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曇天。
空の色を映すように重い泥地へ、橋が展開される。
「あまり長時間は維持できない、早く!!」
現地撃退士が声を飛ばし、学園生たちを促す。
既に南西要塞敷地内では陽動部隊による戦いが展開されていた。この橋に、彼らの動きに、気づく者はいないようだ。
「そっこー勝負、ってやつだねっ」
監視塔を見据えるエルレーン・バルハザード(
ja0889)の目つきが、戦う者のそれへと変わる。
(裏鬼門。……此処を落とせれば。北東から、南西まで……風を、吹き込ませることが、できる)
北東。
長く続く京都奪還戦において唯一、使徒・米倉 創平が姿を見せた方角を、姫川 翔(
ja0277)は深海色の瞳で睨む。
(……この要塞を落とせなきゃ。創平には…… もう、一生、届かないような気が、する)
唇をきゅっと噛み、視線を前へ戻した。
流星光底長蛇を逸す、とはならぬよう。
「足掻くだけ、足掻いてやろうじゃない、か」
絶好の機会を逃すことなく、今、走り出す。
細い簡易橋を駆け抜け、円筒形の監視塔内へと突入する。
上層部の所々に空いている明かり取りの窓から光が差し込み、内部は仄暗いが視界には影響を与えることはない。
「皆が開けてくれた道だ、一気に行こう――!」
志堂 龍実(
ja9408)の声が石造りの建物内部に反響する。
壁に沿って展開する螺旋階段、途中二か所に設置された踊り場で、影が身じろぎする様子が伺えた。
(階段があるのかー。螺旋階段なら…… まあ……、きっと……)
踏み込んだ一歩目で足を止めた紫ノ宮莉音(
ja6473)を、並走する翔が案じて顔を覗きこむ。
「あ、大丈夫、大丈夫なんだけど……」
「……ん」
微かに感じとった莉音の不調。しかし本人に自覚がないのなら、深く追求する必要もないだろう。
翔は軽く頷く程度に留める。
「莉音。調子が悪くなったら、すぐに言うんだぞ。後ろに居るからな」
「頼りにしてます、龍実さん。……エルレーンさんも、気を付けてくださいねー」
狭い階段は、二人ずつ横並びで隊列を組んで進むしかない。
敵は正面からしか来ないけれど、真っ向勝負でバランスを崩したら手すりのない階段では命取りになるだろう。
カオスレートの関係で不利になるエルレーンは、もともとの回避能力は高いものの、被弾すればダメージは大きい。
「陽動を引き付けてくれている仲間の為にも、必ず敵指揮官を撃破しなくてはいけませんね」
塔の外からは、激しい戦闘音が聞こえている。
闇の翼を広げ、ユウ(
jb5639)は最後尾、吹き抜けとなっている階段の外側を飛翔しながら戦況の確認を。
「皆さんに報いる為にも、何としても」
こくり。鑑夜 翠月(
jb0681)が頷く。
幾度も敗戦を重ねた砦だという。
ここに至るまで、今、外で戦っている撃退士だけじゃない努力があったはずだ。
「そろそろ京都は返してもらいたいですねぇ☆ 今回はその足がかりに……進展させたいところです!」
この階段を登り切ったその先に、きっと。
見上げ、三善 千種(
jb0872)は胸を反らして深呼吸。
「……必ず成功させましょう」
グレイフィア・フェルネーゼ(
jb6027)は光の翼を広げ、2列目辺りにつく。
(主は不在なれど……その信念を違えはしません)
天使でありながら、その翼の色は漆黒。
複雑な思いを抱えるグレイフィアだが、重要な場面において躊躇はしなかった。
堕天したことで知った、人間の温かさ。
そういった心の積み重ねが、今の戦いの場を築いているのだろう。
――ならば、報いるまで。
●
「よぅし…… 人間のじゃまをするうすぎたない天魔、ころすころすころすッ!」
スイッチの入ったエルレーンが、スピーディに先行する。
狭い階段だ、前衛が道を切り拓くことが成功につながる。
矢を避けるよう、壁に沿って進む。
(戦闘不能者を出さない……。僕には、これが最優先)
階段を駆け下りてくる槍兵を相手に、莉音が先制のコメットを放った。エルレーンが巻き込まれないよう、ギリギリを見極めて。
「……翔くん!!」
「莉音。鎧……心強い。ありがと、ね」
射程の長い射手を後方に控えているのを利に、コメットの範囲には収まらぬ位置で接触となり、しかし回避されてしまう。
莉音はすぐに意識を切り替え、翔にアウルの鎧を施す。
「……来い。僕一人で、充分、だ……」
槍兵の放つ魔法属性の貫通攻撃を、翔は真正面から受け止めた。
(……回避すれば、後続に被害が行く)
ジリ、後ずさりそうになるのを耐え。
受け止める、と腹を括ってしまえば衝撃にも耐え抜くことができた。大打撃を受けたとしても、回復手の莉音がいる。
これだけの安心材料が、他にあろうか。
切り込む槍兵に対し後攻を取った翔の大剣が黒い光を纏った。
