●飾り付け
少女Yは学園の寮ではなく、校外で一人暮らしをしている。なので、誕生日パーティには男子禁制の注意書きがなかったせいか、二人の男子生徒も混じってくれたことに、少年Tは胸を撫で下ろした。年頃の女子の中に一人交じる男など、何の苦行だろう。少なくとも彼の感覚ではそうだった。
予定の時間より二時間も早く、最初に少女Yの部屋に来たのは、ハウンド(
jb4974)だった。
大きな袋を二つ持って来た彼は、部屋の飾りつけに名乗りを上げた。そこで少女Yを一旦外へ連れ出す。戻ってみると、綺麗に飾り付けがされてある中に、たくさんの宝箱が散らかっている。なんとも多くのプレゼントを用意したものだと、単純に思った。まさか仕掛けがあるとも思わずに。
そして約束の時間の二十分程前からちらほらとメンバーが集い始める。学年順に並べてみよう。
「アンズ」という名のぬいぐるみを抱き、傍らにラッピングされためっぽうデカいモノを持った小杏(
jb6789)、料理の入った箱をたくさん抱えた新崎ふゆみ(
ja8965)、ケーキの箱とクラッカーを袋に入れた加具屋玲奈(
jb7295)、紫色の箱を二つ持った仄(
jb4785)、可愛らしい童顔で着物ドレスを纏った城咲千歳(
ja9494)、見目麗しい美形のルティス・バルト(
jb7567)、バッグに四色の試験管を付けたヴィオレタ=アステール(
jb7602)。
見事に八名もの暇人が集まってくれたのは、少年Tにとってお財布が手痛いところではあるが、誕生日パーティをするには豪華な顔ぶれだった。
「さささ、ハウンドくんが綺麗に飾り付けをしてくれたのよん。綺麗な部屋だから入って〜」
少女Yが皆を招き入れる。
十二畳ほどのリビングが、飾り付けで埋め尽くされていた。意外といい部屋に住んでるなと少年Tは驚く。
●ケーキとプレゼント
まずは本日初対面の者も多いわけで、自己紹介から始まった。
「初めましてだね? アタシは、ヴィオレタ=アステール。偽名を使った自称二十九歳の女医だよ★可愛い君のために誕生日を祝いに来たよ!」
やたらテンションの高い二十九歳が早速盛り上げていく。
「やっぱり、誕生日って幾つになっても祝ってもらえるのは嬉しいもん。それが依頼であってもね? 例え今日会っても、もうこうして話せば友達だよ! 今日はパーッと盛り上がろう!」
「お誕生日お祝いされるのって、やっぱり嬉しいよねっ! ……そして、喜んでもらえたらレナも嬉しい♪」
そう後を受けたのは玲奈。小杏もアンズを抱きしめながら言う。
「誕生日……おめでたいです。十代最後の誕生日ですし、思い出に残るようなものになるよう、頑張ります」
ふゆみもハイテンションで輪に加わる。
「はっおはお〜、ふゆみだよっ★イライとはいっても、せっかくのパーティだもん。楽しくさわごっ! ……お誕生日、おめでとっだよ!」
それぞれに自己紹介を終えると、ルティスが少女Yにそっと囁いた。彼女の右隣の席に陣取っている。
「こんにちは、綺麗なお嬢さん。今日は一年で一度しかない、特別な日に呼んで下さって有難う。素晴らしい一日を約束するよ」
ホストらしい見事な営業スマイルで赤い薔薇を一輪、どこからともなく取り出し、ウインクする。
「俺はね……魔法使いなんだよ」
言って、少女Yに着替えるように衣装の入った袋を渡した。
「きっと素敵なお姫様になるよ」
戻って来た少女Yは、今までに着たことのない、ホワイトフリルのワンピースとシルクのネックレスをして、これまでにないくらい照れていた。
