●マシン?
エイプリルフールに集まった撃退士六名は、各々思い出の品を持って来ていた。
陽波透次(
ja0280)はボロボロになった犬の首輪を、紀浦梓遠(
ja8860)は子供の頃兄にもらったニットの帽子を、地領院恋(
ja8071)と地領院夢(
jb0762)の姉妹はそれぞれ家族写真、姉妹写真を、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は少し焼け焦げたペンギン帽子を、川内日菜子(
jb7813)はボロボロの指貫グローブを、それぞれ持参していた。
皆それぞれに思い入れのある品ばかりで、過去へ行くには十分だと、少女Yの知人という「マッドサイエンティストっていうか、心理学者っていうか、そういうやつ」の男性は思った。
「やぁやぁ諸君、本日はお集まりいただき大変恐縮です。ではこちらへ」
六名は何かものすごい科学的な施設と、壮大な機械的な物を想像していたのだったが、集合した先はまるでリラクゼーションルームのような外観と、それを裏切らない内装の小部屋だった。完全な個室ではなく、カーテンで間仕切りしてあるだけの、まったくもってエステサロンかリラクゼーションルームだった。
「これ……タイムマシン、ですよね?」
思わず透次は確認する。男性は大きく頷き、誇らしげに「(仮)だけどね」と言う。
「まぁまぁ、みんなそれぞれの部屋に横になって。思い出の品を握って、過去を想像してみてください」
言われるままに、梓遠も個室というか、カーテンで仕切られた端の部屋に足を踏み入れる。
この部屋には不思議な香りが満ちていた。アロマでも使っているのだろうか。眠気を誘われる上に、想像していたタイムマシンとはまったく違う、普通の簡易ベッドが置いてあった。取り敢えず、言われるままに横になる。
恋と夢は間のカーテンを開け、ベッドを寄せて手をつないだ。
「一緒に行けるといいね、お姉ちゃん」
「そうだな」
恋人同士のラファルと日菜子は、カーテンを取り払い、ベッドをくっつけて抱き合っている。
日菜子はペンギン帽子をラファルにかぶせ、「かわいいぞ」と言いながら、自分の持って来たグローブは脇に置いた。
「ハーブティーを用意しました。リラックスして、リープに備えてくださいね」
それぞれ甘酸っぱい味のするハーブティーを飲み、「リラックスリラックス」と思いながら再び横になる。
願いを込めて。あの頃のあの場所へ。
半信半疑ながらも、六名は夢に落ちるように、スゥっと意識が遠のくのを感じていた。
(これが……リープ?)
●愛犬と
透次が気付くと、そこは見覚えのある故郷の街だった。まだ天魔に襲われてもいず、美しい風景が広がっている。透次は早速変化の術を使い、幼い頃の自分に戻った。
時間は昼頃。この時代の自分は学校に行っている時間だ。透次は自宅の庭へ向かった。
「くぅ〜ん」
愛犬のコロが、帰ってきた透次に喜んで尻尾を振って擦り寄ってきた。
「久しぶり。そしてただいま」
懐かしいコロの頭を撫で、透次は散歩に出かける。
慣れ親しんだ通学路を歩き、近所の神社へと向かう中、コロは嬉しそうに小さな透次の足元にまとわりつきながら駆け回った。
「お前を拾ったのはこの神社だったよな……ダンボールに入れて捨てられてて、姉さんが絶対にお前を助けるんだって言って聞かなくて。おばちゃんを説得するの大変だったんだぞ……?」
懐かしい出会いを振り返りながら、透次はコロに話しかける。コロは神社の中を駆けまわっている。あの頃と、何も変わらない。
「でも、ごめんな……最後までお前を守ってやれなくて」
沈んだ様子の透次を見て、頃は寄ってきて頬を舐めてくれる。
この街が天魔に襲われた時、透次や姉を守るために天魔に向かっていったコロ。後日回収されたのは、無残なコロの遺体とボロボロの首輪だけだった。勇敢に天魔に立ち向かったコロは、透次の誇りだ。
「僕にそんな優しくする必要はないんだ。ごめんな……」
それから透次とコロは街が一望できる裏山へ向かう。まだ美しいままのこの街。できればそのままでいたかった。
「お前もこの街も、喪いたくなかったよ……!」
透次は我慢できずに、コロを抱きしめて泣いた。溢れてはこぼれる涙を、コロが全部舐めてくれた。
守りたかった、コロを、この街を、人々を。
「少しは強くなったはずなのに、僕は何もしてやれないんだ……!」
「くぅ〜ん」
コロは慰めるように声を出す。それはまるで、「自分を責めるな」と言っているようで。
