●果たされぬ約束を抱く街
「どんなに蹂躙されても……故郷だもん。そう簡単に捨てられないよね。一人でも悲しい思いをする人が少ないように頑張らないと!」
人々が再び戻ってきた矢先の事件に、竜見彩華(
jb4626)は力強く前を向く。
目的の街まで、あと少し。
「歯痒いねぇ……」
後衛に付きながら、常木 黎(
ja0718)はクシャリと自身の前髪を掴んだ。
(戦えない私の価値なんて…… どの口で)
十全の力を発揮できない身で飛び込んでしまったことを、悔やむ気持ちと。
(でもだから、……今、出来る事に死力を尽す)
知識や、技術などで、活かせることはある。
(それが、せめてもの矜持)
痺れるような戦場で、絶やすことのない薄笑いや軽口も、今は控えて。
神経を研ぎ澄まし、黎は戦いへ臨む。
「無様な重体者、といっても。出来る事とやるべき事を果たさないとねぇ」
静かに身体を濡らす小雨の中、言葉と裏腹に雨宮 歩(
ja3810)の声は愉しげだ。
「アイツも、同じ気持ちで戦ってるんだろう?」
歩にとって、先にこの街で戦闘を開始しているという筧は信を置く友人の一人だ。
「東北、群馬、京都、四国と、丁度敵の活動が活発になって、俺達みたいな負傷兵も出ざるを得ないか」
足取りがおぼつかないのは、龍崎海(
ja0565)も同じであった。
「あ、待って…… 街へ入る前に、少しでも回復させておこう」
「ありがとうございます。こんな時に、まともに体が動かないなんて……」
海に呼び止められ、雫(
ja1894)はライトヒールを受けた。
招集に応じた八名中、四名が深く負傷した状態での任務スタート。
誰もが初めての、逆境からの始まりだった。
それでも、誰一人として諦めの表情は見せていない。
助けに来たのだ。
かつて助けられなかった、この街を。
●
遠目に、建設途中の建物が見え始めてきた。
「用意されてる車って、あれか」
「よかった、トラックだ。俺が運転するよ」
向坂 玲治(
ja6214)が目を眇め、海が頷きを見せる。
「ふむ、私は助手席に乗ろう。視界を広く取れるから、道すがらでも射撃をしていける」
普段は刀剣をメインに扱う鳳 静矢(
ja3856)だが、今日はスナイパーライフルを手に。
「車上から、できるだけ周囲の警戒に当たるね」
ひらり。軽い身のこなしで、加倉 一臣(
ja5823)は荷台部分へと乗り込んだ。
黎が事前に調べておいたビルへの最短ルートデータを海へ送り、車は走り出す。
霧雨煙る住宅街、遠く破壊の音が響く。
荷台に乗った六人は、それぞれに目を凝らし……
「居た! 鬼人だ」
「時間も、もったいねぇ……。ここで途中下車するぜ」
黎の声へ応じ、迷いなく玲治が走行中の車から降りる。
「動ける範囲でバリバリよろしく、筧さんをこき使ってね!」
一臣は、ビルへ向かう面々へ言葉を残し、続く……その前に。
「竜見さん、行ける?」
「大丈夫です、私達だってちゃんとできるんだって見せないと、先輩にも安心して後を任せて貰えないですもんね」
手を貸そうとした一臣に対し首を振り、彩華もまた車を飛び下りる。
あっという間に、三人を降ろしたトラックは遠ざかって行った。
「さぁて、三人か……」
情報で得ている、住宅街を徘徊するサーバントの数は大小各八、合わせて十六。
前衛となりうる戦力は玲治一人で、高速で召喚獣を呼べる彩華、射程範囲を保ち一臣が続く。
一体一体とバラバラに遭遇出来れば何とかなりそうだけれど……
そう上手く運ぶとも限らない。
「まずは軽く御挨拶、ね。――ハッピーエンドを、お届けに」
雨が大きな音も吸収していく中、一臣が空砲を放つ。
