●姉と情報収集
紫苑の凹み方からして、どんな凶悪な姉かと思っていたが、藤井雪彦(
jb4731)が情報収集のために声を掛けてみると、意外にも気さくで丁寧な人物だった。
雪彦が姉に聞いてみたかったのは、里花子を紫苑とデートさせた動機についてだった。
実は浅葱と紫苑を別れさせたいのかとか、里花子に弱みを握られていて、断れなかったのかなどとは考えてみたものの、結局は「ぶっちゃけBL好きの腐女子じゃねぇの?」という結論に自分の中で落ち着いたのだ。
「でも、男だろうが女だろうが、交際相手が浮気したら心が傷つくよ……」
そう思い、真相を姉に直接聞きに来た雪彦だった。
姉の回答はあっさりとしたものだった。
「里花子が紫苑紫苑ってうるさくてさぁ。だったらあのバカ弟のヘタレっぷりを実際に見てくれればいいと思ったのよ。それで浅葱ちゃんとダメになるなら、初めからその程度のモンだったってことだろうし、これから親の説得なんかできないだろうしね。ああっ! 言っとくけど、あたしは腐女子じゃないよ!」
一応、浅葱からの依頼でデートの邪魔をする旨を伝えると、姉は「浅葱ちゃんの方が、よっぽどしっかりしてるよね」と笑った。
紫苑の気持ちの通りに行動させて構わないと許可をもらい、それを同行する仲間たちに伝えに行く雪彦だった。
(腐女子の線は外したかぁ……)
その頃、日本撃退士攻業美奈(
jb7003)も、大学部で情報収集をしていた。
里花子は浅葱からの情報通り、雑誌の読者モデルをしているほどの美人で長身、人当たりはいいが、やや気のキツさが伺えるというのが、大体の見解だった。
紫苑の姉とは中学時代からの付き合いで、親友。いつも一緒にいるようなべったりした関係ではなく、お互いの性格を考えるとわかるように、さっぱりとした付き合いだった。物理的には離れていても、心の絆は近いというところか。
美奈が情報収集をしている傍ら、里花子の人間観察に余年がなかったのが、アイリス・レイバルド(
jb1510)だ。観察狂いの探索者である彼女は、里花子の様子をどこからでも観察していた。それこそ、スリーサイズまで言えるほどに。
好きなランチの店やメニュー、あまり好みでない事、人となりなどを観察し続ける二週間だった。
この情報を仲間に渡し、里花子が不快に思うデートプランを組んでもらう事はできるだろう。
「まぁ、この情報を使うかどうかは自由だがな」
知り合いの雪彦と途中同行し、仲間にお互いの得た情報を伝えに行く。
後は野となれ山となれ、だ。
●強引デート
朝、紫苑が萎えた気持ちでデートの待ち合わせ場所に向かっていると、えらく美脚な女性が困った顔をして声を掛けてきた。美奈である。道に迷ったと紫苑に訴え、その場所まで案内して欲しいと頼んだ。
紫苑は一瞬腕時計を見たが、今日のデートの相手は浅葱ではない。他人に親切にしての遅刻なら構わないだろうと思い、紫苑は美奈を希望の場所まで送り届けた。その時点で待ち合わせ五分前。しかし、その場所からは到底五分では待ち合わせ場所には間に合いそうになかった。
まぁ、テーマパークの開場十分前に待ち合わせをしているので、十分は余裕があるし、必ずしもオープン直後に入らなければならないわけでもないだろうと、テーマパークの混雑具合を甘く見すぎていた紫苑は、マイペースで歩き出した。
そこへ現れたのが、超長身で坊主頭の九四郎(
jb4076)だった。紫苑はやや驚いて四郎を見上げる。
「紫苑くんっすね?」
四郎が確認すると、紫苑は黙って頷いた。多分浅葱が手配した仲間の一人なのだろうと思ったのだ。