「今です!」
「貫く。よ。……真っ直ぐに」
グレイフィアが槍兵へ攻撃を仕掛け、放つワイヤーがその槍を一瞬だけ絡め抑える。
翔は剣を振りぬき、一太刀のもとに撃破した。
「いっきに終わらせたげるよ…… しんぢゃえ!」
翔たちが槍兵を相手取る合間に、エルレーンは最初の踊り場へと突き進む。
「へたくそ。……ちかづいたら、一気だねっ」
数を撃っても、その矢はエルレーンの頬を傷つけることさえできない。
近距離戦に自信がなくての遠距離攻撃であるのなら、料理は易いに違いない。
「雑魚は引っ込んでた方がいいですよぉ☆ ……複数で攻撃させてもらいますしね☆」
さわやかアイドルスマイルで、千種が言い放つ。
槍兵は翔&莉音に任せてOK、現状を把握し、千種は真っ直ぐエルレーンのサポートへ。
「飛ぶには、少々狭い空です」
ユウが撃破された槍兵を飛び越え、水月霊符で攻撃を。無理な体勢から放ったせいか魔法の刃は避けられてしまうものの、直近のエルレーンからユウへと、敵の狙いが移る。
「――こんな所で時間をかけている暇はないッ!」
「くらえーーっっ」
射手の隙を逃さず龍実が十字手裏剣を放ち、エルレーンがブレードを振り下ろす。
「ん、たまには違う武器で腕馴らしもいいものだな。……翔、エルレーン、ケガはないか?」
「へっちゃらだよ! どんどんいくぞぉ!」
「平気。……まだまだ、余裕」
普段は剣を使う龍実だが、最上階までは支援をメインとしている。
手裏剣での手ごたえを確認しながら、前衛陣に状態を問うが、問題は無いようだ。
「次の踊り場は……直ぐに矢は届かないようですけど」
バサリと翼を鳴らし、ユウは距離を測る。
槍兵と射手は、互いを撃破されれば能力が上がるという連携持ちだという。
今は畳みかけるように撃破したから実感は薄いが、槍兵を倒したのちに、長く矢の雨が降るとなると面倒だろう。
翔が盾となり、降り注ぐ矢を受け止めて。雨を縫うようにエルレーンが駆ける。
「貴方達には、私の舞に付き合っていただきましょう」
空中から、グレイフィアがサンダーブレードで敵の意識を翻弄する。
翼持つものを相手にしてしまえば、サーバントは『踊り場』という閉所に閉ざされているのと変わりない。
できることなら、槍兵と射手を一つの射程に収めてしまいたい――。
接近するまでに誰もが軽く手傷を負うも、回復は後回しに間合いを詰めることを先決として。
「!!」
不意に、突出した翠月が射手の集中攻撃に沈む。
「翠月くんっ」
莉音の活性化している『神の兵士』によって気絶は免れ、続けて回復魔法を施される。
「すみません、ありがとうございます。――行きます」
目を見開いて、直ぐに切り替えて。翠月は階段を一歩、力強く踏み込む。
ファイアワークスによるド派手な花火で、踊り場の敵たちを蹴散らした。
●流星光底の守宮
使徒から指示を与えられたサーバントは、『千里眼』でもって階下の状況を、忍び寄る気配を探る。
広くない最上階は、全てが自身の射程圏内。入り口は一つ。
待ち伏せは容易い。
鎧武者姿の童子は、ゆっくりと矢を番えた。
●
「私に出来ることは、あまりありませんが…… この好機、決して無駄には致しません」
最上階へ続く階段へと至り、グレイフィアは高鳴り潰れそうな心臓を抑えた。
無茶はするかもしれない。ただし、無謀な真似はしないよう。
ひとりで戦っているわけではないのだと、自身へ強く言い聞かせる。
「さすがに、侵入は知られていますよね。最上階での待ち伏せには警戒しないといけませんね」
ワイヤーの加減を確認しながら、さてどう切り込むかとユウは思案した。
「……こき使うようで、ごめん」
「えっ」
決戦前に味方の手傷を回復して回る莉音へ、翔がポツリと。
「莉音は僕達の生命線……だから。倒れられたら、困る。それに……倒れてる場合でも、ない。でしょ?」
その一言から、不調に気づいていたのだということが伝わる。
莉音は少し、困ったように笑い、
「ふふー 階段、長いこと見てるとフワーッてなるから…… もう、大丈夫です。登っちゃったし」
「……だね。京都。……やっと、半分なんだから。……まだまだ、登らないと」
「……フワーッてなりますね」
少年たちは顔を見合わせ、決意を新たに。
巻き返しは、これからなのだ。
「さて、本番ですねぇ、最上階!」
暴れ足りない千種が、符を手にして。
「行こうか!!」
愛用の双剣へ持ち替えた龍実が声を上げた。
●
撃退士たちが最上階へ上がる、その前に――サーバントだけのフロアに、莉音の放つコメットが降り注ぐ。
侵入を警戒し、入り口付近に控えていたウルフの部隊一つが痛手を負う。
そこへ、速攻でエルレーンが突入した。
すぐさま、ウルフの群れが襲い掛かる
「はううーっ! もえーっ! もえーっ! きちくうけーっ!!」
解き放て、┌(┌ ^o^)┐すぷらっしゅ!
