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嗚呼。分からない。
仇を討ちたいのか、それとも殺されたいのか。
分からないが故に彷徨っている。そして、それに対する答えはきっと近くにある。そう信じて。
仇を討ちたいし、殺されたい。嗚呼、どちらなのか。
少年は狂う。ゆっくりと、天魔を求めて狂っていく。
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街に天魔が攻めてきてるとあっては、すぐに撃退士たちが派遣された。
対するは八人。敵の数は三。一見すれば、有利であるが、実際にはそうとも限らない。敵が強い、救出対象がいるなど、理由は様々であるが。何はともあれ、相談から始めなければならない。
敵の情報は分かっている。どこをどう進み、どう攻略するか。それが、問題である。
御堂・玲獅(
ja0388)が仲間にコピーした地図を配りつつ、どのように街を回っていくか、八人で決めていく。
クライシュ・アラフマン(
ja0515)は避難状況の確認を行うが、現状、どの程度が避難してきていたのか、慌ただしく動いているため、消防職員や警察なども把握し切れていないという。公的機関の力を借りることはできないだろう。
ただ、現在位置は市街地の東側であることは掴め、それぞれの向う場所も決まった。
御幸浜 霧(
ja0751)と神埼 煉(
ja8082)は一旦この辺りの警戒をしつつ、玲獅と礼野 智美(
ja3600)は南西に進み市街地南を、クライシュは鬼(
ja4371)と共に北西へ進み市街地北を、道明寺 詩愛(
ja3388)と若杉 英斗(
ja4230)は西へ進んで市街地中央を目指すことにした。
八人は頷くと、それぞれ猛スピードで駆けていく。
生存者がいる可能性もあるのだ。もたもたしている時間は無い。一斉に散るようにしてその場から動きだしたのだった。
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市街地中央。
「誰かいませんか〜。いたら返事か合図してくださ〜い」
拡声器を使いながら、英斗は救助者がいないかを探していた。しかし、誰も見つからず、返事も帰ってくる気配はない。
「この辺りには誰もいないのでしょうか……?」
詩愛が告げる。
はたして、そうだったのか。
代わりに聞こえてきたのは、ファサファサと羽の擦れる音。
明らかに人の発する音ではない。
二人もまた味方へ連絡を入れ、武器を構える。
目の前には、蛾を彷彿とさせるような巨大な昆虫型のディアボロが姿を現していた。
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声が聞こえた。この辺りでは聞いたことがない声。
きっと撃退士だ。
……僕は撃退士に会うために来たのか。それとも。
分からない。
だから、そっとこの場を立ち去った。
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「突然の来訪とは、連中も無粋な真似をしてくれる」
どこか愚痴をこぼすようではあるが、クライシュはその実、悦びを隠しきれないでもいた。天魔との戦闘。それは血沸き肉躍る命のやり取り。
「で、どこにいるのかねぇ?」
少し面倒くさそうに鬼。
「何、探して見る必要があるさ」
市街地から北の方向を探していると、ガシャンと何かを壊す音と笑い声が響いてきた。
恐らくはディアボロだろうか。
「お前、何か楽しいのか? 時間的にまだ鬼門の時間でもなかろうに」
餓鬼を眺め、鬼がそう言う。ケタケタと笑う餓鬼は、二人の姿を見かけると飛び掛かってきた。
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市街南部。走る途中に、老夫婦を見かけた。足は遅く下手すると天魔に追いつかれる可能性もあるため、一度、避難所へ送り返そうとも思ったが、敵の侵攻も気になる。
「私らのことは良いですから、どうぞ天魔を倒してくだせぇ……」
「そうは言われましても……」
「そう言う訳にはいきません!」
老夫婦の提案を跳ねのけて、玲獅と智美は避難所まで一度戻ろうとするが、念のためと周囲に敵がいないか、玲獅が生命探知を使うと、すぐそばにディアボロが迫ってきていることが分かった。
「逃げる、のはきついですね」
「ここで迎え撃ちましょう……!」
一般人を守りながらの戦闘だ。厳しいところだが、何とかするしかない。
二人は味方へ連絡を入れると武器を構え、敵が現れるのをじっくりと待つ。
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霧と煉は、市街東部を探していたが、人っ子一人、見当たらない。
