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撃退士達は件の建設現場から少し離れた、とあるビルの屋上に集まっていた。
「複合商業施設か〜、アニメショップもあるといいな〜」
双眼鏡を覗きながらアーニャ・ベルマン(
jb2896)が緊張感のない様子で呟く。
「アニメショップって……。今気にするトコ?」
佐藤 としお(
ja2489)が苦笑する。
「え〜、だってもしあるなら完成したら行ってみたいし」
「わかったよ、後で社長さんに聞いてみよう。それで現場の様子は?」
としおに聞かれ、アーニャは双眼鏡から目を離す。
「確かにそれっぽいのがいるね。全部で5羽。上の方にいるみたい。上部は鉄骨の骨組みだけ。外側に落ちたら撃退士でもたまったものじゃないよ」
依頼の建物は10階建てで、地上30mはある。万一最上階から地面に叩き付けられるようなことがあれば、撃退士といえども命に関わるだろう。
「これはやっかいだね〜♪落ちないように気を付けながら、施設を守りつつ敵を倒さなきゃいけないってわけか」
「中に入る前にこれ並べなきゃね。他に使えそうな物があったらそれも」
ぼやくとしおに両手一杯に段ボールを抱えたクラリス・プランツ(
jc1378)が言う。撃退士達は頷き、まず周囲に緩衝材を並べるためビルへと向かった。
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撃退士達はビルに到着し、それぞれ作業を行っていた。
橘 樹(
jb3833)も自分の持ち場で持ち込んだ段ボールと、ビニールシートなど衝撃を和らげられそうなものを周囲に敷き詰めていた。
「こんなもんかの。というか柔かければいいならきのこを置くというのも今思えばアリだったかもしれんの」
普通に考えてきのこを置くのはナシだが、本人は至って真面目である。
「しかし、高い所は基本的に苦手なんだがの。まあ依頼だから仕方な……あたっ」
段ボールを置いていると、背中から何かにぶつかった。後ろ向きで作業をしていたので、背後にいた撃退士とぶつかってしまったらしい。樹は振り返った。
「すまんの、うっかりぶつかってしまったであるよ。……はて?」
相手の顔を見て、樹は怪訝そうに首を傾げた。10秒ほど考え込んだ末にぽん、と手を叩く。
「おお!お主はいつぞやの魔法少女の!」
樹の言葉にレイ・フェリウス(
jb3036)は苦笑いを浮かべる。
「あまりそのことは思い出したくないけどね」
二人は以前とある依頼に参加し、魔法少女戦隊☆マジカルきのこのメンバーとして共に戦った仲であった。
「また一緒に仕事が出来て嬉しいよ。よろしく」
「おお!こちらこそよろしくなんだの!」
樹は微笑と共に差し出されたレイの右手を握った。
「お二人とも、準備は出来ましたか?そろそろ向かおうかと思うのですが」
旧交を温める二人に声がかかった。声のした方を見ると、ビルの角から黒井 明斗(
jb0525)が顔を覗かせていた。
「わかったよ、今行くね」
レイが返事をし、二人は明斗と共にビルの入り口へと向かった。
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それから撃退士達は再び集合し、共に上へと昇っていた。敵はまだこちらに気付いていないのか、下に降りてくるような気配はない。
「それにしても人の子が一生懸命作っておる物を邪魔するなど、けしからんヤツでござるな!樹殿っ!成敗するでござるよ!」
「淡雪殿了解だの! きのこの名にかけて施設は守ってみせるんだの!」
淡雪(
jb9211)が憤りを口にすると、樹もそれに同調した。二人は以前に何度か依頼を共にしており息の合った様子を見せている。
