●相談
「家畜を荒らすなんて悪いやつね!あたいがやっつけてやるんだから!」
「おうよ!人様の家畜を食い荒らす害獣は皆で袋叩きにして、肥溜めにぶち込んでやろうぜ!」
依頼のあった山村に着くと、雪室 チルル(
ja0220)は威勢のいい声を上げた。それに天王寺千里(
jc0392)が呼応する。
二人は今すぐにも飛び出して行かんばかりの勢いだったが、まずは今後の方針を立てることになった。
「こちらから山狩りをするか、それとも村で待ち伏せるか……。二手に別れますか?」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が淡々と問いかける。気合の入った二人とは対照的に些かも気負いが見られない。
「いえ、相手が夜まで動かないということを考えると、全員で山狩りを行い、発見できなかった場合日が暮れたら戻って待ち伏せるという形でいいでしょう。どのみち暗くなった山を探索するのは難しいですしね」
仁良井 叶伊(
ja0618)の意見に、異論はないと他の者達は頷いた。
「では、まずは地図を入手しましょうか。待ち伏せや誘導する場所を決める必要があります」
他にディアボロの動きを止めるためのブザー、夜に備えてランタンをそれぞれ用意することになった。作戦の詳細を詰める段になって、それまで黙っていたアイリス・レイバルド(
jb1510)が口を開いた。
「罠についてだが、我々が山に入っている間に鳴子を村人達に作ってもらうのはどうだろう。危険もないし時間も節約出来るはずだ」
「そうですね。時間がないのでお願い出来るならそれがいいでしょう」
叶伊が賛同し、村人達に話をしに行った。
●村人との対話
「……というわけで、今言ったように鳴子で罠を作って欲しいのですが、お願いできますか?」
「わかった。おらたちの村の問題だからな。やれるだけのことはやらせてもらうべ」
叶伊が説明すると、村人たちは快く撃退士達の頼みを引き受けた。早速用具を揃えて準備をし始めた所で、雫(
ja1894)が前に歩み出た。
「それと、予め村の家畜を1,2ヶ所に纏めて頂けませんか?私達の人数から見ても守る拠点が少ない方が被害を出さずに済むとは思うですが」
「わかった、それもやっとくべ。あそこにやっとくだ。牛や鶏には窮屈な思いさせちまうが背に腹は変えられねえからな」
村人は村の奥まった所にある畜舎を手で指し示した。
準備を一通り終え、移動を始める撃退士達に村人が頭を下げた。
「よろすく頼む。このまんまじゃおらたちはここで暮らしてけなくなる。ほんとはおらたちが自分でなんとか出来りゃあええんだけども、あんな怪物と戦うことなんてとても出来ねえ。だから頼む!この村を助けてくれ!」
村人の肩に千里がぽん、と手を置いた。
「安心しな。家畜を食い荒らす野郎はアタシらがぶちのめしてやる!だから大船に乗った気でいな!」
「ありがとう……!よろすく頼むだ……!」
村人達の切実な願いを受け止め、撃退士達はディアボロが住むという山へと向かった。
●山狩りへ
山に入る直前、撃退士達は発見した場合に敵を誘導する経路、連絡の手筈を確認した。一定の距離を保ちつつ、全員で散開して捜索を行うことになっている。
「じゃあ、いよいよ行くのよ。阻霊符の起動を忘れないでね!」
チルルの言葉に頷き、皆阻霊符を起動する。
「それと、敵は音に敏感だと言うからな。極力音を立てないよう気を付けるんだ」
音が鳴らないよう、首輪の鈴に布を巻きながらアイリスが忠告する。
全く音を立てないというのは難しいが、それでも各自靴を布で覆うなど出来る限りの準備をし、打ち合わせ通りに散開してそれぞれ山へと分け入って行った。
●牛鬼はどこに
「……ううん、反応ありませんね」
山狩りを開始して約二時間。雫は忍法「響鳴鼠」を発動したが、ディアボロを発見することは出来なかった。
少人数で効率よく捜索を行うために散開して行っていたが、他の仲間からも発見したという連絡はなかった。やはり日中はどこかでじっとしているのだろう。警戒心が強く気配を発しない対象を探すのは思った以上に骨の折れる作業だった。
他の撃退士達が集まってきた。
「どうでしたか?」
雫の問いかけにアイリスは首を振る。
「こっちはいなかった。何度か生命探知を使ったが……。恐らくもっと山奥に潜んでいるんだろう」
「こっちもだ。ったく、こそこそしてねえで出てこいってんだ」
