●
一陣の風が吹く。
倒壊した建物の欠片が、カラカラと転がる。
抜け殻の街。
「えげつねぇな……。なんもかも持っていきやがった」
ギィネシアヌ(
ja5565)が目を眇める。
「……こんなにも、何も無くなるものなのか」
猫の子一匹いない、とはこのこと。
呆然として、地領院 恋(
ja8071)は見たままのことを口にした。
(……もしこれがアタシの故郷なら、アタシはどれだけ冷静を保てるだろうか)
戦いたい。破壊したい。
恋を突き動かす衝動の、たとえば行きつく先がこの光景だとしたら。
思い出となりうるもの、何一つ残らない。
怖い。戦いたい。怖い。――守らなきゃ
喪うことへの恐怖、大切なものを守りたいという願望、無関係に走る破壊衝動。
「まぁ、綺麗に掃除してやらなきゃな」
今はすべてを飲み込んで、振り払うように恋は前を向いた。
●
現地の撃退士から区画の地図を受け取り、一行は巨大モニュメントを含む地域へと踏み込む。
「一見普通の町に見えるのに、確かに何処にも、誰も居ないのですぅ。寂しいと言うか……」
遠目に見える黒馬に警戒しながら、ミーノ・T・ロース(
jb6191)は進んできた道を振り返る。
最後に天使が暴れて壊していった。人々はサーバントにされるべく連れ去られた。そういう情報であったが、血痕ひとつ、残されていない。
「……こういう事が起きないよう、もっと力を付けていかないといけませんね」
「ま、どうでもいいな。さっさと終わらせようぜ」
弓を手に、澄野・絣(
ja1044)が臨戦態勢となる。
Sadik Adnan(
jb4005)は感傷をアッサリと切り捨てた。
過去は情報でしかない。今を生きる為のもの。
目の前に広がるのは『過去』でしかない。
そこから読み解き、現状の依頼を遂行する。『今』必要なのは、それだろう。サディクはそう考える。
「何も残っちゃいないな。面白くもない」
鼻を鳴らし、郷田 英雄(
ja0378)は爪先で軽く地を蹴って。
人も、天使も、街も。奪われ、失い。盛り上がりに欠けるというものだ、が――
(結局、そうやって天魔の居ない領地しか取り戻せないのか)
それは、なんと非力なことだろう。
(だが……いずれは全て奪い返す。必ずな)
密やかに闘志を燃やし、そして配置へと着いた。
天界勢を相手取るという戦いでありながら、最前線へ。
「キュー、行け。見て来い」
サディクがヒリュウを召喚し、地上だけでは把握できない『目』を担う。
「さて、先ずは出方を見る……としようか」
ヴィンセント・ライザス(
jb1496)が、手札の一枚を切る。
【霧舞ウ倫敦】にて魔方陣を発動し、自身の姿を風景へ紛れ込ませる。
これを見破るだけの知能が、徘徊するサーバントにあるのか?
斥候として様子を探りに駆けるヴィンセント。
「一体ずつ片付けていきましょうか」
上手く、おびき寄せられるならいいのだけれど。
与える一撃も、受ける一撃も深手となるだろうナヴィア(
jb4495)は、確実なタイミングを頭に入れながら戦斧を一振りし肩に回した。
「置き土産だけはしっかりしていく辺り、面倒なことをしてくれるわね、まったく」
そんなことを言いながら、これから起きる乱戦を思えば心が躍るのも確かだった。
●
「我が物顔も其処までである。……主の庇護を失った以上、恐るに足らず」
気取られないまま、周囲を徘徊するように羽ばたく白梟を射程圏内に収めたヴィンセントは【時砕キ】の超加速による先制打を喰らわせた。
「少し、足りない」
間髪入れず、対をなす一体がヴィンセントへと襲い掛かるが、一撃離脱で間合いを取る彼のスピードには追いつかない。
「空の相手には、射撃武器を使う私たちの出番ですねー」
その移動によって、待ち構える本隊の攻撃範囲へ、サーバントがおびき寄せられる形となる。
瓦礫の影を利用して絣は追撃の矢を放ち、翼を貫かれた梟が、姿に見合わぬ咆哮を上げる。
「手前らは俺が排除すると、そう宣言した」
瓦礫で遮断され、敵には前衛を担う英雄の姿しか見えていないだろう。
(纏めて攻撃されるのは、なるべく避けたいわね)
先制からの、一対の白梟たちの位置関係を考慮し、ナヴィアは闇の翼を広げた。
直近の一体が、英雄に襲い掛かる。
それとすれ違い、続くもう一体へと黒き斧を振り下ろす!