そうして雑談や作戦の話をしている間に半分まで辿り着き、ここからディアボロに対し攻撃を仕掛けることになった。
「はっ!」
クラリスが気合を入ると、その背中に光り輝く翼が現れた。他の者も翼を発現してそれぞれ戦闘の準備を行う。
「それじゃあ私達は建物の外側から上に行くね」
そう言ってクラリスは樹を連れて羽ばたいて行った。
「じゃあまずは僕から行くよ」
そう告げると、としおは目にも止まらぬ速さで跳躍し、8階相当の鉄骨にいるディアボロの所まで一気に駆け上がり、腰の安全帯と鉄骨を繋いだ。突然現れたとしおの存在に驚き、ディアボロは飛び上がった。そこを逃さず、としおはライフルを構えて上空のディアボロに銃口を向けた。
「とりあえず降りてもらえるかな?」
「ゲェェェェェ!!」
としおの放った銃弾はキラーホークに命中し、その衝撃によってバランスを崩したディアボロは逆さまに落ちていった。途中で翼を広げてなんとか体勢を立て直したキラーホークだったが、下にいた撃退士達に周囲を囲まれていた。
しかし近くにいたもう一羽のキラーホークが、相方が落ちたのを見てすぐにとしおの方へと飛びかかってきた。
「うわっ!?」
としおとしては十分な距離を取った上で攻撃に移ったつもりだったのだが、ディアボロのスピードと射程範囲はその予想を上回っていた。
キラーホークはとしおの直線上に立つと、白い息をとしおに向かって吐きかけた。
「ぐうっ!……って、おいおい!」
敵のブレス攻撃をなんとかこらえたとしおだったが、ふと気付くと足先が石化の症状を示していた。さらに石化は進み、あっという間にとしおの全身が石と化していた。
足の踏ん張りがなくなり、としおの体が揺れたかと思うと、次の瞬間落下していた。しかし、幸いとしおは安全帯を腰につないでいたため、逆さ吊りになるだけで済んだ。
一方、ビルの屋上付近では外側を浮遊する樹達が行動を起こすタイミングを計っていた。
「たた高い所は怖いんだの…でも飛べないきのこはただのきのこなんだの!」
震えながら自分に喝を入れる樹。顔はすっかり引き攣っている。
「もう、そんなに怖いなら下にいればよかったのに」
そんな樹を見てクラリスは肩を竦めた。
「き、きのことしては怖くても戦わなくてはならない時があるんだの」
「ていうかそもそもきのこじゃないでしょ……」
クラリスが突っ込みを入れていると、下の方から銃声と、それに続いてディアボロのものらしき鳴き声が聴こえてきた。
「……はじまったみたいね」
「そうみたいだの。ではわしらもそろそろ行くかの」
二人はビルの外側から内部へと向かって行った。出来ればディアボロを建物から引き離して戦いたい所だが、中々こちらに近付いてこない、というより向こうは樹達の存在に気付いていないようだった。このままでは上部にいるキラーホークが下に向かいかねず、そうなると下の撃退士達では対処しきれなくなる可能性がある。そのため仕方なくこちらから近付いて上にいるディアボロを自分達に引きつけることにしたのだ。
近くのキラーホークに向かって飛んで行く二人。するとキラーホークは二人に気付き、耳をつんざくような叫び声を上げて向かってきた。
ちょうどビルの端で二人とキラーホークが相対すると、キラーホークは突然口を膨らませた。まるで吐き気をこらえるように口を震わせている。
「い、一体何!?」
突然の行動に驚き、警戒するクラリスと樹。するとその瞬間ディアボロは口を開き、黒くて丸い物体を吐き出した。
二人が思わずよけようとした瞬間その黒い物体は爆発し、周囲に衝撃と破片をまき散らした。
「きゃあっ!?」
「ぬおっ!?」
回避しきれず、二人はダメージを受けた。飛んでいたため落ちることはなく、爆風で後ろに下がるだけですんだ。
「今の……爆弾?」
爆発で若干汚れたクラリスが呟く。
「どうやらそうみたいだの」
「同じ攻撃を受けないように気を付けて戦わないと……あ!爆発した所が!」
