●準備
懐中探検モニターに集まった八人は、それぞれのファッションと持参物で意欲を表していた。
普通の海パンと、岩場で怪我をしないように履いた靴という軽装の遊佐篤(
ja0628)の傍らには、白いレース付きのビキニを着た恋人のリゼット・エトワール(
ja6638)がそっと佇んでいる。
新柴櫂也(
jb3860)は、ウェットスーツを軽く羽織り、冷たい飲み物が入ったクーラーボックスや、漁協で借りた収穫用の道具や料理用の網、炭や着火剤を入れた袋を持っていて大荷物だ。
同じくウェットスーツを着たイアン・J・アルビス(
ja0084)も、銛やクラゲ用の塗り薬、掃除用のビニール袋や金箸を持っている。
櫂也の隣には、事前に日焼け止めを塗り、中に水着を着込んで、パーカーとトレンカで肌を日差しから守っているリラローズ(
jb3861)がいる。
真紅を基調に、デコルテの出ないホルターネックのツーピースを着たグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)も、ボトムのフリルが眩しい。
人魚のような水着を着た天使、海野三恵(
jb5491)は海を目の前にして目を輝かせ、巨漢の桐山晃毅(
jb6688)は大量のおにぎりを持参し、下半身にタオルを巻いている。中には当然何かを履いているはずだが。
「忘れ物はないかねー?」
船頭の老人が尋ねる。皆で確認したところ、必要なものは漁協で借りてあるし、各自渡し船に乗っていく。荷物はバケツリレーのようにしながら協力して船に乗せ、最後に巨漢の晃毅が乗ったところで船が大きく傾いで驚いた。
「兄ちゃん、ええ身体しとるねぇ」
渡されたのは沖にある断崖絶壁の小島のようなところだった。
「初めにブルーシートで日陰を作っておかんと、日差しがキツイから気をつけるんね」
船頭はそう言い残して、来た航路を戻っていった。
メンバーは男性陣が、言われた通りに借りたブルーシートとポールでテントのような日陰を作る。なかなかの出来だ。女性陣はお互いに水着を褒めあっている。
「リゼットさん、白いビキニ、お似合い、です」
三恵が少し羨ましそうに言う。
「ありがとうございます。篤さんの好みかと思って選んでみたんです」
テント張りをしている恋人に目をやりながら、リゼットは恥ずかしそうに肌を隠す。
「日焼け止めを塗っておかないと、あとでひりひりしちゃうって聞きましたわ。お貸ししましょうか?」
リラローズの申し出に、リゼット、三恵、グレイシアは、お互いに背中まで日焼け止めを塗り合ってはしゃいでいた。
「お顔用にはこちらでしてよ」
それはSPF50+、PA++++という、史上最強の日焼け止めだった。
乙女は常に紫外線と闘っているのである。
●午前中
「女性も多いので先に謝っておく」
さあ、海に入ろうかと言う時に、晃毅が突然言った。
「その、何だ、サイズがなかったのでこのような格好にならせてもらうが……」
巻いていたタオルをほどくと、ふんどし一丁という姿だった。
女性陣は思わず視線を落とす。
が、グレイシアはすぐに笑って「仕方ないわよね」と言った。
「海だもの、露出が多いのは仕方ないわ。でも解けないように気をつけてよね」
リアルな冗談にその場が沸く。
「それじゃあ、行こうかリゼット」
篤に促されて、人魚の形の浮き輪を持って降りやすい場所まで下っていく。フジツボがびっしりと付いている岩場なので、全員マリンシューズと軍手を渡されていた。さすがに裸足では怪我の恐れがある。
イアンはウェットスーツをしっかりと装着し、シュノーケルを着けて、「では、僕はタコでも狙ってくるよ」と、銛を持って海へ入っていった。
