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京都・壬生。
かつてこの地を拠点とし、活躍した一団が『壬生狼』と呼ばれたこともある。
「ここは憧れの新選組が活躍した土地、彼らに恥じぬ戦いをせねば」
きりりと口元を結び、酒井・瑞樹(
ja0375)は広い堀によって守られた西洋要塞を睨み付けた。
彼の時代の武士が目にしたのなら、嘆き、激昂したに違いあるまい。
(……ううむ、これは武者震いという物だろうか)
瑞樹にとって本格的な戦いへ参加するのは、今回が初めてとなる。
吹く風は生ぬるいのに、体は小さく震えていた。
「……やれやれ、またデカイ要塞だなおい。ま、嫌がらせ程度はやらせてもらうさ」
気負う少女の隣で、のほほんと言い放つのは久瀬 悠人(
jb0684)。
あっけにとられた表情で瑞樹が悠人を見上げた。
「今後の作戦にも直結する、結構大変な依頼だろうけど……『水路を突破しての跳ね橋降ろし』に尽きるだろ?」
「う、うむ」
「良いよねぇこういうの。戦争っぽくて」
「!?」
薄笑いを浮かべながら、常木 黎(
ja0718)がゆっくりとした足取りで合流する。
「ま、天魔相手だと中々雰囲気までは、ねぇ」
悠人の考え、黎の見立て。
それぞれに瑞樹は頷きを返す。モチベーション、見据える要所はそれぞれのようだ。
「ま……、どんな障害でも蹴り砕きますよ。負けっぱなしは趣味じゃない」
効率的なルートを模索していた戸次 隆道(
ja0550)が、パンと手を鳴らす。
「いい加減、京都も奪い返したいんだ」
月詠 神削(
ja5265)が淡々とした声音で続く。
「さぁ、いくわよ!」
気合十分・神埼 晶(
ja8085)の声で、各自も動き出す。
「神奈さん?」
簡易橋を手にした御影が、北西方面を見つめていた水無月 神奈(
ja0914)へ呼びかけた。
「ああ……、今行く。もう1年だ。いい加減、盗人共には消えて貰わねばな……」
「はいっ。がんばりましょう」
屈託のない光の笑顔。
妹の面影を重ね、神奈は伸ばしかけた手を止めた。
(今の京都の惨状を見れば、亡き父達はどれだけ悲しむだろうな)
神奈が目を向けていたのは、生家がある神社の方角であった。
思い出の詰まる場所を襲われたのは、いわゆる『封都』とは別の出来事であったが、それ故にやりきれない思いは募る。
様々な思いが、橋として南西要塞へ架けられようとしていた。
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「早く京都が取り戻せる様に踏ん張らないとな……」
強羅 龍仁(
ja8161)が、簡易橋を展開する。そしてその位置から、生命探知で堀に潜む敵の動向を察知しようと意識を集中する。
「くっ、ちょろちょろと……!」
「動くかい?」
黎の問いへ、眉間にシワを刻みながら龍仁が頷く。
タイミングを読んで避けて走る、場所の特定と同時に狙い撃つといった方法は効率的ではないようだ。
「出てきたところを狙っていくしかないかな」
晶はヨルムンガルドを構え、水面に対して射撃体勢をとる。
「立ち止まるわけにも行かないよな」
軽く足を踏み鳴らしてから、神削が全力跳躍で、橋へ負担をかけることなく一気に渡河する。
「この程度で止まるほど弱い意志じゃ戦ってないんだよ!」
次いで、隆道。バシャリと水面から和尚魚が飛び上がり噛みついてくるが、一切を相手取らずに駆け抜ける。
「無理はするなよ。過信は禁物だ」
隆道の背が少し傾ぐのを案じながら、龍仁は異形のサーバントをまじまじと見つめた。
「お先にどーぞー」
黎は軽く笑い、隆道を喰らい損ねた人頭の亀を撃ち抜いて後続を促した。
晶と黎、二人の狙撃手のサポートで、止まることなく渡河は続く。
「エルダー、妨害だけでいいからな」
蒼風を纏う悠人はストレイシオンを召喚する。
「あくまで警戒だぞ、……真っ向から戦うと、俺が水路渡り切る前に死ねる」
召喚獣のダメージは、召喚者も共有する。
主の声へ呼応するように、水中を巡るエルダーがパシャリと水面を叩いた。
「撒き餌……ね」
エルダーへ群がる和尚魚は、さながらピラニアだった。
『そういう策か』と呟く黎へ、悠人が共有する痛みに片目をつぶりながら声を出した。