苛立ちを隠さず千里が吐き捨てる。ディアボロのものらしき痕跡はいくつか見つけたが散発的で、それを追って寝床を突き止めるまでには至っていない。また、予想以上に山の面積が広く地形が入り組んでいて、想定よりも時間を取られていた。
「お日様も沈んできたしねー……」
「影も形も無し。敵を殲滅しようにもこれでは……」
「まあそう落ちこまないで。ディアボロが村に侵入した経路はある程度分かりましたし、お陰でトラップの方へ誘導することも出来そうです。最低限の目的は果たせたと考えましょう」
ぼやくチルルとマキナを叶伊が励ます。
「とはいえ大分時間も経ちました。このまま深追いしているうちに夜になって、その隙に村が襲われるなんてことになったら目も当てられません。村に戻って待ち伏せ作戦に移行しましょう」
雫の提案に異を唱える者はなく、撃退士達は山を下って村へと戻った。
●待ち伏せ、そして遭遇
山から戻って罠がしっかり設置されているのを確認した後、撃退士達は畜舎の前で待機していた。
撃退士達が戻ってきた時にはまだ完全に日が暮れるまで若干余裕があったので、撃退士達も罠作りに参加した。その時は細かい作業が得意というアイリスがその才能を存分に発揮し、他人より遥かに早いスピードで質の高い罠を大量に作成した。
その甲斐あって現在は村全体に鳴子が張り巡らされ、雫の提案で家畜が避難して空になった畜舎には家畜の声が録音されたICレコーダーが仕掛けられている。
家畜達は山から遠い方の二つの畜舎に集められており、ディアボロに突然襲われるといった事がないよう万全の準備がなされていた。
日が沈んで数時間が経ち、皆の緊張が高まってきた時、山の方角からカランコロン、と音がした。
痺れを切らした千里が思わず立ち上がる。
「!来たか!?」
一方、他の撃退士から少し離れた高所に位置した叶伊もその音を耳にし、夜目を発動した。音がした場所に牛鬼型のディアボロをはっきりと確認し、仲間に合図を送る。
「成る程……確かに牛とも虫ともつかない奇怪な姿をしてますね」
そのまま気配を潜め、ディアボロの動向を探り続ける。ディアボロは自らが立てた音に驚いたのか少し動きを止めていたが、それが罠だと気付くような知能はないらしく、改めて動き出すとダミーのレコーダーが仕掛けてある畜舎へと真っ直ぐ向かっていった。
ディアボロはコッ、コッ、コッ、とレコーダーから流れる鶏の鳴き声に導かれてそろそろと畜舎へ近付いていく。畜舎の前に来たところで叶伊が再び合図を送った。それを見た撃退士達は真っ直ぐディアボロの方へと突進していく。
それと同時に、アイリスは畜舎近くに仕掛けておいた携帯を鳴らした。近くで大音量を浴びせられてディアボロは硬直し、撃退士達は不意打ちを仕掛けた。
●戦闘
「はあああっ……」
真っ先に闘気を解放する雫。様子を伺いつつ敵との距離を詰める。音のショックから立ち直ってディアボロは雫の方へと向き直るが、その瞬間、ディアボロの側面に強烈な衝撃が与えられた。
「……隙だらけです。黒焔の鎖にて汝を縛らん……」
マキナが瞬時にディアボロに密着し、右腕で一撃を見舞ったのだ。そしてマキナの手が触れた空間から黒焔の鎖が現れ、ディアボロをがんじがらめにした。
「グォォォォォ!!」
村全体に響くような雄叫びを上げて身を捩るが、実体のない拘束から逃れることが出来ない。
「チャーンス!喰らえなのよ!」
敵が身動きできずもがいている間に、撃退士達は波状攻撃を仕掛ける。まずチルルが真正面からディアボロの足に刃を突き刺すと、さらに後方から叶伊の鏑矢が正確に標的の頭に直撃した。身動きのとれないディアボロは攻撃を躱すことが出来ず、苦痛に満ちた呻き声を洩らした。
叶伊は更に牛鬼の足へ鏑矢を立て続けに撃ち込み、牛鬼の機動力を奪いにかかる。
「このまま動きを止めてしまいます」
味方の攻撃に乗じて雫が幻術を掛けようとしたその時だった。ウォォォン、と身の毛がよだつような雄叫びを上げて牛鬼が再び動き出した。
「あっ……!?」
マキナの焔の鎖を撥ねのけたディアボロは、その勢いで雫にその大きな爪を振り下ろした。
巨大な爪が雫に触れる直前、雫の皮膚に刻印が浮かび、体を黒い粒子が覆い、ディアボロの爪を受け止めた。攻撃が迫る前に、アイリスが自らの粒子で障壁を展開し、雫を守ったのだ。衝撃を完全に殺すには至らなかったが、おかげで雫は致命傷を避けることが出来た。また、同時に唱えた聖なる刻印によってディアボロの爪が持つ麻痺の力からも逃れることが出来た。