「過疎区域……淋しいな」
かつては笑顔があふれていたのだろうと、煉は思う。しかし、現実は非情である。天魔に人類は押され押されて、こんな風に住める地域が限られてきている。
「感傷に浸るのは後にしましょう。敵または救出者を見つけませんと」
霧が、すっぱりと断ち切る。凛としたその様子は、人を救う者の意思を感じられる。
車椅子に乗りながら、生命探知を使うが、特に何も反応はない。そもそも十五メートルほどの距離しか探知できないスキルだ。隠れる場所でもない限りは、目視の方が早い。
そんな折、市街南部より連絡が届く。
「どうしました?」
『一般人を保護したんだが、敵も出てきている。できれば救援に来てくれないか?』
二人は顔を見合わせると、その場を動こうとする。
と、その時。
前方に一人の少年が現れる。
どこか、ふらふらと彷徨っているようにも見えた。
様子がおかしいことに気付いた二人は、その場に駆けよる。
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あぁ、天魔と遭いたいのに会えない。
会えたのは、結局、撃退士で。
でも、それでも良かったのかもしれない。
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「貴方の瞳には……」
見つけた少年の瞳を見て、煉はぞっとした。それは狂気に囚われた者の目。色もなく、ただ答えを見つけ出すためだけの、ただ生きているだけの存在になりかけている。
時間は限られている。
霧が避難するように言うが、足を動かそうとしない。問い詰めても、その表情は何も変わりない。
ただ、一つ。
僕を天魔のところに連れていってほしい。
そう言った。
霧は一瞬だけ瞑目すると、答える。
「見物だけです。近づくのは厳禁。その約束を守れるのでしたら、同行を許可しましょう」
変に移動されるよりは、自分たちで見張れる距離にいる方が安全と言うものだ。
霧の提案に、それでも構わないと少年は言った。
三人は救援要請の入った玲獅たちの方へ向かう。
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市街地中央部。
英斗と詩愛は、宙を舞う巨大な毒蛾と対峙していた。
羽を広げて、鱗粉を撒き散らすが、アストラルヴァンガードとディバインナイトである二人の高い抵抗力の前には無意味だった。
「抵抗力にはちょっと自信あるんです、よっ!」
足に巻きつけた忍術書から、蹴りを振り抜くと風の刃が毒蛾を襲う。フワリフワリと舞うだけに見えるが、巧みに風の隙間を抜け、これを回避する。
ダンと重い音を立てて、英斗の銃が火を噴き、羽を貫くが大きな損傷を与えられたようには見えない。タウントを使用しつつ、気を引く。
英斗のオーラへ誘蛾灯に誘われるかの如く引き寄せられていくが、これは彼らの仕掛けた罠。
「道明寺さん、例のヤツ、行きますよ!」
「了解です!」
英斗はその背から聖なる翼を出し、ふわりと宙に舞う。その姿はまるで天使の如く。浮遊したまま毒蛾へ近づくと、同時。
その後ろから詩愛が駆けてくる。英斗の真下までやってくると、そのまま跳躍、英斗がそれを掴むと、撃退士としての剛力を発揮して、毒蛾目掛けて投げ飛ばす。
毒蛾の頭上を越え、背中の辺りで詩愛は足を真下に振り抜く。
「墜ちなさいっ!」
蹴り抜くと同時に、聖なる鎖が毒蛾を絡め取り、地面へ叩きつける。もがくように、蛾は蠢くが、鎖によって縛られ身動き一つできない。
そこへ、蛇の牙の如き手甲が毒蛾の胴を貫いた。不気味な体液を撒き散らし、苦悶の声を上げる。
「これで止めです!」
再び、詩愛が振り抜いた風の刃により頭から真っ二つにされ、毒蛾のディアボロはその動きを完全に止めたのであった。
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餓鬼に対するクライシュと鬼の二人。餓鬼の動きより先に、クライシュが盾で抑え込む。盾に阻まれつつも、餓鬼はクライシュへ飛び掛かる。冥府の力を宿した爪に、盾を持っていても、腕が痺れた。だが、盾で防げば、そこまでの威力ではない。
「面倒だ、一旦弾き飛ばす……!」
盾を圧しつけるようにして弾き飛ばす。
そこへ横合いから、鬼が手斧を一閃。体内でアウルを燃料とした爆発的な一撃が餓鬼を的確に捉える。
グシャリと餓鬼の左腕がひしゃげる。
そこへ、クライシュの強力な光剣が迫る。的確な狙いを定めたその一撃は、胴体を切り裂く。
それでも、餓鬼はまだ健在だ。鬼と言うだけあって、なかなかにタフか。
すばやい動きで纏わりつくように、鬼へと迫る。
だが、クライシュがそれを許さず。
「俺の翼はそう易々と折る事は出来んぞ!」
