●幽霊からの手紙
「おおーっ、でっかい塔だな、全部本が詰まってんの? すっげー!」
最初にその図書館を見た時、花菱彪臥(
ja4610)が無邪気にはしゃいでいた。依頼が完了したら、読書をしようと決める。
「ハイテク図書館。その名に恥じぬ素晴らしい施設ですね」
22時に集合し、その図書館に入るなり、リディア・バックフィード(
jb7300)は感嘆の声をあげた。
空調機で適温が保たれているだけでなく、湿度まで適度に保たれている。そして、本の匂いを少し残しつつも爽快な空気。これは最新鋭の空気清浄機の設備もあるのだろう。
この徹底した管理ぶりと、膨大な収納空間に、リディアは本好きとして心が揺さ振られた。
「知識の宝庫……素晴らしいの」
オリガ・メルツァロヴァ(
jb7706)も静かに感心する。ここで、心行くまで本を読めたら……という願望を抱きつつも、まずは探し物を始めようと気持ちを切り替える。
「私の麦色の脳細胞で、ちゃっちゃと事件解決よ♪」
ノンアルコールビールを片手に、雀原麦子(
ja1553)が快活に笑う。図書館は飲食厳禁ではなかっただろうか? しかし注意事項の掲示板には明記されていなかったので良しとする。
「おー、ハイテクだねー」
エマ・シェフィールド(
jb6754)も、小さな身体できょろきょろと当たりを見渡している。光の翼で、上空からも見てみたいと思う。
「何はともあれ、手掛かりが全くない状態での捜索は不可能ね」
そう言って、広い、広過ぎる図書館を現実的に捉えたのは蒼波セツナ(
ja1159)。
確かに、鍵がどのような形をしていたのかと、鍵をなくした日にどのような行動をしたのかをレベッカから聞き出す必要がある。
「けれど、幽霊がそう簡単に姿を現してくれるでしょうか?」
やや心配げに九鬼紫乃(
jb6923)は言う。それだけでもう艶っぽい。
「会ってくれるのなら直接話したいところだし、会えないのなら間接的にでも幾つか質問させて欲しいものです」
Victor Goetia(
jb8904)は紳士的に願いを口にした。
普段から誰も姿を見たことのない、「図書館の幽霊」。依頼も手紙で送ってきた程なのだから、そうやすやすと姿を見せるとは思えなかった。
しかし紫乃は、姿を見ないほうが世界に神秘が残っていいのかも知れない、とも考えている。
「初めまして噂の幽霊さん。私の名はリディア・バックフィードです」
リディアがひとまず名を名乗り、反応を見た。
そこへ彪臥が小声で皆を呼ぶ。
「なぁなぁ、これって手紙みたいじゃねーの?」
普段は元気いっぱいなのだが、図書館では静かにするのがマナーだとわかっているので、なるべく礼儀正しくしていた。彪臥、偉い子。
皆が呼ばれて彪臥のいる、貸出カウンターの付近に集まってくる。そこには「撃退士諸氏殿」と書かれた封筒が置いてあった。今のリディアの声に反応したのであれば、まさしく幽霊の所業っぽいが、それは最初にそこに置かれてあったようだった。彪臥の隣にいたセツナがそれを手に取って、皆に確認する。そして読み上げた。
「撃退士諸氏殿、わざわざ足を運んでいただき恐縮だ。我が名はレベッカ・アンティーク。この本の館の管理人だ。本の在り処はすべて把握しているので、返却された本は脳内の地図で元に戻している。本の検索コンピュータには、貸出と返却の履歴が表示されるので、そこを我が通ったということは理解してもらえるだろう。自分でも何度も通って見たのだが、鍵が見つからずに困っておる。大変恐縮だが、見つけられ次第、最上階まで階段で登ってきて頂きたい。そこに我はいるだろう。よろしく願いたい、だそうなのよ」
「鍵は何なのか、書いてはいないのね」
オリガは少し残念そうに言う。そこで、ヴィクトールが先程のリディア同様、上の方に向かって問いかけた。
「レベッカさん、鍵の形は教えていただけないのでしょうか?」
少しの沈黙。すると、ふわりと何かが落ちてきた。一筆箋のようなものに、重石のように金属製の栞を結んである。それがヴィクトールの手元に舞い降りてきたので、慌てて捕まえる。
そこにはただ一言「丸」とだけ書かれていた。
「丸い形のものという意味なのかな?」
エマは首を傾げる。丸いもの、あるいは球状のものだろうか。
「オッケイ! それだけわかれば十分よね。セツナちゃんと私で返却履歴を検索するから、予定通りみんなで手分けして探索しましょ」
麦子は麦酒探偵気分になっている。外に灯りが漏れないように、図書館に入った時に既にカーテンの確認は済んでいた。秘密の探索なので、外部から図書館に灯りがついていたと知れるとまずいからだ。まぁ、それも「図書館の幽霊」の名に箔が付くだけかも知れないが。
●探索
お互いにスマホの番号を交換して、広い館内を手分けしてまんべんなく探すようにする。リディアが事前に用意しておいた、図書館のマップを皆に配り、おおまかな担当を決めた。