クラリスが指差した所を見ると、爆発の余波を受けた鉄骨に傷が見える。同じような攻撃を何度も受けるとその部分が破損するかもしれない。
「むっ、確かに。同じ場所をやられないようにせんとの。今度はこっちの番だの!お呼びであるよ!」
樹の声に応えて鳳凰が召喚された。ピーィ、と甲高い声で鳴くと、鳳凰は二人を守るようにキラーホークの前に立ち塞がった。
「こっちよ!」
鳳凰の突然の出現にキラーホークが驚いている隙に、クラリスは敵に接近した。そして脚部にアウルを集中させると、一気に飛び出し電光石火の早業で切り裂いた。
「グォォォォ!」
相手が苦しんでいる間に再度クラリスは距離を取って反撃を喰らうのを回避した。
そして再び下。石化攻撃で石となったとしおがブラブラと揺れている。そこへ明斗が即座に鉄骨を駆け上がる。
「少し予定外の展開ですが、問題ありません」
明斗が手をかざすと、そこから光が溢れとしおを覆う。するとみるみるうちにとしおの石化が解け、元の肌へと戻っていった。
「うーん……。……うわっ!なんで逆さ!?」
急に意識が戻ったので理解が追いついていないらしいが、明斗の助けも借りてとしおは再び鉄骨の上に戻ってきた。
「佐藤さんは石になってたんですよ」
「そう言われれば……。石化攻撃か、気を付けないとね」
他の撃退士達も明斗に続く。
「麻呂! 出でませい!」
淡雪が声を上げると、暗青の竜、ストレイシオンが現れた。そしてそのまま行動に移る。淡雪が敵から離れる一方、ストレイシオンを先程としおに叩き落とされたキラーホークに差し向ける。
ウォォォン、という凄まじい唸り声を上げると、ストレイシオンはその大きな口を開け、雷にも似たエネルギー体を解き放った。
ストレイシオンの攻撃を受けたキラーホークは半ば黒焦げで、足元もふらついていた。
「もらった!!」
そこへアーニャが不意打ちの一撃を叩き込む。急所を衝かれたキラーホークは、断末魔の叫びを上げて下へと落ちていった。
「これで一羽目だね!次に行こう!」
敵を一体撃破したことで、撃退士達の士気が上昇する。
「よし、どんどんいこうか。次はさっきみたいなヘマはしないからね」
そう言うと、としおはまた別のキラーホークに対空射撃を放った。先程と同じくディアボロはアーニャ達の所へと落ちていく。そしてさっきのようなことがないように、今度は十分マージンを確保してとしおは移動した。
このまま撃退士達が攻勢を強めるかに見えたが、としおに落とされたキラーホークが淡雪に狙いを定め、樹達にぶつけたのと同じ爆弾を吐き出した。
「むっ、なんであるかこれは」
慌てる様子もなくその場に留まっていた淡雪だったが、その刹那爆弾は破裂し、淡雪は後ろへ吹き飛ばされた。
一方、上層でも戦闘は続いていた。ばさばさと羽音を立ててキラーホークが飛び上がり、鳳凰を爪で切り裂こうとする。その瞬間、鳳凰の全身を炎の壁が覆った。ダメージを防ぐことは出来なかったが、爪に仕込まれた麻痺の効果を霧散させた。
「隙あり!」
クラリスはヒット&アウェーの戦法で攻撃を続けており、樹の方は鳳凰を壁役として自らは高度を下げ戦況を見守っていた。
と、その瞬間、樹はあ〜れ〜と声を上げながら真っ逆さまに落ちていく影を認めた。
「あ、淡雪どの!?」
どうやら攻撃を受けて落とされたらしい。樹は慌てて翼を広げ淡雪の後を追った。
「淡雪殿出オチにはまだはやいんだのおおお!」
急いだ甲斐あって、15m程落下した所で樹は淡雪を受け止めることに成功した。
「大丈夫かの、淡雪殿!?」
「おお、樹殿。新体験でござるな。今までにない感覚であった」
淡雪の方は落ち着いたもので、落下の恐怖もさほど感じなかったらしい。
「いっくよ〜」
アーニャの手から無数のアウルの蝶が溢れ出て、キラーホークに襲いかかる。
「あれっ、効いてない!?」
