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ようこそ、おおさかパーク。おいでませサファリゾーン。
(場所…… 遠足だよね? あれ、でも依頼だし……合宿で良いんだ、うん)
礼野 明日夢(
jb5590)はジェットコースターやメリーゴーラウンドなど定番の遊具が音を響かせる間を通り、集合場所へ。
「や、景気はどうだい?」
一足先に到着し野崎と世間話をしているのは常木 黎(
ja0718)。
「そっちは悪そうな顔ねぇ」
言葉とは裏腹な声のトーンに、野崎は苦笑いを返す。
「『普通』のハンティングは何気に初めてなもんで。……あぁいや、普通とは違うか……」
「だぁね……」
施設入口の柵に二人で背を預け、遠い目をすることしばし。
「毛皮とかは興味ないんだけど、食べれるモノだったら少しはテンション上がったかなぁ」
「え……。緋華さん、それで盛り上がんの?」
「かも。私も乗ればよかったな」
ロウテンション二人が会話をしているところで、参加メンバーも揃ったようだ。
さて、向かう先は炎上サファリ。
進化したのはハンターか、はたまたイタチかアライグマか……あるいはワニか。
――新緑合宿、狩猟解禁!
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「サファリ! サバンナ! ……あっ、でもアジアゾウいるなー?」
「動物さんがいっぱい放し飼いにされている動物園って素敵だと思いますの」
紫ノ宮莉音(
ja6473)と御堂島流紗(
jb3866)は、車窓から身を乗り出さんばかりにはしゃいでいる。
二人の前を、シマウマの群れが伸びやかに駆けていく。
「えーっと、害獣はイタチ、アライグマ、ワニ! イタチ、アライグマ、ワニ!!」
「今日は特に、テンション高いねェ……。川、落ちンなよ」
ハンドルを握る仁科 皓一郎(
ja8777)は、笑いを浮かべながら莉音へ声をかけた。
「いくら遠足っぽくても久遠ヶ原だから…… とは思ってたけど、まさか天魔じゃない動物相手のお仕事とは」
「うーむ…… できれば、動物園などで平和に暮らしてもらいたいな」
「下手したら死なせかねないですしね。ワニは、ちょっと覚悟がいりますね……」
弥生 景(
ja0078)は、手の中の麻酔拳銃を握りながら、隣に座るラグナ・グラウシード(
ja3538)と言葉を交わした。
「ワニさんやイタチさんやアライグマさんには悪いですけれども、サファリパークの平和を守るためしっかりと捕まえて参りますの……」
二人の会話を耳に留め、流紗は座席に戻る。
「ねえねえ、ワニバーガーっておいしいのかな?」
「……ワニ肉って若鶏に似てるんだっけ。けど、そのバーガーはサメよね?」
「えっ サメ?? ワニなのに??」
思わず言葉を挟んだ黎へ、莉音がクルリと振り向く。
「広島……か? そっち方面で、サメをワニって呼ぶんじゃなかったか」
「へーっっ」
影野 恭弥(
ja0018)はそっけなく答えながら、暇に任せて車窓から動物の写真を撮っていた。
晧一郎の運転は丁寧で、荒っぽい道路も滑らかに走らせる。
(『食べれるモノ』……緋華さん、ワニはどうなのよ)
出発前の風紀委員の呟きは、そういう意味だったのだろうか。
黎は思い返し、呆れた表情でため息をついた。
●mission 1. ITACHI Lv.1
草原の一角で、晧一郎が車を停める。
「たぶん…… この辺りやと思います」
莉音の生命探知に引っかかったのは、場所から推測するにイタチ。
広い草原で、姿を見せない大きさの動物は他にない。
「車に乗りながら射撃……とは、行きませんね流石に」
明日夢はライフルを手に、ゆっくりと降車する。