「……助かりました、アイリスさん」
「礼には及ばない。仲間を助けるのは淑女的に当然のことだ」
思わぬ妨害にあったディアボロが再度雫に襲いかかろうとしたその時、千里の大声が響きわたる。
「牛野郎、こっちを向きやがれ!!」
千里の声に釣られてディアボロが動きを止める。そこで千里の咆哮がディアボロにぶつけられた。言ってしまえば尋常でないというだけのただの大声過ぎないが、音に極めて敏感なこのディアボロには効果があったようで、少しよろめいた後体勢を立て直しはしたが、明らかに動きが鈍っていた。
一方で、撃退士達から度重なる攻撃を与えられたディアボロだったが、その大きな体躯に見合うだけの生命力を有しているらしく、まだ体力的には余裕があるように見える。
そこで動きの鈍った敵に更なるダメージを与えるべく、マキナは背後から忍び寄ると、構えた右手を突き出し黒い焔を解き放った。
「我求めし終焉を汝に齎さん……」
「ガッ……、ガァァァァ!!」
ディアボロが一際大きな叫びを上げる。まだ足を踏ん張ってはいるものの、今の一撃が堪えたのは明らかだった。
「ナイスなの!次はあたいよ!」
チルルが追い打ちを仕掛け先程とは異なる足を攻撃し、さらに牛鬼の動きが鈍った。最早初めの素早さは見る影もなくなっている。
後少しで倒せる、と思われた瞬間、ディアボロは残った力を振り絞ってアイリスに牙を剥いた。
「ぐっ……!」
突然の反撃に不意を衝かれたアイリスは思わず、片膝をつく。
「アイリス!だ、大丈夫!?」
「問題ない。それより敵だ、あと少しで倒せる。このまま畳み掛けるぞ」
心配そうに声を掛けるチルルに答えるアイリス。痛がるような素振りは一切見せず平然としているが、傷からは血が滴り、とても問題がないようには見えなかった。
「で、でもあんた、その傷……」
「アイリスさんの言う通り、相手は虫の息です。治療に時間を掛けるよりこのまま一気に倒してしまった方が効率的でしょう」
まだ心配そうな様子のチルルを他所に雫が牛鬼に斬り掛った。
「私も同意見です。アイリスさんの治療を行う為にも早く倒しましょう」
叶伊も離れた所から鏑矢を射掛ける。
「うー……わかった!これで終わりにしてあげるわ!」
チルルも意を決して攻撃に転じ、マキナがそれに続いた。最早逃げることも能わず、一撃一撃浴びせられる毎に牛鬼の体から活力が奪われていく。
「オラア!臓物をぶちまけろぉぉ!」
千里がアウルを燃焼させ、電光石火の一撃を放つ。反撃の暇を与えない一斉攻撃に耐えきれず、ディアボロの足がガクンと折れた。
そして負傷もあってか距離を置いていたアイリスが詠唱すると、空中にアウルによる無数の彗星が現れた。
「さっきはよくもやってくれた。だがこれで終わりだ」
アイリスが手を下ろすとそれらの彗星がディアボロの上に次から次へと降り注いだ。今までの攻撃ですっかり弱っていたディアボロは避けることも出来ず、もろに彗星の衝撃を喰らい、断末魔を上げる間もなく消滅した。
●一件落着
「まあず、ありがとうした。あんたらに頼んでほんに良かったべ」
「んだんだ。一時はどうなるかと思っただけども、これでまた仕事に励めるべ」
夜が明けて、撃退士達の元に村人一同が集まっていた。無事ディアボロを倒したという報告に安堵し、口々に感謝の意を示している。
「受けた依頼に全力で取り組む。淑女的に当然のことだ」
「ええ、私達はやるべきことをやったまでです」
「いや、あんたらがおらんかったら、おらたちゃ生活出来んくなるとこだっただ。ほんに助かっただ」
謙遜するアイリスと雫だが村人は賛辞を送るのを止めず、チルルは照れ臭そうに頭を掻く。
「まあとにかく、鶏さんたちが無事でよかったわ!あたいたちが頑張った甲斐があったのよ!」
「しかし随分でけえ奴だったな。ディアボロじゃなかったら、牛丼にして食ってやりたかったぜ」
「……私は遠慮したいです。牛というより昆虫っぽかったですし」
軽口を叩く千里の言葉に思わず想像してしまい、叶伊は気持ち悪そうに首を振る。
「……では、私達はこれで」
「おう、ほんにありがとう。あんたらが鶏とか卵が欲しいって時は格安で譲るからそん時はいっでくれ」
最後にマキナが挨拶をし、撃退士達が去っていくのを村人達は手を振って見送った。