「大きなお世話を覚悟で言わせてもらうっす。紫苑くん、君がちゃんと毅然とした態度をとれればそれが一番いいと思うっす」
真剣な眼差しで、四郎は視線を低くして紫苑に訴えかける。
「君が『僕には浅葱くんがいて里花子さんとは付き合えない』って真剣に言うことっす。真剣な言葉ならちゃんと伝わるっす。浅葱くんのことが本気で好きなら戦わなきゃいけない時があると思うッす!」
その言葉には、依頼以上の、何か熱い想いを秘めているような気がした。男同士とか、そんな点を突っ込めば里花子を推すのが当然なのに、名も知らぬこの大男は自分と浅葱の事を応援してくれている。紫苑は心強かった。
「ありがとう。俺もそうするつもりだよ」
「協力するっす!」
結局、予定時間より二十分遅れで待ち合わせ場所に着いた紫苑だった。里花子は紫苑を見つけると、笑顔で駆け寄って来る。
「紫苑くん、おっそーい! 先にチケット買っといたよ。まぁ、遅刻は許してアゲルから、早速楽しもっ」
……確かに手強い女だと、紫苑は実感した。
「あの、里花子さん」
デートを断ろうと、思い切って口を開いた時。
「あれー? 紫苑くんも来てたの?」
紫苑は知らない顔だったが、ふわふわのミルクティー色の髪の可愛らしい少女、高瀬里桜(
ja0394)が声を掛けてきたので、それとなく知人のフリをして頷く。
「おっ、おお、偶然だなっ」
「じゃ、良かったら一緒に遊ばない?」
里桜の背後には、恋人らしい美形の男性、ルティス・バルト(
jb7567)の姿もあった。Wデートというわけか。その方が気楽でいい。紫苑はすぐさまOKした。
「いいよ、一緒に行こう」
隣で里花子があからさまにムッとするのがわかったが、このデートでは嫌われていくらのものだ。構うものか。
すかさずルティスは里花子にフォローする。里花子の手を取り、甲にキスをして。
「素敵なマドモアゼル。どうかご一緒させて下さい」
ここでさすがにノーと言える里花子ではなかった。ルティスが美形だったのも幸いしたのかも知れない。
「もう〜、ルティス先輩、そんなことしないでくださいよっ」
里桜が怒る。ルティスはそんな彼女の腰に手を回して、「ごめんよ」と言いながらイチャラブし始めた。見ているこっちが赤面モノである。
(きゃ〜! ルティス先輩、かっこいいし大人っぽいし緊張しちゃう!)
内心、里桜は緊張しまくっていた。
テーマパークの中に入ると、どのアトラクションも列ができていた。なるほど、開場前から行列ができるわけである。
浅葱とのデートではテーマパークなんて来ないから、世の中のノーマルカップルの行く先には疎い紫苑だった。
そこへふと、浅葱に似た少年と、ハーフっぽい愛らしい少女が連れ立って歩いているのを見つける。よく見ると確かにそれは浅葱だった。
(あいつも来てたのか!?)
まさかとは思ったが、乗り込んでくるとは思わなかった。
浅葱はちらりと紫苑を見てそっけなく視線を戻し、擬似恋人の伽条院リオ(
jb6854)といちゃいちゃし始める。
「浅葱クン……女装した男の子は、好きじゃないデスか?」
そう、リオは実は男の娘だったのである。
(ふっふ……ただの女装癖の男子と思わないでもらいたいデス!)
「そんなことないよ、伽条院くん」
「ううん……僕の事は、リオって呼んで欲しいなっ」
普段片言のリオだったが、ここは流暢な日本語で言い切った。
紫苑は擬似恋人だと理解しつつも、自分に何の相談もなかったことに嫉妬する。二週間も口をきいていないのだから仕方がないが、依頼をしてまでデートを壊すつもりなら、協力したのに。いや、俺の協力はいらないってことか?