「この階段、何段あるんだ? 先が見えないぜー」
彪臥がまず、LEDランタンを持って小天使の翼で舞い上がり、高いところから下を見下ろす。
「幽霊ってすげーな、本担いで上から下まで何往復もするんだろ、並の体力じゃねーぜ」
セツナと麦子は12台もある検索コンピュータのうち、近くの2台を使い、早速返却履歴を確認する作業に入る。適宜地図を見て、その付近にいるメンバーに連絡を入れる。
エマが光の翼を使って飛翔して俯瞰したところ、この館内はあまりにも整然とし過ぎていた。毎日司書たちが帰り間際に掃除をするのだろう、ゴミ一つ落ちていない。
視界に入るゴミ箱を片っ端から当たってみたオリガも、既に空の新しい袋に入れ替えられているのを目にして驚く。
そこで紫乃は用意してきた軍手をはめ、30cm物差しを手にして、本棚の下の隙間を掻き出した。毎日掃除していても、隙間までは毎日掃除しているまいと踏んだのだ。そして思ったよりキレイだったものの、多少のゴミとともに、落し物らしきものも転がっていることがわかった。少し希望の光りが見える。
ヴィクトールは司書の事務所に入り、届け物がないか調べることにした。リディアや紫乃が、遺失物の存在をほのめかしたからだ。本に囲まれていては、幻の古書の誘惑に勝てそうにない気もしたので、快く引き受ける。
しかし、遺失物は司書が帰る時に、ロッカーにしまわれているようだった。まずはその鍵を探すことから始める。
セツナは履歴を検索しながらも、自分のコンピュータ付近は光量の大きな懐中電灯を使って照らし出し、反射するものを探す。鍵というからには多分金属製、金属製なら灯りに反射するだろうという目算だ。
ついでにコンピュータの下を照らしたところ、小さなバングルが出てきた。小さいと言えども、少女の腕には大きい。これが鍵なら、落として当然と言えた。一応引っ張りだしてポケットにしまう。
「なぁなぁヴィクトール、鍵ってこれじゃねーの?」
事務所に入ってきた彪臥が、ロッカーの鍵らしきものを持ってきてくれた。
「ああ、ピッタリですね。ありがとうございます。どこでこれを?」
「鍵ならすぐ見つかるぜっ。俺なんか記憶なくしてまだ見つかんねーもん、それはそれで面白いけどさ。あっちの引き出しの中にあったんだ」
彪臥から受け取った鍵でロッカーを開け、ヴィクトールは遺失物を一つ一つ丁寧に見る。ボールペンやメモ書き、時計や片方だけのピアスなど、意外と遺失物は多かった。その中からヴィクトールは当たりをつけ、自分なら小指くらいにしか入らないであろう小さな指輪を手に取った。シンプルな金の指輪。キレイな円を描いている。
「おっ、なんかそれっぽいじゃんか」
彪臥も頷いている。
ひとまず他の遺失物は元通りに納め、鍵も返して二人は事務所を出た。
「セツナちゃん、どーぉ?」
恐らく二本目のノンアルコールビールを片手に、麦子はセツナのところにやってきた。
「コンピュータの下に落ちていたバングルがあったの。一応保管してるのね」
先程見つけた銀色のバングルをセツナは麦子に見せる。
「あ、丸いよね、確かに鍵っぽいかも」
麦子も納得する。
「あとの検索、任せてもいいかな? 気になる本見つけちゃったのよね」
言わずと知れた、お酒とおつまみ関連の本だ。なかなか書店や図書館では見つからない種類の本なだけに、麦子は見てみたくて仕方ないらしい。
「大丈夫なのよ。私ももう終わりそうだし、読書も楽しむといいの」
一見クールだが、根は優しいセツナなので、快く残りを引き受けた。自分も検索は終わり、近くの本棚を当たろうと思っていたところだ。
「ありがとうね」
両手を合わせ、麦子は地図を頼りに階段を登っていく。セツナは適宜スマホで皆に連絡を入れ、近くを探してもらう。他のメンバーも何か見つけているといいのだが。
本棚の下を徹底的に掻き出した紫乃は、一つのビー玉を見つけていた。図書館にビー玉を持ってくる人物など、なかなかいないだろう。遊戯施設ではないのだから、もちろんチャイルドルームなどもない。ということは、これが鍵という可能性もあると考えられた。
「転がっちゃったら、見つからないわけですよね」
一応埃を払ってポケットにしまう。そこへエマがやってきた。
「上から見ても、とってもキレイな図書館なんだよ。ボクが見た場所にはゴミ一つ見つからなかったんだけど、紫乃さんはどうなのかな?」
紫乃は先程ポケットにしまったビー玉をエマに見せる。エマは不思議そうにそのガラスの玉を見つめる。
「これは何なのかな?」
天使のエマには馴染みのないものらしく、きょとんと紫乃を見る。紫乃は「子供のおもちゃですよ」と言ってから、付け加えた。
「大切な人にとっては、とても大切なものでしょうね」
ひと通り自分の担当範囲を調べ尽くしたメンバーは、お互いに抜け落ちがないか確認し合う。
