●遭遇
携帯電話を片手に夢中で走ってきた美香と出会った撃退士たちは、詳しく篤のいる場所を訊き、そちらへ向かって行った。美香も後を追おうとしたが、それはパウリーネ(
jb8709)に止められる。
「きゃっ!」
よく幽霊系の何かに間違えられる自称魔女のパウリーネは、ここでも美香に驚かれた。
「亡霊の類では無いと言うに……」
先程も仲間にそれらしい間違いをされて若干落ち込み気味だったのだ。
気を取り直してパウリーネは美香に問う。早急な連絡のお礼として、大好きな林檎を差し出しながら。
「北川篤は大切な存在か?」
美香は大きく頷いた。
「もちろんです。子供の頃から一緒だし、兄弟みたいな感じだけど、すごく大事な存在なんです。だからお願い、あっくんを助けてください!」
美香は必死の形相で幼い姿のパウリーネに頼んだ。パウリーネは黙って頷き、仲間たちの後を追って行く。
街灯沿いの自販機を空中から真っ先に見つけたのは、風花梓(
jb7205)だった。熊型のディアボロと、二体の狼型のディアボロが睨み合っている。地上にも仲間たちが駆けつけたのが見えた。
「クマとオオカミのバトルにネコも参戦じゃーん!!」
意気揚々とディアボロたちの脇を駆け抜けたのは、左腕に赤い腕章を付けたガート・シュトラウス(
jb2508)だ。髪型がネコミミのようになっている。篤とは反対側に回り込み、ディアボロたちの気を引く作戦だった。しかし、睨み合ったディアボロたちは、ガートには見向きもしない。
「おいおい、遊んでんのにオレっちを無視すんなさー」
その間に篤保護班の谷崎結唯(
jb5786)が、鴉の翼で自販機の裏から飛び込み、篤を抱えて飛び立った。ふと、ディアボロの視線が結唯に向き、獲物を奪われたことを察したようだった。
事前にこの付近には立ち入らないように張り紙をしておいた門音三波(
jb9821)は、地上から篤の保護を担当する。結唯に合わせて並走し、ディアボロの意識がこちらに向いたことを意識した。自分はサポート役に徹するつもりだ。
「あっくん忘れ物ー!」
ディアボロの意識が他に向いたのを機に、花一匁(
jb7995)が自販機に駆け寄って、篤の野球道具や鞄を拾って投擲する。うまく三波がキャッチし、大事な道具たちも無傷で戻すことができた。
近藤直人(
jb9815)は、少し離れた位置にスナイパーライフルMX27を地面に固定し、自分も伏せて狙撃の姿勢へと入る。篤が保護された今、ディアボロが仲間に目を向けた瞬間が狙い目だ。ディアボロたちが狙撃線上に入るのを待つ。
熊型ディアボロが、一番近くにいたマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)に向かってきた。瞬時にマキナは封神縛鎖を発動する。黒焔の鎖が現れ、たちまち熊型ディアボロを拘束した。そこへ、狼型ディアボロの一体が噛み付きにかかる。
梓が空から思い切りその狼の頭上に落下し、ヒリュウを召喚してトリックスターを使った。
「コンビ大砲受けてみよー!」
両足で狼型の頭を踏んづけ、地上に着地する。
「ふっ。派手に散ったのじゃ。……じゃのーて!」
熊型の拘束は解けていないが、もう一体の狼型がこちらに突進してくる。篤たちの方へ行かないように、パウリーネがナイトミストを放つ。狼型の周囲に深い闇がまとわりつく。
「マトモな攻撃を喰らうのは御免だ……」
そう言って、再び魔女の飛行遊戯で空中から全体を見渡す。篤たちはかなり離れた場所に行ったようだった。
ちょうど三体のディアボロが一直線上に並んだ時、直人はMXを撃ち放った。その威力は、熊型に食い付いていた狼型の後ろ足を喪失させる。
「緩い弾だと思って油断してると……取り返しのつかない傷になるぜ」
直人はMXを双銃に持ち替える。
拘束されている熊型に、マキナは拳で攻撃していく。身動きの取れない熊型は、うめき声をあげている。
ガートはナイトミストを浴びた狼型に兜割りをお見舞いする。その間に、熊型に食い付いている狼型にも八咫烏の爪で攻撃を加える。
「あたしも熊さんと遊んでみたいなぁ……」
呟いた匁は、ボディに拳を打ち込んでいるマキナを避けて、薙刀で首の側面を切りつける。鮮血が舞う。急所を狙えば、どんな大きな敵だろうと、致命傷を与えられる。爪と牙さえ避けられればいい。
篤を遠くに保護してから戻ってきた結唯は、ストライクショットを放ち、熊型の足を奪った。
同じく戻ってきた三波も、剣を構えて駆け寄った。
●再会
「あっくん!」
結唯に抱きかかえられて美香の元に戻ってきた篤は、無傷で荷物も無事全部揃っていた。地上に降ろされ、三波から荷物を受け取った篤は、二人に感謝の意を伝える。
「ありがとうございます。美香も無事で良かった」
「篤殿が無事で何よりだ。それに美香殿。離れるのは心配だったろうに、冷静に俺達を呼んでくれてありがとう」
逆に三波から礼を言われ、美香は頬を赤くする。自分にはこれくらいしかできないから……できることは何でも全力でやりたかった。
