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「はじめまして。新井司よ」
「は、はい。はじめまして。柏木優です」
久遠ヶ原学園の一角に撃退士一行と柏木優が集まっていた。まず新井 司(
ja6034)が挨拶をし、他の者もそれに倣う。
「柏木優雨……よろしく、なの。」
「え……柏木、優雨?」
柏木 優雨(
ja2101)が続けて名乗ると、優は驚いた様子で聞き返した。
「そう……同じ名前、なの」
どこか嬉しそうに微笑む優雨。よく似た名前に親近感が湧いているようだ。
「わあ、すごい偶然ですね!」
それは優も同じようで、それまでどこか緊張した風だった表情が和らいだ。他の撃退士もそれぞれ自己紹介を終え、司が優に話しかける。
「本当はすぐ始めてもいいんだけど、まず話をして親交を深めてからでもいいかなと思って。急がば回れと言うし、却って効率がいいんじゃないかと思うわ」
「はい、分かりました。今日は僕のために皆さん、ありがとうございます」
「気にする必要はないわ」
「そうなのですよ。私なんて柏木君と一緒に訓練受ける位のつもりですし、気楽にやればいいと思うのです」
感謝の意を示す優に司が答えると、澄空 蒼(
jb3338)も賛同する。そう言われて優も心を開いたようで、学園生活や撃退士としての活動等を通して一同は打ち解けた。
「それで、君は相手と目が合うとうまく戦えないとのことでしたが、その原因について何か思い当たる節はありますか?」
頃合を見て鈴代 征治(
ja1305)が優に疑問をぶつけた。
「原因……ですか?」
「私も気になるわ。それが分かれば対策も考えられると思うのだけど」
「そう、ですね。ううん、原因か……」
考えこむ優だったが、明確な答えは思い浮かばないようだ。
「怖いの?」
「……!」
唐突な言葉に虚を衝かれた優。しかしその表情は何か思い当たる節があることを示していた。
「ごめんなさいね。私が、今も誰かと目を合わせるの、結構怖いから。もしかしたら君もそうなんじゃないかと思って」
「それは……あるかもしれません。自分でも何故か分からないけど、相手と向き合うのをどこかで怖がっているのかも……」
そう言って優は視線を落とす。
「ただね、個人的にはあまり心配してないのよ。キミは、憧れがあるんでしょう? 自分もこうなりたいって、そういう想いがあればきっと強くなれると思うから」
「そうですね……ありがとうございます。これをきっかけにそういう自分の弱い所も変えられたらって、そう思います」
「きっと出来るわ、私達も協力するし」
「さて、ではそろそろ特訓に取り掛かりましょうか」
会話の成り行きを見ていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が呼びかける。
「順番はどうするんや?初っ端うちでもええけど」
黒神 未来(
jb9907)が問いかけると、優雨が提案をした。
「私からで、いい……?最初に、相手を見ないで出来る……カウンターを身につけられればいいと、思うの」
「いいんじゃないですか。苦手を意識せず戦える術を身につけられれば自信にもなるでしょうし」
「うちもそれでかまへんで!」
征治、未来がそれぞれ了承し、いよいよ特訓が始まった。
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「重要なのは、相手の攻撃を躱して……そのまま攻撃に移ること、なの。攻撃を受ける時は、すぐ近くに相手がいるから……目を合わせる必要もないの。反撃する時は……思い切りやって」
「でも、それだと優雨さんが……」
「大丈夫……私も防御……自信、あるから……」
不安そうな優に微笑みかける優雨。
「分かりました、やってみます」
そして優雨の攻撃が始まる。斧槍と布槍を駆使した連撃に優は圧倒される。それでも防御が得意というだけあって、なんとか優雨の猛攻を凌いでいく。リズムを掴み、優雨の攻撃が大振りになった瞬間を見極めた優は、布槍の攻撃をすり抜けると相手の懐に入り込み、左下から切り上げた。
初太刀は優雨の斧槍に防がれたが、もう一方の手に雷の剣を具現化し、突きを放つ。優雨が身を守ろうと斧槍を引き寄せたが間に合わず、そのまま優雨の体を貫くかに見えた。が、優の突きはわずかに狙いが外れて空を切った。
「外れ……た?」
確かに捉えたと思った優の口から呟きが溢れる。
「惜しかった……の。ほんの少し、斧槍に当てて……軌道を逸らしたの」
「そっかあ……まだまだですね……」
「ううん、そんなことない……。本当に、あと少し……だったの。だから……自信を持って」
肩を落とす優を優雨が慰める。
「それと、これから先……授業でチーム戦もやることがあると……思うけど、自分が攻撃で貢献できなくても……前に立って、皆を守れれば……その分役に立っていることになると、思うの。……だから、自分の出来ることに、自信を持って」
「……!はい、ありがとうございます!」
優雨の言葉に顔を上げる優。そこには先程までは見られなかった自信が僅かに窺えた。
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「ほないくで!」
