●事前準備
ライヴ当日、集まった撃退士は八名もいた。ライヴハウスのスタッフがある程度の手伝いはしてくれるのに、自分たちのためにこんなにも集まってくれたことが、NEONのメンバーにはただただ嬉しかった。
天使のアレン・マルドゥーク(
jb3190)と、悪魔の橘樹(
jb3833)は、事前に動画サイトで過去のライヴ映像を復習してきていた。無断での動画アップは禁じられていたため、動画の数は少なく苦労したが、生き生きと歌い演奏している彼らは素晴らしいと感じた。
アイドルもやっている撃退士、川澄文歌(
jb7507)は、メンバーと早速打ち解けて個性を引き出している。ヒイロにはもう、「文歌たん」と呼ばれるまでになっていた。
淡雪(
jb9211)は大好きなおじいさまのミニ遺影を懐に忍ばせ、握り拳を作りながら気合を入れる。
(おじいさま見ていてくだされ、淡雪頑張るでござるよ!)
WEBで生配信はしないのかを確認した日比谷ひだまり(
jb5892)だったが、キラの「生配信だと、せっかくチケット買って来てくれたお客さんに申し訳ないから」という理由でやらないことになった。しかし念のため、動画は録っておく許可を取り付ける。レコード会社に売り込む時にも必要になるだろう。
全員のスマホの番号を交換し、恙祓篝(
jb7851)は早速二階のスタッフ席へ向かって、会場全体の把握に務める。観客に危険なことがあれば、ここからなら見渡せる。
AKIYA(
jb0593)と高橋野々鳥(
jb5742)は、入り口で入場客の整理をすることになった。
まずはリハーサルで軽く打ち合わせをする。撃退士たちは、お互いスマホとハンドサインで合図を出し合うことにした。NEONのメンバーには、歌と演奏に集中してもらう。
文歌は事前にもらっておいたデモテープと共に、アイドルとしてお世話になったレコード会社を中心にチケットを配っていた。アイドルの微笑みで好印象にしたためか、文歌の持つオーラのためか、どこも一応受け取ってはくれた。会場まで来てくれるかどうかは相手次第だ。
アレンと樹は、それぞれ素人目線ではあるが、ライヴ映像を見た感想や長所短所をメンバーに伝えていた。ここは敢えて素人目線でいい。ファンがどう思っているのか、メンバーたちも知りたかった。
同じく動画で勉強した淡雪は、事前にNEONを熱く語りたいファンたちから話を聞いていた。ファンなだけに褒め言葉しかなかったが、その言葉たちはメンバーをより奮い立たせた。
録画装置を二階のスタッフ席ではなく、観客席の一番後ろの低い天井に配置したのはひだまり。観客目線で見て欲しいと思ったからだ。そしてファンの熱い想いも一緒に録れればと願う。
篝はアウルの演出の練習をしていた。火気厳禁と心配するスタッフに、アウルの説明をして、延焼などしないと説得する。スタッフは不思議そうな顔をしながらも、納得してくれた。
●開場
開演一時間前という開場時間には、もう入り口には長蛇の列ができていた。
AKIYAと野々鳥は順番にチケットを受け取り、樹は篝と危険箇所がないかを見て回っていた。広いハコなので、邪魔な柱などはない分、ドミノ倒しでも起こればさえぎるものがない。お互いに注意しようと確認し合う。
NEONのファンは行儀がいいと評判なのは、毎回ヒイロがMCで注意を促すからだ。
「苦しそうにしてる人には声を掛けてあげてね。倒れそうな人がいたらスタッフを呼んでね。あんまり押し合ったら苦しいから、みんなで楽しもうね」
それがNEONのライヴ三原則だった。開演十五分前にも、録音されたこのヒイロのMCが会場に流れる。それだけでファンの嬌声はすごかったが、おかげで今まで怪我人やトラブルを出したことはなかった。
アレンは控室で舞台化粧を施していた。レイは汗だくになるからいいと断ったが、キラは照れながら、ヒイロは生き生きと、メイクを受けていた。元の顔の良さを崩さず、かつ遠くのファンにまで見えやすいような映えるメイクである。
ひだまりは控室に散らばった衣装をハンガーに掛け、主にキラの衣装の早着替えができるかどうかのチェックをする。早着替えの案はアレンだ。せっかくキラの衣装のコンセプトが良いので、せめて色変えだけでもと思ったのである。
淡雪は実は事前に、以前デビューの声が掛かったまま倒産したレコード会社について調べていた。せめてアーティスト写真とデビュー曲だけでも手に入ればと思ったのだが、消息は追えなかった。それをメンバーに告げると、逆にキラは嬉しそうだった。
「悪用されてなかったらいいんだよ。それよりいい曲、もう一回作るから!」
文歌は袖から会場を覗く。まだ見知ったスカウトの人物は来ていない。少し不安がよぎるが、プロも暇ではないのだ。会場に来れずとも、デモテープだけでも聞いてくれればいい。動画が録れれば、またそれを持って売り込みに行けばいいのだと、前向きに考える。
●開演!
