●事前調査とお茶会
依頼に集まったメンバーは八人。それぞれ充少年と和やかに会話をしようと、お茶菓子を持ち寄っていた。
「こんにちは、と、初めましてやで。充君。自分は亀山淳紅。撃退士で、魔法使いで、歌謡いや!」
こう切り出したのは、赤い目をした高校生、亀山淳紅(
ja2261)だ。人懐っこい笑顔で、少年の両手を包み、トワイライトを浮かべて見せる。
少年は「うわぁ……」と少し驚き、淳紅を見返した。本当に魔法使いだと思ったのかも知れない。感情はまだ残っている。淳紅はそう確信し、取り敢えず安心した。
栗のフレーバー紅茶とレーズンサンドを持って来て振舞っているのは、紫の髪をした、地領院恋(
ja8071)だ。
「はじめまして、松坂君。地領院恋だ。で、こっちが」
そう言って、愛らしい少女を振り向く。
「こんにちは、私は地領院夢っていいます。妹なのっ」
恋の妹の地領院夢(
jb0762)が挨拶する。こちらはハロウィンが近いのを意識してか、カボチャ味のクッキーとマフィンを持参していた。
事前にシスターに少年の好みを聞き出し、チョコレートを持ってきたのは大狗のとう(
ja3056)。
「はじめましてだな、充っ。今日はよろしくなんだぜ」
のとうは元気よく挨拶する。少年はチョコレートをじっと見つめていたが、雨宮祈羅(
ja7600)が、「食べていいんだよ」と言うと、おずおずと一つ手に取った。
「お菓子食べると幸せーってなるんだぞー!だからいっぱい食べるんだぞー!」
元気よく無邪気に言うのは、何故か上半身裸の彪姫千代(
jb0742)だ。精神年齢は少年と変わらないかも知れない。いつも明るくて、場の雰囲気を和ませる。
「どれ、せっかくだし、俺もいただくとするかな」
普段は咥え煙草だが、子供たちが集まる場所ということを気遣ってノースモーキングの坂本桂馬(
jb6907)も、恋が淹れてくれた紅茶を美味しそうに飲んだ。
もう一人のメンバー、蔵里真由(
jb1965)は、調査に出かけていた。間もなく合流するはずだ。皆はわざとらしくないように心がけながら和やかに、少年に話しかけた。
少年はほとんど表情を変えなかったが、質問には頷いたり首を振ったりした。
「美味しいな、充君」
淳紅はあまりお菓子に手を付けない少年に微笑みかける。トワイライトには反応した。大好きなチョコレートには手を伸ばした。それだけでも希望はある。
「お姉ちゃんの持ってきてくれたお菓子も美味しいっ」
夢も笑顔でお菓子を頬張る。少年にもクッキーを渡し、「美味しいね」と言う。少年は頷く。
「ジョン太君とはどうやって出会ったのかな?」
当り障りのない会話の後に流れるように、夢は訊いた。
少年は少し戸惑い、シスターの顔を見る。表情は読み取れない。
シスターは自分で話すように促した。
「……公園に捨てられてた……大きい犬だったから、誰ももらってくれないんだって、友達が言ってた」
子犬の状態でやって来たわけではないらしい。
「でも大きくなったら捨てられるなんて可哀想だったから。おいで、って言ったらついてきたから、お家で飼うことにしたんだ」
幸いにも両親の反対はなかったらしい。心優しい家族だったのだ。
「松坂君のお母さんの手作り料理で好きだったものはあるか?」
「豚肉のしょうが焼き!」
恋の質問に、思わぬ大声で少年は答えた。母親の作る甘辛い生姜焼きが大好きで、誕生日にもクリスマスにも作ってもらっていたらしい。恋は心の中でメモをする。
「そういえば、ジョン太の首のリボンが何処にいったのかを知りたいんだぞ!」
彪姫は思い出したように言った。それは淳紅も事前に調べていた。