鬼人たちの破壊とは異なる音に、向こうが興味を示してくれればいいのだが。
そして、撃退士の到着を街の人々へ伝えるサインになれば上々だ。
「久遠ヶ原の撃退士だ! いいか、何があっても良いっていうまで家からでるんじゃねぇぞ!!」
玲治が続けて叫ぶ。
「スレイプニル! 街の様子を見てきて!!」
現世への滞在時間が短いものの、機動力に長けるスレイプニルを、彩華は真っ先に召喚する。
灯りのついた家、あるいはサーバントに襲われる民間人。
見てすぐわかる『異変』程度なら認識できるだろう。
車上から見つけた鬼人へ向かう傍ら、周辺のチェックを済ませておく形だ。
「そら、鬼さんこちら……ってな」
新築住宅を打壊す鬼人の背後を取り、玲治がタウントを掛ける。
挑発するように、指で手招きをしながら。
「おいおい、息吐きかけるなんてマナーがわるいんじゃねぇか?」
シールドバッシュで、吐き出される炎の息を封じ込める。
「もう少し、数を引き付けたいね……」
「こっちは任せておけ。効率重視で行こうぜ」
サーバント以外の明らかな気配に釣られて姿を見せるのは、低知能の泥人が……1、2。
できれば範囲攻撃一発で仕留めたい。
一臣と彩華が物陰となる場所を見つけ、機を伺う。
(そろそろ、…… 来た)
鬼人が、もう一体。
敵に囲まれている玲治が動けないのをいいことに、遠方から炎を吐きだす、玲治が受け止める、鬼人たちの動きが止まる、その隙に
「削る方は得意じゃないんで、遠慮なく行くよ」
素早く飛び出した一臣がピアスジャベリンを放ち、
「暴れてきて!!」
彩華が、スレイプニルへボルケーノをけしかける。
「ははっ こいつは派手だ、な……!!」
続けざまの攻撃に、唯一残っていた鬼人を、玲治が神輝掌で打ち崩した。
一息つく間もなく、遠く、誰かの悲鳴が響く。
そして、その反対方向からも。
「――っ」
三人は、顔を見合わせた。
個人で動くわけにも行かない。
助けに行くのなら、選ばなければいけない。
命を、天秤にかける……
冷たいものが、背中を滑り落ちていった。
●
車窓から身を乗り出し、静矢が距離を測る。
目的地のビルが見え、周辺を飛び回る灰鷲も視認できる具合だ。
恐らくは、羽ばたきによる攻撃を仕掛けようとしていたのだろう。
大きくビル上からこちらへと背を向けて翼を広げた、その後ろから撃ち落とす。
ややあって、トラックはビルの真下に到着した。
「ここからどうしようか?」
車から降り、海がビルを見上げる。
「さすがに機動力には差が出るな……」
「私は、下手に動いて足手まといにはなりたくない、かなぁ」
「ふむん。確かにね。それじゃあ、ボクが中継を担うかぁ」
「ご一緒します。今の私でも背中位は守れますよ」
短く考えをまとめた歩へ、銃を手にした雫が進み出た。
先頭を進む静矢の横を、風が一陣吹き抜ける。
「……凶猫!」
難なく歩は回避する。そこへ雫が弾丸を撃ち込んだ。
「くっ」
痛みを引きずる体で、照準がぶれる。思うように当たらない。
歩から雫へと狙いを変えた凶猫の攻撃を、ギリギリで耐え凌ぐ。
「まだ、死ぬわけにはいかない。守るべき命が、まだあるんだからさぁ」
覚悟を決めた歩は、言葉と共に刀を抜き放つ。
抜刀により放たれるアウルの刃が凶猫を襲った。
「敵も、異変に気付いているということだな」
後ろの二人との距離に気を付けながら、静矢は進む。
「水も滴る何とやらですか、筧さん」
「しずや……くん?」
屋上の強い風を苦にすることなく、静矢は筧に襲い掛かる灰鷲を撃ち落とした。
盾で防戦していた赤毛の撃退士が、目を見開いて振り返る。
「ちょっとばかり、イメージアップをね。……ありがと、助かった」
「住宅地でも、戦闘は始まってます」