「FLY HIGH!」
キラの第一声と共に、三人で奏でているとは思えない、ヘヴィなアッパーチューンが流れ出す。サビの部分ではファンがそれぞれジャンプし、スタッフ席から注視していた篝が客席の隅々まで目を凝らす。
二曲目、三曲目とキャッチーな曲が続き、樹が「盛り上がっていくんだのー!」と煽る。
そしてレイのドラムソロ「EDGE」に入る。
髪色髪型含め、メイクや服装をワイルドに変えたアレンと、黒Tシャツにデニムで、デビルの尻尾をつけて自前の角で悪魔コスをした樹が、重厚なレイのドラムソロに合わせて格闘術を模した演舞をする。ファンはいつもにはない演出に嬌声を上げる。
最後のシンバルの後に、篝がアウルを紅炎させ、火の粉を舞わせてより熱く感じる工夫をした。急に上がった火柱に、会場はより熱気が上がる。アウルそのものに熱はないというのに。
それから、ヒイロのMCに入る。
「今日はありがとうねー」
お決まりのファンの黄色い声の陰で、ひだまりはアレンが用意した酸素をレイに渡した。全身汗だくで、頭に巻いたバンダナもびしょ濡れだ。
ひだまりは「風邪ひいちまうと困るのですわ」と言いながら、新しく乾いたバンダナを渡す。レイは小さく頭を下げて、バンダナを巻き直した。
ヒイロの長いMCは、いつもファンへの感謝の気持ちと、音楽への想いが語られていた。そこへ、次の曲のバックダンサーとして準備していた文歌が、袖から見知ったレコード会社のスタッフを見つけた。向こうは文歌に気づかず、ヒイロの言葉に聞き入っている。
「今まで応援してくれてありがとう。これからはなかなかみんなに会えないかも知れないけど、俺たちまだこれで終わりじゃないから!」
ドタタン、とレイがドラムを叩く。
「また会おう。いつでも会おう。俺たちはずっとNEONで、みんなもずっとNEONだから」
そして、しんみりしたまま暗転。中央にスツールが置かれ、キラがアコースティックギターのみで「君の名を……」を弾き語る。
アレンは白いふわふわ衣装で女装し、物質透過と光の翼を使って、天国から天使が現れた演出をPV風にアレンジする。ファンはじっとキラを見つめているが、時折気づいたファンが「キレイ……」と呟き、その波紋は広がっていった。
おとなしくなった客席を上から見ていた篝が淡雪にスマホで連絡し、どの位置のファンが辛そうにしているかを伝える。淡雪はスポーツドリンクを持ってそのファンの元に駆け寄り、介抱した。
「水分は大事でござるよ」
何人かにスポーツドリンクが行き渡った頃、キラの歌が終わる。そして六曲目と七曲目のポップでヘヴィなナンバーで樹と文歌、アレンが踊り、ファンも踊り、淡雪は愛するおじいさまの遺影を掲げてスタッフ席から見ていた。
ひだまりはちょくちょく動画の録れ具合を確認に行く。なかなか臨場感のある映像に仕上がりそうだ。
そして最後の曲、「STARS」が始まろうとしている。ダンサーたちがキラの衣装を両側から引き裂き、真っ白な王子様衣装に早着替えを成功させると、会場からどよめきが起こった。ヒイロも拍手している。そしてその拍手がやがて手拍子となり、ヒイロのベースから始まる名曲がスタートした。
篝が再びアウルを紅炎させ、火柱を上げる。その後、事前に会場のあちこちに設置しておいたイルミネーションを、得意のプログラミングで星のようにランダムに発光させていく。
「たまにはこういう使い方もいいよな?」
普段は戦いにばかり使っているアウルの力が、このような形で役立つと自分も嬉しい。篝も昔、バンドでドラムをやっていた経験があるだけに、思わず乱入したいほどウズウズする。
「やっぱすげえな、ああいう人たちって」
スタッフ席に戻って、篝はひだまりに話しかける。
「音で人を感動させるってのは凄いと思う」
「そうですわね。本当におにーさんたちすげーですの」
そして最後の曲が大盛り上がりで終わり、メンバーは両手を降って舞台の袖に帰っていく。もう既にアンコールの声が上がり始めている。中には「辞めないで!」や「もっと見たいよ!」と言った、切実な声も聞こえてきて、キラは涙がこみあげてきそうになった。そんなキラを横目に、ヒイロは淡雪からスポーツドリンクを受け取り、スタッフに楽器を預ける。チューニングだ。
キラ楽器を預け、目尻を拭う。まだ、終わらない。終わりたくない。
レイもスポーツドリンクと酸素を受け取り、再びバンダナを巻き直す。巻き直すたびに気合が入るから、普段はぼんやりさんのレイも、ライヴの時だけはバンダナを巻くのだ。
メンバーは全員、本気でプロを目指してきた。今日はその集大成だ。撃退士たちが協力までしてくれ、最高の舞台にできた。あとは、自分たちにできるだけのことをするだけだ。最後まで、全力で、悔いのないように。
アンコールの声は止まらない。
