●ディレクターズ・カット
月が雲に覆われた夜。
都市郊外にある、廃墟となった一軒家。
厳戒態勢を敷く警察たちの元へ、歩み寄る学生の集団が一つ。
「お疲れさまです。肝試し殺人だなんて警察も大変ですね」
狩野 峰雪(
ja0345)が、ごく自然な動作で身分証明書と依頼人との契約書を提示する。
「ああ、学園の。そちらこそ、こんな時間にご苦労様です」
「映画制作のスタッフから、天魔関連の可能性を調べてくれと頼まれましてね……。警察としては、どこまでお調べで?」
「はぁ、それが――」
久遠ヶ原の撃退士を相手に邪険な対応を取れる立場ではない。警察官が、温和な態度の峰雪へ警戒するでなく、愚痴を交えて大まかな事を説明してくれた。
被害者は3名。
その内2名は、依頼者から持ち込まれた映像の男女。そしてもう1人は、同じく映像内の……天井から血をしたたらせていた者。行方不明として捜索届が出されていた人物であると特定できたそうだ。
(殺人事件のあった悲劇の現場で、肝試しやホラー映画の撮影……。正直、悪趣味というか、あまり関心しないけれども)
そんな内心をおくびにも出さず、峰雪は警察官へ礼を返す。
「……犯人が人でない事を祈りたいし」
普段は明るく元気を振りまくミシェル・ギルバート(
ja0205)が、暗い表情で呟く。
「捜査が難航しているんだったら、今夜はあたしたちに任せて! 天魔だった場合、確実に仕留めるしっ」
彼女が一面をのぞかせたのは、ほんの一瞬だけ。すぐに切り替え、ミシェルは警察官を説得する。
「天魔であれ殺人犯であれ、がっつり落とし前はつけさせてもらうわよっ」
橘 和美(
ja2868)が、携えた大太刀を示し、力強く発言する。
撃退士を容姿・年齢で判断するなかれ。
警察官も敬礼を返し、周囲の警戒に当たっている者たちへ連絡を取り始めた。
犯人が人間であった場合に備え、パトカーが一台だけ残ることとなった。
22時。
鍵の掛かっていない、玄関のドアを開ける。
錆び付いた、厭な音が闇に響く。
報告通り、あちこち穴が空いたり瓦礫が落ちていたりガラスが割られたりの廃墟。
最奥までは見通せないが、廊下の幅で見当がつく。さほど、広くはない……3人家族だったことを考えれば妥当な規模だ。
「雰囲気だけは確かに……、天魔以外の何かが出そうだな」
「お化け、であるはずがないと思うんだけど――なんでそんなに震えてるの? 」
セイジュ・レヴィン(
ja3922)の言葉に、氷雨 玲亜(
ja7293)が落ち着いた表情で頷きを返しながら振り向いた。視線の先には、和美。先程、警察官へ見せた意気込みは何処へ。
「オカルトなんてありえないわよ、絶対原因があるはず!!」
話を振られた事で、震えていた声を途中でキリリと修正する。
「闇に紛れているの、何だろうな?」
「龍斗君まで、やめて〜!」
冷やかすような翡翠 龍斗(
ja7594)の言葉へ和美は困り声を出すが、そのお陰か変な緊張感は無くなってきた。
「個人的に現場の撮影は気が進みませんが……ご遺族の方への報告に、なるなら」
依頼への参加は、映画がどうの・犯人がどうのいったことより、鎮魂の思いが強い。
水凪 優(
ja6831)は、そっと目を伏せた。
「土足…… 止むをえないか。この状況では怪我をする……。邪魔するぞ」
撮影機材を担いだ服部 真夜(
ja7529)、それから峰雪が最後に入る。