日本国内だというのに、作られたサファリは外国然としていて――しかし景色の向こうでは派手に遊園地の遊具が飛んでいる。
シュールだ。
(ふれあいコーナーとかじゃないから動物触ったらだめそうだし、代わりにイタチとアライグマもふもふしておきたいな)
真剣な眼差しで巣穴を探す莉音の胸中を知る者は誰もいない。
(動物の勘の鋭さは厄介だけど、まぁ普段と比べりゃ……)
苦く笑いながらも、仕事は仕事。
黎は視界を広くとり、莉音が感知した以外にも動きがないかどうか、気配を殺して草を踏む。
「鮮度の良い肉や、魚の干物なんかだとイタチのおびき寄せに使えるかなって思ったんですけど……」
支度金から準備できないわけではない、けれど。
自分なりに調べて、手持ちの品から使えそうなものを明日夢は用意してきた。
「揚げパンも良いらしくって。お昼御飯用のカレーパン使えるかな」
『な』の瞬間、明日夢が取り出したものが消えた。
「!!?」
「居た!」
「あれか」
「でか!」
「可愛くないですの!!」
口々に叫ぶ。一番距離を置いていた黎がライフルで一発、カレーパンを咥えたイタチを仕留める。
「まだだ!」
眠りに落ちたイタチ、その口から離れたカレーパンを奪い、別のイタチが飛び出して来る。
ラグナが叫ぶと同時に、流紗が拳銃で麻酔弾を撃ち込んだ。
先ほどまで、シマウマを前に瞳を輝かせていた少女である。
「……のんびりするためには、手段を選びませんの」
サファリ満喫したい。彼女の心はその一念で満たされていた。
「撃退士の意地をかけて、逃がさないわよ!!」
食いちぎられたカレーパン。
どこにそんなに潜んでいたのかという数が群がっては四散する。景は持ち前の脚力で追い、一匹一匹確実に。
「フッ…… 野生のイタチ共よ、私を見ろ!!」
ラグナ渾身の、シャイニング・非モテオーラ発動。
野生動物相手に、効くか!!?
――カレーパンのカケラを咥えたイタチカップル(予想)が、残念な眼差しでこちらを見ている(主観)。
「よくやった。お前さんは、よくやったよ」
血の涙を流すラグナの肩を、晧一郎は後ろからそっと叩いた。人の優しさとは、こんなにも沁みるものだったっけ。
フリーズしているイタチを、黎とは逆方向に待機していた恭弥が立て続けに眠らせていく。
「明日夢くん、危ない!!」
指先に残るカレーパンの匂いを嗅ぎ付けたイタチが、背後から明日夢を襲う!
剥き出しにされる獰猛な牙。
素早く莉音が間に入り、盾で防ぐ。
「わっ!?」
明日夢の武器はライフル、近距離では咄嗟の対応が難しい。
「これで12匹だよー!!」
フットワーク軽く、踵を返した景が麻酔拳銃でイタチを沈めた。
「び、びっくりした……」
明日夢は涙目である。
しっかり者とはいえ、小学一年生である。怖いものは怖い。
「……で、まだ別に巣穴があるんだよな」
「みたいだな。この辺のは、燻してみたけどなんも出てこねェわ」
恭弥の問いに、晧一郎はトーチで作った手製の松明で試した結果を伝えた。
●mission 2. ARAIGUMA Lv.5
車へ戻り、再び莉音の生命探知によりイタチのポイントを襲撃、想定数を眠りに落とす。
アライグマへとターゲットを移し、車は川沿いに走っていた。
「そ、その、かわいいものをどうこうするのは、ちょっと……」
ラグナは戸惑いを見せつつ、いざという時は、と用意していた綱を手に。
その真横で、黎は躊躇なくトリガーを引いた。
「一丁あがり……。思ったより楽だねえ」
大きな個体であれば、車窓からでも狙撃できる。
普段は天魔と命のやり取りをしているのだ。育ちすぎのアライグマなど造作もない。
冷笑しながら、黎は川辺のアライグマを狙撃していく。
「あっ、気づかれました」
クイックショットで命中率を上げて臨んだ明日夢が、状況の変化に声を発する。
「ワニがいるから、川には入らないとは思いますの」