静矢が手短に状況説明をしながら、筧のサポートをして階下へ向かう。
傷こそ多いもののタフに戦っていたようで、致命傷は見当たらなかった。
「やぁ、筧」
「歩君!」
「心配なら、してないよぉ」
「俺は、歩君が心配……」
筧もボロボロだが、歩も相当だ。
「ボクらは撃退士だ。優先すべきものが何なのかは……分かるだろ」
何を押しても、優先するもの。護るもの。
その為に筧はここに居て、歩はここへ来た。
コツン、拳を突きあわせ、それ以上の会話は不要と走り出す。
雫と静矢が追手へ牽制を放ちながら、ビルの入り口まで到着する。
「無事ですか!」
しつこく追ってきていた灰猫を魔法書で撃破し、海が出迎えた。
「おかげさまで! ぶは、龍崎君も無事?」
畳みかけるように、救出に来たと顔を合わせる面々が重体なものだから、もういっそ豪勢と感じるしかない。
「……おかげさまで。筧さん、負傷の程度を見せて下さい。他の皆は? 少しでも回復しておいた方が良いだろう」
メンバーの様子を伺う海の横をスッと抜けて、黎が筧の手を取った。
「あ、常木さ……」
「……」
無言で施される応急手当に、筧も言葉を飲み込む。
ビルの出口が見えた時に、回避射撃をしてくれたのは黎だと思うのだけど……
よく見れば、黎も負傷を引きずっている。万全な状態じゃないのに、駆けつけてくれたのだ。
いつだって淡々とした姿勢と余裕を崩すことのない、プロフェッショナルに徹した姿はどこか相棒に似ていた。
(けど…… 違うんだよな)
『相棒』と、黎は違う。『彼女』とも、違う。常木 黎は、常木 黎だ。
「来てくれてありがとう。今は…… 行こう。急ごう」
俯いたままの黎へ、筧は静かに呼びかけた。
(あんなに顔が見たかったのに)
黎は申し訳なさが先に立って、筧と視線を合わせることができない。
それなのに、掛けられる声は常と変わらず穏やかなもので。
悔しさと嬉しさが複雑に混じった涙が、一瞬、こぼれそうになる。
「すまない、静矢君。あとは頼む」
静矢の力量は、筧も良く知っている。
現状の戦力分散は、スピードを重視するなら仕方のないことだろう。
静矢へ後を託し、トラックは再び住宅地へと向かっていった。
「最初に聞いていた数を全て、だったら……どうなっていたか、解らないな」
接近時、そして筧救出の際にもいくらか撃破できていたし、残る手勢にも傷を負わせている。
今の状況なら、勝算はある。静矢もビルへと踏み込んだ。
階上から飛びかかって来た最後の灰猫へ、カウンターよろしく瞬翔閃を浴びせて。
●
鋭敏聴覚と索敵を駆使して、黎が進路を指示する。
雫は車上から、住民へ屋内退避を呼びかけ続けた。
「でかいの、どうする?」
高めの建物が重なって気づくのが遅れたが、黎が察知したのは間違いなく鬼人の頭――向かう方向も読める。
出来ることなら、戦闘は回避しておきたいところだが……。
そこへ、既に住宅地で戦闘を展開しているチームから着信が入った。
ビルに近い方向の鬼人を任せると、そういうことだった。
「筧。フォローは任せたよぉ」
「こう見えて、俺は歩君を信頼してるんだよ」
眼差しを真剣なものに切り替えた歩へ、愛刀を構えた筧が応じる。
「すみませんが、前線はお願いします」
銃を構えた雫が、闘気解放で能力を上げる。
そのタイミングで、海が星の輝きを放った。
「何もしないよりはましだろう」
弱まる雨の中。歩が突き進む。
鬼人の姿を捉える。その後ろに、破壊された住宅がいくつも並んで、血痕が雨水に入り混じっていた。
「お前の相手はこっちだぁ」
黎が鬼人の足元を狙い牽制射撃をし、怯んだ隙に歩はアウルで練り上げた血色の鎖を延ばして束縛する。