透次もわかっている。どんな過去だったとしても、今を受け止めて生きていかなければならないのだ。過去は変えられない。けれど、未来は変えられる。現在の自分が頑張ることで。
「ありがとう、コロ。お前が守ってくれた分まで、僕は頑張るから……」
透次は涙を拭い、優しい微笑みをコロに向けた。
愛犬を抱きしめて、まだ、しばらくこうしていたい……。
●振り返るのも悪くない
梓遠は九年前にいた。まだ何も事件が起きていなくて、皆で幸せに笑っていた頃だった。
懐かしい。父は母の尻に敷かれてまんざらでもなく、母は厳しいけれど優しかった。兄はずっと無表情だったけれど暖かくて、梓遠はただただ幼かった。
幸せだったのだ。
「本当、今思うと笑えるよ。自分がどういう存在かも知らないで呑気に過ごして」
自嘲気味に梓遠は少し笑う。
この学園に入って、梓遠には家族がたくさんできた。とてもかっこよくて頼りになる兄と呼ぶ青年、何だか放っておけない家族と呼ぶ女の子たち、面白くて元気な母と呼ぶ悪魔、学園に入る前からもずっと見守ってくれた姉、兄と呼ぶ幼馴染と従兄弟、何があっても守りたいと思えた弟と呼ぶ少年たち……。
皆、こんな自分を家族と呼んで優しく接してくれた。それがとても嬉しくて、毎日が幸せなのに……それでも時に淋しさを覚える。まだ「家族」を求めている。父に、母に、兄に抱きしめて欲しくて、頭を撫でて欲しくて、一緒に笑って欲しくて……。
「……会いたいな」
家族で行った花畑で過ごしている「家族」を遠くから眺めながら、梓遠は「僕ってわがままなのかなぁ」と自分に問う。そこへ。
「あら、あなた?」
「?!」
母が、目の前にいた。
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
心配する母を不思議に思うと、自分は涙を流していた。
「いえ、なんでも……」
母さん。母さん。母さん。
「大丈夫よ」
ぎゅっと、母に抱きしめられた。優しい、温かい、人の、ぬくもり。家族の、優しさ。
「辛いことがあったのね。でも大丈夫。あなたは一人じゃないでしょう?」
にっこりと微笑む母。遠くから幼い自分が不思議そうにこちらを見ている。
「……母さん」
梓遠はぎゅっと、目を閉じた。
●姉妹で
恋が自宅に戻った時、当然ながら別に住んでいた過去の自分はいなかった。しかし、小学生の妹、夢がびっくりしたように見つめている。
「お姉ちゃん?」
本来なら高校三年生の姉だが、大学生になった今の面影は重なるようだ。恋は幼い夢に事情を説明し、過去の自分を待つことにする。夢がどれくらい理解できたかはわからないが、何だかお腹をすかせていた様子の夢に、恋は声をかける。
「何か作りながら待とうか?」
ちょうどホットケーキミックスがあったので、夢にやり方を教えながら一緒にホットケーキを焼く。
(そう言えば、あの頃はあんまり家にいなかったんだな……)
恋と夢両親が不仲だったため、恋は逃げるように他県の高校に入学して一人暮らしを始めたのだ。思えば夢には淋しく辛い思いをさせていたかも知れない。
不器用だが、楽しそうにホットケーキミックスを溶いている夢。
「一番大きいのをお兄ちゃんに!」
そういえば何がきっかけで兄に冷たくなったのだったか……。
その頃、夢は恋の住む下宿先に来ていた。小さい頃は会いたくても会いに行けなかった距離が、成長するとこんなにも近かったのだと感じる。
「おっ姉ちゃん♪」
突然押しかけて、高校生の恋を驚かせてみる。
「夢ちゃん?! なんで、成長してるんだ?」
驚く恋に、未来から来たと理由を説明する。不可解ながらも、現実を目の当たりにしたのだから納得せざるを得ない高校生の恋だった。
「あの頃の私はね、淋しくなってるの。会いに行こうっ」
半ば強引に恋を連れ出したが、恋も理解してくれた。そうだろう、夢は一人で淋しかっただろう。自分だけ逃げるように離れたが、罪悪感を感じていない日はなかった。
高校生の恋と中学生の夢は、自宅に戻り、大学生の恋と小学生の夢に合流する。
「アタシと夢ちゃんが二人ずつって……何だか妙な感じだよな」
大学生の恋はそう言いながら、四人でホットケーキを食べた。なんだか本当に不思議な感じだったが、小学生の夢も高校生の恋も楽しそうだ。
「ちょ、これって……」
恋はある場所から、弟の厨二病ノートを発見する。目をキラキラさせて、これを持って帰りたいと願う。しかし、きっと過去の物は持ち帰れない。