「ふむ。こちらには一度、お休み頂こうかね」
足止めをしたところへ、ヴィンセントが【天舞ウ蝶】を発動し、眠りへと落とした。
「郷田先輩、向こうも気づいた!」
「ああ、いいぜ。任せろ」
宙返りからの蹴りで一体目を引き付けた英雄は、盾へと装備を切り替える。
遠く視認できる距離のサーバントたちも戦闘開始に気づいたらしく、近づき始めるのを恋が逸早く警告する。
「耐えれる性分ではないが、やってやろうじゃねえか!」
「フォローは、こっちでバッチリやるよ」
出来ることなら自身も前線に立ちたい、戦槌を振るいたい衝動を抑え込み、恋は盾役の英雄にアウルの鎧を掛けた。
「ようこそ、蛇の巣へ。てめぇは俺の蛇のエサだ。ありがたく食われちまいな……!」
ギィネシアヌの放つアウル弾は、絡み合う蛇のように螺旋を描き、真紅の軌跡でもって白き梟を穿つ。
そのラインが攻撃の旗印だ。
(……作戦的には悪くないと思いますが。リスクが一部の人に偏ると言う点では、正直好きじゃありませんねー)
個々の能力、得意分野から決めた作戦とはいえ。
口には出さないけれど。
よいしょ、ミーノは黒風珠を巡らせる。
(偏らせなければ、いいんですよねー?)
「てやーっ!」
イマイチ迫力に欠ける声と共に、左手前方より近づく梟に魔法攻撃を仕掛ける。
草食動物のようなホンワカのんびりとした雰囲気と対照的に、放たれる風の刃は鋭い。
ナヴィアの追撃が鋭く決まり、サーバントは白い羽を散らして墜落する。
「やれヒヒン! ぶちかませ!」
英雄へ波状攻撃を仕掛けようとする梟たちが集ったところへ、サディクがスレイプニルを召喚、トリックスターで駆け巡る。
(1、2、……これで、梟は6。情報だと、後の2羽は塔の後ろか?)
恋が撃破数をカウントし、残る敵を見渡す。
「ムリすんじゃねぇよ。下がってろ」
前のめりになった恋の腕を、サディクが引いた。
「……あ」
(バレた、か?)