「馬子にも衣装ですね」
女子たちが「可愛い」、「綺麗」と口々に褒める中、少年Tも一応言っておく。
ケーキを持参してきたのは女子三名。ふゆみ、仄、玲奈だ。みんな手作りらしい。中でも仄のは紫だった。
「ヴぁっ?!」
千歳はその見た目に驚いて、思わず意味不明な声が漏れる。
「誕生日、か。目出度い、のか? 目出度い、な。おめでとう。プレゼント、と、言うと、アレ、だろう? 貢物、とか、捧げもの、の、事だろう? 捧げもの、と言えば、仔羊だな。仄、は、仔羊、を、用意したぞ。と、言いたい所、だが、生憎、と、仔羊は、手に、入らなかった。と、言うか、何処、で、手に入るか、分からなかった。仄、とも、あろうものが……。まあ、仔羊は、冗談、だ。安心しろ。欲しかった、なら、申し訳、ないが。そんな訳で、仄、は、料理を、持ってきた。手作りだ。喜んで、いいぞ。取りあえず、先ず、ケーキ、だな。二段、に、なっていて、色は、紫。綺麗、だろう。味は、保障、するぞ。遠慮なく、食べろ」
ずい、と目の前に差し出され、思わず少女Yは焦る。どんな味がするのだろう?
そこへルティスがすかさず、ケーキをカットして少女Yに渡す。こうされると食べるしかない。せっかくのお祝いの気持ちだ、いただこう。
「あむっ!」
思い切って口に入れたものの、本人が自信を持った通り、美味しかった。
「そっかぁ、紫芋のモンブランとか、あるもんね」
ふゆみが言い、彼女お手製のケーキはもちろん、ドーナツ、ローストビーフ、サラダ等を次々にテーブルに並べた。料理スキルの高い彼女には造作もないことだ。料理スキルのない玲奈は、ふゆみの料理の出来栄えに絶句しつつ、自分の用意した手作りケーキを出した。
苺と生クリームでデコレーションされたケーキに『Happy Birthday♪』のメッセージカードが付いている。決して見劣りはしない。これだけの人数がいれば、三つのケーキはすぐに消化されるだろう。
玲奈はケーキにロウソクを立て、みんなでバースデーソングを歌い、少女Yにロウソクを吹き消してもらった。皆に渡したクラッカーが一斉に弾ける。
ハウンドは持参したカメラで、料理やメンバーの写真を撮っている。本格的なカメラでさりげなく撮るので、構える必要がないのが素晴らしいテクニックだった。
「あとは、仔羊(生)が、用意、できなかった、代わりに、仔羊の肉、を、使った、料理だ。仔羊のロティだ。ソース、は、紫だぞ。この色、を、付けるのが、なかなか、難しかった。これも、食べろ。遠慮、は、要らん」
仄のもう一つの料理も、皆で美味しくいただいた。
この紫、何で色をつけてるんだろう……。
「それではー! プレゼントターイム!」
ハイテンションを保ったまま、ヴィオレタは小箱を差し出す。
「これ、あたしからのプレゼント! これ付けてたまにはあたしを思い出してくれるといいな〜」
中身は蝶の形のイヤリングだった。
「あっ、ありがとうございますっ!」
そこへルティスがそれを手に取り、そっと少女Yの耳たぶに付けてくれた。息がかかるほど顔が近く、少女Yは少しだけリア充気分に陥る。ホストクラブ通いで破産するタイプかも知れない。
「俺からのプレゼントは、そこら中に散乱してる宝箱の中だよ。鍵をいろんなところに隠してあるから、探して開けてみてよね」
ハウンドが先に来て飾りつけた理由がやっとわかった。なるほど、大変なサプライズである。
「まずはこれをサービスであげるね」
鍵を一本渡されて、近くの宝箱を引き寄せる。少女Yが開けてみると、ディアボロが飛び出してきた!