「こ、これは恐らく一番最初の……!」
「えっ? 兄さんあの頃から厨二病だったの?」
もしかして、これを燃やせば兄は厨二病にならないかも……と考えた夢だったが、そもそも過去の行動は現在に関与しないのだった。
「か、過去の物を持って行っちゃダメだよっ」
泣く泣く手放した恋から受け取ったノートを、後で夢はこっそりと燃やして灰にした。
「ふぅ、すっきりしたっ♪」
「どうしたの、未来の夢ちゃん?」
高校生の恋に突っ込まれたが、満面の笑みで返す。
実は兄のノートは一冊だけではなかったということを、この時の夢はまだ知らない──。
「ふわぁ、お腹いっぱいになると、眠くなっちゃうね〜」
小学生の夢を寝かしつけながら、不思議な四人は一緒に眠りについた。
●不慮の事故で
ベッドをくっつけてイチャラブしていたラファルと日菜子は、二人でペンギン帽子を握りしめ、キスしながら眠ってしまった。そのせいか、二人は同じ時代の同じ場所にリープしてしまったようだ。日菜子は本来なら過去の自分に会いに行く予定だったのだが……こうなっては仕方がない。
相棒の辛い過去を見るのは忍びないと思った日菜子だったが、帰り方がわからないのでやむを得ず同行することにした。
「過去の自分を激励してやるのも悪くねーな」
快活に言うラファルだったが、彼女の身体は八割が機械化されている。天魔戦争に巻き込まれた際の副産物だったが、本人はそれには不服はないようだった。今では日菜子という恋人もいるし、幸せいっぱいなのだ。
それでも、あの日の心細さや不安は忘れたことがない。だから、あの分岐点に行きたいと願った。
ここは負傷者でごった返す病院内。大規模な天魔の侵攻により、多数の死傷者が発生した事件の際に、生身の八割を失ったラファルが世話になった場所だ。雑多な病院内では、健康そうなラファルと日菜子を気に留める者はいない。
さすがに当時のラファルは集中治療室内にいて面会謝絶状態だった。二人は何とか人目を避けて侵入し、小さなラファルのベッドのそばに隠れる。
その当時まだ無事だった右手を掴んで元気付けてやろうと思ったが、ラファルは触れることができなかった。日菜子は眠るような過去のラファルを見て、突き刺さるような胸の傷みを覚える。こんなところ、見てはいけなかったのではないだろうか……?
気がかりになり、隣のラファルを見やるが、彼女は自分を見つめていた。今にも泣き出しそうな、幼い表情。いつもは気丈な彼女だったが、掛ける言葉が見つからない。
(こいつはヘビーだ)
日菜子はグローブを外して、眠るラファルの右手を握った。生命反応を表すグラフが大きく揺れる。日菜子はさらに、もう片方の手で現在のラファルの手を黙って握った。
「ラル……あんたの力を、こっちのラルに」
ラファルは頷き、願いを込めて希望を送る。
(お前は生きる、生きて幸せになるんだ──!)
二人は目を閉じて、ラファルの無事を祈った。
●まさかの夢オチ?
目を開けると、ベッドの上だった。コロの毛はついていない。母の匂いもない。ホットケーキの味もしない。ペンギン帽子をかぶって、グローブははめている。
「「「「「「夢――――――?!?!」」」」」」
いやしかし、こんな都合のいい夢を皆で見るだろうか? 自分が望んだ過去に行って、望んだことを叶える夢を? 全員で?
「旅はいかがでしたか?」
集まった撃退士たちに、男性は問いかけた。
「悪く……なかったですね」
「まぁ、悪くは」
「驚いたがな」
「楽しかったよ」
「上等じゃんか」
「……ミスったぞ」
最後の日菜子の言葉に、男性は目を丸くする。
「ああ、やっぱり不備がありましたか。申し訳ございません。『次』までに修正しておきますので」
「『次』もやるつもりか?」
「まぁ、タイムマシン(仮)のカッコを外すのが、私の希望ですので」
男性はニッコリと微笑む。やはり少女Yの知人だけあって、変わり者のようだ。
「ご協力感謝します。あなた方に、未来の希望があらんことを」
「未来の、希望、か……」
透次は呟く。梓遠は心のぬくもりを確かめる。恋と夢は視線を合わせる。ラファルと日菜子は手を握る。
「希望、いただいたよ」
「それはようございました。未来は変えられます。あなた方の手によって。本日はご協力ありがとうございました。こちらにケーキと紅茶をご用意しております。よろしかったらどうぞ」
「また過去に行っちゃったりしないよね?」
夢が心配そうに言う。男性は微笑んで「もちろん」と答えた。
未来は、君たちの手の中に──。