「リラ、俺たちも行くか。素潜りを教えてやるよ」
櫂也は妹分のような存在のリラローズに声を掛け、一緒に足場を探しに行った。
「三恵、あたしたちも一緒に行かない?」
グレイシアはぼーっと海を眺めていた三恵に声を掛ける。
「シーはね、海が、大好き、です!」
ぱっと瞳を輝かせ、グレイシアと装備を整えて降りやすそうな足場を探して海へ出る。
晃毅は少し残って、具合の良い岩場を見つけてかまどの用意をし、それから豪快にザバンと海へ飛び込んだ。
「リゼット!波に乗る修行だ!」
篤が突然リゼットに言う。リゼットはきょとんとしている。
午前中なので海は凪いでいたので、二人はちゃぷちゃぷと緩い波に揺られていた。
「ほーらリゼット。波だぞー! ちゃぷちゃぷするぞー!」
「これが修行、ですか?」
すると、近くを渡し船が通って行ったせいで、大きな波がやってきた。二人は頭から水を被り、リゼットは浮き輪から落ちそうになるが、すんでのところで篤が支える。
「……うぅ、波の不意打ちにやられるようでは、まだまだですね……」
リゼットはがっくりとうなだれて反省していた。
「ん、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑うリゼットを見ながら、「白ビキニリゼットとかマジ可愛いぜうおおおお!!」と叫び出したい気持ちを抑え、ポーカーフェイスを作る篤だった。
「篤さん、鼻血が……?」
「え? いやこれ、今ので海水吸い込み過ぎたかな?」
海の水は澄んでいる。シュノーケルで覗くと、岩場にサザエやウニがくっついているのが良く見える。
しかしイアンは岩場の陰に隠れているタコを狙っていた。銛で一突きすれば簡単だと言われそうだが、ああ見えてタコは素早い。素人にはなかなか出来ない技だが、ここは撃退士の運動能力の見せ所だった。
呼吸を止め、泡を出さないように潜り、岩間を探る。
こうやってイアンは小ぶりながらもタコを四匹捕まえた。海の中で出早く内蔵を処理し、墨袋も出す。それを狙って集まってきた、名前のわからない美しい魚も捕まえた。塩焼きにすると美味く食べられそうだ。
「まず、潜る特は獲りたい物に向かってお辞儀をするように、垂直に海中へ入るんだ」
櫂也は自分で言った通りに、まず実践して見せる。リラローズが見ていると、二つのサザエを持って櫂也が顔を出した。
「まあ! すごいですわ櫂也お兄様!」
ゴーグルで海中を覗いて目星を付け、リラローズも同じように潜っていく。すぐにあがってきて、「思ったより遠いですわ」と言った。
「大丈夫だ。リラは運動神経も良いし飲みこみも早いからすぐ出来るようになるさ」
櫂也はリラローズの手を引いてゆっくりと海中を探索する。
「海の中から見る太陽の光って、とても幻想的で優しくて……ゆらゆら、きらきらしてるの、素敵です」
慣れてきたリラローズは、感激している。
「櫂也お兄様と、暫しの海中散歩ですわね」
三恵とグレイシアは、ゴーグルで海中を覗きながら浮遊していた。そこでクラゲを何匹か見つける」
「クラゲ……きれいで、きらきらして、さわり、たい、です」
しかし、三恵は昔、仲の良かった天使に、触ったらだめと言われていたので、手を伸ばすのをためらう。毒があるものもあるから、うかつに手を出すなと教えられたのだ。
そこでグレイシアはそっと三恵の手を取って伸ばしてやる。
「あのクラゲは毒はないのよ。だから触っても大丈夫。何かあったらイアンが薬持ってたし、本当に危険なのは、鳥の羽根みたいな形のとか、ヒモ状のクラゲなのよ」