紫苑はふと不安になる。
「ねえ浅葱クン! オバケ屋敷行こうヨ!」
浅葱とリオはお化け屋敷の方へ歩いていく。そこへ里桜も提案し、お化け屋敷へ向かうことにする。歩きながら里花子に言う。
「でも紫苑くんってお化け怖いから入れないんですよー! 里花子さん、私と一緒に入りましょう!」
入り口で強引にメンバーチェンジする。里花子と里桜、ルティスと紫苑という、妙な組み合わせになってしまった。
「いやぁ! 怖い! 怖いデス……! 助けてえ!」
すぐ前の方で、リオの絶叫が聞こえる。浅葱が小声でなだめているのも聞こえた。嫉妬で爆発しそうになるのを、紫苑は必死で堪える。
「紫苑さん、もっと自分に正直になればいいんだよ?」
まるで女の子に言い聞かせるように、ルティスは語りかける。
「大事なものは、失くしてから気づいても遅いんだから」
ヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)は遅れてテーマパークに入場した。入り口で戸惑っていた四郎を偶然見つけ、一緒に入る事にしたのだ。
「この依頼割と詰んでいるんじゃなーい?」
ブレイカー、ブレイカー♪とどこかで聞いたことのあるような社歌とともに登場する美奈と、事前に情報提供していた雪彦、アイリスも一緒だ。こちらは友人同士で遊びに来たという設定。
中に入ると、絶叫マシンに並んでいる紫苑と里花子、里桜とルティス、浅葱とリオを見つけた。
アイリスの情報により、里花子は女子の例に漏れず、絶叫マシン好きと知る。そこで里桜はまたもや紫苑の評判を落としにかかった。
「紫苑くんは絶叫系もダメなんですよねー! 遊園地っていったらこれなのにっ。里花子さん一緒に行きましょー!」
実際、紫苑は絶叫系はダメだった。里花子と里桜の後ろの席、またもやルティスの隣で、本当に絶叫していた。
浅葱は里桜の前の席で、リオに腕を抱きしめられている。演技でも、やはり見るに耐えなかった。
「おええ〜」
絶叫マシンから降りた紫苑は、本気で吐きそうになっていた。
ちょっと無茶しすぎたかなと、里桜は背中をさすってあげている。それを見た浅葱は、「紫苑と一緒に乗りたかったな」とふと思った。隣でリオは様子を伺っている。そしてそっとその場を離れ、ソフトクリームを買いに行った。
「浅葱クン。こっちも美味しいデスヨ! はい、あ〜ん」
いつの間にかソフトクリームを一つ手にして戻ってきていたリオは、強引に浅葱を振り向かせて食べさせようとする。そのままソフトクリームは浅葱の顔面へ。
「イエス! 引っかかったですネ〜きゃはは……!」
「こっのおぉ〜!」
思わず楽しくなってきて、浅葱はリオに食って掛かる。いつも紫苑もこんな気持ちなのかな、なんて思いつつ。
浅葱の顔に付いたソフトクリームを、リオは丁寧にウェットティッシュで拭いてあげた。それでもベタベタすると言うので、トイレに顔を洗いに行ってくると言う。リオは待つ事にした。
「おや、そう詰んでもないねー」
美奈はヘタレな紫苑と、見事なカップルを演じているリオを見比べて小さく言う。
ベンチで休憩している紫苑の隣で里花子は世話を焼いているが、その隣で里桜とルティスが一つのソフトクリームを食べ合いっ子させたり、腰に手を回したりと、イチャラブしているのが気に入らない。表情に刺があるのが見て取れる。里桜たちへの嫉妬なのか、紫苑への苛立ちなのかは、まだわからないが。
「ボクだったら、紫苑くんを見限っちゃうけどぁ」
雪彦は里花子の我慢強さに思わず呆気にとられる。彼女の想いも、本物ではあるのだろう。
「きみもそう思うか? 私も同感だ。今交際している相手はいないと言っていたから、恋人が欲しいのだろう」
アイリスは的確な情報に基づいて判断する。
「それでも人の恋路を邪魔するのは良くないっす」
四郎は客観的に言う。
ヴィーヴィルもそれには同意した。
「他にいい人、いるといいのにね……」
「そろそろ紫苑くんもヤバそうだし、爆発すると思う?」
雪彦は面白そうに言う。姉の狙いは、紫苑の本気度を試す事のようだった。紫苑が里花子に対してどう振る舞うかはともかく、浅葱を他人に渡すとは思えない。例え演技でも。
「本気を示して欲しいっすね」
「行っちゃうんじゃない?」
「行けばいいと思うぞ」
「がんばって欲しいな」
なんだかんだで、けしかけたい仲間たちだった。
●俺のもの!