「はい、お願いします!」
元気良く呼び掛ける未来に優が応える。未来とはシュートボクシングで特訓を行うことになった。
「まずは防御からや。キックだけやから顔を見る必要はない。足先の僅かな動きを見て攻撃を予測するんや」
そう言うと、未来はステップを踏み、蹴りを繰り出す。
優は初めこそ直撃を何度も喰らったが、徐々に適応して攻撃を躱し、避けきれなくともガード出来るようになってきた。
「次は攻撃や!キックをよけたらすぐ踏み込んでうちのお腹にパンチするんや!」
「い、いいんですか!?」
「うちは腹筋鍛えとるし大丈夫や!」
「……分かりました!」
その瞬間、未来のハイキックが優の頭目掛けて飛んでくる。優はそれを避けると、そのまま軸足を前に踏み出し、ストレートを未来のボディに叩き込んだ。
「そうや、よくできたで!」
自ら鍛えていると豪語するだけあって未来にダメージは見えない。休む間もなく次へと進む。
「次はパンチや!今度は肩や胸の動きを見て準備するんや!」
「はい!」
キックを受けるのと同じ要領で、上半身のガードをこなし、カウンターの練習へと移行する。上手く相手の攻撃に乗じて、優は未来の顎にアッパーを見舞った。
「いいパンチや!次は最終ステップ、視線を合わせる練習や!」
未来による最後の特訓へ向け、二人は再び距離をとる。
「目が合って動かれへんと思った時はすぐ視線を外すんやで。あとうちは蛇眼使うからな。それで視線を外すのを体で覚えるんや」
「蛇眼……ですか?」
「せや。やってるうちに分かるわ」
優が構えると、未来が距離を詰めていく。拳と蹴りを組み合わせ、流れるようなコンビネーションを駆使する。優も相手の攻撃を掻い潜り、時には反撃を試みる。
「やるやんか!……ほな、そろそろいくで!」
その瞬間、灰色だった未来の左眼が赤い輝きを放ち出した。
「……!?」
優は未来の突然の変貌に驚き、思わず未来の左眼を直視してしまい、その途端、優は圧倒的な恐怖に襲われた。それは今まで授業で味わったものとは全くの別物で、優の足は完全に止まってしまった。次の瞬間、優の目の前には未来の左ストレートが叩きつけられ、優の体はそのまま1mは後方に吹っ飛ばされていた。
「あかん!予想外に綺麗に入ってもうた!大丈夫か!?」
「大丈夫です……。続きをお願いします……!」
未来に支えられ、優はなんとか立ち上がると訓練の続行を希望した。
その後も未来との特訓を続けたが、途中までは戦えても蛇眼を使われると対応できず、同じことの繰り返しになった。
「体捌きは悪くないようだけど……やっぱり、視線を合わせるって所がネックみたいね」
「そうだね、そろそろ僕らの出番という所かな」
様子を見守る司の言葉に征治とマステリオは頷くと、優と未来の方へ歩み寄る。
「次は僕に任せてもらえませんか。優君の苦手分野に集中的に取り組んでみましょう」
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「あの……これは一体?」
征治の指示で額にリボンのようなものを巻き付け、紐でカラーボールをぶら下げた撃退士達に優は困惑した表情を浮かべた。
「本来戦う時に相手の目を凝視する必要はないですからね。おおまかに顔全体が見られればそれで十分なわけです。こうして顔の前にカラーボールをぶら下げれば意識はそこに向くでしょう?これを付けて特訓することで君の視野を習慣づけるんです」
「やあっ!」
優に相手の額を見ることを意識させた上で、所々で休憩を挟みつつ撃退士達は順番に優の相手をする。
「感触はどうですか?」
「今の所問題なくやれてます。疲れるけど、変わった練習で面白いです」
休憩の合間に征治に問われ、優は感想を述べた。
「それはよかった。柏木君の問題は訓練で克服できる類のものです。だから諦めずに練習してみてください。こういった地道な反復練習がものを言うはずですよ」
「はい、頑張ります!」
実際、この練習の途中で視線が合って足が止まるといった事は起こっていなかった。道具を使用した状態ではあるが、少しずつでも弱点を克服していっているという実感が優に自信を付けつつあった。
「さて、次はカラーボールを外してやってみようか」
休憩をしていた優は、マステリオに言われ立ち上がった。
「と、その前に一つコツを教えておこうと思う」
「コツ……ですか」
「お父さんから習ってないかな?遠山の目付っていうんだけど」
優は答え辛そうな様子を見せた。
「……実は、何故か父さんはあまり稽古を付けてくれなくて……」
「それならちょうどいいや。遠山の目付っていうのは、相手の一部に焦点を合わせるんじゃなく、遠くの山を見るようにぼやっと捉えて相手の動きに対応出来るようにすることなんだ。さっきのカラーボールで一点じゃなく大まかな範囲を見る癖がついたでしょ?今度はその範囲を広げて顔を中心に相手の体全体を視界に収めるわけ」
説明を終えるとまず実践してみようということで、互いに竹刀を持って向き合った。
「うわっ!」
優の目がマステリオのそれと合った瞬間、マステリオが優の顎を蹴り上げた。
「ほら、一箇所を注視すると、他が見えないでしょ?」