「ぎゃあああ!」
もちろん、入念に作られた模型である。
「そこで叫んでるようじゃ、まだまだ撃退士にはなれませんよ」
少女Yの左隣に座っていた少年Tに突っ込まれ、返す言葉もなかった。
「あはは、他にもあるから探してみてね」
その後、見つけた鍵であちこちの宝箱を恐る恐る開けると、Gのおもちゃだったり、目一杯振った後の炭酸飲料だったり、可愛いショートケーキだったりした。
「お誕生日おめでとうございます。えっと、非リア充と聞きまして。これ、プレゼントです。可愛がってあげて下さい、です」
小杏が少し恥ずかしそうに、ほぼ等身大のデカいラッピングを少女Yに渡す。思わず、生身の美少年が入っているのかと期待したが、思ったより軽々と持ち上げたので、その夢は儚く消え去った。
ラッピングを全部剥がすと、茶色のモコモコしたものが出てきた。小杏はその様子をチラチラと確認している。少女Yはやや絶句した後、「かぁ〜わいいなぁ〜」と震える声で言った。
それはつぶらな瞳の、本当によくできたテディベアだったのだが、等身大でいかつく、なんかこれじゃない感が漂っている。
小杏はそそくさと裁縫セットを取り出し、「気にくわないようでしたら、すぐ治します、ので……」と構えた。
「だっ、大丈夫大丈夫! こんなの欲しいなぁ〜って思ってたっ!」
人の親切には敏感な少女Yは、もはやテディではない熊のぬいぐるみを思い切って抱きしめた。良かった、中身は普通の綿のようだ。感触は気持ちがいい。
「どうもありがとうねっ」
小杏は安心したように裁縫セットを収納した。
「ぐえっ」
突然、ハウンドが喉を抑える。その場の空気が一瞬にして凍った。
「辛いー!!!」
それはふゆみが作って持ってきた、ロシアンたこ焼きだった。当たりというかハズレというか、デスソース入りのものを引き当てたらしい。
少年Tが思わず近くにあった炭酸飲料を渡すが、デスソースに炭酸の相性はものすごいものがあった。
なんとか落ち着いたハウンドは、この様子が自分のカメラに映らなくて良かったと思う。
「料理、ばかり、じゃ、面白く、ない、だろう。ちゃんと、物品、も、用意、してある。ロザリオ、だ。これ、で、毎日、祈りを、捧げると良い。藁人形、も、考えたが、作るのが、面倒だから、止めた。そっちの、方、が、良かった、なら、これもまた、申し訳ないが」
ややオカルトマニアの仄が、そう言って小箱を少女Yに渡す。少女Y はありがたく受け取り、「ロザリオの方で良かったよ」と苦笑いした。
先程からずっと大人しくしている千歳だったが、実はそれは分身の術の方だった。本物はプレゼント交換の頃から部屋を抜け出し、無音歩行で外に移動していた。馬の着ぐるみを身につけ、仄からのプレゼントを少女Yが受け取ったのを見計らって「幸せふぉーゆー!!」と叫びながら、派手に窓を割って転がりこんできた。皆が座っていない方の窓だったので、けが人はない。
それからガラスの破片と音に紛れて全力で着ぐるみを脱いで離脱し、消える。
驚いてメンバーはぞろぞろと割れた窓の周囲に集まった。馬の着ぐるみのファスナーには、「おーぷんなう」と書いた紙が付いている。
「不思議の国なら、『オープンミー』ですけどね……」
少年Tは呟く。今開けろということなのだろうか。ガラスの破片に気をつけながら、少女Yがファスナーを開けると、しっかりと包装されたプレゼントに「ぷれぜんとふぉーゆー」と書かれた紙が挟んであった。開けてみると、紫と黒で、袖にうっすらと百合が描かれている、着物ワンピースだった。着物ワンピースと言えば千歳だ。そこにさっきからいたような顔をしながらも、かなり息が上がっていて、自分の着ている服は着崩れていた。
