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青い空。涼やかな潮風。海の香り。
異形の叫び、破壊の音。
粉砕され、飛び散るアスファルトの破片で濁った視界の向こうに、ダークグレーの三角形が映える。
遠目にそれとわかる、観光物産館。
下界の騒乱をものともせず、その輪郭はくっきりとしていた。
(人の命はもちろんこの建物も住人の皆さんの気持ちの依る所なのかもしれません、被害を出すわけには)
シンボル、というものがある。
大きな規模の撃退署が在る青森市、そこにおいて一般人が駆け込む場所。
近づくほどに存在感の増す建物を見上げ、牧野 穂鳥(
ja2029)は護る意識をより強いものへ。
「ほう、深き者どもか。久しく見た。そういえば最近人間界で流行っているらしいな?」
ヴィルヘルミナ(
jb2952)は金色の目を細め、遠くで暴れまわる深紅のディアボロを確認した。
「アイドルが青森を守りますよ☆」
弓を手に、軽やかに言い放つのは三善 千種(
jb0872)。
何しろ、彼の物産館内にはライブコンサートなどが開けるホールもある。
アイドルとして破壊を許すわけにはいかない。
「さぁて、中の奴らが負けねぇように俺たちも気張るか♪」
鬼灯(
ja5598)は斧を肩に、直ぐにでも振りぬける体勢だ。
軽い口調と裏腹に、緊迫した戦況は把握している。
向かう先の敵は、自分たちを待っているわけではない。更に先にある建物へ襲撃しようとしているのだ。
後ろから喰らいつく、それだけでは足りない戦い。
情報では、既に数体が建物に侵入しているという。それ以上の被害を与えないために、こちらに引き付け、殲滅しなければ。
「速やかに行きましょう」
鬼灯の言葉に軽くうなずき、田村 ケイ(
ja0582)はこちらと敵軍との距離を測る。
もう少し。もう少しで射程に収められる。
「人々をさらわせなんかしない! 僕の力よ……天魔を倒す、刃になれッ!」
レグルス・グラウシード(
ja8064)が咆哮する。
視線の先に、敵軍の中でもひときわ目立つ、巨大なデビルキャリアーがある。
すでに一般人を取り込んでいるかもしれないとの話だ。
そもそもが一般人を取り込むための、この騒動であるとも。
学園からの加勢到着に、現地撃退士たちの表情にも光が差す。
「易くはなくとも、目的は明快。招かれざるお客様には速やかにご退場願いましょう」
拓かれた道を進み、穂鳥は敵の動きを読む。できるだけ多くを射程に捉えられるよう回り込みを始める。
「俺は初めて見る敵ばかりだな」
やりにくそうに月詠 神削(
ja5265)は顔をしかめるが、
「何事も、経験ですね…… さて、どれほどのものか。行きましょう、月詠さん」
(前衛が半壊したら恐らく散開、包囲陣形で来るんじゃないかな)
統率のとれた部隊、機能する指揮系統というのなら。
頭の中で予測を立てて、前線を行く鈴代 征治(
ja1305)は戦闘体勢へ入った。
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征治の鼻先を、象頭の兵士・ダークガーネシュの放つ手斧が掠める。
「っと」
射程圏内。相手も、そして自分も。より多く巻き込むには、もう一歩の踏み込みが必要となる。
撃退士たちの接近に対し、向こうも動き始めた。
「僕の力よ……仲間を護る、鎧となれ!」
レグルスにアウルの鎧をかけられると同時に、征治は斧槍を振りかざした。
(……今!)