事前に仕入れてきた海の知識を披露すると、三恵は喜んでゆっくりと浮遊するクラゲに触れた。柔らかくてするりと手から離れる。
「みんなと一緒に、海に、行けて、幸せ、です」
「あたしも楽しいわ。あ、ふんどし……じゃなくて、晃毅!」
向こうからやってくる晃毅にグレイシアが手を振る。
「おう、お前たちも、何か獲るつもりなのか?」
すでに網に半分ほどサザエや牡蠣を収穫している晃毅に、グレイシアが収穫のコツを聞く。
「牡蠣は岩と同化していて見分けがつかないから難しいが、サザエの形はわかるだろう? サザエはウニの近くにいることが多いから、それでわかると思うが」
なるほどとグレイシアは礼を言い、三恵と一緒にゴーグルでまずウニを探した。確かに近くにサザエらしき物がある。
「見てて!」
グレイシアは不意に潜っていき、一つのサザエを持って上がってくる。
「そうだ、それでいい」
グレイシアの飲み込みの早さに晃毅は驚きながらも称賛する。三恵もぱしゃぱしゃと拍手した。
「俺はそろそろ戻る。昼食の頃には戻って来るんだ」
「わかったわ」
そう言って晃毅は小島に戻っていった。
●昼食
晃毅が戻ると、既に櫂也とリラローズ、イアンが戻っていた。
「かまどの用意、ありがとうございます」
イアンが晃毅に礼を言う。魚とタコを焼いているところだった。
「ああ、魚も獲れたのか。たいしたもんだな」
「調味料、いろいろ持ってきてますよ。魚は塩がいいですか?」
櫂也が岩塩を取り出す。
「ありがとう」
晃毅も空いた網にサザエを並べ、牡蠣の殻剥きを始めた。せっかくなので、今いるメンバーに生で食すように勧める。
「美味しいですわ! 全然生臭くありませんの」
リラローズが感激している。そこへ「いい匂い〜」とグレイシアと三恵が戻り、すぐに篤とリゼットも戻ったので、それぞれに剥いたばかりの牡蠣を渡す。皆美味そうに食べ、話題も弾んだ。
「もしかして、岩にバツ印付けてくれたのは晃毅さんですか?」
「うむ、牡蠣を剥がす時にちょっと調べてみたのだ。それらしいものはもう少し沖のようだな」
リゼットとイチャラブしながらも、宝箱の在り処をチェックしていた篤は、それで随分助かったのだ。
「さっきそれっぽいのを見つけたよ。午後からみんなで行ってみよう」
それではまず腹ごなし。
晃毅が持参したおにぎりを片手に、焼けていたイアンのタコと魚を食べ、櫂也の獲ったサザエをいただく。
「ん、リラの獲ってくれたサザエ美味しいよ。醤油加減が丁度良いな」
櫂也は美味しそうにリラローズの取ってくれたサザエを食べ、二つ獲れたウニでパスタを作っていた。
「パスタですか。半熟卵と塩胡椒、オリーブオイルでシンプル味付け。見事ですね」
イアンが調味料まで見抜いて褒める。さすがに料理好きなだけある。
彼自身、食べるより「美味しそうに食べてるのを見る方が僕としてはいいですからね」という考えの持ち主なので、リラローズのリクエストで作ったというウニのパスタの、人のために作った料理の美味しさを思う。
●宝探し
大自然の昼食を満喫した後、しばらくそれぞれ休憩を取り、水分補給をして、午前中に篤が目星を付けたという本命の宝箱を探しに行くことにした。
リゼットとやや沖合まで流された時に、足元に小ぶりな岩の塊を見つけたのだ。その時は左足で蹴ってみたが、びくともしなかった。
右足の靴の中には、実はレガースを仕込んである。どうしても無理なら、これを使ってみようと思っていた。
「何回も潜って行くのはすごく体力を使いますし、交代で探索しましょう!」
午前中、修行と称してちゃぷちゃぷしていただけだと思っていたリゼットは、篤がそんなに目星をつけていたとは思いもしなかった。自分も役に立ちたいと思う。