ディアボロ化したジョン太の首輪に付けられたリボンを見て、飼い犬であることを悟った撃退士は、それを斡旋所に預けたらしい。そこからシスターの手に渡り、少年の元に戻ったと聞く。
「お部屋にあるよ」
少年はそっけなかった。のとうはおどろいて訊く。
「いつも大事に持ち歩いてたりしないのかにゃ?」
普通なら、肌身離さず持っていそうなものだ。それを部屋においたままとは、メンバーも驚いた。
「持ってたって、ジョン太はもういない」
少し険しい表情になり、少年はすぐに無表情に戻った。
そうか、この気持ちをぶつける相手が、場所がないのか。そう感じた。
「じゃあさ、持ってきてくれないかな?」
祈羅が言うと、少年は黙って席を立った。
その間に祈羅は数枚の紙を挟んだクリアファイルをシスターに手渡す。
「犬の里親募集の資料です。充君が構わないなら、もう一度犬を飼わせてあげられないかなって。代わりになると思わないけど、自分を頼っている子犬を、まず目標はできるはず」
シスターは「ありがとう」と言って資料を受け取った。そこへ少年が戻って来る。
「よっし、そんじゃお前ら、充の家に行ってこいや。頼んだぜ」
桂馬は微笑しながらひらひらを手を振る。桂馬はシスターと話がしたかった。他のメンバーは、少年の自宅を掃除してあげたいという想いがあったのだ。
「ほな、桂馬さん、こっちはよろしゅうに。あとでシスターと一緒に来てな」
淳紅は言って、ぼんやりと見上げる少年に「お家に帰ってお掃除しよな」と声を掛けた。
(いやー、美人とお茶して金もらえるなんてぼろい依頼だわ)
桂馬は冗談交じりに心の中で呟くが、これから話すのは生易しい内容ではないのだった。
その頃、真由は情報を持って少年の家に向かっていた。後で情報は皆と共有するが、少年の遭った事故のその後の処遇を調べていたのだった。
ディアボロの関係しない一般的な事故だけに、少々手間取ってしまったが、確認は取れた。
犯人は業務上過失致死罪で執行猶予付き、家のローンは名義人の父親が亡くなったので不要だが、税金も公共料金もかかるのは当たり前だ。しかし保険会社からも、事故を起こした当人からも、お金という形での保障は出ていたので、それはシスターが管理する形になっていた。親戚筋は皆無というか、絶縁状態だったらしい。今更お金を目当てに少年を引き取るという人間はいなかった。
ディアボロ化したジョン太が殺傷したと思われる人間のリストも見た。隣人はジョン太がディアボロ化する前に引っ越していたので無事だったが、近所の人が何人か亡くなっていた。多分、少年の知っている人もいただろう。これをどう伝えるか、真由は考えていた。
●シスターと
「さて、シスター。あんたには矛盾があるね」
他のメンバーが少年と施設を出てから、桂馬は話し始めた。
「悪いのはジョン太をディアボロ化した悪魔だが、撃退士にも天魔はいるから、結局は誰も悪くない、なんてことがあるかい?」
シスターは恥じるように俯いた。桂馬は続ける。
「口先だけの綺麗事で人は救えないんだ。相手の一生に関与する点は、殺すのも救うのも同じだろうが。ずっと関与し続けなければならない点では、シスターの選んだ道は殺しより難しいんだ。自分でもわかってるだろう?」
シスターは小さく頷いた。
「人に道を示す前に、まず自分の道を見つめ直すべきじゃないのかね。それが難しいなら小綺麗な正論を押しつけるんじゃなく、一緒に道を間違えながらでも歩いてゆく覚悟くらい持ちな」
口調はそう厳しくはない。普段通りに微笑さえ浮かべながら、桂馬は煙草の代わりに残ったマフィンを口に放り込み、飄々としている。