敵布陣の中央から斜めに差し込む形で、征治の封砲が一直線に駆け抜ける。
魔法に強いブラッドウォリアー、物理攻撃に強いダークガーネシュ、もろとも巻き込む。
征治へ追いついた穂鳥が、アウルで作り出した炎の種をフッと空中へ吹く。
「籠の中で、爆ぜてください」
たちまちのうちに芽吹き炎の蔦となるそれは、籠の形状に編みあがり、射程内の敵を包み込んだ。
「下がれ!!!」
短く声を発したのは、後衛で戦況を見据えていたヴィルヘルミナだった。
しかしそれより、赤い鎧をまとう敵の動きが速い。
――デスストーカー、巨大なサソリ。
先陣を切って範囲攻撃を仕掛けた征治・穂鳥に対し、目を見張る速度で接近してくる。
大ぶりの爪が、穂鳥へ振り下ろされる。
バチン、緊急障壁とのぶつかり合う音、軽く火花が散ったように見える。
「大丈夫ですか!」
追撃はさせまい。レグルスが駆け寄り、倒れこむ穂鳥を支え、回復魔法をかける。
今なら軽い気絶で済むはずだ。
「僕の力が……仲間の傷を癒す、光になるならッ!」
穂鳥にもアウルの鎧は施していたのが幸いだ。
三回攻撃を受けても一撃で致命傷とは至らなかった。
逆を言えば――もしも何の対応もしていなければ、と考えるとゾッとする。
大味な攻撃とはいえ脅威の機動力、数を撃つ中ひとつでもまともに喰らったのなら……
「そう、簡単には……行かないよな」
回復サポートをレグルスへ託し、神削は敵陣崩しの続きを担う。
翔閃による鋭い剣撃で、征治がダメージを与えていたブラッドウォリアーの一体を撃破する。
「ワリィな、ここを通すわけにはいかねぇからよ…… 叩き斬るぜ!」
デスストーカーの固い装甲に舌打ちする鬼灯の視線の先に、ブラッドウォリアーがいた。
(前にも相手取ったことはあるしな……)
初速は向こうが速い、回避出来ればカウンターで。鬼灯の頭の中には明確なビジョンがあった。
進め。進め。進め。
指揮を執るのはブラッドロード。
与えられた役割はキャリアーの護衛に敵の討伐。
シンプルな指揮は迷いなく配下に下される。
「!!」
血色の大剣が、鋭く鬼灯の横腹を打つ。
「……カハッ」
魔力での攻撃は、その一撃で彼の意識を刈り取る。
「まだまだ、攻防は序盤ですよぉ☆」
千種は射程ギリギリに距離を保ちながら、自身の攻撃の有効なウォリアーを狙い撃つ。
放った一矢が神削の一撃とも重なり、鬼灯を襲ったウォリアーを地に沈めた。味方への追撃など許さない。
「まぁ、何事も思った様には進まんものだ」
この状況では、傷つく仲間の腕を取りたくば早急にこの戦場を片づけることが必要となる。
ヴィルヘルミナにも回復の心得はあるし、優秀な回復手も仲間にいる。
しかし敵の機動力、凶暴性は軽視できない。護るための戦いも常に展開しなければいけない。
まず、敵の前線瓦解―― そこに変わりはない。
鬼灯をレグルスへ託し、ヴィルヘルミナは氷晶霊符による魔法攻撃でガーネシュを一体ずつ撃破に専念した。
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「僕の力よ……邪悪なる天魔を打ち砕く、流星群になれッ!」
レグルスの力強い声とともに、アウルの隕石が降り注ぐ。
生命探知によって、キャリアーの中に反応を感じ取ったレグルスは、決してそれを巻き込まないよう、距離を見極める。
星のように降る魔法の礫が、縦横無尽に駆けていたデスストーカー1体の装甲を押し潰した。
征治は封砲で周辺を蹴散らし敵陣深くへ切り込み、ブラッドロードの傍を離れ突撃してくるガーネシュと対峙に至る。
大きく旋回される斧。
「そのあとに動けなくなるのは、知っていますよ……!」
巨躯ごと押し付けてくるような、重い攻撃を、全力で受け止める!