「よくやったヒヒン。きな、ゴア!」
黒馬が駆けてきたのを見て、素早くティアマットを召喚するサディクの、その小さな背を恋は息を呑んで見つめる。
ぞんざいな口ぶりだったけれど、召喚獣の動きも、サディク自身の位置取りも、恋にダメージが行かないよう、配慮されていると知れる。
(冷静に。……冷静に、だ)
恋は、深呼吸を一つ。それから前線の味方たちへ回復弾を放った。
「よし、これで戦えるな。まだまだやれるぜ、大丈夫」
ぱん、サディクの肩を軽く叩いて。
召喚獣の傷は、術士に返る。前線に居ないからと言って無傷ということではなかった。
(まだまだ、やれる)
自分自身も鼓舞し、恋は戦場に立ち続ける。
●
――なんだか、お葬式みたいな取り合わせですね。
白き梟、黒き馬。
実在の動物たちとはどこか違ういびつな異形を前に、ミーノはそんなことを考える。
「モニュメントがスゴく気になるところですが……」
遠目からも異質だったが、近づくほどに威圧感を増す。天を衝くほどの白い石碑。
「今は……、どっこいしょーっ!」
早駆けからの体当たり、強烈なアタックを英雄が凌ぎ、黒馬が硬直したところへリベンジと言わんばかりにフレイムクレイモアを振り下ろす。
「ありがとよ」
礼を一つ、英雄は盾から愛用の戦鎚へと活性化を切り替える。
「そろそろ、反撃といこうじゃねえの」
真っ直ぐ突撃しか能がないのなら、飛び込んで来た時がオシマイの時だ。進行方向の急転回は出来まい。
半身を切り返し、戦槌で大きく薙ぎ払う。
「はッ、雑魚が図に乗るな!」
どう、と倒れたところへ、瓦礫があれば足場に跳躍からの、全体重を乗せての振り下ろし。
「きゃあっ」
反対側で、小さく悲鳴。他方からの、黒馬の体当たりを思い切り喰らった。
「えーと? これ、リベンジっていうの?」
ナヴィアが、闇縛で硬直しているところを更に足止めし、
「さぁ、おねんねの時間だ。―― 元が何の動物かだなんて知りたくもねぇが、帳は降りた。俺がてめぇらのニュクスだぜ」
ギィネシアヌが夜の到来を告げた。
「ネクストッ!」
既に、フィールドは敵の懐の中。
多方向からの攻撃、味方同士の誤認に気を配り、ギィネシアヌは声を張り上げ互いの位置確認を促す。
「抗うぜ。どれだけ酷く奪われようと、倒れなけりゃァ敗けじゃねェッ!」
英雄、ミーノへと祝福を掛け、そこから更に癒しの風を全体に吹かせて、恋。
体当たりをせずに、早駆けだけで戦場を翻弄する個体が厄介だ。捉えきれない。その陰になるように、残る白梟たちが強烈な竜巻を引き起こす。
「あまり、あちこち動き回らないでくださいねー」
拉致が明かない、絣は馬の脚へと狙いを定める。
一撃。二撃。
「逃がしませんよー」
遠ざかり間合いを取ろうとしたところへ、絣が弓より射程の長い魔法書での追撃を。
「この間合いで、攻撃をしない理由もないであろう」
絣から逃げるように駆けてきた黒馬、追従する白梟をヴィンセントがクレセントサイスで切り裂いた。
「ラスト!!」
「……拉げろォ!」
恋が叫ぶ、応じるように英雄が戦槌を振るう、正面から黒馬の胸元を強打し、そのまま力任せに槌を振りぬく!!
●抜け殻の街、残された想い
「緊張しっぱなしだと持たないぜ……? 口をゆすぐ位でもいいんだ」
戦いが終わり。
ギィネシアヌは、携帯していたミネラルウォーターを全員の手へ。
炎天下ではないといえ、この季節。
戦闘という緊張の糸が切れると、現実へと一気に引き戻される。
「そういうものなの?」
きょとん、としてナヴィアは受け取る。
人間の体というのは、そういうもの、なのか。
戦えればそれでいい、と参加した今回の依頼。目的が達成された以上、ナヴィアには何の感慨も残らない。
周囲を真似るように、ペットボトルのキャップを外し、唇を付けた。
(けど……)
ちら、と視線を横へ。
モニュメントの周囲を、ミーノは興味深そうにくるくる歩いている。
(やっぱり、よく分からないモノね、人の心っていうのは)
ナヴィアは興味がわかなくて、小さく肩を竦めるだけ。
ミーノは、何かを感じ取っているのだろうか。
同じ悪魔でも、はぐれの理由はそれぞれ違う。
興味の対象も、然りであった。