その後も優の視線が一点に集中したり、目を逸すと容赦なく蹴りが飛んだ。それでも徐々に優はコツを掴むことが出来た。
「よし、じゃあ次」
「次、ですか?」
「そう。今度は遠山の目付の発展系でね。これが上達してくると、相手が取りうる攻撃の軌跡が線になって見えるんだ。僕は死線と呼んでいるんだけどね。まあ案ずるより産むが易しかな。ちょっと僕に打ち込んでみて」
マステリオに促されたものの、優は躊躇していた。一見隙だらけのようでいて、どこを攻めても打ち返される気がして踏み込めない。なんとか勇気を振り絞ってマステリオの肩を打とうとしたその瞬間、逆に優の胴が打たれていた。
「がっ、はっ……」
「ごめん、痛かったかい?でもこれでどういうものか分かったかな?」
「はい、すご、かったです……」
優はまだ若干苦しそうに身悶えていた。
「いけるなら、引き続きやってみようか」
「は、い……」
しかし、死線はマステリオの天賦の才と長期に渡る経験で身につけたものであるため、流石にこの短期間で習得するのは難しかった。それでも、目的としていた問題の改善はかなり進んだように思えた。
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「お互い、特訓の成果を存分に発揮するのですよ。いざ、じんじょうにー」
再度の休憩を挟んだ後、この日の総仕上げとして優と蒼で模擬戦をすることになった。
礼をすると、激しい打ち合いが始まった。蒼が積極的に攻勢に出るが、有効打を得る事が出来ない。
「中々やるのですよ、柏木君。では……半分だけ、実戦の現場を再現するのです」
蒼がそう言った刹那、急激に蒼から発するプレッシャーが増した。今までの優であれば、この時点で勝負は決まっていたかもしれない。しかし、ここまでの訓練が優に変化を生じさせていた。異様な気配に負けることなく、あくまで目も逸らさない。
そんな優の姿をみて、蒼はどこか嬉しそうに微笑むと、優に向かって切り掛った。
優は蒼の全身の動きを捉え、攻撃を予測して躱し、隙あらばカウンターを狙う。今日身につけた事が意識せずとも現れていた。
一進一退の攻防が続いたが、長時間の訓練で疲労が溜まっていた優の足が唐突に崩れた。
「あっ……!?」
蒼はこの好機を逃さず、剣を一振りすると優の刀は弾き飛ばされていた。
「はあ……はあ……負け、ちゃったか……」
「ほとんど差はなかったのですよ、もう一回やったら分からないのです」
「ありがとう、ございます……負けたけど、凄く自信になりました……」
悔しそうにしながらも優の顔に翳りはなく、達成感が表れていた。
「今度の授業頑張ってください。自分の守りたいものを思い浮かべるです。自分が守るんだと思う心が、実戦に向かう大切なものだと思うのですよ」
「はい……、皆さんのためにも結果を出してみせます」
やるべきことは全てやった。その思いが優を勇気付け、次の授業に前向きな気持ちを抱かせていた。
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優は刀を構え、今日の対戦相手と向きあっていた。
両者とも睨み合いを続け、互いの隙を探っていたが、優の対戦相手は内心戸惑っていた。
柏木優と対戦したことはないが、見ている限りでは防御は上手くても結局は押し切られる、そんな印象だった。だから今日対戦の組み合わせが決まったときも、多少攻めあぐねても負けることはないだろうと高を括っていた。
ところが、実際に対峙してみると攻め込む糸口が見当たらない。迂闊に手を出すと返り討ちになりかねない。その一方で自分の隙は全て見極められてるような嫌な感覚があった。
しかしこのままでは埒があかない。竦みそうになる足を鞭打って、優に向かって飛び掛る。
「やあぁっ!!」
次の瞬間、鈍い音と共に少年は地面に倒れこんでいた。彼が自分が優の横薙ぎ一閃でたたき伏せられたのだと理解したのはそれから数秒経ってからだった。
「それまで!」
そこで教官が、模擬戦の終了を告げる合図を発した。
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「本当にありがとうございました!」
その日の放課後。優は撃退士達に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「そう言ってくれると、私も……嬉しいの」
「あはは、畏まらんでええよ。でも勝てて何よりやわ」
「僕らが鍛えたんだからね。当然の結果でしょ」
優雨が静かに微笑む横で未来は照れくさそうに頭を掻いた。そう言うマステリオも満更でもない様子だ。
「本当によかったです。特訓の甲斐があったのです」
「はい!皆さんのおかげです」
蒼の言葉に優は元気よく答える。
「これで柏木くんも立派な撃退士です。困ったことがあったらいつでも頼って下さいね」
「はい、よろしくお願いします!」
「頑張ってね。目指すべきものを心に持っていれば、もっと強くなれるはずよ」
司の言葉に、優は深く頷いた。短い間ではあったが、弱点の克服や戦闘技術以上のものを優は学んだ気がした。これからも挫折することもあるだろうが、この経験を糧に乗り越えていこう。そう決意を新たにした。