多少ダメージはあったが、効果は今ひとつのようだった。ストレイシオンも淡雪から離れつつ攻撃を行うが、致命傷を与えるには至らない。
そうこうするうちにとしおが射撃を重ね、また一羽キラーホークが下に落ちてきた。
そのうち一羽がレイの急所を狙って尖った嘴を突き出す。
「うっ……」
咄嗟に身を捩って致命傷は回避したが、それでもダメージは軽くなかった。
その勢いに乗ってもう一羽が明斗に襲いかかったが、としおが射撃で敵の攻撃をそらして難を逃れる事が出来た。
傷を負ってふらついていたレイだったが、なんとか気力を振り絞ってディアボロを見据える。
「……おいたが過ぎるよ」
冥府の風を発現させて身に纏い力を高め、そこからアウルの弾丸を放つ。弾丸は敵の翼に当たり、その機動力を奪った。
「ナイスであるよ、レイ殿!」
淡雪を受け止めて再び飛んできた樹から放たれたオーラがディアボロを包み、舞い上がる砂塵が襲いかかる。動きの鈍った相手はひとたまりもなく倒された。
「ここまで来たら、僕も攻撃に転じます!」
それまで味方の支援に徹していた明斗が一転、もう一羽のキラーホークに向かって接近していく。明斗が手をかざすと、そこから魔法の鎖が現れ敵を縛り付けた。キラーホークはそれに耐えきることが出来ず、あえなく息絶えた。さらに余力の少ないレイの回復を行う。
「これであと一息です!」
下に降りてきたキラーホークを全て撃破し、いよいよ残るは最上部の敵のみとなった。
「いい加減退場してくれよ!」
としおは最上階に上がると、ここまで生き残った二羽の片方を狙って連射した。次から次へと携えた武器でひたすら撃ちまくり、その圧倒的な破壊力で標的の息の根を一発で止めた。
「ケェェェェー!」
最後の仲間がやられた様に焦ったのか、残りの一羽がとしおの所へ飛んで来て例の如く爆弾をぶつけた。
「うわっ!」
としおは爆風に吹き飛ばされ、石化こそしてないもののさっきと同じ様に宙に吊られる羽目になった。
「そうはいかないんだから!」
キラーホークが身動きの取れないとしおに追撃をかけようとした瞬間、クラリスが不意打ちを与えた。ダメージはさほどでもなかったが、思わぬ攻撃にバランスが崩れた所へレイが狙いすました一撃を放った。
「これで終わりだよ」
レイの放った弾丸はキラーホークの眉間を貫き、相手に断末魔すら上げさせなかった。
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「いや、本当にありがとうございました」
無事依頼を達成した旨を報告に来た撃退士達に向かって社長をはじめとする関係者達は深々と頭を下げた。
「いえ、僕達は仕事を果たしただけですから。顔を上げて下さい」
明斗の言葉に社長達が顔を上げる。と、アーニャが目を輝かせて前に歩み出た。
「あの〜、アニメショップって入る予定ある?」
「アニメショップ……ですか?」
「うん、もしあったら行ってみたいなって」
一瞬呆気にとられた社長だったが、すぐに秘書に確認する。
「おい、どうだった?」
「アニメショップですか……。確かデベロッパーからの資料に……、あ、ありました。アニメフレンズという店舗が入る予定だそうです」
「アニフレが!?やった!完成したら必ず行く!」
さらに漫画喫茶やスイーツがどうのと質問攻めにするアーニャにとしおがラーメン屋はどうだと便乗し、収拾がつかなくなりつつあった。
何はともあれ、とクラリスは高くそびえ立つ骨組みを見上げた。
多少爆発の痛手はあったものの、大過はないようで、点検を行う作業員達の表情も明るい。
よかった、と心の中で独りごちる。
自分達が守った場所を彼らが完成させ、やがてそこに人が集まり、笑顔があふれるだろう。
撃退士達は無事施設を守り通せたことに安堵し、依頼を成功させた満足感を胸にその場を後にしたのだった。