日陰になりそうな場所を見つけ、サディクは座り込んでコクコクと水を飲む。
「ありがとう。……足を引っ張ってすまなかったな」
「なんのことだ?」
そっと歩み寄る恋を、見上げ。
「守ってくれてただろう」
「……生き残らないと、な」
「ああ」
恋は怪我を押して、隠して、重荷とならないようにふるまっていたつもりだったのに。
さりげない少女の行動に、どれだけ助けられていたか。
ぶっきらぼうな返答に込められているものも、きちんと伝わる。
「恋さんもお疲れ様な!」
恋の姿を見つけ、後ろからギィネシアヌが抱き着いてくる。
「……。ばれていたのか?」
「何。体調が万全ではないのなら、頭で補えばいい。それだけのことではないかね」
「……ばればれだったんだな?」
ヴィンセントが挟む言葉に、恋の顔が下から上へと赤くなる。
――失うのが怖い。
恋は、そう考えていた。
この街の光景を目にして、その思いは更に深まった。
――取り戻さなくては。
そして、そう感じた。
今は『在る』自分の故郷を想い、それから、失われたこの街を故郷とする人を、顔も知らぬ人々を、思った。
帰る場所が無いのは、あまりにも悲しいから。
帰れるよ、そう、伝えることができるのなら。
少しでも手傷を負えば、完全に足を引っ張ってしまうだろう状況で、それでも恋は立ち続けた。
察し、守ってくれた仲間たちがいた。
「……ありがとう」
改めて、恋は仲間たちへ礼を伝えた。
戦いきることができて、良かった。
――藪をつっついてやなことあったら怖い。調査は専門家にまかせりゃいいんじゃないだろうか?
サディクは、モニュメントに関してそう述べた。
天使に対する信仰を持っていた街だったという。
一朝一夕に建立されるようなものではないから、『何』が込められたものだか。
「この状態で残っているという事は、敵の物だろう」
紫煙をくゆらせ、英雄はモニュメントを見上げる。首が痛くなるほどに高い。
「こんなものがあるから、世界が歪むんだ」
天魔の恐ろしさなんて、今やだれでも知ってるだろう。それを『信仰』だなんて。
洗脳の電波発信機的な役割を持っていたんじゃないか、そう推測する。
「壊してでも、一部を持ち帰って調べれば何か分かるだろう」
煙草を咥えたまま、戦槌を活性化して。
「うーん。もう誰も聞くことの出来ない、町の人々の声が込められているような気がしませんか?」
「へ」
ミーノの一言に、毒気を抜かれて英雄の手が止まる。
「残酷で無慈悲で滑稽な現実の歪な象徴でしょうか? 意外な意味が有るのでしょうか?」
モニュメントの一か所を見つめ、首を傾げている。
「なんだ、そっちに何かあるのか」
槌を収め、英雄は歩み寄る。
だれか きづいて たすけて
白い石を積み重ねて作られたモニュメント、はめ込まれた石の色が微妙に違う部分があり、そこを少し離れて見ることで、そんな文字が浮かび上がる。
「待て、なんだ、これは」
うそ うそ うそ
気づかれないように、気づかれるように、恐らくは『人間同士』にしかわからない仕込みだった。
血痕ひとつ残らないのは、無抵抗の証。
抵抗することで血を流すより、生き延びて生き延びて、いつか来る助けを待つことに賭けた証だった。
英雄の右手の拳が、モニュメントを叩きつける。ビクリとも揺らがぬ、強固な塔。
「――っ」
「どういうことが、書いてあるんですか? 私は、モニュメントを見ないといけない気がするんですよ」
紅色の横笛を手に、戦いの装いを解いた絣も、言葉を失っていた。
(こういう事が起きないように――)
戦い前に、抱いた思いが、もう一度強く絣の胸に刻まれる。
言葉が見つからないのなら、音に乗せればいい。
絣の生み出す澄んだ横笛の音色はモニュメントを包み、そして天へと昇って行った。
●
「感情は、多くあるが」
思い出したように、ウルは足を止める。
配下の大天使・ユングヴィが顔を上げた。
「奥底に秘め続ける、救援への切望というのはなかなかに強いな。もう来ない、と突きつけられてからの失意との落差は凄まじいぞ」
全てを奪い尽くした街に、唯一残された叫びの象徴を思い起こし、そうして権天使は笑った。
「まったく、酷い御方だ」
「褒め言葉として受け取ろう」