「あの、すみません……個人的なものなのですが」
探索を始める前に、優がおずおずと挙手する。
「未熟者なので、気休めにしかならないかもしれませんが……」
もう一方の手には、マッチと線香。
『形だけのオハライ』ではなく、彼女自身の流儀だ。
異を唱える者は居なかった。
マッチの擦れる音、頼りない炎が線香に移り、ふうわりと香りが広がる。
特別な言葉は無く、誰もがその場で手を合わせた。
「さて……班に分かれての行動となるけど」
玲亜が持参した懐中電灯でくるりと廊下の先を照らして、
「殺人事件が起きた場所と遺体があった場所が無関係なら、どこから出てきてもおかしくないわね」
作戦の確認を促した。
「この程度なら、20分くらいで各班の見回りも終わりそうだしっ ……なにもなければ」
「敵発見時は合図で合流、だな」
「何も起きなければ、俺とミシェルでもう一周、と」
真夜、龍斗が頷き合う。
天魔、殺人犯、どちらが登場するにせよ、対処してから撮影スタートだ。
なにしろ、録画ボタンを押したら止まらない機能。しっかり下準備をしてから、という意見で方向は固まっていた。
●インディーズ・ムービー
一班。
ミシェル、セイジュ、優、峰雪。
先行して、廃墟の奥からの探索となる。
「勝手口から空き地への経路は、潜伏や逃走に使えそうな場所だね」
峰雪の一言で、突き当りの向かって左手、勝手口方面から見回る事にした。
ミシェルが手にした懐中電灯が、闇の先を照らしてゆく。壁にはくだらない落書き、心ない暴力の跡ばかり残っている。
「……犯人、捕まえないと」
優が、唇を噛む。かつて、この家を襲った悲劇の犯人は逮捕されているというが、家主を失った建物が、こんな状況になるなんて……
そして、そのことが更なる被害者を生むだなんて。
悲しみよりも、憤りが込み上げる。
――ぴちょん
響いた水音に、一同が振り返る。浴室からか。
(廃墟だから、水道は通っていないはず)
セイジュが武器を構え、先に出る。
脱衣所へと繋がる木製の引き戸を、ゆっくりと開け――
二班。
龍斗、玲亜、和美、真夜。
一班の灯りが浴室へと曲がったところで行動を開始した。
洗面所、トイレ……それに居間。一瞥するだけで異常なしと確認できる。
居間は撮影によく使われているのだろう、足元がある程度、綺麗にされていた。
細かな収納スペースにも怪しい点はない。
「どうせなら天魔か殺人犯、出ちゃわないかしら。その方が早く楽になれるわ……」
大太刀を構えたまま、常に先陣を行く和美が見せる強がりは、そうであると周囲にだだもれであり、ほんのりと和やかな空気を与えた。
(ジリジリと闇の中で時間を消費していくのは、確かに精神的に辛いな)
忍び笑いをしながら、心の中で龍斗も同意する。
言葉にしないのは、周囲で起きる音へ集中したいから。それは、仲間達も同様なのだろう。
「最後は子供部屋……。惨殺事件の起きた場所ね」
和美の反応が楽しくて、つい玲亜が恐怖心を煽りたてるような一言を発する。
(それを言うなら、居間も同じだったわけだが)
真夜はあえてフォローせず、一行の最後尾をとり、子供部屋へと踏み入った。
警察たちの捜査も、相当入ったのだろう。
夫婦部屋は、瓦礫など邪魔なものが一か所に寄せられ、被害者が発見されたと思われる位置にビニールテープが貼られていた。そこには黒く残る、血の染み。
「浴室……何、だったのでしょうね」
