族の討伐に抵抗があるなら、対サーバント依頼を受けるようにするとか」
自分も初めはそうしてきたのだろうか、仁也は様々な提案を挙げていく。
そこでロジーが連れてきた愛犬のシベリアンハスキーと愛猫のロシアンブルーが、ヴィンセントに擦り寄って行った。
「ほら、動物が懐く方に悪い方はいらっしゃいませんわ!」
ロジーも嬉しそうに肯定する。
「しかし、寿命が長かろうと人間も天魔もいつ死ぬかなんてわからない」
言ったのは雪之丞。確かにそうだ。戦闘で命を落としていった仲間もいるのだ。撃退士だからと言って安全に寿命をまっとうできるとは限らない。
「お前もたまたま今まで生きてこれただけで、近い未来に死ぬかも知れない」
うぐっ……と、ヴィンセントは息を呑む。自殺志願者だが、痛いのは嫌、苦しいのも怖いのも無理、というヘタレ悪魔なのだ。
レティシアは、長すぎる生を持て余す同じ悪魔として孤独を恐れる気持ちはわかる気がした。やっぱり独りは寂しくて。
「足りないのは自信とちょっぴりの勇気かな」
そう言った。
「人見知りなのは相手を傷つけないために必要以上に気を遣っちゃうから。優しさですよ。臆病なのは人の痛みに敏感だから。他人の痛みを察してあげられるのは素敵だと思います」
ヴィンセントのすべてを肯定的に受け止めるレティシア。
余命に関しては、自分はもう十分生きたので、仁也には何も言えない。
「でも、1000年程度なんて、意外に寿命は短いんですね」
驚く言葉を口にしたのは陸だった。
「天魔って不老不死ではないんですね」
徐々にヴィンセントとの距離が縮まってきたようなので、ヒーローのお面を取って近付く。
「あなたは星に興味はありますか?」
そう前置きして、陸は語り始めた。
星。ヴィンセントは詳しくはないが、嫌いではない。夜空をキラキラと染める星々になりたい、と思っていた。「あれがヴィンスだよ」と言ってもらうのが夢だったりする。
しかし陸はまったく違う話をした。
「2530年に一度見れるヘールボップ彗星は、もう見れないんですよ。でも、76年周期のハレー彗星ならあと10回、366年周期の池谷・張彗星でもあと2回は見れますね。天体好きの人間なら、垂涎ものですよ」
なるほど、そういう考え方もあるのか、と少年Tは思う。悪魔に天体観測の趣味を持たせるにもいいかも知れない。
「あとは、8年〜13年に一度落ちてくる滴を見続けるピッチドロップ実験でしょうか」
「……あの、某化粧品会社みたいな?」
興味を持ったのか、ヴィンセントは食い付いた。CMで見たらしい。
「まぁ、あれよりずいぶん根気の必要な実験ですが、イメージとしてはそうですね」
「すっごい、陸ちゃん博識〜!」
栢がうさみみをポフポフさせて興奮している。
●説得
「ヴィンスは動物はお好きでして? それも癒しの一つとなりますわ」
犬と猫に懐かれているヴィンセントに、ロジーは提案する。
「何か楽しいと思うことはありません? 好きな場所とかでも構いませんわ」
皆それぞれに紅茶を飲み、菓子を食べる。そんな屋上の風景も、ヴィンセントはいいなと感じた。いつもは一人で風に当たりに来たり、ぼっち飯をしている屋上も、他に人がいるとこんなに賑やかなものなのか。
「ヴィンスは屋上好きだよね。飛び降りる的な意味以外でも」
少女Yが代弁する。コクコクとヴィセントは頷く。だいぶ今日のメンバーに心を開いてきたようだ。今は少女Yの隣まで出てきている。
<趣味……とかはおありなんですか>
ダンテがメモを差し出す。ヴィンセントはう〜んと頭を抱える。ないのか。
「今のままでも素敵なところはたくさんあると思います。今日集まった私たちだって、どうしようもない人のために骨を折ったり、友達になったりしないんじゃないかな」
レティシアはあくまでヴィンセントを徹底的に肯定する作戦だ。
「ヴィンス先輩には、それだけの価値があるんですよ!」
見ると、ヴィンセントは滝涙を流していた。
「……こんなに、ボクのこと思ってくれる人がいて嬉しい、ですぅ……ひゃあっ!」
相変わらず恥ずかしくなったらしく、また俯く。
「お友達が出来なくて価値がない……ってことなら、お友達ができれば価値があるというコトでしょ? アタシたちと友達になろうよ」
栢が、うさみみでぽっふぽっふとヴィンセントの頭を撫でられるまでになった。後ひと押しか?