「んもう、すっごいサプライズ! ありがとうございますっ!」
それから千歳はちゃんとガラスの後片付けをして、「ガラスの弁償代は学園に必要経費として請求しておくっすよ!」と笑顔で言った。
●余興
ヴィオレタの鞄には四色の試験管がついている。ずっと不思議に思っていた仄は、「それは、何だ?」と訊く。
「あ、これね、オッケー、じゃあ始めようかな。題して、第一回……ゴーヤの餌食は誰だ! バレたら女装又は男装コンテストだ! 大会!!」
パフパフー、と盛り上がっているヴィオレタの余興の詳細は、試験管の中身はそれぞれ「苺シロップ」、「レモンシロップ」、「ゴーヤエキス」、「ブルーハワイシロップ」で、色は言わずもがなである。これをじゃんけんに負けた四名に飲んでもらい、その反応を見て誰がゴーヤに当たったかを当てるものだ。
じゃんけんに負けたのは、少女Yとふゆみ、小杏と少年Tだった。罰ゲームとして、好きな子の名前を少年Tに言わせたかったふゆみは、少し残念に思う。
「色と中身はリンクしないかもよー」
で、少女Yに渡されたのは緑色の試験管。臭いは消してあるのか、臭みはないが、飲む勇気は誰よりも必要そうだ。しかも、本物だった場合、バレてはいけない。
「じゃ、せーので飲んで〜」
ヴィオレタの掛け声で全員が飲む。しれっとしているふゆみ、不思議そうな顔をしている小杏、顔色の変わらない少年Tの中で、冷や汗をかいているのが少女Yだった。余程不味かったのだろう。誰が見ても一目瞭然で「当たり」だった。
「嘘の付けない可愛い子ねー!」
そう言って不正解者のいなかった代わりに、自分が執事の格好に扮して少女Yを口説きにかかった。
「お嬢様が可愛すぎて……私、心のときめきが止まりません……この責任どうしてくれるんですか?」
あまりにハイレベルな男装で、纏めた長い髪すら執事っぽい。執事喫茶に通い詰めそうな勢いで、ヴィオレタの美辞麗句に煩悩を解き放っている少女Yだった。
●生まれてくれて
何だかんだとわいわいやっているうちに陽も傾き、皆で後片付けをした。片付けながらも鍵と宝箱は見つかり続け、開けると飛び出すおもちゃや、黄色いリボン、色鉛筆のセットなども見つかった。最後まで楽しい誕生日パーティだった。
「魔法はこれでお仕舞いだよ、お姫様。素敵な時間を過ごしていてくれたら俺も嬉しいな」
ルティスは少女Yの頬に軽くキスをする。ウインクしながら赤い薔薇の花束を取り出し、
「来年もきっとお祝いしようね」
と言った。少女Yは死にかかっている。
「ハッピーバースディ……生まれてきてくれてありがとう」
男装を解いたヴィオレタにぎゅっとハグされて、少女Yは再び失神しかける。生まれてくれてありがとうなんて、素敵なフレーズと温かいハグに。
「これからも仲良くしてねっ」
玲奈もありったけの笑顔で言う。
「これで、トモダチだねっ。だから、来年は……依頼じゃなくっても、誕生日パーティしようねっ☆ミ」
冬美は言って、全員で写真を撮ることを提案した。ハウンドがセルフタイマーで何枚か撮ってくれる。
「うぇーい! 幸せふぉーゆーっすよ」
千歳も万歳する。仄は仄らしく、仔羊にこだわり続けた。
「今度、の、誕生日、には、ちゃんと、仔羊、を、用意し、捧げる、から、楽しみに、していろ」
「熊さんの手直しはいつでも承ります、です」
小杏もそう言って友達宣言をする。
ハウンドからの本当の誕生日プレゼントである、安物でも綺麗な星型のイヤリングと、特大誕生日ケーキと今日の誕生日パーティの写真と映像を、少女Yが衣装のポケットから見つけるのは、皆が帰宅してからのことになる。