「里花子さん……」
絶叫マシンからようやく回復した紫苑は、本日二回目、里花子の名前を呼んだ。里花子は表情を明るくする。
「大丈夫? 無理言ってごめんね」
里花子には悪気はなかった。お化け屋敷に誘ったのも、絶叫マシンに誘ったのも里桜だったし、どちらかと言えば里花子は二人きりのデートを邪魔された方なのだ。しかし、紫苑の友人と言うのなら、偶然一緒になったのも何かの縁、仲良くなろうと思った。多分紫苑が友人の弟でなくても、好きになっていたと思う。
「ごめん、里花子さん。あそこに、浅葱がいるんだ」
「あさぎ?」
「俺の……恋人だ」
紫苑が指差す方向には、楽しげにリオと話している浅葱がいた。
「彼氏連れの子が?」
「じゃなくて男の方。これはあいつが俺たちのデートを邪魔させようとした罠だよ。俺がぼんくらで、姉ちゃんに頼まれて断れなくて、里花子さんとデートするって言ったら、二週間口きいてくれなかった。何か企んでるとは思っていたけど、まさか自分で乗り込んでくるとは思わなかった。あいつらは演技のつもりのデートでも、俺は我慢できない。浅葱は俺のものだ!」
がたん、とベンチを立って、紫苑は浅葱に向かって歩いて行った。リオは空気を察して離れる。二人で話をさせようと思ったのだろう。
「やっぱり行ったね」
雪彦たちがそう言いながら、里桜とルティスのもとに寄ってきた。リオも小走りにやって来る。
「人のものを獲ったって絶対幸せにはなれないっすよ。なんでそれがわからないんすか?」
静かに四郎が里花子に語りかけた。
「愛とか好きって気持ちで何でも肯定できないってわかるっすよね? 好きって気持ちは誰かを縛り付けるものじゃないんすよ。今の里花子さんと紫苑くんじゃ、楽しい気持ちも悲しい気持ちも何も共有できないっすよ。そしてこれからだって、奪った恋じゃできっこないっす。できても、また他の誰かに奪われるっす」
「あの二人……見てあげてください」
ヴィーヴィルも紫苑と浅葱を指さす。浅葱が泣きながら紫苑の胸を叩いていた。
「あんな二人が揃ってこそ、価値があると思いませんか?」
「あの子、男の子?」
里花子は驚いて誰にともなく問う。そういえばまだ誰も二人の関係をばらしてはいなかった。
「BLとでもホモとでも、好きに呼べばいいと思うよ。彼らは気にしないだろうしね」
雪彦は落ち着き払っている。
「ボクで良ければ何でもするよ、お嬢様♪」
すっと里花子の目の前にしゃがみ込んで手を差し出す。ややタレ目で見上げられると、里花子は泣きそうになった。
「……誰でもいいわけじゃ、ないんだからね……」
それでも雪彦の手に手を乗せる。持って行き場のない気持ちが、涙になるのをかろうじて抑えた。
「いいわよ。紫苑くんに恋人がいるとは聞いてたけど、強引に誘ったのは私だもん。玉砕して吹っ切れたわ」
里花子はふとリオを見た。
「てっきりあなたの方が彼女なのかと思ったわ」
「僕は男ですヨ〜」
「ええっ!?」
最後まで驚かされた里花子だった。