「こちらこそありがとうございます。あの……またこれから戻られるんですか?」
「まだ仲間が戦っているだろうからな」
結唯は気掛かりそうに、来た方角を振り返って言う。
「二人はここから近付かないように。心配は無用だ」
三波は言って、安心させるように微笑む。
「それでは」
そう言って、篤を救出してくれた二人は再びあの場所へと戻って行った。
「……大丈夫かな」
美香は心配そうに篤に問いかける。
「大丈夫だよ。天魔たちはなんか仲間割れしてるっぽかったし、撃退士って強いんだぜ」
「そうだよね。私たちはここで待ってよう。無事帰ってきたみんなにお礼を言えるように」
「ああ」
●決着
「クマ野郎も犬っころも、超よえーじゃんさー」
挑発するような言葉を吐きながら、ガートは弓で一体の狼型を仕留めた。息絶えた仲間を見て怒ったのか、もう一体の狼型は俄然獰猛になる。しかしもう、体力はほとんど残っていないようだった。哀れな虚勢にしか見えない。
「誰が余所見していいっつったよ!」
直人が扱いの難しい双銃で残った狼型の目を狙う。血飛沫が飛ぶ。熊型は大方マキナと匁によって、息絶える寸前まで追い込まれていた。
空中班の梓はトリックスターで味方の攻撃の命中率を上げ、パウリーネはいつでも補助できるように構えている。しかし、熊型も狼型も、空中にいる相手には手出しなどできなかった。それどころか、防戦一方になってしまっている。
とうとう熊型が横倒しになった。
「どんなに装甲が厚くても、身体の中は話が別だ」
直人は熊型の口の中に双銃を突っ込み、とどめを刺した。断末魔もあげず、確実に熊型は息絶える。
あとは狼型一体。朦朧としていて、既に戦闘能力はないに等しかった。
剣を持った三波が死角に回り、その間に結唯が銃を放つ。それがとどめだった。
●確認
「やー、はは……怖かったですねぇ……」
そうは思えない戦いぶりだった匁だったが、軽くハンカチで汗を拭う。
「アツシとミカの方に、ディアボロがマタ出たりしてないさー?」
まさかの落とし穴を、ガートが軽い調子で言ってのける。
「まさか?!」
十分に周囲を確認して彼らを置いてきた結唯と三波は顔を見合わせる。
「狙われやすい者というのもおるけぇのう」
梓も縁起でもないことを言う。撃退士たちは慌てて地上に集まるが、パウリーネは空中から彼らが無事であることは確認していた。
「取り敢えず、彼らのところへ行こう」
全員で篤と美香の待つ場所へ向かう。二人の姿が見えてきた時、何事もなくて胸を撫で下ろした。
「あっ、撃退士さんたち、帰ってきたよ」
美香は言い、返り血を浴びていたマキナを見て駆け寄った。
「だっ、大丈夫ですかっ?!」
「……ああ、これは返り血ですね。私は大丈夫ですよ」
美香はほっと息をつき、ハンカチでマキナの頬を拭った。こんなにキレイな女性に、血は似合わないと思う。
「あっ、マキナさん、ごめんなさいね」
自分の攻撃で返り血を浴びせてしまった匁は、マキナに謝る。マキナは「構わない」と静かに去って行った。
ディアボロを倒した結果の救出成功ならば、干渉は必要ない。救出できたという結果だけで十分だ。篤の後日の試合での活躍を祈るばかりだった。
「皆さん、本当に今日はありがとうございました」
二人は撃退士たちにペコリと頭を下げた。彼らがいるから、自分たちは安心して普通の生活ができるのだ。感謝しかない。
「……さて、どうもお邪魔みたいなんでクールに去りますかねぇ」
睦まじいカップルを見て、直人は小さく呟き、踵を返す。
(流石に元身内の不始末だからな。放っておく訳にはいかんよ)
口には出さずに、悪魔の結唯は胸で思う。口に出せば、二人を怯えさせてしまうかも知れない。好きあっている二人に、必要以上に不安を与える必要もなかろう。
無事な二人と、無傷の仲間の姿を見て、三波は安堵の溜息をついた。大事に至らなくて良かった。これも篤の早急な判断と、美香の勇気ある行動のたまものだと感じる。
「篤さん、試合はいつなんですか? 良かったらぜひ誘ってください。応援に行きます」
「お、オレっちも行くじゃんさー」
匁の言葉に、ガートも乗っかる。
「ありがとうございます。再来週の土曜日です。良かったら皆さんで見に来てください。せっかく助けてもらった命ですから、精一杯頑張って勝ちます!」
篤は一緒に救ってもらった自分の愛用のバットをケースの上から握りしめ、時間と場所を伝える。
「友人を誘って行っても良いだろうか?」
訊ねるパウリーネに、篤は笑顔で頷く。パウリーネは篤にも、親愛の印として大好きな林檎を手渡した。
梓は篤の無事だった野球道具を見て、
「間に合ぅたのも美香さんのおかげじゃけぇ、これからも仲良ぅの!」
と促した。篤は道具を大事そうに握り直しながら、力強く頷く。
「もうディアボロに出くわさねーように気をつけるさー」
ガートの言葉に、一同解散した。
篤と美香は撃退士たちを見送り、やがて美香の家へ彼女を送り届け、篤も無事に帰宅した。