動物同士の┌(┌ ^o^)┐はアリなのか!
敵の出鼻を砕く形は、どちらかというと『襲い受け』ではないだろうかという討論すらもエネルギーに変えて妄想という名の攻撃を繰り出せ!!
「さぁ、景気よく行きますよぉ☆」
一番ダメージを受けている┌(┌ ^o^)┐ 否、グレイウルフ一体へ、千種は炸裂符をお見舞いする。
後方に控えるダイアウルフが、なるほど微かに反応を見せる。
「……ちょろちょろされても、困る。翠月達の邪魔も、させない」
後を請け負ったのは翔だ。神速の攻撃で周囲の足止めを図る。そこへグレイフィアが、ワイヤーによる攻撃を畳みかける。
「譲れないのは此方も同じ……。自分の意志は、貫き通すのみだッ!」
龍実は叫び、守宮への道をふさぐウルフへ斬りかかる。
「綺麗な石像にしてあげますよぉ☆」
開かれた道を使い、千種が八卦石縛風を、ダイアウルフに向けて。
舞い上がる砂塵が、白狼を包み込んだ。
「石にさえなっちゃえば、逆上したって怖くないっ」
一撃目を弾かれるものの、素早く二度目で石化に成功する。
「危ないです、後方、下がってください!!」
ウルフたちをやり過ごし、真っ直ぐに守宮へ向かっていたユウが、敵の動きに異変を感じ取る。
威嚇するようにこちらへ向けて守宮が番えていた矢の先に、火が灯る。
叫んだ時には、矢は放たれていた。
「……くぅっ!!」
「龍実さん!」
「構うな、行け! 今だ!!」
片腕を焼かれた龍実のもとへ、莉音が駆けつける。痛みに顔を歪めながら、しかし龍実は前を向いて。
ふわり、その横を風が吹き抜けた。
ハイドアンドシークで潜行中の、翠月だ。
潜行スキルを打ち破る敵の、その能力すら掻い潜り、翠月は接近する。
「出し惜しみはしません。僕の、とっておきの切り札です」
常世の闇を纏った弾丸が、童子姿の武者サーバントを飲み込んだ。
●裏鬼門より駆ける風
司令官撃破と同時に、統制を失ったサーバントたちは撤退してゆく。
グレイフィアが明かり取りの窓から外を伺うが、敷地内の敵勢も同様のようだ。
「これで……南西要塞は、おしまいなのでしょうか……」
深く息を吐き出して、未だ実感を得られないまま、グレイフィアは振り返る。
「統率者が、居なくなれば。……無駄な、戦力の損失になる、だけだから」
応じながら、もやりとした感情が翔の胸に。
京都を封じる天界勢が、実際に何を考えているのか――どういった状況なのか。
現在、それを知る術はない。
とにかく今は、目の前の要塞を落とし続けること。
要塞という外殻を失えば、その向こうの大収容所に囚われている人々を救出することもできるようになる。
(……それをただ、待っているわけでもない、だろう? 創平……)
明かり取りの窓から、熱を帯びた風が吹き込んでくる。
誘われるように、翔はそれを目で追った。
窓に切り取られた空は、相変わらず滅入るような曇天だ。
「あ」
同じ方向を見ていた莉音が指をさす。
「晴れ間が見えてきましたね」
厚い厚い雲を割り、一条の光が差し込んできた。
「なんだか、幸先がいいな」
龍実が、穏やかに微笑んだ。
「30分より、うんと早く終わりましたねぇ。外の皆さんにも伝えに行きましょう」
千種の声に、一同がはっとして振り向く。
こちらの戦果はもちろんだが、塔内への外敵侵入を防ぎ切った陽動部隊による助けも大きかったであろう。
何よりも敵将撃破を優先するのがこちらの任務であったけれど、最悪のパターンを想定していたものはどれだけ居ただろう?
むろん、仲間たちが信頼に足る、という前提もあるけれど。
「……支え、ようか?」
「へ、へいきですー」
階下を見てフワッとなる莉音へ、翔が手を差し出す。
「年下攻めも捨てがたかったの…… はぅ」
「とし、した……?」
守宮へ攻撃するには至らなかったエルレーンが、やや不完全燃焼気味に独り言を呟くと、何も知らぬ翠月がキョトンと。
「京都の空は……自由に飛べたら、とても気持ちが良いのでしょうか」
闇の翼で地上へ向かうユウの言葉を、翼をたたんで階段を利用するグレイフィアが複雑な表情で聞いていた。
同じ翼を持つものでも、抱える事情はそれぞれで。
「気持ちいいさ。空も、大地も、ずっと…… ずっと」
気づかぬまま、龍実が応じた。
京都が天界勢に奪われ、一年以上が経過していた。
それでも、自然だけは何物にも奪われることなく、雨は降り、風は吹き、緑は繁る。
巡る季節に焦りを覚えないわけではない。
2013年、7月。
京都中京城を取り巻く八要塞の一つ、南西要塞・陥落。
落とすべき要塞は、残りわずか。