「けど、こっから逃げられるのも厄介だねェ」
流紗の言葉に顎を上げ、晧一郎がハンドルを切る。
「囮やるわ。フォロー頼む」
「僕も行きまーす*」
晧一郎に、莉音が続く。
「逃げるよりは向かってくるほうが対応しやすいわね」
近距離対応すべく、景と流紗も行動を共に。黎や恭弥、明日夢は車内から周辺を伺った。
「よく見ると、言う程可愛くも無いのよね」
ぼそり。
誰に言うでなし黎が呟くと、車内に残り葛藤していたラグナが顔を上げた。
「……。あー 見てきたら、現実」
純粋な戦闘だけであれば、必要以上の言葉を誰かと交わすこともない。
けれど、今日はどうも……勝手が違う。
少々戸惑いながら、黎はラグナへ声を掛けた。
ふかふかずんぐりの胴体。
ふっくらシマシマのしっぽ。
立ち上がり両手を広げ爪を全開に大きく口を広げて威嚇のシャウトをし牙を剥く。
――これは…… 可愛くない。
絶句するラグナの前で、晧一郎は動揺のかけらも見せずタウントで引き付け、盾に噛ませる。
すかさず莉音が星の輝きで目くらまし、流紗と景が麻酔弾を撃った。
「う、裏切られた気分だ……」
「ラグナさーん、もふもふですよ、もふもふー♪」
「むっ」
もふもふと聞いて。
「……癒されるな」
色々とやさぐれた心を、せめて眠ったアライグマで回復したい。
●mission 3. WANI Lv.20
「責任持って飼えないなら飼うな、捨てる前に責任持って薬殺してくれる所に持って行きなさいって感じですね……」
川を泳ぐワニを見て、明日夢が一言。
皆、同じ種類のワニだ。繁殖したのか、同一の飼い主が一斉に放したのかはわからない。
「ワニと戦う、つうのは、流石に初体験だねェ……」
さてどうしたものかと晧一郎が呟く。
川の中で泳いでいるのが2体。
川から上がり、日向ぼっこしているのが3体いる。
確認されているのは8体だというから、あと3体は別の場所か。
「殺処分……は、なるべく避けたいな」
先ほどアライグマもふもふしたラグナは、尊い命の重さを想う。
アライグマは……あたたかかった。良いもふもふだった。
ワニは、どう頑張ってもゴツゴツである。
「できるだろ。難度上がったって、大した問題じゃない」
明日の天気の話でもするように恭弥が応じた。
「なんか、車に積んでたよな」
晧一郎の事前行動を目にしており、確認を取る。
「あー…… 捕獲用の縄やら網、積めるだけ、な。使えるか?」
「麻酔かければ、大丈夫じゃないか?」
「そんなに口を開ける力は強くないらしい……ですよね」
勇気を出すところであろうか。二人の会話を聞いて、景も言葉を挟む。
「どっちでもいいけど、私は味方の安全確保を優先させてもらうよ」
黎の言葉は冷たく響くかもしれないが、根本的な部分だ。
任務では殺処分も仕方ないとされている。
その覚悟は誰もが持っている。ラグナは言葉なく、頷きを返した。
ワニの動きは、案外と早いものである。
「きゃあ!!?」
「ち、流石に効きが悪い……」
逃げるワニ、襲い掛かるワニ、川辺は狂乱状態だ。
晧一郎がタウントで1体を引き付ける、その横を別のワニがすり抜けて景を襲う!
黎が狙撃するも2発程度じゃ止まらない。
明日夢、恭弥の集中攻撃で、ようやく1体が動かなくなった。
晧一郎に肩を並べ、ラグナが銀の盾でワニの攻撃を凌ぐ。
「私たちが盾となる。さあ、今のうちに!!」
ラグナは後方へ叫んだ。麻酔弾が数発飛ぶ。
そして……ラグナの前方に人影が舞い降りた。
「これで、口、開けらんないですよね」
回り込んだ景が、跳躍により口を踏みつけている。
そのまま手際よく縄で縛る様子を、何とも言えずラグナは見守った。
逃げるワニを追跡し、押さえこむうちに『水場』へと到着していた。
「カバー!!」
莉音の瞳が輝く。
おおきい。ノンビリ。ぐわーっ!