「餌じゃない……。餌じゃないぞ、エルダーは……」
「そっち行ったら回復掛ける、今は一気に行け」
確かに予想外の光景ではあった。会話だけなら呑気なものだが、現実はそうともいかない。
エルダーの様子を気にする悠人へ龍仁は叫び、先を急がせる。
一方、エルダーへ群がる和尚魚は好い『的』だ。
エルダーが身をよじりサーバントを払いのける、そこを晶と黎が狙い撃つ。
簡易橋への負担が軽くなったところを、続々と仲間たちが渡ってゆく。
「行くぞ、光」
「はい、――えっ」
「合わせろ」
神奈が、するりと御影の腰に手を回す。トントン、爪先でタイミングを取って――二人同時の全力跳躍。
「かっ、神奈さん!!!」
「全員が渡り終えるまでは、なんとかシールドで耐えてくれ―― もっとも、狼一匹たりとも向かわせるつもりはないが」
橋を頼むぞ。
その言葉に、突然の行動に動揺していた御影も表情を引き締めた。
先に橋を渡った仲間の動きを察知して、グレイウルフが群れを成して正門から飛び出していた。
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白色の大鎌を手に、神削は降り注ぐ矢を厭わず城壁へと向かう。
短い間隔で連撃を放つ城壁上の射手は狙いが雑で、そう簡単には当たらない。
「射程が脅威っていうならさ、懐に入れば早いと思うんだよ、な……」
棒高跳びの要領で、武器を支えに全力跳躍で飛びかかる。
「よ、っと」
片腕を城壁に引っかけ、もう片腕で一度、鎌をヒヒイロカネへ戻す。
「あぶないぞー」
神削の単騎突撃へ、橋を渡ったばかりの悠人がスレイプニルを召喚した。
「行け、ランバート。できる範囲で護衛を頼む」
主君の命に従い、紅き単眼のスレイプニルは城壁へと駆けてゆく。
「月詠さん!!」
遠く、晶が叫ぶ。
援護射撃を待つこともなく神削は突き進み、誰も止める者はいなかった。
神削を取り巻く状況に気づいても、晶の弾丸はまだ城壁の上には届かない。
「そっちに落ちれば、攻撃もできないだろう?」
大剣を手に、ウェポンバッシュで射手を要塞内へ突き落す神削に、全ての矢じりが向けられていた。
(俺が仲間と近過ぎて誤射の危険、とか)
それを回避するために手が鈍ると思ったが…… 決して広いとは言えない城壁の上で、射手たちは位置取りを変えて神削を狙い撃つ。
「くっ、これくらい!!」
耐え抜けばいい。構わず1体の射手を突き落とし―― 神削は息を呑んだ。
ずらり、要塞内からこちらに向けられている、矢、矢、矢
「くらえ!」
追いついた晶のアウル弾が、神削を狙う射手に届く。しかし。
一斉に地上から放たれる矢の存在を目にしたのは神削だけ。
吹き飛ばされるように城壁から落ち、それを悠人のランバートがクッションの役割を果たして地上への衝撃を和らげた。
上から更に追い打ちの矢が降り注ぐ。龍仁が駆けつけ、神削を射程圏外へと連れ出す。
「still alive? 気ぃつけな」
再び射手の意識が『外側』へ向けられる。
黎は傷を負った瑞樹へ応急手当をかけながら、違和に気づく。
「……監視塔?」
「常木さん、どうかしたのか?」
「ん、『内側』から吹き飛ばされたよね、彼」
城壁へ登ってくるという動きは、敵にとっても想定外だったはずだ。
『越えられない』ことを想定しての高さなのだろうから。
しかし、それに即座に対応したということは――
「上から見透かされてるかもねぇ、これ」
『城門へ近付けば敵が現れる』それもまた、高いところからの指揮であると考えれば合点がいくか。
(そう考えると…… アチラさんにとって『何が脅威か』わかるよねぇ)
容易に近寄らせないために配列された射手たち。迎え撃って出る狼たち。
「ち、うっざいわね」
射手には大きな意味がない――読めた以上、黎は正門へ向かう仲間の回避射撃へ専念する。
「頼むよ、前線。Go ahead!」
「武士の心得ひとつ、武士はいかなる困難にも怯んではならない!」
黎からの言葉へ、瑞樹は自らを鼓舞するように背中で答えた。
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「爪と牙と数でしか戦えん狼モドキに、遅れを取るつもりは無いな」