「血……だったな」
優の問いかけに、セイジュが応じる。
血。たしかに、赤いそれはそうとしか思えない。天井から、したたる――……しかし、そこの天井には穴一つ無かった。
天魔の透過能力かとも思うが、ではこれだけの人数で押しかけて襲って来ない理由が解らない。
わからない。読めない。正体も。意図も。
「天井……ああ、あれですね」
幾つか崩落している天井の、中央部分に血の染みが生々しく残っている。
ミシェルが照らしたライトの先を確認して、峰雪は眉間に皺を刻んだ。
(犯人が天魔ではなく人間だったら、さらに残念なこと……)
自分たちのこの声は、犯人に届いているのだろうか。今もどこか、すぐそばで、爪を研いでいるのだろうか。
(これ以上……人に失望させないでくれ)
「うーん、玄関へ戻ろっか」
特別な異変は無いと判断した仲間たちがキャイキャイと会話を交わすその後ろで、峰雪は祈りにも似た感情に――感情を抱いた事に、己でも驚いていた。
「そっちも異変はなかったのね」
子供部屋の探索を終えたところで、二つの班は合流した。
玲亜とミシェルが、互いの情報を伝え合う。
「じゃ、今度は二人で―― か」
龍斗が、エスコートする紳士のようにミシェルへ右手を差し出す。
一同が、思わず笑いを堪えた。
たぶん、そこまでなりきる必要は、ない。
「ありがとだしっ 龍斗、怖いからあたしから離れちゃヤダし!!」
笑いの堤防が決壊する。
「き、気をつけて……」
一番怖がっていたはずの和美が、ひらひらと手を振り、二人を送りだした。
異変らしい異変があったと呼べるのは浴室。けれど、先刻は何の反応もなかった。
「龍斗……二人っきりになれたねっ」
「ようやくだな……」
演技を続けながら、ミシェル達は浴室に入り、懐中電灯を消してみる。
気配に、ひと際、集中する。
「きゃー 真っ暗ってドキドキするのだしっ」
たぶん、ドキドキの方向性が違う。龍斗が苦笑いで頷く。
(んー……幽霊歓迎。いつか、両親に謝る機会があるって事だよね……)
そんな彼女の表情を、闇の中の龍斗は知らない。
「……!?」
感知したのは、ミシェルが先だった。が、同時に互いの視線が交わる。
夫婦部屋の方向で、何かが動いた。
天井から、血がしたたり落ちている。
視界の先に――女の細い腕。暗色のそれは、先の被害者の、見つからなかった体の一部と知れた。
深く吐かれる獣のような息とともに、鈍い音をたてながら、それらは天井へと吸い込まれてゆく。
「ぐ、うぐ、あが……」
そんな声だったと思う。
「きゃーー! コワイコワイのだしっ 龍斗、たすけてェー!」
圧倒的棒読みで、ミシェルが光纏の光を消したまま部屋の奥へ突っ込む。
龍斗が、自分の懐中電灯を待機中の仲間へ向けて振った。
同時に、何かが落ちてくる。ディアボロだ。
直径1メートル程度の、闇の塊。
刹那、ミシェルの光纏が部屋を照らす。先手必勝、痛打を撃ち込む!
「残念だしっ」
それは、誰に向けた言葉か。
黒い、腕の様なものが塊から伸び、彼女に襲いかかる。ミシェルは背後に被害が及ばないと確認した上で避ける。
入れ違いに、金色の龍と見まごうアウルを纏った龍斗が続けざまで攻撃を仕掛けた。
黒い塊が、鈍く転がる。
そこへ――月も姿を見せぬ夜にもかかわらず――星が天井に瞬いた。
「成敗するわよっ!」
駆けつけた和美が、白い輝きをディアボロヘ振り下ろした!!