――ぐわーっ、と水中からワニが飛び出した!!
「くっ…… 動物と言えど尊い命! 守ってみせようッ!」
ワニに、仔カバが襲われようとしているまさにその瞬間、ラグナはドMの極みを開花させた。
その肩にワニの歯が食い込み、そのまま引きちぎらんと回転を始める。
いわゆる『デスロール』である。
「くっ」
だから言ったのに、を飲み込んで黎が麻酔弾を撃ちこむ。獲物を捕らえ、興奮しているワニにはなかなか効果が出ない。
「生で見ンの、初めてだわ。すげー迫力だねェ」
とは晧一郎。
「ちちち違う! 私は単に、弱い者を救いたいだけでご褒美などでは!!」
というより、痛い痛い痛い千切れる!!
ラグナは手にしたるくず鉄でワニの鼻先を殴る。撃退士渾身の力である。ポロリ、ワニの歯がラグナから離れた。
「悪い。仕様かと思った」
ワンテンポ遅れ、恭弥が麻酔銃を手に。
「今、回復掛けますからねーー!!」
タオルを抱えて、莉音もラグナのもとへ駆けつけた。
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ワニを追い、車を放置している間に。
サイが突撃していました。
重い沈黙で、横転している車両を眺める一同。
「……修理道具も積んでるけどよ。どうにかなるのか?」
「走ればいいんじゃないかな、とは……」
「ゾウに潰されなかっただけラッキー」
黎と恭弥は視線を泳がせる。
「あっ、その前に写真を撮っていいですか? サイの突撃を受けるなんてレア!」
カメラを手に、景はウキウキしていた。
「突撃の瞬間も、見たかったですの」
女子は強い。
「終わりましたー!」
トランシーバーで莉音が報告する。
『おー、お疲れ様。じゃあ、こっちは回収に向かうね。あとは自由行動で良いよ』
「緋華さんは遊ばないのー?」
『残念ながらね。別件も受けてるし』
「別件、ですか?」
『ふふ、ラグナ君に聞いてごらん。それじゃ、良いサファリを』
通信はここで終了。
「ラグナさん、何かお願い事したんですか??」
きょとん、と莉音がラグナを見上げる。
「その、な。害獣と言われようと、命あるものに変わりはないからな」
殺処分以外で、受け入れてくれる場所を――
そう、頼み込んでいたのだ。
体を張って、ワニの攻撃を受け止めたのもそこにある。
「平和に生きろよ…… 別の場所で」
サファリの風が、ラグナの髪を優しく揺らした。
●
修復した車が、ガタガタと音を立てて走る。
やることはやった、と眠りについているのは黎と恭弥。
ここからが本番! とばかりに更にテンションの上がる面々も多い。
「リオ、お前さんは、どいつが目当てだ?」
「キリンも可愛いけどカピバラー♪ カピバラがみたーい*」
「な、撫でてもいいのかな…… 動物園とは違うから、どうなのかな」
カピバラと聞いて、景が身を乗り出す。
「晧一郎さんはー?」
「んー、ゾウとかキリン、良いよな。小天使の翼で空から眺める、つうのも面白くねェ?」
「わー! 良いですねー♪」
「あ! ゾウさん、ゾウさんですの!!」
車窓に流紗がしがみつく。
くくっと笑い、晧一郎はスピードを緩めた。
ゾウの後ろを、キリンの親子が通り過ぎる。
「わぁ……」
明日夢も感嘆の声を漏らし、食い入るように見つめた。
「はぅ…… こういうのもいいな」
人間の平和を守るために日々を戦うが、動物たちの平和を守るのもいいものだ。
ラグナはシートに身を沈め、のどかなサファリを楽しんだ。
時間は充分にある。
日が暮れるその前まで、一行は守り通したワイルドを堪能した。
――mission accomplished!