素早く割り込み、敵の攻撃を光剣で受ける。
防御には適さないそれだが、元よりクライシュは防御に適している。冥府の力を跳ね除け、餓鬼の攻撃を寄せ付けない。
不利と悟ったか、餓鬼は逃げるようなそぶりを見せるが、今度は鬼が回り込み、それを阻止する。
「逃げようったって、そうはいかないぜ?」
再び、アウルを爆発させ、超加速された一撃を見舞う。吹き飛ばされてぐるりぐるりと舞うそこへ、空中から一筋の剣閃が、餓鬼を地に縫い付ける。
「そんなに腹を満たしたいか? ならば存分に喰らえ、俺の斬撃だがな」
ゾブリと、胴から突き出された光剣は餓鬼の命を刈り取るには十分な一撃だった。
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一方、市街地南部。智美と玲獅は苦戦していた。
本来なら盾になるべき玲獅は老人たちの盾となり、攻撃が来ないように牽制するので精一杯だった。
敵はばらまくようにして、酸を吐き散らす。玲獅はそれから老夫婦を守らなければならなかった。
智美も火炎放射器で応戦するが、敵の酸によってじわりじわりとダメージが蓄積していく。
そこまで強い相手と言う訳ではないかもしれない。だが、分が悪い。
一対一で勝てるほど甘い相手ではなかった。
「くっ……」
ジュウと音を立てて、智美の腕が焼ける。強力な酸によるものだ。火炎を放射して対抗するも、まだまだ倒すに至るには火力が足りない。
じりじりと劣勢に立たされていく。
ついには、智美を取り込もうと、触手を伸ばすように、その体を歪めてきた。
そこへ、割り込む影。
煉が庇護の翼を以て、智美を庇う。
「伊達にナイト、なんて名乗ってませんよ。柄ではありませんけどね」
二人の危機に、何とか煉と霧が間に合った。
「さて、反撃開始と行きましょうか」
光纏し、車椅子より霧が立ち上がり、惟定と銘付けた刀を構える。
頑強に粘るスライムであったが、霧と煉が盾となり、智美が火炎放射で焼き払わんとする。
その様子を、少年はじっと眺めていた。食い入るように、じっと。
「仇、ですか?」
玲獅の言葉に、ふるふると首を振る。ただ、自分が分からないと答える。この戦いに割り込めるものなら、割り込みたいのかもしれない、と。
ならば。
「かの敵を殴る仕草をして下さい」
演技でも良い。戦いに入れたのだと実感できれば。
すっと拳を突き出す少年。
それに合わせて、玲獅は召炎護符から炎を飛ばす。
炎は、スライムに命中すると、ついにその体を保てなくなったか、どろりと溶け、炎により蒸発していった。
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敵の全滅を確認した後、八人の撃退士たちは少年の元に集まった。
「何故、逃げなかった?」
老人は足が不自由だったから逃げ遅れていたという理由もあるが、彼はそうでもない。
智美に何故かと問われ、ポツポツと理由を話す。
天魔の手で家族を失ったこと。天魔の情報をひたすら集めていたこと。自分がどうしたいのかも分からないこと。
「仇討ちですらないと……?」
霧の問いにそれも分からない。そう答える。
ふぅと溜め息を吐きつつ、霧は光纏を解除し、車椅子に腰かける。
彼にはどんな言葉が良いのだろうか。それを考えるが、簡単には思いつかない。事情は思っている以上に複雑なのかもしれない。
「でも、今日の私たちの姿を見て、何か思うところはありませんでしたか?」
詩愛が問えば、そっとではあるが頷く少年。
少年の瞳には、少しであるが色が戻り始めていた。
「撃退士としての力があるとは限りません」
だが、武器を持つだけが戦いではない。
「私は決して強くありません」
いつか限界が来ると、詩愛は告げる。それは、戦いの中でいずれ再起不能となる可能性もあるのだと。
「ただ、その時は食事を作るという形で戦いのサポートができれば。そう思います」
だから、貴方も自分にできる戦い方を探しては。そう告げる。
「何なら、久遠ヶ原の従業員として就職するのも良いかもしれませんね」
クライシュに車椅子を押してもらいながら、霧は少年へ訴えかける。
少年は無言だった。自分にできること。それが何なのかを考えているのかもしれない。
ともあれ、撃退士たちは無事、人的被害を出すことなくディアボロたちを撃退することに成功したのであった。
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その後の少年は。
アウルに目覚め撃退士になったとも、目覚めず撃退士を助けるための職を目指したとも。詳細は不明である。
結局のところ、彼は何を求めていたのか。
それは、誰にも分からない。
だが、救いの光を撃退士たちの姿に見ることができたのだろう。
それだけは確かだった。
(代筆:にられば)