「誰も傷つけたくないと撃退士を諦めたんなら、救うことまで諦めるなよ。こういうことがある度に、一度は背を向けた撃退士に泣きつくつもりなのかね? 本当の意味で施設の子どもたちを救えるのは、この先も一緒に暮らしてゆくシスター、あんたのはずだ」
「はい」
「まぁ、俺が言いたいことはこんな感じだ。充の方はあいつらがなんとかしてくれるだろう。掃除なんかめんどくさいから、終わった頃に一緒に言って、おかえりって言ってやろうじゃねーか。充の帰る場所は、家族や犬との思い出が詰まったあの家だろうしな」
●掃除
「意外と閑静なとこなのなー。この辺をジョン太と散歩したりしたのか?」
のとうの問いに、少年は頷く。
「撃退士の人が、ディアボロになったジョン太をおやすみさせたのは、放っておくと、誰かの大切なモノを傷つけてしまうからなのよな、当たり前の日常を失くす悲しさを、増やさない為だったのよな」
さりげなくのとうは言ってみる。少年は顔色を変えない。
「ま! だからって、分かれっつー訳じゃねぇさ。憎いと思うなら憎んでいいし、そうじゃねぇなら、そのままでいいんじゃねぇかな」
少年はジョン太の首輪のリボンをポケットに入れ、メンバーはそれぞれ掃除用具を持ち、少年の家に着いた。
シスターから預かってきた鍵を開けると、人のいない家独特の埃の臭いがした。それでもきちんとに片付いてはいる。綺麗好きな母親だったのだろう。玄関あたりはディアボロ化したジョン太討伐の名残のような痕があったが、そこには祈羅が先回りして隠した。
「それじゃあ、まずは掃除機と雑巾がけよね。頑張るよっ」
夢が洋服の袖をまくる。
「じゃあ俺は玄関中心にやるのなー」
のとうは早速バケツに水を汲み始める。
各々担当に分かれて掃除をしたが、思いの外早く終わりそうだった。恋が掃除を抜けて、綺麗になったキッチンに立つ。鍋や食器の在り処を探すのに手間取ったが、料理を始めるとそう時間はかからない。
「充、飾りたい写真とかあるかー?」
玄関が綺麗になり、祈羅が花を飾ったところに、のとうが持参してきたフォトフレームを出した。少年は少し驚く。やがて二階の部屋から両親とジョン太と一緒に写った写真を持ってきた。フレームに入れて玄関に飾ると、それらしくなった。
「お待たせしました」
見違えるように綺麗になった松坂家に、真由が入ってきた。
「もう掃除は終わりですか? お手伝いできなくて申し訳ありません。その代わり、情報は持って帰りました」
「真由さん、ありがとうございます。お疲れ様でした」
廊下を雑巾がけしていた夢が迎える。間もなく全員が居間に集合し、頃合いを見計らったように桂馬とシスターも到着した。
そして一旦全員で外へ出る。一人ひとりが中に入り、最後に充少年が家に入る時。
「「「「「おかえりなさーい!!!」」」」」
目をぱちくりさせる少年は、自分でも気付かないうちに涙を流していた。
「かなしーのはかなしーで泣いていーんだぞ! いっぱいいっぱい泣いてジョン太の事を思い出してあげて欲しいんだぞ! いっぱいいっぱい泣いた後に充がどーしたいか考えるといーんだぞー!」
彪姫が少年を抱きしめる。
「ぎゅーされるとはあったかい気持ちになれるってばぁちゃん言ってたんだぞー! 充が少しでもあったかい気持ちになれるようにぎゅーするんだぞー!」
他のメンバーも集まって、代わる代わる少年を抱きしめる。おかえりなさい、と言いながら。
「さ、ちょっとだけど夕飯作ったから、みんなで食べよう」
恋が居間へと歩き出す。
そこには生姜焼きの匂いが満ちていて、ご飯と味噌汁という、シンプルながらも母親を連想させるメニューがあった。