●封印作品
『今から私達は曰く付きの廃墟へ入ります。……天魔以外に何か出そうな雰囲気だな』
セイジュのナレーション、その後の独り言に対して『やめてってば』と和美の小声も混ざる。
真夜の安定したカメラワークが、玄関から居間、洗面所・トイレへと順序良く映してゆく。
『子供部屋。かつて、第一の殺人が起きたとされる場所ですが……はい、ぐるっと。なにもありません』
――ガタ
『ん? 今何か聞こえたような……』
『大丈夫……って、お化けっ!?』
和美の悲鳴に、カメラが一度、ブレる――真夜に飛び付いたか何かしたのか。
照明器具は、持ち寄った懐中電灯数本という心もとない準備であるが、カメラの先にはガラスの割られた窓が映る。
『あぁ、風ね、風』
『お約束でしたー』
セイジュのフォローが入ったところで、移動。
『ミシェルが……居ない?』
『ま、まさかっ』
『ミシェル殿は、屋外で待機していると撮影前に……』
『……ですよねー』
セイジュに面白いように踊らされる和美へ、冷静な真夜の声が入る。
撮影に同行している仲間たちの笑い声も、ちらほら混ざった。
『ここがラスト……夫婦部屋となります』
和美の案内で、カメラが室内へと入りこむ。
丁寧に、細部を撮影し。
『さて、全て回ったのでココから出ますか』
セイジュの言葉で、カメラはくるりと後ろへ振り返った。
そこには、今回の依頼に参加した撃退士たちが並んでいた。
『映画への情熱は悪い事じゃない。尊敬するし。ただ、関係の無い死者が出たのに撮影を続ける事が、あたしにはわかんない。
……他人が何か言うものじゃないか。以上、ミシェル・ギルバート!』
『諸悪は断った。何も映らない映像が証だ。天魔も、レンズを通り抜ける事は出来ないからな。安心してほしい。以上、翡翠 龍斗』
『天魔であれ、殺人犯であれ……そういた物が存在するという時点で、安全とは言い難いと思うのだけど。現状は、打破したわ。以上、氷雨 玲亜』
『ここで犠牲になった人々に、安らかな眠りがあらんことを。以上、狩野 峰雪』
『私……怒ってるんです。犯人を裁く、撃退するということじゃありません。
眠る者、遺された人たちの心を、どうして掻き乱すような事をするんですか……? 以上、水凪 優』
『落とし前は、つけました。 以上、ナレーション1・橘 和美』
『ナレーションを誰かに押し付け……もとい、任せる予定だったのにいつの間にかする事になっていた。
ドウシテコウナッタ。えー、以上、ナレーション……私が2なのか? セイジュ・レヴィン』
『ああ、服部くん。カメラ変わるよ。いや、声だけで良いとかじゃなくて。貸して。よい、しょ』
『……任務、達成した。 以上、服部 真夜』
『2件の連続殺人事件の正体は、家屋に潜むディアボロでした。その撃退について、達成しました事をここに報告致します』
セイジュのナレーション。
カット。
●楽屋裏
職員から届けられた映像を止め、依頼主であるアシスタントディレクターが唸った。
「見事に何も、映しませんでしたね」
それは、意図的か否か。……隣の監督も苦く笑う。
あわよくば天魔の映像を、という気持ちがなかったわけではない。としても、『撮影続行許可』が下りる証拠として警察へ提出はできないだろう。
撃退したとは言っているが、戦いの痕跡さえ残していないのだ。
今後の捜査で無事が判明したとしても、映画撮影班が有利になることはない。
あらゆる加工ができないように仕掛けした、それが裏目となったか。
「どうしましょう」
「どうもこうもない」
パン、と監督が手を叩く。
「悪霊は三度死に、四度生き返る。……不滅だ!」
「きちんとロケ地探しから取り組めですね、わかります」
周囲の撮影スタッフ、役者たちから悪霊のようなうめき声が上がる。
しかし、結果としてはそれで良かったのかもしれない。
自分たちが招いてしまった悲劇を怪異とせず向き合ってゆく事。
背負わねばならぬ事。
それに蓋をして、自分たちの夢だけを語っていく事はできない。
そして――夢は、不滅なのだ。
観賞会が終了し、『悪霊は三度死ぬ』スタッフたちは、新たなる挑戦へと進み始める。
まずは明日、別に添えられた優の手紙の通り、あの家屋へ鎮魂と謝罪の思いを込め、線香を上げにいこう。