「……ぐ」
武器と武器がぶつかり合い、痺れが腕を伝う。
じり、じり、アスファルトを靴が滑る、その脚に力を込めて。足腰の丈夫さには自信がある。押し負けなどするものか。
「っああ! 吹き飛べ!!」
硬直した瞬間を見極め、ウェポンバッシュで弾き返す。
象頭人身の兵士は2mほど後方へ吹き飛び、転倒した。
「無駄に……重い」
征治は無表情で見下ろし、追撃の斧槍を構える。
「隠れた獲物よりも、目の前の活きのいい獲物に集中してください」
穂鳥の負った傷は深い。けれど回復魔法で立ち回れるまでには持ち直した。
屈することなく、ガーネシュの斧を障壁で防ぎ、拓けた斜線でキャリアーの足元を狙う。
細い指先から走るのは蕾をつけたオニユリ。花開くことはなく、鎌首をもたげて雷撃に転じる。
「あちらさんの戦略目標の達成にはキャリアーは不可欠。ならそれから叩くのが道理だろう」
別の角度から、ヴィルヘルミナが蟲毒を放った。触手で覆われた巨大なキャリアーに蛇の幻影が噛みつく。
「そら、足から腐れ落ちろ」
じわりじわり、体力を奪いにかかる。
機動力を封じてしまえばどうとでも―― その考えの折、キャリアーが仄暗い光に包まれた。
「なんだ?」
神削が瞬きを繰り返す。
「回復…… ロード、ですか」
後方の動きに目を走らせ、征治が短く声を発した。
魔法を得意とするディアボロ、それも多くの部下に指揮を飛ばすだけの知能を持ったものならば、そういった能力も与えられているのかも知れなかった。
「といっても、無限ってワケじゃないだろ? その命あるうちに、狙ってみろよ」
自分たちの攻撃がどれだけ通じ、相手の回復魔法がどれほどの効果か。それを知ることはできない。
短期決戦であれ長期戦であれ、優先すべきことは変わらない。
神削は、キャリアーを挑発して引き付ける。
『逃走』『暴走』『単騎突入』の危険性は拭えない。
他の敵たちは、近接する撃退士を優先に攻撃している。そちらの取りこぼしの心配はなさそうだった。
「ぐっ」
遠方だろうが一足で接近するデスストーカーの攻撃を両刃の剣で受け止め、神削の体勢がわずか、傾ぐ。
「そう簡単に、やらせるか……」
押し返した隙に伸びてくるキャリアーの触手を切り払い、翔閃で対抗し、距離を保つ。
ケイの援護射撃に続き、白色の魔法弾が神削を囲むガーネシュを撃破した。
「こんなのも有るんだが、お気に召したかよオイ♪」
満身創痍の、鬼灯だ。
斧からリングへと装備を変えての遠距離攻撃。
「しっかし……相変わらず気持ちワリィなテメェはよ!」
触手を蠢かせる大型デビルキャリアーを睨み付け、悪態を飛ばす。
「大丈夫…… なんですか」
つい通常の口調で話しかけそうになったが、鬼灯は自分より年上だったと思い出して、途中で言い直す。
「やるっきゃないだろ」
鬼灯の口元には、吐き出した血を拭った跡が残っている。
ここは、戦場。
のさばる異形を倒せるのは撃退士。
だったら、血反吐を吐こうが、やるべきことは決まっている。化物狩りの一族である鬼灯にとって、その重みはなおのこと。
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天で、炎が爆ぜた。
予測していなかった攻撃に、寸でのところで征治は防御をとる。
「動き出しましたか」
ブラッドロード。統率者。
自分たちが、その射程圏内まで入り込んだということだ。
側近で身を固めているのかと思えば、それら全ても前線へと吐き出し、とかくキャリアー防衛・撃退士攻撃の指令を繰り返していたようだが、自身もまた魔法により攻撃をしてくる。
(楽観視、していたわけでもないんだけどな)