「よっし、最後にもう一回、死ぬ気でやろうっ!」
「「「っしゃー!!!」」」
ヒイロの掛け声に、三人は声を上げる。そこへ文歌が声を掛ける。
「死ぬなんて気安く口にしちゃだめです。生きる気でやりましょう! 芸能界は、実力だけでも、想いだけでも駄目なんです。その二つがきちんと伴わないと……だから、ファンを楽しませること、そして何より自分自身が楽しむこと。これが大事なんです」
現役アイドルからの言葉に、キラは頷く。
「文歌たん、さんきゅーね」
ヒイロも言い直す。
「じゃあ、まだまだ生き残る気でやろうっ!」
「「「っしゃー!!!」」」
●アンコール、そして……
泣かないと決めたから、キラは高い声で何度も「FLY HIGH!」と叫び続けた。ヒイロもシャウトした。レイはツーバスを踏みまくって太鼓を回した。自分たちにできる限りの最高のパフォーマンスに、ファンは泣きながらジャンプと「FLY HIGH!」の掛け声で応えてくれた。
観客席の後方には、明らかにファンとは思えない年代の男性が数名、ビシッとスーツを着て立っていた。もちろんスタッフでも警備員でもない。メンバーも気づいていたが、今はそんなことを意識しても仕方なかった。だから、自分たちに集中した。
最後に、ひだまりが天井からキラキラの紙吹雪を降らせる演出をした。まるで雪のようでもあり、星のようでもあった。ファンたちは誰もがそれを追いかけ、必ず一つはポケットに仕舞った。
思い出に、今日のこの最高の日の、彼らと自分を記憶するために。いつかそれは廃れて捨てられてしまう紙切れであっても、今日のこの日があったという証拠は続くのだ。
そして曲が終わり、メンバーは再び引き返す。もう一度アンコールの声が響く。しかしライヴハウスにも時間の限りがあった。既に押している。
そこでヒイロの提案で、撃退士たちを伴って舞台に出て挨拶をすることにした。
三人のメンバーが登場し、会場は拍手に湧く。そして撃退士八名の登場に、会場はざわめきが起こる。「誰?」という声も聞こえる。
「今日は何度もアンコールの声ありがとうね。でもここも時間あるし、みんなの電車の時間もあるから、今日はこれで終わります」
ヒイロが代表して挨拶する。客席からは「えー」という声も聞こえるが、概ね静かだった。
続いてキラが言う。
「今日は本当にどうもありがとう。最後のライヴとか言っちゃったけど、またどこかで会えたらいいなと思ってる。これで最後にしたくない、俺らも」
ぐっと、キラの声が詰まる。
「今日は久遠ヶ原の撃退士の皆さんに、演出のお手伝いをしていただきました。彼らがいなかったら、こんなに素晴らしい舞台にはならなかったと思います。改めて拍手をお願いします」
人前で話し慣れていないレイは、事務的にではあるが、撃退士を紹介した。観客は惜しげもなく彼らにも拍手を送る。
「そういうわけで、俺らのライヴは今日で終わりだけど、みんなの中でNEONは終わらせないで欲しい。まだ、先に生きる道がある限り」
キラが真正面を見つめて言う。
「ホント、みんなにはありがとうの言葉しかないよ。気を付けて帰ってね。あ、あと、帰りに出口でプレゼントあるから、みんな受け取って帰ってねー」
ヒイロの声に、ファンはどよめいて元気を取り戻す。
「じゃあまた、いつかどこかで!」
ファンも「バイバーイ!」と言い合いながら、メンバーと撃退士たちは舞台を降りた。まったく、ヒイロは口で丸め込むのがうまい。
出口でのプレゼントというのは、アレンの案で、ちょっとしたパンフレットを作ったのだ。NEONを忘れて欲しくないという彼らの想いから発案した。動画の公開情報も掲載してある。本日来てくれたファンへの、サプライズなプレゼントだった。
「はあぁ〜、マジ今日もう俺限界マックス!」
先ほどまではしっかりしていたヒイロも、控室に戻ると、床に敷いたタオルの上にぺちゃんこになった。そこへ、控室のドアをノックする音が響く。スタッフだろうか?
「はーい、オッケーでーす」
適当にヒイロが答えると、スーツでオールバックの、おっかなそうな中年男性が立っていた。思わずヒイロはしゃっきりと立ち上がる。こんなもの、レコード会社の人物以外にいるわけがなかった。
「今日はお疲れ様。私はこういう者だよ」
そう言って名刺を渡す。
「君たちのことは以前から知っていたよ。今日の演奏が最後だと聞いて駆けつけたんだ。良かったら、まだ最後にしないで欲しい」
そう言って、「落ち着いたら連絡をください」と言って去って行った。
レイがヒイロの震える手を覗き込む。大手レコード会社で、有名なバンドを排出しているところだった。
「これって、スカウト……でいいんだよな?」
「ちょっ……みなさーん!!」
ヒイロは慌てて後片付けをしていた撃退士を呼ぶ。
もうすぐ桜が咲くかも知れない。