神奈の放つ封砲が、隆道の右手を鮮やかに抜けてゆく。
たどり着くまでに射手の攻撃で細かな傷をいくつも負っているが、気にする神奈ではなかった。
とかくスピード勝負の今回の作戦で、真っ先に正門へ向かっていた隆道だったが仲間が合流してきたことで戦いのスタイルも変えてゆく。
「ええ。何時までもいい気でいさせませんよ」
ふわり、深紅の髪を揺らして身を沈め、カーマインを放つ。
グレイウルフの動きがワンテンポ止まる、その隙に神奈が首を斬りおとした。
「監視塔から、見られているようだ!」
そこへ瑞樹が到着し、黎の推察を二人に告げる。
「……ほう」
修羅たる隆道が目を細めた。
「行け」
考えを察し、神奈が隆道に告げる。
「橋姫とやらは時間までに討てばいいのだろう? 橋は任せていいな?」
「牽制でも何でも、私はやるまでだ」
瑞樹はグレイウルフの牙を剣で受け止めながら声を絞り出す。
「大丈夫ですか!!」
言葉より早く、晶のアウル弾が到着。瑞樹の剣が軽くなる。
「では」
振り返る隆道の目に、集まり始める仲間たちの姿があった。
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京という街には不釣り合いな西洋要塞。
しかしその正門から姿を見せたのは、絵巻物から現れたかのような着物姿の女であった。
橋姫――簡単に調べれば『外敵の侵入を防ぐ橋の守護神』とある。
橋姫は懐から緋色の扇を取り出して、迎い来る撃退士たちへ魔法攻撃を放った。
鮮烈な炎が地を駆け、隆道を狙い着弾点として爆ぜる。
強い衝撃に、一瞬、意識が遠退きかけるが――後ろには龍仁がいた。
神の兵士の効果で、踏みとどまる。
「あなたを撃破することが、京都奪還に繋がるわけではないのでね!!」
技を放ち終えた隙に橋姫を鬼神羅刹で弾き飛ばし、隆道は単身で正門へ突き進む。
「だが、倒してしまっても構わんのだろう」
その先を、神奈が引き受ける。
ケイオスドレストで耐性を上げた彼女は掠り傷程度だ。
「悪いな、邪魔だからお前ら消えてくれ」
スレイプニルに騎乗し『罪』と『罰』を関する対の大剣でグレイウルフを蹴散らしながら、悠人が橋姫戦へ加わった。
「エルダー、もうひと仕事だ」
スレイプニルが『あちら側』へ戻ると、隙なくストレイシオンを召喚する。
「さて、早く留め具壊すなり開錠するなりして橋降ろそうぜ。今回の目的は跳ね橋を降ろす事であって、敵の殲滅じゃないからな」
悠人はストレイシオンの所有する『防御効果』を発動させ、自らはルーンブレイドを手に。
隆道が駆け抜ける、その姿に舌打ちの姿を見せながら、橋姫は神奈の攻撃を衣の袖で防御した。
見た目は柔らかな布地であるのに、魔法的なもので威力が軽減されているのだろう。剣を通し、神奈には非常に頼りない手ごたえが返る。
(防御は衣、魔法を使うなら扇…… 動きは予測できる)
たった一度の攻防で動きを読み、神奈は次の手を考えた。
「Are you OK?」
隆道の邪魔はさせない。
降り注ぐ矢を、黎が回避射撃で逸らしていく。
走れ。走れ。真っ直ぐに。
橋姫が近距離から放つ強力な魔法攻撃に悠人が吹き飛ばされる。
回復手から盾役にと、龍仁が立ち回りをチェンジする。
「悠人!」
「せーふせーふ」
それより、前へ。
悠人は龍仁へ戦闘に集中するよう、促す。
ここまで来たら、あとは押すだけだ。
「あの橋を下ろせばいいわけね」
隆道のフォローができないか、晶も留め具部分となっている場所へ視線を走らせる。
(開錠…… ううん、跳ね橋を戻されないように、鍵は破壊しちゃった方がいいかな)
的が小さい。
橋姫を警戒して狙撃するより、既に通り抜けた隆道へ託した方が確実だろうか。
晶は少しだけ考えを巡らせ、眼前の敵へと集中した。
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渡河前から、隆道はシミュレートをしていた。
敵の配置、留め具の位置、そこへ至るまでのルート。
後方から万全の援護を受け、思い描く道を採る。
「これで……ひとつ!」
鋭い蹴りで、鍵穴のついた留め具を破壊する。
――ズ、ズズ、
鈍い音とともに、ワイヤーで引き上げられていた跳ね橋が降りる!!!