そこへ再び賢司が乱入する。
「女の数は星の数とも言うし、改めて好きな人を作ってもいいんじゃないかな? あぁもちろん相手は僕でも良いよ!」
「それは……無理ですぅ〜」
「……駄目? やっぱりまだ忘れられない?」
残念そうに、だが改めて賢司は提案する。
「ならその気持ちを昇華させるのはどうだろう。例えば……芸術とか、文学の中には100年どころか1000年を超えて伝わるものもあるだろう? 君の長い一生をかける価値はあるさ、それを勉強する時間だってあるのだしね。このまま無に帰してしまうのにはすべてが惜しいよ、君は自分が思うよりずっと素敵だ」
まるでレディを褒め称えるように、賢司は滔々と語った。言う事は真面目なのである。
「死ぬのはそれからでも遅くないさ」
雪之丞も栢にならって頭をポンポンしてみる。ヴィンセントは照れながらも、喜んでいるようだった。
こんなにも自分に親身になってくれる人もいたのだ。自分で自分をダメ悪魔だと思っていたけれど、認めてくれて、好きだと言ってくれて、生きていてほしいと言ってくれる人がいる。
少女Y以外の撃退士とまともに会話をしたのは初めてだったので、意外に他の人とも話せるような気がしてきたヴィンセントだった。
「回避能力は劇的に高いのでしたら、依頼で囮が必要な場合は十分役に立てると思いますよ。役立たずなんかじゃありません。ヴィンセント君の回避能力が高ければ、こちらが怪我する可能性も軽減されると思いますし」
仁也は依頼の際のコツを教えてくれる。これから依頼に参加しなければならないヴィンセントに、できる限りのことを伝授してくれた。そういう考え方もあるのかと思う。自分はただの戦闘能力の低い無能悪魔だと思っていたけれど。
「まあ自分が言えるのはこれぐらいか」
雪之丞は言って、美しい所作で紅茶を口元に運ぶ。
ヴィンセントは、こんなに美しくなれれば自信も持てるのかも、と考える。それから、そんな僭越なことを考えてしまった自分を恥じた。こんなに美しくなれればなんて……あわあわ。
「最後に決断するのはお前自身さ」
雪之丞の言葉に、ヴィンセントは自分自身の居場所を探す。
陸はスッと何かをヴィンセントに手渡した。思わず条件反射で受け取ってしまう。
「これは杉の苗です。花言葉ならぬ葉言葉があるらしく、杉の場合は『あなたのために生きる』です。杉の寿命はおおよそ500年とのことです」
「長ーい」
栢が驚く。杉の寿命の長さと、博識の陸に。
「彼女との思い出の地にこの苗を植えて、見守り育ててみてはいかがですか?」
陸は強引に生きがいを作る手段を持って来たらしい。
杉の苗を受け取ったヴィンセントは、「名前を、付けますぅ」と言った。
「枯れる前に種や苗を確保すれば、遺伝情報が同じ木を育て続けられますよ」
(……500年も彼女に尽くすことができたなら、他に得るものもありそうですけどね)
「長い年月を生きられるからこそ、その寿命で亡くなった方をずっと……覚えていらっしゃることが出来る。そして弔うことができる。そのチャンスを自ら逃すだなんて、もったいないと思いませんこと?」
ロジーもその苗に彼女の名前を付けることを見越して言った。
「じゃ、みんなで携帯番号とメールアドレスの交換しようよ」
栢の提案で、皆はヴィンセントの番号を登録する。いまだガラケーを使っているヴィンセントだったが、携帯電話は依頼用に一応持ってはいた。初めて、少女Y以外の人物の名前と情報が入れられる。なんだか嬉しくて、生きる意欲が湧いてきた気がした。
「困った事があったらなんでも相談して」
賢司はヴィンセントのガラケーを取り上げ、短縮ダイヤルに自分の番号を登録する。
「これで3ステップで僕にかかるからね」
あまり機械には詳しくないヴィンセントだったが、これなら簡単に電話をかけられそうだった。
「それとも今から一緒にナンパにでも行くかい?」
「それは……遠慮」
「おや残念」
「取り敢えず、今日からアタシたちはヴィンセントちゃんの友達だからね!」
「よろしくお願いしますわ」
「よろしくね」
「よろしく頼む」
<よろしく……あぁ、死にたい>
それぞれに握手を交わせるまでになったヴィンセントとメンバーたちだった。
「……握手って、あったかいんですねぇ……」
涙ぐみながら、ヴィンセントは携帯電話を握りしめた。
かくして8人分のデータが追加されたガラケーは、ヴィンセントの宝物となったのだ。