その位置から吐き出される炎の息を、迷うことなく空蝉で回避して。
繰り出される筧の太刀に、雫の放つ弾丸が軌跡を揃えた。
●受け継いでゆくもの
「筧さん、迎えに来た」
「男前が上がったね、加倉君」
一臣と筧の間に、それから短い沈黙が流れる。
「くく、はははっ」
「え!」
体を折り曲げて笑う筧に、一臣が驚いて身を乗り出す、
「頭が上がらないよ、まった 」
「「うぐっ」」
身を乗り出した一臣の顎に、立ち上がった筧の頭がぶつかる。
「応急手当…… する?」
非常に気の毒そうな目で、黎が二人を見遣った。
「……ようやくこっち見た」
涙目で笑う筧が振り返る。目が合う。反射的に黎は顔をそむける。
「手」
「え」
「応急手当。さっきみたいに、もう一回お願いしていいですか」
「……」
やはり声を出すことは出来ないまま、黎は筧の手を取った。
(だめだ。泣く)
声の、手の、温度が沁みる。
黎は涙をこらえようと唇を噛みしめる。少しだけ、血の味がした。
「螺旋みたいだ」
「え?」
「常木さんがさ。陰でサポートに徹してくれるのと並列して、抉りこんでくるから」
交わらず、けれど進んでゆく二重螺旋。
筧にとって替えの利かない二つの存在に、似ているようで異なる存在。
黎が言葉の意味を理解できずにいるところへ、静矢が到着した。
「初期にある程度撃破できていたおかげで、ご覧のとおりです」
静矢は、自身に大きな負傷が無い様子を示す。
「ところで筧さん、何故此処に?」
「墓参りに、ね」
小さく肩を竦め、筧は簡単に事情を説明した。
ヴァニタス【刀狩】に関連する戦い。
その流れの中で、筧の相棒や……友人、が命を落としたこと。ここが相棒の故郷であること。
「あれから一年、か」
海が、ポツリと呟く。力量の差を知りたくて、戦いに参加したあの夏を思い出す。
大切な二人から受け継いだ魔具をこんな形で、そう笑う筧へ、静矢が表情を柔らかくした。
「安心しました……。その御二人の遺品に護られているのなら、そう簡単に死ねませんね」
「とか言って、死にそうな面々が迎えに来るんだぜ?」
「不測の事態でしたので」
むぅ、と雫が視線を逸らす。
「死神じゃなくて良かったじゃないかぁ、筧」
笑えねぇ、と筧は歩の脇を小突く。
「向坂君に竜見さんも、本当にありがとう……。大変だったな。話は聞いた」
選択を、迫られたこと。
選択を、したこと。
「結果的には何とかなったってことだろうが……、もうこういうのは勘弁ねがいたいな」
ぶっきらぼうな口調だが、面倒見のいい玲治の事だ。引きずる思いはあるだろう。
「ぜんぶ、守ることが……でき、なくっ……」
悔しさと悲しさで、彩華は嗚咽を漏らした。
「すごく、がんばってくれたよ。……ありがとう」
ぽんぽん。震えるその背を、筧がたたく。慰めには、及ばないだろうけれど。
海が面々の怪我を回復しているところで、遠くから声が聞こえた。
「……親父さん!?」
筧の声が上ずる――相棒の、父親だ。クーラーボックスを抱えている。
「スポーツドリンク……」
よく、冷えている。
息子の遺志を受け継ぐように戦う若者たちの姿を、どのように感じただろうか。
「……冷えてるうちに、乾杯といきますか。もう一本はお持ち帰りってことで」
「筧さん……去年の誕生日プレゼント、根に持ってるの?」
「そんなことないさ、……加倉?」
「え」
「竜見さんには、今年の夏によっく冷えたの貰ったしね」
ぺち、涙の跡が残る彩華の頬へ、筧は冷たい缶を宛てた。
「え、筧さん、今、俺のこと」
「はい、かんぱーい!!」
静かに流れる涙ような雨が上がり、雲の切れ間から日が出でる。
その先へ撃退士が進む道を示すように、一筋の光がこぼれ降りた。