「おっけー。最初にあたし、ちょっと見てみたいけどいいかな?」
グレイシアが名乗りを上げる。
「いいですよ。無理はしないでくださいね」
七人が見守る中、グレイシアがまず潜ってみる。
「ぷはぁっ! ダメ、ぜーんぜん動かないよ。完全に岩になってるね。でも牡蠣がびっしりって感じで、完全な岩じゃなかったから、牡蠣を剥がしながら地道にやれば動かせるかも」
グレイシアの状況説明に、皆で順番に張り付いた牡蠣を剥がそうということになった。
15回という限られた潜水で、どこまで剥がせるかわからないが、二人ずつ交代で潜り、牡蠣が獲れたり獲れなかったりした。
「シー、あと二回、です」
三恵も息が上がってきている。さすがの撃退士も、連続で潜水し、牡蠣を剥がしてくるのは体力を消耗する。
リゼットもぐったりしていて、リラローズもグレイシアも、浮き輪に捕まっている状態だった。
「皆さん、体力が尽きそうなら先に島へ帰っていてくださいね」
イアンが心配そうに声を掛ける。
「しょうがないな。必殺技、使うか」
篤が言って、潜っていく。水中で、レガースを仕込んだ方の右足で宝箱の底あたりを蹴った。
手応えはあったが、水中ということと、全力でなかったことで、何枚かの牡蠣が吹き飛んだだけに終わった。
「たいした必殺技ですね。反対側もいけば、持ち上げられるんじゃないですか?」
櫂也は何かを見抜き、ニヤリと笑う。篤も笑みを返し、「任せろ」と時間も置かずに再度潜っていった。彼は最後の潜水になる。
櫂也の言った通り、反対側を全力で蹴ると、宝箱の下に穴が開いた。これで持ち上げる事が出来そうだ。
「それじゃああとは、僕たち三人で持ち上げてみましょう」
イアンが言って、櫂也と晃毅と同時に潜る。穴の空いた岩に手をかけ、全力で持ち上げた。晃毅の方が宙に浮く。
そこで一旦三人とも浮上。
「場所を交代しよう。まだ離れていない部分は俺が持つ。あとは一気に引き上げよう」
晃毅の案で、持つ場所を入れ替えて再度潜水。これで最後だ。待っている五人は祈るような気持ちで待つ。
そこへ少し時間を掛けて、三人が浮上してきた。どうやら宝箱が剥がれたが、重いのでロープを巻いたようだ。
「取れましたよ!」
イアンがシュノーケルを外して叫ぶ。
「これで小島まで行こう」
晃毅とイアンでロープを持ち、篤と櫂也は女性陣を乗せた浮き輪を牽引しながら小島に向かった。陸に上がった時には疲労困憊していて、誰も口を開かなかったが、篤はリゼットにタオルを掛け、上着を渡した。リゼットも「大丈夫ですよ。篤さんこそ、きちんと拭かないと」と彼の頭を拭いてやる。
「篤さん、玄米茶お好きですか?温かいのを持って来たんですよ」
リゼットは言い、篤にお茶を渡す。冷えた身体に染み入るようで、心地よかった。
リゼットは他のメンバーにも温かい玄米茶を紙コップに入れて渡す。
やがて迎えの渡し船がやってきて、宝箱を見ると「やったんか!?」と喜んでいた。
●中身
渡し船で浜まで戻り、漁師たちの手も借りて蓋のようになっている部分の牡蠣を剥がすと、出てきたのは巨大なタコだった。
先ほどイアンが獲ったものとは比べ物にならないくらいに育っている。
「こりゃあ、箱に入ったまま出れんようになったんじゃな」
そこで海水中の栄養を得て、これほどまでに成長したのだろう。
「どうだ? 刺身にでもするか?」
漁協の漁師たちの見事な捌きで、口に入れるとまだ吸盤が舌を吸うほどだった。甘くて柔らかい。
「美味しい〜!」
皆口々に言う。宝箱の中身は、何とも最高の宝だったようだ。
こうやって、夏の想い出は各自の胸に刻まれたのだった。