思えば2体のデスストーカーによって、戦場は随分と掻き乱されていた。
尾から放たれるという毒攻撃にさえ警戒していれば……そう考えていた征治もまた痛手を受けていた。
1体はレグルスにより撃破され、残る1体は征治への一撃の後に線対称に行動していた神削へと向かい、そちらも遂に討たれた。
「ここからは一気に行きますよぉ!」
動きは軽やかに、攻撃はしたたかに。
炸裂符を手にした千種は、射程が短くなる分の覚悟を決めて敵へと向かう。
キャリアーは脚部だけの崩壊にとどめ、周辺の掃討を第一に。
「うん。そっちは任せました」
軽く首を振り、征治は気を持ち直す。
満身創痍の戦場。
計算通りに進めることができないからと、手詰まりなわけではない。
「そら、しっかり庇わんと大事な積荷を取りこぼすぞ?」
後方支援に徹していたヴィルヘルミナもまた、漆黒の大鎌へと持ち替えてキャリアーを護るべく打って出る敵の足止めに加わった。
ケイオスドレストによる防御面底上げが枯渇したところで自己回復を挟み、征治はロードへ向かう。
神削たちの方から叫びが上がる。
先の魔法攻撃に、鬼灯たちも巻き込まれたようだ。
「……範囲魔法だったのか」
先は、征治の周辺には誰もいなかったから気づかなかった。
穂鳥が鬼灯へマジックシールドを張ったが、ギリギリで立っていたところへの駄目押しとなったようであった。
魔法耐性の高い穂鳥でさえ、崩れ落ちている。
けれど、今は足を止めることはできない。
今だからこそ、この刃を振り下ろさなければならない。
征治が地を蹴る。
レグルスが低姿勢で距離を縮めてきた。
「その蛸頭、丸見えですよ」
「僕の力よ……暗黒を貫く、光の槍になれッ!」
ワイルドハルバードと、アウルのジャベリンが交差してブラッドロードを貫いた!
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指揮官を失い、暴れ狂う大型デビルキャリアー。
「足は潰しても……触手が厄介ですねぇ」
無軌道に動くそれへ、千種は明るく言い放つと同時に明鏡止水で距離を縮め、
「そのまま固まってください☆」
得意の八卦石縛陣!
石化したところで、すかさず全員で内部に傷をつけないよう注意を払いながら止めを刺した。
「人の子にやらせるわけにも行かん」
周囲が落ち着いたことを確認し、ヴィルヘルミナが袖をまくり、キャリアーの解体に取り掛かる。
情報にあった通り――規模が大きいだけにそれなりの量の『液体』が内部から溢れ出て、取り込まれていた人々が姿を見せる。
「ひどいケガをしてる人はいないみたいだ…… よかった」
容量は大きいだろうが、内部にいたのは20人程度。逃げる途中の人間を飲み込んだか。やはり、本命はここへ逃げ込んだ人々だったのだろう。
胸をなでおろしながら、レグルスは一人一人のケガの具合を確認し、必要であれば回復魔法を施した。
「む……。もっと上手く、動けたものでしょうか」
特に傷の深い、鬼灯と穂鳥の容体を心配しながら征治が呟く。
「……みや、げ」
呻く合間に、鬼灯の唇から零れる単語。
「大丈夫ですよ。みんな、そう、ヤワじゃない」
ぽむ、と神削が征治の肩を叩く。
ディアボロの一団により荒らされた道路。
戦いの熱気は去り、初夏の日差しがまっすぐに降り注いでいた。
北国のそれは、学園で受けるそれより温度は低く、火照った頬に心地いい。
痛み分け、という言葉が頭をよぎるけれど、任務は十分に達成された。
この地での戦いは、混乱は、まだ序章に過ぎないのだろう。
明日はどこが襲われるかもわからない。
大きく戦局が動くかもわからない。
明日という日を想い、そして撃退士たちは青空に伸びる三角形を見上げた。