「いざという時はローラー作戦です。すべての場所を探しましょう」
リディアは担当範囲を交代して、再度チェック抜けがないかを確認する。階段の上の方には誰も借りないような不可思議な本だらけなので、主に探索は階下の方となった。
セツナからのアドバイスで、本に挟まっている可能性も考慮し、返却された本をペラペラとめくってみたりもする。根っからの本好きなリディアは、いかなる努力も惜しまない気迫だった。図書館というものは、本を愛するがゆえに生まれた施設で至高の存在だと考えている。
オリガは事務所の付近にあった掃除機を確認している。幸い、サイクロン型の掃除機だったため、中身がよく見えたが、それらしいものは見つからなかった。
本を戻した時に棚の奥に入り込んでしまった可能性も考慮して探した結果、分厚い辞典の奥に押し込まれたリング型の栞を見つけた。ちょうど壁面に張り付くようにあったので、ペンライトで照らしてようやく見つけたものだった。念のため取り出して、ポケットにしまう。図書館の幽霊に栞とは、いかにもな組み合わせではないか。
「それにしても快適な図書館よね。空気もいいし、蔵書も豊富」
「確かに」
麦子の言葉に、ヴィクトールも頷く。しばし、読書を楽しんだ後だったため、少し表情が明るい。期待していた本に出会えたのかも知れない。
「それじゃ、とりあえず見つかったものを渡しに階段で行くの」
セツナはポケットのバングルを確認し、皆も頷く。ただ一人、紫乃だけは階下で待っていると言った。やはり幽霊は神秘にしておきたいらしい。その代わりに、見つけたビー玉をエマに託した。
「素晴らしい蔵書を見に行かないのですか?」
リディアはもったいないという表情で紫乃を見つめる。紫乃はただ微笑んで頷いた。
「良い報告を待っていますね」
それでは無理強いはしない。彪臥は遥か高く続く階段を見上げ、「みんなでピューって飛んでいけたらいいのにな」と無邪気に言った。
「でも……それでは風情がないの。幽霊さんと同じ階段を登ってみたいの」
オリガの言葉に彪臥は「そっかー」と素直に納得し、七名で階段を登っていった。遥か、天高く、天国への階段を。
●鍵
七名が最上階に着いた時は驚いた。広々としたワンフロアに、生花が飾られ、読みかけの本がいくつも散らばっている。そこで、西洋人形のような小さな美少女が、お茶を飲んでいた。いや、それは葛湯だったかも知れない。
「おおっ」
レベッカの第一声は、ややハスキーなアルトトーンの声だった。容姿からは想像できなかった驚きの声に、リディアは「ええっ?」と返す。
「貴殿らが撃退士という者か? 探し物の協力、心より感謝する。果たして見つかっただろうか?」
やや不安そうに、そして少しへっぴり腰のレベッカを見て、麦子は彼女が対人慣れしていないことを見抜く。そこでおもむろにレベッカに抱きついた。
「ん〜、いい匂い〜」
「なっ、これっ、何をするか!」
「匂いで見つかるかもしれないでしょ〜」
まぁまぁ、とセツナが麦子をひっぺがし、各々が見つけた鍵と思われるものを差し出した。その瞬間、レベッカの瞳がキラキラ輝く。
「あったぞ!」
ひょいひょいっと、セツナ、ヴィクトール、エマ、オリガの掌からそれらを受け取り、クルリと後ろを向いた。どうやら首から下げたがま口にしまっているようだ。
もう一度メンバーの方に向き直ったレベッカは、「協力感謝する」と丁寧にお辞儀をした。
「どれが鍵だったのかな?」
エマの問いに、レベッカは口ごもる。
「そっ、それは秘密で……」
もごもご。
「レベッカさん、その秘密の蔵書を見せていただくわけにはいかないでしょうか?」
リディアが嘆願する。ヴィクトールも幻の古書が気になるし、彪臥も珍しい動物写真集を所望した。オリガはおすすめの本を紹介して欲しいと願う。
うぐぐ……と長考の末、「撃退士は秘密を守るんだな?」と確認し、鍵を開けるところを見ない約束でレベッカは秘密の通路を解放した。
そこで本好きな七名は、お礼の葛湯を楽しみながら明け方まで読書を満喫し、秘密でない方の図書館の中でも、おすすめや秘蔵の本を貸し出してもらった。
放課後に読むぞと、彪臥は授業までにたっぷり眠ろうと考える。
オリガはレベッカにどんな本が好きか問われると、「内容は何でもいいわ。知識を深められるのなら。この世界はあたしの知らない事で満ちているのだから」と真摯に答えた。そこで一冊のシンプルな表紙の書籍を手渡されて満足する。落ち着いたベージュの表紙が気に入った。
階下の事務所で明け方まで仮眠を取っていた紫乃が目覚めると、机の上に小袋に入った吉野葛と、「ありがとう」とだけ書かれた一筆箋が置いてあった。温かい葛湯もある。
「いつの間にか現れているなんて、さすが幽霊さんですね」
紫乃はクスリと微笑んで、葛湯で身体も心も温まったのだった。