「お袋さんにはかなわないだろうけどね」
どうぞ、と恋は少年に席を勧める。皆で食べる手作りの夕食は、少年にとってかけがえのないものとなった。
●弔い
食後、真由の口から現実的なことが語られた。そして彼女は少年に向かって言う。
「ご近所の人も数名亡くなりました。お前の犬のせいで死んだ人間の責任を取れと言われたら、母さんを返せと石を投げられたなら、あなたはどんな想いをするでしょうね?」
10歳の子供には酷な台詞かも知れなかったが、これは彼女なりの優しさでもあった。
「すべての物事は繋がっています。何が悪いかって? 『間』が悪かったんですよ」
簡潔に答えを言い放つ真由。
「それに、いつまで呆けていらっしゃるんです? これからの事を少しでも考えましたか? 当てにできる親戚はいますか? 維持費が払えなければ家は競売にかけられます、学費が払えなければ学校にも通えません、料理や洗濯ご自分で出来ますか? あなたはこれから人の何倍も苦労するんですよ?」
そんなことは考えたこともなかったのだろう、少年はハッとして真由を見た。
「くだらない事で悩む暇があるなら、誰より早く駆け出して、学んで、それからです」
それきり真由は口をつぐんだ。自分の役目は終わりだとでも言うように。
それから恋が、事前に調べたジョン太のディアボロ化の経緯を説明した。まったく、真由の言う通りに、「間が悪かった」としか言いようがなかった。
「あのね、充君のお友達にお話聞いてきたよ。早く元気になって、一緒に遊びたいって言ってた」
祈羅が施設の子供たちに書いてもらった色紙を、少年に手渡した。そこには「いっしょにあそぼうぜ」とか、「がんばれ!」とか、たどたどしい文字で書いてあった。
それから祈羅は、風船と紙を取り出して少年に渡した。
「うちはね、昔父ちゃん亡くした時、教えてもらったんだ。言いたいことあったら、手紙を書いて、風船に結んで、風に大事な人の所へ届けさせるって」
気休めでしかないかもしれないけど、いいんじゃないか、それで笑顔になれるなら。
「そういえばお姉ちゃん、言ってたよね」
夢が恋に振り向く。恋は頷く。
「ディアボロは討伐されたら役所で処理されるんだ。だから骨はないけれど、お墓くらい作ってやりたいなって」
「うん、僕も……」
初めて、少年が自主的に声を発した。
それから庭に出て、枯れた花壇の麓にジョン太の首輪のリボンを埋めた。
「持ってなくていいのかー?」
彪姫が心配そうに声を掛けたが、少年は首を振った。
「ジョン太は僕の心の中にいるんだ」
そして土を掛け、玄関に飾ってあった花を一輪抜き取り、挿した。
「ほな、君に、魔法のプレゼント」
言って淳紅は携帯用音楽プレイヤーを渡す。
「中にはな、君と同じように苦しんで、前が向きたい、向こうって言ってる、そんな歌が入っとる。今はまだ難しゅうてわからんかもしれんけど、いつかまた心がわからんくなったら聴いてほしい。充君の心に寄り添ってくれる強い魔法やで!」
「それで充、まだ誰かを憎みたいのか?」
桂馬が開放されたように咥え煙草をふかしながら訊く。
少年は首を振った。意志のある行為だった。
「そーか、ちっとはいい顔になったな」
ぐしゃぐしゃと桂馬は少年の頭を撫でた。
「それじゃあ、施設に帰って約束通りみんなと遊ぶか?! もちろん、俺らとシスターもだからな! 全員参加!」
施設に帰る道すがら、ジョン太を拾ったという公園にも寄った。
「さよなら、ジョン太」
紙に書いたメッセージと風船を飛ばし、一行は施設へと戻って行った。
夕焼けの空に、赤い風船はすぐに見えなくなった。