陽動作戦を行っていた側の撃退士たちの歓声も届いた。
「借りの全てを返すのは未だ先ですが、喉元へのナイフ1本にはなるでしょう?」
立ち上る土煙を見守る間もなく、隆道は正門に対し構えを取る。
橋姫が神奈の剣により倒されたことを――やはり監視塔で把握されているのだろう。
増援と思われるサーバントが集まり始めていた。
「む…… 杞憂かも知れないが」
瑞樹が開け放たれた正門の、片側の蝶番部分へスマッシュを叩きこんで破壊する。
「こうすれば、閉じられずに済むかも知れぬ。次に攻め入る時、門をこじ開けるところからになっては面倒だろう」
「出来ればある程度情報をとっておきたいが、無理は禁物だな」
「戦争はね、引き際が肝心なのよ」
壁役を務めあげた龍仁へ、無いよりはマシと応急手当をしながら黎は背を叩く。
「作戦は成功…… これ以上は『無駄弾』さ」
今まさに、退路確保の牽制射撃をしようという黎の皮肉交じりな勝利の表情に、龍仁が喉の奥で笑った。
「後ろは任せた」
「話が早いっていいね」
お返しとばかりに癒しの風を吹かせ、龍仁は仲間たちと跳ね橋を渡り始めた。
渡河時と同様、二人のインフィルトレイターが退路を作った。
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「さ、帰るわよ?」
橋を渡り終えた黎が、それぞれに思いを抱いて要塞を見上げる撃退士たちへ呼びかける。
その口調は軽く、しかし眼差しは厳しい。
京都。
今、この地を巡って繰り広げられているのは戦争だ。
天界勢と、人間たちの、戦争。
思い入れは大切だが、それにより判断を鈍らせるのは拙いだろう。
「……ま、またすぐ来るだろうけどさ」
ここを攻め落としに。
本心は言葉にせず、悠人は息を吐き出すように声を発した。
「厄介なのは、わかったよ」
深いため息とともに神削は首を横に振る。
要塞内部をハッキリと目にしたのは神削だけである。
「酒井先輩?」
御影に声を掛けられ、ビクリと瑞樹が肩を上げた。
「な、なんだろうな……任務を達成したと思ったら、急に力が抜けた」
武士たるもの、と言葉を続けようとするが、どうも体に力が入らない。
「激戦でしたから」
「うむ……」
ふらつく瑞樹の肩を御影が抱きとめる、その手も少し震えていた。
少女たちは顔を見合わせ、互いに気まずそうに笑う。
そんな二人へ、晶がタックルを掛けた。
「次は落とそう、絶対!!」
不安も安堵も蹴散らす、活気のある声で。
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長く鉄壁を誇っていた南西要塞の跳ね橋が、落とされた。
正門も一部分を破壊され閉じられないようになっているが、要塞内のサーバントたちは不気味に沈黙を守り、外へ打って出ることをしない。
監視塔はただただ、周辺を見下ろしている。